2016年04月12日

ブルネイホームステイ

3/2〜8の期間ブルネイで、ホームステイを体験しました。私自身、ホームステイ自体は2回目だったのですが、イスラム教の国にホームステイするのは初めての体験でした。

ブルネイについてざっくりとしか調べずに行ったため実際に現地に行ったときに驚いたことが幾つかありました。

まず1つ目に、私が滞在中に公共の乗り物をあまり見なかったことです。実際に、現地の大学生に聞いてみると、ブルネイは公共機関が国全体に発達していないためほとんどの人が1台ずつ車を所持しているとのことでした。また、ガソリン代がかなり安く、日本円で1000円ほどで満タンまで入れられるというのもあるそうです。

2つ目に、私が見た限り物乞いがいなかったことです。東南アジアと聞くとどの国にも物乞いがいるイメージで、私が今までに行った国にはかならず物乞いがいました。ブルネイは国民総幸福量が世界で9位と上位に位置しています。豊かな自然と資源に恵まれていることと国王との距離が近いこと(気軽に2ショットが撮れるらしい)、また税金がないということが物乞いかいないということの理由の一つではないかと思いました。

3つ目に、多くの人が日本を訪れたことがあり、日本が好きな人が多いことです。街に出た時、サッカーのユニフォームを私服として着ている人がたくさんいました。(サッカーが人気らしい)
その中で、日本代表のユニフォームを着ている人が割とたくさんいました。また、現地の大学生と交流した時、「日本の歌手の〇〇が好き、日本の〇〇に行きたい」など私が想像していたよりも日本についての知識が豊富だったので嬉しかったです。

最後に、ブルネイの人々は日本のことを知ってくれているのに対し、日本人の多くの人がブルネイについて知らないと思います。だから、多くの人にブルネイには行かなくともブルネイについて知ってほしいと思いました。

瀬崎真那



posted by 14せざき at 11:33| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日

ブルネイホームステイに行ってきました!

ホームステイプロジェクトリーダーの徳田です。3月2日から8日まで、ブルネイのホームステイプログラムに参加してきました!



ブルネイ、という国名を聞き慣れない方も多いと思います。実際私も、舛谷ゼミに入るまで知りませんでした!

ブルネイとはどんな国なのか簡単に説明すると……

・正式名称:ブルネイ・ダルサラーム国

・東南アジアのボルネオ島北部に位置する

・イスラム教国

・イギリス連邦加盟国

・王国

・石油や天然ガスなどの資源を多く埋蔵

・ASEAN加盟国

などが特徴に挙げられます!



滞在してまず驚いたのが車の所持数です。ブルネイでは移動は車が一般的というのは聞いてましたが、実際に滞在先の家庭に訪ねてみると40台以上と言われ(そこがお金持ちだったというのもあるのですが)本当に驚きました。産油国のためかガソリンも安く、10ドルで約30リットル程入れていたのが強く印象に残っています。



車文化の国なので、通学も車で送り迎えでした。子供たちは午前と午後、ふたつの学校に通っています。午前中は英語や数学などの学問を、午後は宗教(主にイスラーム教)について学んでいるそうです。私立の学校は学費を払わなければいけませんが、公立学校は無料です。ブルネイは他にも本や薬、病院や高速などほとんどの免税で、ただし車税は存在するとホストファミリーから聞きました。道路も東南アジアから連想されるイメージとは程遠く、整備され交通ルールもしっかり守られている印象を受けました。



食べ物で面白かったのは伝統料理です。ファミリーと初めて合流した時、お腹がとても空いていた私は「ブルネイで有名な食べ物ってなに?」と聞き、それに対して「グルー(のり)みたいな食べ物があるわよ」という答えが返ってきました。聞いた当初は全く想像がつかず、他に説明の仕様はなかったのかな?とこっそり思っていましたが、実物を見てみると本当にグルーでした!(笑)ふたつに割れていない、片方だけがくっついている箸を鍋の中のグルーみたいな食べ物につっこみ、少量をくるくる回して取ってチリソースなどにつけ口に含み、なんと咀嚼せずにごっくんと飲み込みます!無味無臭です。(笑)「これ美味しい?」と聞いたら「味わうんじゃなくて感じるんだよ」と言われました!(笑)デンプンで作られているので、唾液で溶けていきます。まずくも美味しくもありませんでしたが、それを体験すること自体がとても楽しかったです!



ブルネイでの生活を通して強く感じたのが、ひとのあたたかさでした。心に余裕があり、ひとに優しく、フレンドリーで、頭が良い!国や文化の違い関係なく、人間として見習いたくなるようなひとがたくさんいて、良い意味でとても刺激的な一週間を過ごすことができました。ぜひまた訪れたいです!





徳田晏佳
posted by masutanis at 00:10| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月18日

第一回観光政策フォーラムに参加して

2年小杉です。2月9日帝国ホテルで開催された第一回観光政策フォーラムに参加して
きました。

『観光立国の実現にむけ、「産」・「学」・「官」が行うべきこと』という題での寺島実郎氏による講演後、『観光立国を推進するために、サービス・ツーリズム産業は今、何をするべきか』という題で4名のパネリストによるセッション、という2部構成となっていました。

 寺島氏での講演の要点として以下3つを挙げる。

1 日本の貧困・格差
 貧困・格差と聞くと、発展途上国を中心とする1日1ドル以下での生活を余儀なくされている最貧民層のことを思い浮かべる人が多いと思うが、日本での貧困も実在する。もちろん多くの場合の貧困は、生活保護受給者などの低所得者層に当てはまることだが、寺島氏によると近年、中間層の意識の低下が問題になっているという。
1990年代の「失われた10年」(バブル崩壊後の1993〜2002年)以降進行した、「富の分配構造の変化」によってもたらされた、資産家の没落と低所得者の急増を背景とする「自分はまだ恵まれている」という中間所得者の虚偽意識は、21世紀に入ってからの不景気により崩壊した。また、実際に都市中間層の所得も2000〜2014年の間で10%以上低下している。産業間の就業者移動を見てみると、介護職の人数が約160万人増加しており、失業率としては改善されているが、これらの職は低賃金なものが多く、所得の増加にはつながらず、平均雇用者報酬は減少している。所得の減少は内需の低下に直結し、さらに不景気を招く負の連鎖となろう。
また日本はこれから急速な人口減少・少子化問題に直面する。1966年1億人を突破した後、2008年1億2809万人でピークを迎えた時代のビジネスプランと、2048年人1億人を切ると予想されている現代のビジネスプランが同じもので良いはずがない、という話が印象的だった。

2 アジアダイナミズムとIoT
 アジアが世界GDPの4割を占めるような時代になった。その中での日本の立ち位置は必ずしも優位なものとは言えず、もはや日本がアジアの先頭ではない。1人当たりのGDPを比較してみると、アジアでは4位、世界では27位となっている(2014年)。このような時代の中で、日本はどのようなシナリオを描けば良いのか。食料自給率の改善や工業生産力モデルからの脱却などが考えられるが、寺島氏はこれらに加えて、「実社会融合型ICT」の実現も重要視しているようだ。ビッグデータの進化により、新たなビジネスモデルが続々と登場している。airbnbなど我々観光学部生に馴染みがあるもの多い。日本の企業では、例えばセブンイレブンがオムニチャンネルという流通システムを導入した。人口減少も迎える日本においては、IoTが非常に重要な位置を占めてくるだろう。また氏は、ICTを強化することで高度情報化社会が形成され、これは貧困問題を解決する有効な手段に成り得ると説いていた。

3 新しいツーリズム形態
「観光立国」を目指すには、どうすればよいのか。寺島氏は、医療ツーリズムやインダストリアルツーリズムなどを組み合わせた「ハイエンドの総合型観光」の推進が必要だと説く。例えば、シンガポールは国全体で医療ツーリズムを推している。日本も、自国の強みである技術力を生かした観光が可能であろう。ロボット産業など付加価値の高い高度組立型ものつくりと、医療などの複合分野が重要であると考えられる。
 また空港・港湾整備を促進し、日本をアジア・ゲートウェイにするという国土形成戦略も日本創生・貧困対策に成り得るだろう。

 パネルディスカッションでは、主に人材育成と休暇制度のトピックが扱われた。

1 人材育成
 経営資源として代表的なものに、ヒト・モノ・カネが挙げられる。サービス連合では、ヒトを「サービスを提供し、消費者にホスピタリティを与えるとともに、価値を創造することが出来る唯一の資源である」として、最も重要な資源であると考えているようだ。
 セッションの中で印象的なフレーズとして、「観光産業の懐の深さ」というものがあった。この産業には、自己実現の可能性が多分に含まれているという意であろう。どの分野にも言えることだとは思うが、確かに観光産業には、「好き」という気持ちが強くて足を踏み入れる人も多いように思える。好きだから、人に広めたくなる。そのような気持ちの延長で働くことが出来るならば、理想的な事だ。

2 休暇
 日本の年次有給休暇取得率は欧米と比較し低水準であることは有名である。観光庁において、「POSITIVE OFF」と名付けられた休暇取得・分散化促進運動が推進されている。休日を分散化し、特定日(年末年始など)に旅行代金が割高となり、宿泊を伴う旅行が敬遠される要因を取り除くことが目的なようだ。これらの運動が促進されていく中で、ワーク・ライフバランスの見直しもされていくと考えられる。
 皮肉にも、休暇取得を提言する観光産業で働く人の取得率が非常に低いという現実がある。人にサービスを提供する側の心身の健康が伴わないサービスは、果たして意味のあるものなのだろうかという疑問を抱いた。

〜感想〜
 よく、観光学部に通っていると話すと、楽しそう!という返事をもらう。そんな時、「観光=余暇」という潜在的な価値観の存在が根強いことを感じる。確かに、楽しい。毎日楽しい。しかし、観光学部に身を置く一学生として、見たくないものを見なければならない時、気が付きたくないものに気が付かざるを得ない時があるということを、声を大にして言いたい。(まあこれはどんな学問でもそうなのかな。でも、観光学部は楽しそう!と思われる分、ギャップが大きいのかなー。)私は最近、観光学部での学びは、「モノの見かた」の形成に役立つのではないかと考えている。観光という社会現象は、あらゆる視点で観察することが出来、そこには様々な解釈が生まれる。この多様性が、前述した「観光産業の懐の深さ」に直結するのかとも思う。もはや普通の観光では満足出来なくなってしまった学生も多いのではないか。その学生の一人として、今後も「気が付ける目」を養っていきたいと考える。

2年 小杉
posted by 14こすぎ at 18:13| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月29日

「ARをみてみた! 浅草FW振り返り」2016.1.16

ICTリーダー2年小杉です。今回は、浅草でARを実際に見てみよう!というコンセプトでFWを行いました。

「AR(Augmented Reality)拡張現実」とは・・・
簡単にいうと、現実世界に情報(映像や音声など)を追加する技術 つまり、現実世界に「何か」をちょっとプラスして、世界をちょっと良くする技術のこと。

浅草文化観光センター前で集合→雷門・仲見世通り→浅草寺子屋i→浅草モスク(ダール・ル・アルカム マスジド)→成田屋(ハラルラーメン)でランチ→セカイカフェ(ハラル、ベジタリアン対応。フェロー高橋さんに教えを乞う会)

雷門の前で早速AR。エアタグでたあ!  でも各端末によってタグ出現はまちまち。しっかりGPSを起動させないとダメなのかも。東京だと距離が短いので移動上の問題が起こりにくいが、地方では、、、?という疑問。あと、多言語はどこまで対応しているのかな?
浅草AR 2016_01_16_15.jpgIMG_1660.PNG
浅草文化観光センターに、AR資料無いかなと探してみましたが、置いておらず。係の方にARについてお聞きしてみましたが知らないご様子…。このサービスは浅草寺子屋iという民間企業がやっているよう。台東区は関係ないようですね。

例の浅草寺子屋iにも行ってみました。着付けサービス(2500円〜)なども実施していました。担当者は別の場所に居て、資料も切れてましたが、今度お話を伺ってみたいですね!

ちょっと足をのばしてモスクへ。中には入りませんでしたが、ICOJ(イスラミック・サークル・オブ・ジャパン)の本部らしいです。2000年開堂のこのモスク、浅草を本部と選んだ理由は、文化的に名の通った『浅草』にイスラムの拠点を置くことにより、日本の中にイスラム文化を根付かせようとの思いがあったからだそうです。
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続いてお昼ごはーーん!仲見世通り付近でのたくさんの外国人やモスクを見たせいか、我がICT班随一の食いキャラの頭をハラル・ラーメンがよぎりました。早速行ってみると結構な繁盛ぶり!並びましたー。ルックスはトラディショナルなザ・ラーメンで、味は全体的にさっぱりとしていますが、これがハラル?っていうくらい美味しかったですね。先生も海外のハラル・ラーメンと比較して美味しいとご満悦。麺も本格的で、何よりチャーシュー(鶏肉バージョン)が美味。量がちょっと少なく感じてしまいましたが、定員さんの笑顔でカバー(^^) 店内は半分くらいは外国人でした。
店内には礼拝所まで設置されており、驚き。
浅草AR 2016_01_16_26.jpg浅草AR 2016_01_16_23.jpg浅草AR 2016_01_16_19.jpg
最後はセカイカフェ(世界のベジタリアンとハラルに対応。・Wi−Fi・充電・クレジットカードOK。)でまじめにお勉強会。曖昧模糊、暗中模索。がんばろ。
実りの多い一日でした!3月27日開催予定のARイベント@横瀬町に向けて、準備準備っ♡ kosugi
posted by 14こすぎ at 18:26| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

日アジ 新大久保FW

新大久保でFW
を行ってきたので、報告をさせていただきます。新大久保は皆さんもご存じのとおり、コリアンタウンとして有名です。新大久保は新宿歌舞伎町の徒歩圏内に位置するため、戦後歌舞伎町で働いていた出稼ぎ外国人労働者のベットタウンだったというのが、この地がコリアンタウンになった経緯です。当時の出稼ぎ労働者が作り上げた街なので、今の韓国よりは古い街並みになっているそうです。そして2000年代の韓流ブームによりどんどん町が拡大され、現在のような形となりました。1997年のIMFショックが原因で韓国の様々な会社が倒産したことから韓国で就職難が起き、そのため日本に来て働く若者が多く住んでいる町となっています。

新大久保は、多くのエスニック料理店、韓流アイドルの店、韓国のコスメショップ、様々な国の現地のものがたくさん売っているスーパーなどが軒を連ね、地元の外国人はもちろん、韓流アイドルが好きな中高生、韓国料理をランチで食べに来た主婦層などでかなりにぎわっていました。

エスニック料理店は韓国が一番多いですが、そのほかにも100%ハラールのお店や、延辺風味と書かれている中国料理のお店なんかも発見しました。新大久保は最近イスラームに浸食されつつあるという話を事前に先生からお聞きしていたので注意して見ていたのですが、思ったより見つけられず、ムスリムの人もあまり見受けられませんでした。少し入りにくいようなエスニックのお店も多々ありましたが、全体的にチェーン店のような印象のお店が多かったように感じます。

韓流アイドルのお店はかなりたくさんありました。ステッカーや時計や帽子まで、様々なタイプのグッズが並んでいて、ファンにはたまらないのではないでしょうか。店内には韓流アイドルのPVがスクリーンに映っていて、K−POPを前面に押し出している感じがしました。また、店内にはライブDVDも売られていて、レンタルまで行っていましたが、ケースや表紙の印刷が自宅プリントレベルだったので、これは非公式のものなのではないかと気になりました。

これは余談ですが、以前私用で新大久保を訪れたときに白い衣装を身に纏った5人くらいのアイドルグループに遭遇して、女の子たちが集まっていたのを見たことがあります。韓国では日本以上にアイドル業界は厳しく、韓国で成功できなかったアイドルが日本に来て、新大久保のライブハウスでライブを行っているそうです。個人的な見解ですが、韓国のアイドルは完成度を求められていて、歌もダンスも完璧がいいとされているような気がします。一方日本のアイドルは、AKBをはじめとして「成長」を見守る色が強い気がするので、その点においても韓国で成功できなかったアイドルが日本にきて活動をするのは、いい戦略なのではないでしょうか。

コスメショップは、安価であることから韓流アイドル好きの中高生をターゲットにしているのかなと思いました。アイドルショップと併設されていたりして、かなり大きい店が多い印象を受けました。

スーパーはアジアの様々な国のものが置かれていて、地元の外国人が実際に買いに来ていました。常連だと思いますが、店員さんと仲よさそうに世間話をしていました。レジには日本円だけではなくさまざまな国のお金が用意されていて、いろいろな国のお客様に対応できるようになっていました。商品も私たちにはどのように使ったらよいのかさっぱりわからないような食品がいっぱいでしたが、きちんと日本語で商品の説明が書かれたシールがすべての商品に貼られていました。エスニック料理店はこのようなお店で仕入れを行うのではないでしょうか。

イケメン通り、イスラーム通り、一番通りと呼ばれているところも通ってきましたが、イスラーム通り、一番通りは一見路地裏かのような雰囲気でした。イケメン通りはわりと発展していたように思います。イケメンのお兄さんがお店の勧誘をちらほら行っている程度でしたが、カフェなども見受けられました。

日本にはまだまだエスニックタウンが意外と身近なところにたくさんあります。近くに行った際には立ち寄って、少し雰囲気を感じてみてもいいかなと思います。また、現地と比較してみるのも面白いのではないでしょうか。


野原ほのか
posted by masutanis at 14:28| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月24日

山手線徒歩一周の個人的備忘録

4年ゼミ長平井です。

久々にフィールドワークに参加したので長々とブログ書きます。

先日ゼミで、伝統の創造について触れました。伝統はなにか厳格なもののように感じますが、創造のきっかけはなんでもよくて、伝統文化を担う人達のアイデンティティとなるようなものであるということです。伝統文化となるまでの過程がどうであるかが重要だそうです。
この山手線徒歩一周は、ゼミのアイデンティティ=「動いて観る(まなざす)」を体現し、舛谷ゼミに対して誇りを持つことができる、伝統文化になっているなぁと思いました。

今年は雨模様で、スタートを繰り下げ、8時半池袋集合でした。
池袋から大塚への道、少し歩くと4車線くらいの上を渡る橋に着きます。

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この車両は、僕たちが一周するまでに何周するのかな、と思いながら歩きます。
住宅地を抜けると大塚です。
大塚は路面電車が走っています。駅前は工事中?駅舎は綺麗ですが、駅のエリアが狭く感じました。

また住宅地に入りゆるーい坂が続きます。線路脇をずーっと歩きます。閑静な住宅地です。
巣鴨に着くと少し駅前が拓けていきます。六義園が今綺麗と聞いていたので行きたくなりました。もちろん行きません。

駒込まではあっという間です。この区間に山手線唯一の踏切があるのかな?普段嬉々として撮ることのないであろう踏切を、2年生数名が何枚も撮っていました。まなざし。
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僕は撮っている人たちを撮りました。


駒込から田端。これまでまっすぐ歩いてきましたがようやく曲がります。田端に着く前にコンビニで腹ごしらえをして、駅に向かいます。
文士の街が近づきますね。このあたりからビルが多くなってきます。

田端から西日暮里。
まだそこまで高くない高架線脇を歩きます。あまり面白くないです。周りに何もない。

西日暮里から日暮里です。ここは谷根千地区ですね。
初音の道を登ります。富士見坂から見えるはずの富士山はマンション開発のせいで今は見えないそうです。
看板にあった「富士見坂のこと、忘れないでね…」みたいな文言に少し寂しくなりました。
谷根千は飲み歩きの街でもあるそうなので、今度行きたいです。どなたかご一緒しましょう。

日暮里に着きます。
道中、様々な文士たちが立ち寄ったという羽二重団子のお店に寄ります。一本270円。なかなかですね。でも美味しいです。疲れてる時には甘いものということで僕はあん団子を食べました。
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3年連続参加のリーダーです。まだ、元気です。お団子食べるのも恒例になっていくのかな?

話は変わりますが僕はヨルタモリという番組が好きでした。「日暮里特別(G1)」という企画があって、そのことを思い出しました。日暮里駅の下御隠殿橋というところから列車を馬に見立て、競馬のパロディとして撮影されています。
image-fa2a8.jpeg 僕は鉄ヲタでもなんでもないんですけど、列車の往来を見たときなんか興奮しました。

鶯谷に着くと雰囲気はガラッと変わりますね、ラブホテル街です。昼間はとても静かでした。
記念写真も、2年連続で撮りました。誰か持ってたらください。

またひとつ駅を超えると、上野公園に。通過し、
そしてアメ横で食べ歩き、御徒町で集合でしたが、
意外と食べ歩きしにくいですね。結局パイナップル串1本(結構美味しい)で御徒町まで着いてしまいました。結構がっつりしてるご飯が多かった印象。
インバウンド多く、ムスリムもちらほら。ハラルマークのあるケバブ屋はムスリムに人気でした。マークの信頼たるや。

秋葉原への道中はガード下活用のおしゃれな道。
革製品のお店多く、お値段もそこそこしそうな感じでした。どの層が買い物くるんだろうか。
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入り口のおしゃれ感。

秋葉原の混雑を抜けて肉の万世のカツサンドを食べることにしました。
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ピクニック気分。

レンガ造りのガード下に飲み屋が並ぶ神田に着きます。
次は東京駅に到着です。疲労もだんだん出てきましたが、気合いです。途中合流の子を拾いリスタートです。


東京駅に14時前に到着です。なかなか良いペース。
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これは途中のレンガの歴史について先生が説明してるときかな。
この先ガード下活用があんまりされていなくて、閑散とした通りがあり。
キックスクーターで駆け抜ける先生。
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そこを経て有楽町、新橋です。ビジネス街でしたが、時々オシャレな広場がありました。

新橋で4年生が1人合流しまして、小休止。2年生の食べるアイスが美味しそうでした。

浜松町についたのは15時くらい?例年より1時間早い!
そこからがしんどかった。田町、品川の道のり。
足の疲れもピーク、大通りに沿ってひたすら歩く。途中で見えた東京タワーが唯一の救い。
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聳えています。
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ともかを撮る先生を撮りました。イチオシ。
やーっと品川に着く頃には疲労がマックスです。
ここまで4.3キロ1時間で歩いてたのに、次の大崎−五反田間は1.5キロ30分かかりました。ここらへんからペース狂ったのかな、と思います。このあたり、どう歩くか課題ですね。

五反田らへんで、ビール一杯飲んだほうが元気出る、みたいな話になって。ビール欲高まりました。

このあと、実はペースがすこしだけあがりました。単調な道だったからか、それとも疲労がピークだったのか。
いずれにせよ、恵比寿に向かう時から皆、ランナーズ・ハイならぬ、山手線・ハイになってました。歌声が聞こえたり、全力坂をやってみたりと、まさに空元気でした。

恵比寿ガーデンプレイスを通過するとき、先生のキックスクーターがきちんと(?)使用禁止となっていて笑いました。image-c5fa7.jpegイルミネーションの前で、スポーツウェアで、記念写真を撮る私たち。異様な光景だったはず。

ガーデンプレイスを抜け駅を通過するとその喧騒とは裏腹に薄汚い道が続きます。吉祥寺を抜いて住みたい街第1位らしいですが、理想は理想?

渋谷に着いてから三年生一名合流です。
歩き慣れた街になると、心持ちが変わってきますね。
原宿まではすぐ着いた気がします。みんな明るくなってきました。ダンスクラブ?みたいなことがバスの中で行われていて、一緒に踊る子もいたり。

原宿を出て、住宅地をふらふらと歩きます。代々木で帰ろうかな、なんて声もちらほら聞こえてきました。
ゆるい下り坂を経て、コンビニに着いてから30分くらいの休憩。
各々食糧補給で、元気を取り戻します。
文字通り重い腰を上げ、向かうは代々木です。

4年の小川くんを待ってから出発、ここで時間かかりました。
いよいよ脚が限界に近づいてきた4年リーダー仲村くんはおじいさんのように歩いています。
が、2年生は写真撮影する元気がありました。
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新宿まではあっという間ですが、サザンテラス口から東口まで遠い。
また、新宿の人混みが疲労に拍車をかけます。わかりやすいが、歩きにくい。

西武線の駅前を通り、少し経つとエスニックタウン新大久保です。
初めて行きました。韓国にも行ったことがないのでなんとも言えないですが、美味しそうなレストランや居酒屋が立ち並び、嗅覚を殺したくなりました。

新大久保からはずーーーっと線路沿いの道をまっすぐ、ひたすらに歩きました。
もう無心ですね。
w大学の学生だと思いますが高田馬場駅前ロータリーに密集していて、ある意味これも伝統文化かな、と思いました。

いよいよあと2駅です。目白までの道のりは複雑で歩きにくく、最後は長い坂もあり、疲れた体に鞭を打ちながら歩きます。目白に着いた時に、あと一駅ということで泣きそうでした。なんでだろう。

よし、最後、ゴールに向けて!もう一踏ん張りです。

また歩きにくい裏道を通ります。ただ住宅地を抜け、細い道を抜けると大通りに!
なぜかここで道を間違えて、危うく目白に戻るところでした。反省点。


そしていよいよ。我らがホームタウン池袋に帰還です。
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誰1人として途中離脱せず、完走ならぬ、完歩しましたね。
やはり2年生は元気です。来年以降もぜひ一周して、後輩を引っ張って欲しいです。皆さん気兼ねなく話すことができて4年生一同楽しかった、ありがとう(^o^)

3年生リーダーともかをはじめ、あやなちゃん、みずきと3人が全体をリードしてくれました、色々と影で支えたMVPですね。お疲れ様。ありがとう。

4年生まちづくりリーダーはもうレジェンドですね。3年連続完歩の仲村くん。満身創痍でのゴールは忘れません。また岡田さんも12時に起きてよく来てくれました。小川くんはTOEICのあとからわざわざキットカットの差し入れもしてくれて、なおかつ、革靴での参加でした。最後疲れたとき良いムードメーカーでした。

長くなりましたが、またいつか読み返して思い出すためのメモとしてあげておきます。
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57016歩 47.8km.11時間38分.お疲れ様でした。
4年 平井
posted by 12平井 at 12:10| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月12日

日アジ 京都FW

1日目は、京都を自転車で回っていきました。京都にはレンタサイクルができるところが結構あって、私たちはゲストハウスで貸し出しを行っているところで自転車を借りました。自転車を借りるついでに中を見学させてもらったのですが、まるで普通の日本の家庭の家のような印象を受けました。ゲストハウスの人に話を聞くと、そのゲストハウスでは自転車貸し出しのほかに日本の家庭料理を教える料理教室も開いているそうで、興味深いなと思いました。また、そのゲストハウスは住宅街の路地裏のようなところに位置していたので、Wi-Fiを持ち歩いていない外国人はGoogleマップなしできちんとたどり着けるのか気になりました。京都での自転車の使い勝手についてですが、自転車用の道はなく、道も狭いし、駐輪場もあまり整備されているとは言えない状況だったので、決していいということはできません。京都はせっかく自転車で回れる範囲の町のいたるところにたくさんのお寺があるので、町の景観を壊さない程度の自転車が使いやすいような工夫ができるとよいのかなと思いました。

まず、銀閣寺に行きました。紅葉が色づき始めていてとてもきれいでした。これは有名な話かもしれませんが、なぜ銀閣寺という名前なのに銀色ではないのかというと、作成途中でお金が無くなってきてしまって、銀にする余裕がなかったそうです。しかし、銀閣寺は銀色でないからこそ趣深く、日本らしさを感じられるのではないかとも思います。

次に紅葉が有名である永観堂に行きました。まるで歌舞伎をする場所のような白、赤、黄色、紫ののれんのようなものが印象的でした。中に入ると素晴らしい庭園が広がっていて、縁側に座り込んでぼーっと外を眺めている観光客の姿が見受けられました。

そのあと、国立近代美術館で行われていた琳派の展示会を見に行きました。琳派とは、桃山時代後期に本阿弥光悦、俵谷宗達が興した流派です。尾形光琳、乾山などもその例です。私は芸術には疎いので多くは語れませんが、教科書で見たことあるかもしれないような作品がたくさん並んでいました。

夜は、二条城で行われていたアートアクアリウムに行ってきました。私は今年の夏に日本橋で行われていたアートアクアリウムに行ったことがあるのですが、それと内容がほぼ変わっていなかったのでもう少し二条城でやる意味を持たせてもよかったのかなと思いました。暗かったのでお城があまりよく見えなかったのが残念です。お城もライトアップしたりして、金魚とお城のコラボレーションで魅せたらいいのになあと思いました。唯一京都らしさを感じられたのは、金魚の水槽前で行われていた舞妓さんのショーです。舞妓さんがもみじなどを持って上品に踊っていたのは、とても芸術的でした。踊りは歌詞をそのまま振り付けしているような感じで、普段聞きなれないような音楽だったので、不思議な気持ちで眺めていました。

食事についてですが、両日夜は京料理のお店、昼はカフェに入りました。京料理はとても繊細で、見た目も美しかったですが、量が少なく、若者からしたら少し物足りないのかなという印象を受けました。また、店構えもどこかひっそりとしていて見つけづらく、外国人観光客からしたら少し入りづらい、もしくは見つけづらいのかなとも思いました。カフェについてですが、京都にはたくさんおしゃれなこだわりのカフェが町のいたるところに隠れていて驚きました。カフェ巡りツアーをしてみても面白いと思います。

二日目は、トリップアドバイザー2年連続外国人人気ナンバーワンの伏見稲荷神社に行きました。雨だったこともあるのかもしれませんがかなり混み合っていました。鳥居に入るのに列ができているほどでした。なぜここが清水寺や金閣寺を差し置いて人気なのかみんなで理由を考えたみたところ、鳥居は日本独特のもので唯一性があるから、森の緑と朱色のコントラストがいい、ほかの寺院に比べて色が派手である、規模が大きい、京都駅からのアクセスがいい、拝観料がないことなどがあげられました。しかし、日本人の私たちからすれば朱色は古ぼけていなくていまいち趣にかけるし、頂上まで行って鳥居を全部見ようとすると往復2,3時間かかるらしく、なかなか
上の方にある昭和に寄進された鳥居にまでたどりつけないなど、なぜ1位なのか疑問に思う点がたくさんありました。それに加え、この神社に鳥居を寄進するには一番小さいものでも175000円、一番大きいものになると1302000
円にもなるそうで、どうしてこんなに高いのにこんなにもたくさんの企業が鳥居を寄進するのか、鳥居を寄進したことでその企業にどんなご利益やメリットがあるのか気になりました。

そして、最後はダークツーリズムの学会に参加してきました。今回事例として主に挙げられていたのは、サンチアゴ・デ・コンポステラの宗教ダークツーリズムと、大阪のホームレス街と呼ばれている釜ヶ崎のスタディーツアーと、長崎県の軍艦島についてです。学会の中で、私が理解できた範囲で内容を少しお話します。「厚みのある観光表象」というお話がありました。ここでいう厚みのある観光というのは、歴史の明暗両面を表現することで単なる視覚消費の観光ではなく、意味を理解しながら感情を伴って行う観光、という意味です。観光は単なる娯楽ではなく、もっと奥の深いものとなってきているそうです。釜ヶ崎の事例では、貧困の人々を観光の対象にしたスタディーツアーを「ダークツーリズム」とみなすのは人権的にもよくないというお話がありました。いままでそういった視点でスタディーツアーを見てこなかったので、「貧困の商品化」という言葉を聞いてなんだか胸に刺さりました。ここで疑問に思ったのが、「どこまでをダークツーリズムとしてみなすか」ということです。教授たちの話を聞いていると、負の側面が観光の対象となっているものはすべてダークツーリズムであるという印象を受けましたが、個人的にはなんだか納得いかない気分でした。広島や長崎、沖縄などの戦争関係のものやアウシュビッツ収容所のようなものはまさにダークツーリズムであるとは思いますが、負の側面を観光対象に一部含んでいる観光地なんて山ほどあると思うので、例えばボランティアツーリズム、スタディーツーリズムなどもダークとしてみなしてしまっていたら、きりがないのではないかと思いました。

まだまだ学会などでも理解できない部分があったり、考えが浅かったりする未熟な私ですが、いろんなものを見て感じて、考えることのできたFWであったと思います。ゼミのFWは普段自分で観光するのとは違った視点で見ることができるのですごく刺激になりました。



野原ほのか
posted by masutanis at 23:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月12日

屋久島

今回、この屋久島エコツアーでは、『分散を妨げるもの』をテーマにフィールドワーク、ゲストスピーカーの方の講義、ディスカッション等を行いました。これらを通して、私は「分散を妨げるもの」は縄文杉であるが、初回観光客のゴールデンルートからの分散は難しいのではないかと結論づけました。「分散」の対象となるのは一度屋久島に来たことのあるリピーターが主であると感じます。

里めぐりも黒味岳の登山もとても魅力的でしたが、他の地域との差別化を図っているのはやはり縄文杉なのではないか、と今回ゴールデンルートを避けたことで逆に強く感じました。いわゆるゴールデンルートとされていない、屋久島の「新たな魅力」には同時にツアーのガイドの質の向上、自然環境を配慮した設備の充実など、観光に対応するための課題がまだまだあるように思います。

特定観光地への集中からの分散のソリューションとしての里山ツアーという考えは確かに現地の地域活性化にもつながる着地型観光、理論的には素晴らしいと感じました。今回は一種修学旅行という形だったからこそ初回で里めぐりツアーに参加しましたが、これを個人で、一観光客として初めての屋久島で経験するのは、その内容や情報量の少なさ等の面から難しいのではないかと感じました。

今回のメンバーにはいわゆるリピーターも数名いたため、初回来訪者の私と視点が違う意見もあり、とても面白かったです。彼女等は去年の、いわゆるゴールデンルートの合宿で「もう一度来たい」と感じたからこそ今年の参加を決めたのだと思います。私は今回のゴールデンルートを避けた合宿で、屋久島と他の観光地との差異をあまり感じませんでした。もちろん黒味岳で見られる植生のなかには屋久島の固有種や、花崗岩の上にある薄い土の層から生える木々などがあり、これらは、この島でしか見ることのできないものです。しかし、本土の他の山でも似たような植生を見ることができる、そういった場所に比べて観光地として整備があまりなされていないなどといった印象を受け、唯一性のようなものをあまり感じることができませんでした。

私は、やはり縄文杉は屋久島の唯一性を高める一装置であり、一種屋久島の記号とも言えるのではないかと思います。仮に縄文杉が無かったらそもそも屋久島に来ない観光客もいるのではないかと感じました。実際の縄文杉がいまはデッキからただ見るだけだとしても、「縄文杉に行った」ことがひとつの価値として成立し得る現状があるように感じます。たとえ縄文杉が数年後朽ちて倒れたとしても、その切り株や場所が縄文杉跡地のような形で意味を成すことも考えられます。
縄文杉をはじめとするゴールデンルートは初回観光客を呼び込むための一種の装置であると考え、ここで屋久島の魅力を知って再訪するリピーターに、里めぐり、黒味岳、海などの分散したルートを提供していくことがキャパオーバーな集中への対策として有効なのではないかと考えました。

3年 町田 恵
posted by 13まちだ at 13:58| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月11日

里のエコツアー、一湊の場合

屋久島環境文化財団は「屋久島環境文化村構想」(注1)を推進する組織として平成5年3月に鹿児島県、屋久島町(当時は上屋久町、屋久町)の出資で設立された公益法人だ。自然と共生する新しい地域づくりを目指して財団が実施する事業の1つに「里のエコツアー」がある。里のエコツアーはホストの地域づくり支援とゲストの環境学習を目的に平成23年度から宮之浦、平内、吉田、中間集落で開始された活動で、語り部と呼ばれる地域住民が案内役となって集落の歴史、文化、産業を紹介する。今回私が参加したのは今年度新しく加入した一湊集落のエコツアーだ。11人の参加者に3人の語り部と村長が付いて始まった里めぐりは、絞め殺しの植物として有名なガジュマルが根を下すガジュマル通り、屋久島の特産品「サバ節」の工場、国指定天然記念物のヤクシマカワゴロモが生息する一湊川など集落の名所に寄り、最後は西郷隆盛が奄美大島へ向かう途中で褌を洗ったとされる布引の滝で記念写真を撮って終了した。語り部を先頭に終始和やかな雰囲気で続いた案内を通して地域住民の日常に触れることが出来た。しかし縄文杉、白谷雲水峡といった屋久島のゴールデンルートから観光客を分散させるにはまだ弱い存在に感じた。

先程述べたように一湊集落は今年度から里のエコツアーの受け入れを始めた為体制、制度が集落にまだ浸透していないのだ。私達のグループを担当してくれた語り部は集落の伝統行事、昔遊びについて詳しく教えてくれた反面、歴史や生物など専門的な話になると内容がぼんやりしていた。一湊川にてヤクシマカワゴロモが国指定天然記念物であると共に一湊川の固有種であることまでは話してくれても、語り部にその姿を見た人がおらず話はそこで終わってしまった。参加者が里めぐりに期待するであろう地域住民との交流も少なかった。ここにツアー料金1500円を考慮すると決して満足出来る内容ではなかったのが実際だ。ツアー料金に関して財団の方は料金の90%を集落に落とすことを考えた結果だとおっしゃっていたが、これではまた訪れたいと思えない。リピーターを獲得する為にも参加者の満足度を上げるには里めぐりに対する地域住民の意識を高め、語り部の教育と交流活動の増幅が必要だ。また近隣の集落とセットにした里めぐりを打ち出すことや、ツアー料金を抑える代わりに地元産業と協力して参加者にお金を落としてもらう仕組みを作ることも考えられる。例えばサバ節工場の商品販売にもっと力を入れるのはどうだろうか。私はサバ節工場・丸勝水産でサバ節を試食した時その味に感動したと共にその場で商品購入出来ることを里めぐりの終わりに知ってとても悔しい思いをした。

一湊集落を訪問して気になったのは里めぐりの内容だけではない。集落にあまりにも人気がなかったのだ。若者はもちろん高齢者を見かけることも少なく、かつて商店が立ち並んでいたという通りは寂れていた。集落で人口減少が進んでいることが明らかだった。北陸新幹線で話題の石川県も金沢市や和倉温泉から離れた能登半島北部では人口減少による限界集落の存在が少なくない。
輪島市大釜では2006年5世帯10人の住民が土地を売却し集団移転する計画を立てたが買収に応じたのは産廃処理業者だった為、観光に悪影響であると2011年輪島市議会は計画反対の意見書を全会一致で可決した事案もある。輪島市と同様に豊富な自然環境が観光に繋がる屋久島もこのような形での集団移転は難しいだろう。よって島外の人に里のエコツアーなどを通して集落へ来てもらうことが重要だ。一湊集落にとって里めぐりを盛り上げていくことは地域づくりだけではなく厳しい現状を打破するきっかけにもなる。

地域住民の中には自分の日常に観光客が入ってくることを良く思わない人もいるかもしれないが、住民の団結そして財団、近隣の集落と協力を元にこれからも一湊集落の魅力を発信し続けて欲しい。



(注1)屋久島の豊かな自然とその自然の中で作り上げられてきた自然と人間の関わり(環境文化)を手掛かりに屋久島の自然の在り方や地域の生活、生産活動を学ぶ「環境学習」を通して自然と人間の共生を実現しようとする新しい地域づくりの試み




・ 公益財団法人 屋久島環境文化財団 http://www.yakushima.or.jp/ 参照

交流文化学科2年 橋本 あかり
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屋久島エコツアー

去年に引き続きエコツアーに参加させていただき、今回が2度目の屋久島となりました。

去年は民宿に泊まり、トレッキングもそれぞれ別のガイドさんについてもらいましたが、今回は研究センターの方に一括してお世話になりました。

*1日目
一湊・吉田集落に分かれて里のエコツアー
YNAC松本さんより「ゴールデンルートからの分散」

長時間フェリーに乗った後、研究センターの方と合流し、すぐに里のエコツアーに参加させていただきました。半分で分かれてそれぞれ見学をさせていただきました。私は一湊集落でした。
まず公民館のような場所にいったん入り、エコツアーを担当してくださる方々と対面しました。公民館は田舎の公民館という感じで少し懐かしかったです。それから外に出てゆっくり歩きながら、ときにはとまりながらひとつひとつの景色や建物や植物について説明を加えてくれました。担当の方々はぱっと見40、50代くらいの方々で、私たちに説明をしてくれつつ、昔はこうだったよね、とか、こんなことしてたなぁ、とか思い出話に花を咲かせているのが印象的でした。(笑)私的には、ひとつの植物について説明をもらって、ここにはこんな植物があるんだ、と思うよりも、歩いているときに住民の方が通るとみんながみんな知り合いで挨拶をしていたり、店に入ったときにガイドさんと店員さんが「最近どう?」みたいな余談をしていたり、そういったオフの部分を見ているほうが、「あぁ、いいとこだな」と思って印象に残っています。
里のエコツアーは、今回1回1500円で申し込みましたが、実際に経験してみて少し高いのでないかなと思ったのが正直なところです。また、私たちはゼミ合宿の一環として訪れているから受け入れられるけど、個人的な旅行にいったとき、若者はあまり興味を示さないのではないかなとおもいました。内容が悪かったわけではありませんが、例えば何かのパックツアーとして屋久島に来たときに、そのツアーのひとつとして住民の方と触れ合う、というスタンスで里のエコツアーが組み込まれたりしているくらいがちょうどいいのではないかと感じました。

夜はYNAC松本さんの講演でした。去年白谷雲水峡を担当してくださり、またツーリズムEXPOでもお会いしたことから私にとっては屋久島といったらこの人!と思うくらいの存在です。(笑)
松本さんの目指すガイドのあり方というものが2回目にして理解できた気がします。そして私自身松本さんのやり方にとても納得しました。テーマ「分散を妨げるもの」に関して、はっきりとした答えは示していなかったものの、松本さんの「みんなに屋久島をこう楽しんでもらいたい」という思いはまさに分散を促進する第一歩になっていると思いました。


*2日目
屋久杉自然館
白谷雲水峡
中間集落の方より「里のエコツアー研究」

屋久杉自然館はよくある博物館という感じでした。当時木を切るために使っていた長すぎるチェーンソーが実際に持つ体験ができたり工夫がなされているところもありました。私的には床に屋久杉が使われていて、且つ、靴を脱いで裸足で歩けるところが気に入りました。

白谷雲水峡は去年も行ったので2回目になりました。比較するものがあると、どうしても感想が去年との比較になってしまうのですが、それは置いておいて、1番驚いたことが去年YNACの方から説明を受けたことを鮮明に覚えていたということです。この木はこういう特徴がある、とか、この苔は押すと水が出てくる、とか、ここらへんにもののけ姫に登場する○○に似てる木がある、とか。特別自然に興味があるわけでもなかったのですが、意外にも1年前に学んだことを覚えている自分がいて、それだけ吸収していたことに気付かされました。自分からガイドの方にこれはこうですよね?と声かける自分がいて、教えてもらうのではなく、共有する方向で楽しめた白谷雲水峡となりました。

夜は中間集落の方が足を運んでくださって、里のエコツアー研究についての講演を行ってくださいました。とてもユーモアのある方で、講演を聞いたというよりはひとつのテレビ番組を見ているような感覚になって引き込まれるような講演でした。
突然歌いだしたり、名産物のサトウキビやバナナを実際に持ってきてくれたりしました。エコツアーだったらどんなことをしてくれるんだろうと思うと中間集落にも足を運んでみたくなりました。

*3日目
黒味岳
今回テーマ自主研究

黒味岳は山登りという感じで、ここどうやって登ろうとか、前にいるガイドさんはこっちを歩いたけど私はこっちから行ってみようとか考えながら登っていくのが楽しかったです。山登りが好きで趣味にしている人はこういうところが楽しいのかな、と思ったりしました。

夜は部屋を借りて一湊、吉田集落の里のエコツアーについての共有と、今回のエコツアーのテーマである「分散を妨げるもの」から発展して、「分散を妨げるものとは」と「どのように分散させていくか」について4つの班を作って話し合いました。
私は、屋久島初心者をゴールデンルートから分散させることは難しいと考え、初心者ではなくリピーターとして訪れる人たちの分散に目を向けていけばいいのではないかと思いました。例を挙げるとまさに私のようなリピーターです。そもそも私は屋久島について、もののけ姫の舞台になった場所があるらしい、くらいしか頭にありませんでした。しかし、実際に白谷雲水峡に行ってみるともののけ姫の舞台に似た場所に行くまでの過程で、たくさんの自然に出会い、学ぶことができました。その長い過程を経て、忘れた頃にあの苔むす森の素晴らしい景色が広がり、とても感動したことを覚えています。
注目されがちな目的地もそれまでの過程もどちらも楽しむことができたからこそ、もっと違う魅力が屋久島にはあると気づくことができたのだと思います。
このように考える人は他にもいて、やはりはじめの一歩としてのゴールデンルートは避けなくてもいいのではないかと思いました。
自分になかった意見として面白かったのが、ツアーを作る側はいつも東京の旅行会社で、だからゴールデンルートを中心にしたツアーが組まれるのだと。屋久島の面白さを充分に理解している住民がツアーを組んでみるのも面白いのではないか、という意見がなるほど、と思いました。

4日目は、ヤクスギランドに行く予定でしたが天候が悪化してしまったため急遽予定を変更して、千尋の滝を見学したり、散歩したりしました。途中でガイドの方から大きなVの字の葉っぱを拾ってというアナウンスがありました。その葉っぱを橋の上から落とすと鳥が飛んでいるように見えました。とても面白く急遽お金のかからず楽しめるプログラムを用意してくれたことに感動しました。

今回のエコツアーは前回とまったく違うもので、違った視点から屋久島を見ることができたと思っています。

観光学部観光学科 千場明美
posted by masutanis at 12:13| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月09日

屋久島エコツアー

「分散を妨げるもの」

今回このテーマの基に9月14日から17日にかけて屋久島を訪れました。そこで感じたこと、分散を妨げる要因はどのようなものか私の意見を述べたいと思います。

屋久島から帰ってきて、家族や友人に屋久島に行ってきたことを報告すると、まず始めに「縄文杉行った?」という質問を多くもらいました。そして「行ってない」と答えると「縄文杉を見ないのに何のために屋久島行ったの?」と聞かれます。やはり、世間一般的な屋久島のイメージは、「縄文杉」なのだということを帰ってきてからも改めて感じました。この「縄文杉」が、屋久島のシンボルであり、様々な旅行会社のパンフレットなどの表紙にもなっているのが現状で、屋久島について縄文杉があるということしか知らない人も多いのではないかと思います。屋久島は、現在局地的なマスツーリズムのために、観光開発と自然破壊の対立の最中にあり、観光客の増加により、し尿の処理の問題、入島税を取るか取らざるべきか、こういった問題も挙がっています。しかし、こうした問題が挙がるほど、屋久島を訪れる観光客は、「縄文杉」を見に来る観光客がほとんどであり、分散を妨げているものは、「屋久島=縄文杉」というイメージであると思います。

そして屋久島の分散の1つとして、今回私たちは、屋久島の「里めぐりツアー」に参加しました。屋久島の「里めぐりツアー」とは、屋久島を訪れる方々に地元の歴史、文化、自然、産業などの集落自慢を地元の語り部ガイドによって案内するというツアーであり、料金は2時間1500円。私は、一湊里という集落のツアーを訪れ、地域の方々との交流や、サバ節工場の見学など楽しむことが出来ました。(サバ節美味しかった!!!)地域活性化にも繋がる着地型観光として、「里めぐりツアー」は魅力的な観光であると思いますが、屋久島を訪れる主な目的として「里めぐりツアー」を挙げる人はいないのが現状ではないでしょうか。そして、これから先もそのことは変わることはないと思います。里めぐりツアーの集客を増やすためには、主な目的とそのプラスαとしてこのツアーを宣伝する必要があるのではないでしょうか。

今回のゼミ合宿、1日目 里巡りツアー、2日目 白谷雲水狭、3日目 黒味岳、4日目 雨のため観光を振り返ってみると、私の意見としては「やはり屋久島に来たのだから、縄文杉に行ってみたかったな(トレッキング死ぬほど辛かった。)」というのが率直な感想です。ゼミ合宿では、隔年で縄文杉を訪れているということで、2回目の学生にとっては、縄文杉と他の観光地の比較をすることが出来たと思います。しかし、屋久島に初めてきた学生が縄文杉に行かずに、「縄文杉より魅力的な観光地があるよ」と言われても、比較をすることは出来ないし、また正直、トレッキングなどで屋久島特有のコケや岩を見ることが出来ましたが、それ以外屋久島ならでは感を味わうことが出来なかったように感じます。屋久島に行くのだから屋久島にしかない価値として、やはり縄文杉があり、それがブランドなのだと思います。分散をさせたいのであれば、「屋久島=○○」というイメージを増やし、それを世間に定着させていくことが最も大事な課題であるのではないでしょうか。


窪田紗帆
posted by masutanis at 13:03| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

屋久島エコツアー

去年も参加した屋久島エコツアーですが、今年は引率者としての役割もあり、また2回目ということから、去年とは異なる感じ方でした。
今回は研修センターを利用し、1日目2日目にゲストスピーカーの方に講演していただくことで貴重なお話を伺うことができ、最終日の総括で今回の合宿テーマについての皆の意見を聞くことができたのが良かったと思います。

今年も参加しようと感じた1番の要因は、去年の白谷雲水峡のツアーがとにかく楽しかったからです。
去年は大体6~7時間ほどかけて白谷雲水峡のトレッキングを行いました。目に入る自然のひとつひとつを丁寧にガイドさんが説明してくれて、沢をわたる度にそこから見える景色と透き通った水に感動した記憶があります。
今年は天候が悪かったため時間も限られていて、沢を何度もわたることができず、これは残念でした。
去年の白谷雲水峡は視界に入る景色全体を見ている感じでしたが、今年はその景色の中から一部分を切り取って意識して見ていたような気がします。苔って近くで写真撮るとこんなにかわいいのか!!!と感動しました。1回目と2回目では、同じ自然でもそれに対する見方が変わっていて、また去年説明してもらったことを自分が覚えていることに驚きました。
しかし急ぎ足になってしまって、『苔むす森まで行くこと』が目標のトレッキングになってしまったように感じました。

この経験が講演していただいたYNACの松本さんのお話ですごく納得する部分にもなりました。
屋久島は『〜〜は絶対に見た方がいい!』や『〜〜には行くべき!』という観光の仕方ではなく、本来の自然が素晴らしいのだからその〜〜を見ることが目標の観光ではない、ということでした。
これが、苔むす森に行くことが目標になってしまった今回のツアーに当てはまるように感じました。苔むす森に行くこと、よりももっと白谷雲水峡の自然を感じて楽しみながらするエコツアーが最終的な満足度にも繋がるのではないかと思います。

松本さんは最近の屋久島の観光客数の減少について、ガイドの質の低下により屋久島本来の魅力をゲストが感じなくなったことでリピーターが減っていっているのではないかとおっしゃっていました。
屋久島のエコツアーを通して感じたことは、ガイドの重要性です。1人で行ったら見落としてしまうだろう植物も、解説されるとすごく面白いもので、見え方が変わります。
例えば縄文杉を見るためだけのツアーであれば、早く目的地の縄文杉まで行くことが重要になってしまってそういった自然をゆっくり楽しむ、というツアーができないと思います。そうなってしまっては、ゲストはこの屋久島自然の素晴らしさに気付けぬまま、見るべきものを見ることができたという満足だけで終わってしまい、もう一度行こう!ということにはならないのでは、と思いました。

松本さんのお話のYNACの理念の通り、去年のYNACさんのツアーは本当に屋久島の自然を楽しむことができて、また屋久島に行く機会があったらYNACさんにお願いしたいなと思いました。(値段は高くても。。笑)

去年は白谷雲水峡をもののけ姫の舞台となった、というコンテンツツーリズム的視点でしか見ていなかったのですが、1回目と2回目を比較することで屋久島観光に対する新たな視点が得られたと思います。

もうひとつ印象深いのは里めぐりツアーです。地元のおじいちゃんが案内してくれて、ここで暮らす人々にとって当たり前の存在となってるものが観光資源として里めぐりツアーを構成していることを感じました。
しかし、これが観光客の屋久島に求めるニーズと合うかと考えると難しいな、と思いました。
講演してくださった中間集落の区長さんが、体験型のプログラムを組込もうと考えている、とおっしゃっていましたが、そういった体験型の何かが加わるとより楽しいツアーになるのではないかと思います。屋久島観光に来る人の中には屋久杉でお箸を作れる体験工房に行く人もいるし、そういった体験ができるプログラムがあると里めぐりツアーもよりツアーらしくなるような気がします。
時間が限られた旅行のなかで、ゴールデンルートではないものを観光客はどうしたら選ぶようになるのだろうか、と思います。

もし縄文杉が枯れたり災害によって折れてしまって無くなってしまったとしても、屋久島には自然を楽しむことができるツアーが存在します。しかし、無くなったなら目的がないから行かないでいいや!とゲストの屋久島のイメージが無くなってしまうとしたらそれは悲しいことです。
現状では屋久島のイメージが縄文杉であることは間違いないと思いますが、そんな中で縄文杉以外にも魅力がたくさん詰まっている屋久島の魅力をどのように発信していくか、が今後の屋久島観光の鍵になるのではないかと思いました。

また行きたいです!次行く機会があれば、ウミガメが見たいですね。

参加した2年生、3年生、福島先生、ありがとうございました!


3年 竹中玲香
posted by masutanis at 00:22| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月08日

屋久島

今回私は初めて屋久島を訪れましたが、行く前に縄文杉を見に行かないと聞いて、とても驚きました。縄文杉以外、屋久島に何があるかわからなかったので、何をしに行くのかわからなくなったからです。
この考えは決して私だけではないでしょう。というのも、私が「屋久島に行ってきた、でも縄文杉は見なかったよ」というと、友達に「じゃあ、何しに行ってきたの?」と聞かれました。これだけの事例で世間一般を語るのは根拠が薄いと思いますが、多くの人は「屋久島=縄文杉」という認識が根底にあるように思います。下手をすると「屋久杉=縄文杉」と思っている人もいるようでした。もちろん、縄文杉は屋久杉の一つであり、間違っていないかのようにも見える式ですが、縄文杉だけが屋久杉だと思っている人もいる、ということです。このように強く根付いた屋久島のイメージのために、屋久島を訪れる目的は縄文杉のみになってしまうのでしょう。
その認識が、屋久島での観光客の分散を妨げているように思います。
屋久島にほかの選択肢があることを知ったら、観光客もほかの選択肢に目を向け、そちらを選び取る可能性が出てくると思います。
しかし、あくまで可能性が出てくるだけであり、実際に分散に目の見えるほどの効果をもたらせる魅力のある観光資源があるかは、疑問に思います。
私たちが屋久島に着いたその日に参加した集落を巡る里巡りツアー、私は吉田集落を巡りました。元小学校という現公民館のようなところで、地元特有のお茶と揚げ餅のようなお菓子をごちそうしてくださったあと、おじいちゃん3人がガイドとして、それぞれの担当箇所へ一緒に行き、その場で説明してくださいました。地域の話だけではなく、小さな豆知識なども教えて下さり、大変興味深く、訪れたサバ節工場では試食も用意してくださり、いい経験が出来たツアーでした。個人的に満足はしましたが、これだけのために屋久島にくるかと考えたとき、私の答えは「いいえ」になってしまいます。
「里巡りツアー」という言葉を聞いたとき、「地域の方と交流する機会」だと捉えました。実際、ガイドしてくださった方々、お茶を出してくださった方々は地元の方で、そこには確かに交流がありました。しかし、何より私が残念だったのが、コミュニケーションをとった人の少なさでした。ある地点から地点へ、例えば神社から花崗岩へ歩いて移動しているとき、人とすれ違うことがありませんでした。私の予想していたおじいちゃんやおばあちゃんにあいさつをするという機会は結局、最後までありませんでした。さらに寂しかったのは、サバ節工場でのコミュニケーションが圧倒的に少なかったことでした。私たちが時間に迫られていたからか、そもそも始めた時間が遅かったからか、などと私たちのほうに原因があるのかもしれないですが、サバ節工場での私たちは燻す装置を見て、食べて、終わりました。せっかくそこで働いている方がいらっしゃるので、もうちょっとお話が聞ければよかったのにな、と思いました。
総じて、このツアーにはもっと多くの人と、多くの交流ができる、そんな状況が加わればいいのになと思います。
コミュニケーションを遠ざける人が増えている時代ですが、あえて、それを目玉にしたツアーにするのもいいのではないでしょうか。


日下部彩月
posted by masutanis at 22:45| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

屋久島

9/14〜17の4日間「分散を妨げるもの」をテーマに掲げ、ゼミ合宿に参加私にとって、今回初めての屋久島訪問となりました。事前に、去年屋久島に行った人達からの話を聞いて、だいぶ期待値が上がっていました。ただ、行く前から縄文杉へ行かないというプランに不満を持ち、縄文杉に行かないなら、屋久島へ行かないと少々反発もしていました(笑)縄文杉へは、隔年で行っているようなので今回、行かないのは計画通りで仕方のないことですが、せっかく屋久島まで来て何故?と思ったほどです。
ゼミ外の友達にも、屋久島へ行くと言うと、「縄文杉を見に行くの?」と口を揃えて言うほど、それだけ、屋久島=縄文杉、屋久島の観光地と言えば、縄文杉というイメージが定着していることがよくわかります。
今回のテーマである、「分散を妨げるもの」として、縄文杉が一つの要因であることがここから考えられますが、ある意味、目玉となる商品(観光地)があることで、観光客を屋久島へ呼び込むことができるので、縄文杉への観光客の集中を頑なに批判することもどうかと思います。縄文杉へ焦点を当てるのではなくて、他に呼び込むための材料は無いのか?を考えること、縄文杉に匹敵するくらいの観光地を作り出すこと、盛り上げることが必要なのではないかと思います。屋久島の方も、縄文杉が分散を妨げる要因と、意識をしているため、縄文杉がどれだけ屋久島にとって重要な存在か嫌でも気がついているはずです。この屋久島=縄文杉の方程式を崩すことは難しいと思います。一気にこのイメージを打破し、新しいイメージを観光客に植え付けさせることは厳しいと思いますが、むしろ、縄文杉をメインにそれに付随する形でこれから売り出していきたい屋久島のイメージ(観光地や商品)を紹介することで、縄文杉以外にも屋久島には見所があることを観光客に伝えていけたら良いのではないかと思います。
その一つとして、私は里めぐりツアーを推奨したいと思います。今回の合宿で、まんてん・平家の里、吉田集落を訪れました。集落の遺跡を見て回りながら、地元の語り部のガイドの方々に地元の歴史、文化、自然、産業などの集落に関する情報を聞きました。吉田集落の成り立ちや背景などを知ることができ、また地元の人と触れ合う機会となったので良い思い出となりました。里めぐりツアーに参加する人は必ずしもその地元について詳しく知りたいからではなく、むしろ、旅による人との交流を求めて参加するのではないかと私は思います。そういう意味では、里めぐりツアーは旅行中に最も地元の人と接近することが可能な機会になるため、やはりネットなど様々な手段でこうしたツアーがあることを知ってもらう必要があると痛感しました。ツアー参加者の年齢層について、若い人から年配の方まで幅広いとのことなので、このツアーには多くのニーズがあることを知りました。旅先での出会い、現地の人との交流を求めることは、どの年齢層においても、同じ考えを持っており、語り部の方も話していましたが、細く長く里めぐりツアーが遂行され続けると良いな、と思いました。屋久島は従来自然寄りの観光が多いですが、人間寄りの里山観光を推進することで、観光客も人との交流の中で屋久島を感じ、縄文杉への一極集中を回避することができるのではないかと考えます。里山観光をすることで、こうした特定の場所からの分散以外にも、今までスポットの当たらなかった地域が注目され、地域振興、再生、活性化に繋がると思います。しかし、里めぐりツアーはまだ定着していないようで、一般的な観光客はこうしたツアーがあることも知らないと考えられます。より全面にこうしたツアーを紹介していく必要があると思います。また、ツアーの申し込み〜当日の流れより、遂行される場合、現地集合、現地解散とあったので、屋久島における交通の便を考えると参加したいと考えても、自力で現地へ向かうことが難しく、申し込みに至らないのではないかと思いました。
今回の合宿で、屋久島には屋久杉以外にも様々な観光資源が存在することがわかりました。つまり、屋久島は特定の観光地からの分散を握る要素が多くあり、観光資源の宝庫であるということです。しかし、屋久島=屋久杉という先行イメージからなかなか抜け出せずにいます。原因の一つとして、その他の観光施設の設備、交通の便の整備に手が行き届いていないことや、アピール不足に問題があるのではないかと感じました。他の観光地に観光客を取り入れるためには、観光地として最低限の設備を整える必要があると感じました。

中村恵
posted by 13なかむら at 00:34| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月01日

屋久島 縄文杉からの分散について考える

私はこの旅行の概要をきちんと把握しないまま出かけてしまっていたので、「今回の合宿では縄文杉に行かない」ということを現地で初めて知りました。それを初めて聞いたときは正直、せっかくこんな遠いとこまで来てメインを見ておかないなんて・・・と残念な気持ちになりました。そして今回のテーマが「分散を妨げるもの」であると聞いて、自分がいかに屋久島=縄文杉のイメージを持っていたのか気づかされました。そして、日ごろの観光において、自分がいかにメインの観光地ばかりに気を取られ、まるでガイドブックのモデルコースをたどるかのような観光をしているのかを痛感しました。観光を学んでいるものとして、本来であればより地域に目を向け、地元の人しか知らないようなところも巡りたいとは思いますが、なかなか自分だけではそのような場所を知ることができず、そううまくはいきません。そこで大切になってくるのがガイドさんだと思います。
YNACの松本さんのお話の中で、考えさせられることがたくさんありました。

まずは、ツアーの選び方についてです。最近は、自然体験さえできれば、メインの縄文杉さえ見られれば、ツアーは安いほうがいいと言って、大人数制の安価なツアーが増えています。また、ほかのところにも行きたいからなるべく短時間で縄文杉にたどり着きたいと言って、縄文杉までなるべく早く着けるようなプランになっていたりもします。そして、ガイドブックの充実から、ツアーガイドをつけない人も増えていたりして、どこか金銭的にも、時間的にも余裕のない観光になってしまっていると感じました。それは自分にも当てはまっていて、このような観光方法では、ただ行ったという事実だけで満足してしまい、現地を深く味わうことができていないのではないかとも思いました。そこで、現地の味わい方を教えてくれるガイドさんが重要です。里めぐりツアーでは、村のおじいちゃんおばあちゃんをはじめとして、集落の村長さんまでもが駆けつけてくれて、村のことをあれこれ教えてくださいました。それはとても暖かく、村らしい雰囲気を感じることができました。一方トレッキングでは、ガイドさんが説明してくれた垂直分布の葉の変化や、絞殺しの木、木の幹の部分が空洞になっているものの話などしっかり心に残っています。時間をかけて、実際に体験して、現地のひととコミュニケーションを楽しみながら巡ることの楽しさを実感することができました。そこには、縄文杉以外の屋久島の魅力がたくさん詰まっていました。ツアーガイドさんとしっかり回ることによって、メイン以外にも得られるものがたくさんあったのです。
このように考えていくと、縄文杉からの分散へのカギは、現地のガイドさんをはじめとする地元の方々が握っているのではないでしょうか。屋久島=縄文杉のイメージがこんなにも深く浸透してしまっているのは、都内の旅行会社や各メディアが縄文杉をPRのメインとして発信していることが原因であると考えられます。YNAC松本さんが言っていた、「屋久島リニューアルしました!」のキャッチフレーズのように、魚の種類がとても多くて、シュノーケルに適していることや、里めぐりに力を入れていること、ウミガメが有名なことなど、アピールできるものはたくさんあると思うので、ぜひそのあたりを地元の方々が中心になって発信していけたら現状の改善がみられるのではないでしょうか。また、分散を妨げているものとして考えられるのは、縄文杉以外のものがまだ弱いということです。里めぐりツアーなどをはじめとして、強化できることはまだまだあると思います。地元の頑張りが、屋久島全体としての魅力アップにつながるのではないでしょうか。


野原ほのか
posted by masutanis at 15:54| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月27日

ゼミ合宿2015 北マレーシア




2015.8.3〜8.8

今回のゼミ合宿ではマレーシア北部のペラ州を中心として活動を行いました。
私自身は1年生の時の早期体験プログラムでマレーシア ボルネオ島のサラワク州を訪れて以来のトランジット以外のマレーシア上陸で、マレー半島は初めて訪れました。

かつての盛んな錫工業で知られるペラ州は、錫の採掘できる土地というだけあって独特な景観を持っていました。切り立った山々が見られまるで中国の桂林を彷彿させるものです。
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またこの合宿でペラ州を訪れることがなければ私は「錫」について、基本的な用途や採掘方法なども全く知識はありませんでした。錫産業について展示がなされている博物館では、錫を最初に採掘するようになった経緯やデータ、鉱山資源をめぐる植民地化と海外諸国との関係などがうかがえました。日本がマレーシアを保護国化、事実上の植民地化をしていた1940年代の様子が写真で展示されており衝撃的なものでした。
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マレーシアに限らず昨年訪れた中国の延辺でもそうですがアジア諸国と日本の歴史的関係は複雑な気持ちにさせられます。正直なことを言ってしまえば私自身は占領期に起きたこととは無関係だし知識もあるとは言えませんが、「日本人」という立場に立つことを意識してみると当時の人はどのように感じているのか疑問が多々わいてくることがあります。今回はそんなことを思っていました。

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この合宿の主な活動拠点はUTAR(University Tunku Abdul Rahman)でした。
この大学に通う日本語クラス・クラブの学生の日本語サポート及び交流です。
まず感想ですが、この合宿に参加できて本当によかったと思います。実際はUTARの学生も日本語を学びはじめたばかりの人が多く、メインは英語になりました。UTARに通う学生は100%中華系マレー人ということで中国語はほぼ全員が喋れるということでしたが、私は英語を流暢に話せるわけでもなく、だからといって中国語は全くなので正直キツイところがありました。それも英語を使用するにしてもディスカッショントピックが自分のキャリアデザインや日本の文化などで自分のことについてもまだ迷うがある私には少々話題を持ちかけることが大変だっと感じました。毎回の合宿で少しずつ成長できていると感じるとともに反省点も見つかるので、おもしろみのある合宿になっています。
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*大学のキャンパスの風景

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イポーについては街並みと建造物についてです。この合宿の開催にあたり私が担当した事前学習はイポーのコロニアル建築についてでした。西欧風で真っ白な外観を持つイポー駅が代表的な建築物でクアラルンプール駅の設計者と同じイギリス人のA.B.ハボック氏によるものです。天気はあいにくの雨でしたがヨーロッパの建築物がそのまま運ばれてきているような印象をうけました。この周辺一帯が西欧風の建築物が多く建てられており街並み全体がマレーシア、アジアという感覚を忘れさせるものです。
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このイポーこそ映画「セカンドバージン」の舞台となった場所です。イポー駅がメインとなっています。
コロニアル建築といっても様々な様式があり骨組や窓枠の形によって異なります。

自分の目で見たものはそれぞれの建築物は多少の違いはあるもののはっきりとわかりませんでしたが、イポーに到着したときに見られる白い建物群には驚きました。

イポーは錫の輸送のためにクアラルンプールをつなぐ重要な都市であり、産業の影響を受けて都市開発がなされたといっても過言ではないと思います。
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*バーチ記念時計台の壁画のムハンマドが消されているんだそう…
 そもそもなぜ描いた…


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中華系マレー人が多いことから中国風の街並みも発見できました。どちらかというと中国とイギリス植民地時代のコロニアル建築が混ざっているようなそんな街並みです。

UTARの大学のあるカンパーという街は色遣いや建物の配置がかわいらしかったです。
エッグタルトおいしかったです!
滞在中には夜市が開かれ、思っていたよりも大きな敷地で行われていて、UTARの学生に聞いても夜市はおすすめだといわれたので楽しみにしていました。主に眺めているだけになってしまいましたが、先生が買ってくれた1sの龍眼を学生寮でお腹一杯になるまで食べました(笑)
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今回の合宿で最後に訪れたプトラジャヤ、サイバージャヤという都市がお気に入りです。
また行きたいと思いました。ここは日本でいう国際展示場や幕張といった開発都市ということで今後数年間でも大きく変化がみられる場所なのではないかと思います。
意外にもクアラルンプールの空港に車で行ける距離だったことで納得させられました。
この街の今後が楽しみです。
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ゼミブログでの振り返りは時間が経ってしまいましたが
この合宿で貴重な体験をさせていただいてありがとうございました。
参加して本当によかったです。

佐藤 彩那
posted by 13さとう at 23:43| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月24日

マレーシア合宿

8月3日〜8日、マレーシアのペラ州に行ってきました!
私は今までトランジットでKLに入国したことはありましたが、実際に滞在するのは今回が初めてでした。

正直に言うと、この合宿に行くまで私はマレーシアという国に対してこれといったイメージを持っていませんでした。これはマレーシアが多民族国家ということも一つの要因なのでしょうか…。
強いて言うならば、舛谷ゼミの合宿ではマレーシアに行くことが多いそうなので、サバイバル感の強い国なのだろうと勝手に思ってました(笑)

そしてこの合宿を終えて率直に思ったこと、それはペラ州は本当に良いところだったということです。騒がしくなく、のんびりした雰囲気、イポーの所々に点在するおしゃれなウォールアート、そしてなんと言っても美食の街、最高でした!個人的には事前学習で調べた時からずっと行きたかった巨大な洞窟寺院(極楽洞)に行けて嬉しかったです。
イポーには多くの洞窟寺院を初め、植民地時代の建築物(イポー駅校舎やケリーズキャッスル)、オランアスリビレッジなど、様々な観光資源があることを知りました。

しかしあまり多くの観光客は見受けられず、インバウンド層においては私たち以外にいなかったのではないかと思います。イポーはマレーシア第三の都市であり、豊富な観光資源があるわりには知名度が低いのではないのでしょうか。(実際に私もこの合宿にあたって初めてイポーという街を知った)
観光地としてすでに有名なクアラルンプールやペナン島から観光客を分散させるためにも、そうした有名どころに行くツアーの一部として積極的にイポーの街歩きを組み込むべきなのではないのだろうかと感じました。

そして私が一番衝撃的だったのは、マレーシアの人口は日本の4分の1であるにも関わらず、インバウンドは日本の約2倍であるということです。これはラーマン大学の授業を聞いて知ったことですが、日本は観光において、アジアの中でもかなり遅れを取っているということを実感すると同時に焦りを覚えました。さらに、マレーシアでは各州で必ず村にホームステイするというプログラム(カンポンホームステイ)を実施しているらしいです。ホームステイの体制においてもマレーシア政府が促進しているという点で、日本よりも観光促進において積極的な取り組みがなされているのだなと感じました。日本の観光はマレーシアに学ぶところが沢山あり、インバウンド層を多く取り入れるには幼いころからの教育制度(マレーシアの人たちは英語ペラペラ)だったり、政府を中心に観光促進を呼びかけることが重要なのではないでしょうか。
今回の合宿を通して、日本のインバウンドの現状についてもっと深く考えたいと思いました。とても楽しい合宿でした!

染谷 花歩
posted by masutanis at 00:41| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ペラ合宿 主にホテルについて

シャングリラホテルについて

Putrajaya Shangri-La はマレーシアの政治の中心、プトラジャヤに存在する。ここは元首相、Mahathir bin Mohamadの提唱によって、1990年代から開発を進める新行政都市であり、人口7万人のほとんどが政府関係者とその家族だ。Putra はマレーシア語で「王子」、Jayaは「勝利」を意味し、初代首相Tunku Abdul Rahman Putraにちなむ。

政府関係各省として、首相府や財務省などが存在する。この提唱の理由は、マレーシアが2020年に先進国の仲間入りを果たす目標を持つ「ワワサン2020」があるためだ。

シャングリラホテルはこの都市の中でも数少ない5つ星ホテルの一つだ。小高い丘の上に位置し、ホテルのフロントから窓越しにプトラジャヤ市内全体の眺望が見渡せる。ゲストルーム、スイートを含め118室存在し、部屋のプライベートテラスからも市内の景色を楽しむことができる。ホテル内にはヘルスクラブ、スパ、ジム、プールも完備されており、都市内ながらリゾートホテルのような施設完備だ。政府関係者が住む街ということもあり、ミーティング施設も充実、ウェディングも可能である。このように、一般的なホテルのファシリティーを持ち合わせたうえで、行政都市という立地、さらに5つ星ホテルという事前情報のもと、どんなものかと到着してホテルを見たところ、外観が古臭いというかコンクリートむき出し感があり、フロントデスクがとても小さい。プトラジャヤ市内には企業、政治関連の高層ビルが集積しているのにこの建物は地上、地下合わせて5階ほどしかない。

あれ?想像してたのと違うな…、5つ星ホテルだよね?という印象を受けた。部屋もとてもきれいだったが、5つ星に見合っているのかとも感じた。通常5万円のところを8千円で泊まれているのだから、ラッキーだったが、そもそも5万円で5つ星…って安くないかなとも考えた。過剰な期待をもちすぎたのか、確かに立地は一級品だからそれが料金に反映されてるのかとも思った。5つ星に疑問を持ちつつ、ホテルのマネージャーの話を聞くとどうやら高級ホテルというよりもプトラジャヤのシャングリラはブテッィクホテルだと聞かされ合点がいき始めた。

ブティックホテルは1980年代初頭より「標準化されたホテル」へのアンチテーゼとして出現し始めた。商品選択が限られていた時代から、消費経験の蓄積に伴い消費者の審美観は変容し、多種多様な評価基準をもつ時代となった。ホスピタリティ・マインドに対応しきれない大きなホテル(標準化)に対して、150室を超えない程度の客室数で区別し、建築面でも温かみのあるデザインを追求している。プトラジャヤのシャングリラもまたホテルの一階に緑を置き川を流している。ロビーラウンジを低い位置に設置し、ゲストよりも低い目線、もしくはゲストが座った時には同じ目線に置くのもブティックホテルとしての設計だとの説明を受けた。ラウンジが小さいなと思ったが客室数に対して、十分な大きさなのではないか。部屋のデザインもオレンジなどの明るい色を基調としていた。

最大の強みを聞くと小高い丘にホテルを構える立地だという。確かに眺めが良かった。そもそもプトラジャヤ開発の際、土地の4割を緑地として保存することになっていたため、副都心として首都機能、高層ビルを含んだ景色と豊富な自然がマッチしていて綺麗だった。空港が近いこともプトラジャヤ開発の条件だったらしい。

空港が近く、政府機能が集中することもあり、宿泊客にはmiceの形として25%,35%はビジネスパーソンだといった。全体の60%がビジネスに関するのはやはり立地の影響が強いようだ。

マネージャーが言っていた客室稼働率が50%といったのには少し疑問が残った。大きなターゲットがビジネスパーソンなだけに、通常レベルの稼働率なのかもしれないが少し低いのではないかとも感じた。


瀬戸健
posted by masutanis at 00:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月23日

マレーシア合宿

3年の御所脇です。
9/3−8でマレーシアに行ってきました。3の夜にKLに到着し、その日はセントラルにあるホテルに宿泊し、翌日4にKL Express高速鉄道に乗りPerak州Ipohに向かいました。

恵まれたことに私たちが借りたシェアハウスはその辺一帯の中でも高級なところで、、、というのは置いておいて、有名なRotiとTeh Tarikを食した後は初日からUTARの生徒との交流をしたり、キャンパスツアーをしてもらいました。ちなみにUTARはIpohではないです。
5はKinta Tin Mining Musiumを訪れ、錫工業の歴史を学んだ後に、再びUTARを訪問し、ホームステイや日本食についてのプレゼンからひたすら日本語クラスのチューターまで、学生との交流を多くしました。夜はUTARの学生にナイトマーケットに連れて行ってもらい、マレーシア経験者の私でも初めて目にしたおもしろいものをたくさん食べることができました。
6は朝からIpohに向かい、街歩きをしました。駅周辺にはたくさんの歴史的な建築物が残っていました。Ipohは、日本も関わった戦争で多くのイギリス人が亡くなったためにその石碑があったり、日本人の売春婦やアヘン問題などのダークな一面もある場所でした。また、極楽洞やケリーズキャッスルを訪れるなど観光らしい観光もすることができました。
7は再びKLに戻り、プトラジャヤサイバージャヤに向かいました。そこではプトラジャヤのピンクモスクやレインボーに光るブリッジがあったりと綺麗な夜景を楽しんだり、かの高級ながあります。大変好運なことに、そこで比較的安価にホテルインスペクション(ホテル滞在)をさせていただくことができました。

現地で感じたこととしては、UTARで中華系、インド系以外(マレー人)の学生を一度も目にしなかったのが大変印象的でありました。服装にムスリム基準の規定があったり、教員にマレー人は存在するものの、私立であることから民族比(※ブミプトラ制度)の規定は特になく、ほとんどが華人で、一部インド人という感じでした。マラヤ大では華人とマレー人が一緒のグループになって仲良くしている姿を見ませんでしたが、UTARでは、華人とインド人で仲良くしている姿を見かけることがありました。マレーシアの学生で日本に興味がある学生は、日本語のレベルに差はあるものの、皆日本のアニメにすごく詳しくてネットなどで日本のアニメ文化に触れているようでした。いつも思うことなのですが、私自身がアニメについてほとんど無知なので、もっと知っていればよりスムーズに交流ができるのだと思います。

ついでですが、Ipohは美食の街と言われてるだけあって、もやしチキンやホーフェンがとっても美味でした。機会があれば(多分ないですが)、また訪れたいです。
posted by masutanis at 23:34| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マレーシア合宿

北マレーシアのペラ州イポーにて8/3から8/8まで海外合宿を行いました。
私たちが訪れたイポーはマレーシア第3の都市と呼ばれる地であったため、クアラルンプールのような都会を想像していましたが、そのような大きい都市ではなく、のどかな雰囲気ももつ場所だと感じました。

マレーシアに訪れるのは1年生の早期体験プログラムでサラワク州を訪れてから2回目で、1年生のときに感じた『先住民族』の強いイメージとは違ったものでした。今回の合宿では、先住民族はイポーを訪れた際に駅前でバスに乗る先住民族の団体を見ただけで、実際に関わることはありませんでした。
今回の合宿では『多民族国家』であるというイメージが強く残っています。毎食口にした様々なタイプの料理によって、インド系、マレー系、中国系それぞれの民族によりマレーシアという国が構成されているということを感じました。
現在は華人が減少しているようで、マレーシアは国内に国際問題を抱えこんでいる国とも言うようです。
クアラルンプールで1泊したのですが、まず朝起きた時に外からコーランが大きい音量で聞こえてくることに驚きました。これに対して、華人はエキゾチックで良いと思う人もいればうるさいと思う人もいるようです。
朝食を食べるのにホテルの周りを軽く散策したのですが、ヒンドゥー教の寺院があったり、キリスト教の教会があったりと、様々な色を感じました。

あと道端に檻に入った猿がいたのが衝撃的でした。(笑)謎です。


合宿2日目からはペラ州カンパールへ移動し、UTARで日本語を学ぶ学生との交流がありました。
学生は基本的に真面目な印象で、何となく適当なイメージのある東南アジアと少し違っていました。(わたしにとって比較対象のフィリピンの学生が適当すぎたのかもしれないですが。)
日本語クラブの学生は、日本でいうオタクと同じテンションだったような印象です(笑)アニソンに合わせて真面目に踊ってる子とか、日本のオタクの人と盛り上がりそうだなと見てて思いました。アニメや漫画の力って凄いなと単純に感じました。
学生の中には日本に留学する予定のある子ももいて、お金持ちの学生が通う大学なのだろうと思いました。
UTARの学生は華人が多かったような気がします。


イポー市の観光はウォールアートやおしゃれなカフェなどがあるお店を見たり、植民地時代の建物を見たりしました。
植民地時代の建物をめぐる町歩きでは、日本の植民地時代に関わるお話もでてきて、ここで暮らす人々にとっての日本人のイメージはどういったものなのだろうと感じました。
また、イポー市が日本の福岡市と姉妹都市であったことも知らなかったので驚きました。

ペラ州イポーはマレーシア第3の都市とのことでしたが、のどかな雰囲気もあって、都会っぽくない印象が良かったです。
おしゃれな街、という印象です。

ペラ州は錫がよく取れたことで有名な地で、それに関する博物館がカンパールにもイポーにもありました。


最終日に宿泊したプトラジャヤのシャングリラホテルについては、外観が少し古くさくて不安に思いましたが中は綺麗でした。
スイートルームを見せていただくことができて、118部屋あるうちの5部屋がスイートルームとのことでした。
presidential sweetという部屋にはシラク大統領やシューマッハも泊まったことがあるそうです。
客室稼働率は50パーセントとのことでした。

プトラジャヤという都市は新しい都市で、1990年の新都心計画によって開発された都市のようです。シャングリラホテルの敷地内にあるパークにあったモニュメントに、2020年までに先進国入りを目指すという記載があり、たしかに綺麗な整った都市のプトラジャヤだけを見れば、先進国入りも近いのかなと感じました。
プトラジャヤは道路も整備されていて綺麗な建物が多く、首相官邸や国会?もあり、日本の国会議事堂のあるあたりのような印象でした。


今回の合宿はクアラルンプール、カンパール、イポー、プトラジャヤと違った顔を持つマレーシアの都市を見ることができ、マレーシアに対する印象が変わりました。
ルックイースト政策は現在も進行中のようですが、先進国入りは果たすのでしょうか。


3年 竹中玲香
posted by masutanis at 20:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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