2011年11月14日

☆山手線一周☆

毎年恒例(になりそうな)山手線一周ウォーキングに初めて参加しました^^
出発は池袋東口。外回りルートなので、まずは大塚に向かって歩いていきます。
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8:30 池袋出発

9:19 大塚着

9:40 巣鴨着

9:54 駒込着 駒込→田端の間で、山手線に2つしかないという踏切のうち一つに遭遇。

10:28 田端着 裏口の珈琲店発見(笑) 
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10:46 西日暮里着 

いくつかお寺や神社の横を通る。
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きび団子でパワー補給。柔らかくておいしかった^^
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秋の風景ですね。
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11:09 日暮里着 墓地を通って行きました。途中スカイツリーも見えました♪

11:48 鴬谷着

12:13 上野着 アメ横は大賑わいでした。ここでお昼タイム(40分くらい)
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13:11 御徒町着 お昼ごはん後集合。先生が遅くなって、頭を丸めてお詫び(笑)

おしゃれな高架下を通って秋葉原へ。
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13:44 秋葉原着 AKBカフェの列の長さにびっくり!先生が電池購入。電気街の誘惑を切り抜ける。

14:08 神田着

14:32 東京着 

14:51 有楽町着 高架下を通ったり、JTBの支店に顔を出して先輩を探したり。

15:11 新橋着 

新橋にて。一番人数が多かった時でしょうか。
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15:43 浜松町着 これで半分まで来ました!!

16:21 田町着

16:54 品川着

暗くなってきて疲れが出てきました。
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ベンチがあったらつい座ってしまいます。
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17:41 大崎着

こびとさんにパワーをいただく。
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17:55 五反田着 先が見えてきた気がする!

18:16 目黒着 ことみちゃんと合流^^あの笑顔に元気がでる!!

山手線に2つしかないという踏切2個目に遭遇。コンプリート!!
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恵比寿ガーデンプレイスのイルミネーションでパワー補給!
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19:07 恵比寿着 渋谷へ向かう上り坂に備えて夕食タイム。(30分くらい)

20:18 渋谷着

ラフォーレのまえのツリーに力をもらう
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20:49 原宿着

21:18 代々木着

21:36 新宿着 もうすぐだという希望がわく。

22:01 新大久保着 閉店間際の韓流ショップを通り過ぎ、長い直線をひたすら歩く。

22:13 高田馬場着

22:41 目白着 あと一息!と気合を入れる。

そして

23:03 池袋到着!!!!
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おつかれさまでした!!!
本当に本当に大変だったけど、すごい達成感!!
そして山手線って、以外に狭い範囲なんだなということがわかりました。
行ったことのない駅を歩くことができて、なんだか東京をもっと知れたような気がします。
あったことのなかった2年生のみんなとお話しできてうれしかったし、覚えてもらえてよかったです!
私もみんなの顔と名前覚えたよ!(たぶん)
足が痛いのに今日はゼミがあるけど、楽しい旅だったって報告するのが楽しみです。
来年も参加☆カナ?


4年 鮫島由理恵
posted by 07さめしま at 12:48| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月03日

☆ホーミー☆

7月28日、夕飯を早めに家で食べて、ゼミで「倍音バー」に行きました。

北千住にある小さなお店。
バーというよりカフェっぽかったです。

ホーミーは、モンゴルに伝わる喉歌です。
高校生の時、なぜか放送部でホーミーのビデオを見た気がするのですが、あれは発声法を参考にするということだったでしょうか^^;

ビデオの音声と生はぜんぜん違って、しかもこのバーではホーミー楽器を使って演奏と一緒に歌ってくれるのでいろんな音が共鳴して本当にきれいでした。
感動しました。

口琴の演奏も素敵だった…。
これが室内でなく、屋外でも同じように響くというのだから本当に不思議。

目を閉じて、力を抜いて静かーに歌う様子は、安静そのものでした。

ゆったりと、静かに、声を響かせる。
不思議な空間でした。




馬頭琴も使いました。


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倍音治療?
何かがついてる人はこれでよくなるとか。
体に倍音が響いてゆくのがいいらしいです。


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またホーミー聞きに行きたいです。
あんなに近くで聞けるなんて本当に貴重でした。

オーナーさんがとてもゆったりした方で、和みました^^
ジュースも果物を絞ってくれましたよ♪


しかも楽器に触らせてくれた^^!!

4年 鮫島由理恵
posted by 07さめしま at 18:55| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月02日

☆富士登山2011☆

遅ればせながら、7月16,17日の2日かけて富士山登ってきました^^

前登った時はナイトハイクで、夜11時に登り始めて朝7時に山頂…!って感じだったのですが、今回はデイハイク。山小屋に泊まって体力回復できました。
だから私的にとても楽な登山でした!
値段上がるけどね^^

まずは5合目までバスで行って、そこでお昼を食べます。
私は富士山ホットケーキ食べました。こんな絵が描いてあるだけでついつい魅かれてしまう(笑)

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1時間くらい5合目の空気に慣れたら、午後1時にやっと登り始めます。
5合目から6合目は、まだ木も生えていて普通にハイキング気分^^
前は夜だったから何も見えなかったけど、やっぱりデイハイクはいろいろ自然が楽しめていいですね。


6合目から7合目は、ひたすら砂利道をじぐざぐ登っていきます。
飽きます(笑)
でも夜はずーっと同じ感じの道を登って行くように感じてつらかったけど、昼は自分がどんどん高いところに登っているのがわかるから楽々^^

7合目まで行く途中で一回休憩。
この写真、完全に頂上のノリですね(笑)
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7合目では、皆でお菓子を分け合いました。ナイトハイクの時は登りながらおやつ食べなかったけど、今回は結構食べたくなりました。
2年生ばっかで皆若いんですよ><私さりげなく3つも年上!慣れない環境!!でも皆と仲良くなったよ☆

そうそう、7から8合目は本格的に山登りになってきます><
一昨年も書いたけど、両手両足使ってがしがし岩を登ります!!
腕力も必要になってくるんだなー。ここでは金剛杖が邪魔になります。


夕方6時半ごろ、山小屋につきました。
今日はここに泊まります。
夕飯はカレー!福神漬とらっきょうは食べ放題です(笑)


ここで寝ます。ほんっとにせまい><

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寝返りもできません。しかしちゃんと寝ないと頭痛くなっちゃうので必死で寝ようとします。私でも熟睡できない場所ってあるんだ…と知りました。

夜12時に起こされ、そこからはナイトハイク。
朝の4時半までに頂上に着かないと、ご来光が頂上から拝めなくなってしまいます。
8合目から頂上がまた長いんですよね^^;
でも夜だから涼しくて、体力的には楽でした。
深呼吸いっぱいして高山病予防しました。



そして4時過ぎに、頂上に着きましたー^^
最後のほう結構ダッシュで登った(笑)
てかご来光待ちの人多すぎー!!
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きれいなご来光拝めましたよ^^
今年もいいことありそうです。

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そのあと、行きたいメンバーで富士山の一番高い場所、剣が峰まで登りました。
一昨年は雪が残ってて道がなかったのに今年はちゃんとお鉢めぐりまでできちゃいました^^

剣が峰です。


万年雪残ってましたー^^
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そしてみんなで下山!!

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登りには何時間もかかったのに下山は3時間くらい(笑)!!
走っておりました。
靴ずれしちゃったけど^^;

帰りはツアーに温泉が含まれてたので温泉に入って帰りました。
富士山のあとの温泉、最高でしたー^^!!

来年も行きたいな♪

ちなみにこのときひねった足は今も痛いです(笑)

4年 鮫島由理恵
posted by 07さめしま at 17:59| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月22日

☆屋形船☆

昨日は観光街づくりプロジェクトの一環で屋形船に行きました。
毎年恒例ですね^^

参加人数38人!!

大所帯です!!
屋形船貸切で大騒ぎでした^^

なんか前に行った時より暗い気がするって思ったら、一昨年はちょっと早い時間だったんですね。
節電中ですが、夜景は見えました。
やっぱり夜風を感じながらの屋形船は風情があります。
もんじゃ焼きとお好み焼き食べ放題で!!

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出発した時の風景。
夕暮れ時もきれいですね♪

前は無かったと思われる、豚キムチチャーハンとか、タイカレー風もんじゃがありました。
タイカレー風もんじゃ…焼く前からなんだかちょっとエキゾチック。。。
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焼いてるとやっぱり暑くなりますね^^;
どれもおいしかったから、結構食べるのに夢中だったなー☆


とにかく2,3年生が元気元気!!
もっと皆と話したかったけど、にぎやか過ぎて声聞こえないから(笑)

来年も行けたらいいなと思いました!!
だって来年は、スカイツリーも見えますもんね♪

千葉さんとことみちゃんと一緒のテーブルで楽しかったです!
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4年
鮫島由理恵

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2010年12月12日

☆若者の海外旅行離れ2シンポジウム☆

今日は学校でシンポジウムがありました。
ゼミ主催の観光シンポジウムで、若者の海外旅行離れについて話し合う場です。

 最初に登壇した中村さんのお話はとても興味深かったです。
まず、西ヨーロッパを自転車で旅する経費をスポンサーを集めて埋めるという考えに至ったところに驚きました。
学生が自分の旅にスポンサーをつける??
頭ではわかってもなかなか現実的に想像しがたいところではありました。
しかし話を聞いていると、若者が積極的に外へ出ていくことを応援してくれる企業がたくさんあるんだとわかりました。
もちろん協賛を集められたのは中村さんの粘り強い努力と、プレゼン力があってのものだと思います。飛び込みで大きな会社に営業をしに行く勇気は本当にすごいと思いました。
自分のやりたいことを自分でしっかり理解して、それに情熱を持っていないとできないことだと思います。
これって結構難しいことなんですよね。

旅行中のエピソードを写真を交えてお話していただきましたが、どの話にもとても心惹かれました。
自転車で西ヨーロッパ一周を2カ月かけて行ったわけですから話したいこと、たくさんあったと思います。
たくさんの思い出を胸に帰ってきたに違いありません。
こういう経験を私もしてみたいとは思うのですが、やはり先に時間がないとか、危ないとか、そういう理由が浮かんできてしまいます。



 3年生のパッケージツアーの話では、決められた、ありきたりなパッケージツアーでは観光地の本来の魅力を感じることはできていない。
そこでゼミ合宿のような体験型の、他にはないような旅行プランを実行していく必要がある。
という発表がありました。


 そのあとに続くパネルディスカッションでは海外旅行の形を探るというところまで議論が進みました。
旅行に行かない人に行くように働きかけるより、今行く人にもっと行ってもらえるようにするにはどうすればいいかという議論でした。

 パッケージツアーの問題点がいくつか上がりましたが、私は初めての観光地に旅行となると実はついついパッケージツアーを選びがちです。
なぜならその場所をよく知らないために与えられたものを見て、聞いて、食べて、という旅行スタイルのほうが楽で、効率的に思えるからです。
忙しい中で時間を見つけて旅行に来たのに、道に迷って無駄な時間を過ごしてしまったり、時間を移動に費やしてしまったり、といった時間のロス(一概に無駄な時間とは言えませんが)があると、もったいない気分になってしまうのではないかと考えるからです。
実際そんな経験もパッケージで旅行していたら見られなかっただろう街の風景に迷い込んだ、だとか移動中に現地の人との交流があったということでプラスの価値になるかもしれません。
しかし、旅行のプランを立てるとき、私は何より、できるだけたくさんのところに行って、たくさんのものを見て、帰ってきたらたくさんのことを語りたい。と思ってしまいます。
そのため、広告で見るからに充実していそうなツアーを見ると、この場所は初めてだし、とりあえずパッケージツアーで楽に行こうかなと考えてしまいます。

 しかし似たようなパッケージツアーを2回目に使う人はあまりいないと思います。またあの街に行ってみたいと思っても、また代表的な場所をめぐって、同じ風景を見て…というのは…と思ってしまいます。でも、航空券もホテルもすべて自分で手配するのは面倒だし、しかもガイドや食事までついたパッケージツアーよりもかなり高い値段になってしまうことがあります。
 そこで利用するのが、飛行機、ホテルだけが準備されたツアーです。指定された時間に飛行機に乗り、現地へ行く。そのあとは時間を好きに使い、また指定された時間に日本へ帰る。という少し自由度が上がった旅行です。街の地図を見て自分の行きたい所へ行き、一回目には見られなかったものを見ることができます。
 こういう、実はリピーターやちょっと旅慣れた人向けに作るパッケージツアーの形をもっと増やせば、今旅行に行く人がもっと行くようになるのではないかと思います。たくさんある選択肢の中から選ぶことをすでに面倒だと感じている今の若者(私を含め)には、ある程度決まった枠組みの中で自由に行動するということが安心で、楽に感じるのではないでしょうか。


3年鮫島由理恵
posted by 07さめしま at 00:26| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月04日

モンゴル合宿(2010.8.16-23)

遅くなりましたが・・・
モンゴル合宿で感じたこと、主に3点に分けて書きます!

1.【言語】
一番驚いたのが、言葉の壁。
私達が交流していた人たちが、日本語学科の人たちであるからこそ気付きにくいこともありましたが、世界の共通言語となっている『英語』が通じなかったことに、衝撃を隠せませんでした。

まず私が「留学生用寮」で、オートロックをかけてしまい寮の管理者に「鍵をあけて欲しい」ということを伝えたところ・・・英語が通じない!!!
なんとか、ジェスチャーで「部屋が開かない!鍵がない!」
と伝えたところ、紙とペンをおもむろに取り出し、部屋番号を書け!(というニュアンス)を言われました!
その後、ナラやモンゴル大学の学生が来て通訳をしてくれたおかげで、意思の疎通ははかることができました。ただの寮ではなく、留学生寮なのに・・・いいのか?と疑問にも思いました。

また、このような言語の厚い壁は寮だけではなく、お土産を買いに立ち寄った大きなスーパーでも感じ、モンゴルではまだまだ「共通語としての英語への意識」が少ないと感じました。(日本人も話せないのですが・・・笑)

※青年海外協力隊21年度1次隊としてモンゴルへ来ている方のブログにも、現地のお医者様は日本人の医者よりも英語が読めず、英語の説明書が読めない為に医療機器を使いこなせていないという実態が書いてありました。以下↓
http://blogs.yahoo.co.jp/mayu55122/16430491.html

2.【食】
次に、学生とのディスカッションのテーマでもあった、「食」です。
まず驚いたことは、『主食=肉!』
現地の人が言うのだから間違いないのですが、とにかく肉を食べるのだそうです。
でも思っていたほど羊肉を食べたわけではなく、牛肉も食べるそうです。(実際に羊・牛肉を良く食べました)
しかし、羊肉ではなくても羊の臭みを感じることがあり、モンゴルでボランティアをしていた人に伺ったところ、「羊の脂」を料理に使うそうです。
ちなみに、全てのモンゴル人が羊肉を好んで食べるわけではなく、ソコは牛肉の方が好き!と言っていました。

3.【イケメン】
最後に、今日本では韓国ブームが起きていますが、モンゴルブームが起こらないのはなぜか?
まず、第一にインフラも整っていないし、観光者が行きにくい場所であること、第二にモンゴルでのエンターテイメントが日本にまで伝わらない、もしくは日本人受けしないこと、そして最後に、日本人とモンゴル人ではかっこいいと感じる異性への趣向が違うことがあげられると感じました。(私の個人的主観が大きく入っていますが・・・笑)

ニニさんの弟さん(モデル)も、日本人が「格好いい☆」と感じる外見ではないと思いました。
確かに背が高くモデル的な体系なのですが、日本人や韓国の人が好むような細マッチョ系はあまり見かけませんでした。

日本人は西洋人や欧米人の体系や、容姿にも憧れを感じ、時には「かっこいい」と思うこともありますが、モンゴルで会ったイケメンは、日本人が思わず「かっこいい」と思ってしまうタイプとは違った傾向があると感じました。

【まとめ】
まず、『言語』ですが、観光化、外部からの人を今後受け入れたいという姿勢があるのであれば、言葉の壁はこれからのモンゴル全体にとって課題となると考えます。
次に、『食』文化は主食が肉でありながら、ボーズなどパン生地に挟まれた肉料理であり、また全てが羊の肉であるわけではないので、むしろモンゴル料理が世界に広がればもっと外部の人も親しみを持って、モンゴルに行って食べてみたい!と感じることも増えると考えました。
最後に、『イケメン』(異性への趣向)ですが、これはまずはモンゴルの俳優や歌手の情報をモンゴル外の人が知っていくことで、女性だけに捉われず、男性がモンゴル女性に魅力を感じ、それをきっかけにモンゴルへの興味も高まっていくのではと考えました。
異性への憧れからその国への憧れに発展することもあると思います。

今後、モンゴルが観光地として成功していく為には、外への広報や自国に対する外部者を受け入れる意識の拡大をはかる必要性があると考えます。

4年 山崎絵美
posted by 07やまざき at 16:51| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

モンゴル合宿(2010.0816〜0823)

初めての場所、特に海外へ行く時は未知への遭遇に胸が高鳴る。モンゴルはこれまで行ったどの国よりも想像がつかない国だったから、期待も不安も大きかった。飛行機が地上に近づき始めると、私はあるものに気がついた。まるで肉まんのような白くて丸い物体がポツン、ポツンと点在している。ゲルだー!!モンゴル人がゲルに
暮らしていることは社会科の授業で習ったけれど、自分の目を通して見ると感動した。これが観光の追体験というものなのだろう(笑)チンギスハン国際空港では、モンゴル国立大学の学生が出迎えてくれた。外は日本で言う秋晴れのような気候で空気は澄んでとても気持ちがよく、モンゴルの雄大さを少しだけ感じられた気がした
。市街地へ向かうバスの中ではナラちゃんが隣りに座ってくれた。彼女はとても日本語が堪能で大人っぽかったので年下だと聞いた時は驚いた。車窓に見える建物や簡単なモンゴル語を教えてくれた。夕食をとるため、街に着いた。街並みからはあまりアジアらしさは感じられない。看板がロシア文字だからなのか、建物の色使いも
カラフルで日本とはかなり異なる印象だった。夕食後、1週間滞在する大学寮へ向かう。部屋やシャワールームは清潔とはとても言い難いもので少々うろたえそうになったが、こんな経験もこれが最後かなと思い楽しむことにした。翌日からはモンゴル国立大学の学生との交流が始まった。2日目の夕食は私たち日本人がモンゴルの学
生たちにカレーをご馳走した。しかし、調理道具が不足しており、モンゴルの学生や留学生の韓国人(ヨン様)にかなりお世話になった。みんなで協力して作ったカレーはおいしかった(具が多すぎてちょっと面白かった)。さて、今回の合宿で一番楽しみだったのは草原でゲルに泊まるテレルジキャンプと乗馬だった。ゲルと言っ
てもホームステイではなく、観光用のキャンプ場のようなものだったが、大自然の中にありツーリストがモンゴルの生活を“体験”し楽しむには十分な施設だったと思う。私たちの他に来ていた観光客は欧米人が多かったようだ。私はこれまで馬よりかなり小さいポニーにしか乗ったことがなかったから乗馬には不安も感じていたが
、馬はとっても可愛かったし、乗ってみると非常に楽しかった。帰国後、日本の乗馬クラブの料金を調べると、モンゴルの4〜5倍はかかるようで、すぐにでもモンゴルに戻りたくなった。夜は羊の解体ショウを見学し、そのお肉をおいしく頂いた後、みんなで星を見たりお酒を飲んで楽しく過ごした(騒ぎ過ぎて他の観光客に怒られ
た)。モンゴルを訪れるにあたって楽しみにしていたことがもう一つあった。ホーミーだ。モンゴルについて事前に知っていることはごく僅かだったが、ホーミーは昔テレビ番組で見たことがあってその不思議な響きにとても興味を持っていた。初めて生で聴いたホーミーは和太鼓のように体中に響いてきて、とても人の声とは思え
なかった。あまりに違う複数の音が同時に発声されるので、ホーミーなのか他の楽器の音なのか混乱したほどだ。モンゴル人の学生によると、モンゴルではホーミー教室があって、ホーミーを習う人々も多いそうだ。興味深かったのは、ホーミーは現代音楽と並んで若者にも未だ人気が高いという話だ。これは日本とは少し違う傾向
だと思う。ちなみに、最終に訪れたレストランでは現代風にアレンジされたホーミーを聴いた。ホーミーのラップやドラムとのセッションはかなりカッコよかった。古いものと新しいものがうまくミックスされたこうした音楽の存在が、伝統音楽であるホーミーも廃れることなく若者にも愛され続けている要因に繋がっているように
感じる。今回の合宿で私が一番印象に残った場所は、「ザイサントルゴイ」という見晴らしの良い丘だ。この場所には戦後捕虜となりモンゴルへ抑留された日本兵の慰霊碑がある。ここへ来るまで、シベリアへ抑留された日本人捕虜については聞いたことがあったが、モンゴルへ渡った捕虜たちがいたことは知らなかった。合宿前、
モンゴルと日本はほとんど接点がない国だと思っていたが、多くの日本人がかつてこの地にいたという事実を初めて知った。大きなモニュメントの一角に記されていた、「諸士よ 祖国日本は 見事に復興しました モンゴルに安らかに 眠って下さい」と言葉にはなんともいえない想いが湧きあがった。私がここで亡くなった多く
の人々について全く無知のままこの地へやってきたこと、彼らが今の日本の姿を知らずに亡くなっていったこと、そして多くの日本人が彼らの存在について知らないであろうこと。色々な想いが頭を駆け巡り、胸がしめつけられた。モンゴルは日本にとって決して遠い国ではないし、遠い国にしてはダメだと思った。と、観光客とし
て感じた素直な感情と、こうした感情が湧きあがるからこそ、ガイドブックには決まって日本人慰霊碑、日本人墓地などの“ダークツーリズム”が取り上げられるのだろうなという2重の感情がよぎった。さて、今回の合宿はガイドのニーニさんやモンゴル国立大学のみんなが付きっきりで案内してれた。これまでの海外合宿も必ず
現地の学生との交流の場は設けられていたが、今回ほど長い間濃い時間を過ごせた合宿はなかっただろう。モンゴルの皆さんには本当に感謝しているし、モンゴルが大好きになった。改めて、人との交流は旅を何倍にも楽しくするものだなと実感した合宿だった。  
高橋理恵



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posted by masutanis at 16:18| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モンゴルとソフトテニス

遅ればせながら、モンゴル合宿の報告です。

みんながいいブログを書いているので、自分からは特に言うことはないのですが、あるスポーツとの出会いがあったのでそのこと書こうと思います。

6日目の学生交流の日のことです。
この日はモンゴル国立大の学生らとバスケやサッカーをして交流するという予定でした。
どちらもほぼ未経験だったので・・・まずい

歩いてすぐだというので、バスではなく歩いてモン大生とおしゃべりしながら大体30分くらいでつきました。遠いい。

そこはどうやらロシア語の専門学校(高校?)のキャンパスだったらしいのですが、まず目に入ってきたのは体育館ではなく、テニスコート!クレー(土のコート)4面でわりと状態が良かったです。そしてなによりプレーをしている人(ロシア人家族?)の手にはあの白いゴムボールが!(つまりソフトテニスのボール)
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うわあ、打ちてえ。

と、思いながら、ににさん(ガイドさん)にソフトテニスしたいといったら、いとも簡単にラケット(公式用だけど)とボールが手に入りました。

みんながバスケをやっているなかずっとソフトテニスやってましたすいません。

とそのとき一人のおじさんにモンゴル語で話しかけられました。
モン大学生に通訳を頼んだら、こっちに住んでいるなら一緒にやらないかとのこと。どうやらソフトテニス部の顧問の先生みたいでした。
あと2、3日で帰るからということで断ったのですが、これは国際交流のチャンス。人づてに自分の名刺を渡してもらうことにしました。(連絡は一向にないのですが)

まず、感じたのは日本発祥のソフトテニスがモンゴル国内において意外に認知度が高いということです。モン大学生もやったことあるよという人が多いし、知ってるけどやったことはないと知らないという人はほとんどいませんでした。

どうやって日本からモンゴルへソフトテニスが伝えられたのかはわかりませんが、現にモンゴルソフトテニス連盟というものがあり、「Friendship2010国際大会」という大会もウランバートルでひらかれたみたいです。(知らなかった)インターハイもあり、120チームも出場する規模のようです。
競技人口や競技環境などこれから調べてみたいと思います。

とにかく、スポーツという分野において日本とモンゴルつながりといえば一般的に「相撲」ですが、このゼミ合宿を通じて「ソフトテニス」においてもつながりが深いのだと実感させられました。

日蒙国際交流の可能性とともにソフトテニス界の国際交流の可能性を感じます。

お粗末ですが、以上です。

以下は参照URLです。
http://www.biwa.ne.jp/~maeda/04042401.htm
http://23034296.at.webry.info/201007/article_3.html


4年 鈴木裕之
posted by 07すずき at 15:31| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モンゴル合宿 2010

今年のゼミ合宿はモンゴルへ行きました。

モンゴルというと草原くらいしかイメージがわかず、また言語も全くわからないので、未知の世界にわくわくしました。今回は先生も初めてということで、特に新鮮でした。



到着してすぐに、モンゴル国立大学の学生たち、ニンニさん、運転手さんが温かく出迎えてくれました。8月のモンゴルの気候はすでに涼しく、肌寒さを感じました。空港からウランバートル市内に行く道のり、草原や家畜を目にして気持ちが高ぶりました。



以下、項目ごとにコメントします。



「自然」

やはり、モンゴルというと大自然!草原を見て、広大な自然ってこれだ!と思いました。ゲルや家畜以外何もないですが、ずっと見ていたいと思ったし、心が表れるような気がしました。

また、テレルジで見た亀石などの岩にも驚きました。映画で見るような世界の中で乗馬できたことは、一生の思い出です。本当に気持ちよかったなー!

あと、テレルジの夜に見た流れ星が忘れられません。



「食事」

舛谷ゼミの合宿では、毎回屋台などで現地のものを味わいますが、今回は全体的に落ち着いた食事でした。ちょっと残念な気もしますが。

遊牧民の夏の主食は肉ですが、一般的にみんな肉を食べているみたいです。実際わたしたちも、1週間でかなりの肉を消費しました。主に羊肉ですが、日本で口にするものよりもクセがなく、おいしくいただいました。なんといっても今回衝撃的だったのは、羊がさばかれる工程を見たことです。はじめは見ないつもりでしたが、もうこのような機会はないかもしれないと思い直し、見ることにしました。その工程を目にし、こうやって生きているんだと実感しました。先進国の子供たちって、パックにきれいに入っているお肉しか見てないから、命の重みを感じる機会って少ないのかも。今回このような機会を得てよかったです。



「交流」

今回は現地の学生たちと今までで最も深い交流ができました。1週間ずっと一緒に過ごしたことはもちろん、モンゴルの学生たちが日本語を習得しているということが大きかったです。やはり言語に壁がないとだいぶ距離が縮まります。モンゴルと日本の文化についてだけでなく、プライベートな話もできたので楽しかったです。

学生たちだけでなく、ガイドのニンニさんや運転手さんとも、だいぶ仲良くなれてうれしかったです。ニンニさんが一生懸命案内してくれ、わたしたちのわがままを聞いてくれたおかげで、とても充実した合宿になったと思います。あと、運転手さんが最後にプレゼントをくれたとき、泣きそうなくらい感動しました。あの癒し系の笑顔と雰囲気忘れません。

旅の醍醐味は、現地の人との交流だと改めて感じました。





ほかにも美術館や博物館を見学したり、伝統的な芸能を味わったりなど、目いっぱいモンゴルを満喫しました。自分で行くことはない国だと思っていましたが、今はいつかまた訪れてみたいです。


最後に...これがラストのゼミ合宿だと思うと本当にさみしいです。今回の合宿を通して、2年生のときよりだいぶみんなとの仲が深まったと実感しました。卒業までにまたどこか行けるといいなぁ。



以上です。





4年 吉岡なつみ
posted by masutanis at 14:42| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

mongolia

今回はゼミ合宿という形で、8/16-23の一週間、モンゴル国を訪れました。

合宿では、モンゴル国立大学外国語学部の学生と共に、ウランバートル市内とリゾート地であるテレルジを訪れました。

その中で、僕が関心を持っていた生活と社会主義について感じたことを、簡単ではありますが記していくことにします。



生活について

モンゴル人の生活といえば、近年では定住者が増えつつあるという情報をしりつつも、やはり大平原の中で遊牧民がゲルを建てて暮らすというイメージが自分の中には強く残っていました。しかし、ウランバートル市内を訪れ、また、テレルジへ向かうバスの車窓を眺めていて感じたのは、ゲルに住みながら遊牧生活を送っている人はほとんどいないだろうということでした。また、これは帰国してから調べたことですが、その定住者の多くがウランバートル市内に住んでおり(総人口の約半分!)、日本以上に一極集中が深刻であるということでした。以前ではモンゴルで当たり前とされていた生活スタイルが変容しつつあり、現地に住むモンゴル人にとっても、遊牧生活が「自分たちとは違う生活」であるにも関わらず、自国を代表するイメージだと感じていることに意外性を感じました。それと同時に、遊牧生活に対するイメージが外国人とモンゴル人の間で非常に近しいので、観光振興を行う際には、「当時の生活」というのは中心に添えやすいと感じました。



社会主義について

僕がモンゴルへ行く際に最も関心を置いていたのが、旧ソ連型の社会主義の影響でした。僕は、東欧を中心とした旧ソ連の衛星国家では社会主義に対して冷ややかな姿勢があるかなという印象を持っていましたが、同じようにソ連の影響を強く受けていたモンゴルでは、どのような評価をしているのかということを、特にウランバートル市内の街並みから感じてみたいと思っていました。

そして実際に街並みを訪ねて感じたのは、社会主義に非常に肯定的だということでした。市内にはレーニン像が依然として建っていたし、ザイサンの丘では社会主義の功績を認める強いメッセージ性を持ったモニュメントが展示されていました。

モンゴル建国の英雄であるスヘバートルが、ソ連の支援を受けたモンゴル人民革命党に所属していたことや、革命の背景にある反中国の感情からソ連に歩み寄りを見せていたことが、現在の社会主義(というよりはソ連)を肯定的に評価している要因なのかもしれません。



以上がモンゴルで感じたことです。その他にもモンゴル国立大学の学生の方との交流や、テレルジでのキャンプも非常に楽しいものとなり、僕にとって非常に印象的な一週間になりました。

拙い文章ですが、失礼いたしました。



4年 井上 弘貴
posted by masutanis at 14:13| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

mongolia


8月16〜23日は、モンゴル合宿。
自分としては去年内モンゴル自治区へ行っていたのでそこまで変わらないんだろうなと想像していましたがやはり結構な違いがあり、とても貴重な経験ができたと思います。内モンゴル自治区との比較しつつ、いろいろ見れた合宿でした。去年と違って、デジカメが常に手ぶれ強制で写真がなかなかとれなかったのが心残りですが。


空港に着いたときに、草原に降り立ったのかと思うくらい空港がひらけていたのに驚きつつ、現地の学生のお迎えを受けたわけですが、やはり、内モンゴル自治区の学生より、彼らの顔立ちは僕らに近いと思い親近感を覚えました。内モンゴルとはやはり違うなと。ちなみに内モンゴル自治区内のモンゴル族は400万人を超えているが、モンゴルの270万人(2004年)と比べるとあきらかに自治区内のモンゴル族の人口の方が多いらしい(wikiより)これは意外。内モンゴルとモンゴルの自然、生活環境の違いが顔立ちの違いも形作るのだろうか。


空港で最初に会話したのはべべだった。内モンゴルで教わったモンゴル語、ビーバラヤフンフン(私は日本人です)をついに使う時が来たか!!とおもいつつ駆使して話しかけてみるも、べべは??という反応…実際はモンゴル語の、「私は日本人」は、「ビーヤポンフン」。やはり内モンゴルとモンゴルで言語的な(方言?)違いがあるようだった。去年は内モンゴルで親がモンゴル族であるにもかかわらず、モンゴル語が話せない学生に出会って驚いたことを思い出した。
空港からの市街への街並みも想像とは違い工場やプラントのようなものが目立ち、近代化の影を感じつつ、イメージしていた風景とは違ったり、またウランバートルは想像したより整った、大きな町ではなかった。フフホトはあくまで自治区の中心地、ウランバートルは一国の中心地。当然一国の中心地であるウランバートルがフフホトより進んでいると思い込んでいたからなおさらそう感じたのかもしれない。


ツェベグマ・ツーリストキャンプ(テレルジ)は、去年のだだっ広い草原のキャンプとは違い、岩山が取り囲む中のキャンプは違った風景で感動したが、私の中のモンゴルのイメージにぴったりくるゲルがある風景は、地平線がのぞめる広い草原の中にあるものだったので、内モンゴルのキャンプのほうが合致していた。また、内モンゴルでは、到着時に、モンゴル衣装を着た5〜6人の人々が馬に乗って旗を掲げ、バスと並走し出迎えてくれたのが印象的でこれが草原で生きる人々のおもてなしかと感激したが、観光地化されたサービスなのだろう。また、バスを降りるときには当時馬乳酒と思い込んでいたパイナップル味の酒(結構強い)を伝統的な杯で、薬指に酒をつけ天に飛ばし、大地に飛ばし、ぐいっと飲ませてくれた。モンゴルのキャンプでもこういう観光地化されたサービスがあるのだろうが、観光客として行くならこういうサービスがあったほうが、本当のモンゴルのもてなしかどうかは別として、印象に残せ、楽しませる要素になると思った。ゲル内の設備も前回はベットではなく布団で雑魚寝で、とくにストーブなど他に設備はなかったので、今回のほうがストーブがある分雰囲気があった。


またキャンプでは去年体験できなかった、羊の屠殺を見ることができた。前回はその分、羊の丸焼き(姿焼)が目の前に運ばれてきたので違う衝撃はあったが。普段牛肉や、豚肉を当たり前のように食べているが、目の前でこれから頂く命が消えていくのを見るのは辛くも、この命を頂いてじぶんは生かされているのだと命の大切さを感じずにはいられなかった。そして、その最後はきれいという表現は変なのかもしれないが、きれいであった。だが、血は大地を汚さないために流さないと言っていたにもかかわらず、最終的には、ボールに入った羊の血は、20メートルほど運ばれた大地にどばどばと捨てられていたことにあれと思わざるを得なかった。結局大地をよごしとるやないかい!!と突っ込みたくなった。

自炊の時は設備がどれだけなのか把握しきれず、現地の人にも協力してもらう形になって申し訳なかったです。しかも日本のカレーはあちらのスーパーで調達ができたらしく、もっと日本でしか味わえないものを味あわせてあげれれば良かったですね。それでも、内モンゴルの時よりも、クラブに行ったり、カラオケに行ったり、学生らしい交流ができて絆が深まった良い合宿でした。


4年 金子泰士
posted by masutanis at 03:01| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

Mongolia

今年の4年舛谷ゼミ合宿の開催地は外モンゴルでした。
留学を終えて間もなく合宿の参加を決め、モンゴルのガイドを片手に何も分からずに始まった合宿でしたが、壮大なモンゴルの大自然に魅了され、また国立大学の学生との交流を通して貴重な体験ができ、最高に充実したものとなりました。

以下に簡単にスケジュールを記載します。
8月16日 現地入り 宿泊:国立大学の学生寮
17日   挨拶、ディスカッション、学生交流、食材買出し、自炊(カレーを作る)、生徒でカラオケ
18日   ザイサン丘(市内一望)、モンゴルラマ教の大本山ガンダン寺院、自然史博物館、美術館、ノミンデパート
19日〜20日 ツェベグマ・ツーリストキャンプ(テレルジ) 宿泊:ゲル
・途中、ツォンジンボルドグでチンギスハーンの像を見学
・現地で乗馬体験
・ゲルの解体組み立て見学
21日  モンゴルの伝統的な民族音楽のコンサート、学生でナイトアウト
22日  日本人慰霊墓地、夏の別荘地帯、カシミヤ工場、ノミンデパート
23日  早朝のフライトで帰国

上記のスケジュールにそって、気づいたこと、学んだこと等を書いていきます。

宿
私たちが宿泊した場所は大学の寮。2年前に泊まった中山大学の宿舎を想像していたので、正直トイレとシャワールームに衝撃を受けましたが、1日使えばなれるものです。
ガイドに書いてあったように水周りがきちんと整備されておらず、お湯がでない時間帯がしばしありました。
夏ならそのまま水シャワー、冬はお湯を沸かして使うようです。
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食事
今回の合宿では待ち歩きの時間がなかったため、先生のチョイスで屋台に入るということがありませんでした。
そのため、ツアーに組み込まれたレストランでモンゴルの一般市民が食べるようなエキゾチックな食事はテレルジでの食事以外では食べなかったと思います。やはりお肉は羊がほとんどでした。
それほど癖もなく食べにくい味ではありませんでした。ロシア、カザフスタン料理とほとんど変わらない様に思いました。

モンゴルラマ教
初めてラマ教の寺院に行きました。
寺院の中には大仏殿が立てられていてその周りには数百(以上?)ものマニ車があり、信仰者は左から3回づつまわしていくそうです。後で調べたところ、このマニ車の大きさは寺院によって異なり、1度回すとお経を千回唱えたことになるそう。人々は時間の許す限り真言を唱えながらまわすとのことです。
また面白かったのが、参拝の仕方です。まずは日本と同じようにお賽銭をいれ、一礼し手を合わせ、その後に供え物等がおいてある台にそっと額をつけます。そのあとは大仏殿に背を向けないように後ろ歩きをして寺院の外へでます。これは生徒が教えてくれたのですが、敬意を表すためだそうです。
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国立自然史博物館
今回の合宿は博物館、資料館、美術館と結構な数回りました。その中でもこの自然史博物館はモンゴルで有名(?)な恐竜の卵の化石が展示されています。ティラノザウルスの骨や恐竜の卵の展示は迫力がありましたが、どの種の恐竜の卵なのかなど詳細がわからず説明が不十分と感じました。恐竜以外にも展示の種類は予想以上に幅広かったので、興味のある方は楽しめると思いました。ただ、恐竜以外はユニークさにかけているので、観光資源になるかといったら難しいところだと思います。

国立ノミンデパート
典型的なデパートです。いわゆる高級なショッピングモールという感じではなく、洋服は種類も少なく見た目も10年前の日本といった感じです。衣類の値段は高めです。買い物をしたくなる空間かといえば、NOです。ただ、お土産売り場がフロア半分に展開しているので、まとめてお土産を買うにはとても便利だと思います。1回の食料品売り場は西洋人が目立ちました。デパートの周りには西洋に多く見られるテラスのあるレストランが何軒もありここでも西洋人を多く見ました。

モンゴル初のテーマパーク
今回テレルジにいく途中で寄ったツォンジンボルドグのチンギスハーン像はこのテーマパークのアトラクションの1つだそう。このテーマパークは2006年にオープンしたがまだまだ建築途中といったところだ。完成図を見る限りかなり大規模なものになるだろう。合計で13の集落を建設する予定だそう。そのほかに宿泊施設、またプールなどの娯楽施設も充実しているので、水周りなどが気になる旅行者にとっては快適さと’モンゴルらしさ’の両方を感じることができる理想的な空間になりそうだ。
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ツーリストキャンプ
今回利用したキャンプ場は高くもなく安くもなくといった中級レベルのものだ。ついて早々乗馬をすることになった、亀石まで往復し約2時間程乗馬したが料金も安く、感激だった。馬に乗りながらモンゴルの大自然をゆっくりと見て回れるため、コストパフォーマンスが非常に高く観光客の満足度は高いだろう。今回の合宿の中で1番モンゴルらしさを感じた瞬間でもあった。
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宿泊したゲルは、ベットが3つ、水を溜めて使う水道、鏡と生活するには不自由のない綺麗なものだった。夜には係りの人が薪を炊いてくれ寒さを感じることもなかった。また24時間警備員が外を見回りしていることにも感激した。
またシャワーもついているので長期間の滞在にも適していると思う。天気の良い日は、外に出て読書をしながら1日過ごすなど、大自然に囲まれて自由にゆっくり過ごしたい観光客には満足のいく場所だと思った。

ゲルの組み立て
思ってた以上に簡単に組み立てられるものだった。男性4人いれば可能だ。周りを覆う羊のマットは4年に一度取り替えるようだ。また、ゲルの中での決まりごともいくつかあり興味深かった。

伝統音楽 show pub
ここではモンゴルの伝統的なダンスと音楽を堪能した。
観光客が親しみやすい様に再度作り直したものなので、真の伝統芸能かといえば難しい。ただパフォーマンスとしては優れていて満足度も高いだろう。中でもホーミーという音楽は珍しく、喝采を浴びていた。


日本人慰霊墓地
労働力不足解消目的にモンゴル国政府の要請、1945年10月と12月2回シベリア抑留日本人計12,318人が移送され労働を課せられ、1,600人以上が死亡。日本人墓地は下記を含め16か所にある(wiki参照)
アルタンボラグ日本人墓地
スフバートル日本人墓地
ダンバルジャ日本人墓地
ホジルブラン日本人墓地
ナライハ墓地(日本人12人)
今回訪れたのは3つめのダンバルジャ日本人慰霊碑。広大な自然の中にぽつんとあり不思議な空間でした。1945年から1947年までに祖国への帰国を望みながらもモンゴルの地で亡くなった日本兵を偲んで10年程前に作られた石碑は新しく綺麗に整備されていました。小さいながらに資料館もあり、またご家族の方により石碑の周りを砂漠化から守ろうと、植林や花を植えるなどの計画が立てられている様子でした。1年間で約300人の方々が見えられるそう。
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モンゴル全体を通しての考察
インフラの整備が遅れている他、ゴミの処理もきちんと出来ていない様子で衛生面が気になりました。夜になると治安も悪く、観光客が安心して町を歩ける環境ではないと思います。アスファルトの道路はウランバートルの中心地以外ほとんどなく、バスを使う長距離の移動は、大変だと感じました。
ただ、この問題は早急に改善できるものではないので、今後のモンゴルの経済発展と共に着実に改善していくことを信じています。
このような状況に関して観光客からの不満は多いだろうと思いますが、旅行会社が事前に説明し、観光客からの理解を得てツアーを実施するなど、不便であることが必ずしも悪いことではないことを、実際に体験でき、リアルなモンゴルを感じることができるツアーにするなど努力が必要だと思いました。
また帰りの飛行機で隣に座っていた女性に今回のモンゴル旅行について尋ねたところ、満足度は高かったようです。彼女は遊牧民のゲルに1週間ホームステイをするというチャレンジングなツアーを利用していました。参加者は5人。中には3回も参加経験のある高校生もいたよう。もちろんトイレは青空の下。またウォッカのショットの跡に水の変わりに馬乳酒を飲ませられるという豪快な持て成しを受けたそう。現金収入の少ない遊牧民にとって、観光客をホストすることで入るお金は大きい。このホームステイのツアーを大々的にやることで放牧民の暮らしに影響を与えてしまう懸念があるので、中々難しいと思った。ただバックパッカーなどの冒険家たちはツーリストキャンプのゲルよりもホームステイスタイルの方が好きそうだ。

以上、モンゴル合宿報告でした。
posted by 07とがし at 23:13| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月21日

ペナン合宿

 2年前の早期体験以来2度目のペナンに行ってきました。

 夜10時過ぎにペナン空港に到着、それから1時間以上車で移動してホームステイ先に到着だったのでステイファミリーに申し訳ない気持ちで車から降りると、受け入れ先のすべての家がそろって待っていてくれました。文句も言わず笑顔を見せてくれたことが本当に嬉しかったです。自分たちは行かなかったけど、深夜1時にロティチャナイを食べたいというわがままにも答えてくれたことにも家族のあったかさを感じました。
 家では英語が通じている様で通じていないということが多々あったので最初はお互いギクシャクしていました。でもやっぱり頼りは子供!持参したおもちゃで子供たちと遊んでいるうちに家に少し馴染めた気がしました。大きいママの美味しいご飯を食べたり、若いママにナイトマーケットに連れて行ってもらったりしてあっという間の2泊でした。少なくともあと2泊位あった方がホームステイの楽しさをもっと感じられたかな。そんな短い時間にも関わらず、若いママがプレゼントを一人一人にくれ(5人分)、別れ際には泣いて別れを惜しんでくれました。ばっちり住所聞いてきたからみんなで手紙書こうよ!写真送ろう!


 2008年7月6日に町並みが世界遺産に登録されたジョージタウン。前回来たときは登録前だったのでその前後の違いを見てくるということを一応合宿の目標にしていました。結果は…正直大きな違いはあまり感じませんでした。今年7月に登録1年を記念してイベント(限定パンフレットを持って街巡りなど)もあったようですが、SARSや新型インフルエンザの影響で観光客数はまだ明らかには増加していないそうです。個人的に感じたのは1日1回から2回に増えたにも関わらずブルーマンションの1回のツアー参加人数が前より大幅に増えていたこと(たまたま参加した回がそうだった可能性もあり)、街中で欧米人バックパッカーを見かける回数が増えたような気がしたこと位でした。

 街を歩き回り、昼食・デザート後、夕食までお昼寝休憩が入ったことにびっくりでした。舛谷ゼミ合宿なのに!でもあってよかった。


 ペナンミュージアムなどでババニョニャ文化について勉強しました。ババニョニャは考え方や宗教(仏教)、伝統などは中華側であることになっていて、マレーシアでは近代にはいってからマレー系と結婚する場合はイスラムへの改宗が必要となったので華人男性とマレー系女性が結婚しても新たなババニョニャはできず、現在は子孫のみをババニョニャとしているようです。
 ニョニャの服はイスラム教徒の女性の格好からスカーフを取っただけという印象。ババニョニャは男性が華人だから女性が肌をだすようになったのなら、イスラム教では男性が女性に顔を隠すことを強制しているのかな、と考えてしまいました。

 今回は2回もババニョニャ料理を食べました。全体的にココナッツの臭いで時々中華系の醤油っぽい味だったりしいたけが使われていたりで、まさにマレーと中華が混ざった料理という感じでした。
そういえばインド料理屋のカレーもココナッツ風味で南インドよりの味だったので周りの席がインド人ばかりでも、インドではなくマレーシアにいるんだと感じました。


 ビーチリゾート視察、レクチャー、昼食後にゴールデンサンズのプールでまったり。日本人が本当に多く、プールの隣のビーチにいたマリンアクティビティーの業者は日本語を本当に流暢に話していました。業者を警戒していた私たちにとっては本当にうざったかったです。パラセーリングをしてみたかったので、最初はホテルのサービス(75リンギット)を利用しようと思っていましたが、業者の70リンギットを50まで下げることができたのでそちらでやってみることにしました。パラセーリング、すごく気持ちよかったです!!幸英と一緒に2人乗りで飛んで、本当に鳥になったみたいな気分になりました。「沖縄 パラセーリング」で検索して一番上に出てきたもので6000円だったので、1リンギット30円と考えるとペナンでするとどれくらい安くできるかがわかると思います。

 合宿中、先生やみんながいることに頼りすぎてホテルへの帰り道もろくに覚えていなかったことを反省しました。自分で旅行してたらチェックイン時に必ずホテルカードをもらったりしてたのにそれも当然していませんでした。これから他の場所をフィールドワークする時は先生任せにしないでちゃんと自分の位置を意識しようと思いました!



田柳優子

posted by 07たやなぎ at 14:14| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

09.08 ペナン合宿

 私はマラヤ大での2週間のマレー語研修後、シンガポールからみんなと合流しました。合流前時間があったので、旅行スタッフさんのお宅で休ませていただき、夕食をごちそうになったり、お子さんと遊ぶことができとても楽しかったです。この方はスキューバダイビングのツアーも企画されているそうで、毎年日本人旅行者も来
るとおっしゃっていました。チラシに掲載された美しい熱帯魚の写真を見て、私もいつかは体験したいと感じました。


 みんなと合流し、いよいよ農村ホームステイ!車が止まったのは想像以上の山の中で正直行く末が不安になりました。けれど、到着時間はすでに深夜を回っていたにもかかわらず、各ホストファミリーが迎えに来てくれており、マレーのお菓子まで用意していただき温かいもてなしを受け少しずつ心が落ち着いていきました。私
が宿泊したのは歓迎会が開かれたお宅でしたが、どうやらゲストハウスのようでホストファミリーは隣の家に暮らしているようでした。また、ここには私たち(私とサメちゃん)以外にもカナダ人大学生も滞在しており、遠い国からこんな山の中に来る人がいることにとても驚きました。滞在中さらにびっくりしたのは、アリとヤモ
リが大量発生していたことと、お風呂場にものすごく大きくて不気味なクモがいたことです。アリとヤモリにはすぐに慣れてしまいましたが…。


 滞在2日目は、朝からみんなと合流してハイキングへ出かけました。これはガイドツアーで説明を受けつつ山登りを楽しみました。初めてキャノピーウォークをしましたが、案外楽しかったのでまたやってみたいです。残念だったのは歩くことに精いっぱいになり過ぎて、熱帯植物を十分に観察できなかったことです。次回行く機
会があれば、もう少しゆっくり散策したいです。帰りはヨットで戻ったのですが、水しぶきが気持ちよかったです。みんなと解散後、昼寝をし、ホストファミリーに連れられて海へ行きました。砂浜ではマレー凧をあげて楽しんだり、「アイスカチャンが食べたい」と言ったらバケツ一杯のアイスカチャンを御馳走になりました。夕
方にはナイトマーケットへ行き、夕食前にもかかわらず面白い食べ物を見つけると食べてしいました。また夕食後には、違うナイトマーケットへも連れて行ってもらいました。最初に行ったナイトマーケットは食料品や日用雑貨が多く扱われていましたが、ここはお土産品がメインのようでした。合宿最終日に泊ったシャングリラの
近くだったので観光客向けのナイトマーケットのようです。また村には小さな商店らしき店は見かけましたが、スーパーマーケットはなかったと思います。マーケットへ行く途中、ホストファザーに「日本ではどこで食べ物を買うの?」と聞かれて「スーパー」と答えましたが、この村の人たちの暮らしはマーケットに支えられてい
るのだと思いました。


 私たちのゲストハウスの庭は広くて、木の実を食べたり、鳥やウサギや魚など動物を飼っていて家の周りでも楽しむことができました。また、ホストマザーがつくるご飯はとてもおいしかったし、ホストファザーは色んなところに連れて行ってくれたので「もっといたいなー」と思いました。たった2泊3日間の滞在だったけれど
、内容はとても濃かったです。けれど「ホームステイ」という観点からいえば、ゲストハウスではなく、もっと近くでマレー人の暮らしを見てみたかったとも感じました。
 

 ホームステイを離れて私たちはマレーシア科学大学へ向かいました。短時間ではありましたが、あちらの学生さんと交流することができました。私の隣に座った方はイスラエルから来ているようで、他にも中東からの学生が多いようでした。宗教が同じということが要因のようです。また私たちの大学の授業料を聞かれたので、
伝えたら高すぎると驚いていました。


 この日から滞在するのはヘリテージホテルです。早期へ行った人から以前宿泊したヘリテージホテルは水回りが悪いといううわさを聞いていたので、幻滅していたのですが、今回宿泊したホテルはとても清潔で居心地が良かったです。また、窓が木枠だったところと風通しが良い隙間のあいた木の窓がレトロでかわいく、とても
気に入りました。
 

 翌日からは怒涛の街歩きです。最初に行ったセントジョージ教会は東南アジア最古の聖公会協会らしく、グリーンの中に立つ尖った外観はとても印象的でした。できたら、内部見学もしてみたかったです。またガイドさんと最後に訪れたクーコンシーは外装も内装も彫刻が非常に細かく美しかったです。一組の華僑一族が建てた
とは思えないくらい豪華で圧巻でした。この日の夕食はタンドリーチキンでしたが、味も量も大満足でした。ここで飲んだバナナスムージーは上にアイスが乗っていて本当に本当に幸せでした。
 

 翌日は、ブルーマンションの見学に行きました。この建物はペナンの有力者で会ったチョンファッツイの豪邸です。中ではガイドさんが楽しく説明をしてくれました。風水が取り入れられた建物で、中庭があったり、木が多く使われていた様に感じます。ここはホテルとして宿泊できるそうで、機会があればぜひ泊まりたいです
。また、ペナン博物館ではシンガポールが栄える前は、イギリスの植民地経営の上で重要な基地であったペナンの歴史を知ることができました。午後の街歩きで印象に残ったのは水上集落です。今現在も実際に人々が生活しているようで、住人のおじさんが説明をかって出てくれました。昔は陸地に居住許可が出なかった人々が水上
に家を建てたのが始まりだということです。よくこんなところにまで住もうとしたなあと感心しました。魚介類を自分の庭で調達できそうなのはいいかなとも思います。夜はホテル近くのレストランで、ロティチャナイやカレーを食べました。ロティチャナイの生地が三角帽子のようになっていた食べ物は甘くておやつにぴったりだ
と思いました。またここで、サメちゃんと加藤君のお別れ会もしました。サメちゃんは「輝け自分!」って言ってました。その通り頑張ってほしいし、自分も頑張ろうと思いました。


 翌日はいよいよシャングリラです。さまざまなタイプの部屋を見学させてもらいました。部屋に露天風呂があついているタイプのものは庭に熱帯植物が植えてあって素敵でした。またアメニティがロクシタンだったので女性にはうれしいサービスだなと思いました。スパは部屋自体がいい匂いで外とは時間の流れが違っているよ
うでした。午後からはビーチリゾートでたくさん遊びました。砂浜に出るとビーチアクティビティの勧誘がたくさんあって騙されるのではないかとちょっぴり怖かったです。またビーチリゾートなのに卓球があって嬉しかったです。

 夜は再びナイトマーケットへ出かけました。ここで飲んだマンゴ×バナナ×パインアップルのフレッシュジュースはおいしすぎでした。安いのに奇跡のクオリティーです!


 この合宿も入れて3週間に及ぶマレーシア(とシンガポール)滞在になりましたが、何といっても安くておいしいものがたくさんあるマレーシアって素敵な国だなと思います。お気に入りはニョニャ料理のオタオタです!1年生の時にシンガポールへ行った時は警戒し過ぎてかごはんが全然おいしく感じなかったのに、今は何でも
食べれる自分に結構驚いています。また、マラッカに行ったりシンガポールにできたプラナカン博物館やペナン博物館に行ったりしてプラナカンについての興味がぐんと増した旅でした。
                                         
                                          3年 高橋理恵

 

 



 

 



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Thanks 10 years! Yahoo! Shopping and Yahoo! Auctions
posted by masutanis at 03:12| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月09日

☆ペナン合宿☆

上海からこんにちは!!
8月16日から21日(私だけ)までペナン合宿でした。
もうだいぶたってしまったけど、心に残った出来事を記しておこうと思います。

まず、農村ホームステイ。
私は今回のホームステイでイロイロと強くなれた気がします。
私の泊まった家は比較的きれいでしたが、シャワーの場所はそこまできれいではありませんでした。

本来それほど虫嫌いではないけれど、すごく大きくてグロテスクなくもが現れたときは見なかったことにしました(笑)
水しか出ないシャワーも初めてだったし、ありやががんぼと一緒にシャワーを浴びるのも初めてでした。

こんなにきれいな家なのに…
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マレーシアだけあってご飯もなんだかエキゾチック。
初日の朝ごはんにテンションが上がります。
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山に上ったり、まさかのキャノピーウォークがあったり、ボートに乗ったり。。
早期体験のコタキナバルを思い出しました。

市場にはいろいろな食べ物がありました。
でもおうちで料理作ってくれているからあまり食べられなくて残念。
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そして朝の衝撃の一枚。
そっか、さめを食べるんですね。調理法がちょっと気になるのですが、仲間がさばかれているのを見て心が痛みました…。。
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ま、上海でふかひれ大喜びで食べたけど(笑)


農村では通じると思っていた中国語は通じず、英語も通じない家庭もあったみたいです。
でも農村の家庭は皆が家族のような関係を持っていてとても温かいなと思いました。海も近くて、自然もいっぱいでとてもうらやましく感じました。

次はジョージタウンのほうに移動してからの話。
街の中に、中国系、インド系と一目で分かるような場所が多々あって歩くのがとても楽しかったです。暑かったけど…。。
中国語が通じるところもたくさんあって、ちょっと便利でした。
杭上家屋も見られて、これもまたコタキナバルを思い出しました。


夜は初めてクラブに行きましたが、とても楽しかったです!!
多分コン様布教できました(笑)!!

そしてそして、皆と一緒にいられる最後の夜!!
色紙をありがとうございました。ほんとにほんとにみんなの温かいコメントが嬉しくて、あぁ、皆に支えられてるなって思いました。
あと、夜に部屋に会いに来てくれた人、朝早くから見送ってくれた人、今思い出しても嬉しくて飛びたくなります(笑)!!

最後に、私の飛行機はKLで乗り換えたあと、コタキナバルで一回止まりました。経由したんです。そこで一枚コタキナバルの写真を貼って終わります♪

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ここで買ったドリアンチョコレート、最初ヤバイと思ったけど、結局はまりました(笑)

3年 鮫島由理恵

posted by 07さめしま at 16:31| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月01日

☆横浜フィールドワーク☆

7月29日に横浜にフィールドワークに行きました。
開港資料館をみて、開国博に行って、山手西洋館を回り、元町を通って中華街へ行くという、結構歩く行程でした。

開港資料館では移住と定着で習ったことの復習ができました。
前の前の日に横浜に関するレポートを書いたことがいい予習になっていました。
たまくすのきが思っていたより大きかったです。
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そして次は開国博へ。
赤レンガ会場にはいろいろな国や地域のお土産を売っているイベント会場がありました。ただ、小さくて少し中途半端だった気がします。開国博にグローバルなものを求めるのならもう少し徹底してほしかったです。

次の会場で見たたねまるくん。
動きがすごく可愛かったです!!!
意外とポーズのバリエーションが多いのね☆
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3部作のシュールなアニメーションの3部だけを見てよくわからず頭を悩ませました(笑)しかも英語字幕なくて、外国人にはさっぱりだと思います。

日産のハイビジョンシアターの映像はとてもきれいで、音もよかったのですが、上映会場が意外にせまくて気分があまり上がりませんでした。

そして目玉ともいえる蜘蛛のマシン。
スペクタクルアートだったんですね。
何に使うんだろう?何がすごいんだろう…??
って考えてしまいました。動きとかを見なきゃいけなかったし、もっと近くで迫力のある場所で見るべきだったのかなと思いました。
そっか、芸術品だったのか…。
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開国博はこの辺にして、今度は山手西洋館目指して歩きました。
結構日差しが強くて暑かったです。
西洋風の異国情緒漂う建物の中でアップルティーとチーズケーキをいただきました。チーズケーキもなんだけど、ここのアップルティーがすごくおいしかった!!

山手資料館↓
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そのあと外国人墓地を見て、たくさんの建物に入りました。
一番きれいだなと思ったのはべーリック・ホールで、子供部屋がとても可愛かったです(^^)

そのあと元町を通り、私は中華街で熱川合宿で見かけた「世界一の肉まん」を食べて先に失礼しました。

夕飯みんな何食べたのかな??

3年鮫島由理恵
posted by 07さめしま at 10:15| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月21日

☆富士登山☆

7月20日の深夜から21日にかけて富士山に登ってきました。
やっぱり日本でも指折りの観光地に行っておかないと…というのは若干建前で、純粋に自分の力を試したかったのです。

富士山に登れたら今度は九寨溝に、そしてマチュピチュに!という私の中での順番があるんです(笑)すべて高度の問題です。

新宿から5合目までバスで行き、ミーティングをした後11時頃から登り始めました。

五合目はかなり平坦で、なぜか下りが多いのですが、ここではしゃぎすぎるなと前々から言われていたのでテンション下げモードでぼそぼそしゃべりつつもくもくと登りました。かなり感じ悪かったです私(笑)

六合目にはすぐにつきました。本当に下りが多かった気がします。

そして6合目から7合目。7合目から8合目。あまりどんな道だったか覚えていません。だって時間は1時から4時過ぎまで。普段はとっくに寝ている時間なんです(私は普通12時前には寝る)。しかも周りは真っ暗。登山客のライトが点々と行く先に光っています。このライトがまぶしくて!頭にライトつけている人は私の方向かないで!!といったかんじでした。私は目が光に弱いのです(汗)この道でただ覚えているのは星がすごくきれいだったこと。天の川なんて生まれて初めて見ました!!空が汚れてるってくらい星が広がっているんです!これには本当に感動しました。

そして4時過ぎから8合目の山小屋前で御来光を待ちました。
地平線がぼぅっと赤くなっているのが見えます。まだ月も見えますね。
P1060598.JPG



4時半過ぎに、ついにおひさまが顔を出しました。

オレンジ色の光が先に広がって、最初はとても小さい真っ赤な点に見えます。光が地平線からあふれ出すような、そんなおひさまの姿でした。日食なんかより絶対感動する!!なんて思いました。
P1060617.JPG


そこからが長かったです。先に登っている人の列が山頂まで見えて、それをみてげんなり。…まだあんなに登るのかと。。しかし登山する人ってみんなカラフルな服にリュックですね。私なんか上下黒のウインドブレーカーでした。しかもリュックはまるでシベリア出兵(汗)

道の途中で休みつつゆっくり山頂まで。
山頂が見えるとつい足が急いてしまいました。
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山頂には浅間神社があります。

他にも山小屋がいくつかあり、ここで今回の登山初めて建物の中に入りました。そこで食べたのはラーメン。おもいっきりインスタントなメンでしたがあったかくておいしかったです。体にしみました。

そして、先生が剣が峰まで行こうというので、みんなで行くことに。
しかしここで悲劇は起こった。

風が強すぎてホントに飛ばされそうに!!
だって崖の方向に風が!!

足で一生懸命踏ん張ったけど、突風にはかないません。ウインドブレーカーがバタバタ音をたてます。岩にしがみついて耐える…。死ぬかと思った…3回くらい。「おかぁさあぁん…」って感じでした(笑)

気付けば後ろはついてきていない…。ということで先生含め4人で登ることに。風の中勾配の急な坂を必死で登りました。もうホントに本当に怖かったです。
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↑郵便局です。ここからお手紙が出せます☆

P1060629.JPG
↑富士山の火口。自分って小さいなって思いました。

P1060628.JPG
↑ここが最も高い場所!!今私、日本の誰よりも高い場所にいるって思いました!!

火口をくるっと一周したかったのですが、雪が崩れていて来た道を戻ることしかできませんでした。残念…。

また風にふかれ、テンションガタ落ち(泣)
でも最後のほう、もはや面白かったです。ラピュタのワンシーンみたいでした。

下山はあっさりいこうとおもいます。雲の上にいる感を得つつ、駆けおりました←
P1060634.JPG

途中から何もかもめんどくさくなって駆け降りたんです。7合目から6合目までは本気で走ったところもあります。下山レースなら自信あるかも。

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↑雲がきれいでした☆そして気持ちよかったです。

五合目に戻って食べた「御来光カレー」おいしかったです。

☆高山病とか☆
 心配していたのですが…
 12人で登ったけれどみんな元気に山頂まで行けました!山小屋に入ったわけでもなく、休憩は山小屋の前で座ったくらいです。でもそれをこまめにやりました。
 酸素の必要もなかったです。でも持っていたら安心できるのであればいいかも。私はタブレットの酸素をいくつか食べましたが、たぶん気休めです(笑)
 高山病は意識の問題だと思いました。大丈夫!って思っていれば大丈夫です!最初にはしゃぎすぎなければたいてい(っていうか普通)の人は山頂まで行けるのではないかと思います。


次は九寨溝だっ!!


3年鮫島由理恵
posted by 07さめしま at 12:31| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月17日

☆熱川国内合宿☆

7月16〜17日に熱川に国内合宿に行きました。
1日目は天候に無駄に恵まれてしまい、残念な気分を味わいました。

ホテルからはこの景色。
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晴れた空の下、波の音を聞きながらサドンデスプレゼン大会。
でも思っていたより楽でした。みんなのプレゼンが楽しかったからと思います。みんないろいろと興味があることが変わっていたり、細かくなっていたり、本当に面白かったです。

去年のプレゼンから一年以上たって私が反省してるのは、本を読まなかったことです。今年までに魯迅読破している予定だったのに…。さっさと手に入れようと思います。何しろ魯迅全集を最初に出したのは日本ですから(笑)

でもこの一年やっぱり魯迅に目が向いていたかなとも思います。中国に行っては魯迅を訪ね、資料集めもできたし。それを消化するのが最近の課題!
この合宿で得たモチベーションを忘れないように生きていこうと思いました。

夜は夜更かししました!!
途中で一人抜けて寝たけど(笑)
花火して、足湯につかって、、
蚊に刺されなくてホントよかったです。

2日目のバナナワニ園がかなり楽しかったです。行ってよかった!
恐れ入りましたといった感じ。
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ワニが恐竜みたいでかわいすぎました。あとはレッサーパンダが異様に多かったです。

食事もすべておいしくて、温泉も広くて、あとは海に足だけでも浸かれていたら最高だったと思います☆


おまけ☆神様みたい…
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3年鮫島 由理恵
posted by 07さめしま at 21:55| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月11日

☆浅草フィールドワーク☆

今日は浅草のフィールドワークをしました。
東京大空襲の戦跡をたどるツアーです。

みんなはお昼に秋葉原に集合して、戦災資料センターに行ったノですが私はいろいろ失敗して、浅草からの参加…。結果的にはよかった…かな☆

青い旗をもったガイドさんが3時間浅草を案内してくれました。
もともとはこのツアー、七福神めぐりツアーの抱き合わせだったとか。
平和学習として参加する中学生も多いみたいです。

最初に足を止めたのは隅田川の河原。ちょうど言問橋が見えました。
P1060508.JPG

隅田川は江戸一番の娯楽地だったそう。昔から人の集まるところだったけれど一時期は酸素が無くなって死の川とも呼ばれたそう。


そして1945年3月10日。
午前0時17分、B29号による東京大空襲がおこりました。
東京大空襲の死者は11〜12万人と言われていますが、そのうちの約1万7千人の人が浅草で亡くなっていて、さらにそのうちの7千人位がこの言問橋で亡くなったそうです。しかし実際、川の中に飛び込んだ人の数がよくわからないため、正確に人数は解りません。もっと多いという意見もあるそうです。
川の両岸が燃えていたため、両側から人が押し寄せ、橋の上で動けなくなってしまい、橋の上で焼け死んだ人もたくさんいます。
言問橋の親柱(橋を支える太い柱)は逃げ込んだ人たちの焼けた痕で真黒になっていました。

この日、焼夷弾が40万個も落とされたそうです。
B29はいつもは高度9000メートルくらいのところから投下していた爆弾を、偏西風の影響で命中率が下がることからさらに高度を下げて投下していました。さらに、投下は季節風の風下から、周辺を焼いて真ん中に追い詰める、などと計画的な投下を行ったそうです。

大空襲があった直後の写真を見ると、地面に小さな山がたくさんできていました。これは死体を埋めた後で、穴を掘って4段、5段にも積み重ねて死体を埋めたそうです。

そんな話を聞いた後に見る言問橋はただの橋には見えませんでした。

次に向かったのは戦災慰霊碑です。
P1060509.JPG

この慰霊碑の横には言問橋の縁石が置かれています。
中川さん(81歳女性)がお話をしてくださいました。
中川さんは大空襲の日、18歳の高校生でした。
普段は警戒警報は、鳴って30分から1時間程度で解除されるのですが、この日は様子が違いました。
中川さんの家には台所下に小さな防空壕(と言っても、座ってやっと入れるくらいの大きさ)があり、家族は父親以外は新潟に疎開していましたた。当時空襲で家が焼けるのは当たり前で、毎日家に帰るたびに家が焼けてないかと心配したそうです。

この夜、父親に危険だから外へ出ろと言われて防空壕を出ると、そこにはいつもと違う風景が広がっていました。空が真っ赤にひかり、ちょうど花火を逆にしたような焼夷弾がそこかしこで爆発していました。みんなの流れに合わせて、駅前の広場に逃げることにしたのですが、人の波が激しくて進めません。中には赤ちゃんを抱いたお母さんや子供も手を必死に引いている人がたくさんいました。

結局線路の近くで座って熱さに耐えました。熱い上に、立っていると飛ばされそうになってしまうためにそこに座っているしかありませんでした。火の粉が防空ずきんの上にたくさん飛びかかって来ました。それをはらってはらって、ずっと耐えていました。

このときに中川さんが言った、「当時は国のために戦争に協力するという一点で、その思いが身にしみているからみんな我慢していた」という言葉がとても印象的でした。

一晩耐えて目を開けようとしても、体の水分が抜けてしまい、目が乾いてあかなかったそうです。一晩で町の様子は信じられないほど変わってしまいました。
そしてたくさんの遺体がトラックで運ばれ、スコップで穴に投げ入れられるという光景を目にしました。

この碑は家族に手を合わせてもらうこともなく埋葬された被害者の遺族達の、どうにもならない、何もできなかったという気持ちから作られました。今でも毎日石碑の前にはお花が上がっています。

平和学習として今までも様々な戦争体験者の話を聞いてきましたが、今日もやはり心が重くなってしまいました。これから浅草を見る目が変わりそうです。

浅草寺にある大きな銀杏の木はほとんどが戦争の被害を受け、黒こげていたり、痛々しく傷付けられていました。
木は長い歴史を持っていて、関東大震災と大空襲の二回の被害を受けている木もあり驚きました。

浅草には平和への願いが込められたモニュメントや石碑、お地蔵様がたくさんあったのに今まで全然気付かなかった自分にびっくりしました。
本当に勉強になりました。この戦跡ツアーがもっと有名になってたくさんの人が参加することを祈っています。

ダークツーリズムは興味というよりも義務感で行くものだと思いました。私たちには知らなくてはならないことがたくさんあるんだなと強く感じました。

3年鮫島由理恵
posted by 07さめしま at 23:59| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月08日

☆屋形船☆

今日は念願の屋形船!!実はもともとまなざし論の食事会が融合したものであったということは私しか覚えていないだろう事実(笑)

船です!!船です!!
ただ…明るくて趣が…。。
P1060473.JPG

進む船の揺れに身をまかせながらゆっくりもんじゃといきたかったのですが、時間が1時間半の食べ放題なのでとにかく焼きまくりました!!
しかし一つ文句をつけたいのが、鉄板の温度が低すぎる!!なかなか焼けず、ちょっととろとろしているもんじゃを食べました。

ハートのお好み焼きを毎度のとおり焼いたのですが、つなぎが少なくて崩れました…さめの今年の恋愛運だと言われました…がみーん。

盛り上がりを見せる船の中!!
P1060477.JPG
風景を見る間もなく焼いて、話して、食べて…
うんっ、屋形船の中にいると意識したのは乗って、出発するときだけでした(笑)
すっごくはしゃいだね(^^)

P1060478.JPG
ふう。。風が気持ちよかったです!!

あと、サプライズで誕生日プレゼントにメッセージ集をもらいました!!すっごく嬉しかった!!誕生日にこういうメッセージ集もらうの初めてかも!!

感動だったよ!みんなホントにありがとうございました☆
やっぱりゼミがすき!
一番〜★カナ??
                      
                           3年 鮫島由理恵
posted by 07さめしま at 21:43| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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