2014年04月04日

オーストラリアホームステイ

ブルネイのホームステイの後続いて3月9日〜23日までオーストラリアのパースでホームステイしてきました。

まずこっちのホームステイは、ブルネイと違って相互ホームステイだったので1月下旬から2月上旬にかけて先にオーストラリアの人達が日本に来て日本人が受け入れを行ってから、私たち日本人がオーストラリアにホームステイしにいくという形でした。

最初にロータリーの人が、先に日本人が受け入れをすることでオーストラリアの人は日本人のおもてなしに感動して、日本人がオーストラリアでホームステイするときもよくしてくれると言っていたのがすごく心に残っています。
確かにパースでホームステイしていたときも「日本でお世話になったから」という理由とかで本当にオーストラリアのメンバーには良くしてもらっていたので、もしホームステイ受け入れの順番が逆だったら何か違ったのかなと気になりました。


オーストラリアで主な観光地や遊び場として連れて行ってくれたのはビーチやパークなどで、自然がたくさんある場所が多かったです。

案内してもらうときにオーストラリアの人から「日本はユニークだけどオーストラリアは日本に比べて文化がないから」というようなことを度々言われたのを覚えています。
確かに日本を案内したときを思い出してみると、自然よりも秋葉原や浅草とか人が生み出した文化が強い街が多かったように思います。食事も日本食は他国にない種類が多いし、パースとブルネイ両方で日本食のお店が人気みたいで結構見かけました。
ブルネイとオーストラリアに行ってみて、外国人のいう日本はユニークとか文化が豊かっていうのが少しわかった気がしました。


自然以外の観光場所として、パースとブルネイどちらでも宗教上の建物を見に連れて行ってもらいました。
ブルネイではモスクに、パースでは教会に連れていってもらいました。
マレーシアに行ったときとか今までもその国の宗教の建物を見に行っていたけど、改めて考えると私達がその宗教の信者ではないことを知っていて、観光地として全部連れて行ってもらっていたので、宗教も強く観光に影響するのだと思いました。

また、ブルネイでは私が滞在した先が大家族というのもあってみんな家族や親戚の誰かしらと一緒にいることが多くて、ブルネイの人は家族愛が強いと思いました。これはたぶんイスラームという宗教が関係している部分も多いのかなと思います。
オーストラリアの人達ももちろん皆家族を大切にしていたけど、どっちかというとオーストラリアの人達は自立を重視しているようにみえたのでその違いが面白かったです。


この3週間のホームステイでは本当にたくさんの貴重な体験をさせてもらいました。
外国での生活を体験することで日本と比べて物事をみることが多くなったので、今まで気づかなかった日本の特徴など日本について前より知れたような気がします。
ホームステイをしたことで普通の旅行だと体験出来ない現地の生活を送れたし、それがホームステイの醍醐味だと思いました。

それとブルネイのホームステイではゆうきさんをはじめ3年生にたくさんサポートしてもらって助けてもらったので本当に感謝しています!ありがとうございました(*^^*)

大隈小夜
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2014年04月01日

ブルネイホームステイ

ゼミ長の投稿に続いて
3月1日〜23日までのブルネイとオーストラリアのホームステイについて書こうと思います!


まずは1日〜7日のブルネイのホームステイについて。
今回、私がリーダーということでメンバー集めからYattiさんとのやりとりから航空券取るまでやってみて、比べものにならないけど少しツアーコンダクターの大変さを知ることができた気がします。

ブルネイに着いてからは絢子とYusofの家にステイしました。先輩達からホストファミリー先の情報を教えてもらっていましたが想像以上に子供が多くてびっくりしました。
お邪魔した日の2日前に生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこさせてもらったり、たぶん3家族くらいで1つの家に暮らしているっぽかったけど誰がどこの子かわからないほど毎日いろんな子供が家に遊びに来たり、一緒に遊びに行ったりの毎日でした。とにかく子供が可愛かったです。笑

Yusofの家での生活を通して感じたことは、国民性なのか、イスラームという宗教が関係するのか、ブルネイの人はみんなフレンドリーだと思いました。
行く場所行く場所で誰か(知り合いとの時もあればお店の人など初めましての人とも)と立ち話を繰り返していました。特に女の人の立ち話がすごくて、ホストマザーは行く先々で誰かしらと立ち話などして、相手に私と絢子を紹介してくれて最後は皆で写真撮って別れるというのがお決まりでした。笑

それとマーケットには日本ものがたくさんあるのに驚きました。
海苔(むこうではお菓子感覚)や
ドラえもんやウルトラマンなどのキャラクターのおもちゃがお店に売っていたり、
テレビでちびまる子ちゃんやコナンの放映(K-pop特集の番組も結構見かけた)があって日本人はブルネイについて知らない人が多いけどブルネイの人は日本について何かしらの媒体を通じて知っている人が多かったのが不思議な感覚でした。

それとブルネイですごく思ったのが、日本と綺麗の感覚が違うのかなということです。
お出かけ先から家に帰ったらお風呂に入る、出かける度に洋服を着替える、そういった光景をよく目にしました。
特に子供達をお風呂に入らせたがっていたけど、お風呂っていっても大きい桶に溜め置きしている水を体にバシャバシャかけて洗い流すという感じでした。
上手く言えないけど日本人の思う綺麗とむこうの人が思う綺麗の感覚が違うように思いました。

また、トランジットの関係で一泊していたクアラルンプールと比べて、同じイスラーム国家でも、ブルネイでは家を出るときに私たち日本人が半袖半ズボンの格好でいるのはホストマザーにダメと言われたのに、クアラルンプールでは半袖半ズボンの格好の人がたくさんいる(特に欧米人)なかでムスリムもいるのを見比べて、
この違いはムスリムが大半を占めているブルネイと、多民族国家のマレーシアの違いなのかなと思いました。


長くなったのでオーストラリアホームステイと総括はまた別に投稿します!


大隈小夜
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2014年03月31日

ブルネイホームステイ

2年平井です。

遅くなりましたが、2/28-3/7の期間で行われた舛谷ゼミ恒例行事、ブルネイホームステイについての感想です。
まずはじめに、ホームステイプログラムリーダーのさやには感謝!
飛行機の手配や諸連絡など大変なことが多かったと思いますが、お疲れ様でした。
そんなさやはまだオーストラリアでホームステイ中。頑張って。

高校生の時にカナダにホームステイして以来のホームステイ体験。
各年代の先輩からアドバイスを受けて、臨んだホームステイ。
各家庭の振り分けが決まり、まさかの男3人女1人、そして家に関する情報なし。
しゅうへいくんと、「ビッグダディ」のような家か!?と戦々恐々としていました。
ブルネイの空港に到着し、お迎えに来てくれたホストファミリー。
両親と娘のキコちゃんが来てくれました。
パパの見た目が、あれ、ビッグダディっぽい。。
不安のなか向かった家は、想像を超える豪邸。大豪邸。
お城のような外観。10台を超える高級車の数々。オイルマネーの力を感じました。
実際にはレストランや農場経営をしているようです。
こんなに車があって、使うことあるのかな、と思っていましたが、結局一週間でほとんどの車に乗りました。
ブルネイでは、移動手段のメインは車です。バスをちらほらみかける程度で、
バイクもあまり見なかった気がします。
学生もほとんど車を持っているそうで、お金持ちだなあ、、、と思いました。

毎日いろいろなところへ連れて行ってもらいました。
結婚式には民族衣装を着て行きました。めちゃくちゃ暑かった。
こちらの結婚式は一週間、毎日やるらしいです。なぜか、僕たちと新郎新婦で記念写真を撮りました。
そのあとは海に行って、ブルネイの学生と交流。
もれなく彼らも日本のアニメが好きなようです。また、ブルネイ男子の一部は自らをハヤト・ハルヒコと名乗り、強い日本への愛を感じました。
その後、家族全員で行ったブルネイ唯一?の日本食レストランは、料理のクオリティが非常に高かったです。

家の裏にある牧場にはクロコダイル園があり、大量のバッファローを所有していました。
イスラム教国であったため、様々な禁忌があるのですが、
ホームステイ期間中はあまりそれを感じませんでした。ホストが隠していたのかな、とも思いますが。

観光を学んでいるというブルネイの学生?に会った際に伺った、
「ブルネイ・ボルネオ・サラワク、この三者の協力がなければ観光業は成り立たない」
という話は興味深かったです。個々の観光地としての集客力に期待するよりも、ラウンドトリップの形をとるほうが効率的に観光を楽しめるし、お金も入るとのことです。
観光地としてどのように成立するか、というのは国の規模や経済状況によって変わるものだと強く感じました。
2年生になって英語を使う機会がほとんどなくなって、
そもそもの英単語からなにからかけている状況でのホームステイは不安が大きかったです。
コミュニケーションをとることは特に難しいことではありません、しかし自分の感情をしっかり表現できないことに非常に悔しさを覚えました。

様々な貴重な体験をすることができた今回のホームステイは僕の財産です。
舛谷ゼミに入ってよかったなと思える行事となりました。

平井

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2014年01月29日

ANA機体整備場見学 1/24

遅くなりましたが、先日トラライ主催のFW、ANAの機体整備場見学について報告です。
http://www.ana.co.jp/cp/kengaku/tours.html
アクセス:東京モノレール「新整備場駅」(浜松町駅から約20分)下車、徒歩約15分。

到着して受付を済ますと、受付後方のディスプレイに「歓迎 舛谷ゼミ様」という文字が表示されていました。
ほかの参加者の名前もありました。ちょっと嬉しくなりました。
こういうちょっとした工夫だけで好印象を与えられるのか〜、と初心に戻った気分です
人を喜ばせることが観光資源の源だよなーと思いました。

見学会の構成約1時間半。前半にANAの歴史や飛行機についての「おはなし会」、後半に整備場見学です。
飛行機がなぜ飛ぶのか?の話は、扇風機と模型を用いて非常にわかりやすい構成になっていました。
飛行機に詳しくない人でも楽しめるように身近な例で説明をしていたのが好印象です。

後半はいよいよ機体整備場見学、期待に胸が膨らみます。
ヘルメットをつけて、ガイドの先導付きでまわりました。
飛行機を見るとワクワクするのは僕だけじゃないと思います・・・

ジェットエンジンを間近でみたときの感動!とても大きくて、迫力がすごかったです。
また、整備場は空調がついておらず少し寒かったのですが、夏になるとサウナになるそうで、想像するだけで先が思いやられます。

飛行機のメンテナンスは、ミスが1つでもあると事故に直結します。
一般客に見られつつも、しっかりと仕事をこなす彼らはプロフェッショナルだと強く思いました。

企画してくれたたむら、ありがとうございました〜

2年 平井
posted by 12平井 at 00:10| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月27日

東京駅FW !


途中参加であったため、1人で皇居まで行きました。皇居に向かっている途中で外国人を何人か、皇居内でも多くの外国人がいたことにしゅーへいと同様驚きました。皇居内に入ると日本人と外国人に分けられて、外国人には係りのおじさんが一生懸命英語で話をしていました。外国人に向けて一応 対応はできてはいますがあまり接客?は良くない印象を受けました。外国人たちは熱心に写真を撮っていて、もはや私たちよりも興味津々な様子でした。
皇居の見学後は東京駅周辺散策ということで、新丸ビル、丸ビルあたりを歩いて回りました。ちょうどディズニーとコラボレーションしており、ビル内は大変賑わっておりました。所々にARマーカーがあり、携帯をマーカーにかざすとキャラクターが登場するようになっていました。私たちは興奮してARを見つけては楽しんでいましたが、周りの人々はあまり興味を示していないようにみえました。元々興味がないのか、知らなくてやらないのか、アプリをダウンロードするのが面倒くさくてやらないのか、考えられる原因は多々ありますが‥。今の時点で、ARについて知っている人はどれくらいいるのか、気になりました。
ARを使ってミッキーミニーとダンスができるというイベントも開催されていました。ARといったら"マーカーを読み込んで飛び出す映像を楽しむ"というイメージが強かったため、これをみて驚きました。ARって幅広いなと感じたのと同時に自分の知識のなさを実感いたしました。
東京仲町通りでは毎年恒例のイルミネーションが行われており、賑わっていました。ここらへんはビジネス街というイメージが強いですが、実際歩いてみるとビジネスマンだけでなく、外国人観光客や親子連れ、カップルが多く見られ驚きました。今では男女を問わず様々な年代の人が訪れる場となっているのだと感じました。
東京駅周辺は建て替えられてから大変発展しているようでした。 買い物、夜景、食事いろいろな楽しみ方ができる場になっていると思います。 東京駅は交通の玄関口です。多くの観光客が出入りする場所でありますが、レトロな雰囲気を醸し出す東京駅が外国人のお気に入りの場所のひとつになればいいなと一日本人として思いました。


2年 岡田茜衣
posted by masutanis at 10:19| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月26日

東京駅周辺FW

1387382649657.jpgIMG_20131218_142528.jpgIMG_20131214_183651.jpg遅くなりましたが12月18日にまちづくりのFWとして東京駅周辺を訪れました。
昨年東京駅を創建当時の姿へ再現するための工事が終わり、また東京駅周辺にはオフィス街でありながら皇居や日本銀行などもあり様々な施設が隣接してることから今回のFWの場所として選定しました。
まず最初は元々は日本銀行本店に行く予定が予約が取れず急遽目の前にある貨幣博物館へ。貨幣の歴史や機能役割などを学べまた、実際に手で触れる展示物や見た物の振り返り用のパソコンもあったりと無料にしてはとても学べ楽しめる内容でした。人は平日ということもあってか数人しかいず、日本銀行見学の時間潰しや中国人系の人が多かった印象です。
その後東京駅に戻り昼ご飯を食べたのですが、さすがホームの数が日本最大であるだけあってどこもかしくも人だらけで入口出口を探すのが大変でした。
皇居見学では僕の予想を上回る90人以上の人がガイドツアーに参加してました。そして更に驚いたのが外国人の人の多さです。4分の1ぐらいはいたのではないでしょうか。一番印象的だったのが天皇誕生日や新年の挨拶で皇族の方々が一般参加者に対しての挨拶をしている建物がテレビで見たときはだいぶ高いところからスピーチしているように見えるが実際は3メートル程度しかなくそれほど高くなかったのが驚きました。
皇族見学終了後丸の内のオフィス街を見に行きました。昼は観光客などもあまりいずサラリーマンなどが主で僕たちが歩いていたら浮くぐらいだったのに、夜になると街はライトアップをしカップルや家族連れが増えて昼と夜では全然違う顔を見せてくれました。
また丸の内マンハッタン計画(丸の内を中心とした一帯に高さ200メートル程度、40ー50階の超高層ビルを建設し、同地区を世界有数の国際金融業務センターにしようとするもの)によるビルの建設で、超高層ビルが多くありまた高さもブロックごとにある程度統一されており、その東京仲通り中心には人や車が大量にいて、少し皇居側に歩いてみると一気に車や人が減りその東京仲通りを中心とした丸の内ビルディングに集中していることが手に取るように分かりました。
ちなむと僕が今年旅行で行ったアメリカマンハッタンの街並みと見た目はほとんど変わらなかったです。一つ違うことをあげるとするならば、アメリカと違って混雑していてもクラクションを鳴らすことはないし、人もぶつかったりマナーが悪かったりしないのは見た目が一緒でも日本人とアメリカの人との違いを見せてくれて非常に面白いFWになりました。

二年まちづくり 仲村州平
posted by masutanis at 13:25| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月25日

日アジ 遊就館FW

 遊就館 入口.jpg
 12月22日にプロジェクト日アジの一環として靖国神社内にある遊就館を訪れました。FWの目的としては領土問題を扱う中で「日本の右翼思想の根源に触れてくる」ということで一応の設定をし、今回は2時間で遊就館を一周するコースを係の方に組んで頂きました。館内に入ってすぐ過去の特攻隊機の0戦の模型が私たちを出迎えてくれました。遊就館にはそうした明治以降から太平洋戦争終了時にまで使用した武器や戦闘機の模型が実物大で多く展示されています。そうした展示品の数の多さを受けて『軍国主義』や『戦争賛美』と少し偏った解釈をしてしまう人がやはり多いのか係の方から、「本日は先入観をひとまず忘れて、国を守るために戦った過去の日本人の精神を学び今後の自分の人生の指針に欲しい。」という一言がありました。館内は終始視覚に訴えかけてくる展示品が多く歴史の授業を通じては教わらない話を多く聞き、飽きることなく2時間のツアーを終えました。ツアーの序盤に英霊として祀られている過去の元帥全員の写真が展示されている部屋があるのですが、どこからか自分の中にもナショナリズムが湧き上がってくるような感覚に襲われたのが印象に残っています。ツアーを通じて、過去の日本人の持っていた愛国心は現代と比べると異質なほどにその重みが違っていたことが係の方の説明からは伺えると思います。先に絶った仲間を思い自ら特攻隊に志願する人々の話などからは特にそうした印象を受けることでしょう。また同じ年代の少年にもそうした国を守る思いがあったことは今の日常の生活の中では考えもできないと思いました。彼らは今の私たちの平和な学生生活をどう捉えるのでしょうか。
 遊就館は「戦争賛美」や「軍国主義」を連想させるものでは決して終わらないと思います。あれだけの展示品があるのだから確かにそうした偏った見方をしてしまうのも頷けます。しかしながら、日本の歴代首相のスピーチにもあるように私たちは過去に自らの命をかけて家族や国の為に戦った人が、日本という国の土台を作っていることは紛れもない事実であり、過去の死を無駄にしないためにもそうしたメッセージは最低限日本人として受け取るべきなのではないでしょうか。そうした大前提を共通認識とした上で過去の日本の功績を誇りに思うか、批判的な目を向けるかはまた個人それぞれの解釈としてお互いを尊重していくのが理想的であると感じます。今の日本の歴史教育では得ることのできないメッセージも感じるためにも一度足を運ぶ価値はあると思います。
 また遊就館は最近、私たちのような大学のゼミ活動の一環として訪れる人々ばかりでなく、修学旅行の目的地の一つに設定している学校も多くあるそうです。私としては再びそうした行動が日本の憲法にも記されている「宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」との項目に反するかどうかの議論の熱が上がり、靖国神社含め、遊就館は今後も日本のメディアの注目を浴び続けていくことになると予想しています。現時点で既に何件か問題になっているようですが。

 最後に、今回はツアーでの参加でした。そのため個人で訪れた場合にはまた違う何かを感じることになると思います。より客観的な視点を持つためにも一度個人で訪れ、次にツアーに参加して感じたものの比較ができたならばもっと深い解釈に結びくと思います。
  

とクリスマス当日の更新でした笑

 

日アジ2年 小松崎欽一
posted by 12こまつざき at 17:30| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本とアジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月22日

遊就館FW

2年平井です。
本日は日アジのFWとして靖国神社にある遊就館に行ってきました。

PC220495.JPG
(欽一と正門)

初めて靖国神社に行きました。
立派な鳥居をくぐり、参道を通ると、その脇道には骨董品の市場みたいなものがありました。
我々日本人としてはそんな胡散臭いもの(根拠はないですが)に近寄る気も起きませんが、
観光客らしき外国人は物珍しげに骨董品を見ていました。
「日本」というイメージを持つ場所だからこそ成立する市場かもしれないなと思いました。

早速遊就館に入ると、実際に使われていたなんとも迫力のある零戦や戦車がありました。再塗装は施されていましたが、機体にあるいくつもの傷の部分をみて、実際にこの大きなモノが人を殺し戦争を支えたのかと、ふと思い、なんとも言えない気持ちになりました。

ガイドの後藤さんが最初におっしゃった「靖国問題はいろいろとありますが、一旦そのことは頭から外して見学をしていただきたい」という言葉が印象的でした。
国のために亡くなった方を祀るのが靖国神社です。
246万もの人が、祀られています。
国を思って死ぬということ を考えると漠然としてしまいがちですが
大切な人を思って死ぬ と置き換えるとわかりやすいかもしれません。
「自分が敵を止めよう」と思えるのは、
「日本という国」のためではなく
家族であったり恋人であったり
「自分の大切な人」を守るために「日本を守る」という気持ちが先立つのだろう、と感じました。

いわゆるA級戦犯を祀ることについてですが
非常に難しいなと感じます。国それぞれの価値観、文化。すべてを考慮したうえでの解決策はあるのでしょうか。
1つの独立宗教法人でありながら、こんなにも世界を巻き込む靖国神社という存在を、私たち日本人はもっと知るべきではないか、と強く思いました。

2年 平井 巧


posted by 12平井 at 22:24| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月06日

メディアツーリズムfw

12月1日に耳をすませばの舞台になった聖蹟桜ヶ丘にfwにいきました。前期に続きテーマを聖地巡礼にして、比較的近場で性別問わずよく見られてる作品ということで後期は耳をすませばをとりあげることにしました。調べてみると多くのファンが映画と実際の景色を比較しながら聖地巡礼していることがわかりました。私たちも公式耳をすませばスタンプラリーを使って聖蹟桜ヶ丘駅から地球屋のある(実際はないが)ロータリーまであるきました。京王デパートから始まり、神社やいろは坂などと見所はたくさんでした。特に神社は映画と全く同じでつい杉村の告白シーンを再現してしまうほどでした。笑これこそ聖地巡礼の醍醐味かななんて思いました。また隣には耳すまおみくじもありファンのかたはたまらないのではないでしょうか。ロータリーでは「Four Leaf」というお店にお邪魔しました。雑貨屋ですが店の人が耳すまの大ファンでバロンの人形や耳すま日記もあり、最後のスタンプもここでおせました。少し話を聞くことができ、20年近くたった今でも土日には結構人が来るらしく、外国からのお客さんもいるらしいです。また将来的には耳すま要素を入れた喫茶店を開きたいらしく、もしオープンしたら耳すまファンのつどいの場になるのではないでしょうか?最後にまわったのが雫の住んでたであろう団地です。公園や給水などマップにはないところですが映画で見覚えのある景色がたくさんありました。しかし空き部屋が多く閑散としているという印象が強く、また建物も古くなっていて、ニュータウンの抱える高齢化問題や老朽化問題のあらわれなのかと思いました。
実際に行ってみて、丘の上はほんと普通の住宅街でとても静かで住みやすそうなところだと思いました。そう考えるとここは観光地化はしないほうがいいのかと思いました。放送から20年近くたった今でもこの人気ならやり方によってはもっと人を集められるとは思うけど、それであの場所が騒がしくなってしまうのなら住民の生活が優先するべきなのかなと思いました。団地も含めて、観光地化するにおいては地域住民の生活を壊さないようにするなどといった課題もあるんだなと思いました。また観光地としてもあまり紹介のない聖蹟桜ヶ丘には口コミやブログを見てくる人が多く、観光客がブログに書き込み新たな観光客を呼ぶことでくる人も増え、何でもなかった住宅地が来る人によって観光地になって行ったのかなと思いました。
2年 大橋
posted by masutanis at 10:05| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月02日

耳をすませば 聖地巡礼

2年平井です。

本日は聖蹟桜ヶ丘にて、映画「耳をすませば」の聖地巡礼FWをしてきました。
僕はこの映画を今まで見たことがなく、FW開催をきっかけに鑑賞しました。
素敵な青春ストーリーです。
いま私たちは携帯を用いていつでもどこでも仮想のつながりをもつことができますが、
現実でのつながりがメインのこの時代も面白いなあ、いいなあ、と思いました。
みたことある人がほとんどだと思うので、今日の感想を。

まず駅を降りてすぐに地球屋のモニュメントがありました。
ここでまず、「耳をすませば」の舞台にきた、という満足感を得ました。
先輩方の感想にもあるとおり、あまり巡礼者は歓迎されているようにはみえなかったので、
感動という点では着いたときが一番だったかもしれません。
そこから、桜ヶ丘商店街連合会が作成しているモデル地案内マップに沿って歩きました。
僕は少し遅刻していったのでひとりで歩きました。
雫が登った坂とか、階段とか、神社とか、いろいろ見落としました。

おかげで、鷲宮でみたような「ここが聖地!」といった雰囲気が全くないことに気づきました。
看板だったり、そういった観光客に気づかせる装置がないので、
ここはやはり住宅地なのだ、と強く認識しました。
街全体でコンテンツツーリズムを盛り上げているわけではないのだなと。
コンテンツツーリズムを街のメインカルチャーにするか、サブカルチャーにとどめておくのかという問題は、そのコンテンツにもよるのかもしれないな、と思いました。

今回、衛のガイドが素晴らしかったので楽しめました。
お疲れ様でした。



posted by 12平井 at 02:04| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月01日

聖地巡礼@聖蹟桜ヶ丘

PC010157-11.jpgPC010174-11.jpgPC010196-11.jpgPC010202-11.jpgPC010217-11.jpgPC010245-11.jpgPC010247-11.jpgPC010251-11.jpg3年の土田です!

今日はメディツーのFWで聖蹟桜ヶ丘へ行ってきました。
なぜ聖蹟桜ヶ丘かというと、ジブリ映画の「耳をすませば」の舞台になった(とされる)場所だからです。

聖蹟桜ヶ丘駅は新宿から京王線の特急で30分くらいの場所にあって、周りには住宅地が広がっている場所です。聖蹟桜ヶ丘のある多摩市は多摩ニュータウンの一部で、多摩丘陵を削ったところに団地が建てられています。今でも団地型マンションが建てられ続けていて、人口も増加しているそうです。団地は多摩丘陵の下の方に建てられて、丘の上には高級住宅街が広がっています。なんとなく格差を感じました。ちなみに聖司くんは高級住宅街、雫は団地住まいという完全な格差婚、雫の玉の輿婚です。高級住宅街からは下々の生活がよく見下ろせる、眺めのいい立地でした。

そんな聖蹟桜ヶ丘を舞台にした「耳をすませば」の作品に出てくるシーンと実在の場所を照らし合わせながら、約4km、4時間ほど歩いてきました。

FWを終えての率直な感想としては、あまり聖地巡礼を積極的に観光やまちづくりに取り入れようとしているようには思えませんでした。ジブリ側が公式に聖蹟桜ヶ丘を作品の舞台としていないこともあるかもしれませんが、住民の方からは自分たちのような巡礼者を歓迎する空気は感じませんでした。すれ違ったり目があっても挨拶をされることはありませんでした。むしろ奇声を発してくる人もいて、巡礼者を避ける様子が見て取れました。

ここは拓が書いていますが、ヒロインの雫がデブ猫のムーンを追いかけてたどり着いた、猫の男爵バロンが置いてあった「地球屋」(実際にはない)のあった場所には耳すまスタンプが押せる洋菓子店(日曜日は休み)や、耳すまファンが気まぐれで開けているお店があったり、鍋焼きうどんを食べられるうどん屋があったりと、耳すまファンを歓迎している雰囲気があったのはここだけでした。歓迎といっても夏に聖地巡礼のFWで行った鷲宮駅前の商店の店主さんや鷲宮神社前のお茶屋さんでらきすたファンに長々と地元愛やらきすた愛話について長々聞かされるありがたい出会いはなく、形式的な歓迎といった感じでさみしいものでした。・

鷲宮と聖蹟桜ヶ丘でのFWを通じて、聖地巡礼の聖地と巡礼者の観光活動を見てきましたが、どちらもまだまだ互いにギャップがあるように思いました。特に聖地の住民が無視されて、巡礼者(ファン)が一方的に楽しむだけという構図が共通しているように思いました。そのギャップが互いに埋め合う努力ができるようにするのも聖地巡礼の課題のようにも思います。

ゲストとホストのギャップは個人的に関心のあるものの一つなので、FWで感じ取ることができて良かったです。
そして高低差のある町はやっぱり楽しい。

最後に2年生、雫、聖司、夕子、杉村、やってくれてありがとう!
posted by masutanis at 23:49| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

耳をすませばFW@聖蹟桜ヶ丘・多摩ニュータウン

3年近藤拓です!!
今回は単に耳をすませばが好きというだけでメディツーのFWに参加しました。駅前は映画の中よりも開発がかなり進んでいた印象で20年前の映画だったのだということを再認識させられました。
まもるがとてもわかりやすい資料を用意してくれていてめちゃめちゃ楽しく回れました。

訪れたスポットの中で最も映画の中に近かったのは、杉村が雫に告白するシーンに出てくる神社でした。ここには恋愛みくじの機械が用意されており、コンテンツツーリズムの流れに乗っかろうとしている印象を受けました。
また丘の上のロータリーには地球屋のあったところに、耳をすませばの大ファンだった女性がきまぐれで営業しているアンティークショップがあり、バロンの模型や耳をすませばの原作がおいてありました。巡礼ノートもしっかりと用意されていました。
アンティークショップの隣にはうどん屋さんが。ここでは映画の中で雫がおじいさんに小説の原稿を持って来た時に食べた鍋焼きうどんが食べられます。めっっちゃうまいです。

多摩ニュータウンに関していうとニュータウンが今直面している少子高齢化の問題が目に見える形で現れていました。日曜の午後なのにも関わらず、子供のいない公園、入居者のいなそうな団地、多くの高齢者。人通りもかなり少なく、耳すまの世界の中のいわゆる青春はもうこの街からは失われているように感じました。

とはいえ、地図を片手に観光するカップル、巡礼ノートには遠方からはるばるやってきたという記述、耳すま見てずっとこの街に住みたくてついに住めたという人もノートの中にいて、まだまだ観光地としての可能性、これから居住人口へと展開していける交流人口の層はあるように感じます。特に耳をすませばは日常を描いていた作品なのでその可能性はあると思います。

もう20年後、この街を訪れた時に耳をすませばの中の様に青春のイメージがぴったり合う若々しい街であるといいですね。観光協会がなかったのでつくって欲しいです、行政の取り組みに期待です。
お疲れ様でした。
posted by masutanis at 19:36| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月05日

屋久島合宿☆


10月15日から17日まで、屋久島に行ってきました。
正確にいうと、16、17日ですね。

予定通りいかなかったのは、 タイミング悪く台風がやってきてしまったから。
私たちの思いは届かず…フェリーは終日欠航。急遽、 鹿児島観光することに。

外に出れば車車車っていう感じで世話しない東京とは違って、鹿児島は路面電車があることでなんだか落ち着いた雰囲気がでていたような気がします。レトロな感じがして気に入りました。

ラーメン食べたり、シロクマ食べたり、さつまあげ食べたり … と、まあ よく食べた1日となりました。屋台街で食べたブリ、最高でした。!!


そして2日目。またもや欠航!
団体キャンセルがでたおかげでなんとかフェリーに乗れ、屋久島につくことができました。

島津さんを筆頭に屋久島観光!

プラン変更でヤクスギランドに向かいました。樹齢の長い木々から自然のパワーを感じました。この木は私が産まれるずっと前からここにいて、人々の生活や環境が変化する様子を見続けているんだなと思うと不思議な感じがします。自然の力ってすごいなと改めて感じました。
屋久島といったら縄文杉や白谷雲水狭のイメージが強い中で、このような自然が見られる良いスポットがあると知り、驚きました。地元民にとって縄文杉や白谷雲水峡は観光地化された場所であり、ヤクスギランドはありのままの自然が見られる場所であると考えられています。島津さんもおっしゃっていましたが、このような゛ありのままの自然゛こそが屋久島の本当の姿であり、人々にこうゆう姿を見てほしい、と人々は思っているようです。しかし、多くの人がヤクスギランドに訪れるようになったら、結局は白谷雲水峡などと同じように観光地化してしまうのではないでしょうか。このへんが難しいところではないかと思います。


沢山歩いたあとはむぎごっ娘で夕飯!むぎごっ娘という名前は"麦生”という集落の名前を使って考えた名前みたいです。元気なお姉さま方といい、この名前といい、非常に親しみやすいと感じました。
夕飯の郷土料理はおいしすぎて感動しました。 こうゆう こじんまりした食堂の良いところは コミュニケーションが取れるところだと思います。元気なむぎごっ娘の皆さんとお話ししたら、移動の疲れも吹っ飛びました!

私と車に同乗した、屋久島ガイドのわっちゃんさんいわく、うどんひとつとっても作る人によって麺のコシが違く、何回も食べていると今日はどの人が作ったうどんかわかるようになるみたいです。通い続けるからこそ、わかるってやつ良いなーって思います。地元の人が飽きずにここを訪れるのは、こういう楽しみ方もあるからなんでしょうね。


夜はエコツーリズムについて学習しました。観光と地域振興の仕組みを作るために生まれた里山エコツアー。それぞれの意思を尊重し、各集落の色がでるようなツアーを作るにはどのくらい時間がかかるのでしょうか。
ホスト側とゲスト側が求めるものはそれぞれ異なるため、両者の立場にたって考えなければならないのが難しいところだと思います。さらに、周囲の人たちの理解と協力も必要となるため、非常に大変そうだと思いました。
しかし、大変であるからこそ、人が人を感動させるツアーができるのではないかと感じました。今回は参加できませんでしたが、機会があれば里山エコツアーに一度参加してみたいです。

最終日は白谷雲水狭に行きました。
もののけの舞台、苔むす森!大好きな水に囲まれて 岩場で昼食 ! 幸せな時間でした。

ここはもののけ姫を知っている人や好きな人にとったら非常に興奮する場所だと思います。しかし、もののけ姫を知らない人にとったら 普通の森 にしか見えないのではないかとも思いました。もののけ姫を知らずに、ここを訪れる人はどのくらいいるのか気になります。

少なくとも 私はもののけ姫を知っていたので楽しくトレッキングできました。
トレッキング中、 ふと気付いたら屋久鹿がひょっこり顔を出していて笑いました。周りの人がカメラを向けても驚く様子ひとつ見せずに立っている鹿をみると、人間に慣れているなと感じます。可愛い鹿さんですが、ここの貴重な草木を食べてしまったり荒らしてしまったりするという問題もあるようです。自然と動物が共生する上でそのような問題が生じるのは仕方がないことだと思います。今後 自然を優先に考えていくのか、動物への対処はどうするのか注目したいと思いました。

この2日間で感じたのは屋久島は自然のパワーと人々の愛が沢山詰まっている場所であるということです。
島津さんを始めとし、お話しした方々全員から屋久島への熱い愛が感じられました。このような地元を愛する気持ちがまた観光客を刺激し、惹き付けるきっかけとなるのでしょうね。ガイドの わっちゃんさんからも それをひしひしと感じました。屋久島を知ってもらうために作ったオリジナル屋久島song、今度ちゃんと聞かせてほしいです。


マレーシア合宿に引き続きエコツーリズム体験をし、ここでも天候の影響を受けました‥。まあこれがエコツーリズムの良い点でもあり、悪い点でもあるんですけどね。
エコツーリズムは天候の影響を受けやすい。だからこそ、中止や延期になったとき、それへの柔軟な対応が必要になる。案外、このような対応の方がリピーターを得る鍵になるのかなって思いました。
またそれと同時にそのような対応が、それぞれのホスピタリティの差を表すものとなるのではと感じました。

エコツーリズム体験、結構好きだなと改めて感じた2日間でした。

縄文杉やウィルソン株を生で見たいし、島津さんやわっちゃんさんにもまた会いたいので、できたら来年も屋久島行きたいです。!もちろん天候は晴れで。!


2年 岡田茜衣
posted by masutanis at 19:40| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月31日

屋久島エコツーリズム/ゼミ説明会

2年平井です。
遅くなりましたが、屋久島(10/15-17)、そして先日行われたゼミ説明会についての報告です。

まずは屋久島について。
早朝羽田空港集合だったので、2年生の一部は空港泊を体験したようです。そのような人間向けに施設などあれば良いビジネスになるんじゃないかな、とふと思いました。
鹿児島到着後、屋久島行きのフェリー、午前中の便はすべて欠航という知らせを受け、「まさか」と思ったのがはじめの感想です。笑
その「まさか」が現実となり、港へ着いた頃には終日欠航が決まっていました。
我々2年生、マレーシア合宿でも初日は1日中雨に降られ、今回も初日は鹿児島市内観光となり、いろいろとツイてないなあと思います。(結果的に、スケジュールが押したので縄文杉は見ることができませんでした)
自然のチカラには勝てません。いかに自然に対して柔軟に対応するか、が大切だと思います。
今回も旅行会社側で鹿児島市内にもホテルを予約してあったのでそこに泊まることになりました。
市内到着し、ホテルにチェックインした後、市内観光の流れに。
白くま総本店である天文館むじゃきと、主に幕末から明治維新の歴史を展示する維新ふるさと館に行ったあと、城山公園で市内を眺望できる展望台に登ってきました。PA159341.JPG
(鹿児島市内と桜島@城山公園)
街中には大久保利通や西郷隆盛の銅像があり、住んでいるだけで歴史に関心を持つことのできる装置があるの非常に興味深いと思いました。鹿児島県民としてのプライドはここから生み出されることもあるのだろう、と思います。
その後、男子は都内では見かけない路面電車に乗りホテル近くまで戻り、都内にもあるようなショッピングモールのゲームセンターに行きました。中学生に戻った気分でものすごく楽しみました。
PA159358.JPG (路面電車)


夜は屋台で美味しい料理と綺麗な女将さんと楽しい時間をすごしました。
4年生とはこのあたりから仲良くさせていただきました。笑
PA159363.JPG (先生と4年生)

僕たちもこれから、このような関係になりたいなあと思いました。
仲良さそうで、微笑ましいです。

2日目、まさかの午前便欠航。我々の不運を嘆きつつ、港近くの水族館に行きました。
ここまでくると開き直れるもので、「まあ午後は大丈夫だろう」と踏んでいたのでしっかり水族館を堪能してきました。
運良く、午後便の予約が取れたので12時50分、出航し、予定より30時間遅れで屋久島到着。
ここまで時間がかかるとは思わなかったので、到着した際には少し感動しました。
早速ガイドの島津さんと合流し、はじめに益救神社に行き、島の歴史だとかを様々な視点から教わりました。
この時点で島津さんの知識の豊富さ、しゃべりのうまさに感銘を受けました。
ガイドさんはホスト側の象徴のようなものだと思います。
ガイドのクオリティ(おもてなしや知識など)が高ければ、その観光地への期待は非常に高まります。
このあとはどんな体験をさせてもらえるのだろうか、なにがあるんだろうか・・と、「これから楽しいことが待っている」という前提条件がゲスト側に植えつけられるので、ホスト側は旅行を展開するうえで非常に有利になるのではないでしょうか。

研修センターへ向かう途中に「やわら香」という屋久杉を利用したエッセンシャルオイルを製造している工場へ立ち寄りました。なんでもこのエッセンシャルオイルはネット販売をしていないとのことで、そこに製造者の「屋久島の文化」を伝える熱意を垣間見ました。
直接目で見て買うということは、商品に対してもより深い理解を得ることができると思います。
屋久杉がどのように利用されているのか知ってから購入することで文化はより伝わっていくのではないか、と感じました。

その後はヤクスギランドをトレッキング。
屋久島の成り立ちや、歩くなかで見つける植物についてのレクチャーを受けながらのトレッキングでした。
やはり島津さんの知識はすごいのひとこと。きこりをしていた時代の経験に基づく話など、我々には絶対に体験できないようなものを持っていました。そのような文化は、口承で伝えていくしかないと思いました。

杉の存在感にはただただ圧倒されました。
たかだか20年間を生きてきた僕と、少なくとも1000年以上生きている杉との差は歴然です。
地球すごいなあ、屋久島すごいなあ、と、強く感じました。
この深い感動こそ観光の原動力になると思います。いかにして魅力を伝えるか、が観光のホストの課題となるわけですが、いまの時代情報伝達ツールは持て余すほど持っています。どのように活かすのか、これから勉強するのも面白いな、と感じました。トラライなんかは非常に関連深いものだと思います。

屋久杉の写真は、あまりいい写真が取れなかったのでほかのみんなにお任せします。
トレッキングを終え、地元のおばさまたちの作る地元の料理をいただきました。
PA169507.JPG (むいごっ娘と男子)

ああ、美味しかったなあ、と今でも思います。
地産地消のモデルを見ることができました。

夜は研修センターにて里山の観光について、役所の方々などとディスカッションをしました。
非常に難しい問題である、と思いました。
縄文杉、白谷雲水峡という大きな集客装置がある屋久島において、観光客を分散させることは今後の環境を維持するうえで重要です。新たな観光地を作り出すことに、活路を見出すしかありません。
そこで考えられたのが里山観光だと思います。
しかしそこには人々が暮らしています。彼らの暮らしを見せることが観光につながるわけですが、
見られる側の人々は「観光商品」の一部となるわけで、その点で相互に理解するのは非常に難しいな、と思いました。
24ある里山地域のうち5つの地域で里山ツアーを行っている、と聞き、最初はなぜもっと参加しないのだろう、と思っていましたがその原因はこの辺りにあるのではないでしょうか。
なによりも住む人々の理解があってこその里山ツアーだと思います。
人が人を感動させる、という素晴らしいスローガンを達成するには様々な困難があると思いますが、
屋久島の方々からは、どうにかして良くしよう、という意気込みがものすごく伝わってきました。観光地を作る、島を良くする人々はやはりこうでなくては、人々はついていかないと思うし、僕が言うのも失礼ですが、あの方たちなら屋久島をもっと素晴らしいものにできると思います。

約2時間の白熱した議論を終え、研修センターのオリエンテーションを受けました。
なんだか小学生に戻ったみたいで楽しかったです。
自然に囲まれ、満点の星空を見上げることのできる素晴らしい環境のなか、男子メンバー4人と吉原さんと、お風呂でいろいろな話をしてそれもいい思い出です。

最終日はもののけ姫の森のモチーフになった白谷雲水峡に行きました。
普段、苔を見たら触ろうとか、興味を持ったりしないと思います。
ですが、その「苔」がメインの森です。興味を持たない訳には行きません。
なぜ苔ができるのか、またこの森にある植物などについて聞きながら山を上っていくと、
自然と苔に対して親近感のようなものが湧いて、苔に自ずと触れている自分がいました。

目的の苔むす森に着くまでに、外国人観光客や、団塊世代の人々(今後の観光業のターゲットになる)、修学旅行の学生など、さまざまな観光客とすれ違いました。
さすが、屋久島のメイン観光地だな、と思うと同時に、ほとんどの団体にガイドがついていることに気づきました。
一般人がこのような自然を楽しむためには、やはり知識が必要だし、ガイドは必要不可欠なものだと思いました。

相当長い時間歩くことを覚悟していましたが、皆としゃべりながら、学びながら歩いているとあっという間に到着しました。
眼前に広がる一面の苔はまさに文字通り苔むす森で、「帰ったらもののけ姫みよう」と強く決心しました。
他の団体のガイドさんはさりげなーく木霊をおいていて、面白い仕掛けだな〜と関心し、
ちょっとした工夫で、楽しさは増大することを実感。

その後は弥生杉を見て、麓に戻ってお弁当と、むいごっ娘お手製の和菓子(名前、ど忘れ)を食べ港へ。
文化村センターで知識の確認と振り返り、そしてショートムービーを見ましたが、映画の間はぐっすりねてしまいました。笑 反省です。

その後お土産を買い、船へいざゆかん、というところに島津さんが登場し、全員と握手してお別れしました。
その島津さん、我々が出航したあとも港から手を振りつづけていました。
また来たいなーと、強く思わせる出来事でした。

市内に戻った後は空港へ向かい、夜無事に羽田空港に到着しました。

非常に濃密な3日間でした。
タマンヌガラ、屋久島と短期間で2つのエコツーリズムを体験し、
比較の目を持つことができたのは収穫です。
一概にどちらが優れているか、言い切ることはできませんが双方の大自然の魅力は存分に味わえたと思います。

環境に近づきすぎるとエコツーリズムは維持出来ないし、
かといって守りすぎてしまえば人は来なくなります。
それによって結果的に自然が守られるのかもしれませんが、その地域は廃れていってしまうかもしれません。
うまく共存する、と口でいうのは簡単ですが、どのようにして実現するか、を真剣に考えるべきだな、とこの3日間を通して強く感じました。


続いて、ゼミ説明会について報告です。

10月29.30日の昼休みにゼミ説明会を開催しました。
各サブゼミリーダーをはじめみんなの協力のもとなんとか無事終えることができました。
また各回、手伝いにきてくれた先輩方、ありがとうございました。

初日60名、2日目50名程度訪れました。
まだまだゼミを始めたばっかりの感覚です(先輩方とも交流の薄い年代だと思っております)ので、もう説明会かあ、などと思いましたが改めてなにを勉強しているのか、再認識する良い機会になりました。

これから先輩方と交流を深めていきたい所存でありますので、よろしくお願いします。



posted by 12平井 at 17:11| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月17日

2013インドネシア合宿☆

拓が全体のことを振り返ってくれているので、
私は「ジャカルタ日本祭り」と「ホームスティ」に絞って書きたいと思います。

忘れないうちに…

まず、9/8に参加した「ジャカルタ日本祭り」について☆
この祭りはインドネシアと日本の友好行事の一環で2008年から行われているそうです。
日本の屋台のように、かき氷・うどん・たこ焼きなどを売っているブースがあるかと思えば、メインステージではソーラン節を踊っていたり、のど自慢をやっていたり…インドネシアからみた「日本」を客観的にみることができました。

なかでも皆の記憶に焼き付いているであろう、インドネシア人のコスプレ!
私も含め多くのゼミ生が「日本人全員がコスプレしてるわけじゃないぞ……」と感じたと思いますが、翌日のインドネシア大学での交流において私が頼ったのは、アイドルやアニメの話題。というか…ひな祭りとかお盆についても質問されたんですけど、あんまり答えられず…。今までいかにサブカルチャーに頼って交流してきたのかが浮き彫りになりました。これなら「日本=アニメ」と思われても仕方ないのかな〜。もっと日本のこと勉強しなきゃですね!

ちなみに本物の日本人だーかわいいーってことで大撮影会が行われ…
IMG_1312.JPG

(この人だかりの中にももちしおちかはるぴんがいます笑)

IMG_1316.JPG

(ももちにいたっては差し入れまでもらってました♪笑)

そして9/11-12にわたって行われたプンゲラゴアン村でのホームスティ☆

ペナン同様、町おこし型のホームスティでした。
ペナンと違うのは、各家庭一人ずつの派遣ということ……少し心細かったです。
ちなみに風呂はなく、桶です。ゼミ生なら幾度となく越えなければならない壁ですね。

英語が通じる家庭とそうでない家庭がありましたが、
高校では日本語と英語を必修でやるらしく、高校生のいた私のステイ先では比較的コミュニケーションがとれました。

IMG_1399.JPG

農家だったので、豚にえさをやったり牛の散歩をしたりしてました。

今回の滞在で考えたのは、
「町おこし型のステイでは、ゲストはどのように思われているか」ということです。

滞在中何度も「You have big money」と言われました。最初は否定していましたが、私の持ち物一つ一つを「Berapa?(いくら?)」「何ルピア?」と質問され、その都度「mahal(高い)」といわれるので、最終的に肯定せざるを得なかったです。もちろん交流の一環で質問してくれたのだと思いますが、もしかして彼らにとって私は「あんたはお金持ち、俺たちとは違う」という意図だったら思うと、なんだか複雑です。でもどういう意図だったんだろう、「言葉はなくても心は通じる」なんていうけど、やっぱり言葉はできた方がいいです。

また、ペナンの時は夜中12時を過ぎても外で遊びまわっていましたが、今回は9時就寝翌5時起床だったので、彼らの日常からあまり逸脱してはいなかったと思います。「もてなされた」という実感はありません。(悪い意味で無く!でもご飯は私だけ豪華でした)

そうしたことも含めて「町おこし型のステイとはどうあるべきか?」「ホストはどう振舞うべきか?」ということをもう一度考えたら面白いかな〜と思いました。私はボランティア型のホームスティを経験してないのでホームスティ3連覇してるしもと甲大の意見が聞きたい(^◇^)

長くなりましたが、これで4年生にとっての海外合宿は最後です。
3度もこんなに素晴らしい経験をさせてくださった舛谷先生、本当にありがとうございました。
お金数えられない4年生でごめんなさい笑

IMG_1304.JPG


4年 山田晴子

posted by 10やまだ at 01:44| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko10 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月14日

インドネシア合宿報告

ゼミ合宿お疲れ様でした。3年拓です。
3、4年生の合同海外合宿を兼ねた、インドネシア大学プログラムについての報告です。
とにかくこの合宿はハードかつ多様でした。富士山7月に登りましたがあれよりいろいろな意味できつかった。ですがそれ以上に吸収しきれないほどの刺激でした。
初日スカルノハッタ空港降りてすぐインドネシア大学の日本学科の学生が迎えにきてくれました。大学の校内にある宿泊施設まですぐ向かいましたが名物である世界最大級の渋滞に暖かく迎え入れられ、車で3時間半以上かかりました。車線は守らないし、信号もない、バイクにはヘルメットなし4人乗り、トラックの荷台には10人近くの人、早くも先行きが不安になるくらいでした。
翌日は学食で朝食をとり、学内見学。学食は屋根があるのみでドアはなく、タバコもすい放題で若干不潔な感はありましたが、今この後の経験を踏まえて考えると大したことありませんでした。その後市内のショッピングセンターを訪問、みんなで両替をしたところ、ショップの金庫が空になり両替商の方々に銀行と何往復もしてもらいました。物価の違いはおそろしいです。
その後タマンミニというインドネシアの多民族多文化のすべてを見れるテーマパーク、タマンミニを見学。インドネシア民族衣装「バティク」や東ティモールtの関係、アスマットという民族のお話など、インドネシアを知るためには欠かせない観光スポットといえたと思います。初日に訪れることができてよかったです、ただ両替のせいで時間が少なくなってしまいましたのが残念でした。
3日目は日本祭りの見学、甲大さんやももちさんはインドネシア人に大人気で会場で写真を撮るために列ができていましたwww
東京外大の八木を始め、現地で暮らす日本人にも会えたのは、興味深かった。JKTの人気には驚きました。インドネシア人のコスプレもすごかった。
夜は先生の古くからの友人のご家族と夕食、この時に教授の娘さんと話せて一番国際交流できたなって感じでした。
4日目午前中日本学部で日本語のチューターをやらせてもらいました。教科書に載っている日本語がきれいすぎて、自分たちの日本語を見直す良い経験になりました。昼過ぎに大学を出て空港へ飛行機の遅れでバリにつくのは深夜、しかも翌日はボロブドゥール組は朝4時出発でした。(ここらへんからきつくなってきた)
しかしホテルの清潔感は日本のホテルを越えるレベルで、まさに「リゾート」でした。
ホテルのバーで飲むという経験を初めてしました。
5日目ボロブドゥールとプランバナンという2つの世界遺産、日本の皇室御用達の銀細工工場、バティク工場などこの日は一日ツーリストでした。バリで遊べなかったのは残念だけど特にプランバナンは夕日に染まる景色が圧巻で、いけてよかったです。
そしてバリに深夜に戻り、慶応の倉沢先生の経営するヴィラに深夜着。施設はきれいでシャワールームもリゾートチックでジャグジー付き、しかし給湯設備が弱かったり、トイレが壊れていたり、その外観とのギャップがかなり大きかったです。
倉沢先生から直接お話を伺う機会はありませんでしたが、宿におかれていた著書を一部読ませていただくことができ、カンポンについての知識を深めることができました。それまでの期間で自分が感じていたインドネシアの未熟さというととても失礼ですが、それに近いものを整理できたような気分でした。
6日午前中はゆっくりして午後ホストファミリーが迎えにきました(バイクに二人乗り)。お父さんは英語が通じたため、指さし会話帳なくてもいけるとおもいましたが他には通じる人間はおらず、本当に指さしなしでは会話が成立しない状況でした。しかしながら、サッカーしたり、トランプしたり(神経衰弱・ばばぬき)、コーヒー飲んだり、言葉を超えるツールのおかげで本当に楽しい時間を過ごせました。家には家族計画通り子供は2人しかいませんでしたが、近所のたくさんの子供たちが一緒に遊んでくれました。また村では多くの怖い顔をした犬が放し飼いにされていて、追いかけられたこともあり
ました。家はお寺のような立派な作りをしていて、しかしながら風呂は自分のところ以外は水浴び+自分で流すトイレだったようです。寝室にはイモリだかヤモリだかがたくさんwww夜は誕生日パーティー、翌日はお葬式の手伝いとホームステイではなければできない経験を数多くできました。ここで思い出さねばならないのは、ここがバリ島だということ。おとといのテンパザールとは異国のようでした。
7日目はウブドゥ見学などをしてケチャのダンスを見ました。空港につきましたが、飛行機が早朝便(しかも大幅遅れ)だったため、謎のトランプオールwww
ふらつきながら飛行機に乗り込みなんとか日本にかえってきました。

多様な宿泊施設、多様な人種、多様な経験、ほんとにこの合宿は盛りだくさん!!つっちーもいっていましたが、消化不良をおこしそうです。しかしながら旅行者としての視点は間違いなく拡張されました、もうツーリストとしてしかバリを見れないなんてことはないです。
次の合宿も楽しみです。

3年まちづくり、グロスタ
近藤 拓
posted by masutanis at 16:41| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月24日

えきぽを使ったFW @福生


3年の土田です。
初投稿します!

ものすごーく今更ですが、6月に行った福生でのFWのブログを書きます。


今回はJR東日本が提供しているアプリ、「えきぽ」を使ったFWを行いました。

「えきぽ」とは駅から歩くウォークラリーを合言葉に、
各駅ごとに用意されたコースマップがあり、そのコース上に決められたいくつかのポイントを全部通ると
『駅スタンプ』なるものが取得できます。
コースは各駅の名所を通り、距離も5、6キロ程度なので誰でも手軽に楽しめます。

今回のFWではJR青梅線の福生駅をチョイスして街歩きをしました。

なんで福生なのか!?
それはおいしいお酒とおいしいハムがあるからです!!
この日をどれだけ楽しみにしていたことか。


福生駅のえきぽコースは以下のコースでした。

JR福生駅⇒田村酒造場⇒新橋⇒青岩院⇒大多摩ハム⇒国道沿いの商店街⇒JR福生駅

自分はこの日は体調を崩して
大多摩ハムからの参加となってしまいました。

あー日頃の行いが悪いからこうなるんですね。。


大多摩ハムは1932年創業のハム工場で
ドイツ式ハムの作り方を日本に伝えたローマイヤーさん直伝の製法を今に受け継いでいます。

工場の前には直売所とレストランがあって
今回はおいしいハムとベーコンをいただきました。
この日はレストランが満席でしたが出来るリーダーが予約をしてくれていたのですんなり入れました。
いただいたものは1人1000円くらいでハムとベーコン、それにウインナーがたっぷりのっていました。

ここではえきぽ参加特典でドリンク一杯サービスしてもらいました。
みんなが美味しそうに食べていましたね。
自分はみんなが美味しそうに食べているのを眺めているだけでしたよ。あーあ。

悔しかったので直売所で700円もするベーコンを購入して後日おいしくいただきました。

大多摩ハムのハムやベーコンは都内の百貨店などでも購入できるそうです。
直売所で売っている商品はどれもスーパーで売っているものより値段が倍くらいしました。
でも値段に見合うくらい美味しいものになっていると思います。

大多摩ハムの直売所とレストランは
外観がドイツのローテンブルクにあるような茶色い三角屋根の趣ある建物になっています。
すぐ裏はコンクリート造りの工場なので三角屋根の建物はかなり浮いていました。

さらにローテンブルクはWW2の時にアメリカ軍に空襲されているので
大多摩ハムのすぐ近くに横田基地があるのはちょっと皮肉に見えました。

埋め込み画像 1




続いて国道沿いの商店街へ向かいました。

ここは先述のように横田基地が目の前にあり、
国道沿いにアメリカの街の一角に迷い込んだかのようなお店が並ぶストリートになっています。

横田基地は総面積が約700万uで
南北約4.5キロ、東西約2.9キロ、周囲約14キロの巨大な基地です。
(昭島市ホームページ「横田基地の概要」より引用


国道沿いの商店街も
端から端までゆっくり歩くと30分以上かかってしまうほど長くて
たくさんのアメリカンなお店が並んでいました。
売っているものだけでなく、店の外観から看板まで何もかもがアメリカンでした。
印象としてはアメリカ東海岸というより西海岸よりの雰囲気を感じました。
ニューヨークというよりサンフランシスコって感じです。

中には蕎麦屋など和食もありました。
和食店の外のメニュー表には英語の表記がなかったのですが
米兵には入ってもらえるのか気になりました。

途中にあったアイスクリームショップでは
メンバーの一人が米ドルで支払いをしていました。

ここでは米ドルが使えるんですね、さすが米軍基地のお膝元です。
この時の「お釣りは米ドルですか?日本円ですか?」というやりとりが印象的でした。

埋め込み画像 3








埋め込み画像 2

実はメンバーと合流した大多摩ハムの前に
田村酒造場を通りました。
とても立派な蔵と塀が並んでいて裏には綺麗な玉川上水が流れていました。

酒造場の前には立派な寺があり、
日本らしい風景が広がっていました。

駅を降りたときは
どこにでもありそうな郊外都市といった印象でしたが
えきぽのコースを歩いてみると
福生には日本・ドイツ・アメリカを感じられる場所が
それぞれの特徴を妨害することなく共存していました。

福生は若い方も年配の方も楽しめる街ではないかと思います。

そういえば福生に自転車屋さんがたくさんあったのは
横田基地と関係があるのかな。


3年 土田大樹
posted by masutanis at 22:54| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

らきすたFW @ 鷲宮

6月30日、聖地巡礼のFWとして鷲宮へ行ってきました。

事前学習の時点で、鷲宮に抱いていたイメージは
「街全体がらき☆すた」
ですが、実際に行ってみると、ものすごく盛り上がっているわけでもなく、
こんなもんか、というのが第一の印象です。


鷲宮神社内外のらき☆すたに関連する場所にはQRコードが存在し、
きゃらなびAR@埼玉 というiPhone,Android 両端末に対応しているアプリを使うと
泉こなたや柊姉妹など、らき☆すたの主要キャラクターが出てくる仕組みになっていました。

事前にアニメをみて、僕は個人的にらき☆すたが好きになったので
ARはなかなか楽しめました。

アニメのオープニングに登場する大酉茶屋にも行きました。
ランチメニューは登場人物にちなんだものでした。
お味は普通です。
聖地巡礼ノートがおいてあったことに驚き、立教大学観光学部としてFWをした痕跡を、ノートに残しておきました。

その後、鷲宮神社の駐車場にあるイタ車見学兼インタビューを行いました。

この聖地に来るのは、らき☆すたへの愛ではなく、
(もちろん多少なりとも持ち合わせているはずですが)
共通の趣味を持った友人に会いに来るという目的が主だそうです。
また、イタ車自慢という側面も持っています。彼らは、イタ車専門誌を持ち出し、
私たちにコンテスト入賞時の写真などを見せてくれました。

続々と来るイタ車に、私たちは驚くばかりですが、彼等は
「あの車、久しぶりだなあ」
「あれは新顔だなあ」
など、人、というより車の装いに注目し、
改装具合などを楽しそうに話していました。

聖地巡礼を、らき☆すたのファンのひとりとして行ってみて
やはり好きなキャラクターがここにいた(実際には2次元ですが)と
考えると、嬉しいという気持ちになりました。
しかし、聖地巡礼者には、我々のような形で1度きりの巡礼になる場合と、
その聖地で新たなコミュニティを創り出し、拠点とする場合といったように
様々なタイプが存在することを身をもって実感しました。

2年 平井
posted by 12平井 at 15:30| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月14日

らき☆すた聖地巡礼FW

image.jpegimage.jpegもう大分経ってしまいましたが、
6/30にメディアツーリズムで鷲宮にFWに行って来ました。
鷲宮がアニメでまちおこしを行っている地域の代表例であることから今回のFWは決まりましたが、まず書いておかなければならないのは、鷲宮がらき☆すたの聖地になってから(アニメが放送開始されてから)6年経過していることです。ドラマにしろ、アニメにしろ、一時的に人気が出てもある程度の期間が経つとその人気が風化していくのが普通だと思います。私たちはFWに行く前に鷲宮とらきすたについての文献をいくつか読んでから行きましたが、そのほとんどはまだアニメ放送から数年しか経っていないものでした。なので現場とのギャップはかなり感じましたが、アニメ放送から6年経過していることを考えると、鷲宮がらき☆すたというコンテンツでまちおこしを続けていること自体、まず一つすごいことなのではないかと思います。

実際訪れてみて、率直な感想を述べると、やはり時間が経っているということもあり、多少人気の衰えは感じました。しかし、鷲宮神社の痛絵馬や、巡礼ノートを見る限り、ファンの巡礼も続いているようでした。
街中や鷲宮神社の周辺を回ってみましたが、聖地と呼ばれる割に、らきすた関連のスポットがたくさんあるわけでもなく、これではすぐに飽きられてしまうのではないか、と疑問に思いましたが、昼食をとった鷲宮神社前の大酉茶屋で、らき☆すたのファンの方にお話を聞いた際に、「らきすたを通して知り合った地元の人たちに会いに来ている。友達に会いにくる感覚と似ている」とおっしゃっていました。鷲宮神社周辺に集まるファンの人たちも、らきすたがすきな人たちというよりは、様々なジャンルのオタクが集まっている場所という感じでした。アニメ放送開始から6年経った今、鷲宮を訪れる人は、純粋にらきすたの聖地巡礼という目的で訪れる人よりも、趣味の合う友人、仲間に会うという目的で訪れている方が多いのでは、と感じました。鷲宮が長い間ファンが絶えない聖地として存在する理由の一つは、ファンが鷲宮に求めるものが、らきすたというコンテンツから、人との関わりに移ってきたからではないかと思います。

全体として、コンテンツツーリズムとは言っても、その対象はアニメファンに限定されており、内向きな印象を受けました。ARアプリなど県と連携して新しい取り組みをしていましたが、その内容もファンの人向けであり、新たな観光客を取り入れようという感じは見受けられず、今いるファンを飽きさせない、繋ぎとめるための策のように思いました。
正直最盛期との比較ができないことが残念ですが、他の聖地と比べてみたりしたら、またそれぞれ違って面白いのではないかと思います。

マイナスの感想が多かったですが、ファンの方の熱意はかなりのものを感じました。あの熱意があれば、そらまちおこしできちゃうわ、って感じです。


3年リーダー すがぬま はるか
posted by masutanis at 21:06| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月07日

メディアツーリズムFW

6月30日に鷲宮にフィールドワークに行ってきました。今回は「きゃらナビ埼玉AR」というアプリを使って、らき☆すたの聖地を実際にまわりました。鷲宮駅から神社までよ周辺のお店にはARのバーコードが設置されていてARアプリをかざすとらき☆すたのキャラクターが携帯上に現れます。マップ上にはARコードが設置されている場所が登録されていて、どこにバーコードがあるかわかるようになっています。町中いたるところにらき☆すたのポスターが貼られていたり、らき☆すたグッズが売られている店もたくさんあり、らき☆すたで観光地活性化をしようとしてることが伺えました。
鷲宮の聖地として一番有名になっているのが鷲宮神社です。中でも痛絵馬は有名です。痛絵馬とはアニメのキャラクターの絵が織り込まれた絵馬のことです。絵馬というのは本来神社や寺院に祈願するために奉納するものですが、痛絵馬は本来の目的と少し違っているように感じました。もちろん願い事が書いてある痛絵馬もたくさんありましたが、中にはアニメの有名なセリフが書いてあったり、キャラの誕生日を祝ったりしているような痛絵馬もありました。痛絵馬には聖地巡礼にきた人々の聖地巡礼の証よような意味も含まれているのかなと思いました。また今回の私たちのようにその痛絵馬をみにくる人がいるように痛絵馬自体が観光資源になっているようにも感じました。
また私たちは鷲宮神社にいたアニメ好きな人達に鷲宮の話を聞くことができました。驚いたことに、そこにいた人々はみんながらき☆すたのファンということではなく他のアニメやAKBのファンの方もいました。これはらき☆すたの祭り以外にも痛車の大会などが鷲宮で行われている影響で、いろいろなアニメ好きな人々が鷲宮を訪れるからです。そこで知り合った人々は週末などに鷲宮に集まって話をしたりしてるそうです。鷲宮という場所は聖地として観光客を呼び寄せるだけではなく、オタクと呼ばれる人々の集まりの場としての働きもあるのだと知りました。その他にもたくさんの貴重な話を聞くことができました。
しかし個人的には鷲宮は観光地とし
て全ての観光客を対象にできていないように感じました。ARのアプリも説明が少し足りなくアニメをみていない人にとっては本当に聖地巡礼を楽しめるものかどうかは少し疑問でした。これから、らき☆すたを使った鷲宮の町づくりはどのように行われていくのか興味が湧きました。

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posted by masutanis at 19:21| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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