2015年09月12日
教育とアイデンティティ
まず、中国における朝鮮族の人口からその規模を考察する。中国全土の人口は13・57億人(2013年)、中国朝鮮族総人口は約192万人、吉林省には延辺朝鮮自治州を含み約114万人の朝鮮族がおり、この数値は中国の55の少数民族の中で14位を占めている1。現在延辺朝鮮族自治州の総人口は約218万人、この地における民族区分は、およそ漢族60%・朝鮮族40%である2。
中国朝鮮族とは、朝鮮半島から中国に移民してきた、中国国籍を持つ朝鮮民族である。延辺朝鮮族自治州は、中国朝鮮族の民族共同体の中心地であり、他地域の中国朝鮮族は延辺朝鮮族自治州の教育・文化モデルを手本としてきた。中国朝鮮族の民族共同体を維持できた要因は何か。私は、今回の旅でそれが教育システムなのではないかと感じた。朝鮮族は農耕民で、移民してから東北地域で稲作栽培に貢献していたようだ。彼らには元来、子女の教育を重視する傾向があり、村には必ず学校が建てられた3 。この農村部における学校建設は朝鮮民族の民族教育の発展に寄与し、民族共同体の発展にもつながったと考えられる。花井によると、朝鮮族教育共同体には、以下の特徴が挙げられる。@自立を重んじる。A朝鮮族教育は、基礎教育から師範教育、民族芸術教育及び高等教育に至るまでの自身の教育体系を持つ。B朝鮮語を第一言語とし、漢語を第二言語としている⁴。このような朝鮮族教育が維持された結果、朝鮮族の教育は功漢族を含む中国56の民族の中で、最も高い教育水準となった。朝鮮族の学校教育の発達は、朝鮮族の民族文化と言語を継承・維持する上で重要な役割を果たしたことが分かった。
しかし、論文を読み進めると、中国全土で行われた一人っ子政策の影響や戸籍問題などによる朝鮮族の人口移動が、教育システムに大きな影響を及ぼしていることも分かった。現在ほとんどの大学が学生数を確保するために、漢族の学生の受け入れをしている。学校によっては、漢族の学生数が朝鮮族の学生数を上回るところもあるようだ。また花井によると、延辺から毎年4000人以上の若者が大学卒業後延辺を離れ、都市へ就職する。私が現地でお世話になった学生(黄さん)は、黒龍江省の出身であったが、彼女自身も将来は都市部での就職を望んでいると語っていた。また、彼女の両親は韓国のソウルで働いているらしい。日本では多くない家族の別国居住というのは、中国では非常に一般的であるようだ。朝鮮族が中国社会で生きるためには、漢語能力は必須である。そのため、近年は朝鮮族の子供を漢族の学校へ通わせる親も増えているようだ。私は朝鮮語の存続を危ぶんだが、延辺朝鮮族の自民族言語に対する意識は非常に高く、民族教育の特色はまずは自民族言語を学ぶことであり、それがアイデンティティに直結すると考えているようだ。このような意識の結果、朝鮮族は朝鮮語・漢語・英語を操るトライリンガルとなったのである。三種言語に加えて、日本語の学習も盛んである。街中でも、日本留学を推奨する宣伝を良く目にした。
ここまで延辺朝鮮自治州における朝鮮族の教育について執筆してきたが、これはあくまでも延辺という地域的考察であり、民族的考察までは及んでいないと考える。しかし、中国という国単位で行われる教育政策と共生しつつも、民族教育という個性を潰さない教育にも力を注いでいる姿は、賞賛に値するものだと思うし、日本も見習う部分があるのではないかと思った。日本生まれ育った我々は、民族や国という単位でのアイデンティティ・クライシスに陥る機会は少ないのではないだろうか。その点延辺では、漢族の学校に入学するか、朝鮮族の学校に入学するか、などと家族一体となって考えるのである。この機会というのは、自身について考察するまたとない機会になるだろう。自己分析というのは、人間にとって生きていく上で非常に重要なことだと考える。何故ならば、職業選択の類のみならず、生き方を変えるものだからである。この機会にしっかり向き合った者は、人によっては国や民族の一員という意識が生まれ、責任感が芽生える。この意識は度が過ぎると危険であるが、パワーの源にもなり得るだろう。よくオリンピックなどで、国を背負う、などというフレーズを耳にするが、中国人選手などが発する場合はその重さが日本とではどことなく違うように聞こえてしまう。また、各々アイデンティティについて考えることの意味は、私は自己の確立に直結することにあると考える。何故自己の確立が必要なのか。それを私は、今を生きるために必要だからだと考える。私は、今を生きるという言葉を以下のように定義する。「反応すること」。何か刺激物に出会った時、素早く鋭く反応できるのは、柔らかいものと硬いものとどちらであろうか。無論、硬いものだ。私は、固くなるために自己の確立、アイデンティティの考察が必要であると考える。自分を固くする、というのは一見、一つのものの見方に固執してしまうような、頑固になってしまうような印象を受けるかも知れないが、他人の考えを撥ね付けるための固さを必要としているのではない。比較するための固さが必要だと考えるのである。私は常にフレキシブルな状態でいたいと思っている。アイデンティティの考察とはすぐに出来るものでは無いし、考えれば考えるほどに絡まる面倒なものだと思う。それでいて明確な答えがあるとも限らない未知のものなのだ。しかし、自分は一番自分を知らないとも言えるだろうが、それでも一番自分に近い他人なのだと思う。今回の訪問で、私は自分のアンテナの足りなさも痛感したし、考える力の不足も実感し恥ずかしく思った。舛谷先生と、少しばかり観察する目を養う練習という内容のお話しをさせて頂いたが、本当にその通りだと思う。日頃からの癖漬けが不可欠なのである。
本稿執筆により、教育が民族共同体形成の核であることを再確認し、またアイデンティティの形成についても少し考えることが出来た。また、私にとって未開の地であった中国・韓国が少し身近に感じられるようになり、連日のニュースなどにも、関心が向くようになった。最後に、今回の合宿に際して、舛谷先生を筆頭にお世話になったすべての人に感謝を申し上げる。
<註>
1 許青善・姜永徳『中国朝鮮族教育史』(延辺教育出版社、2009)p.152。
2 延辺朝鮮自治州統計局『延辺統計年鑑』(吉林人民出版社、2007)p.55。(尚、これは
戸籍上の人口であり、居住人口ではない。中国では人の移動は可能だが戸籍は農村戸籍・都市戸籍と区別されており、移動は原則出来ない。)
3 鄭仁甲「中国朝鮮教育共同体反思」金 炳鎬『中国朝鮮族人口問題研究』(民族出版社、2007)。 p.181。
4 鄭仁甲・前掲(註3)p.176。
<参考文献>
・花井みわ(2011年3月)、「中国朝鮮族の人口移動と教育」、早稲田社会科学総合研究第11巻第3号
舛谷ゼミ 延辺合宿 2015.8.16〜23
立教大学観光学部交流文化学科2年 小杉 真奈
2015年09月11日
延辺合宿
一週間日本から離れて過ごしてみて、やっぱり日本は大変恵まれている環境だと感じた。日本に帰りたいと思うこともあったけれど、徐々に延辺での生活も慣れて食事はおいしいものもあったので、最終日にはもう少しいたいと思うようになっていた。日本の観光事業を考える上で、日本を訪れている人の気持ちになって色々な場所に行ってみたら、これからさらに発展させていけばよい点が見つかるのではないかと思う。楽しかった部分も、いやだと思った部分も、日本では経験できないことを体験できたのでとても貴重な一週間だった。
井上華奈穂
2015年09月04日
中国と日本の価値観の違いと英語について
まずは接客に関して、サービスの違いを感じた。具体的には飲食店などで、私たちが中国語を全く理解できないとわかったら、あからさまにいや顔をしたり、食事を提供するときに無言で雑にテーブルにおいていったり、まるで怒っているのかと感じてしまうほどのところもあった。また、北京空港では飛行機が2時間ほど遅れているにも関わらず、グランドスタッフはwechatや携帯ゲームをやっていて、飛行機が遅れているとクレームが入っても、私たちにはどうすることもできないから関係ないといった様子で、私は少々驚いてしまった。しかしよく考えてみると、これは中国の国民が不親切であるとかではなくて、「普通」の基準が違うからなのではないかという考えに至った。日本では「お客様は神様」という言葉にもあるように、常にお客様のために全力を尽くすのが一般的である。自分自身もそれをよく心得ているし、幼いころからそのようなサービスを受けているから、それが当たり前であると思っている。だから自分が飲食店でアルバイトをしていて、もしたとえ自分のせいではなくても店の不手際でお客様に不快な思いをさせてしまったら謝るし、笑顔もふりまくし、きちんとおもてなしをする。これが日本の「普通」である。それに対し中国はラフな対応で、しかしそれが彼らにとって「普通」なのだ。お客さんもそれが「普通」だと思っているから、特に気にならず、不快に感じることもない。このように、育った環境の違いで何が「普通」であるかというのが違うので、こちらの「普通」を観光客の立場で中国側に押しつけるのはよくないのではないかと感じた。
次に、延辺で英語があまり通じないことに驚いたので、その点に関して少し調べてみた。中国の英語教育は、すでに2001年の時点で小学校3年生からの必修化されているらしく、これは日本以上の量と質と言われている。ではなぜ延辺ではあんなに英語が通じなかったのであろうか。それは延辺の位置と何か関係があるのではないかと考えた。延辺は吉林省朝鮮自治区というところに属していて、中国の中で北朝鮮、ロシア、韓国、日本まで一番近い所にある。そして、民族別人口では漢族の人口が最も多く、全体の57%を占め、その次の朝鮮族は約40%を占めている。町の看板にはハングルと中国語どちらも表記することが法律で定められていて、中国なのか韓国なのかわからなくなってしまうほど町は韓国のものであふれていた。現地の学生に、「なぜこの地域の人々はこんなに英語が通じないのか。」と尋ねると、「この地域では英語よりも朝鮮語ができる方が暮らしの役に立つし、英語を使う機会があまりないから英語を学校で習ってもすぐに忘れてしまう。」と言っていた。延辺は観光地として世界によく知られているというわけではないし、実感として特に西洋や欧米からの外国人観光客が極端に少ないことを感じたので、あまり英語を話す観光客と接触する機会がないために、英語での対応に慣れていないのではないかと考えた。
日本と中国は隣の国であるにも関わらず、お互いがお互いのことをよく思っているとはあまり言えない状況である。実際に私自身も、中国で生活する中で嫌悪感を抱いてしまったこともたくさんある。だが冷静に考えると、すべて自国を基準に考えるのではなくて、その国の状況や土地柄、歴史的背景、文化など、いろいろなものを考慮したうえで、相手を理解しようとする心が大切なのではないだろうかと思った。旅で得た印象を、いい悪いではなく、考察的にとらえられるような人になりたいと考えさせられるようなそんな旅だった。
野原ほのか
参考文献
・Sience Portal China現代中国における英語教育(2015.9.4 閲覧)
http://www.spc.jst.go.jp/experiences/education/education_1304.html
・中国朝鮮族の民族語に対する言語意識からみる アイデンティティの考察
――延辺大学における質問表調査を通して 趙 南実 (論文)
2015年08月30日
延辺合宿 日本と中国を比べて
この合宿を通して私は日本と中国を比べてみた。まず1つ目にトイレである。延辺大学の寮のトイレは様式で、大学の建物のトイレは和式だった。夜ご飯を食べたホテルでもトイレは和式であった。洋式トイレも和式トイレも両方とも日本のほうが断然きれいだった。大学のトイレや飲食店のトイレは想像の範囲内で、日本にも和式トイレはあるのであまり気にしなかった。私が最も衝撃を受けたのは、長白山に行く途中で休憩したトイレである。穴を掘っただけのようなトイレで、ドアが無く仕切りはあるが高さが腰のあたりまでしかない。ほとんど仕切りの役目を果たしていないのだ。もちろんトイレットペーパーは設置されていない。この場所に限らず多くのトイレにトイレットペーパーは設置されていなかった。私はカルチャーショックを受けた。テレビでは見たことがあったのだが、まさか自分が体験するとは思ってもいなかった。長白山のふもとのトイレも期待していなかったが、観光地ということもあり比較的きれいだった。中国へ行って、飲食店やデパートなどのトイレがきれいなのはアジアの中で日本だけなのかなと感じた。そのような環境において、日本は恵まれていると言える。
2つ目はネット環境である。延辺では寮の部屋にはWi-fiは通っていなかったが、1階のロビーとホテル、カフェなどの飲食店は必ずWi-fiが通っていた。Free Wi-fiではなく、鍵がかかっていてもお店の目立つ場所にパスワードが書いてあったり教えてくれたりと大変便利であった。延辺は大きな都市ではないのにも関わらずWi-fi環境が整っていた。それと比べて日本は観光地にさえWi-fi環境が整っていない。空港やカフェには整っている。以前あるデパートでWi-fiに接続しようと思ったら30分だけ無料と書いてあり、接続するにも登録しなければ使えないのだ。Wi-fi設置個所が少ないという点では日本は興新国と言えるのではないだろうか。しかし、中国は情報規制をしているため、普段使っているGoogleやLINE、Twitter、Facebook、メールはVPNというインターネットサービスを通さないと利用することができなかった。そのため、LINEの代わりにWechatを利用していた。なぜ中国は情報規制をしているのか?最初は中国で浮き彫りになった多くの欠陥工事や常識では考えられないような事故(道路の陥没、エスカレーターの事故)、事件を外部に漏らさないようにするためだと思っていた。実際に調べてみると、SNSを利用して政府批判や反対運動が起きることを恐れているということと、インターネット事業でGoogleやFacebookやTwitterに勝てないため自国のサービスを育て国民に利用させるためだということが分かった。中国の情報を外に漏らさないためというよりかは、国内で暴動が起きることを防ぎ、自国のマーケットを守るためだったのだ。
そして、3つ目はマナーである。街を歩けばクラクションを鳴らしながらスピードを出す車や赤信号なのに直進する車を多く見かけた。歩行者より車が優先というのは日本と真逆である。また、トイレやバスの順番待ちで平気で横入りしてきたり後ろから追い越して前の方へ行ったりとマナーを守らない行動が見受けられた。日本ではマナー違反とされることが中国ではマナー違反ではないということがいくつかあり、日本と大きく異なることが分かった。
このように、延辺合宿では中国と日本を比べることによってそれぞれの良さと欠点を知ることができた。
瀬崎真那
参考文献
http://海外移住情報.com/11575
2015年08月03日
清里ゼミ合宿について
久しぶりにゼミブログを更新したいと思います。
清里での卒論合宿について。
7/24,25の日程で清里のKEEP自然学校へ。
Kiyosato Educational Experiment Project の頭文字をとってKEEPだそうです。
清里には、新宿からバス、3時間ほどで到着しました。
天気にも恵まれ、快晴のもとゼミ合宿がスタートしました。
到着してすぐ、高原のレストランで昼食を取りました。
ジャージー牛乳を使った料理を食べましたが非常に美味しかったです。自然に囲まれ、気持ちの良い場所でした。
家族連れや、トレッキング?をしている人など多く、金曜でしたがそこそこの混雑具合でした。休日はとても混雑しそうです。
昼食後はいよいよ卒論構想発表です。
参加者が8人だったのであっという間に終了しました。
10分間の卒論構想発表、そして5分間のディスカッションを行い、各自の構想の課題や今後の展望について話し合いました。
各自の発表を聞くと頑張らねば、と思います。
12月までに書き上げるためには、そろそろ書きはじめないと、、、
夜のBBQでは、男子チームと女子チームの焼きそば対決。男子の方がおいしかったはず。自販機でビール買って飲んだり、発表がひと段落して気楽に楽しめました。
翌日はポール・ラッシュ記念館へ。
立教のアメフトのラッシャーズの由来であったり、今の甲子園大会の起源である大会の開催に尽力したり。
日本のスポーツ発展に大きく寄与された方でした。
ポール・ラッシュが生前過ごされた家に入れて頂き、また普段なら入れない場所も特別に見させて頂きました。タバコとバーボンを愛した男、ポール・ラッシュ、かっこいいなーと思いました。
なんだかんだで現役生として最後の国内合宿が終わってしまいさみしい気持ちです。あとは12月のキナバル合宿を残すのみ。卒論頑張ろうと思います。
4年 平井
2015年05月19日
ホームステイFW
airbnbは家を貸すホストと借りるゲストが存在しますが、今回のイベントではホスト側の人が多く見られました。お堂を持っているホストの人は外国人の観光客が来た時には朝お堂で一緒にヨガを楽しむとおっしゃっていました。また、外国人の観光客が自分の家まで迷わず来れるように写真と英文を付けた地図や、自分の家の近くで楽しめるグルメ・観光地を紹介した冊子を用意しておくというホストの人もいらっしゃいました。ゲストのためにする工夫が多種多様で聞いていて面白かったです。
ゲスト側の人では、交流したいと思ったホストの家に泊まりに行くという人もいました。価格や立地の他に、ホストとの交流が家探しの基準であるところにホテル探しとの違いが見られました。
運営側の人で今はIT企業に勤めている人に面白いアプリを紹介してもらったので載せておきます。そのアプリはyelpというもので、日本でいう食べログです。現在地を入力すればその近くにある飲食店や人気スポットを一覧で教えてくれます。注目するべきは外国人観光客から見た日本を知ることが出来る点です。例えば、渋谷のスクランブル交差点と入力するとそこに訪れた外国人観光客のレビューがたくさん付けられています。海外旅行で自分が使える他に、外国人観光客に人気のスポットなどが分かる面白いアプリだと思いました。
橋本あかり
2015年05月17日
ホームステイFW
行く前は講演を聞くだけだと思っていましたが、実際はホストの方とゲストの方が自由にお話を聞くような形でとてもラフな感じでした。
最初に湘南でホストをしている男性のお話を聞きました。子どもが2人いる家で、どうしても部屋が散らかってしまうため、ゲストに迷惑なのではないかと思っていたそうです。しかし、ゲストの方は気にすることなく過ごされていたそうです。この方はただ家を貸すだけではなく、ゲストに動物と触れあう機会を提供してあげたそうです。
次に話してくださった女性の方は渋谷でホストをしていました。家は駅から歩いて20分と立地条件はあまりよくないそうです。そのため、駅からバスの乗り方と家までの地図を事前にゲストに送ることで簡単に来ることができるようにしていました。
また別の方は駅から家までは歩くと30分かかるので送迎を行っているそうです。
旅行でホームステイをする場合、家が駅から遠い場合が多いので、このように行き方を教えてくれたり、送迎をしてもらえたら利用しやすくなると思いました。
このイベントでホスト登録をした方になぜ始めるのかを聞いたら、面白そうだしお金が入るからと軽い気持ちで始める方が多いそうです。ホストになりたてのときは料金を安く設定し、レビューを集めて多くのゲストに来てもらうように工夫をしているようです。またゲストも軽い感じで泊まりに行く人が多いそうです。気軽にホームステイできるのはホストにとってもゲストにとってもいいなと思いました。
また、airbnbを利用してホームステイする際に良いホームステイ先の選び方を教えてもらいました。ホストの中にはスーパーホストという認定されたホストがいるらしく、最初ホームステイするのに不安な場合はスーパーホストを選ぶといいよと言われました。
わたしは語学研修や留学でホームステイをするのはよくあることだと思っていました。しかし、旅行でホームステイを気軽にできるということを知って、いつか旅行するときに使ってみようと思いました。
このイベントでairbnbのホスト、ゲストの方々とたくさんお話ができて楽しかったのと旅行での宿泊先の選択肢が増えました。
初めてのFW楽しかったです。
瀬崎真那
2015年05月16日
ホームステイFW
中野瑞希
2015年04月20日
ブルネイホームステイ
3月2日に、エアアジアを使い、クアラルンプールを経由しブルネイダルサラーム空港に到着。ブルネイの国営の航空会社はロイヤルブルネイであり、基本的にはブルネイ人はエアアジアなどのLCCではなく、ロイヤルブルネイを使うことが多く、また国教がイスラム教であるため、離陸する前に礼拝をするらしい。
(乗りたかった……. !!!)
ホームステイ中は、パレスやショッピングモール、結婚式、ロイヤルレガリア、国立公園、水上集落、クロコダイル園な様々な場所を訪れることができ、またテンブロンツアーに参加するなど、日本ではすることのできない多くの体験ができ、本当に充実した一週間を送ることができたと思います。その中でも特に印象的だった場所を紹介したいと思います。
≪テンブロンツアー≫
テンブロンツアーは、アジア最大の熱帯雨林のあるボルネオ島の自然を肌で感じることができるツアーでした。まず、スピードボートに乗り約45分かけて、テンブロン国立公園に行き、そこからまたボートに乗り、ジャングルクルーズをし、キャノピーウォークをしました。
その中でも印象的だったのが、スピードボートに乗っている最中に、携帯がマレーシアの電波になる地域があり、舛谷先生がマレーシアとの領土問題があるからとおっしゃっていたことで、やはりどの国にも領土問題は存在するのだなと思いました。
また、テンブロン国立公園に着いてから、イバン族という民族が暮らしており、ロングハウスを見ることができ、また狩猟をして生活をしているなど、とても衝撃を受けました。
他にもキャノピーウォークでは、前回マレーシアのタマンヌガラを訪れた際もする機会があったので今回テンブロンで2回目だったのですが、テンブロンのキャノピーはとても高く、階段や橋も揺れるため、前回より怖かったです。(笑)
≪水上集落 カンポンアイル≫
ブルネイの首都バンダルスリブガワンのブルネイ川の水上にあるカンポンアイルと呼ばれる水上集落は、世界最大の水上集落であり、私は、ホストファミリーと陸地のモスクの中を通って訪れたのですが、着いた瞬間言葉では現せないほど感動しました。カンポンアイルに住んでいる人々は、電線もあったので、電気や水道などインフラは完備されている様子で、不自由している印象は受けなかったのですが、家と家を繋ぐ通路は高く、またところどころ穴があいており、その上を子供たちが自転車を乗っているのを見て、とてもひやひやしました。(笑)
以上の2つが私の中で印象的な観光地でした。1週間という短い時間でしたが、本物の子供のように心配してくれたホストファミリーや、様々な場所に連れていってくれたヘリー、一緒の部屋で一緒のベッドで寝たあやなっぷる、ホームステイのリーダーで色々な手配をしてくれたみずき、本当に色んな人のおかげで充実した時間を送ることが出来ました。ブルネイホームステイに参加して本当に良かったと思います。ありがとうございました!!!
窪田紗帆
Brunei home stay
私がホームステイしたYusof Familyは他のメンバーの家とは違って、唯一ブルネイ郊外にあり、1つの家に4世帯が暮らしていて、子供が11人もいる、とても賑やかなお家でした。わたしは子供が苦手なので、事前に11人も子供がいると聞いたときは不安しかありませんでした。基本的に、家族の予定に一緒についていくという感じだったので、実際の現地の人々の生活に溶け込んでいるような、ホームステイらしいホームステイができ、なんだかんだ楽しむことができました。
今回は印象に残っていることに絞っていくつか取り上げたいと思います。
・葬式・結婚式
まさか、イスラムの冠婚葬祭を制覇するとは思っていなかったので、とても貴重な経験でした。
ママのお父さんのお葬式に家族と一緒に参加しました。日本では、喪服は黒と決まっていますが、ブルネイでは細かいルールはないようでしたが、暗い色のバジュクロンを着ている人が多かったです。一つの部屋に男の人と、故人に近しい人が集まり、お祈りを開始→隣の部屋で女性と子供も軽いお祈り→コーランをよむ→客人みんな(300人くらいいた)で外に出てごはん、といったような流れでした。イスラム教徒でない私たちはモスクには入れないので、お祈りしている姿を間近で見る貴重な機会でした。お祈りの時は、バジュクロンの上にお祈り用の服(白が多い)を着て、ヒジャブの上にも被り物をしていました。イスラム教徒以外はコーランをはじめとする、イスラム教の書物には触ってはいけないらしく、コーランを触ったときは怒られました。あとひとつ、文化の違いだなと思った事で、人前で鼻をかんではいけないということがありました。途中でアレルギーになったのでかなりきつかったです…。
対して、結婚式は、まず、みんな見た目がカラフルでした。ヒジャブの留め具やコサージュがキラキラしてたり、化粧も濃かったりで、全体的に派手でした。結婚式は、家に結婚式セットをレンタルして行うのが一般的らしいです。市場で見て気になっていた7色の粉がここで使われていました。新婦さんの手に、親族の人が塗っていくものらしく、色ごとに意味が込められているそうです。
結婚式も、葬式同様、外で客人全員でご飯を食べました。レインボーライスという虹色のご飯(おいしくはなかった)などがあり、食事もお祝いムード満載な感じでした。
・テンブロンツアー
ブルネイ有数の観光地であるテンブロンに行きました。
一度マレーシアを通ってもう一度ブルネイに入る、さくっと国境をまたぐのは不思議な感じでした。
ロングハウスや闘鳥を見たり、ボートでリアルジャングルクルーズをしたり、熱帯雨林をトレッキング、野生のドクターフィッシュのいる滝壺で遊んだり、キャノピーウォークを体験したりと、ボルネオ島の自然を満喫しました。
・食
食べ物は基本的にハラルでした。ブルネイはマレー系の料理だったので、ハラルフードでも、おいしくいただくことができました。以前受け入れたマラヤ大のムスリムの学生は、豚肉以外の肉も食べなかったり、食べ物にはかなり制限がある印象でしたが、ブルネイの人は「これ、本当に全部ハラルなのかな?」と思うくらいいろいろなものを食べていた印象があります。
ジョリビーにもハラルマーク!
ママとママのお姉さんと朝ごはん!ナンより薄い不思議な食べ物
体験したこと、考えたこと、感じたことなどまだまだたくさんありますが、書ききれないのでこのへんで終わります。大学に入ってこんなに毎日アクティブに活動するのも、こんなに疲れたのも久しぶりでした。
とても8日間とは思えない位毎日が充実していました。
来年、新2年生にもぜひ参加してほしいな、と思います。
町田 恵
ブルネイホームステイ
ブルネイ「3/1~3/9」 舛谷ゼミ 瀬戸健
今回、自分にとってこのホームステイは帰りの便のみだが、
自分のホームステイ先は弁護士一家でいわゆる富裕層だった。
ブルネイはとりわけ敬虔なイスラム国家であり、
最終日に結婚式に参加したのだが、
さまざまな文化差を経験でき、楽しめたホームステイだった。
ブルネイホームステイ
まずは、生活についてですが、朝は基本的に早起きして、ヘリーの車で出かけたり、車でちょっと行ったところの公園におじいちゃんおばあちゃんと行って体操をしたりしました。印象的なのは、Tutongまで稲刈りしに行ったり、クロコダイルやタートルを見に行ったり、エンパイアホテルにサンセットを見に行ったり、、、(サンセットは結局見えなかった)。興味深かったのは、近所の人の結婚式に連れて行ってもらった時、開始時刻過ぎて大遅刻したのにも関わらず、なかなか結婚式が始まらなくて、1時間ほど待ったあげくものすごい勢いでご飯をたべてそそくさと帰るというところが日本と違いすぎてとても面白いと思いました。また、おじいちゃんとおばあちゃんはムスリムだったのですが、その息子さんや娘さんたちはムスリムではないので、息子さん一家は犬を飼っていました。孫のマイケルは私とともちゃんを連れ回してくれたのですが、マレー人と自分たち中華人を比較してものを言う一面があり、それまた興味深かったです。ブルネイの人はみんな本当に優しい印象でした。UBDの学生も明るくて、もっといっぱい話せばよかったなと少し後悔しています。テンブロン国立公園に行ったのも貴重な経験でした。
本当に充実していた1週間で、期待していた何倍も楽しいホームステイ経験となりました。みなさん本当にありがとうございました。
御所脇
ブルネイホームステイ
今回ステイしたホストファミリーはなんと弁護士を営む大富豪・大豪邸の家でした。家にはお手伝いさんが多分5~6人くらいいて、滞在期間中の食事からベッドメイキング、洗濯、ホストファミリーが忙しいときは車の送迎まで、ありとあらゆる世話をしてもらいました。夕食は毎晩外食で、日本、韓国、マレー、イタリアなど様々な国の料理を、なぜかブルネイで満喫することができ、もはや毎日の生活そのものが非日常体験でした。生活をしていて一番印象的だったことは一日に5回それも毎日、イスラム教徒の礼拝の呼び掛けであるアザーンが大音量で放送されることでした。朝一のアザーンは早朝5時過ぎくらいで、毎朝これに起こされて少し寝不足になりました・・・。イスラム教徒でない自分たちは朝アザーンが聞こえてもそのまま寝てていいと言われましたが、ホストファミリーはしっかりその時間に起きて礼拝をしている様子でした。イスラム教が国教として国民の生活にも根付いているということをホームステイを通して知ることができました。
日中は基本的にどこかに連れていってもらい、博物館、モスク、水上集落、七つ星ホテル、映画館、ビリヤード場、遊園地、結婚式、採油場など、ブルネイで行ける限りの場所はだいたい行き尽くしたという感じでした。これだけ多くの観光スポットを巡ることができるのもホームステイならではだったと思います。そのなかでホストファミリーの親戚や友人などホストファミリー以外の人たちとの交流もあり、ブルネイの人たちのあたたかさやホスピタリティにも触れることができたことも良かったです。ブルネイで連れていってもらった場所のなかで特に印象に残っているのが世界に二つしかない七つ星ホテルの一つであるエンパイアホテルです。内装も庭もプールもとにかく全てが豪華で、そこのハイティーで食べたケーキやお菓子は最高でした。また、ホテルマンの人に頼んで客室を見せてもらったり、カートに乗って敷地内を見学することもできて、あとは泊まるだけって感じでした。値段もさほど高くないそうなので、次にブルネイを訪れたときは是非エンパイアホテルに泊まってみたいです。
その他にも全体ではテンブロンツアーとUBD学生との交流があり、テンブロンツアーではキャノピーウォークといって研究者がジャングルを上から観察するための施設を歩いたり、野生のドクターフィッシュに足の角質を食べてもっらったりと、本当に貴重な経験づくしでした。そしてブルネイホームステイの締めくくりはUBDの学生と交流で、ビーチでダンスやバレーなど、とにかく楽しくはしゃいで最後の最後までブルネイを満喫しました。
まだまだ書ききれないことが沢山ありますが、毎日が本当に盛りだくさんの内容でとにかく充実したブルネイホームステイでした。参加して本当に良かったと思います。また機会があればぜひ行きたいです。
土佐
ブルネイでホームステイ
ホームステイという経験が初めてだったので、とてもドキドキしていました。
私はブルネイの後にシンガポール、オーストラリアもひかえていたのでエアアジア、マレーシア航空のチケットを取ったりウェブチェックインをするのに四苦八苦していましたが、無事にブルネイ空港に到着しました。
ホストファミリーが出迎えてくれて、まず小さなモスクに連れて行ってくれました。初めてのモスクを目の当たりにして興奮しました…!!
夜ご飯は、「ソト」という、ラーメンのようなものを食べさせてもらいました。
味は日本のラーメンに比べやや薄めかな、と思いましたが美味しかったです!牛の肩肉?のようなものが入っていて独特な風味でした。
ショッピングモールにも連れて行ってもらいました。フィリピンのファーストフードチェーンである、jolibeeを見かけてびっくりしました。
アメリカ、香港、ベトナム、インドネシア、サウジアラビア、ブルネイに展開しているらしいです。
調べてみると、ブルネイのショッピングモールにはほぼジョリビーの店が入っているらしく、現地の人にも愛されているとのこと…。
ブルネイはフィリピンとの繋がりも深いようです。フィリピンには以前行ったことがあるので詳しく調べてみたいと思いました。
その他には、ETUDE HOUSEや SKIN FOODなど韓国コスメの店も見かけました!(個人的に大興奮でした。笑)
ショッピングモールは結構綺麗でしたし、多国籍なお店のラインナップだったので興味深かったです!!
ホストファミリーにはオールドモスク、博物館、水上集落、ジュルドン・パークなど様々な所に連れて行ってもらいました。
モスクの中は撮影が禁止でした…。
肌が隠れる服装は必須で、入り口で黒い衣服の貸し出しを無料で行っていました。観光客でも自由にモスクの中を見ることが出来ました。中は広く、天井がとても高かったです。
水上集落にはボートで行く必要があります。ものすごいスピードでした!
水上集落は特別整備されているような様子はなく、現地の人々の生活を覗くことができました。
水上なのに、どうしてここまで水道や電気にも不自由はなく、内装がこんなにも立派なのかなと思いました。
結婚式にも参加させて頂いたのですが、日本のものとは全く違くて驚きました。
とにかく、参加者がとても多かったのです!
新郎新婦の顔はまったく見えなかったです…。
気がついたら始まっていて、気がついたら終わっていました。
親戚や友人同士の繋がりが日本よりも強いのだなぁと感じました。
ホストファミリーは初日から最終日までとても親切に接してくれました。ホストマザーが「次はいつ帰ってくるの。次来たときも、またうちにおいで。」と言ってくれました。お別れがとても寂しかったです…。
「人の家に1週間泊まるなんて、色々と気を使ってしまって疲れそうだなぁ…」なーんて、行く前は思っていましたが、結果ブルネイのホームステイに参加して本当に良かったです!!!
こちらが申し訳なくなるくらいおもてなしをしてくれて、自分の子のように可愛がってくれて。
ホストファミリーには感謝の気持ちでいっぱいです。
ブルネイで出会う人はみな暖かい人たちばかりで、食べるものも美味しくて(特に辛い味付けのチキンと、ロティ・チャナイは格別でした!)、イスラムの文化が入り混じっていてとても良い国でした。
人との出会いとつながり、家族というものの暖かさ。
日本にいたら絶対に体験できないことを、ホームステイだからこそ体験できました。
ブルネイも、ホストファミリーも最高です!!本当にありがとうございました!!
早坂 真優
Brunei Homestay
恥ずかしながら私は舛谷ゼミに入るまでブルネイという国の名前すら知らず、しかも私にとって人生初のホームステイでした。右も左も分からぬ状態で挑んだこのホームステイでしたが、忘れられない大切な思い出や貴重な体験ができたので本当に参加して良かったなと感じています。
まず私のホームステイ先は都心から結構離れた場所にあり、しかもなんと!!!子供が11人ほどいる家でした!
家にいる間はひたすら子供たちと遊び倒し、何もしない時間は全くと言っていいほどありませんでしたが、体力のない私にとっては非常に良い刺激になったと思います(笑)
子供たちは日頃からウルトラマンやドラゴンボールなどの日本アニメをTVで観ていることが多く、私がお土産にあげた折り紙も大人気だったので、日本文化が海外に浸透しているということを嬉しく思いました。たこ焼きや寿司などの日本食もブルネイでは人気らしいです!
ホームステイ中はモスクや市場、結婚式、稲刈りや山登り、ショッピングや映画館など、ファミリーが夜遅くまで様々な場所へと連れ回してくれました。
中でも特に印象に残っているのはお葬式(日本でいうお通夜?)に参加したことです。ブルネイのお葬式は100人くらいもの人々が1つの一軒家に集まって行われ、儀礼は男女で部屋が別れていました。私はイスラム教は非常に厳格であるというイメージを持っていましたが、儀礼の最中に関わらずケータイをいじっていたり居眠りやお喋りをしている人々がざらにいたことにとても衝撃を受けました。もちろん中にはコーランをきちんと読んでいる人もいましたが、私にはその光景がとてつもなく異様に思えました。日本のお葬式ではありえません。この体験によって私は日本とブルネイとの宗教や文化的な意識の差を身に染みて実感し、世界の宗教儀礼や冠婚葬祭についてもっと知りたいと思いました。ちなみにブルネイでは火葬ではなく土葬らしいです。
このようにブルネイでは毎日が貴重な体験で溢れており、本当に充実した毎日を過ごすことができました!今回のホームステイではエンパイヤーホテルやクロコダイルランドなどの観光地に行くことが出来なかったので、ぜひまた訪れたいですo(^o^)o
染谷花歩
ブルネイ ホームステイ
2015年3月2日〜9日
サブゼミホームステイのプログラムでブルネイに8日間ほど
滞在してきました。
KUL
3月1日の23:45の便で羽田空港を出発しました。
トランジットはクアラルンプールで2日17:00すぎにブルネイの空港へ到着。
ブルネイの空港は国内で一つだけ。
国営の航空会社はRoyal Brunei。
ブルネイはNegara Brunei Darussalam(ブルネイ・ダルサラーム国)であり、
ボルネオ島に存在します。
国土は日本の三重県と同じくらいだといわれており、
マレーシアの中に囲まれています。
イスラム教国家ということもあり、国内ではヒジャブの服装をした女性や
ハラルマークのある食料品やレストランが多いので頻繁に目に留まりました。
このホームステイのプログラムでは、日本人として日常生活を送るうえで接点の多くはないイスラム教徒との生活を体験するという異文化交流を行ってきました。
また、ブルネイという比較的日本人にとって観光においてもなじみの少ない国での貴重なアクティビティも経験することができました。
・私がブルネイで訪れた場所の中でも特に印象に残っていること
・交通インフラに着目して発見した点
についてまとめていきたいと思います。
◆ジャミヤシル・ハサニル・ボルキア・モスク
ニューモスクと呼ばれ、国王の即位25周年に合わせて8年の歳月をかけて建設された巨大モスク!
中に入ることはできませんでしたが、日本では見ることのできない光景の一つであるモスクの近くで興奮しました。
下の写真のモスクはオマール・アリ・サイフディン・モスクといわれ首都バンダルスリブガワンの中心部に存在するものです。ブルネイで有名な二大モスクだと言えます。
◆テンブロンツアー Temburong Tour
テンブロンツアーではボルネオ島の熱帯雨林の自然の中に入っていくツアーでした。
1年生の時に訪れたマレーシアのサラワク州も同じくボルネオ島だったので、
結果としてほとんど同じ体験を2回もすることができました。
ただ今回のツアーではキャノピーウォークを体験できたのは貴重でした。
本来は人間が楽しむためのアトラクションとしてではなく、鳥類や木の上に生息する動物たちの目線になって研究者が研究するための施設なんだそうです。
風で揺れるときは思っていたより怖いです。
◆カンポンアイル Kampong Ayer
バンダルスリブガワンに存在する水上集落。
モスクを通ってしか陸からは行くことのできない神秘的な集落でした。
乾季や雨季によって水量が変化するのはもちろんのこと
村の前には大きい川があるのでボート(水上タクシー)での移動が頻繁だそうです。
電線が敷かれていたため生活基盤としては水、電気は使用していると思われます。
電化製品使っていると思います。
カンポンアイルにはネコちゃんもいました。
とてもとてもかわいらしいです。
<ブルネイの交通や人の移動で気になったこと>
★★★★★★★★★★★★
ブルネイにはイギリス人が観光客として多く訪れるそうなのですが
その多くは大型客船での訪問だそう。
ブルネイの方々も詳しいことは知らなかったので、いま調べているところなのですが、東南アジアをめぐるクルーズ旅行は多数商品化されており、その一つではないかと考えられます。
詳細はまだ調べきれていないのですが、これは絶対に明らかにしたいと考えています。
★★★★★★★★★★★★
ブルネイには電車は存在しません。バスは存在します。
THE WORLD BANKのデータによれば2008年のには1000人当たりの車の所有台数は510台
2人に1人は所有していることになります。全国民での計算になるので大きな数字だと言えます。
確かに私がホームステイさせていただいてお家も両親と三姉妹の家庭で4台の車を所有していました。
またブルネイは石油と天然ガスの資源が豊富に存在し、それは油田掘削のプラットフォームを描いた商品がお土産になっているほどです。そのため国内のガソリンスタンド(SHELLのみ)の値段には驚きました。
子供たちの学校の送り迎えや基本的な移動はすべて車を使うことになります。国民にとっては交通渋滞が問題にもなっているようでした。
★★★★★★★★★★★★
◆最終日に訪れたビーチでの交流会
BJFAの方々との交流は大変充実していました!
みんな日本に興味を持ってくれているので日本語も上手でした。
スポーツやダンス、海に入ったり全力で楽しんでいたと思います。
今まで私は意識的に海外の方と交流をしていこうと試みていました。
しかしやはり心の中では完全に打ち解けることはできず、外国人のお友達がたくさんいる人や交流を心から楽しんでいる人が羨ましかったです。
このブルネイのホームステイは、その気持ちを払拭してくれました。
変な気を張ることもなく、国を超えて交流できたと思っています。
ホームステイは現地の人と間近で相互に関係しあうことになるので
言葉や文化を何とか理解しよう、伝えてみようと努力することが大きいことだと思いました。
私は初めてのホームステイの経験だったのでプラスの点もマイナスの点も発見できたと思うし、自分にとっては積極性を少しでも身につけることができたのではないかと感じています。
8日間は精神的にも体力的にもとても充実していたので
すべてのことは書ききれないですが、
当プロジェクトに参加して本当に良かったと思っています。
現地の新聞に取り上げられました!
佐藤彩那
2015年04月18日
ブルネイホームステイ 2015
以下、約1週間の滞在を通じてブルネイについて気になったトピック2点について書きます。1点目は、多数派のマレー系、ムスリムと、少数派の中華系という民族や宗教に関することです。ブルネイは人口の約65%がマレー系、また人口の67%がイスラム教徒であり、国王であるスルタンが宗教上の権威と共に国政も掌握しているといった前知識を持ち現地に足を踏み入れましたが、予想以上に中華系の存在感を思い知りました。というのも、私のステイ先が中華系のイスラム教徒であったからです。夫妻は10年ほど前に夫婦でイスラム教に改宗したそうです。他の家族は改宗しておらず、そのため1週間のステイ期間中に家族や親戚が家に勢ぞろいし中国の旧正月、春節の最終日を祝うパーティがありました。ムスリムであっても自分の出自であるチャイニーズの文化も保持しているところに、文化の共生を感じました。
お孫さんの内の1人は、マレー人と比べて我々は賢く勤勉なんだ、と。またその家族は日常会話でも英語を使っており、マレー語は必要ないのだなと感じました。その他にも、中華系資本のデパートや、今はもうないが昔はブルネイ市街にチャイナタウンも存在していたそうです。どこへ行っても、そしてマイノリティであっても華人の存在感は大きいと感じました。
2点目に、ブルネイの食文化について関心を持ちました。マレー料理は、マレーシアやインドネシアに行った時に食べたような感じで味に親しみが持てました。美味しかったです!しかし食べた大半の料理が脂っこかったことは否めません。そんな中で、ブルネイ伝統の食べ物も頂くことができました。サゴという木から作った粉からできたアンブヤートという料理です。ゼリー状のかたまりを箸に巻き付け、ドリアンが少し入っているピリ辛のソースにつけて食べるものです。独特な味でした(笑)
また非常に印象的だったのが、ブルネイの人は暇があれば食べるという感覚だということです。何もすることがなく唯一の娯楽が食べることだと言う人もいました。実際に1日に5〜6食も食べた日もありました…。また、外食をする回数が格段に多いです。確かに、様々なジャンルの料理屋があり、非常に充実な店展開でした。ただ、郊外に住んでいたので外出する度に車で30分ほどかけて市街地へ出なくてはならない点は不便さを感じました。このように、ブルネイには公共交通機関が発達しておらず、交通手段は不十分であるように思われるところですが、こう思うのは常に日本を基準において考えてしまっているからであって当たり前のように観光的な観点だけで、鉄道がなくて不便だと考えるのもよくないと感じました。便利さだけを追求することを無意識の内に考えてしまっていることに気づき反省しました。
もう一点、ブルネイと日本の歴史的な関係について…私はホストファミリーのおじいちゃんが日本の国歌を知っていたことに非常に驚きました。それはこの地域も世界大戦時は日本軍の勢力下にあったことに起因していたのかもしれません。ブルネイの後にシンガポールにも訪れましたが、そこでも日本占領期の戦争記念塔があり、日本の影を見ました。ブルネイを含む東南アジア諸国と日本の歴史的な関係を実感する機会になりました。
今回ホームステイによって現地の人と一緒に生活を送ることでブルネイの文化や人について深く理解できのではないかと思います。ホームステイは異文化を知り、理解するのに有効な素晴らしい文化交流手段だと感じました。
最後に、どこへ行くにも毎回車で遠くまで送り迎えをして下さった家族やサポートメンバーの方々には感謝しきれません。しかしこういった面倒なことも快く引き受けもてなして下さったブルネイの人たちは日本人よりも、よりもてなしの精神を持った温かい人たちなのだと感じました。またブルネイに行きたいです!
眞鍋智佳
2015年04月17日
ブルネイ ホームステイ
2015年03月15日
ブルネイホームステイ
去年の11月頃さやさんから分厚いファイルを受け取り引き継いてから参加人数を集めたりヤティさんとメールでやりとりしたりメンバーリストを送ったり全員分の航空券を取ったりFacebookでのあいさつなど、、やることも責任も大きかったです。
ホームステイのランミで去年からイスラムについては色々調べてきましたが、今回ブルネイに行ってイスラム教の国で過ごすことができてとても貴重な体験ができました。
例年各家庭に2〜3人でのホームステイでしたが、今回わたしは1人だったので不安でした。
でもホストファミリーが今まで色々やりとりしてきたヤティさんだったこと、かわいくて人懐っこくてやんちゃな兄弟がいたこと、イスラムやブルネイについて色々教えてくれたりジョークを言って笑わせてくれるホストファザーがいたこと、優しい姪っ子とフレンドリーなお手伝いさんがいたこと、そしていろんなところに連れてってくれたヘリーがいてくれたおかげで本当に楽しかったし充実した一週間を過ごすことができました。
モスク、ミュージアム、カンポンアイール、マーケット、お米のプランテーション、サゴファクトリー、テンブロン、クロコダイルランド、エンパイアホテル、結婚式、、ほかにもご飯食べに行ったりスタバ行ったり、やり残すことはないくらい色々なところに行くことができました。
ブルネイは穏健であり厳格なイスラム教国だと事前学習で学びました。たしかにみんな朗らかでとても優しかったですが、思ったより厳格ではないように感じました。
タバコを吸っている人をたくさん見かけたし、お酒を飲むという話も聞きました。
UBD学生との交流のときは、数人のイスラム教の子もヒジャブを取って海に入っていました。
またレガリアミュージアムで見た写真で国王の周りの女性がヒジャブをつけていなくて、大丈夫なの!?と疑問だったのですが、16世紀とかからブルネイはイスラム教国だったけれどヒジャブをするようになったのは割と最近のことでイラン革命後のことらしいです。
ブルネイの歴史は水上集落から始まったらしく、海のシルクロードの通り道でもあったためアジアの品々が海底から見つかったそうです。
早期体験でミャンマーに行ったときには水上集落には訪れたのですが、ブルネイは富裕国なだけあって、水上集落でも新築で整備されていて驚きました。
4日目の夜にヤティさんやパパ、おじさんがイスラム教についてたくさん教えてくれました。
ホームステイは、信頼関係を築くためにホストファミリーとどれだけコミュニケーションを取れるかが大事だと分かりました。旅に何を求めるかはそれぞれですがホームステイをするにおいて重要なのは人と人との関わりで、今回お互いの意思疎通があまりできなかったグループがあったこともいい勉強になりました。
わたしはこれまでリーダーといった役割を務めた経験が多いとは言えないので今回ホームステイのリーダーとして参加して大変さも責任の大きさも実感しました。
統率力のあるリーダーだったとは言えないですがわたしもゼミの皆もそれぞれ貴重な体験ができたと思うのでよかったです。
協力してくれて本当にありがとうございました。
最後に。先生からのメーリスにもあったとおり、最終的には報告書にして、早稲田の学生団体との調査にも役立てたいと思っているのでよろしくお願いします(@_@)!!!
中野瑞希
Brunei home stay
ブルネイでは豪邸にステイしました。家にはお手伝いさんが5人ほどいるわ、螺旋階段はあるわ、車が沢山あるわと如何にもな豪邸でした。リッチなブルネイという国を表象したような家庭だったと思います。家自体が観光地のような場所でした。
毎日観光にも連れて行ってくれて、とても充実した毎日を送ることができました。有名なモスク、ビーチ、水上集落、遊園地、ショッピングセンター、映画館、ゲームセンター、ビリヤード場などなど、観光地から地元の人の娯楽施設までほとんど網羅することができました。イモムシを食べたのは衝撃でしたが、まあ経験値が上がったので良しとします。
日本では税金が上がる、上がらないと揉めているなか、税金がないというのは凄いことだなと思いました。やはり石油産出国であるというのは大きいなと思います。ドンキーと呼ばれる石油を汲み上げる機械を見た時は、なんだか少し感動しました。ブルネイの石油の多くは日本に輸出されていると聞き、日本にとってブルネイとの関係は思っていたより大事なものだと感じました。
今回はゼミのホームステイの企画ということで、とても楽しむことができましたが、観光地としてはどうなのかなと思いました。交通機関はほぼ車しかなく不便だし、他の国と比べても突出しているものはないかなと感じました。現在はマレーシア観光のツアーの一部になることが多いようです。まあ観光地としとての利益を重要視する必要はないのかなとも思います。観光の穴場としてコアな観光客が来るのかな?
個人的にはまた行きたい国になりました。いつでもおいでと言ってくれたのでまたいつか訪問したいと思います。
五十嵐一樹


