2010年11月08日

歩いて山手線一周

山手線一周 001.JPG山手線一周 239.JPG11月3日 ゼミメンバー13人で山手線一周完歩。

9:20  池袋東口スタート
      朝の池袋はまだ人が少なくて、静か。 意外と一軒家が多いことに気づく。

9:45  目白
      学習院大学。素敵な高級マンション発見。羨ましい。 落ちついた雰囲気で切手博物館なるものがあった。

10:00 高田馬場
      学生の街っぽく、にぎやかに。居酒屋いっぱい。アトム発見! 変な怪しいマンションも発見。明らかに違和感。

10:32 新大久保
      まっすぐ新大久保に向かってると、ロッテの工場があった。 古臭いアパートがあって、中に入ってみたかった。
      だんだん「韓国」の文字と見覚える風景が。 韓流好きなおばちゃんたちがたくさんいた。
      「おとめ荘」なる魅力的なものが。ぜひ来年の国内合宿に!

11:00 新宿
      新宿までは、ひたすら沿線を歩いた。 一歩内側に入れば、歌舞伎町だったのかな? だんだん怪しい店が増えてきた。
      ものすごい数の風俗店だあるんだな。差別化難しそう。笑  やっぱ夜には来たくないな。
      そして、綾波レイがどーんといて、アルタルミネ。人が多くて、ごちゃごちゃ。やはり、あまり好きじゃない街。

11:30 代々木
      ちょっと紀伊国屋で休憩。旅行関連の本の誘惑に負けそうになりながら、進む。 今度、ゆっくり見に行こう。
      そして、ハンバーガーランチ。おいしかった!代々木の駅は小さいね。踏み切りも発見。

12:50 原宿
      代々木〜原宿までは、住宅街を抜けて、ファッションの街へ。おしゃれな雰囲気にだんだん変わっていった。
      そして、若者が増え、いろんな格好の人がいる。 七五三の可愛らしい子も発見。明治神宮大きいね。
      竹下通りは人半端ない。 原宿駅は伝統ある駅で、何とか100選的なやつ。
      ママパパにお饅頭の差し入れをもらい、先生とご対面。

13:20 渋谷
      代々木体育館で世界バレー中。がんばれ。渋谷に行く道はいつも使う道と違うのだった。 こんな風につながってるのか!へぇ〜
      そして見覚えるあるタワレコ前にきて、スクランブル交差点。この辺は人が多いから、歩くペースが落ちる。歩くのも大変。信号もなかなかの障害。
      あ、NYCの山田くんがいたらしい。見たかったな。若者が多く、イケイケな人もいる。ハチ公前も相変わらず。
      そして、まりちゃん合流!

13:50 恵比寿
      沿線横を通って、恵比寿へ。途中おいしそうなレストラン発見。行きたい。 そして、ガーデンプレイスへ。道明寺だね。笑
      松潤看板も発見したし!なんだか渋谷と違い上品な感じ。 人もだいぶ変わるね。素敵大人の場所っぽい。
      スムージーで一休み。やっぱうまい。

14:40 目黒
      住宅街も抜けたら、目黒。 途中、穴?防空壕!?と思ってしまうものを発見。
      目黒も明治学院大学の受験できたから見覚えがある。 ゆっくり散歩したらおもしろそうだ。

15:00 五反田
      まっすぐ歩いてたら五反田についた。 特におもしろいもんはない。笑

15:15 大崎
      大崎に行くまでの道に新しい高級マンションの街が。 最近のまちづくり地らしい。 巨大なピーマンに変な赤い妖精みたいなん発見。
      大崎も初上陸でした。

16:10 品川
      大崎〜品川が難所。迂回しないと行けないんだな。だいぶ内側に入り、坂を上り、住宅街を抜け、駅へ。
      途中、公園で休憩。

16:50 田町
      プリンスホテルを抜け、まっすぐ大通りを歩く。 大量のタクシーが道沿いで待機している。乗る人そんないる?
      淡麗の嵐さんを発見し、まりちゃんと喜ぶ。
      途中、東京タワーを発見し、テンションあがった! これぞ東京って感じで、やっぱいい! 今度は東京タワーに階段使ってのぼるんだ。企画中。
      田町の駅は、「森永」色でした。

17:20 浜松町
      日が落ち、オレンジのような安心させる色を放つ東京タワー。 やっぱ、あの色好きだな。

17:55 新橋
      向かう途中に花男でF4が殴りあった場所みたいなん発見。 違うと思うが、似てたから、パシャリ。
      小奇麗なヨーロッパみたいな場所を抜け居酒屋街へ。 ガードレール横に多数の看板がありサラリーマンの街へ変化。
色がごちゃごちゃして、いろんなおいしそうな匂いがします。
      立ち食い寿司で夜ごはん。まさかの立ち食い寿司屋占拠。 とろたくがおいしかった! 外国人には立ち食い寿司が興味深いみたい。

18:45 有楽町
      先生のブラタモリ情報による案内開始。 ガードレール下に、あんな場所があったんか!
      新聞のオフィスやDFSの怪しい店が並んでた。 なかなかおもしろい発見。

19:00 東京
      はとバスの待合場所を抜け、丸ビルなどが並ぶオフィス街へ。 東京駅は工事中で再来年には、昔の外観が復活するらしい。
      どんな風に変わるのか楽しみだな。工事のとこにいろんな東京駅情報が載ってた。へー

19:30 神田
      何もなかった?静か。

19:45 秋葉原
      だんだんネオンでぎらぎらし、その明るさに驚いた。チカチカするよ。電気屋すごいね。
      AKBカードとか売ってて、ざ☆アキバって感じ。 圧倒的に男性が多い!年齢も格好も様々。

20:10 御徒町
      またちょっと静かになって、御徒町。 ここら辺もサラリーマンが多いんだろうな。

20:30 上野
      アメ横を抜けたら上野。 夜のアメ横はさみしいね。けど、生臭さが残ってる。アキバから上野までは沿線沿いであっという間。

20:45 鴬谷
      未知の地。鴬谷。 上野の森の横の暗い道を行くと、鴬谷。 鴬谷はラブホ街だったのか!知らなかった。

21:10 日暮里
      この前行った谷根千あたりだ。 せんい街があったのね。知らなかった。

21:30 西日暮里
      安全横丁なるものが。確かにこの辺暗い。 下りの坂道が足にこたえる。

21:35 田端
      上り道があって下りの道。なかなかこたえる。 何もないかな。暗いからかよくわかんない。5分でついた。
      時間がまっこの終電に間に合うかであせりだす。

22:05 駒込
      田端〜駒込も難所。 この辺で山手線が丸くなってるのがわかる。実感。 駅がおもしろいデザイン。いけてんのかは別。
      サンシャインが遠くに見えるよ。


22:20 巣鴨
      おぼあちゃんの渋谷らしいが何せ暗いためよくわからん。 人もおらんし。またゆっくり来なきゃ。

22:40 大塚
      記憶あまりない。 あと一駅という気持ちのみで歩いたからかな。

23:15 池袋(戻ってきたー ゴール!)
      沿線の細い道と住宅街を抜け、だんだん都会に。途中銭湯発見。気になった。 大塚〜池袋のだんだんイケイケギラギラしてくる感じがね。
      パルコが見え、駅が見え、感動のゴール! 朝9時の場所に戻ってきたよ。
      まっこの終電の10分前だよ。
      無事完歩できました☆

休憩入れて14時間。64000歩(ちなみに一日普段10000歩)。
43キロ(42.195`を2時間ぐらいで走る選手にびびる)
1700キロカロリー消費らしい。2キロぐらい痩せた人も。

最初は2人でしようとか言ってたけど、結局、先生も他の学年も留学生も参加してくれて、13人で歩いてほんとよかった。
2人とかで14時間もたないよ。13人で歩いたから、話しながら歩けたしね。大人数をおすすめします。 そして、下見が大事ということがよくわかった。
先生、ほんとありがとうございました。
下見なかったら、行き止まりだったりでイライラすると思うし、あきらめるかも。富士山と違い、いつでも電車のれる状況だからね。逃げ道が・・・
品川が一番要注意。

一周することで東京についてもっとわかるし、それぞれの街の音や匂い、人の違い、建築物の違いや特色がわかります。
最後の駒込の方は暗くてよくわかんなかっていうのもあるけど、あまりおもしろくないね。笑 やっぱ最初の新宿あたりは華がある。
そして、「東京ってつながってるんだ!」って思う。達成感。
「昨日、何したの?」ってきかれて「歩いた。」ってなかなかないでしょう。

ぜひ、来年もしていだだきたい。ゼミの通年企画でお願いします。

3年 浜田麻衣
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2010年10月12日

グアム合宿

私は今回、リゾート地といわれる、いわゆる「王道の観光地」に初めて行くこととなった。
ゼミ合宿や語学研修などでしか海外に行ったことがない私にとって、多くの観光客が遊びに行く観光地とはどのような魅力があり、研究や学習を目的としない観光客が何を求めてグアムを訪れるのか大変興味があった。

結論から述べると、研究、学習などの知的好奇心を刺激するようなものがグアムにはたくさんあったが、遊ぶことだけを目的とするならばグアムに観光地としての魅力をあまり感じられなかった。
そこではイメージだけが商品として存在していた。観光客はイメージしていたものが提供されることに満足し、自ら新しい観光資源を探したり、「グアムでないとできないこと」を求める姿勢はないように思えた。リゾート地にきてそんなことを考えるような日本人は少ないのだろうが、今回グアム観光について学習し芳賀さんのお話を伺ったあとでは、そのようなイメージ通りの観光だけしている日本人観光客をとてももったいないと感じた。

はじめは私も他の観光客と同じように「リゾート地グアム」しか思い描いていなかったが、今回の合宿の中で学んだ「海岸以外の自然、戦跡などのリゾート地以外の側面」は自分たちで積極的に調べない限り見えない、気づかない、いわば隠された側面だということに気付いた。提供されている作られたイメージを超越する「本物」を見つけるのは、一般の観光客にとっては難しいだろう。

グアム観光の今後を考察し、観光地としての可能性や観光客側のあり方についての見解を述べたいと思う。

<グアム観光の現状>
現在グアムに訪れる観光客の約6割は同じ行動をとるといわれている。パッケージツアーが7割を占め、観光形態はマンネリ化してきているといえる。ホールセラーではなくFITの割合を増やすことが重要だと考えるが、そのためには多様な観光資源が必要である。イベントや他の観光地を真似た一時的な資源ではなく、コンスタントに顧客を誘致することのできる資源、システムが必要である。
また観光が第一産業であるグアムは他国の経済状況に大きく左右される。その顧客の最も多くを占めるのが日本人観光客であり、よってグアム観光は日本人に特化しものとなっている。しかし一国に頼った経済状況というのは極めて不安定であり、グアムは日本以外の顧客を獲得する必要がある。westinの土肥さんによると、次のターゲットは韓国人であるという。しかし韓国人観光客の人数は多くとも日本人の方がお金を持っており、日本人向けの質の高いツアーやホテルに韓国人は満足するが、韓国人向けに安価に設定したツアーでは日本人は満足できず、結果として利益が多くあるのは日本人向けのツアーであることからもグアム観光やホテルは日本以外の国の観光客に特化したシステムを発展させることがなかなかできないでいる。
幅広い顧客を確保していくためにも、現在の「青い海、ショッピング観光」の形態から抜け出し、新しい観光資源を開発することが求められている。

<新しい観光形態>
新しい観光を考えるとき、それは持続可能かつ、グアムならではのものでなくてはならない。グアムはその歴史から独自の文化を精力的に発展させていくということがなかった。宗主国が幾度も変わったこともあり、順応性はあるが変わりに独自性は欠落しているといえる。そこで今考えられる新しい観光資源の創造には2つの方法があると考える。1つ目は時間はかかるかもしれないが、有名施設などの建設を行い、グアム独自のものとして売り出すことである。しかしこれには「ニセモノ観光」となる恐れが伴う。グアムならではの本物を求めてやってくる観光客に、後から人工的に作られた観光資源が受け入れられるかは疑問であるが、現在のグアム観光自体が人工的に作られた観光形態であることを考えると(それを知る日本人観光客は少ないが)、ニセモノが時間を経て本物となることも可能であろう。
そして2つ目はグアムの「歴史、文化」を観光資源とするものである。その一例として今回私たちが行ったような「戦跡観光」が挙げられるだろう。現在のグアム観光には「made
in
Guam」が非常に少なく、その点にグアム観光のポテンシャルを発掘する可能性があるのではないかと考えられる。チャモロ文化の見直し、植民地ならではの偏った、特殊な文化的発展、戦争の歴史、青だけでない緑の観光。掘り下げて整備すれば十分に観光資源となる要素がたくさんある。これらをいかにして売り出すかが重要になってくるだろう。芳賀さんがおっしゃていたように、観光ビジネスを持つ者がローカルの誇りとなるような開発を行うことが求められている。そういった観光を考えた時、今回私たちが体験したような戦跡観光やトレッキングは日本人がグアムの歴史を考える観光の一部としてもとても大きな役割を担うだろう。

日本人は芳賀さんがおっしゃるように戦争を悪とし、その内側にある真実を知ろうとしない傾向にある。私たちは戦争を体験してはいないが、幼いころから戦争についての教育、平和学習を受けてきた。私の受けてきた戦争教育では兵隊さんの心境や家族の想いといったことよりも、いかに戦争が悲惨であったか、恐ろしいものであったかということが強調されていたように思う。戦争に対するイメージは恐怖であって、平和学習はいつも「二度とこんな恐ろしい戦争を起こしてはならない。多くの亡くなった方たちのためにも平和を守り続けましょう」という内容で締めくくられた。「戦争はいけないこと、怖いこと」といイメージだけが植えつけられ、なぜ戦争が起こったのか、どうしてあそこまで大きな戦争になったのかといった歴史の背景や当時の風潮に関しての知識はとても乏しいのが実情である。今回の合宿ほど「戦争」をリアルに感じたことはなかった。自国の歴史のことなのに知識もなく、調べようとする姿勢すらなかった。知らないうちに戦争を重いテーマだと考えて戦争関係の番組や映画は「気が重くなる」と、むしろ避けていたようにも思う。芳賀さんがお話の中で何度もおっしゃる「英霊のために語る」、「兵隊さんがかわいそう、浮かばれない」、「彼らのおかげで今がる、兵隊さんありがとう。彼らの情熱を伝えたい」という言葉や発想は自分にないものであった。戦う兵隊さんの心情、軍の判断、家族の気持ち、戦争はそういった多くの人間の心情が交錯した出来事であり、決して簡単に善悪で語られるものではない。戦争を体験していないからこそ、戦跡観光は心の中に入り、自分とリンクさせられるようなものでなければならないと思う。ダークツーリズムは得てしてネガティブなイメージを持たれがちだが、大切な歴史の一部として紹介することが大切だろう。

これからのグアム観光を考えた時、グアム側はダークツーリズムのポジション、誘致方法を考える必要が出てくるが、同時に日本側も戦跡観光に対する意識改革が必要となるだろう。観光においては芳賀さんがおっしゃるように、感情の行き来があること、能動性が求められる。新しいグアム観光を形作っていくためには、観光客側の積極的な行動が必要不可欠となる。今の「リゾート観光」から「戦跡観光」へと観光客の目を向けさせるには時間がかかるだろう。新たに芳賀さんのように非戦争体験者の語り手が現れるのは難しいかもしれないが、芳賀さんのお話を聞いた人たちがそれぞれにまた語りを広げていくことでグアムと日本を繋ぐことはできるのではないだろうか。

今回の合宿を通して、グアムという観光地の歴史、日本とのつながり、これまでの観光、これからの観光のあり方などを学習することができたし、実際に見たり聞いたりすることで「観光」というもの自体を考える機会にもなった。
今後リゾート地グアムがどのような発展を遂げるのか注目したい。「リピートするかどうか」は今のところ「リゾート地グアム」にもう一度行きたいと思わないが、トレッキングの滝つぼダイブをしには行くかもしれない。

最後に合宿係りの愛梨、さとえり、ちーちゃん、たくさん調べて貴重な体験をさせてくれた浜ちゃん、お話してくださった芳賀さん、ありがとうございました。

手島智美
posted by masutanis at 17:03| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月04日

グアム合宿

9/14からグアム合宿にいってきた。
先生も行ったことのない国ということでどんなかんじになるのだろうと思っていたが、すごく楽しく、勉強になり、充実した6日間を過ごせた。
やはり合宿へ行く前はグアムといえばビーチやショッピングというイメージを持っていたが、今回の合宿でそのイメージはがらりと変わった。様々な場所にあった戦跡が実際にそこで戦争があったということをひっそりと伝え続けていて、そこから車を走らせてタモン湾付近に戻ればそのことを何も知らずに日本人がビーチやショッピングを堪能している。その光景がすごく対照的で不思議なかんじがした。戦跡を見て回っているときは日本人にまったく会わないのにタモン湾には日本人や日本語だらけで、ここまで違う面を持った国は他にないのではないかと思った。ビーチがグアムの魅力であるのは事実だが他にもグアムの魅力があるということを知らずにイメージで過ごすのは観光とは言えない気がした。ガイドブックだけの情報に頼らず、自分で調べて行くことの大切さを教えられた。
グアム大のリンさんによる戦跡観光は時間を大幅にオーバーしたが(笑)、それだけたくさんの戦跡がグアムにあるということを忘れてはいけないと思った。講読していた「グアムと日本人」にトーチカのことが書かれていたが実際に綺麗な海の横にあるトーチカを見た時は当時ここで戦争をしていた人を思い怖くなった。ラテストーン公園の日本軍の防空壕に入ったときもあまりにリアルに感じてしまい怖くなった。本などから情報は得ていたけど、実際に目で見て体験することで本当に戦争があったのだということを身をもって感じた。以前行った日アジのフィールドワークでも実際に足を運んだり体験した人の話を聞いたりすることで読むことだけでは感じなかった戦争を感じることができた。自ら行って見て聞いて体験することの重要さを認識し、そういった意味でダークツーリズムというのは今後必要になってくる分野だと感じた。
平和祈念塔にあった慰霊碑は最近作られたものが多く、今もなお様々な形で戦争は続いているのだと教えられた。
そしてやはり私も今回の合宿でトレッキングやそのあとのお話はすごく印象深かった。お話を聞くまで愛国心というものを意識したことがあまりなかったし、日本人なのに日本のことをちゃんとわかっていないことをすごく恥ずかしく思った。日本のことをちゃんと知らないからこそ愛国心というのも持てていないのだと思う。トレッキングに向かう車中で芳賀さんにグアムの米軍基地に多額の日本の税金が使われていると聞き、私たちが払っているお金なのに私はそんなことも知らなかったのかと感じた。
浜ちゃんが送ってくれた芳賀さんのメールで「戦争語りは客観的でなければなりませんが、必ず日本の立場に立ったものである必要があります。」という言葉が印象的だった。私がこの夏広島の原爆資料館に行ったとき、似たような感情を持った。資料館には様々な国から来た人がそれぞれの国を思い資料を見ていて、同じ戦争でも当たり前だけど感じることは違うのだろうと感じた。原爆を落とされた、たくさんの人が亡くなってしまった、それだけで終わりにせず、日本が他の国にしてしまったことも全部客観的に見たうえで戦争を考えなければ解決の道へはたどりつけないと感じた。その上でやはり私たちは日本人として愛国心を持って国のことを考えていかなければならないのだと思う。

最後に、私は今回二回目のグアムだった。小学生の頃一度来たことがあるのにあまり記憶に残ってなくて行ったことがあるのに役に立てずにごめんなさい;
まだ小さかったのと家族に連れられて行った旅行だったからというのももちろんあると思うが、ビーチ・ショッピングといったあまり外国に来たと実感できない経験だけだったのであまり記憶に残らなかったのだと今回の合宿を経験して感じた。
ビーチはグアムでなくてもフィリピンも近くて綺麗であったし、ショッピングなら韓国でいいと感じてしまうので、そのような旅行ならまたグアムに行こうとは思わない。しかし芳賀さんのようなちゃんとグアムを伝えようとしている人はいるし、グアム大のリンさんもグアムの戦跡観光を伝えるDVDを作成しようとしている。このような努力によってグアムの観光は変わっていくのではないかと思う。そのような新しいグアムはまた見てみたいと思う。

森田千晶
一緒に係をしてくれたあいりさとえり、トレッキング企画してくれた浜ちゃんありがとう!すごく楽しい合宿でした!
posted by masutanis at 07:13| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月03日

グアム合宿

今回初めてグアムに行って、自分が思い描いていたグアムのイメージとは違っていました。やはり「グアム」は、ビーチやショッピングのイメージだったけれど、実際のグアムはそんな事はありませんでした。ここまで「作られた観光地」のような場所も珍しいのではないかと感じました。

1番印象に残っているのは、トレッキングです。行く前まではジャングルを下ると思っていたらそこは実際にかつて戦場であったと芳賀さんからお話を聞いてから降りることができたのがとてもよかったです。トレッキングコースになっている今でさえ歩きにくいあの山々を、戦時中どんな思いで、どんな状況でそこに立ち戦っていたのかと思いながら下りました。その答えはいまだにわかりません。しかし、歩きながら銃弾を見つけたり、戦機の欠片のようなものを見つけ、本当に戦争があったんだな、日本とアメリカが戦っていたんだなと感じました。
芳賀さんのお話を聞いたこととグアムに行き、戦争に対しての考え方が私は曖昧というか、はっきり考えを出せなくなっています。簡単に善悪がつけられる問題ではないという事はわかりました。グアムに行って数々の戦跡を目にして、なんとなく知っていたけど日本が攻撃していた事実を目の当たりにし、わたしたちは被害にあった方ばかりに目を向けていて(そうならざるを得ない教育環境だとも思うが)、自国がしてきたことを知らなさすぎると痛感しました。これは芳賀さんもおっしゃっていましたが、日本人は歴史や政治を知らなさすぎるからなのだと思います。戦争は悪いこと、戦時中の人々は「お国のために(愛国心)」と「洗脳」されていたのだと思っていました。しかし、芳賀さんが言う「祖国愛」というのは私が思っていた「愛国心」とは少し違うように感じました。その点から、戦争を単純に「悪かった」と負のイメージにするのは違うのかなと思い始めました。矛盾点が生じるかもしれませんが、悪かったと一概には言えないとしても、もちろん私は平和を望むし、戦争に反対します。わたしが前まで思っていた「愛国心」と芳賀さんのおっしゃる「祖国愛」が似ていて違うものであると感じました。わたしたちは、芳賀さんが考える「祖国愛」というものを、もう少ししっかりと理解してから歴史に触れたら、歴史の見方が少し変わるようというか多角的に捉えることができるように思います。これらが、芳賀さんのお話とメールでの返信を読んで改めて思ったことです。

そして、グアム観光にリピートしたいかという点に関しては、私は好んでリピートしないと思います。理由は、作られた「観光」過ぎて実際のグアムを知ることが観光者にとって難しい事であったり、あまりに簡単に言語(日本語)が通じてしまい旅行ならではの言語での意思疎通に少し苦戦したり、異国風の場所に訪れたりといった雰囲気がない点からです。現地の方もやはりグアム観光の現状について課題をおっしゃっていたけれど、これは私が行く前に思っていた以上に深刻な課題であるように感じました。

3年 竹内友香

合宿係のあいり、さとえり、ちーちゃん、トレッキング手配してくれた浜ちゃん、ありがとう。すごく充実したグアム合宿でした。
posted by masutanis at 23:33| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グアム合宿

3年グアム合宿
9月14日(火)〜19日まで3年グアム合宿に行きました。アメリカ圏に行くのは初めてだったのでとても楽しみにしていましたが、今回は2年台湾合宿以上に感じる事が多かったように思います。
14日→移動日。21:30成田発。02:00グアム着 飛行機ではゼミ生皆で固まって席を取ることが出来ずバラバラになってしまう。グアム着後はホテルへ。3時間ほど仮眠をとる。
15日→朝から戦跡ツアー。National Park Service Museum などでその当時使われていたものなどを観る。翌日のトレッキングのオリエンテーション。チャモロビレッジのナイトマーケットへ。屋台で夕飯を食べる。
16日→戦跡ツアー。警視庁を表敬訪問。疲れのためみんなが車から出てこなくなる。恋人岬へ行くが有料の場所に行ったのは先生だけ。笑
17日→トレッキング。過酷。スコールかと思いきや本降りの雨。楽しみにしていた滝壺ジャンプが出来ず。トレッキング終了後、芳賀さんとお話。夕飯は中華バイキング。夜は買い物。欲しかった時計をゲット。グアムは日本人多い。
18日→ウェスティンに移動。午前中GMの方にお話を聞く。ホテル内の見学。昼はバイキング「テイスト」にて昼食。午後は念願のビーチへ。少しだけ買い物へ行き、少しだけヘブンリーベット体験。寝る暇なく02:00空港へ04:00発07:00成田着。
簡単にまとめてみました。

グアムに行って思ったこと
グアムのイメージと言えばビーチ、青い海、買い物、バカンス、楽園…けれど実際はそれだけではない。今もなお戦争の爪痕が残る地であり、それが見えない(メディアなどによって見えなくなっている?)ように感じた。
私の友人に何人かこの夏グアムを訪れた人がいたのだが、皆パッケージツアーで買い物やビーチアクティビティを楽しんでいた。それはそれで楽しいと思うし、旅のカタチとしては主流であると思う。私の研究テーマである「若者の海外旅行離れ」に関連して考えてみると、出発する前に行った先での出来事や、風景が想像出来てしまうから行く必要がないと考えるのではないかと考える。パッケージツアーも楽しいしいく先々での出来事も安全、安心で楽しい。今回私たちが経験したトレッキングなどの戦跡観光はどんなものか予想も出来ないしそこにいかないと経験出来ない経験である。そういう体験のできる形態の旅行を若者達は求めているけれど、今の旅行業界にはないのではないのかと思う。
芳賀さんのお話から。愛国心について。普段の生活をしている中で愛国心を感じる事は少ない。というか“日本”を意識する瞬間があまりないかもしれない。ワールドカップでスポーツバーに集まっている時、海外旅行へ行く時、テレビで日中関係が報道されている時。たぶんそれくらい。

よく耳にすることだけれど戦争の時、「お国のために」と言って亡くなった人は多い。愛国心は当然あった。戦後復興する時も皆が日本を思って必死になり一方向をむいていたからこそ高度経済成長を迎える事が出来たのではないか。今の日本は違うと思う。政治家は私利私欲のための演説をし、政策をとるといってもどこからその財源がでるのかわからない。みんな違う方向を向いてるように思う。私自身も誇りを持って日本が好きと言えるかわからない。今回改めて自分の政治に対する無知さを知った。知らなければならないことがたくさんあると思った。戦争も政治のことも、「お国のために、未来の子供たちのために」と亡くなった英霊のためにも。グアムと日本がこんなに関係が深いなんて知らなかったし、今回グアムを訪れなかったらずっと知らずにいたかもしれない。至る所で日本兵が、日本軍がという言葉を聞いたし石碑には日本語を見た。今でも慰霊に訪れる人は多いという。
ショッピングとビーチの島グアムではないことを多くの人に知ってもらう必要があるし、自分が聞いたこと感じたことを人に伝える責任があると思った。

グアムをまた訪れるか。
買い物とビーチなら別の目的地に行ってしまうと思う。けれどグアムの人ともっと触れ合えたり、観光地としてのグアムではない部分を知れるのであれば行くかもしれない。

最後に
合宿係のあいり、ちーちゃん、えりか、トレッキングをセッティングしてくれたはまちゃんお疲れ様☆ありがとうございました!!

中橋いずみ
posted by 08なかはし at 21:46| 埼玉 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

GUAM合宿!

私も初めて行った、行くことがないと思っていたグアムへのまさかのゼミ合宿での渡航。やはり、行きの飛行機から私たちと同じような人が多いと感じ、着いてタモン地域を見ても、なるほどな、ガイドブックのイメージ通りで、どこを見ても日本語。日本人。日本人。しかも、日本ではできない格好をした楽しそうなはしゃいでる日本人。それを見た瞬間、海外旅行好きな人は「やっぱ、違う。ここは海外じゃない。」と幻滅する人もいると思う。ぱっと見、ビーチとショッピングだけの場所である。私のイメージもそうであった。だが、今回はゼミ合宿ということで、通常のグアム旅行とは全く異なるものになった。それにより私たちはグアムの真の姿、魅力に気付くことができた。グアム一周もよくわからないものもあったが、こんなにも戦跡があり、慰霊碑などを見て、本当に戦争がこの地であったということ、きちんとグアムには歴史があるのだということを実感しました。けど、そのような戦跡は「観光地」ではなく、観光地として客向けにグアム自体も認識していないと思います。慰霊碑が最近できたものもあり、まだ終わっていないのだと感じ、戦争があったという事実はずっと消えないことで、このことを日本人としてもっと知るべきだと改めて感じました。今回に限らず、芳賀さんもおっしゃってましたが「日本人ほど歴史を知らない人はいない。」。私も含め全くそうです。もっと「なぜ、戦争がおこったのか」「何をしてきたのか」「どんな気持ちだったのか」知らなければならないと思いました。芳賀さんのお話の中でたくさんのことを知ることができました。芳賀さんは実際多くの戦争関係者にお話しを伺っているので、話しが「本物」で芳賀さんを通して、あの時代を生きてきた人たちの心の内が少しわかったような気がします。話を聞く中で心が動かされる部分も多々ありましたが、違和感を感じる場面もありました。何度かおっしゃっていた、英霊への「ありがとう」の気持ち。「私たちが訪れることで英霊の方々が喜ぶ」。正直、戦跡を訪れた時、私は「ありがとう」とはあまり思いません。そこでふと考えたのが私はなぜ戦跡に行くのかということです。慰霊でもなければ学習?興味本位?何なんだろうと思いました。確かに戦跡を訪れて感じることもたくさんあります。芳賀さんのメールにもありましたが、戦争を善悪で考えるのではなく、歴史事実として考えることが大事だとおっしゃていました。そしたら、やはり「学習」なのでしょうか。何だかいろいろ考えたらわけわからなくなってきました。けど、トレッキングとお話を通して、戦争に対して新たな考えが生まれたのは確かです。これを機会にもっと勉強していきたいと思います。
そして、一番思い出に残ったトレッキング。まさかあんなことになるとは思っていませんでした。幹事がびっくりだから、みんなはもっとびっくりしたと思います。ごめんね。雨の中のおにぎりは一生忘れないでしょう。みんなとあのような経験ができてよかったです。たぶん、ふつうにグアム旅行に行って、トレッキングに行こうってOKしてくれる友達はいません。私の案に賛成してくれたみんなに感謝です。やりたいことをやらせてくれてありがとう!!きっとみんなも思い出に残ったよね?そして、参加して思ったことは芳賀さんのお話含め、もっと戦争を知らない私たちのような世代に参加してもらいたいということです。ビーチでぷかぷか浮いてるより、よっぽどためになると思います。けど、芳賀さんもおっしゃていたようにPRが大変なんだろうな、「観光」としての在り方が難しいのだろうなと感じました。近々、旅行会社でも扱うようになるということで、これからグアムの観光は変わっていくのだと思います。むしろ、変わっていってほしいです。ビーチ&ショッピングだけのイメージを変えるのはなかなか難しいと思いますが・・・・
GUAMは確かに日本人ばかりでしたが、制度等は確かにアメリカでした。そこが何だかとてもおもしろかったです。スーパーマーケットもおもしろいものばかりで楽しかったです。やっぱ世界のスーパーマーケットは素敵です。ゼミのみんなとも濃い時間が過ごせてよかったです。楽しかったよ。

最後に「もう一度グアムに旅行しに行くか」私はトレッキングの滝つぼに未練があるので、それに行きたいという理由でそこへ行ってくれるような友達がいればありです。けど、それ以外だったらなしです。ビーチもショッピングもGUAMじゃなくてもできるし、何より人や言葉、食事やショッピングなどその海外旅行で楽しめることがGUAMにはないからです。GUAMらしさを感じることができません。GUAMのまるごと本来の姿を観光にできるのはまだまだ先のように感じます。これからのGUAMがどう変わっていくのかそれだけは気にして見守っていきたいです。芳賀さんには頑張っていってもらいたいです。

浜田麻衣
posted by masutanis at 21:00| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月30日

グアム合宿

9月14日〜19日にグアム合宿に行きました。ゼミでまさかビーチリゾートに行くとは思ってませんでしたが、初英語圏だったし楽しみにして日本を出発しました。




私が今回の合宿の中で一番印象に残っているのは良かれ悪かれやっぱりトレッキングツアーです。とりあえず過酷でした。
スコールかと思った雨は結局ずっと止まず、びしょびしょで泥だらけになりながら丘を下りました。もはや滝つぼジャンプどころか濁流で溺れかけました(笑)デジカメ故障者も続出しましたね。あと、みんなで雨の中おにぎりを食べたことは忘れられません。




そんな過酷なトレッキングでしたが、案内してくれた芳賀さんの話から学ぶことはたくさんありました。事前に購読で戦争におけるグアムについてある程度の知識は知っていましたが、現場で芳賀さんの話を聞いて実際にその戦場を歩くというのは本で読んで得た知識をはるかに超えて感慨深いものでした。実際の戦場を前に「ここから日本軍の兵隊が上がってきて・・・」「爆撃であっちの島の空が真っ赤に染まっていた」などの話を聞いているとそれがとても生々しく感じる一方で、「本当にこんなにきれいな島が戦場だったのか?」とその事実を信じきれない気持ちもありました。しかし歩いている途中で爆弾の破片を見つけた時はやはり事実なのだということを改めて実感させられました。グアムでの戦跡巡
りとトレッキングを通じて、人が見るために解説などが用意されてガイドブックに載っているような整備された戦跡よりも、戦後人の手つかずでそのまま道端に放置されたような戦跡の方が戦争というものをより強く意識させるなと私は思いました。現在グアムはビーチリゾートやショッピングのイメージが先行していて、戦跡についてはあまり知られていません。芳賀さんが後日送ってくださったメールにもありましたが、私たちは戦争というとどうしても暗く重いものと捉えがちになってしまいます。私も実際そうだし、出来れば避けたいと思ってしまうテーマです。でも戦争については日本人なら知っておかなければならないことだと思うし、観光などを通じて実際に戦跡を見てそのことを多くの人に知っても
らうことで、自分たちが生きていく社会にとって少しでもプラスになるのではないかと思います。なので日本人にとって身近なグアムは今後戦跡についてももっとPRしていくべきではないかと感じました。




またグアムをリピートするかということについてですが、私はリピートはしません。まず実際グアムを訪れてみて個人的にそこまで魅力を感じるものがなかったというが理由の一つです。チャモロビレッジなど民族文化の施設もあったけれど観光地としては独自性が少し薄いように感じました。実際観光施設より道で偶然出会った水牛と原住民ぽいおじさんのがインパクトが強かったです。あと町なかに日本語の看板が多数あったりお店の人に日本語が通じたりと、日本人としては安心できる反面、外国であるのに日本化されすぎている気がしたからです。旅行はやはり普段の環境とは異なるものというのも魅力だと思うのですが、グアムでは海外旅行にしては「外国に来た」という気持ちがあまりなかったように思
います。




しかし戦跡を含め、ビーチリゾートだけではない今後のグアムの観光がどのようになっていくのか注目したいです。




3年 天野

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*〜グアム合宿〜*

14日から19日までグアム合宿を行った。先生も初めて、ゼミ生もほとんど行ったことがないという中始まった今合宿は、期待していたよりも内容の濃いものになったと思う。

5日間の日程の中で考えさせられたのは大きく2点ある。一つ目は私達が知らなすぎる歴史と国というものについて、二つ目がグアム観光についてである。
一つ目はやはり芳賀さんのお話の影響がとても大きい。私達がトレッキングを行ったあの場所も、日本軍との陸上戦があったという事実を知らなければ、単なるグアムの新しい観光の要素に加えられてしまうだけである。ガイドブックに綺麗なビーチと並べられて載せられてしまうだけである。あるいはその事実が知らされなければ、その事実を伝えていく人がいなくなってしまえば、ゲスト側はアクティビティーの一つとして壮大な自然に触れるだけで、いまだに残っている銃弾には気づかないのである。例えばタモン湾周辺でグアム観光をする日本人がここを訪れたとして、昔同じ日本人が、今私達が生きる日本という「国」を必死で守ろうと戦って亡くなっていった場所であるという事実を知らないということになったら、それは本当に悲しいことであると思う。私は正直、「国を守る」だとか「国を想う」という感覚は分からない。けれども、当時戦争の中で生きていた人々は、自分の命を失うことよりも日本という国が無くなるということを恐れたと芳賀さんは言っていた。もう一度言うが、私にはその祖国愛のようなものは分からない。しかしそこまでして彼らが守ろうとした日本という国への想い、大切に思うものへの想いは少し分かるような気がした。そして私達が日本で生きているということは、彼らの、国に対する大きな大きな想いの上で成り立っているのだというようにも感じた。
戦争は誰が、どちらが悪いということは重要ではない。戦争それ自体が悪いのだと私は考える。だからこそ、語り継いでいかなければならない。戦争という事実、どのような事が起こったのかを知らない人がいてはいけないと思う。まして私達は戦争の本当の怖さや悲惨さを体験している訳ではないし、戦った彼らの気持ちや想い、考え方も分からない。特に、私を含め日本人は自国の歴史や、国そのものについても知らなさすぎる。そうであるならば戦争体験者や語り継ぐ人がいなくなっていくとともに、伝えていかなければならない事実も風化していき、また同じようなことを起こしてしまうかもしれない。次の話にもつながっていくが、そういう意味で芳賀さんが担っている役目というのは、非常に重く大きいものだと思った。
二つ目はグアム観光についてである。私はグアムに対してやはり、誰もが持っているリゾート地というイメージしか持っていなかった。しかし今回回ったところが既存の観光コースでない所ばかりであったせいか、私が持っていたイメージとはグアムの表面的な部分だけであったのだという事を実感した。逆に言えば、グアムには戦跡やチャモロ文化などとても興味深いものがあるにも関わらず、訪れる前に私達が描くイメージはとても薄いものであるということが非常に残念に感じた。グアムを訪れる多くの日本人(観光客)は、ガイドブックに載っている整備されたビーチや宿泊施設、免税店などを目当てにやってきて、それらだけを満喫して帰っていく。つまりどこのリゾート地でも出来るような観光をして帰っていくのである。グアムにはグアムでしか出来ない、グアムにしかない観光があるのに、それらの魅力を発見出来ないために、ガイドブックに取り上げられないために、つまり知られていないがために、グアムの観光は小さなものに収まってしまっているのだと思う。私達日本人が海とショッピングを期待するから、現地でもそれらを用意するのか、あるいは現地がまずそのような観光地にしたから、私達がそれを期待するようになったかは、はっきり言えないと思うが、まだまだ伸びしろがあるグアムをこのままにしてしまうのは、本当にもったいないと思う。
私はグアムにリピートしたいとは思わない。現状のグアム観光だと、もう見終えてしまったような感覚になったからである。(もちろんそんなことはないが。)既に用意されたマーケットの中に行くような観光ではなくて、私達の合宿で回ったような、グアムの歴史に触れることが出来たり、グアムで生活する人々の文化を体験出来たりなど、もっと深いところでの観光が可能になれば、もう一度行きたいと思う。付け足すと、今回の戦争の話のような、語りなどを聞くことが出来たら、さらに興味深いものになると思った。


最後に。
舛谷ゼミではグアムとか珍しい気がするけど…みんなで海入ったり、買い物したり、ハンバーガーいっぱい食べたり、そんな合宿も新鮮でした!もちろんゼミらしいトレッキングもあったけど。濁流だったけど。笑(確実に至上最も過酷。)サンセット見たり、ウェスティンでヘヴンリーしたり…(飛行機のせいでゆっくり出来なくてごめんねー。)とにかく無事に終えることが出来て良かった☆みんなのおかげです、ありがとう!!そして、ちーちゃん、あいりお疲れ。はまちゃんもありがとねー。

今回の合宿を、個人テーマに生かせたらなと思います。

3年 佐藤 絵梨香
posted by masutanis at 19:45| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

3年☆グアム合宿

 グアムでの合宿は想像以上に濃いものであった。私が今回印象を受けたのは、2日間ガイドを担当してくれた、チャモロ人のレナードさんの話と、トレッキングを意義深いものにしてくれた芳賀さんの話である。

レナードさんはとても気さくな方で、家族のことや自らの研究状況など様々なことを語ってくれた。レナードさんとの話の中で見えてきたのは、必ずしもグアムに住んでいる人たちはアメリカという枠の中に収まっていないということだ。チャモロ文化とアメリカ文化はやはり様々な点において違いが存在し、そしてまた、アメリカが好きだというチャモロ人と、国籍はアメリカでも心の中では自分はチャモロ人だというアイデンティティーを持っている人々がいることを実感した。また戦跡の説明では生々しい話を聞かせていただいた。自らの親族を日本人との戦いで亡くし、苦しみ、戦後も日本人狩りに出かけていたという話には衝撃をうけ、心から合掌した。チャモロ文化においては、母系社会構造の話が新鮮なものでとても面白く、また羨ましくもあった。

芳賀さんの言葉では“愛国心”という言葉が印象的であった。戦後から暫く経った現在、日本人にはこの言葉は戦争の反動であまり良い印象では無かったように思われる。“愛国心を国家から植えつけられていたため、「日本万歳」と叫んで崖から飛び降り、また、集団自決で命を落とす日本人が多くいた”と私自身、小学校からの授業でも教えられてきて育ってきた。しかし大学生になってから、様々な国籍の方と関わることによって、また、今回の芳賀さんの話を通して、“愛国心”を持つことは自然なことであると思うようになった。自国の文化に誇りを持たない人や説明できない人はやはりどこか欠けている人のように思われる。現在の日本は“愛国心”に欠けているがために、逆に衰退していっているのではないかと感じる。先進国と言われながらも、自分を含め、これだけ歴史や政治など、自国のことを伝えられない国民は日本人以外にいないのではないかと思われる。平和は維持していきたいが、対立を覚悟で意見を発信しなければならない場面もある。その解決策が一貫性をもった意見を述べることだとしたら、まずは一つ一つの出来事において、自分の考えをしっかり持つことが重要である。そのためにも現在の日本は過去の積み重ねでできていることを忘れずに、歴史・文化・政治を学ぶと共に、国内の、そして海外の動きに目を向けていけるようになっていかなければと感じた。

 私はグアムにリピートしたいとは思わない。観光は見聞を高めるためにするものと考えたとき、表面的なグアムの観光は意義を満たしていないように思われるからだ。観光の楽しみはそこでしか見ることのできないものや感じられないものに触れることと、現地の人々と交流をもつことにあると思う。グアムでこの二点を体験するのは個人の旅行では難しいのではないかと感じる。研究者として行くなら、こんなに興味深い島は他にないかもしれないが、友達と表面的な観光に行くなどというときには、また訪れたいとは思わない。

 

〜思い出日記〜

1日目★ Grand Plaza Hotel到着。ゆかと同じ部屋ではしゃぐ。シャワーが出なくて焦る。コップを駆使して頭を洗う。

2日目★ Museumで戦争中に使用されたものや当時の状況について説明を受ける。現地の人にガイドしてもらい戦跡を巡る。車の振動があまりにも激しく、インディジョーンズを歌う。

トレッキングの説明を受けた後、チャモロビレッジの屋台で夕食。ヤシの実はまずかった。

3日目★ 初日の出を見ようと5時半に出発しビーチへ。真っ暗の中、不思議なトンネルを先生に連れられて抜けると目の前にはビーチ。日の出は反対側だが楽しんだ。ヒトデに出会う。ゆか・いっちゃん・てっしー・先生とジャンプ写真を試みる。先生が一番よく飛んだ。HYATTを通り抜ける。ゆかとSubwayへ。再び戦跡ツアー。警察署にも行く。あいり・さとえり・ちーちゃんと共に運転手さんとの交流を試み成功。チャモロ文化やグアムの歴史、そして現代にいたるまでの幅広い知識を教えてもらった。やはり現地の方から説明をうけた後は、何を見ても見る目が変わる。その後恋人岬に寄り、Micronesia Mallでお土産購入。夕食は中華のバイキング。みなは逆バンジージャンプをやっていたが、あたしとゆかとちーちゃんは叫びながらの写真係。その後DFSでIKKOさんが来たというソファーで写真撮影。怒られるかと思っていると店員さんが優しく、まさかの全員で撮影。入り口入ってすぐ場所での浮いた集団の撮影は注目を浴びる。

4日目★ バンに乗ってトレッキングへ。熱の入ったガイドさんの話はやはり説得力がある。高台から下を見下ろし、当時の戦争の情景がまじまじと浮かんだ後、高台からその道を下る。悪天候で川は増水。泥水を泳ぎながらも進むがストップがかかる。ルートを外れ、イレギュラーな道へ。銃弾が普通に落ちていた。傷だらけになりながらも帰宅。ホテルでグアム観光についてのディスカッションをする。夕陽をビーチに見に行く。夕食は安くて美味しい麺屋さんで食べる。スーパーと大阪屋に行きお土産を買う。

5日目★ 朝市で朝食。初めて地元の人が半分くらいいる環境をみつけた気がした。Westinに移動し、部長の方とのディスカッション。プロジェクトのグローバルスタンダードにあまりにも関係する話だったので驚く。美味しいビュッフェを堪能し、やっと待ちに待った水中アクティビティー!と思いきや受付時間終了。ホテル前のビーチで遊ぶ。ビーチアクティビティーのために貯めていたお金をJPDFS等の免税店に行き、必死で使う。へヴンリーベッドを体験し、寝過ごしそうになる。2時頃バタバタとホテルを出て、空港へ。

 

今回の合宿を手配してくれたさとえり・あいり・ちーちゃん・はまちゃん本当にありがとう★(*^_^*

村井 智美

posted by masutanis at 08:33| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

ブルネイホームステイ

遅くなってしまって、すみません!3月4日〜11日にかけて行われたブルネイでのホームステイについて、時間の流れに沿って書いていきたいと思います。

今回は計10人での旅でした。
4日に成田を出発し、5日の夜中にシンガポールに着き、そのままホテルに移動しました。泊まったホテルがRe:HOTELというデザイナーズホテルだったので、内装が凝っていてカラフルでおしゃれな造りでした。次の日は早起きして、タクシーを使い、マーライオンを観に行きました。その後は、さっちゃんの提案で行くことになったハウパーヴィラへ。あの有名なタイガーバームをつくった人達がつくったものだそうで。気持ち悪いものから笑えるものまで、とにかく独特でした。伝わりにくいと思うので、写真を見てもらえたらと思います。そして、午後にはシンガポールを出発。

5日の夕方、バンダル・スリ・ブガワン空港に着くと、ホームステイ先の家族の方々が迎えに来てくれていました。私達の家族は、パパ(photographer)、ママ、13歳と18歳の娘さん二人。ここから写真を撮られまくる6日間の始まりです…笑
この日は、空港からの帰り道、海で遊んだり、アイスを食べたりして、そのまま結婚した娘の家やおばさんの家に挨拶に行ったりして、一日が終了。前回行った先輩の話でも聞いてはいましたが、ここでは本当に親戚などとの繋がりが強いようです。ホームステイした一週間で、とても印象深かった事の一つです。

6日。ショッピングに連れて行ってくれました。ここで感じたのは、やはり、あまり観光というものが発達していないということ。よくある『お土産』という感じのものは、ほとんど見なかったように思います。その後、海へ行って写真が大好きなママと娘達と、写真大会(笑)。まいまいが持っていた日傘を気に入ったらしく、まいまいは撮られまくっていました。海から見えるサンセットは、すごく綺麗でしたよ。そして夜は、王族が子供たちのためにつくってしまったという、ジュルドン・パークへ。広い公園と遊園地が合わさったような場所で、夜でしたが小さい子もたくさんいました。結構並ばないといけないのですが、日本にはないようなアトラクションもあり、楽しめました。帰りには、ママとパパがお祈りをするためにモスクへ行きました。家族で一番熱心にするのがママで、子供達はしている様子が無かったので一度聞いてみると、一応はしているみたいです。ブルネイへ行くまでは、もっと宗教色の強い国だと思っていましたが、それぞれによるみたいです。また全体的に若者はそれが薄いような気がしました。

7日。この日は結婚式に行く事になりました。正装をした方がいいという事で、ママがくれた服を着て、スカーフを巻いて、イスラムの格好で参加しました。この結婚式がとにかく長い。そして暑い。このホームステイで何回かこういう正式な行いに参加させてもらったのですが、ブルネイの人達は、こういう場でも非常によく食べていました。もちろん私達にもたくさん食べなさいと勧めてくれるので、ついつい食べてしまい…太ったんじゃないかな。結婚式の話に戻りますが、式に行った人たちは一人一人、新郎新婦さんの手に筆で絵具のようなものをつけます。そしていい香りの葉をぱらぱらとのせます。私たちも見よう見まねでやらせてもらいました。また、引き出物もたくさんもらったのですが、その中に綺麗な飾りがついたネットの中に卵が入っていたので、なぜかと聞いてみると、お祝い事には卵という習慣があるのだそうです。世界には色々な習慣があるのですね。
この日はそのまま現地の学生との交流会へ。まずハイキング(という名のガチ山登り)、それからBBQ、そしてカヤックをして楽しい時間を過ごせました。現地の学生には、日本語がとても上手な人もいて驚きました。

8日。この日もお土産を買いに、ショッピング。そして公園の中にあるカフェ(?)みたいな所で朝食をとりました。ナンのようなものを何種類かのカレーにディップして食べました。デザートにはライスや芋で作ったケーキも頼んでくれました。
(話が少しずれますが、ブルネイの食事は極端に口に合わないものは無かったように思います。少し辛いものがあったりはしますが、どちらかというと日本人に合うものが多いような気がします。食べるものは、肉は鶏がメインです。牛もたまに出てきますが、やはり豚は一切食べません。他には魚や野菜は普通に食べるみたいです。)
朝食の後は、(多分)出世のお祝いに行きました。この時ももちろん正装で行きました。ここでも結婚式の時と同じような事をし、やはり卵が配られました。


9日。まだ暗い内に起きて、テンブロン国立公園へ。ボートに乗って移動し、とうとうキャノピーウォークへ。私はコタキナバルでも登ったことがあったのですが、ブルネイの方が不安定だったし、揺れるし、怖かったです…でもやはり、一番上からの景色は絶景でした!キャノピーウォークを降りた後は、滝へ向かい、浅い水の中を進んで行きました。滝は水が少なくて残念でしたが、そこの水の中に入ると魚が足をつついて角質をとってくれます。日本では商売として成り立っていますよね?天然でこういう体験が出来るなんて、とても貴重でした。その後は予定には無かったのですが、テングザルを見に行きました。すぐ隣が道路のような所にも住んでいて、驚きました。テングザルだけではなく、大きなトカゲやカワウソも見られました。
家に帰ってからは、この日が最終日ということで、家族や親戚がみんな集まってBBQパーティーを開いてくれました。その時に、撮ってくれた写真でスライドショーをつくってくれて、BBQを食べながらそれを流してくれたりもしました。

そして最終日10日。最初はトイレにトイレットペーパーが本当になくて、シャワーだけで、どうしよう!と言ってた私達でしたが、1週間が本当に充実していて、新鮮で楽しくて、あっという間に過ぎてしまいました。ホームステイ先の家族も、本当の娘のように良くしてくれたので、たった1週間でしたが帰るのがとても寂しかったです。

最後に、このホームステイを行う上で支えてくれた皆さんには、本当に感謝しています。ありがとうございました★
新2年生の皆さんも、行って損は絶対にないと思うので、ぜひ参加して下さい!
posted by 08さとう at 20:56| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月12日

ブルネイホームステイ

 投稿遅くなってしまいましたが、ブルネイでのホームステイ体験を記しておこうと思います。
 結局、事前学習以外ほとんど勉強しないままブルネイへの出発日を迎えてしまいました。ブルネイ王国なんて観光スポットとしてメジャーではないし、先輩や先生から話を聞いてもいまいちどんなところなのかイメージできなくて、そんな未知の場所への単純な好奇心と、イスラム圏に対する興味で参加したこのプロジェクト。結論から言うと、普通では絶対できない体験ができて、本当に参加して良かったと思っています。
 今回のホームステイで、私が一番興味があったことは、現地の人(特に若者たち)がイスラム教の習慣についてどう思っていて、どのぐらいその決まりを守って生活しているのか、ということでした。イスラムという宗教では、有名なところでは一日5回のお祈りや、日が出ている間は何も口にしてはいけないラマダーン、豚肉は食べてはいけないなど、私たちの仏教などと比べたらいろいろと厳しい規則が多くて大変そうだというイメージが私にはあって、普段からこういう規則について、実際にその宗教の人たち、特に同世代の若者もちゃんと守っているのか、守っているならどんな気持ちでそれを行っているのか、すごく気になっていました。
 このホームステイでは、私の家族に同い年の女子大生の娘さんをはじめ、下に女の子2人と男の子1人と子供が沢山いたし、現地の大学生と交流する日もあって、若い子たちと話す機会に恵まれ、気になっていたことをじっくり聞くことができました。まずお祈りについては、私たちは一度も家族の人がお祈りをしているのを見ることはありませんでしたが、やっているそうです。でも、子供たちはやはりそんなにやってられないらしく、3回にしたり、休日は10時ぐらいまで寝ていたりするそうです。
 ラマダーンに関しては、本当に日が出ている間は水すら口にしないそうです。ラマダーンについてどう思っているのかと聞くと、別にいいんじゃない?日が沈んだら何でもたくさん食べられるし!と言っていました。女の子はダイエットにもなるし、私が聞いた人は嫌ではないそうです。でも、その時期になると、逆に夜食べ過ぎちゃって太っちゃったー!という会話もでるらしく、若者らしいなぁと親近感がわきました。あと、私は知らなかったけど、ラマダーンの時期は口以外の穴からも異物を入れてはいけないそうで、おもしろい話に発展しましたが、ちょっとお下品なので割愛させていただきます^^w
 そして、豚肉は本当に一度も食卓には出てこなく、多分もう食べ物としては考えられていないんだろうなと思いました。普段は基本に白い長い米があって、おかずが何種類かでした。どれもスパイスがきいていて、鶏肉が一番多くて、次に魚、たまに牛肉でした。意外と野菜が少なく、野菜大好きな私にとっては衝撃でしたが、ほかのおかずがおいしかったのでそれも慣れることができました。
 
 と、前半は日常生活中心の話になってしまいましたが、レアな体験もたくさんしました。
 その中でもお葬式はかなり貴重な体験だったと思います。ほかのみんなが結婚式に参加したと話しているなか、私たちの家族ではおじいさんが亡くなってしまい、自由行動の日一日家にいて、葬式の様子を見ることができました。家には本当にたくさんの親戚が集まりました。特に取り乱して泣く人もなく、みんなそれぞれ会話していて、庭に沢山の料理が用意され、それを食べていました。3日間はこうしてみんな集まって料理を食べなければいけないそうです。また、日本のお経のように、コーランを全員でよんだり、独特のおでこを床につけるお辞儀を何度も繰り返していて、これがイスラムのお葬式スタイルなんだなぁと分かりました。
 あと、娘さんの彼氏の家で開かれたホームパーティでは、50人ぐらいの若い子たちが集まって、一つの部屋ではずーっとカラオケや日本の某ゲーム会社のドラムとギターのゲームをしていたり、外ではBBQをしていたり、友達ではなかった人とも楽しそうに盛り上がってました。私もすぐ仲良くなることができて、おもしろかったです。アルコールなしなんだということが信じられないくらい盛り上がっていました。
 ほかにもハイキングやテンブロンではブルネイの大自然を身をもって体感できたし、テングザルウォッチングでも遠目ながら沢山いることを確認でき、ほんとに盛りだくさんの充実したホームステイになりました。最初はぎこちなかった英会話もだんだん慣れて、マレー語も使えるようになって子供たちとの会話が楽しくなってきたときに帰ることになり、すごく残念でした。
 本当にいい家族と、素敵な人たちと出会えたことにも感謝したいです。あと、たくさん情報提供してくださった先生や先輩、リーダーのまっことさとえり、メンバー、現地の方などたくさんの人のおかげで今回はこんなにすてきな経験ができたと思っています。感謝したいです。
 
 なんだかまとまりなく印象に残っていることを書いてしまいました。すいません。お疲れ様でした。

福司祥

 
posted by 08ふくし at 23:54| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月09日

ブルネイホームステイ

だいぶ遅くなってしまいすみません。。。

3月4日〜11日にかけてブルネイホームステイに行ってきました。
初めて行く国だし、先生不在だし、とりあえず不安いっぱいな状況で出発しました。

ブルネイまでは直行便がないので行きはシンガポールに一泊滞在しました。半日シンガポール観光できる時間があったのでマーライオンとハウパーヴィラを見てきました。ハウパーヴィラはカニ女とかいろいろ衝撃的なオブジェのある公園?です。インパクト半端ないです!

午後からブルネイに向け出発し、空港に着いたらBJFAの澤田さん、ホストファミリーの方々が出迎えてくれました。
今回の参加者は10名で、二人一組で各ホストファミリー宅に滞在しました。私のホストファミリーはおじいちゃんおばあちゃん夫婦で、これまでにも何度か日本人のホームステイを受け入れている家庭でした。
ホームステイ中は息子さんや孫たちが遊びに来たり、娘さんのお家へ行ったりと、毎日のように家族の人達と交流があったのでびっくりしました。あと近所での結婚式に民族衣装っぽいドレスを着て参加させてもらえたりして、とにかく人との交流が盛んな毎日でした。

ブルネイはイスラム教が国教ですが、実際行ってみたら個人的にはそこまで宗教に厳しくしている様子は感じられませんでした。とは言っても、私のお世話になった家庭はイスラム教だったので食事は鶏肉や魚介類が中心でお酒も飲まず、現地の人は服装も女性は外出する時スカーフを巻き、肌の露出もほとんどしていませんでした。国立の立派なモスクも見ることができました。
またブルネイには王室があり、日本も皇室を持つので親しみがあると聞いていましたが、実際に現地の英字新聞を見てみたところ、海外ニュースの面に日本の愛子さまのニュースが取り上げられていたので驚きました。滞在中も現地のテレビニュースで国王や王子など王室関係のニュースが流れているのを何度か見かけました。

ホームステイ中は現地の大学生との交流会があったりテンブロンへ行ったりもしました。
交流会ではみんなでハイキングならぬかなりきつい山登りを体験し、カヤックにも初挑戦しました。現地の人々は歌って踊って明るく私たちを迎えてくれて、楽しい時間を過ごすことが出来ました。UBDの学生さんたちはみんな日本語が上手でびっくり!
そしてテンブロンは今回のホームステイで私の一番印象に残った場所です。この日は先生も合流し、みんなで船に乗ってテンブロンへ向かいました。キャノピーウォークでは木の成長の観察用の高い足場を歩き(ちょっと不安定で揺れる!)、頂上では大自然の絶景を見ることが出来ました。無料フィッシュセラピーもできたし、移動するときは船に乗ってリアル版ジャングルクルーズのような体験もしました。途中で見かけたオオトカゲ、でっかすぎてワ二かと思いました笑。ただ滝が今年は水量が少なくてちょっとしか流れてなかったのが残念でした。。。
でもここでは本当に日本にはないような自然を体感し、改めて自然というもののすごさを実感しました。

そして私は今回訪れることになるまでブルネイという国について全く知りませんでしたが、実際に行ってみると、人々の交流が盛んで自然があふれる、穏やかで過ごしやすい国でした。また日本では体験できないような貴重な経験もたくさんすることが出来ました。ブルネイは観光地として知名度は低い方になるかもしれませんが、世界で二番目に高級なエンパイアホテルがあったり、テンブロンのような大自然に触れられる場所もあったりと、観光地としても多くの人に知られていないのがもったいなく感じました。

最後に、BJFA澤田さんを始めメールのやり取りをしてくださったヤティさん、ホストファミリーの皆さん、UBDの皆さん、指導やアドバイス等行ってくだっさた舛谷先生、ホームステイ参加者のみんな、今回の企画に関わってくれたすべての方々に感謝しています。
本当にありがとうございました!








天野 真紀子

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posted by masutanis at 14:50| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月12日

川越フィールドワーク

先日川越へフィールドワークに行ってきました☆
地元が川越から電車で10分位の場所なので川越は小さい頃からよく行ってました…が!!!実は1番街や菓子屋横丁は行ったことがなかったのでこのフィールドワークをかなり楽しみにしてました(´ω`)

10時に川越駅に集合し、小江戸循環バスフリーパスを購入。
バスの中はかなり混雑していて驚きました。川越ではクレアモールや川越駅周辺くらいしかいつも行かないのですが、普段の生活の場所としての川越と観光という視点から見た川越というのはだいぶ違うように感じました。街の構造からわかるように繁華街と、いわゆる小江戸と呼ばれる街並みはすこし離れた場所に位置しています。今回は交通実験が行われていたこともあり歩道が広くなっていたのですが、普段はもっと狭いということでかなり歩きづらいのではないかと思われます。歩道をもっと広くすればいいと思いますが…。川越は土日こそ人は集まりますが平日はそこまで混雑するほど観光客が多くないのではないかと思います。(あくまで私の予想ですが…)なので普段の生活の利便性を考えると車両優先の構造になってしまうのかなと思いました。
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お昼は川越ラーメンを食べました。川越はサツマイモの名産地でもありトッピングにも芋、餃子にも芋が練りこんでありとても美味しかったです。雑誌でも紹介されていたようで私の好きな某有名人も来店したことがあるとのこと、大興奮してしまいました。笑

その後は菓子屋横丁へ。大きなふ菓子や昔懐かしい駄菓子、芋をつかった羊羹やソフトクリームなどを売っている店が路地に所狭しと並んでいました。外国人観光客も見かけることができました。ここは完全に観光客向けといった感じでした。近所の子供達とかはやっぱり買いに来ないのかな??今は観光客向けに変化してしまったのかもしれません。

そして先生と別れたあとは喜多院へ行きました。途中ハプニングもありましたが!笑 なんとか喜多院へ到着。お参りをしてからバスに乗って駅まで戻りました。

私が今回フィールドワークに参加してみて新しい川越の面白さや魅力を発見できたように思います☆人力車があることやウナギが有名!なんてことも知りませんでした。

もしかしたらこれからも一番街とか行く機会なかったかも…。駅からちょっと遠いし!けど観光バスが結構頻繁に出てることも判明したし、またラーメン食べに行こうかな。笑
自分が観光客になっていってみるということだけでも川越という街が違って見えたような気がします。
身近な街を新しい視点で見るのは意外に面白かったです。

2年 中橋いずみ





posted by 08なかはし at 21:41| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

観光町づくり☆川越

091107_1218~01.jpgSN3E0035.JPG川越探検に行ってきました♪

まず駅について感じたことは意外と都心だということ!!少江戸のイメージが強い川越ですが、駅の付近はわりと都会であることに拍子抜けしました。バスで15分ほど行くと蔵があったりと川越のイメージに近い町並みに近づいていきました。
りそな銀行などの落ち着いた西洋建築と古くからの日本建築は不思議なことに上手く調和していてとても景観が良かったです。

電柱が地下に埋まっている点や街灯をお洒落に工夫してある点、観光ガイドやパンフレットの6ヶ国語表記(日英仏独中韓)や観光用のバス、人力車、出店の雰囲気などからは、観光政策が進んでいる点が感じられました。
また、芋を全面的に出した商品が多く、芋ラーメン、芋うどん、芋餃子等、いつもの一品に芋を加えることにより差別化をはかっているなと感じました。
NHKの連続テレビ小説[つばさ]の名残が色濃く残っており、観光案内所や資料館などでも専用スペースが儲けられていたのが印象的でした。朝と昼に放送されるNHKの連続テレビ小説などは主婦や高齢者が比較的見やすい時間帯であると思われますが、その影響があってか、年配の方の観光客が多かったように感じました。
私としては川越の一番街等の辺りは鰻屋が多い点や出店の雰囲気等は成田山の新勝寺に続く道と似ているような印象を受けました。成田の方がやはり外国人は多かったと思いますが…。

関係ないのですが、川越の人は洗濯物や布団を豪快に干すなぁ!とも感じました。

川越の改善点として挙げられるのはやはり道路だと思います。現在検討中とのことですが、狭い道に車が走るということは、景観を損ねると共に、ぶらぶらと味わいながら歩く楽しさや、立ち止まって写真を撮るなどの余裕をも奪ってしまいます。観光地としての活用を考える上ではどのように交通の便と観光を両立させるかが重要な問題だということを改めて実感しました。

外国人のインバウンドとしては、埼玉と東京は隣り合っているため、渋谷、新宿、秋葉原などの都会と川越の小江戸をセットにしたツアーなどが出来れば両方の面を楽しめて良いのではないかと思います。
しかし、川越は小規模な為時間をかけてまで訪れる程かと言われると疑問に思う点もあり、それなら成田空港から成田山への道を楽しみ、その後東京に向かうツアーの方が効率が良い気もします。川越を訪れていた外国人はいったいどのような目的でどのような行程で来たのか、短期の旅行者なのか日本に長期滞在中なのか等、とても気になるところです。

以上です♪


村井智美
posted by masutanis at 00:15| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

ゼミ合宿


台北合宿。
ゼミの最大の企画、という事で台北に行ってきました。 一週間というとても短い期間でしたが学んだ事もたくさんありました。午前中に講義を受けて午後に現地に行くというスタイルで一週間過ごしつつ、個人的には 夜のが楽しかったのは内緒で!台湾については多少勉強していったつもりでしだが、まだまだ! Frist impressionとして日本とどことなく似てるなー! それと現代と過去が入り混じったような感覚をうけました!観光客は日本人が一番多いだけに日本人慣れしとる…|( ̄3 ̄)|。日本の文化がかなり導入され てて驚きは隠せなかったです。若い子たちは日本人みたいだったし、最後のクラブで逆ナンパされた?子も日本のギャルみたいだったし!かわいかった^^ 親日国家たるゆえんかな…。言語はちょっとでもしゃべろうと頑張りましたが…なかなか難しい…。中国語と台湾語の微妙な違いにまた混乱(°□°;) 上がるのか下がるのかよくわからんかった。向こうのゼミの子たちが丁寧に教えてくれました!毎回、海外と日本とか旅に行くたびに思うんだけど…
やっぱり目的を持つって事は大事という事を再認識しました。今回は自分の中では、[台北観光というより現地の同世代の子と仲良くなる!少しでも言葉を覚える!]って いうテーマみたいのをかがけていきました。まぁ観光も楽しかったですが!結果的に、少しでもそのテーマ風に過ごせたかな?と思います。向こうのゼミの子た ちの、学習意欲は本当に高くて自分のモチベーションが高まりました。ある子にはなんで韓国語しゃべれるのに中国語できないの?って言われ…(;_;)俺、 ナイーブなんできずつきました。帰ってからさっそく中国語の本買って、勉強はじめました!!もう台湾もなかなかいかないし、次にみんなに再会できるのはいつかはわからないけど少しでも成長して再会したいなと思います。
以上で合宿報告終了っす(*^o^*) 権 暁成

posted by masutanis at 12:36| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月05日

海外合宿in台湾

 今回私は初めて台湾を訪れました。
台湾で一番印象深かったのは「親日」ということでした。
 事前に行われたゼミ内でのプレゼンテーションや研修で「親日的だ」ということを聞きましたが、それは若い戦争を体験していない世代の若者の話であって、お年寄りや戦争経験者はやはりいい印象は持っていないのではないか、と思う気持ちもありました。
しかし実際に台湾を訪れ、現地の人々と接してみて、「ああ本当に親日なんだな」と実感することができました。
戦時下で日本語を学んだことのある方が多くいらっしゃったのですが、みんな日本語を楽しそうに話しているのが印象的でした。「小学生の頃に習ったんだよ」という人もいて、「小学生くらいの歳で学んだことは一生残るくらい強く記憶されるんだな」と驚きました。言語に限らず教育も同じで、その頃受けた教育な影響で親日なのかな、とも思いました。スーパーや夜市でも「日本人ですか?どこからきましたか?」とか意味はわかっていない感じでしたが「ごちそうさまでーす!!」を連発している人に話しかけられました。また、ゼミのみんなで歩いていると、すれ違った女の子たちが「あ、日本人だ!あの子のファッションどう?あの髪形よくない?」とその場で髪型をまねし始める現地の子がいたという話を聞いて、日本人が西洋人に憧れるよりももう少し近い感じでの憧れがあるんだな、と思いました。
 また今回のゼミ合宿では午前中に台湾について色々な分野からの講義を受け、午後は午前に学んだものを実際に見て、聞いて、触れるといった積極的で充実したフィールドワークを行うことができました。歴史や文化を学んだ中でも特に印象に残っているのは、たくさん訪れた廟と烏來です。
 廟の数にも驚きましたが、煌びやかな装飾や信仰者の多いことに関心を持ちました。日本ではお寺などは「質素、簡素、そのなかに見える趣」といった印象があったのですが、廟は装飾などの色使いやあからさまなネオンといった日本とは趣の違うたたずまいでした。廟は信仰者からの献金で成り立っていて、廟内にお金を払った人の名前が書かれたネオンが所狭しと並んでいるところがあったのですが、毎年年初めに更新されるということでした。つまり来年もお金を払いに来なければ名前が消されるということです。孔子の教えでは「身分の差なく平等に教育を受けられる」そうですが、現代において廟お維持するためには実際のところそういう若干せせこましく思えることも必要なんだな、と信仰心だけではどうにもならない現代の宗教事情を目の当たりにした気がいました。
 また急遽訪れることができた烏來ですが、講義で「原住民同士はそれぞれ自民族間でしか伝わらない独自の言語で話す」ことや「烏來の原住民はインドネシアやフィリピン的な要素を持ち、台湾とは異質でありながら台湾独自の種族として発展が注目されている」ということを聞き、若干アボリジニのような種族を想像していましたが実際は原住民といっても見た目的にはそう変わらないらしく、生活形態や言語が異なる感じだそうです。今回訪れた中で一番エスニックな感じがしました。

今回の台湾合宿を通じて、歴史的背景だけで国の印象を決めつけたり、「原住民」といった言葉の印象だけで思い込んだりしてはいけないなと強く感じました。講義で聞いたもの講義の内容がしっかり頭に残っている間に実際に現地を訪れる、ということはなかなかできないと思うので、今回そのような形で学習することができて本当によかったです。
講義してくださった先生、師範大のみんな、現地の人々みんな親切で、学生の子は、表現が適切かわかりませんが、全然すれてなくて、勉強熱心でとてもいい刺激になりました。
ありがとうございました。
最後に、アメニティのクオリティとか、寮とか、初めての海外合宿でかなりハードル上がった気がしました(笑)


手島智美
posted by 08てしま at 20:36| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月30日

台湾合宿

ゼミブログに投稿するため改めて台湾でのゼミ合宿を振り返ってみると、本当に充実した一週間でいい経験をさせてもらったのだと実感します。私は初めての海外ではなかったけど今まで海や買い物を楽しむといったレジャー的な旅行が多くて、こんなに旅行先の国を知る機会はなかったように思います。本当にたくさんの経験をしたけど長くなるのでとくに印象深かったところをふりかえってみたいと思います。

私が行く前からとても楽しみにしていた九ふん老街では様々なものを目にすることができました。日本では買えないものがたくさんあってお土産を買うには最適だったと思うのですが、なぜかまだ買わないほうがいいと思い何も買いませんでしたが、それでもとても楽しかったです。見ているだけで楽しいのでずっといても飽きない気がします。ただ臭豆腐のにおいは本当にだめで何回も息をとめて歩きました。何人かは臭豆腐を食べたと聞いて本当に驚きましたが、せっかく海外に来ているのだし食べておくべきだったかも!!とあとでちょっと後悔しました。またあのにおいを嗅いだらそんなこと言えなくなるかもしれませんが!!
そのあと台北101に行き夜景がとてもキレイで感動しました。写真ではキレイさがうまく伝わらないので目に焼き付けておこうと屋上にも行ってずっと見ていました。台北101にもストラップなどのお土産品がありましたがやはり値段がはっていたので見て楽しみました!

次の日いった烏夾では行きにスピードの早い列車に乗って移動し楽しかったです!帰りも乗れるのだと思いはしゃいでいたけど普通に歩きでしたね。夜はちょっと怖い感じがしたけどみんなとしゃべりながらだったのであっという間でした。でもこのちょっと怖い感じの道が情人歩道といって台湾のカップルがデートによく使う道だと聞いて驚きました。長い階段は本当に疲れたけど春に来たら桜がきれいみたいなのでまた行ってみたいです!

また台湾での食事が印象に残っています。三日目に行ったレストランでの小ろんぽうは本当においしかったし、師範大学ででてくる昼食は毎日楽しみでした。よいちでの珍しい食べ物も大丈夫かな?と思うものもあったけどよかったです。特にカキ氷はすごくはまりました!やっぱりフルーツがおいしいし氷にまでミルクが含まれていて何回でも食べれました。安いのに量もすごく多くてうれしかったです!台湾にいったことのある友達に話したらよいちの食べ物とか大丈夫なのといわれましたがすごくいい経験ができたと思います。烏夾で食べた夕食も珍しいものばかりでよかったです。お酒もおいしく飲めました。

また師範大学での事前学習もすごくためになりました。台北賓館、総統府、孔子廊など他にもさまざまなところにいきましたがどれも事前学習がとても役に立ちました。しかし自分自身でも来る前にもっと調べておけばもっと理解を深められたと思います。事前に学習しておくことの重要性を改めて感じました。師範大学では本当によくしてもらって、学生とも仲良くなれたことがうれしいかったです。中国語をもっと話せるように勉強してまた会えたらいいなと思いました。

一週間という長い旅行はしたことがなく、行く前はちょっと不安だったのですが本当に楽しく充実した一週間が過ごせました。先生やゼミ生、師範大学の人のおかげです。本当にありがとうございました♪

森田千晶
posted by masutanis at 11:09| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

台湾ゼミ合宿

今月4日〜11日にかけての約一週間、私はゼミのフィールドワークで台湾
に行ってきました。
私は海外合宿のしかも台湾プレゼン係だったので、行く前から少しずつ情報収集は行っていたけれど、一番驚いたのが哈日族。
といっても、「いくら親日の国っていったってほんの一部でしょ〜」と思いながら現地に行ってみたら驚いた。都市部には日本を思わせるものばかり。日本でも人気のジャニーズ系アイドル、
寿司 ショップ
くらいならまだわかるけどなんと「サイゼリヤ」「和民」まで発見したときには感動!!
大きなファッション
ビルに入ってみても中に入っているショップは見覚えのある日本ブランドばかり!(税がかかって若干高め)
いくらなんでもここまで日本ナイズドされてるとは思いませんでした。

あと毎回アジアに行って驚くのが、言語です。
英語
は世界共通語だし英語で話せば何とかなるかな、とか思って挑むけど結構多くのアジアの国では、英語があんまり通じない・・・笑
それより、日本語
の方が通じちゃったりすることのほうがよくある。
確かに日本人観光客が多いから日本語勉強
するっていうのはわかるし、韓国
も台湾も第二外国語として日本語を取る人が多いとは聞くけれど、第一外国語の英語より二外の方がしゃべれるって日本人の私にとっては不思議・・・

でもそんなこんなで、師範大の子達はそれこそ申し訳ないくらいみんな親切にしてくれて、一週間という短期間で仲良くなることができました。本当に感謝しています。


かなり楽しみにしていた食文化ですが、毎日いろんなところを回ることができていろんな種類を試すことができ楽しかったです。
普通の中華から原住民スタイル、屋台、鶏肉などいろいろ食べましたがやっぱり安くて美味しい屋台が私は気に入りました。
私の部屋の子達は毎晩のようにカキ氷食べてました。台湾のフルーツ
は本当に安くて美味しい!感激しました。owada.jpg
毎日いろいろな観光地
をヘトヘトになるまで回ったけど、一番インパクトが強かったのは、おみくじ・・・
生まれて初めて大凶ひいて、内容はすべてにおいてとことん最悪で「死」という文字まで書いてあって、一時間くらい激ヘコみましたが、あんまり深く考えるのはやめました。だって占いなんかもともと信じてないですから。こんなことでは死にません(´ー`)
あとは、九分はやっぱり素敵な雰囲気でした。たまにすごい臭いしたけど、独特な雰囲気で、食べ歩きながら買い物ができて楽しかったです


機会があったら、今度は高雄のほうとかも行ってみたいなと思います。
いろいろ勉強になったし、貴重な経験をした一週間でした。

大和田
posted by masutanis at 08:44| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月29日

台湾合宿♪

台湾合宿以来謝々が口癖になっちゃって
友達にウザがられてるまいです☆

まずは合宿お疲れ様でした♪
何事もなく無事に終わって良かったです(*^^*)

出発前は1週間長いなーと思ってたんですけど
毎日充実してて本当にあっという間でした!

それも台湾の子たちがすっごくよくしてくれたからだと思います。
常に気を配ってくれていて大変だったんじゃないかな(>_<)
あと、日本語がすごく上手で日本語でコミュニケーションがとれたのは本当に助かりました!
中国語はニーハオと謝々くらいしか知らなくてめちゃめちゃ不安だったので、向こうの空港でみんなが出迎えてくれた時、日本語で話しかけてくれて安心したのを覚えてます。
そして台湾の子たちも私たちとあまり変わらない!
嵐がスキで山Pがスキでスウィーツがスキでドラマがスキでyoutubeがスキ!
日本のコトを沢山知っていて、日本の文化が台湾でとても浸透していることを生で感じることができて嬉しかったです♪

この合宿を通して言えることは、個人旅行では絶対に経験できないことが沢山できたということです!
台湾の大学生と仲良くなったことをはじめ、原住民の料理を食べたり、あんなに沢山廟をまわったり、原住民博物館に行ったり、トロッコ?に乗ったりダンスを観たり…貴重な経験ができました(*'ω'*)

個人で行ったらだいたい観光地を回ってうわべだけで台湾を楽しんで終わり、という感じですが、
今回は事前学習をして、現地でも授業をうけ、その後先生がたと現地へ向かうことによって台湾を深く知ることができたと思います。

なかでも、三峡老街で出会ったおじいさんや総督府にいたおじいさんなど、事前に333で観たビデオにあったように日本統治時代に日本語を教えられ、今でも話せる方々に実際に多く会うと、すごく複雑な気分になりました。
戦争は過去の出来事ですが、戦争を経験した人々は現に今生きていていて、一言で『過去』とは言えない程多くの影響を残していることを改めて痛感しました。

今回の経験をこれからの日アジの活動に活かしていけたら、と思います。


本当に充実した、中身の濃い1週間でした!
ありがとうございました!


星野 舞
posted by masutanis at 13:40| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

海外合宿in台北 2009.9.5〜11

とにかく歩いてみること、なんでも食べてみること、聞いてみること、思ったことを言葉にしてみることの重要さに気付いた合宿となりました。ゼミ合宿として台湾でみんなと過ごした7日間は、ただ旅行する7日間とは違う重みのある一週間でした。

まず今回印象的だったのは、50年間に及ぶ日本統治の名残が、今でも随所にみられたことです。「昭和〇年」という日本の元号や、天皇の名前、灯籠や台北賓館にあった日本式庭園などがみられました。015.JPG
師範大の楊先生に聞いたのですが、日本統治が終わっても畳を使い続ける人や日本の食事を好んで食べた人もいたみたいです。三峡老街では、統治中に日本語教育を受けていたおじいさん(74歳。私、年齢ずばり当てました)と話をすることもできました。生きた歴史ですよね。そうゆう人を前に、親しみをもちながらもなんとなく背筋ののびる思いがしました。別れ際に住所を教えてもらったので、写真と手紙を送りたいと思います。誰か一緒に送りましょう。

私は二外が中国語なので、少しでも使おう!と思っていたけど…師範大の子達との会話は日本語(みんな上手!)。困った時は英語という感じだったので、中国語使えず。ひたすら「謝々」というばかり。語学ができると、学んだことの理解も深まるのに。自分のできなさにへこみましたが、語学の勉強やる気がおきました!

師範大の先生方や生徒のみんなは、自国の文化や歴史、はたまた流行などを知っていてそれを伝えられる人々でした。特に学生のみんなは、本当に熱心に説明してくれて、みんなの行動やふるまいは尊敬に値するものでした。例えば私が逆の立場、台湾師範大のみなさんを迎え入れる側になった時に、自分だったら日本人として何ができるのかな、と考えました。日本人だから日本のことは知ってるだろうという前提で、いろいろ聞かれるでしょうが、質問にちゃんと答えられる自信は正直ないです。師範大で受けた授業中の時にも思ったことですが、日本の学生は知っていてもそれを言葉にしたり説明することが苦手なのかなぁと思います。学ぶこと、そしてそれを言葉で表現すること…とても大事なことだと感じました。

どんどん歩いて行く先生と、写真撮りながらゆっくり進む最後尾との差は100メートル(それ以上?)に及ぶこともありました。次回はその差をもう少し縮めて先生の話をちゃんと聞きたいです。そんな100メートルの大行列の世話をしてくれた(大変申し訳ない)師範大のみんなが最後に空港で泣いてくれた時、「あ〜台湾きてよかった」と思いました。

その旅の評価って見学したものよりも、その旅で出会ったり関わった人々と、その時の天気(毎日晴れてよかった)で決まる気がします。

支離滅裂な文章ですみません。さいごに舛谷先生、師範大のみなさん、合宿係をはじめゼミのみんな、どうもありがとうございました!とにかく楽しかったです!

森田彩花
posted by 08もりたあや at 02:06| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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