2015年09月14日

延辺合宿についてただただ主観的な感想

出発する前のわたしはこの合宿に対して良い印象を持っていなかった。以下1〜7、合宿の日程と()内心の声。

1.羽田空港から北京空港まで移動し北京で1泊。(ここまではきっと快適な旅だ。)
2.北京空港から延吉朝陽川空港へ。(どんな僻地へ飛ばされるのか分かったものじゃない。)
3.学会参加。(響きが格好いい。しかし英語が聞き取れない上に話せないわたしがまともに参加出来るものなのか。)
4.長白山見学。(さすが登山ゼミの別名を持つ舛谷ゼミ。これが全日程の中で1番の山場だろう。)
5.防川国境観光。(貴重な体験だ。)
6.龍井・市内見学。(唯一遊ぶことや食べることを楽しむことが出来るオアシスの日。)
7.帰国。(行ってみれば1週間なんてすぐなのかもしれない、こともない。)
加えて、文明利器に溢れた現代を生きる若者の1人としてLINEやTwitterなどのSNSから切り離された生活は過酷極まりないものである。出発前夜はとても憂鬱だった。

しかし実際の合宿は想像と違って普通に楽しかった。

延吉市は僻地ではなくむしろ都会、お洒落なカフェが建ち並ぶ学生街であったし、学会が開かれた延辺大学はかなりの規模を誇り、1つの街かと思うほど広大なキャンパスを持つ。公共の乗り物や車の往来の激しさ、横断歩道での左折車に恐怖したこともあったが、慣れればそこまで気にならない。ご飯も美味しいものばかりで食事が楽しかった。学会は日本語が主に使われていて英語の心配はなかったし、長白山見学も辛い登山ではなく読んで字のごとく見学であった。そして人との出会いにも恵まれた。学会で知り合った延辺大学の学生さんを初めとして、学会最終日の午後から夜にかけて街を案内してくれたおじさん親子や合宿最終日前夜に入ったお店の店員さんで困っているところを何度も助けてくれたお兄さんなど、現地ではたくさんの親切を頂いた。反対に長白山見学では押しがとても強い人もいたが、それが中国人の当たり前なのかもしれないと思った。さすがに北京空港にいた女性スタッフ2人の携帯をいじったり頬杖をついたりする態度は国民性でまとめて良いのか分からないが、日本の接客がどれほど丁寧に行われているのかは再確認できた。またあれほど嘆いていたSNSは立教大学を通して使うことが出来たけれど、寮の部屋にWI-FIは通っていなかったのでほぼ外界とは繋がりを持てない状況にあった。しかし異国の地でゼミ生と過ごす毎日は楽しくて携帯が機能しなくても充実していた。

また行きたいかと言われると行きたくないが、行って良かったと心から思える合宿であった。

観光学部交流文化学科2年 橋本 あかり


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延辺合宿

わたしは、約1週間中国を訪れた。正直、中国にいく前は食事面、トイレやシャワーなどの衛生面、ネットの環境面、治安面など不安なことがたくさんあった。しかし、訪れてみると思ったより過ごしやすい環境であることを実感した。

延辺は、スーパーやレストランがたくさんあり、中でもカフェがたくさんあった。中国と韓国の文化が混ざり合ってるというのだけあって、韓国にいるかのような気分になるカフェがたくさんあった。内装も綺麗でBGMも韓国の曲だった。Wi-Fiの環境もすばらしくよく、毎日そういったカフェを利用していた。寮でWi-Fiが使えなかったことは不便であった。

トイレはトイレットペーパーを流してはだめで、ゴミ箱に捨てなくてはいけないため、臭かった。また、トイレットペーパーが設置されていないところがほとんどで持参しなければならなかった。だから、たまにトイレットペーパーが設置されているトイレにであうと、とても感動したのを覚えている。と、同時に日本のトイレはやはり素晴らしいとおもった。よく、ニュースで中国人がトイレの便座をお土産として買って帰ると聞いたことがあるが、その意味がよくわかった。

水上市場にも行ったが、日本の市場では売っていないものがたくさんあり驚いた。やはり、いちばん衝撃だったのは食用の犬が売られていて、その横を散歩しているペットの犬が堂々と歩いていたことだ。どんな気持ちで歩いているのだろうと思った。しかし、朝早くからこんなにもたくさんのものが売られていて現地の人にとったらとても便利だとも思った。

延辺合宿を通して、その土地にいったらその土地に染まらなければ生活していくのが大変ということと、日本の良さにさらに気がついた。

上原彩
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2015延辺

2015年夏。私はゼミ合宿で初めて中国に、しかも一度も耳にしたことのない延辺という土地へと訪れた。全くの知らない場所だったので私は現地のイメージすら湧くこともなく、先輩方から聞いた情報のみしか頭にない状態で当日を迎えた。率直な感想は、「思ったより全然平気!」だった。延辺大学及び宿泊した寮の周りは飲食店で溢れていたし、不安だったお風呂も、シャワーを使用中なぜか温度表示が26度になったり72度になったりしたこともあったが実際のお湯の温度は全く変わらなかったので、支障なく一週間過ごすことができた。お洒落なカフェもいくつもあり、そのほとんどに無料のWi-Fiが設置されていた。また、そういったカフェは若い従業員が多いためか、英語表示のメニューや、片言の日本語が話せる店員がいるところもあった。反対に若い従業員がいない店では日本語はもちろん英語でも数字すら通じないところがあったので、世代が変わるにつれグローバル化が進んでいることを実感した。
私が今回の滞在で一番面白いと感じたのは、現地の学生との交流によって、現地のリアルな生活を知れたことだ。例えば、私が仲良くなった延辺大学の学生はパソコンのビデオ通話で朝鮮語を教えるアルバイトをしているらしい。時給は600円で、日本の都心では考えられない時給である。しかも、アルバイトを休むと担当している生徒の教師がいなくなってしまうため、学校から帰ったら月曜から金曜までしっかりと働かなくてはいけない。600円の時給で週5のアルバイトと聞くととても厳しく、条件の悪いアルバイトのように私には感じられてしまうのだが、その子に聞いたところ、飲食店では4時間で1000円の給料、つまり時給が250円だという。私は心底驚いたが、中国は日本に比べて物価が安いから問題ないのだとその子は言っていた。また、延辺大学に通う生徒は寮に住む生徒も多いがアパートで友人とシェアルームをしている生徒も十分にいるらしく、そのためアルバイトをしているひとが多いらしい。いくら物価が日本より安いと言っても、日本よりもだいぶ低い時給で、さらに家賃まで払って生活していると考えるとその生活は随分厳しいものに思えた。日本は十分贅沢なんだな、と感じられた。
今回の合宿で、異文化に触れる機会がたくさんあったが、異文化を理解することと、そのひとそのものを理解するのはまた全然違うことだと思える合宿だった。
徳田晏佳
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2015年09月13日

2年 延辺合宿

8月16日〜23日の8日間、夏合宿で中国の吉林省、延吉市へ行った。

初日は昼過ぎに羽田空港を出発する便で経由地である北京へ行き、空港近くのホテルで一泊した。
北京といったら大都会のイメージがあったが、空港近くではそのような雰囲気は全く無かった。ホテルの向かいの空き地のような場所には大量のゴミが捨てられており、とても強いにおいを放っていた。夜にそこで高齢の女性がその場所で何かをしているのを目撃したが、ゴミを片づけようとしているのか、その中から何かを探そうとしているのかは分からなかった。

翌日早朝に北京空港へ行き、保安検査をしている際、日本の空港とは違うと強く感じた。係員の対応がとても雑に感じ、検査で引っかかると大きな溜め息をつかれる。まわりのスタッフを見ていても、浮かない顔をしている女性スタッフが多い。ストレスの溜まる仕事であるから仕方ないとは思うが、誰も見ていて良い印象は持たないだろう。
このあたりは想定内であったので驚きはしなかったが、これが中国なのだなと感じた。
そこから延吉市へ向かい、23日朝まで滞在をしたのだが、その中で印象に残ったことを2つ挙げる。

1つ目、私は初めての中国で車の走行を目にして、とても驚いた。横断歩道の信号が青でも、車が減速せずに突入してくる。
「いつ渡ればいいの。」
横断しようとした際、純粋にそう思ってしまった。
日本と違い、青信号でも安全ということは決してないのだ。のろのろと渡っていたらクラクションを鳴らされるどころか、ひかれる危険すらある。歩行者よりも車優先の社会なのである。

また、中国のドライバーはクラクションをかなり多く鳴らす。交通量の多い道路だと、常にクラクションがどこかで鳴っているような印象を受けた。その場では、「中国人はどこまで気が荒いんだ」と思ったが、日本に帰ってこれを調べてみると、日本とはクラクションの使い方が違うということが分かった。
日本では、相手に対して「邪魔だからどけ」というような意味で使われ、ドライバーが怒っているような印象を受けるが、中国では「ここに車がいるから気をつけろ」という意味で使われるそうだ。怒っているのではなく、クラクションによって周りの人や車に注意を呼びかけている。
中国では「後ろに車がいますよ」くらいの軽い気持ちでクラクションをならすのである。そのため、道路のあちこちで音が鳴っている。走行中のドライバーの手を観察してみると、クラクションをいつでも鳴らせるような位置でハンドルを握っていた。

また、タクシーに乗っていて気づいたのだが、走行中の車が車線変更、右左折でウインカーを出さなかったり、むやみにスピードを出して車の間を抜けて行ったりと、運転自体もとても雑であった。
そのような乱暴な運転でも事故を起こさないのは、それなりに運転技術があるとも言えるのだろうが。

とは言っても、歩行者にとって危険なのは変わりない。日本と違って車と歩行者の事故は必ず車に責任がある、とはならない。自分の身は自分で守るといった考え方が主流なのだ。価値観の違いだと考えれば、納得した。
だが、これらを実際に感じて、どのように自動車教習が行われているかという純粋な疑問をもったと同時に、ルールだらけの日本の道路に慣れてしまった自分が、この国で車の運転をするのは厳しいなと思った。

2つ目は、マナーについてだ。日本では、何かを待っている際、列になって並ぶのが普通である。中国においては、それが全く無いという訳ではないが、日本とは違った。スーパーのレジ待ちなど、列自体は存在するが、少しでも隙あれば間に人が入ってくる。現に、長白山へのバス待ちで並んでいる際、列の間に少し隙間ができると、後ろから体を入れて割り込まれるようなケースもあった。列が進行しているときも、後ろから女性が間をくぐりながら、強く体を入れてきて、割り込まれるようなケースもあった。日本ではマナーとして当たり前のことが、ここでは違った。

このように、日本と違うことがいくつもあり、これらのことから中国に対して悪い印象を抱く人も多いかもしれない。ただ、中国人全体に対して悪い印象を持つのは間違っていると思う。
中国に限った話ではないが、異国にいって日本との違いを感じることは当然である。日本で当たり前のことでも、他国では当たり前ではない。環境、教育、その他様々な要因で、日本人とは育ち方、価値観が違うのだから、批判的になっていても仕方ない話だ。外国に行ったら、現地の文化、風習、その他に対してカルチャーショックを感じるかもしれない。だが、それを受け入れていくのが大切だと思う。
例えば、海外から日本に観光に来た人たちのマナーが悪かったとしても、それについて「〜人のマナーは最悪だ」と批判的になっても仕方ない。日本で育ってきた訳ではないのだから。

今回訪れた延吉市はあまり観光客が来るような場所ではないので、現地の人々も観光客慣れはしていない感じであったし、英語が話せる人も少なく、意思が伝わらず困った場面もあった。だが、私たちが外国人だと分かり、親切にしてくれる人は少なからずともいた。
自分が外国人という立場で実際に困ったり助かったりした経験を活かして、日本でも行動していきたいと強く思った。

日本で育ってきたから当たり前かもしれないが、外国を訪れ帰ってくる度に、日本は素晴らしい国だと感じる。そこで、「外国と日本とは何が違うのか」を考えることで、日本の良いところを再認識し、質をあげようとすることで、日本を訪れる外国人観光客へのおもてなしにつなげることも出来るのではないか。

中国は日本と比べれば不便な点も多く、大変さを感じる場面も多かったが、今回訪れることができ、自分の考え方の幅も広がり、とても良い経験になった。

中塩 大地
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延辺合宿

今回の延辺は想像とは大きく違うものだった。
それまでの自分の中国へのイメージと、去年行かれた先輩方の話から、滞在しかし、実際行ってみると、過ごしやすい環境だった。寮は、トイレとシャワーが同室にあるという、日本とは異なる形式のものだったが、私の部屋は大きな欠陥もなく、求める最低限の機能は果たされているように思われた。街も、延辺大学のお膝元ということもあり、学生には過ごしやすい街だったように感じる。寮にWiFiは通っていなかったが、結構な割合の店でWiFiが無料で通っていたため、不自由に感じるほど使えないわけではなかった。帰国後に日本で無料WiFiを意識して探してみたところ、全然整っていないように思えた。1000万人を超える訪日外国人がいるというのに、この環境ではリピーター獲得につながらないのでは、と日本の現状を省みる必要性を感じた。
不便に感じたのはトイレで、和式のような形ででトイレットペーパーが常備されていないところが多かった。また、使用済みペーパーをゴミ箱に捨てる習慣にも戸惑った。体に染み付いた習慣を変えるのはなかなか難しいのだと痛感した。トイレットペーパーのみならず、ゴミの処理に関しては日本と大きく違うように感じた。街のあらゆるところにゴミ箱が備え付けられており、そこからはゴミが溢れかえっていた。分別がされているところは少なく、生ゴミも資源ゴミも不燃ゴミも、さらにはペットボトルも同じゴミ箱に入れられているようだった。それが溢れているのだから、街の匂いはあまりいいものではなかった。それは特に1日目に宿泊した北京郊外に言えることだった。そこでは道端でスイカも売っており、その匂いも混じり、凄まじい匂いが充満していた。そこでの体験もあってか、延辺の空気は良かったように感じた。帽子山や長白山など、街を離れた自然の中では日本の都心よりもいい空気だった。
食事は、朝鮮族食事自治州であるだけあってか、韓国料理が多く、中華料理よりも美味しかった。一週間、毎日米を食べられたというのも精神的に支えになっていた。和洋中のビュッフェでは、中国にいることを忘れてしまうようなリラックスしたとともに、先生方やゼミのみんなと楽しい時間を過ごせた。
中国を初めて訪れたと同時に中国人とコミュニケーションをとったのもほぼ初めてだった。
日本語を勉強されている大学生の方と交流することもできた。学会の準備の時のみならず、一緒に街に出るとこができ、その時彼女らの暮らしが見れたように感じた。暴走気味のタクシーには彼女達も怒っていたし、虹が出ていた時は嬉しそうにしていた。語気が強い喋り方だったり、日本のニュースで取り上げられる中国は怖い印象だったが、そこに住む中国人は私たちと変わらぬ感性を持っているとわかり、嬉しくなった。
日本ととこなる点も多く、環境に慣れることが苦手な私には適応が難しかったが、総じて良い経験となり、楽しい時間を過ごせた。自分の今ある価値観を押し付けて考えがちだが、より柔軟な見方が必要だと感じた。

日下部彩月
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延辺ゼミ合宿

8/16〜23まで中国延辺朝鮮族自治州でゼミ合宿を行った。1日目は北京に宿泊し、飛行機を乗り継いで延辺へ向かい、延辺大学の留学生寮に滞在した。
出発前の私の中にある中国のイメージはお世辞にも良いものとは言えなかった。食品に表記とは異なるものどころか食用以外の物質が混合されるなどの食品偽装問題、ルール無視の建築による道路や建物の陥没や倒壊などメディアによる様々なショッキングなニュースが負のイメージを形成し、不信感で一杯であった。更に日本が過去に中国に対して犯してしまった罪と近年の両国間の関係悪化が加わり、一種の罪悪感と無意識的に日本を擁護しようとする反感のようなもの、敵だらけの中に足を踏み入れるような恐怖など様々な感情が交差していた。

中国ではやはり日本の文化は通用せず、驚かされることばかりであった。まず驚いたのは接客である。客は商品を選ぶとき手に取ったり、試しに身につけてみたりするものであるが、それにより乱れた陳列を客の目の前で直す。商品は汚れるからと触らせない。客にべったり付いて回ることが多く監視されているようで兎に角落ち着かない。比較的高級なレストランでケーキを注文した時も注文を忘れてたいた上、ケーキのパックを取りながら店員がやってきて失笑してしまった覚えがある。どれも日本でしてしまえば注意されるのは勿論のこと、最悪クビにされるような対応であり、日本人が不快感を覚えるのも無理はない。しかしよく考えてみれば、売り手は常に買手より下の立場に立ち、「買っていただく」という接客の価値観自体が日本のものであり、この価値観を中心として中国をみても通用しないのは当然のことである。
延辺大学で行われたシンポジウムにおける日本人と中国人の価値観の違いをテーマにした公演で聞いたことだが、日本人はある人から手伝いましょうかという趣旨の好意の申し出を受けてそれを断る場合、一般的に折角の好意に添えなくて申し訳ないとまず謝罪をする。一方で中国人はまず好意に対する感謝をし、これからの関係に言及するようである。日本人は依頼だけでなく、様々な事柄において上下関係を作り出し相手の下に立つことを礼儀とするが、中国では依頼する側される側、売り手買い手であろうと基本的に立場は対等なのである。このような根本的な価値観の違いを知らずに客である自分は上の立場だという前提で良し悪しを判断するのは正しくない。

列に並ばないというのも噂では聞いていたが、やはり実際体験すると驚いてしまった。はじめ列に並ばないのは、自分さえよければいいという自己中心的な考えのもとの行為だと思っていたが、中国で暫く生活していくうちにそうしなければ自分の順番は一生回ってこないということがよくわかった。交通も同じである。いちいちクラクションに反応して譲っていたらいつまでたっても道を渡れないのである。はじめは抜かされても唖然として何も言えなかった私も後半には自分の番だと主張するようになっていた。しっかり主張すれば抜かす相手も悪い顔などすることなく納得する。日本では全てがルールに頼って動いているが、ルールのない中国では間違っていたらそれは違うと自分の口ではっきり言うしかないのである。
ルールよりも対等な個人と個人が主張しあい、物事が進んでいくという感覚は不思議であるが暫くすれば当然のように馴染んでくる。私自身も帰国した日、電車待ちで無意識に列を抜かしていた自分にとても驚いた。そこに悪意などは全くなく、私には当然になっていたのである。

你好と谢谢しか分からない状態で行ったため、語気の強い中国語に圧倒されはじめは全員が怒っているように思えた。しかし観光案内をしてくださった延辺大学の学生はじめ中国語の発音矯正をしてくださったスーパーのおばさん、ラーメンを食べさせてくれたおじさん、飛行機で色々助けてくれたおばさんなど親切な人は多かった。日本は嫌われていると疑心暗鬼になっていた自分がなんだか恥ずかしい。国の括り関係なく一個人として相手を見るべきという当然の事を忘れていた。

日本と中国の文化は真逆のような相容れない関係であるため、理解し難いまさに異文化と言えるだろう。そのような異文化に浸った一週間は驚きと学びの連続であり、非常に貴重な体験であった。

平川 絢景
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2015.08.16-08.23海外合宿 

今回ゼミ合宿で訪れた延辺は、今まで私が経験したことの無いような地であり、またそれと同時に如何に今まで実際の事実に触れないまま、色眼鏡をかけていたまま物事を見ていたかということに深く反省させられました。正直、いままで「中国」という地や民族に対して大きなイメージを持っていました。具体的に言えば、「中国人は何だか愛想や態度が悪い」や「国に制限されてばかりで自由に物事を考えられていないのではないか」と言ったものです。確かに、すべての人がその型にはまることはないことは訪れる前から分かっているつもりではいたのですが、やはり、新聞やマスメディアから得た一口サイズに食べやすく、理解しやすく、切り取られた情報からのイメージはあまりにも怖いことに簡単にぬぐうことはできませんでした。それは、大きな国である中国に対してあまりに単純すぎる幼稚な考えであったと恥ずかしく思っています。そのイメージをかえた契機となる出来事というのは合宿の中でいくつもありました。

まず、一つ目は延辺大学での学会準備でのことです。学生たちは、学会の準備を始める前から私たちと交流を持とうと、積極的に声をかけてきてくれました。個人同士での交流をはぐくむ中で、学生たちは「中国人」という枠にはまった人間ではなく、日本語を一年勉強して小柄でほのぼのとした性格のソンさんや、新潟に一年留学していた日本語の上手なメイシンさんといったように「名前のある個人」として考えることが出来ました。合宿4日目の学会閉会式前の準備の際は、前日の大雨のせいか会場の座席が水浸しになるというハプニングがありましたが、お互い冷静に案を出し合い、試行錯誤した上で何とか閉会式に間に合わせることが出来きました。(結果、延辺大学の学生の案で、モップに水を吸わせて手で直接絞るという大胆な方法で処理をすることになり、非常に驚いたのですが良い交流を持つ機会となったと思います…。)

夜のホテルでの懇親会では、中国人の日本語教師の方や、中国でマーケティングを教えていらっしゃるという先生方と相席になり、お話をすることが出来ました。中国では、(地方にもよると思うのですが)日本語の授業が英語や、第二外国語のように中学生から学校で学ぶのだそうで、会食の席でお話しをさせていただいた日本語教師の方は「特にやりたいこともなかったから日本語教師になんとなくなった。」とおっしゃっていて驚きました。それでも、日本語は流暢ですし、学会に参加されているので相当努力をされたのだろうと感じました。やはり、日本と中国の間には暗い歴史的背景があったことは頭に染みついてしまっているので、彼女が「なんとなく」という思いでも日本語に興味を持ち、選び取り、今は学生たちに教えている立場となっていることが、とても不思議で、また同時に素直に嬉しく思いました。マーケティング専門の先生からは、中国語の基本中の基本の発音を根気よく丁寧に教えていただきました。

懇親会の後、(舛谷先生に連れていかれるがままに)登った通称帽子山では、朝鮮系の中国人の親子と方とゼミ生のメンバーが仲良くなったことをきっかけに、市内を案内していただいた上に、アイスクリームやスナック菓子のようなものをゼミ生全員分買って下さり、さらには晩御飯の中国式?BBQまで御馳走して下さるという出来事もありました。

合宿7日目には、延辺大学の学生とともに尹東柱のゆかりの地である龍井に訪れました。その道中、シュウさんという学生の方に親しくしていただき、また短い時間でしたが深いお話をすることが出来ました。日本と中国の間にある「戦争の傷」という大きな壁に関しては、やはり向こうの学生も気になるようでシュウさんから「かなえはどう思うか」と尋ねられました。(不意に投げかけられた質問であったので)うまく答えることが出来ず、そこは少し心残りですが、シュウさんは、言葉をじっくりと選びながら「私は、国同士にあった歴史はお互いの立場で正しく知るべきだけれど、私たちのように仲良しな友達の関係が沢山出来たらもっと国の関係はよくなると思う。」とおっしゃっていました。核心をついた鋭い発言だと思います。国という大きな国同士での交流ではどうしても過去の歴史やそれらの認識の違いに縛られて前になかなか進めず、八方塞がりの様に思えてしまいます。ですが、個人レベルでの交流であれば多少の意見のぶつかり合いがあったとしてもより柔軟性を持って物事を考えていくことが出来ます。その個人での交流が大きく広がれば、日中の国交の完全な回復に一歩歩みを進めることが出来るかもしれません。彼女の発言の内容はもちろん、そのような話題を私と話してみたいとシュウさんが思ってくれたことは本当に驚きつつも嬉しい出来事でした。

最終日の朝には、寮から15分ほど離れた川沿いの朝市で、「君は日本から来たのか!」と色んな方に声を掛けていただきました。買うわけでもないのにも関わらす気さくに話しかけてくださる方もいらっしゃって、自分の今まで抱えていた偏見が馬鹿らしく思えました。

もちろん地域にもよると思いますが、今回の延辺合宿では出会う方、お話しする方みな一人ひとり「中国人」ではあっても個性的で気さくで、私たちに好意的な好奇心を持って接してくださったことが驚きでした。以前、私が旅行で訪れた台北では、出店の商品を眺めた後「やはり買わない」と立ち去った瞬間に塩を投げられるという経験をしました。韓国に旅行に出かけた友人は買い物をした際にお釣りを投げられたというエピソードを私にしてくれたこともあります。日本でも、コリアンタウンである新大久保駅で韓国の方を非難するデモ行進があったことも事実です。日本と中国、また朝鮮半島の間に大きな「暗い歴史の壁」が未だにあるのは事実でしょうが、だからといって「これだから中国の人は」などという安易な考えを持つのは「これだからB型の人は」などという発言と(同じと言ってしまうと語弊がありますので)似たようなものであると反省させられました。シュウさんは「絶対に日本に遊びに行くからね。」とWeChatの番号を渡してくれました。今度は私たち日本が本当の「おもてなし」を見せる番です。



舛谷ゼミ14生

中島加奈恵
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2015年09月12日

延辺合宿

1週間にわたり私は中国の延辺朝鮮族自治州延辺大学に滞在した。私自身初めての中国滞在ということもあり、多くの驚きや発見があったが、特に印象に残った事を3つ述べていきたい。
まず初めに、街に出て車のクラクションの音にとても驚いた。中国の道路ではクラクションがなり続けていた。日本の道路ではクラクションの音はそんなに聞くことができない。クラクションの音がなれば皆が振り向き、注目する。中国では自分が通る道に車や歩行者がいれば、すぐクラクションを鳴らしていた。その音には3日もすれば慣れたが、非常に不思議な体験であった。
2つめに、日本のレストランではお冷が飲み物としてでてくるが、中国ではお湯がでてきた。中にはトウモロコシ茶が出てくるところもあったが、ほとんどの場合お水を頼むとお湯が出てきた。以前中国人の友人が日本に遊びに来ていて、一緒にレストランに行った際、「なぜ日本のレストランでは冷たい水がでてくるのか?お腹が痛くならないのか?」と言っていたことを思い出した。友人によると、健康のため中国では白湯を飲むのが一般的であるそうだ。夏では氷水がでてくる日本と対照的な文化の違いを体験することができとても面白く感じた。
最後に、中国では七夕に薔薇の花を男性が女性に贈る習慣について。七夕の夜、韓国料理店に行った際、お店の方から薔薇の花を頂いた。薔薇の花を持ってお店の外に出ると街を歩く多くの女性が薔薇の花を持っていた。調べてみると、中国では旧暦7月7日は「恋人の日」と称され、伝統的な記念日であり、男性が女性に薔薇の花をプレゼントするそうだ。また、送る薔薇の本数により相手に伝える気持ちが変わるそうだ。日本にはこのような習慣がないので、とても面白く感じた。
以上のことが私が特に印象に残った事である。他にも中国ではここでは書ききれないほどの貴重な体験をした。日本では中国について多くの報道がされ、両国の関係も深い。そのため、中国についての報道から多くの日本人は中国について勝手なイメージを持っていると感じる。私もその一人だった。譲り合いがなくクラクションが鳴り響く、自己の主張が激しく並ぶ列を無視する。日本人にとってそれがとも不快に感じるのは、日本に暗黙の了解として「譲り合い」と「列の順番は守る」というルールが存在し、中国ではそのルールが全く無視されているからだと考える。だが、その自国ルールに従っていないからといってある国を嫌ったり、嫌悪感を持つことは余りにも自分勝手だと今回合宿に行き、気づいた。日本には日本のルールがあり、中国には中国のルールが存在する。そこには優劣もなく、それぞれの個性と捉えた方が面白いのではないか。今回のゼミ合宿は自分の視点をかえる、私にとって大きないみのあるものであった。

参考
http://www.hirogin.co.jp/lib/kaigai/shanghai/report/s1203.pdf
2015.9.11アクセス

観光学部交流文化学科2年
鈴木 佳穂子
posted by masutanis at 20:54| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

教育とアイデンティティ

今回の訪問地は、中国の吉林省(省都は長春)延吉市延辺朝鮮自治州(州都は延吉市)である。名称から明らかなように、この地は朝鮮族により自治が行われている。私にとってこの地が初めての中国であった訳だが、そこには思い描いていたものとの大きな差があった。特に私は、延辺大学のような立派な教育機関があることに驚いた。事前学習の際に、延辺が「教育之郷」と呼ばれているのは知っていたが、私は頭のどこかで延辺の人々の教育水準は、日本に劣ると考えていたようだ。また、前述にあるように、延辺は朝鮮族が中国人として生きている場所である。私は、ここに住む人々のアイデンティティ・クライシスはどのようになっているのだろうか、と非常に気になった。そこで、今回は延辺朝鮮自治州の教育制度について特筆することとする。私は、教育とは人格形成の土台であると考えるため、中国朝鮮族の教育について調べることで、彼らのアイデンティティについても考察することが可能であると考えた。執筆に際して、花井みわ(2011年3月)、「中国朝鮮族の人口移動と教育」、早稲田社会科学総合研究第11巻第3号 を参考とする。
 まず、中国における朝鮮族の人口からその規模を考察する。中国全土の人口は13・57億人(2013年)、中国朝鮮族総人口は約192万人、吉林省には延辺朝鮮自治州を含み約114万人の朝鮮族がおり、この数値は中国の55の少数民族の中で14位を占めている1。現在延辺朝鮮族自治州の総人口は約218万人、この地における民族区分は、およそ漢族60%・朝鮮族40%である2。
中国朝鮮族とは、朝鮮半島から中国に移民してきた、中国国籍を持つ朝鮮民族である。延辺朝鮮族自治州は、中国朝鮮族の民族共同体の中心地であり、他地域の中国朝鮮族は延辺朝鮮族自治州の教育・文化モデルを手本としてきた。中国朝鮮族の民族共同体を維持できた要因は何か。私は、今回の旅でそれが教育システムなのではないかと感じた。朝鮮族は農耕民で、移民してから東北地域で稲作栽培に貢献していたようだ。彼らには元来、子女の教育を重視する傾向があり、村には必ず学校が建てられた3 。この農村部における学校建設は朝鮮民族の民族教育の発展に寄与し、民族共同体の発展にもつながったと考えられる。花井によると、朝鮮族教育共同体には、以下の特徴が挙げられる。@自立を重んじる。A朝鮮族教育は、基礎教育から師範教育、民族芸術教育及び高等教育に至るまでの自身の教育体系を持つ。B朝鮮語を第一言語とし、漢語を第二言語としている⁴。このような朝鮮族教育が維持された結果、朝鮮族の教育は功漢族を含む中国56の民族の中で、最も高い教育水準となった。朝鮮族の学校教育の発達は、朝鮮族の民族文化と言語を継承・維持する上で重要な役割を果たしたことが分かった。
しかし、論文を読み進めると、中国全土で行われた一人っ子政策の影響や戸籍問題などによる朝鮮族の人口移動が、教育システムに大きな影響を及ぼしていることも分かった。現在ほとんどの大学が学生数を確保するために、漢族の学生の受け入れをしている。学校によっては、漢族の学生数が朝鮮族の学生数を上回るところもあるようだ。また花井によると、延辺から毎年4000人以上の若者が大学卒業後延辺を離れ、都市へ就職する。私が現地でお世話になった学生(黄さん)は、黒龍江省の出身であったが、彼女自身も将来は都市部での就職を望んでいると語っていた。また、彼女の両親は韓国のソウルで働いているらしい。日本では多くない家族の別国居住というのは、中国では非常に一般的であるようだ。朝鮮族が中国社会で生きるためには、漢語能力は必須である。そのため、近年は朝鮮族の子供を漢族の学校へ通わせる親も増えているようだ。私は朝鮮語の存続を危ぶんだが、延辺朝鮮族の自民族言語に対する意識は非常に高く、民族教育の特色はまずは自民族言語を学ぶことであり、それがアイデンティティに直結すると考えているようだ。このような意識の結果、朝鮮族は朝鮮語・漢語・英語を操るトライリンガルとなったのである。三種言語に加えて、日本語の学習も盛んである。街中でも、日本留学を推奨する宣伝を良く目にした。
 ここまで延辺朝鮮自治州における朝鮮族の教育について執筆してきたが、これはあくまでも延辺という地域的考察であり、民族的考察までは及んでいないと考える。しかし、中国という国単位で行われる教育政策と共生しつつも、民族教育という個性を潰さない教育にも力を注いでいる姿は、賞賛に値するものだと思うし、日本も見習う部分があるのではないかと思った。日本生まれ育った我々は、民族や国という単位でのアイデンティティ・クライシスに陥る機会は少ないのではないだろうか。その点延辺では、漢族の学校に入学するか、朝鮮族の学校に入学するか、などと家族一体となって考えるのである。この機会というのは、自身について考察するまたとない機会になるだろう。自己分析というのは、人間にとって生きていく上で非常に重要なことだと考える。何故ならば、職業選択の類のみならず、生き方を変えるものだからである。この機会にしっかり向き合った者は、人によっては国や民族の一員という意識が生まれ、責任感が芽生える。この意識は度が過ぎると危険であるが、パワーの源にもなり得るだろう。よくオリンピックなどで、国を背負う、などというフレーズを耳にするが、中国人選手などが発する場合はその重さが日本とではどことなく違うように聞こえてしまう。また、各々アイデンティティについて考えることの意味は、私は自己の確立に直結することにあると考える。何故自己の確立が必要なのか。それを私は、今を生きるために必要だからだと考える。私は、今を生きるという言葉を以下のように定義する。「反応すること」。何か刺激物に出会った時、素早く鋭く反応できるのは、柔らかいものと硬いものとどちらであろうか。無論、硬いものだ。私は、固くなるために自己の確立、アイデンティティの考察が必要であると考える。自分を固くする、というのは一見、一つのものの見方に固執してしまうような、頑固になってしまうような印象を受けるかも知れないが、他人の考えを撥ね付けるための固さを必要としているのではない。比較するための固さが必要だと考えるのである。私は常にフレキシブルな状態でいたいと思っている。アイデンティティの考察とはすぐに出来るものでは無いし、考えれば考えるほどに絡まる面倒なものだと思う。それでいて明確な答えがあるとも限らない未知のものなのだ。しかし、自分は一番自分を知らないとも言えるだろうが、それでも一番自分に近い他人なのだと思う。今回の訪問で、私は自分のアンテナの足りなさも痛感したし、考える力の不足も実感し恥ずかしく思った。舛谷先生と、少しばかり観察する目を養う練習という内容のお話しをさせて頂いたが、本当にその通りだと思う。日頃からの癖漬けが不可欠なのである。
本稿執筆により、教育が民族共同体形成の核であることを再確認し、またアイデンティティの形成についても少し考えることが出来た。また、私にとって未開の地であった中国・韓国が少し身近に感じられるようになり、連日のニュースなどにも、関心が向くようになった。最後に、今回の合宿に際して、舛谷先生を筆頭にお世話になったすべての人に感謝を申し上げる。

<註>
1 許青善・姜永徳『中国朝鮮族教育史』(延辺教育出版社、2009)p.152。
2 延辺朝鮮自治州統計局『延辺統計年鑑』(吉林人民出版社、2007)p.55。(尚、これは
戸籍上の人口であり、居住人口ではない。中国では人の移動は可能だが戸籍は農村戸籍・都市戸籍と区別されており、移動は原則出来ない。)
3 鄭仁甲「中国朝鮮教育共同体反思」金 炳鎬『中国朝鮮族人口問題研究』(民族出版社、2007)。 p.181。
4 鄭仁甲・前掲(註3)p.176。

<参考文献>
・花井みわ(2011年3月)、「中国朝鮮族の人口移動と教育」、早稲田社会科学総合研究第11巻第3号

舛谷ゼミ 延辺合宿 2015.8.16〜23
立教大学観光学部交流文化学科2年 小杉 真奈
posted by 14こすぎ at 13:53| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月11日

延辺合宿 

私は今回の合宿を通して、経験することが一番大事だと改めて感じた。一日目は羽田空港から北京への移動。初めての中国だったので想像しかない状態で臨んだのだが、始めの北京は郊外だったこともあって道がガタガタしていたりお店も古かったりと少し心配になった。しかしながら、お店に入ってしまえば料理の味は口に合うものも多く、また、コップやお皿などの食器が一人分ずつパック詰めになっていたことには驚いた。ホテルで一番衝撃だったのはシャワーとトイレである。ユニットバスなら普通だと感じただろうが、トイレのすぐ近くに給湯器とシャワーが簡素についているだけだったのでどのように使ったらよいのか始めは戸惑った。ホテルではWi-fiが通じていたので、その点に関してはとても便利であった。日本を出国する前にVPNに関して聞いており、そのアプリで登録をしていたのですぐに日本で使っているSNSを使うことが出来たが、VPNを介していないとWi-fiが通じていても全くをもってSNSが使えなかったので、日本とは全然違うなと感じた。二日目は北京から延辺への移動。全く日本語も英語も通じなくて完全なる異国という感じだった。北京のイメージのまま延辺に向かったので、空港に着いた時は街の綺麗さや空気が澄んでいることに嬉しくなった。夜の街ではお店の看板がたいへん明るく、イルミネーションみたいなものもあったので夜景がきれいだった。延辺大学の寮は過ごしやすくて気に入ったが、やはりシャワーとトイレはホテルと同じ感じで日本が恋しかった。寮・大学のトイレにはトイレットペーパーがなく、お店でも置いてないところがあった。また、交通ルールも驚きで、赤信号でも右折車両は進行可能なので安心して横断歩道を渡っていても轢かれそうになったり、何度も大きな音でクラクションを鳴らしてきたりと道路はとても騒がしいという印象を受けた。国は中国であるが延辺は朝鮮族自治州であった為、街の中は中国語と韓国語の両方が表示されていてどこか不思議な気持ちになった。三日目四日目は延辺大学での中日韓朝言語文化比較研究国際シンポジウムの手伝いとして参加した。今回の学会に参加している方はほとんどが日本語を話すことが出来て、日本語が普及して外国の方に話してもらえていると思うと嬉しく感じた。延辺大学の学生さんと話す機会もたくさんあり、発音だけでは通じない部分があったものの、漢字を通して意思疎通を図ることが出来た。お互いに日本語と中国語を教えることが出来たのはとても良い経験だったと思う。文字は読めなくても、漢字を見ればなんとなく意味が分かるような場面も増えていった。学会が終ったあとは帽子山に登った。道は整備されていたもののなかなか暑くて距離もあったが、頂上からの景色は自然が広がっていてとても気持ちがよかった。五日目は長白山見学、六日目は防川国境見学、七日目は朝市に行ったあと尹東柱に関するコースを回った。どの観光スポットに於いても、店員さんの接客態度やお客さんの態度には大変疑問が残った。日本では「おもてなし」の精神を第一として接客が行われているが、この基準で外国に行くとショックを受けることもあるということを考えるべきだと思った。並んでいてもどんどん抜かしたり、遠くにいる知人に大声で話しかけたりと、もう少しマナーを考えてほしいなと思う場面もあった。しかし、全てのお店がそういうわけでもなく、日本好きな方は日本語で話しかけてくれたり、中国語でもジェスチャーや表情で優しく接してくれる人もいた。八日目は延辺→北京→羽田空港への移動。北京空港で二時間近くフライトが遅れたのにも関わらず、アナウンスやお客さんへの対応がきちんとしていないことには残念だった。しかしながら、安全に日本へ帰国することが出来たので良かったと思う。
一週間日本から離れて過ごしてみて、やっぱり日本は大変恵まれている環境だと感じた。日本に帰りたいと思うこともあったけれど、徐々に延辺での生活も慣れて食事はおいしいものもあったので、最終日にはもう少しいたいと思うようになっていた。日本の観光事業を考える上で、日本を訪れている人の気持ちになって色々な場所に行ってみたら、これからさらに発展させていけばよい点が見つかるのではないかと思う。楽しかった部分も、いやだと思った部分も、日本では経験できないことを体験できたのでとても貴重な一週間だった。
井上華奈穂
posted by masutanis at 15:01| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月04日

中国と日本の価値観の違いと英語について

私は、中国に約1週間ほど滞在した中で特に気になった、中国と日本の価値観の違いと、英語について考えていきたいと思う。
まずは接客に関して、サービスの違いを感じた。具体的には飲食店などで、私たちが中国語を全く理解できないとわかったら、あからさまにいや顔をしたり、食事を提供するときに無言で雑にテーブルにおいていったり、まるで怒っているのかと感じてしまうほどのところもあった。また、北京空港では飛行機が2時間ほど遅れているにも関わらず、グランドスタッフはwechatや携帯ゲームをやっていて、飛行機が遅れているとクレームが入っても、私たちにはどうすることもできないから関係ないといった様子で、私は少々驚いてしまった。しかしよく考えてみると、これは中国の国民が不親切であるとかではなくて、「普通」の基準が違うからなのではないかという考えに至った。日本では「お客様は神様」という言葉にもあるように、常にお客様のために全力を尽くすのが一般的である。自分自身もそれをよく心得ているし、幼いころからそのようなサービスを受けているから、それが当たり前であると思っている。だから自分が飲食店でアルバイトをしていて、もしたとえ自分のせいではなくても店の不手際でお客様に不快な思いをさせてしまったら謝るし、笑顔もふりまくし、きちんとおもてなしをする。これが日本の「普通」である。それに対し中国はラフな対応で、しかしそれが彼らにとって「普通」なのだ。お客さんもそれが「普通」だと思っているから、特に気にならず、不快に感じることもない。このように、育った環境の違いで何が「普通」であるかというのが違うので、こちらの「普通」を観光客の立場で中国側に押しつけるのはよくないのではないかと感じた。
次に、延辺で英語があまり通じないことに驚いたので、その点に関して少し調べてみた。中国の英語教育は、すでに2001年の時点で小学校3年生からの必修化されているらしく、これは日本以上の量と質と言われている。ではなぜ延辺ではあんなに英語が通じなかったのであろうか。それは延辺の位置と何か関係があるのではないかと考えた。延辺は吉林省朝鮮自治区というところに属していて、中国の中で北朝鮮、ロシア、韓国、日本まで一番近い所にある。そして、民族別人口では漢族の人口が最も多く、全体の57%を占め、その次の朝鮮族は約40%を占めている。町の看板にはハングルと中国語どちらも表記することが法律で定められていて、中国なのか韓国なのかわからなくなってしまうほど町は韓国のものであふれていた。現地の学生に、「なぜこの地域の人々はこんなに英語が通じないのか。」と尋ねると、「この地域では英語よりも朝鮮語ができる方が暮らしの役に立つし、英語を使う機会があまりないから英語を学校で習ってもすぐに忘れてしまう。」と言っていた。延辺は観光地として世界によく知られているというわけではないし、実感として特に西洋や欧米からの外国人観光客が極端に少ないことを感じたので、あまり英語を話す観光客と接触する機会がないために、英語での対応に慣れていないのではないかと考えた。
日本と中国は隣の国であるにも関わらず、お互いがお互いのことをよく思っているとはあまり言えない状況である。実際に私自身も、中国で生活する中で嫌悪感を抱いてしまったこともたくさんある。だが冷静に考えると、すべて自国を基準に考えるのではなくて、その国の状況や土地柄、歴史的背景、文化など、いろいろなものを考慮したうえで、相手を理解しようとする心が大切なのではないだろうかと思った。旅で得た印象を、いい悪いではなく、考察的にとらえられるような人になりたいと考えさせられるようなそんな旅だった。

野原ほのか

参考文献
・Sience Portal China現代中国における英語教育(2015.9.4 閲覧)
http://www.spc.jst.go.jp/experiences/education/education_1304.html
・中国朝鮮族の民族語に対する言語意識からみる アイデンティティの考察
――延辺大学における質問表調査を通して 趙 南実 (論文)
posted by masutanis at 12:32| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月30日

延辺合宿 日本と中国を比べて

 私は今回初めて中国を訪れた。羽田空港から飛び、北京で1泊し国内線を乗継ぎ延吉空港に到着した。7泊8日、吉林省に位置する朝鮮族自治州の延辺大学に滞在した。延辺はロシアと北朝鮮2か国と国境を接している。そのため、国境を見られるポイントが多く、観光地となっている。そのほかに、長白山も多くの人が訪れる観光スポットである。
 この合宿を通して私は日本と中国を比べてみた。まず1つ目にトイレである。延辺大学の寮のトイレは様式で、大学の建物のトイレは和式だった。夜ご飯を食べたホテルでもトイレは和式であった。洋式トイレも和式トイレも両方とも日本のほうが断然きれいだった。大学のトイレや飲食店のトイレは想像の範囲内で、日本にも和式トイレはあるのであまり気にしなかった。私が最も衝撃を受けたのは、長白山に行く途中で休憩したトイレである。穴を掘っただけのようなトイレで、ドアが無く仕切りはあるが高さが腰のあたりまでしかない。ほとんど仕切りの役目を果たしていないのだ。もちろんトイレットペーパーは設置されていない。この場所に限らず多くのトイレにトイレットペーパーは設置されていなかった。私はカルチャーショックを受けた。テレビでは見たことがあったのだが、まさか自分が体験するとは思ってもいなかった。長白山のふもとのトイレも期待していなかったが、観光地ということもあり比較的きれいだった。中国へ行って、飲食店やデパートなどのトイレがきれいなのはアジアの中で日本だけなのかなと感じた。そのような環境において、日本は恵まれていると言える。
 2つ目はネット環境である。延辺では寮の部屋にはWi-fiは通っていなかったが、1階のロビーとホテル、カフェなどの飲食店は必ずWi-fiが通っていた。Free Wi-fiではなく、鍵がかかっていてもお店の目立つ場所にパスワードが書いてあったり教えてくれたりと大変便利であった。延辺は大きな都市ではないのにも関わらずWi-fi環境が整っていた。それと比べて日本は観光地にさえWi-fi環境が整っていない。空港やカフェには整っている。以前あるデパートでWi-fiに接続しようと思ったら30分だけ無料と書いてあり、接続するにも登録しなければ使えないのだ。Wi-fi設置個所が少ないという点では日本は興新国と言えるのではないだろうか。しかし、中国は情報規制をしているため、普段使っているGoogleやLINE、Twitter、Facebook、メールはVPNというインターネットサービスを通さないと利用することができなかった。そのため、LINEの代わりにWechatを利用していた。なぜ中国は情報規制をしているのか?最初は中国で浮き彫りになった多くの欠陥工事や常識では考えられないような事故(道路の陥没、エスカレーターの事故)、事件を外部に漏らさないようにするためだと思っていた。実際に調べてみると、SNSを利用して政府批判や反対運動が起きることを恐れているということと、インターネット事業でGoogleやFacebookやTwitterに勝てないため自国のサービスを育て国民に利用させるためだということが分かった。中国の情報を外に漏らさないためというよりかは、国内で暴動が起きることを防ぎ、自国のマーケットを守るためだったのだ。
 そして、3つ目はマナーである。街を歩けばクラクションを鳴らしながらスピードを出す車や赤信号なのに直進する車を多く見かけた。歩行者より車が優先というのは日本と真逆である。また、トイレやバスの順番待ちで平気で横入りしてきたり後ろから追い越して前の方へ行ったりとマナーを守らない行動が見受けられた。日本ではマナー違反とされることが中国ではマナー違反ではないということがいくつかあり、日本と大きく異なることが分かった。
 このように、延辺合宿では中国と日本を比べることによってそれぞれの良さと欠点を知ることができた。
瀬崎真那

参考文献
http://海外移住情報.com/11575
posted by 14せざき at 17:28| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月19日

ホームステイFW

5/16airbnbのイベントに参加しました。会場は東京メトロ表参道駅から徒歩2分のCOMMUNE246、参加人数は100人強でした。COMMUNE246はドーム状の屋根で覆われた広場にお洒落なお店が立ち並ぶ開放的な空間で、サラダやホットドックを片手に2時間半程お喋りを楽しみました。

airbnbは家を貸すホストと借りるゲストが存在しますが、今回のイベントではホスト側の人が多く見られました。お堂を持っているホストの人は外国人の観光客が来た時には朝お堂で一緒にヨガを楽しむとおっしゃっていました。また、外国人の観光客が自分の家まで迷わず来れるように写真と英文を付けた地図や、自分の家の近くで楽しめるグルメ・観光地を紹介した冊子を用意しておくというホストの人もいらっしゃいました。ゲストのためにする工夫が多種多様で聞いていて面白かったです。

ゲスト側の人では、交流したいと思ったホストの家に泊まりに行くという人もいました。価格や立地の他に、ホストとの交流が家探しの基準であるところにホテル探しとの違いが見られました。

運営側の人で今はIT企業に勤めている人に面白いアプリを紹介してもらったので載せておきます。そのアプリはyelpというもので、日本でいう食べログです。現在地を入力すればその近くにある飲食店や人気スポットを一覧で教えてくれます。注目するべきは外国人観光客から見た日本を知ることが出来る点です。例えば、渋谷のスクランブル交差点と入力するとそこに訪れた外国人観光客のレビューがたくさん付けられています。海外旅行で自分が使える他に、外国人観光客に人気のスポットなどが分かる面白いアプリだと思いました。

橋本あかり
posted by masutanis at 14:16| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月17日

ホームステイFW

airbnbのイベントに参加しました。
行く前は講演を聞くだけだと思っていましたが、実際はホストの方とゲストの方が自由にお話を聞くような形でとてもラフな感じでした。

最初に湘南でホストをしている男性のお話を聞きました。子どもが2人いる家で、どうしても部屋が散らかってしまうため、ゲストに迷惑なのではないかと思っていたそうです。しかし、ゲストの方は気にすることなく過ごされていたそうです。この方はただ家を貸すだけではなく、ゲストに動物と触れあう機会を提供してあげたそうです。
次に話してくださった女性の方は渋谷でホストをしていました。家は駅から歩いて20分と立地条件はあまりよくないそうです。そのため、駅からバスの乗り方と家までの地図を事前にゲストに送ることで簡単に来ることができるようにしていました。
また別の方は駅から家までは歩くと30分かかるので送迎を行っているそうです。

旅行でホームステイをする場合、家が駅から遠い場合が多いので、このように行き方を教えてくれたり、送迎をしてもらえたら利用しやすくなると思いました。


このイベントでホスト登録をした方になぜ始めるのかを聞いたら、面白そうだしお金が入るからと軽い気持ちで始める方が多いそうです。ホストになりたてのときは料金を安く設定し、レビューを集めて多くのゲストに来てもらうように工夫をしているようです。またゲストも軽い感じで泊まりに行く人が多いそうです。気軽にホームステイできるのはホストにとってもゲストにとってもいいなと思いました。

また、airbnbを利用してホームステイする際に良いホームステイ先の選び方を教えてもらいました。ホストの中にはスーパーホストという認定されたホストがいるらしく、最初ホームステイするのに不安な場合はスーパーホストを選ぶといいよと言われました。

わたしは語学研修や留学でホームステイをするのはよくあることだと思っていました。しかし、旅行でホームステイを気軽にできるということを知って、いつか旅行するときに使ってみようと思いました。



このイベントでairbnbのホスト、ゲストの方々とたくさんお話ができて楽しかったのと旅行での宿泊先の選択肢が増えました。

初めてのFW楽しかったです。

瀬崎真那
posted by 14せざき at 18:20| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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