2010年10月11日

エジプト旅行〜トラブった編〜

それは私が小学1年生くらいのことだっただろうか。家族でエジプトへ旅行に行った時のことである。エジプトといえば有名なのはギザのピラミッド。それはエジプト国王の墓として知られているが、今から何千年も前、もちろん科学技術など発達していない時代にどうしてあんな巨大なものをいくつも作ることが出来たのか、未だ多くの謎に包まれている。観光客はその墓の中に入ることが出来るが外から見る壮大さとは打って変わり中は暗く肌寒く、その上歩く通路の幅は狭い。両親や姉が身をかがめて歩く姿を横目に当時幼く小さかった私はそんなことはお構いなしにズンズンと奥へ進んで行った。ピラミッドへはラクダに乗って行くのが普通であるが、行きで不安定なラクダの背なかにすっかり怖気づいてしまった私は、ピラミッドからの帰り道、歩くことをチョイス。母が乗ったラクダの綱を引いていたお兄さんに手をつないでもらい、ラクダには乗らずに歩いて帰ったことはここだけの秘密にしておいていただきたい。
 事件が起きたのはその次の日の朝だった。朝目が覚めてから、「おはよう」を言いに両親の下へ行った私の顔を見て母が叫び、父も目を丸くした。
「あんたその顔どうしたの。」
何事かと思い浴室にかけこんだ私を待っていたのは、顔中を赤いプツプツに侵された私の姿であった。一瞬誰かと思ったが私であることに間違いはなかった。
「昨日の夜食べたザクロにあたったのかしらねぇ。」
なるほど、そう言えば昨日の夜に家族皆でザクロを食べた。いや、待てよ。もしそれが本当だとしたら家族全員に発疹が出ても良いはずだ。しかしこの赤いプツプツに侵されたのは私と姉の二人だけなのだ。
「でも発疹が出ているのは顔だけで体には出てないわね。」
うむ、確かに体には出ていない。ん? この痒みは一体何なのだ。

 そんなこんなで家族会議を30分ほどした後、私たち娘が侵されたこの赤いプツプツの原因が何と蚊に刺されだということが判明。体は布団の中に入っていたため刺されなかったというわけだ。それにしても顔だけで20か所以上刺されるという経験はその当時6年間生きてきた中で初めてだったし、20歳になった今も経験したことがない。エジプトに行った思い出というと家族の中で真っ先に出てくるのはその話であるが、今となっては笑い話だ。
 あの時、日本のお化け代表である“お岩さん”と怖い顔対決をしていたら勝っていたのは私であっただろう。


2年 SF


posted by 09ふむろ at 17:22| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月10日

私が今までで一番苦労した旅行

私は高校3年生の学校のない2月の間を利用して、オーストラリアに2週間の超短期留学をしに行きました。私は小学4年生の時からテニスに打ち込んでいて、さらなるレベルアップを目指しテニス留学という形で一人でオーストラリアへ行きました。とにかくテニスがうまくなりたい一心で決心したもので自分が英語が全く話せないことなど考えもせず留学してしまったため、現地についてからというもの非常に苦労をしました。
わたしは出発をする際、万全の準備ができているという勘違いのもとオーストラリアへ気持ちよく出発しました。しかしそれもつかの間、現地の空港についていきなりトラブルを起こしてしまいました。乗り換えをする際、今自分がどこにいるのかわからない状態の中、荷物を違うターミナルで預けてしまいました。荷物を預けた後に乗り換えをしたいのに一向に自分がいるターミナルの中に自分が乗るはずの乗り場がないのです。どんどん焦り始めた私は半べそ状態で走り始めました、途中グランドホステスの方に自分のチケットを見せて案内の催促を試みたが・・・何を言っているのか全くわからない。とりあえずOK!Thanks!とだけ言ってまた半べそになりながら走り始めました。どんどん飛行機が出発する時間が迫っていました。そしてようやく日本人スタッフを見つけました。日本人スタッフの方に乗り換えは違うターミナルであることを聞き、急いで移動しました。あっ・・じゃあさっき預けた荷物は・・。僕は先ほど預けた荷物を日本人スタッフの方と一緒に死に物狂いで探しだしました。しかし荷物がない。もしかして違う飛行機にのってどこかへ飛んで行ってしまたのかという疑惑のなか必死に荷物を探しました。そして1時間後、ようやく荷物が見つかりました。僕とスタッフさんはもうへとへと。僕は準備が万全だという勘違いのおかげで乗り継ぎの飛行機に乗れませんでした。すぐにチケットを変更していただき、次の便で乗り継ぐことになりました。つい何時間前までのあのうきうき感は何だったのだろうと思いながらやっと飛行機にのり、目的の場所アデレードに到着しました。この時感じたことが、留学は日本での準備の時点から始っているということでした。
私は幸先の悪いスタートになりましたが留学をスタートさせました。アデレードについた時点ですでにへとへとでしたが、その日は手続きや挨拶を済ませたあとお世話になるテニスクラブで軽くテニスをしホームステイ場所へと行きました。出迎えてくれたのはボスニアヘルツェコビナの老夫婦でした。とても優しそうな2人は暖かく迎えてくれ、夜には近くのカフェでパンケーキをご馳走してくれました。
そして次の日からついにトレーニングが始まり、始まりは朝の8時から終わりは夜の6時まで練習やトレーニングに励む日々が続きました。とても厳しいトレーニングばかりでしたが本当に一日一日が充実していました。オーストラリアの練習は日本とは違いとてもアットホームな雰囲気の中一人一人が自由に楽しくやっているイメージでした。当時日本で私が通っていた高校の練習は非常に厳しく自主性もなく、完全に監督の支配下の中で息詰まる練習、生活を送っていました。そのためなにか自分が解き放たれた感覚になり自由にトレーニングに取り組める幸せを感じながらのトレーニングをすることができました。また練習やトレーニングは幸先が悪かった割には非常に充実していた反面、私は自分の英語の力のなさでかなり苦労し、もったいないことをしました。ホームステイ先ではうまくコミュニケーションがとれず少し引きこもりがちになってしまいました。また練習でもせっかくアドバイスをいただいたのに理解することができず自分のものにすることができませんでした。私はむしろ英語やコミュニケーション能力の乏しさにより苦労したというより損をしたわけです。そしてここでは一人一人の自主性を大事にしすべて自分で管理し早い年齢から独立した人間性が確立されているなという印象を受けました。一人一人の自己主張の強さもとても印象的でした。ここでは日本のように過保護に扱われることはないので自分からアピールして意見を伝えなければ理解してもらえない現実が存在していて、その点が自分が一番苦労した点でもありました。しかし関心したのが自分よりはるかに幼い子供たちが堂々と自分の意見を主張している点でした。ここに文化の違いを感じるとともに刺激を受けました。
私はこの留学で技術以外のことで多くのことを学ぶことができました。まずは準備の大切さ。準備にはもっと慎重に時間をかけて取り組むべきでした。そして自己アピールすることの大切さ。日本では協調性が重視されることが多いため自分の意見があったとしても周りに合わせるといったケースはよくあります。私もそれは正しいと思っていましたがオーストラリアでの経験により、この常識を見直すことができました。私はもっともっと海外に出て一つでも多くこの常識を見直す経験をしたいとこの留学を通じて感じました。
話題がなく旅行ではなく留学に関するものになってしまいました。申し訳ありません。


2年 松沼豊人
posted by 09まつぬま at 00:41| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

日本は誰のもの?


万博についてのみに焦点を当てて報告したいと思います。

突然ですが、正直な話、誰もが少しは思ったかもしれませんが中国館やサウジアラビア館に比べるまでもなく、僭越ながら日本館は満足のいくものではなかったです。特に私はそう感じました。

当然、万博はもちろん上海合宿は非常に貴重な体験であり大学2年の時にゼミ合宿として仲間とあのような経験をできた事は本当に大切なものを頂けたと考えています。

だけどもここでは敢えて勉強として上海合宿でいちばん強く感じた事、つまりは私が上海万博に行って日本館を観た事での思いを述べたいと思います。

……とにかく、私は日本館の出来,内容に納得する事ができなかったという話です。

「4時間弱並んで自分としては満足できる内容でなくて残念」や
「ディズニーのアトラクションのほうが楽しめたのではないか」
といった個人的に楽しめたかそうでないかという問題ではなく(実際、非常に楽しませて頂いた)

ただその楽しみ方は自分の中で興味のあるテーマを発見する事ができて、それを考える楽しさだったという話です。


とにかく私は、日本館の最後で演劇が終わった後に外国人観光客が「つまらなかった」と言った事が、自分の事を言われたように辛く、それについて考える事がたまらなく面白かったです。

「万博来場者からすれば日本館≒日本になってもおかしくない」

「日本のイメージ,文化,主張は、この日本館によってのみ形成されている」

「それは、この日本館の作成に携わった人達のみが万博における(世界における)日本の像を形成する力がある事になる」

「昔から万国博覧会といえば各国に自国の文化や技術を紹介する絶好の機会であり、どこも国を挙げて素晴らしいパビリオンの完成を目指した。現代でも自国の国力顕示が一番の目標に目指されているのか」

「全て物事の目的は人それぞれに思うけど、万博は,日本館は何を目的とされているのか。万博のテーマは『より良い生活を』といったものだったが、日本館は従来通り(?)日本文化の紹介,国力顕示が目指されていたのか。」

「だとしたら、私からしたらもっと顕示すべき国力は日本に多様に存在すると思うし、言ってしまえば間違っているようにさえ思う(正解とか存在しないはずですが)」

「日本館は誰が何を思ってあのように造られたのか。もし例えば日本館に性的な出し物が大量に用意されていたら、外国人に日本は好色な文化というイメージを容易に植え付ける事ができるのではないか(その真意はさておき)」

「国力顕示を、文化紹介を目指したパビリオンだとしたら『つまらない』と言われる事はこの上ない失敗ではないのか?」

…そのような事を思いながら、万博の持つ影響力や目的,意識の問題。人によって異なる基準の難しさや、自分の『日本を大切に思う気持ち』など、色々な価値に気づかせて頂きました。

だからこそ、私は自国のパビリオンを「退屈だ」と言われた事がとてもショックでならなかったです。

例えばの話、もし私が日本館の総監督(?)になれるとしたら、もちろん日本を『自分の考える』最高の形で表現したいです。
例えば万博来場者は足が疲れている人が多いであろうから、ディズニーランドのイッツ・ア・スモールワールドのような低速の乗り物に乗りながら周囲で日本文化を主張する事で『日本=心地よい
』という印象を与える事のできる建物をつくりたいと考えたりしました。

ただ、それと同時にまた日本館の関係者は彼らなりの『最高の日本』をアピールするためにあのパビリオンを作ったとも考えられる話で、
『ただ、それは私の考えるものとは大きく嗜好が違う』…もはや、好みの違いにも思いました。

例えば、天皇が総指揮を執ったからと言ってその日本館が『誰の目にも最高な日本館』になるわけがない。絶対的な最高なんてどこにもあってはいけないと私は考えています。

私は、私の力で私が最高と思う日本の像を異国文化に届けたい。

この変な愛国心にまみれた思いの確認が、上海万博で私が強く思った事です。

否定的な視点でいる事は申し訳ないし子供っぽいとも言われるけども、現状に否定的な視線を送り続けるなかで、私はより良いと自分で考える将来を築いて自分で納得したいです。

ゼミ合宿、ありがとうございました!
舛谷ゼミ 2年 遠藤 圭介
posted by masutanis at 14:55| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上海合宿

 投稿遅くなってすみません。私が今までで一番大変だった旅行として上海合宿の感想を書こうと思います。詳しい日程は他の方を参考にして頂くとして、印象に残った出来事だけ書いていきます。

【言語】
 私は第二外国語として中国語を選択しているので、この合宿でどれだけ中国語を話せるかを個人的なテーマにしていました。と言いながらもどうせ実際使うのは英語なんだろうなあと思っていたら、驚くほど英語が通じない!有名な観光地の店員さんですら簡単な英語も話せないなんて、欧米人の方々は一体どうしているのでしょうか。万博のインフォメーションセンターですら英語が通じず、英語でおみやげ屋さんの場所を聞いてもお姉さんは困った表情を浮かべるばかり。むなしく響くわたしの「Where is a souvenir shop?」の声・・・。見かねた隣のお姉さんが後ろからお兄さんを呼んできてくれほっとしたのもつかの間、お兄さんに「どうしました?」と流暢な日本語で聞かれ、日本語が通じるなら早く言ってくれよと思いました。
 また万博の地図で各パビリオンの国名がすべて中国語で表記されていることも非常に困りました。漢字だけ見てどこの国かを当てるというクイズで最初は盛り上がりましたが、答えがわからないためすぐに飽き、地図はそのまま鞄の奥底へ。万博という世界的なイベントなのだからもう少し言語に対する配慮が必要だと感じました。それとも私がもらった地図がたまたま中国語表記だっただけなのでしょうか?
 そんな環境なので、必然的に中国語が求められ、数少ない中国語の知識を総動員しての旅となりました。はじめは発音や文法に自信が持てずほとんど話せなかったのですが、次第に慣れてきて(開き直って?)お店の人に値引き交渉をしたり、私たちだけでタクシーに乗ったりと簡単な会話ができて嬉しかったです。
 また、唯一と言っていいほど私が覚えていた中国語「过奖、过奖」(褒めすぎ、褒めすぎ)。1度使ってみたいと思っていましたが、日本でもあまり褒められない私が果たして中国人に褒められることはあるのでしょうか。日程が終わりに近づき、この単語を使うのを半ば諦めかけていたそのとき、現地の学生が私に「いつもみんなの中心にいるね」と言ってくれたのです!すかさず「过奖、过奖」と言うと、彼女は笑ってくれました。この旅で1番嬉しかった出来事かもしれません。


【上海の街と人】
 日本にも「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という言葉がありますが、中国の交通マナーの悪さは本当に驚きでした。信号おかまいなしに隙あらば、いや隙がなくても進もうとするのです。信号は申し訳程度にあるだけでした。クラクションが怒声のように飛び交っている様子は、はじめはとても怖く、マナーの悪さに苛々していましたが、人間何事も慣れるものですね。1週間もすると信号無視に対する罪悪感は消え去り、少しの隙を見つけるとそこから道路を横断するようになりました。人間の適応能力には驚かされます。
 また中国人は態度が悪かったです。まず衝撃だったのがコンビニ店員の態度の悪さ。通路でぶつかっても謝らないし、レジでは小銭で支払えと勝手に財布を奪う始末。バスの運転手は横柄だし、レストランの店員も態度がでかいしで、日本ではあり得ないことだなと思い、愛想笑いという文化が日本独自のものだと改めて気付かされました。しかし案内してくれた華東師範大学の学生さんは本当に親切で、以前中国語の授業で、中国人はお客さんをもてなすことにとても力をいれると教わったことを思い出しました。彼らもコンビニでアルバイトしたら、あのような横柄な接客態度をとるのだろうかと思うと、なんだか不思議な感じがします。
 上海の食事はあまり私の好みではありませんでした。日本では中華料理は大人気で私もよく食べるので、本場で食べる中華料理を楽しみにしていたのですが、私が想像していたものとかけ離れていました。よくわからない食材がよくわからない香辛料で味付けしてあり、食べられなくもないけど好んで食べたくはないようなものがずらりと並ぶ中華テーブル。この調子で1週間やっていけるのかと正直不安になりました。しかしそんな中でも気に入る料理はあるもので、華東師範大学の学食で食べたとうもろこしに衣をつけて揚げたおかし?は個人的に大ヒットでした。やめられない止まらない、あとをひく美味しさで中華テーブルを回す手が止まりませんでした。とうもろこしの甘さと衣の甘さが奏でるハーモニーが絶妙で、思い出すだけでもまた食べたくなってきます。日本に帰ってから【とうもろこし 中国 お菓子】で検索したのですが、うまくヒットしません。せめて料理名だけでも分かれば・・・。
 日本で食べる中華料理は日本人向けの味付けになっており、中華料理とはまた別モノで、日本と中国の文化が混淆して新たな食のジャンルとなっているように感じました。



 上海は高いビルや綺麗な夜景が存在する一方、中国の歴史を感じさせる場所もあり、新しさと古さが混在したとても魅力的な街でした。前進していく強い力のある上海のような街で暮らし、発展を体感できたら素敵なことだろうと思います。上海万博によってごみのポイ捨てがなくなりつつあるように、文化や経済が発展していくとマナーやモラルも向上していきます。10年後にまた上海を訪れたときに、街並だけでなく生活している人がどのように変わっていくのかも興味深いです。個人的に今の中国人の図々しさは好きなので、寂しくも感じますが・・・。

ゼミ合宿からもう1か月も経つんですね。細かい思い出は消えていくのに、私はいまでも中国のアニメの映像が頭から離れません。海宝くんと気持ち悪いパンダが恋しいです。




2年 毛塚悠香里
posted by 09けづか at 05:20| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゼミ上海合宿(本番)

約一か月前に私たちは上海にゼミ合宿に行った訳ですが、そこでの出来事について印象に残ったことをジャンルごとにまとめて書いていきたいと思います。また、それぞれ予想外だったことなどについても触れていきたいと思います。

@食べものについて

上海に行く前、中華料理と言えばエビチリ・麻婆豆腐・チンジャオロース・餃子などが出てきますが、実際に中国に行ってみてそれが日本人特有の゛中華料理゛だったことに気づかされました。私たちが向こうで食べた物はあら汁・脂っぽい炒め物・日本では馴染みのない食材を使った料理など、私たちがほぼ初めて見たものばかりでした。日本人と中国人の間にやはり微妙な感覚の差があるように味覚にも差があるようで、お世辞にもおいしいとは言えないものも多々ありました。また、比較的おいしいと思っていたあら汁でさえも味噌汁には断然劣ると思ったし、炒め物だって日本の調味料で味付けされたものの方がおいしいと思ったし、中国人にとって馴染みのない日本特有の食べものである納豆や生魚なども中国のものよりは百倍ましではないかと思ってしまいました。やはり、日本の食べものはすごくおいしかったのだと改めて感じました。しかし、ひとつ疑問点が残りました。先ほど味覚の違いを話に出しましたが、では中国人の味覚からすると日本の料理はどう感じられるのでしょうか?やはりおいしいのか、はたまた中国の現地の料理の方が舌になじみ深くておいしいと感じるのか……。ぜひ調べてみたいと思いました。


A中国人のマナーについて

これは私がこのゼミ旅行で最も苦戦したことの一つでもあります。
〜コンビニ編〜
T…100元札で5元くらいの商品を買おうとしたところ(日本で言う1万円札で100円のものを買う感覚)、「無理無理」と取り合ってくれなかった。私はそれが客をなめきったような態度に感じてしまい、非常に腹立たしく感じた。
→日本ならば、絶対に想定して用意してある。たとえ無理にしてももっと言いかたがあるだろうに。

U…夜コンビニに行ったところ、たぶん客があまり来ないと思っていたのだろう、フロアに座るものを持ち込んで店員全員がトウキビを食べていた。私たちが来店したのに気づいたにも関わらず食べるのをやめない、およびわたしにも勧めてくる。
→こんなことは日本では考えられない。誰もする人がいないし、しないが常識として日本人の頭にはあるから。しかし、みんなの常識が違えば立ち振る舞いの大きく変わってくる、怖いけどある意味興味深い事柄に触れたと思った。

〜交通編〜
T…バイクが多い、みんな信号を守らない、運転が荒すぎる。上でも書いたように、それが中国では普通のことなのでみんながそうしても批判されないし、誰もが同じようにひどい状況を受け入れ、実行している。
→交通ルールがあってみんなが割と守っている日本、その安全な国で暮らす快適さを中国の人も分かったら絶対真似したくなると思うのになあ

U…電車での出来事。満員電車の扉付近に立っている人が駅で停車したときに降りたい人や乗りたい人に場所を譲らず踏ん張ってその場から絶対動きまいとする。
→日本はやはり「ゆずりあい」の心を誰もが少しずつでも持っている良い国だと再確認し、日本に生まれてよかったと思った。日本では扉付近の人は一旦降りたりして降りやすいように乗りやすいように気を使う人も多い。当たり前のことだと思っていたが、やはり素晴らしいことだと思った。


このように、中国旅行で中国の日本との歴然とした違いに大いに戸惑ったが、そのおかげで日本の良さを再確認出来たという点ではとても有益な旅になったと思う。しかし、ただ中国の悪いところをみて嫌な気持ちになっただけではない。一見横暴に見える中国の人々の態度も、立ち止まって譲ってばかりいたら置いていかれてしまうという強い気持ち、なにに対しても挑戦的に向かっていくエネルギーの表れなのだということも分かった。国が違えば、国民の考え方や態度も全然違ってくるのだというのを、理屈だけじゃなくて実際に体験できたのは一番良かったことではないかと思った。


2年 阿部
posted by 09あべ at 02:08| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月03日

上海合宿

私の中国に対するイメージは「中国語がきてる」とか「中国は発展してる」とかテレビや授業で聞いてきたので、中国はもう世界で1、2を争うくらい発展してるんだろうなと思っていました。しかし、実際に中国に行ってみるとまぁ空港は綺麗だったんですけど、大学の付近に近づくにつれ汚いし、バスを降りた瞬間漂う異臭にはかなり驚きました。また、コンビニの店員の対応の悪さ。日本ではお客様は神様みたいな対応なのに中国では売ってやってんだろ有り難く思え的な対応で、ムカつきました。しかも私はバイトをコンビニでやっているので、とても目につきました。あと中国で一番印象に残ったのが、トイレです。中国に行ってまで一番がそれかよってかんじなんですが、私にとって重要でした。まず、トイレットペーパーがないのが当たり前。次に使った紙はゴミ箱へ。そうとう臭くて吐きそうでした。中国で色々なトイレ体験をした私ですがついに想像をこえたトイレが現れました。そのトイレというのが仕切りは確かにあるんですが、ドアを開けた中には溝しかないんです。入っ
たとき「これはトイレなのか?」という疑問が頭をよぎりました。さらに流すレバーがないと思ったら一斉にに流れていくものだったんです。これは一生に一度しかない体験だろうなと思いました。

上海万博では日本館が時間をかけて並んだ割りに日本人として余り楽しめるものではなかったのが悲しかったです。見た目の形状は目をつぶるとしても中で展示されているものが、中国を贔屓しているように見えて日本の立場は弱いのかなと心配にもなりました。最後の方にある劇みたいなのは日本というよりむしろ中国というかんじのもので、ある意味シュールでおもしろかったんですがやっぱりそこまで楽しめませんでした。他にモロッコとかパキスタンとかも見たんですが、モロッコ館は見た目もアラジンとかにでてくるようなお城の形をしていて中もかわいく気に入りました。


とりあえずカルチャーショックばかりの合宿でしたが、中国に行かなかったら絶対経験できないことがたくさん経験できたのでよかったのではないかと思います。
posted by masutanis at 12:21| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

上海合宿


私の今年の夏の2大イベントの一つであった5泊6日の上海合宿について書こうと思います。上海では、毎日が充実しすぎていて全てのことをひとつずつ書いていたらきりがなさそうなので、いくつかピックアップしたいと思います。

まずは華東師範大学の学生との交流です。事前に先生から現地の学生とディスカッションをすると聞いていたので、英語で話す心構えをしていたのですが、彼らは本当に日本語が堪能で驚きました。また彼らが大学に入学してから日本語の勉強を始めたことを知り、私も大学で習い始めた中国語の勉強をもっと頑張ろうと刺激を受けました。ディスカッションを通して、彼らも私たちと同じようにこれから先、日本と中国が更に友好な関係になっていってほしいと思っていることを聞き、私たちの世代がそれぞれの国を引っ張っていく時なれば、戦争時代を生き抜いてきた日本人と中国人の間にできてしまった壁を壊していけるのではないかなと思いました。休日にも関わらず、私たちのために天候も悪い中、上海の名所である豫園を案内してくれて彼らにはたくさんお世話になりました。日本に彼らが訪れた時はぜひ恩返ししたい思います!
次に万博についてです。正直な感想は、少し期待はずれでした。万博はそれぞれの国の技術や文化を展示する場だと思っていたので、2時間以上並んで入った日本パビリオンを見終えた時に、少し物足りなさを感じました。もっともっと日本の素晴らしい技術や文化を紹介しても良かったのに…。今回は1日で日本、韓国、カンボジア、マレーシアパビリオンの4つしか回れませんでしたが、今度どこかの国で開催される万博に行く機会があれば何日間かかけて、参加している全ての国のパビリオンをぜひ見てみたいと感じました。
最後に、カルチャーショックについてです。横断歩道があっても人を優先せずに車が平気で走っていくので、信号があっても信号を見ずに車を見て渡ることや万博では、列に並んでいる時に進んでいないにも関わらず、どんどん後ろから押してくる人がいたり、日本人からすればマナーが悪いと思ってしまう部分がいくつかありました。多分それは日本人のものさしで見てしまっていたからだと思うし、日本と違う部分を見て日本の良い部分を再発見することもできたので良かったです。海外観光の良いところのひとつはカルチャーショックを経験できることなのだと改めて思いました。
それともうひとつ!上海の夜景は本当本当に綺麗で、夜景にひとり酔いしれていました。あと雑技団の演技は圧巻でした!中国だからこそなせる技なのではないかと思いました!

今回の上海合宿はハードスケジュールだったので、夜みんなで話で盛り上がったりする余裕もなく、朝早くから夜遅くまで上海の街を歩きまわっていましたが、とても濃い6日間でした。ゼミ生のみんなともっと仲良くなれたと思うし、また来年の夏もゼミ生のみんなでカルチャーショックを経験できることを今から楽しみにしています!そして上海合宿係の方々、お疲れさまでした!とても充実したゼミ合宿でした♪

2年 柄沢 陽子
posted by masutanis at 12:50| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゼミ上海合宿

一日目 @上海到着
    A大学およびホテル到着
    B一日目の夕飯
    C上海に初めて来ての感想
    
二日目 @もう一つのキャンパスに到着
    A学生との交流
      ↳会話の中で知ったこと・思ったこと
    B大学についての感想
    C新天地について
    D二日目の夕食

三日目 @上海万博について!
      ↳日本館
      ↳万博博物館
      ↳アフリカ館
      ↳カナダ館
      ↳フランス館
    A上海の景色?夜景?街並みについて(クルーズとか)

四日目 @水郷について
    A上海雑技団について

五日目 @よえんについて
    Aマッサージ
    B自由時間について

自分が思ったことのまとめ
    @上海の食事について
    A上海のマナーについて
    Bその他
                      とりあえず下書き!あとで追記します!!
                                      阿部
posted by 09あべ at 10:23| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上海ゼミ合宿


舛谷ゼミでの初の海外合宿、上海合宿は本当に、いろんなものを吸収しようと毎日精一杯目を見開いていた、そして結果得るもののとても多かった合宿であったと思います。毎日が刺激的でとても充実していました。

私が上海へ行く前のイメージとしては、とても近代化された、東京とほとんど変わらないような街なのだろうと考えていたのですが、空港から大学へ向かうバスでの景色はそのイメージとは大きく異なっていました。実はずっと遅れている、というか…日本のレトロ、工業地帯のようなイメージで、私は最貧国の1つと言われるバングラデシュを訪れた経験があるのですが、その街並みとすごく似通ったところがあることに驚きました。屋台のような、露店が沢山あったり、車やバイク、自転車が、大量に秩序なく、クラクションを鳴らしながら行き交っていたり。なんだかすごく“アジア”だなぁという感じがしました。日本も確かにアジアだけれど、でもその街並みとは全然違っていて、つまり日本という国は本当に、アジアの中でも欧米化された一国なのだなぁということを感じました。

上海万博。本当にこの世界は広いし、沢山の国々があって、その一つ一つに確かに独自の魅力がある、万博を訪れてそれをすごく実感しました。漠然としていますが、私は万博というのは本当に、すごく、いいなと思います。何かそれぞれの良さを披露し合って、理解し合って認め合って、というものだし、全体をちゃんと歩いてみると、あぁ本当にそれぞれ違う国がこんなにもあるんだな、ということを実感できて、訪れたパビリオンのところには実際に行ってみたいと本当に思うし、大げさかもしれないけど、とても難しいことである“世界平和”の実現に、一歩近付けることのできる、数少ない手段の中の1つかな、と私は感じました。

朱家角観光もとてもおもしろかったです。最後一人で回ってみたのですが、とても有意義な時間でした。
みんなで回っているとやはり自分は日本人、という感覚が強く、どちらかというと上から下に行く感覚です。そこではとにかく、日本人としての自分の生活とは異なる点ばかりが、不満を伴い目につきます。何か臭い、トイレが汚い、人の態度が悪い、マナーが悪い…
ですが1人になると、途端に全てが個性に変わり、魅力に思えます。郷に入ったら郷に従え的な気持ちで、自分はこの国を訪れさせてもらっている、この国独自の個性、雰囲気を、味わわさせてもらっている、そういう気持ちになるのです。すると自然に尊重する気持ちが強くなるし、匂いも汚れも人の態度も、悪いものではなくておもしろいなぁと思えました。

私は中国が発展していく上で、独特なこの繁雑さ、むきだしな感じが薄れていくであろうことは、とても寂しくもったいないように思います。
匂いが無ければいい、全てが小綺麗になればいい、人々の態度が良くなればいい、そうすれば中国はもっと良くなる、ということではないのだと思います。
自分の国の当たり前をものさしにして、それに全てを当てはめるのが正しいという考え方は、違うような気がします。
もっと違いを尊厳の気持ちを持って受け止めて、魅力として理解して、その異国情緒を味わうような旅の仕方をしていきたいなと私は思いました。


今回の合宿を通して、私は上海という街が好きになりました。エネルギッシュでむきだしで、そのカオスっぷりは魅力的でした。
鮫島さんも言っていましたが、上海は、えっ?と思うくらいに発展していないような場所もあれば、新天地のように洗練された、表参道みたいな場所もあり、田子坊のように個性的で、人種のるつぼのような場所もあれば、豫園のようにTHE中国!みたいな場所もあって、
さらに浦東周辺のアホみたいにド派手な夜景と、その向かいには外灘の、租界時代からのヨーロッパの建物郡の重厚な夜景との時代のコラボレーションのようなものも見れたり、
その振り幅は本当に大きくておもしろすぎます。
また、上海という都市は今、目に見えてどんどん発展していっている都市で、その“都市の成長”という過程を見て、実際にその変化を感じることができるのは中々ないし、そこは正に上海ならではだと。
鮫島さんや鳥本さんのように、上海という街に惚れ込んで生活までしている方たちから伺うその魅力は、なるほどという感じでとてもおもしろいものでした。

“好き”や“憧れ”をつきつめて自分のものにしていくことは、どんなにか素晴らしいことだろう、とあたしもそうありたいと、
沢山の人や街や物事の、そのものなりの輝きを見せつけられて、その輝きに触れて、自分をもっともっと輝き出したい!そんな風に思わせてくれた、上海合宿でした!!
ゼミメンバーのみんなの輝きもたくさん見れました!そしてみんなをもっともっと知りたいなぁと思いました!

本当に合宿ではありがとうございました(T_T)*゜


寺田来未
posted by masutanis at 10:18| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上海合宿

7日〜12日にかけて上海へ行ってきました


*上海の観光名所について


今回かなりのハードスケジュールだったのですが
よくこの人数でこれだけのスケジュールを無事こなせたなあと思います。
訪れた順に振り返ってみると
・新天地
・豫園(夜景)
・外灘(黄浦でクルーズも)
・朱家角
・上海雑技団
・豫園(昼間)
・田子坊
・ワールドフィナンシャルセンター
などです。
 新天地はおいしそうなマンゴーかき氷を食べたくて鈴木さんと鮫島さんに連れて行っていただいたのに結局そのメニューは期間が終わっていて食べれませんでした、残念。でもお土産も買えたし雰囲気のある場所で行った価値はありました。
 夜の豫園は本当にド派手でした。先に行った新天地は中国らしいイメージとは異なっていたので、この豫園の中国らしい夜景をみて中国にやってきたのだなぁと実感できました。
 外灘は、万博のあとだったのでもうついた頃にはみんなへとへとな状態だったと思います。でも確かに夜景はすごくきれいだったし、やっぱり派手で圧倒されました。近未来な印象を受ける夜景と、欧風な印象を受ける夜景が黄浦をはさんで対照的に広がっていてちょっと変わった風景でもありました。
 朱家角はちょっと郊外までバスに乗って移動しました。水郷の村でしたが、確かに観光地化されていて驚きました。お土産をうっているお店や食べ物のお店は数え切れないほどあるし、ちょっとおしゃれなカフェもたくさん。カフェはかわいいしくつろげたから、こういうお店があって嬉しい、と思う反面この村に不似合いなのでは?と疑問に思ってしまいました。この朱家角では既に先生は帰国していたので鮫島さんがサポートしてくださいました!
 上海雑技団は本当に面白かったです!中国語の教科書についてるDVDで見ると、本当に大したことないように思えるので正直期待していなかったのですが、想像していたものの5倍は楽しかったです。確かにDVDでみるとおりシュールだし、サーカスのような豪華さは無いですが、本当に、とにかくすごいの一言でした。行ってよかったと思えました。
 昼間の豫園はまたかなり違った顔を見せてくれました。昔からある中国の名園、といった印象で、個人的には夜よりも好きだなと思います。
 田子坊はガイドブックで見るよりもずっと魅力的な場所でした。新天地と似てると聞いていましたが、私はこっちのほうがずっと好きです。おしゃれなオープンカフェや雑貨屋がたくさんあったり、きれいな絵や写真が置いてあるお店が立ち並んでいて、どのお店に入っても本当にたのしかったです。
 ワールドフィナンシャルセンターは世界一高い展望台らしいです。上海の夜景が一望できて幸せでした。




*上海の文化や環境
 上海ではとにかくトイレが辛かったです。
紙は備え付けてないのがほとんどだし
基本的に便器に紙を流すと詰まってしまうし
鍵を閉めない人もいるし
そもそも鍵が閉まらないところもあるし
トイレに入るたび、やっぱり日本はいいなと思わずに入られませんでした。
 あとは水が臭いことにもうんざりしました。
シャワーが臭いから髪も臭くなるし、飲み込んだりしないように必死になってました。
 他にも、中国の人はやっぱり人としてのマナーにかける部分があるなと思うときが多々ありました。例えば列に並ばなかったり、交通ルールも全く守らなかったり。
 でもその反面すごくいいなと思ったところももちろんあります。まずタクシーを含め交通費が格安なこと。これは観光客としてきている私たちにとってすごくありがたいことでした。また、中国の方々は一旦知り合いになるとものすごく親切でした。




*上海の食べ物について
 私は正直言って中華料理が嫌いです!でも今回の合宿でいろんなものに挑戦してみました。小龍包がちょっと日本で食べる味とは違う気がしましたが、それでもすごくおいしかったです。食べたことのないものにまでチャレンジしてみましたがやっぱり全体的に苦手でした。小龍包以外でおいしいと思ったものを思い出そうとしましたがあまりよく覚えてません。苦手を克服できたらいいと思いましたが無理みたいです…。




*上海万博について
 私は日本館と、代表者として中国館にも入らせていただきました。
 ・日本館について
 日本館は2時間半〜3時間ぐらい並んだと思いますが、日本のことよりも、日中関係のことが中心で、イメージしていたのとは大分違うものでした。しかも中は撮影禁止なのにもかかわらず、フラッシュの量がすごかったのでそのマナーの悪さも改めて実感しました。朱鷺の衣装を着た鮫島さんに会えたことはうれしかったです!
 ・中国館について
 日本館を見た後だと中国館は大迫力でした。まず建物の大きさも近寄ってみると遠くで見たときのイメージよりも遥かに大きいし、中の施設も断然日本館よりも凝った物でした。中国の近現代の歴史を振り返る映像があったり国宝が置いてあったり、アトラクションのような小さな乗り物までありました。展望台のようにガラス張りになっているところもあって、パビリオンや上海市内が一望できました。本当にすごい。






上海はめまぐるしく成長してるようだけど、もう少し人々のモラルも成長してほしいかな、という気がしました。
もっともっと街全体が成長してから、また訪れて変化の結果を見てみたいとも思いました。
そのために中国語頑張ります。




今回の合宿は集団行動がいかに大変かを思い知りました。それと同時にわざわざ忙しい中サポートしてくださった鮫島さん、鈴木さんに感謝したいです。ありがとうございました。
あと初日に会いに来てくださった立教OGの鳥本さんや市内の案内をしたり一緒にディスカッションをしていろいろ教えてくださった上海の学生の方たち、イン先生もありがとうございます。


ゼミ生のみなさんと先生もありがとうございました。
先生がいなくなって誰もサポートについてくれなくなってからも大きな問題は起こらず無事合宿を終えられたのは1人1人が頑張ったおかげかなと思います。このメンバーで本当によかったです。
おつかれさまでした!






2年 小島亜由美
posted by masutanis at 01:46| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

上海合宿




 2010年9月7日から12日まで上海へ行きました。私は、アジアを含め何カ国か旅をしましたが、下調べを十分にしなくても特別に困った経験がなかったので、今回も中国語や文化など知らなくてもなんとかなるだろうと思い、旅立ちました。

 しかし、上海に着いてからは驚きの連続でした。店員やタクシーの運転手、ましてや飛行機のCAでさえも英語をなかなかしゃべろうとしない。人にぶつかったり、順番を抜かしたり、足を踏んでもそれは普通で謝らない。信号はあってないようなもの。ヘルメットなしでバイクにのることも普通。トイレも普通のものから原始的なものまでありました。上海の街並や夜景、地下鉄のシステムなどを見るとすごく発展しているなと感じるのに、そこに住んでいる人々はその発展にまだおいついていないような感じがしたのが正直な感想です。

 華東師範大学の学生との交流は有意義なものでした。交流係として、事前に連絡をとっていた時は、お互いの意図をきちんと把握できているのか不安でしたが、実際に会うと、彼らの日本語の能力の高さに驚き、討論も楽しくできました。私は”万博”がテーマでしたが、日中間で考え方にズレがあったのがおもしろかったです。1つの例として、万博の土地に住んでいた人は政府により強制的に退去させらたという話を聞き、私はひどいなと思ったけれど、中国人学生たちは新しい家を与えられたからいいんだ、という話をしました。

自由行動の際も、私たちの観光を手伝ってくれ親切に接してくれました。文の冒頭に書いたような”中国人”の典型的なイメージとは別に、中国人学生たちにはとてもいい印象をもてたので、それはやはりこのような合宿で交流の場を持てたからだと思うのでよかったです。

 万博では、中国館を見学させていただきました。日本館を見た後だったというのもありましたが、すごく力が入っているように思いました。仕方のないことなのかもしれないけれど、中国を紹介する映像では明るい部分しか見せていなかった気がしました。CO2削減を謳うコーナーもありましたが、どれほど削減に力を今後入れていくのか、中国だけでなく日本を含め気になります。他の国のパビリオンをじっくり見学はできなかったけれど、やはり中国館ほど力を入れているパビリオンはなかったと思います。

 雑技団は素晴らしかったです。すべての芸に感動しました。ただ、終了後に子どもの団員たちがCDを売りつけてきたのは、さすがだと思いました。。。

 そして、英語が通じない、ということがどんなにつらいことか経験できました。マッサージを予約する際とスターバックスに行った際は英語がかなり通じ、特にスタバではわがまま(ホットチョコレートをアイスで作って、でも氷はいれないでというもの)も聞いてくれたので、その時は純粋に感動しました(笑)。ただ他の場所では全く英語が通じなかったので、欧米人など旅行していてどうしているのかと思いました。また、逆に、外国人が日本を訪ねるときも英語を通じないときがあると思うので、そこは日本が観光立国を目指すには改善していく点なんだろうなと、上海を訪れて思いました。

 とにかく、今回の合宿はとても楽しかったです。ゼミ生との仲も深まったと思うし、個人で行く海外旅行では経験できないことがたくさんありました。先生を始め、みなさんありがとうございました。



2年 宮本江梨子
posted by masutanis at 23:50| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上海合宿

9月7日から12日にかけて中国は上海へ。
はじめに正直なことを言っておくと、海外合宿の係りの人たちにまかせっきりにしていたこともあり、自分で中国やとくに万博の予備知識がほとんどない状態で臨んでしまいました。なので自主的に動くことができなかったのは今回の合宿の反省点です。
個人的には、毎日がとても濃い旅だったと思います。このブログではとりわけ印象にのこっていることについて書きます。


まずは、中国人について。僕は今まで海外に何度か行きましたが、英語圏ばかりでアジアへの旅行は初めてでした。自分の中での中国人のイメージは持っているつもりでしたが、そのイメージを遥かにうわまわる結果となりました。日本人と比べると常軌をいっするほどの不親切さ、わがままさには度肝をぬかれました。信号なんてあってないに等しいし、一番驚いたのは万博でのマナーの悪さでした。順番を抜かしたり、前の人を押したり。まあ、日本とは文化も違うわけですから向こうではそれがあたりまえなんでしょう。あれだけたくさんの人がいるので、我先に、という強い気持ちがなければやっていけないと思います。ただ、うれしかったことは、今回お世話になった華東師範大学の生徒さんたちがほんとうに親切だったことです。今回はこちらがゲストだったというのもありますが、細かいところまで面倒を見ていただきほんとうに助かりました。


次にメインイベントでもあった万博についてです。全部を見ていないのでデカイことは言えませんし、開催国だからということもあると思いますが中国館にはかなりの力が入っているのに対して他の国のパビリオンには首をかしげることが多かったです。正直日本館も、他の国のパビリオンにはいってしまいます。ぼくは日本で開催された愛知万博にも行きましたが、その時は日本の企業(トヨタや日立など)のパビリオンにかなり力が入っておりかなり楽しめました。当時、日本人として楽しめたからというのもあるかもしれないですが。ただ万博のような大規模な国際イベントに参加できたことはいい経験になりました。

今回の合宿で感じたのは、舛谷ゼミ2年は本当に仲が良い!それにもっと仲良くなれたと思います。このメンバーで行けたからという意味で付加価値も高まりました。みんなこれからもよろしくね。

最後に、舛谷先生をはじめとして鮫島さんや鈴木くん、ほかにも多くの方にたいへんお世話になりました。ありがとうございました。



演習2年  佐々木太一
posted by masutanis at 22:22| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゼミ合宿in上海

私は小学生の頃に北京、中学生の時に香港を訪れたことがあり、今回の上海でのゼミ合宿は私にとって3回目の中国だった。しかし、今までは旅行代理店のパッケージツアーを利用していたため、日本人向けの場所と日本人向けのサービス・食事ばかりで本当の中国の文化に全く触れずに擬似的な観光体験を積んでいたのだということに改めて気付かされた。
私にとって上海での旅は正にカルチャーショックの連続だった。訪れるレストランの食器は必ずどこかしら欠けているし、店員の態度は横柄だし、閉店時間ぎりぎりまで居たら店の電気消されかけたり・・・。まずこのようなサービスに関する日中間の差を大きく感じた。『お客様は神様』という考え方は日中国にはないのか?、と途中苛立つこともあった。しかし、自由行動の時に訪れたスターバックスでは世界共通のあの上質なサービスがあった。さすがはサービス界のグローバルスタンダード!と非常に感心させられた。今後グローバルスタンダードは中国から創出されるのでは…という見方が最近注目されているが、サービスに関してはチャイニーズスタンダードが世界の主流になることはまだまだなさそう
だなと感じた。

2日目の華東師範大学の学生の交流会の時に私は日中の教育制度について話し合った。そこで中国では幼稚園の頃から英語教育が始まるという話に非常に驚かされた。日本の大学生、特に推薦で入学したような私とは比べ物にならないほどの努力を積んで大学生になった彼らの日本語力の高さにも本当に驚いた。彼らの英語のレベルが日本人学生にそれとは遥かに高い次元にあり、更に次世代の世界語である中国語を生まれながらに身につける中国の学生のレベルは世界でも高水準にあると感じた。加えて彼らは本当に優しくて友好的だった。

中国は経済的な成長に対し文化がまだ追いついていない、という話を出国前に聞いた。BMWのような高級車が日本の何倍もあったり、ワールドフィナンシャルセンターのような超近代的な建築物が沢山立ち並ぶ一方で、サービスが不十分だったり、ゴミのポイ捨てが物凄かったり、タンを道に吐き捨てるする人が沢山いたり、トイレが尋常じゃなく汚かったり、殴り合いの喧嘩がいきなり始ったり・・・。技術的、経済的進化に対し文化やモラルが追いついていないのは明らかだった。
今思い出すと中年くらいの人たちにはほとんど英語が通じなかった。やはり世代によって教育制度に大きな差が生じていたようだ。その世代の狭間が一人っ子政策にあるのではないかと私は感じた。中国の一人っ子政策以降に誕生した人たちはやはり一人に費やせる教育費が格段に上がるから、おのずと教育レベルが向上したのではないだろうか。きっと今後の中国はより教育水準が上がり、人々のモラルや文化間にも大きな変化が出るのではないだろうか。今回交流した中国人学生がいい証拠だ。今から20年ほどの時が経ち、彼らが中国社会の中心を担うようになれば、文化が経済に匹敵し今の中国とは全く違う国に生まれ変わると私は確信している。

日本のパビリオンを見て、日中関係で穏やかな交流というと本当に朱鷺についてしかないんだろうな・・・ということに気付いてしまった。今の日中関係はお世辞にも良好とは言えないだろう。戦争、領地問題・・・日中間には様々な問題の種が存在する。滞在中にも問題が起きて、母がそっちは大丈夫かと心配して電話をかけてきたほどだ。学生同士ならこんなに穏やかに・・・と思わずにはいられない。中国の文化が今後良い方向に変化していくとするなら、日中関係もより良い方向にシフトしていくことを願いたい。


今の中国は私には決して暮らしやすい環境とは言えなかった。しかしきっと中国は近い未来に大きな良い変化が起きるはずである。そうなった時に是非もう一度上海を訪れたい。その頃には皆がちゃんと信号を守る世の中になっていますように・・・

2年 上島
posted by masutanis at 21:36| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

今まで一番楽しかった旅行


 今までで一番楽しかった旅行について考えた時に、私の頭に浮かんできたのはニューヨークに行った時のことでした。私は高校二年生の夏からアメリカのオレゴン州で留学生活を送っていたのですが、私のホストブラザーが仕事のためにニューヨークに住んでいて、クリスマス休暇を使ってみんなで会いに行こうということになり、連れていってもらいました。年末のニューヨークは英語だけでなく、他の様々な言語が飛び交っていて、世界中から新年をニューヨークで過ごす人々が集まってきているのだと感じました。私はちょうどクリスマスから2日経った後に訪れたのですが、街はクリスマスのデコレーションがされたままで、とてもきれいでした。
私は1週間滞在したのですが、その間ホストブラザーがマンハッタンの色々な所を案内してくれました。初めに自由の女神のところへ案内してもらいました。自由の女神は小さい島に建てられていて、船に乗らないと行けないのですが、私たちが船のチケット売り場まで行ってみると、長蛇の列になっていてその日は海の向こうに小さく見える自由の女神を背景に写真を撮りました。あとで話しを聞いたところ、どうやら島まで行くには2つのルートがあるらしく、街の中からではなく街を少し外れたところからも船が出ていると聞き、また次の日にそっちの方に行ってみました。朝早くに行ったかいがあったのか、船にスムーズに乗れて、島に上陸できました!近くで見ると迫力があり、これが映画でよく出てくる自由の女神なのかあ…となんだか感動してしまいました。あとはこの島から見える様々な高さのビルが並んだマンハッタンの景色もとても素敵でした。                                      
そしてタイムズスクエアにも連れていってもらいました。いくつもの有名企業の看板がギラギラと光っていて、黄色のタクシーもたくさん走っていて、年末のためか人もたくさんいて、ただただ圧倒されてしまいました。歩いていると、ホストブラザーに面白いから入ってみるといいよ!と言われ、Charmin Bath Roomと看板に書かれた建物に入ってみました。アメリカではCharminという商品名のトイレットペーパーが売られているのですが、この商品のイメージキャラクターをモチーフとしたトイレがいくつも並び、そのトイレに入るために長い行列ができていました。一瞬ここは遊園地のアトラクションなのではないかと思った程です。またイベントスタッフの人がこの商品のCMソングに合わせて踊っていたり、商品の特徴を説明したコーナーがあったり、トイレットペーパーを宣伝するための斬新なアイディアに感心しました。再び歩き始め、ハプニングが起こりました。すごい人混みの中、ケータイも持っていなかったのでホストファミリーとはぐれないように、一生懸命彼らのあとについて歩いているうちに、手からぶら下げていたカメラをなくしてしまったのです。私はカメラ自体をなくしてしまったことよりも、ニューヨークに来てから撮っていた写真を全てなくしてしまったことの方がショックでした。このことは私にとって良い教訓となり、ホストファミリーには迷惑をかけてしまいましたが、タイムズスクエアで歩いてきた道をまた逆戻りして探し回ったことは今となっては良い思い出です。
またこの旅行での一番の思い出はタイムズスクエアでの年越しカウントダウンに行ったことです。今まで海外で新年を迎えたことがなく、日本で毎年テレビ越しにタイムズスクエアでのカウントダウンの様子を見ていた自分がその場にいるなんて夢にも思っていなかったのでワクワクしていました。カウントダウンの6時間前にタイムズスクエアの通りへ行ったのですが、すでにたくさんの人で溢れていて、警察の人が交通規制などをしていました。私たちは結局、カウントダウンが行われる場所から何ブロックか離れたところまでしか行くことができず、ニューヨークの寒い外で6時間待ち続けました。待っている間に、いつのまにか周りの人たちと仲良くなり、色々な話で盛り上がり、みんなでゲームをして過ごしました。今まで全く面識のなかった人たちとこんなに楽しく過ごせてしまうなんて、アメリカ人のフレンドリーさを肌で感じたように思います。なんだかんだしているうちに時は経ち、とうとうカウントダウンをする時がきました!5、4、3、2、1、ハッピーニューイヤー!と皆が叫ぶのと同時に中央の場所から花火がバーンと打ち上げられ、2008年を迎えました。この旅行で、新しいものを見たり、ハプニングが起きたり、色々とありましたが、何よりもテレビや映画を通して見てきた景色を実際に自分の目で見れたことに感動しました。いつになってしまうかはわからないけれど、またタイムズスクエアで年越しできればなあ…と思っています。
2年 柄沢陽子
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Hotmailがサクサク動く! フィッシング詐欺も怖くない
http://o.jp.msn.com/ie8/
posted by masutanis at 15:33| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私が今までで一番楽しかった旅行

初のブログ投稿!緊張しています...さて私が今までで一番楽しかった旅行は去年の夏に友人と2人で行った3泊4日の香港とマカオへの旅です。私にとってこの旅行は初体験なことばかりでとても中身の濃い充実した4日間だったので今でもそのことを鮮明に覚えています。そもそも今回が初めての海外旅行だったので不安より楽しみの方が大きかったです。
 1日目は移動に当てて香港到着は22時頃だったので空港からホテルまで直行でした。移動だけで1日が終わるのはもったいないと考えた私たちは2人でホテル周辺を散策しました。日本と異なる点は深夜でも普通に人通りがあり、車の量も多かったことです。営業している店もあり、私たちは香港名物のタピオカジュースを買いました。これが記念すべき最初の買い物です。
1日目は周辺の散策で終わりましたが2日目は朝から行動しました。添乗員の方が朝食として飲茶を食べに中華料理屋へ連れてってくれました。海老焼売に肉まん、生春巻き、水餃子など本場の飲茶を堪能しました。そこで意外だったのが、おかゆも一緒に出てきたことです。添乗員の方の話によると、中国人は朝食におかゆを食べることが多いそうです。日本では風邪をひいたときに食べるのでここに文化の違いを見出しました。また、朝早いのに地元の家族連れがけっこういたので、朝からしっかりと朝食を摂る光景に驚きました。それから私たちは市内観光をしました。海に連れてってもらい7億円のマンションやジャッキー・チェーンの別荘を教えてもらいました。実はジャッキーは香港では全く人気がないことを聞いて、私は大人気だろうと思っていたので意外でした。再び市内に戻り、2階建てバスを体験したり、シルクの店や宝石店を訪れました。中でも印象的だったのは漢方の店です。椅子に座らされ、個々の薬の説明をされ、最終的には片言の日本語で買うことを勧められたがさすがに漢方に3000円は出せないので断ると、店員の態度が一変し、突き放すような応対をされてショックでした。帰り際に怪しい飴を戴いて店を後にしました。昼食をとるべくホテルのレストランに行ったがやはりここでも飲茶でした。先ほどのメニューに加え、ゴマ団子、チャーハン、マンゴープリンも出てきてとても満足しました。それからその日はフェリーでマカオに向かいました。到着してまたここでも食べ歩きをしました。マカオ名物のエッグタルトは日本でいう、プリンタルトのようなもので何個でもいけそうなくらいおいしかったです。そのほかの杏仁餅やエッグ・ロールは試食で楽しみました。通りからはずれた所に興味深い店を発見しました。それはマカオ版おでんの店でした。マカオのは串刺しで、注文してから熱湯で温め、カレーソースやオイスターソースを付けて食べるという点で日本とは異なっていました。元は同じものでも国によってわずかに異なるのでその違いを見るのは楽しかったです。
 3日目はマカオの世界遺産観光をしました。聖ポール天主堂跡やモンテの砦、聖ドミニコ教会、セナド広場など有名処は押えました。中でも一番セナド広場がマカオらしさを感じられた場所だと思います。マカオはポルトガルの植民地だったため黄色や緑、ピンクというコロニアル風な建物がセナド広場には多く見られた。これこそまさに日本では見ることのできない光景です。3日目は丸一日マカオを楽しんだ後、再び香港に戻りました。
 4日目は移動に当てたので実質3日間でしたが振り返ってみると毎日が発見の連続でどれも楽しかったです。また、自由行動が多いツアーにしたのが正解だったように思います。時間を気にすることなくいろいろ歩き回れ、ガイドブックを見ながら自分たちが行きたい所に自力で行き、路地裏にも行ったりとツアーでは体験できないことを私たちはしたのでとても思い出に残る旅行でした!
posted by 09かわた at 15:03| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1番楽しかった旅行

今回これを書くに当たって、どの旅が1番楽しかったかと考えたことが今までになかったので、選択に悩みました。毎回毎回、違った楽しさがあって、そのなかに1番も2番もないなあって思ったのですが、今日は私が11歳の時にカリフォルニア州のサンディエゴに祖父と祖母と両親と妹と私の6人で行った時の話をしたいと思います。祖父も今はいないので、私にとって、全員が揃った家族旅行は、これが最初で最後でした。

滞在中は、リンゼイさん夫妻の家にホームステイをしました。親子3代、それぞれ歳が近く、それぞれにホストがいるようで、なんだかおもしろかったです。
私が一番仲良くしていたのが、3歳年上のメラニーという女の子でした。

この家族間での交流の始まりは、祖父母たちの時代に遡ります。仕事柄で、外国人との関わりが多かった祖父が出会ったのがリンゼイさんでし
た。彼は後に日本人女性と結婚し、グアムに住み始めました。日本と近かったため、お互い家庭を持ち始めたあとも、行き来し合っていたそうです。私の母と、リンゼイ夫妻の娘も姉妹のように仲良くしていたようで、母が私くらいの歳になると、毎年1人で遊びにいったりするくらいだったそうです。
その後、彼らはサンディエゴへ渡り、距離が離れてしまったためになかなか会えずにいました。そしてこの後再会が実現したのがこの旅行でした。

サンディエゴは天候が穏やかで本当に過ごしやすかったです。家の目の前が海で、毎朝ビーチに散歩に行ったり、夕日を見にいったりしました。高台に登れば、夜はメキシコの夜景が綺麗に見えます。山にキャンプに行ったり、広大なブラックベリーの農園にトラックの荷台に乗って行ったり、レゴランドに行ったり、サンディエゴ動物園やシーワールドに行ったり、近所の人を招いてお庭でパーティーをしたり、毎日のできごとが日本ではできない経験でした。他には、大きなウォータースライダーやプールがたくさんあるソークシティに行ったり、ショッピングモールの駐車場で妹の誕生日会をしてくれて、着色料たくさん使われているんだろうなーって感じの大きなケーキをみんなで食べたり、とても楽しい時間を過ごすことができました。

きっとこれは全て、ホームステイだったから実現したこともあると思います。ホームパーティーなど、アメリカならではの文化を体験することができました。
もしこれがホテルに滞在した旅行だったら、このような経験はできなかったはずです。

また、みんなと話をする際、思うように英語も話せず、習ったばかりの単語を必死に並べて会話しようとしていたことを覚えています。
この経験が、語学を学びたいと思うと強く思うようになったきっかけでもあるのですが、今思えば、言葉が自由に通じなくてもこれだけ楽しかった!!と思えたということは、当時の私は本当にこの『旅』そのものを楽しんでいたのではないかと思います。
もう帰りたくない、ここに住みたい。ただここにいるだけで毎日がこんなに楽しいんだから、って思っていました。
日本に帰るのが本当に悲しくって、別れるときはみんなで泣きました。笑

おそらく、これからもずっとこれが家族での1番の思い出になっていくんだろうと思います。それくらい貴重な時間でした。


翌年も機会に恵まれ、その時は母と妹と3人で訪れたのですが、昨年は私1人で行ってきました。

6年振りに行ったサンディエゴは、どこか懐かしく、でもまた少し景色は変わっていました。 しかし、みんなの生活はあの時と全く変わらず、わたしを温かく迎えてくれました。

昔、あなたのママが遊びにきていた時のことを思い出すわ 。

と向こうのみんなに言われました。
私が産まれる前で知らないはずなのに、なぜか母の姿が浮かんできたりしました。母もこんな気持ちだったのかなあ、とか思いながら、見慣れた道を海辺に向かってメラニーと2人で歩きました。

水本
posted by masutanis at 10:31| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

一番楽しかった旅行

私が今までに行った旅行の中でも、春休みを使って行ったウィーンと台湾の海外旅行は、自主的に企画し行ってきたこともあり印象に残っています。
 しかし、この2つの旅行には、決定的に違うところがあります。それは、
@ 現地の航空券のみ事前に購入したこと
A 両親に嘘の行き先を告げて出かけたこと
B パックツアーを利用していないこと
 
私が所属している学生団体は、海外の企業やNGOに、学生をインターンシップ生として送り出す事業を行っています。私は研修をする学生のマネージャーをやっていて、その方のインターン先が台湾南部、高雄県になることが決まっていました。

春休み当時、たび重なる旅行を経て私は勢いに乗っていました。個人行動においてもどんどん慣れていくのが自分でもよくわかりました。
現地の学生会員を頼って、学部の先輩でもある研修生の方に会いに行こうと思ったのも、委員会のための海外活動というきれいな理由ではなく、ちょっと変わった旅をしたいという、好奇心以外の何物でもなかったように思います。
それでもそのための貯金が全くないので迷っていたところ、ゼミ主催のシンポジウムで『旅行に行かない理由を作るのはやめよう』と云われ、私は決心がつきました。その時はもう2月の終わり、台北への航空券は値段の高いものしか残っていませんでしたが、入ったばかりのお給料をつぎこみ、台北行きのチケットを買いました。
ホテルに泊まるお金はもうなかったので、ずうずうしくも、学生会員である現地の大学生に頼んで、1泊だけホームステイをさせてもらうことにしました。5日夜出発、8日朝帰国の一番安い航空券を買ったので、残りの夜は高速バスで寝て過ごすことにしました。台湾に開通したばかりの新幹線で帰るという選択肢もありましたが、航空券を買った時点で手段を選んでいられない状況にあったので、1泊4日の弾丸旅行になりました。 
渡航前日はその高雄でマグニチュード6.5の地震が発生し、恐怖と、誰にも話せないもどかしさで全く眠れませんでした。
 京成金町から成田空港に向かう途中、なんだか現実からどんどん離れていくような感覚がありました。というのも、まだ3月の上旬だったのにも関わらず、コートを持たずに外出していったからです。両親にあまり叱られたことのない自分にとって、この旅は一世一代の冒険でした。
 桃園国際空港から台北駅までバスで移動している間、やはり怖くて日本の友達と携帯でメールをしていました。情けないかもしれませんが、これがなければ一人旅に出る勇気は出なかったと思います。23:30台北駅に到着。ようやく高速バスに乗ることができたので、高雄に着くまでちょっとゆったりした椅子の上でぐっすり眠りました。
 バスが到着したのが朝五時。周りが真っ暗だったので、駅を探して歩き回るのが怖くて、とりあえず近くにあるセブンイレブンで中華麺を食べつつ、今日のプランニングをはじめました。現地の人との待ち合わせが夕方だったので、それまではメトロの1日パスを使って観光をすることに決めました。今思うと、一日目は日本のお店にばかり入っていました。モスバーガー、ファミリーマート、ミスタードーナツ、そごう…。台湾が親日の国だとはしっていましたが、ここまで日本人にとって快適な国だとは思いませんでした。夕方になり、約束の時間から10分遅れてお迎えがやってきました。日中の高雄は32℃、汗で服がぬれるくらい熱かったので、先にシャワーを借りて、今後のお話をしました。私を迎えに来てくれた英語名Emilyさんは中山大学委員会のOGで、ほかのOB,OGを読んで私を四川料理のお店に連れて行ってくれました。現地の人はバイクでの移動が一般的で、Emilyさんに『台湾はバイクがとっても多いでしょ?』と聞かれました。しかし私は以前ホーチミンで車間距離30センチほどのバイクの後ろに乗ったことがあったし、高雄はインフラが整っていたのでそれほど気になりませんでした。
初めての四川料理はとっても美味しくて、ほかの人が台湾語で楽しそうに会話しているのも全くきにならないくらい夢中で食べていました。しきりで白と赤に分かれている鍋と中国茶が特においしかったです。食事のあとは紅茶のスタンドで飲み物を買って、夜景のきれいな場所に連れてってくれました。高雄の学生たちは、いつも夜はバイクに乗って色々なところに遊びに行っているそうです。売っているものなどは日本とそんなに違わないのに、生活様式の違いにおどろきました。
研修生の人が2日目の夜まで用事があったため、次の日の午前中はEmilyさんに台湾様式の朝食のお店に連れて行ってもらい、そのあと市内の博物館でやっていたPIXERの展示を見に行きました。会場は午前中なのにものすごく混雑していて、うろ覚えの中国語表記の
キャラクター名くらいしか覚えていません。彼女曰く、台湾には娯楽が少ないので、展示会やお祭りはどれも混雑するのだそうです。
 お昼はEmilyさんの家族にまねかれて、ホテルの飲茶へ行きました。名前はわかりませんが、普段の生活では食べられないような中華料理をたくさん食べました。この時中華料理の奥深さに驚きました。夕方からはEmilyさんと別れて案内人がBillyさんに交替、フェリーを使って本島から少し離れた旗津(チーチン)という観光名所に夕日を見に行きました。高雄の都会的なところから一変、海辺は観光地開発のされていない沖縄のようなところでした。日本の統治時代に建てられた砲台などの史跡には比較的新しい説明の看板がありましたが、中国語しか表記していなかったので、なんとなく漢字で理解しようとしました。ここに来て、初めて地元の食べ物を食べたように思えます。都会の高級レストランが多い第二の都市という側面がある一方、涼しくなると海産物の市場で賑わう港町の顔ももっているのです。夜9時頃、ようやく研修生の方にあうことができました。というのも、待ち合わせ場所が当時開催されていたランタン祭の会場だったので、人が多くてなかなか見つけられなかったからです。その日がちょうど半月開かれていた祭の最終日だったため、花火が盛大に上がっていてとても綺麗でした。私たちはほんの1時間だけお話をして、私たちはそれぞれの学生会員のバイクの後ろに乗って別れました。 
 帰りのバスに乗るまで、Billyさんをはじめ現地の学生さん達は驚くほど親切で、バスに乗り込んだ後、感激の涙が止まりませんでした。最初の恐怖とは一変、携帯の電池は切れていましたが、全く気になりませんでした。
 実質二日間の冒険でしたが、英語で生活したこと、自分で考えて行動したこと等、数えきれない学びがあった旅でした。もし私が逆の立場に立ったら、彼らのようにバイクで色々な場所には連れて行けないけど、精一杯のおもてなしをしようと思います。
 
 
posted by 09みやうち at 17:15| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今までで一番楽しかった旅行

僕が今までで一番楽しかった旅行は、高校1年生の時に行った韓国での旅行だ。学校の国際交流プログラムで、日本人と韓国人の高校生がペアになり、日本人がペアの韓国人の子の家で1週間ホームステイするというプログラムに学校代表で参加したのだ。そのため旅行といえるかどうかは少し際どい。しかしそこでの経験は本当に楽しく素晴らしいものだった。
 船で韓国まで行ったのだが、まず港まで家族が迎えに来てくれ、そこから車で家まで向かった。その途中、公園の寄ろうと言われたため、承諾し車を降りた。その公園は普通の公園ではなく、小石が敷き詰められたところの上を歩く、いわゆる足ツボ公園だった。そこにはたくさんの女性と、スーツを着た、たくさんのサラリーマンがみんな裸足になってその上を歩いていた。とても不思議な光景でいきなり度肝を抜かれた。僕も恐る恐る小石の上を歩いてみたのだが…激痛。とにかく痛い。笑いたくても笑えない。速攻でギブアップした。しかしみんなは楽しそうに足ツボの小石の上を歩いている。韓国人は何なんだと思った。韓国はマッサージも有名なため、本当に健康的な国なのかと思った。
 もうひとつ、この足ツボ以外に韓国が健康国と思わせられる出来事があった。それは3日目くらいの夜に9時頃、公園にサッカーをしに行こう言われ、一瞬「えっ!?」と思ったが、とりあえず行ってみた。するとその公園には夜の9時にも関わらず、100人を軽く超える大勢の人達がすごい列になって、ウォーキングまたはランニングをしていた。日本では見たこともない光景だったのでとにかく驚いた。こんなにも大勢の人が、健康に関心があって、気をつけている。なんて素晴らしい国なんだと思った。韓国料理が辛く健康によい料理ばかりであることもなんか納得できた。
 ホームステイをしてまず最初やったこと、それはDVD鑑賞。しかも日本の映画。スウィングガールズという映画を見た。レンタルビデオ屋さんにいってわかったが、意外と日本の映画が置いてあった。ペアの友達にも聞いてみたところ韓国では日本の映画は意外と人気があるようだ。しかし映画以上に人気があったものがあった。それは日本のアニメである。日本のアニメはかなり韓国で人気らしく、テレビでもたくさんのアニメが放送されていた。そう聞いて家に帰ってテレビをつけてみると確かに日本のアニメがやっていた。インターネットでも見るみたいでその様子を見せてくれた。日本にいるとわからないが日本のアニメは世界中でかなりの広範囲で広まっているみたいだ。
 そして次にしたこと。それは韓国の温泉に入りにいった。これが一番楽しかったし、思い出になった。そしてなにより仲良くなった。韓国の温泉は面白く、受付で料金を払うと、デミリという垢すりの布を一枚もらえる。これでどうも体をこするらしい。そしておふろに入り、体を洗い、浴槽につかる。そして体が温まったところで、デミリ登場。垢すりタイムである。最初の感想。痛い。痛すぎて擦れない。なんでわざわざ韓国まで来て痛い思いばかりしなくちゃいけないんだ。そんな思いを我慢して再度擦ってみるも、やはり痛い。ぱっと横を見てみた。すごい勢いで擦っているではないか。またも度肝を抜かれた。そんなもじもじしている僕をみてペアの子が擦ってあげると言ってきた。いやいや待ってくれ。普通に拒否をした。顔を振っている。強制のようだ。ちょっと意地をみせようとチャレンジしてみた。が、失敗だった。泣きたくなるくらい痛かった。しかしぱっと自分の体を見てみるとすごい量の垢がとれている。安心した。これで垢が取れなかったどうしようかと思った。だけど本当に痛かった。
 僕はこの温泉で貴重な体験をした。それは一人の老人との出会いから始まった。どうもペアの子と面識があるようでその人に、僕を紹介してくれた。そこまではよかった、その子が老人に、この子は日本人ですと言うと、少しむっとした顔になった。しかも結構怖い顔。僕は何が何だかまったくわからなかった。なんで日本人といっただけなのに機嫌が悪くなったのだろうか。それは日本に帰ってからわかったことなのだが、どうも昔戦争中に日本が韓国に攻めて韓国が日本の支配下になった時期があったようで、その時期に韓国の人達は日本人にひどい仕打ちを受けていたらしい。だから今若者の間では日本は人気だが、お年寄りの世代の人はあまり日本にいいイメージをもっていないようだ。僕はそんなことも知らなかったのかと少し悔しい気持ちになった。日本は原爆を落とされ被害国というイメージが強いがまったくそんなことはないのだということを肌で感じることができた。本当に良い体験だったと思う。
 このように韓国で僕は素晴らしい経験をすることができた。日本と韓国は近くの国同士とても関係が深い、僕はもっと韓国のことが知りたくなって是非もう一度韓国にいってみたいと思った。

2年松沼豊人
posted by 09まつぬま at 07:31| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今までで一番楽しかった旅行について

私の今まで一番楽しかった旅行は友人5人と行った高校の一泊二日の卒業旅行です。
卒業式の次の日の早朝に舞浜駅に集合して、初日はディズニーランドに行きました。ちょうどその日は当時まだオープンしていないはずの《モンスターインク ハイド&シーク》という最新のアトラクションが初めて試運転をする日でした。予告のない突然のことだったので急に人が殺到して一時現場は騒然となりました。しかし、私達は果敢にもその列の中に飛び込んで無事にアトラクションを試乗することが出来ました。もみくちゃにされた上に、二時間半も待たされましたが不思議なことに少しも退屈はしませんでした。
その他のアトラクションも全て小一時間程度並びましたが、いつも嫌なはずの待ち時間は友人との中高6年間の思い出話でとても有意義に消化することが出来ました。
夕方になっていよいよホテルにチェックイン!私達の宿泊先はなんと憧れのホテルミラコスタ!ホテルの方が部屋に案内するまでの間に色々なミラコスタの豆知識を教えてくれました。ミラコスタはイタリアをモチーフにした作りで、ディズニーで唯一イタリア出身のキャラクターであるピノキオが全客室のテーマになっているそうです。よく見ると廊下は全てピノキオの物語になっていて、部屋のベッドカバーもピノキオ柄でした。
部屋に入って少し休憩してから、皆でお洒落にドレスアップしてディズニーランド内にある、会員制のレストラン『CLUB33』に行きました。内装はまさに一流フレンチレストラン。想像以上に豪華で、案の定値段も想像以上で…予算オーバーの為少ない料理を皆で分け合いました。今でも会えば必ず話題に上る面白いエピソードの1つです。
閉園ギリギリまで皆で騒いでヘトヘトになってホテルに戻り、それでも真夜中まで皆でワイワイ騒ぎました。
次の日案の定全員で寝坊。優雅にホテルのバイキングでブランチをしながらディズニーシーの昼のパレードを眺めました。その後チェックアウトをしてディズニーシーで夕方まで大騒ぎをしました。本当は閉園までいる予定でしたが、疲れのあまり7時ごろに解散。それでも大満足の最高の卒業旅行でした!
沢山待たされたり、お腹いっぱいご飯を食べられなかったり、寝坊したり1つ1つのことは最高の出来事とは言えないことも多かったけれど、そんなこと関係なく楽しむことが出来たのは最高の友人達が一緒にいたからだと思います。

2年 上島理恵子
posted by 09うえじま at 00:01| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月22日

今までで1番楽しかった旅行

私が今までで1番楽しかった旅行は、去年の冬に行ったグアム旅行
です。
正直、グアムは私自身これで4度目で、他にも様々な国に行きまし
た。けれども、「1番楽しかった」と言えば、この旅行です。
まず、日本が冬の時期で、出発時にはコートを着ていたのに、現地に着
き、「Tシャツ、短パン、ビーサン、サングラス」というラフな格
好をするのが、日本にいる人たちに優越感のような、そんな感覚があり、
楽しかったのだと思います。冬の時期に行くリゾート地での旅行が大好き
です。リゾート地ですので、空と海しかないのですが、その景色がとても
きれいで、ワクワクさせるものでした。
また、友達と(4人、私含め5人)初めて行った海外旅行
ということも、楽しかった一因だとおもいます。
グアムは、みんなそれぞれ何回も来ていたし、観光地もほとんどありませ
ん。なので、気合が入っていない、というのはおかしいけれど、旅行に必
要な気合(例えば朝早く起き、ガイドブック参考にプランをたて
る、治安に充分気をつける、など)を入れて過ごしたわけではあり
ません。朝はみんな起きたい時間に起き、海に行きビーチで遊び、ホテル
でシャワー浴びて、昼寝をし、夜は買い物しながらディナーを食べに出か
け、ホテルではゲームをみんなでやり、寝たい時間に勝手に寝る
(いわゆる雑魚寝状態)、そしてまた朝は昼ぐらいに起きる、という
過ごし方でした。友達と旅行の際は、観光地を巡る旅行よりも、このよう
なただひたすら遊ぶ旅行のが楽しいのではないかと思います。
グアムは日本語が通じるので、不便なことはありませんでした。私以外の
友達は英語が流暢に話せますが、全く必要がなかったです。現地の人も日
本語で話しかけ、説明や交渉も日本語でしたし、大体の場所には日本語で
の説明書きやメニューがありました。ほとんどが日本人観光客なので、グ
アムの中心地は日本人だらけでした。大げさですが、東京より、日本人の
比率が多いのではないかと思うくらいでした。
でもこんなに、「日本」で溢れているのに、やはりどこか「外国」なので
す。通貨が違う、日本語がきれいではない、車が右側を走っている、チッ
プ制度、テレビCMがおもしろい、道が広い、など、小さいことです
が、日本と違う点がたくさんあります。日本のようで、でもやはり海外に
いる、その感覚が不思議ですが、楽しかったんだと思います。
あとはグアムの近さも楽しい一因だと思います。近いので、気軽に行ける
し、帰りも近いのでそこまでフライトで疲れない。時差も1時間し
かないので、負担にならない。この点が、楽しい印象で旅行を終われたも
のだと思います。
今まで国内、国外問わず、様々な旅行を経験して、どれも楽しかったで
す。なので、どの旅行について書こうか悩みました。ただ、その他にも、
「勉強になった」とか「感動した」などの印象が、強いものばかりです。
このグアム旅行は、ただ単純に「とても楽しかった」旅行だったので、今
回このテーマで選びました。

2年 宮本江梨子
posted by masutanis at 13:24| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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