2016年10月05日

アイデア勝負!ハラル学食突撃取材レポート

IMG_0508.JPG--------------------------------------------------------------------------------------------------------------
10月4日 ガイドブック下調べ インタビュー
@上智大学 四ツ谷キャンパス 学食 東京ハラルデリ&カフェ

東京 ハラルデリ&カフェ 店長
運営会社ASlink 社員 伊藤さん
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------

『正直、売上はどうでも良いんです。
ビーガンの学生が1人でもいるならメニューを用意する。
それが福利厚生って事です。』

東京ハラルデリ&カフェは1日に約300人の学生が利用する人気学生食堂。カレーやパスタをはじめとする様々なハラルフードをワンコインで食べられる食堂だ。上智大学に在籍するイスラム教徒の学生は約50名程だが、普通の日本人学生も頻繁にここで食事をしている。9月30日に公式にオープンした東京ハラルデリ&カフェ。実は学食を新設する話が動いたのは約1カ月前の8月の事だった。学内でハラル弁当を販売していた同社は、前々から学食営業もしてみたいという思いがあったが、急に任された依頼に始めは戸惑ったそう。わずかな準備期間でオープンまで走り抜けたが、オープン後の今でもバングラデシュ人の社長と一緒になって学食の運営システムを試行錯誤している。
「今日話していて、やっぱり食券機がないと無理ってなりました。(笑)」
食堂のメニューは、ASlinkが以前から赤坂で経営する居酒屋のメニューをそのままハラルフードにアレンジを加えたもの。鶏肉がほぼ全てのメニューに使われている。
「鶏肉は扱いやすいので使っています。牛肉は確かにハラルなのですが、ヒンドゥー教の人達は食べられない。だから鶏肉が一番いいんです。」
例え、来客のうち、ヒンドゥー教徒が僅かであっても、その人達のために配慮する。伊藤さんは福利厚生という言葉を使って丁寧に説明して下さった。ベジタリアン・ビーガンの方向けに野菜炒めのメニューがあるのもそのためだ。
「野菜炒めは人気無いんですけどね(笑)正直、売上はどうでも良いんです。ビーガンの学生が1人でもいるならメニューを用意する。それが福利厚生って事です。」
2013年頃からハラルビジネスは、日経新聞をはじめ多くのメディアから注目され、2014年には1つのビジネスの流行として頻繁に取り上げられるようになった。
2014年の論調の特徴として、日本のインバウンド観光のキーワードとしてハラール対応も位置付けられた点も挙げられる。しかし、その一方で「ハラル料理」という言葉が一人歩きをし、日本の企業が認証を取ることに一生懸命になっているという現状もある。結果として、費やしたコストの割には外国人ムスリム観光客からの利益が上がらないという費用対効果の悪さを要因に、ハラルフード産業から撤退する企業も少なく無い。僅か1ヶ月でオープンした東京ハラルデリ&カフェのコストは実際のというどうなのだろうか。
「コストはあまりかかっていません。使っているハラル専用食品と言ったらハラル醤油くらい。」
ハラル料理を作るとなるとあれもこれもと特別な材料を揃えがちだが、伊藤さんは工夫とアイデア次第で安く美味しい物が作れるという。
「例えば刺し身。醤油付けなきゃって考えがちですけど、塩つけても、レモン絞っても美味しいんですよね。」学食の豊富なメニューも彼やネパール人の従業員の方々の柔軟なアイデアによるものだ。
「(ドリンクに使用する)あずきやチョコは市販のものでも良いんですけどね。忙しくて買いに行けない。(笑)」
ドリンクに使われるクリームは市販のものでは動物性の油が含まれる可能性がある為、卵白を使った特別なものを使っている。一見ハラルでは無いから無理と思えそうなメニューであっても、アイデア1つで商品にしてしまう。その発想力に脱帽した。
現在、他大学からもハラル向け学食をして欲しいと依頼が多数寄せられているのだそう。今後もASlinkの活躍に期待が高まる。

(3年 中島)
posted by masutanis at 10:31| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

よこぜまつり&彼岸花祭り

彼岸花のスタッフをやらせていただきました。

よこぜまつりとの同時開催は今回が初めてで、横瀬以外の人にも参加してもらいたいという目的で同時開催にされたそうです。

彼岸花祭りが開催されているスペースの一角に、1周年記念で「心が叫びたがってるんだ」のファイルを先着順で配っていました!それ目当てで訪れる方も多く感じました。

通常、彼岸花祭りは多くの人で賑わっているそうなのですが、今回あいにくの雨ということで訪れる人もちらほらといる感じでした!

終わり頃に雨が弱まりカメラを持った地元の方々集まっていたとういう印象でした。また、地元でない方々はカメラ好きなのかな?という印象を受けました。みなさん一眼レフを持っていました!
今回初めて白い彼岸花を見ました!もっと白い彼岸花が咲いていたら凄い!という印象を受けたのかなと思いました!

彼岸花祭りは少し坂を上ったところで開催されていたのでお年寄りの方は少ししんどいとおっしゃられていました。駅からのシャトルバスは坂のしたまでの送迎でした。

次は晴れている時にお祭りに参加したいです!

瀬崎

posted by 14せざき at 19:24| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月08日

東京ジャーミーFW

7月2日と4日に東京ジャーミーに行ってきました!

一年ぶりの場所でしたが、やはり美しく、そして去年よりもたくさんお話を聞けたように思います。



2日は下山さんという職員(?)の方に案内をしていただきました!

イスラムの方々はちょうどラマダーンという断食の期間でしたので、そのお話も聞かせていただきました。

ラマダーンは神に感謝の一か月であること、日中断食した後夕方に食べる水と一切れのパンの美味しさ、ひもじさから貧しい人々の気持ちがわかるので施しが盛んになること(お金を貸していてもなしにしてあげるなど)……とっても貴重なお話でした!

イスラムの方々にとって、一番の褒美とは天国へ行けることなのだと言います。そのために、生きているうちに良いことをしていると聞きました。

また、ラマダーンは一年に一度しかありません。日本でいうお正月期間のようなものだ、と下山さんは仰っていました。心も体も綺麗にする期間である、とも聞きました。



4日はラマダーン最後の日でした。この日はイフタールという、ラマダーン月のご飯を見学させていただきました。中に入ると丸テーブルがいつくもあり、その周りに椅子が置いてありました。席は、入り口から見て左が女性用、右が男性用の看板がありました。しかし真ん中寄りのテーブルは家族連れなのか定かではありませんが男女混合で座っている人々が多く、壁のある奥の方へ行くほど男女がきぱり分かれていました。女性専用の張り紙があるテーブルもありました。奥へ行くほど信仰心が強くなってゆくのかなと思いました。



イスラムの方々は信仰深く優しい人々だと、実際に接してみて感じました。そしてIS
が「イスラム国」の名で報じられたことで植えつけられた偏見や悪い評判を払拭したいと心から思っていることが分かりました。私たちも本当のイスラムの姿を周りに伝えていくことが大切だと感じました。





徳田晏佳
posted by masutanis at 13:49| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月15日

ブルネイホームステイ

スラマットゥンガハリ!

ブルネイホームステイに行ってきたので気づいた事、感想を書いて行こうと思います。

まず最初に空港からホームステイ先に向かうときに感じたのですが車の交通量がとても多く各家庭には車が何台かありました。タクシーやバスはあまり見なかったので観光の際訪れたら少し不便だなと感じました。

イスラム教に対する知識は全くなく、ともに生活して行く中で気づいたり体感した事があります。豚やお酒を口にしてはいけない事は知っていて、手で食べる事もなんとなく知っていました。そして、手で食べる事になんとなく抵抗感がありましたが、
いざ手で食べて見るとすごく食べやすい!
とり肉が食べやすい!
魚の骨が取りやすい!
手で直接食べるのは非常に楽でした。なんとなくホストファミリーに「手で食べてんじゃん」みたいな空気が流れた時は嬉かったです。
また、ホストブラザーのいとこから聞いたのですが、イスラム教にはラマダンとハリラヤというものがあり、ラマダンは一ヶ月間日の出から日没まで食べ物と飲み物を口にする事が出来ない。そして、ハリラヤはお祝いの日の事らしくラマダンが終わったらめちゃくちゃ食べられるそうだ。私には考えられない事だったので、大変かどうか聞いたらそうでもないと行っていました。ラマダンの期間に来い!と言われましたが、少し悩んでおります。

私は海外に行くと食事は本当に楽しみなものの1つでブルネイの食事は基本なんでも美味しかったです。辛い料理が出ることはなんとなく分かってましたが、それでも私の想像を超える料理が1つありました。それが「アンブヤット」です。透明な餅のような塊で最初食べ方がわかりませんでした。するとはしのようなもので絡ませながらソースにつけて食べ始めました。私もマネして食べましたが、ソースが酸っぱかったです。とりあえずワンブロック食べましたが、とても不思議な料理でした。正体はでんぷん?だそうです。

料理を食べて美味しかったらマレーシアでは「スダップ!」と言っていましたがブルネイでは「ニャマン!」というそうです。
またブルネイの人々は日本のアニメやゲーム、J-POPが好きな人が多く驚きました。ホストブラザーやブルネイ大学の学生では「デジモン」が好きな人が多く、キャラクターがかわいいとのことでした!

個人的に楽しかったのは、水上タクシーとホームステイ先の子供達と遊んだことです。
水上タクシーは風が気持ちよく学校や水上モスクをなどを見ながらの移動は非常に良かったです。また、猿も見れました!見れると運がいいそうです。
ホストブラザー、シスター達とはTVゲームやひたすら追いかけっこや、高い高いをしました。疲れましたが喜んでたので嬉かったです。下の子達は本当にかわいらしく、成長した姿が本当に楽しみです。
ぜひまた行きたいです。

14岩見
posted by masutanis at 16:28| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月12日

日豪ホームステイを終えて

わたしがこの日豪ホームステイにおいて得た大きな収穫は、オーストラリアチームと日本チームの関係性にあると思います。お互いがゲスト側、ホスト側双方を経験してたくさんの時間を共有しあったことに、とても大きな意味を感じました。
日本での活動では、わたし自身がはじめてのホームステイということもあり、考えさせられることがたくさんありました。全く会ったこともない外国人と急に2週間一緒に生活することは戸惑うことも多く、どのようにしたら一番喜んでもらえるのかを考えてばかりの毎日でした。楽しんでもらいたいと思うばかりに気持ちが空回りしてしまったり、大学のテスト期間だったこともあって私生活との両立が大変だと思ったりしたこともありました。しかしオーストラリアチームが喜んでくれる顔を見るたびにやりがいを感じることができたし、多忙ではありましたがわたし自身としても充実した楽しい2週間を送ることができたと思います。ホームステイに行くだけではなくて日本での受け入れを経験できたことは、本当に貴重であったと感じます。最初は不安と緊張でいっぱいだったオーストラリア人との関係も、たくさんの活動を通してだんだんお互いのことがわかるようになり、言語の壁を越えた絆を感じられるようになりました。そして、一緒に生活を送り、相手のことをわかればわかるほど、文化は違っても、根本的な部分はなにも変わらないことを実感し、よりオーストラリアチームの人々を近く感じることができました。相互でホームステイを行うという一歩踏み込んだ形での交流だったので、単なる国際交流では得られないような、深みのある関係を築けたと思います。
また、オーストラリアチームと見る日本は、また違った視点から見ることができて、見慣れた観光地がわたしの目にもなんだか新鮮に映りました。オーストラリアチームが日本の日常の何気ないところに興味をもったりしているのを見て、日本の意外な魅力も発見できました。
オーストラリアでの生活では、日本では決して経験できないような貴重なものばかりでした。どの活動も楽しかったのですが、わたしはオーストラリアチームがわたしたちのためにいろいろ考えて頑張ってくれたことが何よりも嬉しかったです。オーストラリアチームのあたたかさやゆったりとした生活感に触れて、自分を見つめ直すきっかけにもなりました。日本では忙しい毎日に追われて忘れてしまいがちな大切なことを再確認できた気がします。私が訪れたパースは「世界一住みたい街」として有名ですが、その訳がとても納得のいくような素敵な街で、今まで訪れた外国の中で一番好きになることができました。
受け入れとホームステイを合わせて4週間ほどのプログラムでしたが、さまざまな思いがたくさん詰まった一生ものの経験になりました。このプログラムを通して考えた様々なことは、自分の成長にもつながったと思います。とても参加してよかったと思える実り多きプログラムでした。
野原ほのか
posted by masutanis at 17:10| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブルネイホームステイを終えて

私はこのブルネイホームステイを通して感じたこと3つがつあります。

1つは、家族形態が日本と大きく異なるということです。私のホスト先は、いったい家に何人の人が住んでいるのか初日には把握しきれないほど家族がたくさんいました。親戚が多いせいか、1週間のステイの間に2回も結婚式に参加するほどでした。親戚同士で集まることがとても多く、子供同士もとても仲が良さそうだったので、親戚の関係性が日本よりも深いのではないかと感じました。

2つ目は、イスラームについてです。私はそこまでイスラームに対して詳しくはありませんが、イスラームというのはもっと厳格で、触れてはならないくらい信仰心の強いものなのではないかというイメージを持っていました。しかし実際には、生活に深く浸透したもので、本人たちは特に意識はしていないくらい当たり前のもののようでした。頭を覆うスカーフについてももはやファッションの一部と化しているかような雰囲気で、想像していたよりもずっとフランクだったので、なんだか親近感が湧きました。食べ物についても、制約のせいで不自由なのかなと思っていましたが、実際は種類も豊富で、ほとんど気にならなかったです。このようにイスラームに対する価値観が変わったのは、大きな収穫だったのかなと思います。

3つ目は、英語についてです。普段はマレー語を使っていて、両親もマレー人なのに英語を堪能に使いこなしていたので、ブルネイでは英語がとても身近な言語であると感じました。ホストシスターと家でよくカラオケをしていたのですが、彼女たちはどんな早い発音の英語の歌も歌いこなしていたし、小さい子供達も英語のテレビを見ながらケラケラ笑っていたので、それほど英語が身近な環境をうらやましく思いました。

ホームステイの思い出としては、同年代のホストシスターが二人いて、彼女たちが私たちにフレンドリーに接してくれたのがとてもうれしかったです。一緒にメイクしたり、カラオケしたり、ご飯を食べに行ったり、買い物をしたり、お出かけをしたり、何気ないことがホームステイではとても重要なのではないかと感じました。空港でお別れするときに泣いてしまうほどいい関係性が築けたので、とてもよかったのではないかと思います。これほど近い関係になれるホームステイは、やはりいいものだなと改めて感じました。





野原ほのか
posted by masutanis at 16:58| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブルネイホームステイ

3/2〜8の期間ブルネイで、ホームステイを体験しました。私自身、ホームステイ自体は2回目だったのですが、イスラム教の国にホームステイするのは初めての体験でした。

ブルネイについてざっくりとしか調べずに行ったため実際に現地に行ったときに驚いたことが幾つかありました。

まず1つ目に、私が滞在中に公共の乗り物をあまり見なかったことです。実際に、現地の大学生に聞いてみると、ブルネイは公共機関が国全体に発達していないためほとんどの人が1台ずつ車を所持しているとのことでした。また、ガソリン代がかなり安く、日本円で1000円ほどで満タンまで入れられるというのもあるそうです。

2つ目に、私が見た限り物乞いがいなかったことです。東南アジアと聞くとどの国にも物乞いがいるイメージで、私が今までに行った国にはかならず物乞いがいました。ブルネイは国民総幸福量が世界で9位と上位に位置しています。豊かな自然と資源に恵まれていることと国王との距離が近いこと(気軽に2ショットが撮れるらしい)、また税金がないということが物乞いかいないということの理由の一つではないかと思いました。

3つ目に、多くの人が日本を訪れたことがあり、日本が好きな人が多いことです。街に出た時、サッカーのユニフォームを私服として着ている人がたくさんいました。(サッカーが人気らしい)
その中で、日本代表のユニフォームを着ている人が割とたくさんいました。また、現地の大学生と交流した時、「日本の歌手の〇〇が好き、日本の〇〇に行きたい」など私が想像していたよりも日本についての知識が豊富だったので嬉しかったです。

最後に、ブルネイの人々は日本のことを知ってくれているのに対し、日本人の多くの人がブルネイについて知らないと思います。だから、多くの人にブルネイには行かなくともブルネイについて知ってほしいと思いました。

瀬崎真那



posted by 14せざき at 11:33| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日

ブルネイホームステイに行ってきました!

ホームステイプロジェクトリーダーの徳田です。3月2日から8日まで、ブルネイのホームステイプログラムに参加してきました!



ブルネイ、という国名を聞き慣れない方も多いと思います。実際私も、舛谷ゼミに入るまで知りませんでした!

ブルネイとはどんな国なのか簡単に説明すると……

・正式名称:ブルネイ・ダルサラーム国

・東南アジアのボルネオ島北部に位置する

・イスラム教国

・イギリス連邦加盟国

・王国

・石油や天然ガスなどの資源を多く埋蔵

・ASEAN加盟国

などが特徴に挙げられます!



滞在してまず驚いたのが車の所持数です。ブルネイでは移動は車が一般的というのは聞いてましたが、実際に滞在先の家庭に訪ねてみると40台以上と言われ(そこがお金持ちだったというのもあるのですが)本当に驚きました。産油国のためかガソリンも安く、10ドルで約30リットル程入れていたのが強く印象に残っています。



車文化の国なので、通学も車で送り迎えでした。子供たちは午前と午後、ふたつの学校に通っています。午前中は英語や数学などの学問を、午後は宗教(主にイスラーム教)について学んでいるそうです。私立の学校は学費を払わなければいけませんが、公立学校は無料です。ブルネイは他にも本や薬、病院や高速などほとんどの免税で、ただし車税は存在するとホストファミリーから聞きました。道路も東南アジアから連想されるイメージとは程遠く、整備され交通ルールもしっかり守られている印象を受けました。



食べ物で面白かったのは伝統料理です。ファミリーと初めて合流した時、お腹がとても空いていた私は「ブルネイで有名な食べ物ってなに?」と聞き、それに対して「グルー(のり)みたいな食べ物があるわよ」という答えが返ってきました。聞いた当初は全く想像がつかず、他に説明の仕様はなかったのかな?とこっそり思っていましたが、実物を見てみると本当にグルーでした!(笑)ふたつに割れていない、片方だけがくっついている箸を鍋の中のグルーみたいな食べ物につっこみ、少量をくるくる回して取ってチリソースなどにつけ口に含み、なんと咀嚼せずにごっくんと飲み込みます!無味無臭です。(笑)「これ美味しい?」と聞いたら「味わうんじゃなくて感じるんだよ」と言われました!(笑)デンプンで作られているので、唾液で溶けていきます。まずくも美味しくもありませんでしたが、それを体験すること自体がとても楽しかったです!



ブルネイでの生活を通して強く感じたのが、ひとのあたたかさでした。心に余裕があり、ひとに優しく、フレンドリーで、頭が良い!国や文化の違い関係なく、人間として見習いたくなるようなひとがたくさんいて、良い意味でとても刺激的な一週間を過ごすことができました。ぜひまた訪れたいです!





徳田晏佳
posted by masutanis at 00:10| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月29日

「ARをみてみた! 浅草FW振り返り」2016.1.16

ICTリーダー2年小杉です。今回は、浅草でARを実際に見てみよう!というコンセプトでFWを行いました。

「AR(Augmented Reality)拡張現実」とは・・・
簡単にいうと、現実世界に情報(映像や音声など)を追加する技術 つまり、現実世界に「何か」をちょっとプラスして、世界をちょっと良くする技術のこと。

浅草文化観光センター前で集合→雷門・仲見世通り→浅草寺子屋i→浅草モスク(ダール・ル・アルカム マスジド)→成田屋(ハラルラーメン)でランチ→セカイカフェ(ハラル、ベジタリアン対応。フェロー高橋さんに教えを乞う会)

雷門の前で早速AR。エアタグでたあ!  でも各端末によってタグ出現はまちまち。しっかりGPSを起動させないとダメなのかも。東京だと距離が短いので移動上の問題が起こりにくいが、地方では、、、?という疑問。あと、多言語はどこまで対応しているのかな?
浅草AR 2016_01_16_15.jpgIMG_1660.PNG
浅草文化観光センターに、AR資料無いかなと探してみましたが、置いておらず。係の方にARについてお聞きしてみましたが知らないご様子…。このサービスは浅草寺子屋iという民間企業がやっているよう。台東区は関係ないようですね。

例の浅草寺子屋iにも行ってみました。着付けサービス(2500円〜)なども実施していました。担当者は別の場所に居て、資料も切れてましたが、今度お話を伺ってみたいですね!

ちょっと足をのばしてモスクへ。中には入りませんでしたが、ICOJ(イスラミック・サークル・オブ・ジャパン)の本部らしいです。2000年開堂のこのモスク、浅草を本部と選んだ理由は、文化的に名の通った『浅草』にイスラムの拠点を置くことにより、日本の中にイスラム文化を根付かせようとの思いがあったからだそうです。
浅草AR 2016_01_16_27.jpg浅草AR 2016_01_16_20.jpg
続いてお昼ごはーーん!仲見世通り付近でのたくさんの外国人やモスクを見たせいか、我がICT班随一の食いキャラの頭をハラル・ラーメンがよぎりました。早速行ってみると結構な繁盛ぶり!並びましたー。ルックスはトラディショナルなザ・ラーメンで、味は全体的にさっぱりとしていますが、これがハラル?っていうくらい美味しかったですね。先生も海外のハラル・ラーメンと比較して美味しいとご満悦。麺も本格的で、何よりチャーシュー(鶏肉バージョン)が美味。量がちょっと少なく感じてしまいましたが、定員さんの笑顔でカバー(^^) 店内は半分くらいは外国人でした。
店内には礼拝所まで設置されており、驚き。
浅草AR 2016_01_16_26.jpg浅草AR 2016_01_16_23.jpg浅草AR 2016_01_16_19.jpg
最後はセカイカフェ(世界のベジタリアンとハラルに対応。・Wi−Fi・充電・クレジットカードOK。)でまじめにお勉強会。曖昧模糊、暗中模索。がんばろ。
実りの多い一日でした!3月27日開催予定のARイベント@横瀬町に向けて、準備準備っ♡ kosugi
posted by 14こすぎ at 18:26| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

日アジ 新大久保FW

新大久保でFW
を行ってきたので、報告をさせていただきます。新大久保は皆さんもご存じのとおり、コリアンタウンとして有名です。新大久保は新宿歌舞伎町の徒歩圏内に位置するため、戦後歌舞伎町で働いていた出稼ぎ外国人労働者のベットタウンだったというのが、この地がコリアンタウンになった経緯です。当時の出稼ぎ労働者が作り上げた街なので、今の韓国よりは古い街並みになっているそうです。そして2000年代の韓流ブームによりどんどん町が拡大され、現在のような形となりました。1997年のIMFショックが原因で韓国の様々な会社が倒産したことから韓国で就職難が起き、そのため日本に来て働く若者が多く住んでいる町となっています。

新大久保は、多くのエスニック料理店、韓流アイドルの店、韓国のコスメショップ、様々な国の現地のものがたくさん売っているスーパーなどが軒を連ね、地元の外国人はもちろん、韓流アイドルが好きな中高生、韓国料理をランチで食べに来た主婦層などでかなりにぎわっていました。

エスニック料理店は韓国が一番多いですが、そのほかにも100%ハラールのお店や、延辺風味と書かれている中国料理のお店なんかも発見しました。新大久保は最近イスラームに浸食されつつあるという話を事前に先生からお聞きしていたので注意して見ていたのですが、思ったより見つけられず、ムスリムの人もあまり見受けられませんでした。少し入りにくいようなエスニックのお店も多々ありましたが、全体的にチェーン店のような印象のお店が多かったように感じます。

韓流アイドルのお店はかなりたくさんありました。ステッカーや時計や帽子まで、様々なタイプのグッズが並んでいて、ファンにはたまらないのではないでしょうか。店内には韓流アイドルのPVがスクリーンに映っていて、K−POPを前面に押し出している感じがしました。また、店内にはライブDVDも売られていて、レンタルまで行っていましたが、ケースや表紙の印刷が自宅プリントレベルだったので、これは非公式のものなのではないかと気になりました。

これは余談ですが、以前私用で新大久保を訪れたときに白い衣装を身に纏った5人くらいのアイドルグループに遭遇して、女の子たちが集まっていたのを見たことがあります。韓国では日本以上にアイドル業界は厳しく、韓国で成功できなかったアイドルが日本に来て、新大久保のライブハウスでライブを行っているそうです。個人的な見解ですが、韓国のアイドルは完成度を求められていて、歌もダンスも完璧がいいとされているような気がします。一方日本のアイドルは、AKBをはじめとして「成長」を見守る色が強い気がするので、その点においても韓国で成功できなかったアイドルが日本にきて活動をするのは、いい戦略なのではないでしょうか。

コスメショップは、安価であることから韓流アイドル好きの中高生をターゲットにしているのかなと思いました。アイドルショップと併設されていたりして、かなり大きい店が多い印象を受けました。

スーパーはアジアの様々な国のものが置かれていて、地元の外国人が実際に買いに来ていました。常連だと思いますが、店員さんと仲よさそうに世間話をしていました。レジには日本円だけではなくさまざまな国のお金が用意されていて、いろいろな国のお客様に対応できるようになっていました。商品も私たちにはどのように使ったらよいのかさっぱりわからないような食品がいっぱいでしたが、きちんと日本語で商品の説明が書かれたシールがすべての商品に貼られていました。エスニック料理店はこのようなお店で仕入れを行うのではないでしょうか。

イケメン通り、イスラーム通り、一番通りと呼ばれているところも通ってきましたが、イスラーム通り、一番通りは一見路地裏かのような雰囲気でした。イケメン通りはわりと発展していたように思います。イケメンのお兄さんがお店の勧誘をちらほら行っている程度でしたが、カフェなども見受けられました。

日本にはまだまだエスニックタウンが意外と身近なところにたくさんあります。近くに行った際には立ち寄って、少し雰囲気を感じてみてもいいかなと思います。また、現地と比較してみるのも面白いのではないでしょうか。


野原ほのか
posted by masutanis at 14:28| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月12日

日アジ 京都FW

1日目は、京都を自転車で回っていきました。京都にはレンタサイクルができるところが結構あって、私たちはゲストハウスで貸し出しを行っているところで自転車を借りました。自転車を借りるついでに中を見学させてもらったのですが、まるで普通の日本の家庭の家のような印象を受けました。ゲストハウスの人に話を聞くと、そのゲストハウスでは自転車貸し出しのほかに日本の家庭料理を教える料理教室も開いているそうで、興味深いなと思いました。また、そのゲストハウスは住宅街の路地裏のようなところに位置していたので、Wi-Fiを持ち歩いていない外国人はGoogleマップなしできちんとたどり着けるのか気になりました。京都での自転車の使い勝手についてですが、自転車用の道はなく、道も狭いし、駐輪場もあまり整備されているとは言えない状況だったので、決していいということはできません。京都はせっかく自転車で回れる範囲の町のいたるところにたくさんのお寺があるので、町の景観を壊さない程度の自転車が使いやすいような工夫ができるとよいのかなと思いました。

まず、銀閣寺に行きました。紅葉が色づき始めていてとてもきれいでした。これは有名な話かもしれませんが、なぜ銀閣寺という名前なのに銀色ではないのかというと、作成途中でお金が無くなってきてしまって、銀にする余裕がなかったそうです。しかし、銀閣寺は銀色でないからこそ趣深く、日本らしさを感じられるのではないかとも思います。

次に紅葉が有名である永観堂に行きました。まるで歌舞伎をする場所のような白、赤、黄色、紫ののれんのようなものが印象的でした。中に入ると素晴らしい庭園が広がっていて、縁側に座り込んでぼーっと外を眺めている観光客の姿が見受けられました。

そのあと、国立近代美術館で行われていた琳派の展示会を見に行きました。琳派とは、桃山時代後期に本阿弥光悦、俵谷宗達が興した流派です。尾形光琳、乾山などもその例です。私は芸術には疎いので多くは語れませんが、教科書で見たことあるかもしれないような作品がたくさん並んでいました。

夜は、二条城で行われていたアートアクアリウムに行ってきました。私は今年の夏に日本橋で行われていたアートアクアリウムに行ったことがあるのですが、それと内容がほぼ変わっていなかったのでもう少し二条城でやる意味を持たせてもよかったのかなと思いました。暗かったのでお城があまりよく見えなかったのが残念です。お城もライトアップしたりして、金魚とお城のコラボレーションで魅せたらいいのになあと思いました。唯一京都らしさを感じられたのは、金魚の水槽前で行われていた舞妓さんのショーです。舞妓さんがもみじなどを持って上品に踊っていたのは、とても芸術的でした。踊りは歌詞をそのまま振り付けしているような感じで、普段聞きなれないような音楽だったので、不思議な気持ちで眺めていました。

食事についてですが、両日夜は京料理のお店、昼はカフェに入りました。京料理はとても繊細で、見た目も美しかったですが、量が少なく、若者からしたら少し物足りないのかなという印象を受けました。また、店構えもどこかひっそりとしていて見つけづらく、外国人観光客からしたら少し入りづらい、もしくは見つけづらいのかなとも思いました。カフェについてですが、京都にはたくさんおしゃれなこだわりのカフェが町のいたるところに隠れていて驚きました。カフェ巡りツアーをしてみても面白いと思います。

二日目は、トリップアドバイザー2年連続外国人人気ナンバーワンの伏見稲荷神社に行きました。雨だったこともあるのかもしれませんがかなり混み合っていました。鳥居に入るのに列ができているほどでした。なぜここが清水寺や金閣寺を差し置いて人気なのかみんなで理由を考えたみたところ、鳥居は日本独特のもので唯一性があるから、森の緑と朱色のコントラストがいい、ほかの寺院に比べて色が派手である、規模が大きい、京都駅からのアクセスがいい、拝観料がないことなどがあげられました。しかし、日本人の私たちからすれば朱色は古ぼけていなくていまいち趣にかけるし、頂上まで行って鳥居を全部見ようとすると往復2,3時間かかるらしく、なかなか
上の方にある昭和に寄進された鳥居にまでたどりつけないなど、なぜ1位なのか疑問に思う点がたくさんありました。それに加え、この神社に鳥居を寄進するには一番小さいものでも175000円、一番大きいものになると1302000
円にもなるそうで、どうしてこんなに高いのにこんなにもたくさんの企業が鳥居を寄進するのか、鳥居を寄進したことでその企業にどんなご利益やメリットがあるのか気になりました。

そして、最後はダークツーリズムの学会に参加してきました。今回事例として主に挙げられていたのは、サンチアゴ・デ・コンポステラの宗教ダークツーリズムと、大阪のホームレス街と呼ばれている釜ヶ崎のスタディーツアーと、長崎県の軍艦島についてです。学会の中で、私が理解できた範囲で内容を少しお話します。「厚みのある観光表象」というお話がありました。ここでいう厚みのある観光というのは、歴史の明暗両面を表現することで単なる視覚消費の観光ではなく、意味を理解しながら感情を伴って行う観光、という意味です。観光は単なる娯楽ではなく、もっと奥の深いものとなってきているそうです。釜ヶ崎の事例では、貧困の人々を観光の対象にしたスタディーツアーを「ダークツーリズム」とみなすのは人権的にもよくないというお話がありました。いままでそういった視点でスタディーツアーを見てこなかったので、「貧困の商品化」という言葉を聞いてなんだか胸に刺さりました。ここで疑問に思ったのが、「どこまでをダークツーリズムとしてみなすか」ということです。教授たちの話を聞いていると、負の側面が観光の対象となっているものはすべてダークツーリズムであるという印象を受けましたが、個人的にはなんだか納得いかない気分でした。広島や長崎、沖縄などの戦争関係のものやアウシュビッツ収容所のようなものはまさにダークツーリズムであるとは思いますが、負の側面を観光対象に一部含んでいる観光地なんて山ほどあると思うので、例えばボランティアツーリズム、スタディーツーリズムなどもダークとしてみなしてしまっていたら、きりがないのではないかと思いました。

まだまだ学会などでも理解できない部分があったり、考えが浅かったりする未熟な私ですが、いろんなものを見て感じて、考えることのできたFWであったと思います。ゼミのFWは普段自分で観光するのとは違った視点で見ることができるのですごく刺激になりました。



野原ほのか
posted by masutanis at 23:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月11日

里のエコツアー、一湊の場合

屋久島環境文化財団は「屋久島環境文化村構想」(注1)を推進する組織として平成5年3月に鹿児島県、屋久島町(当時は上屋久町、屋久町)の出資で設立された公益法人だ。自然と共生する新しい地域づくりを目指して財団が実施する事業の1つに「里のエコツアー」がある。里のエコツアーはホストの地域づくり支援とゲストの環境学習を目的に平成23年度から宮之浦、平内、吉田、中間集落で開始された活動で、語り部と呼ばれる地域住民が案内役となって集落の歴史、文化、産業を紹介する。今回私が参加したのは今年度新しく加入した一湊集落のエコツアーだ。11人の参加者に3人の語り部と村長が付いて始まった里めぐりは、絞め殺しの植物として有名なガジュマルが根を下すガジュマル通り、屋久島の特産品「サバ節」の工場、国指定天然記念物のヤクシマカワゴロモが生息する一湊川など集落の名所に寄り、最後は西郷隆盛が奄美大島へ向かう途中で褌を洗ったとされる布引の滝で記念写真を撮って終了した。語り部を先頭に終始和やかな雰囲気で続いた案内を通して地域住民の日常に触れることが出来た。しかし縄文杉、白谷雲水峡といった屋久島のゴールデンルートから観光客を分散させるにはまだ弱い存在に感じた。

先程述べたように一湊集落は今年度から里のエコツアーの受け入れを始めた為体制、制度が集落にまだ浸透していないのだ。私達のグループを担当してくれた語り部は集落の伝統行事、昔遊びについて詳しく教えてくれた反面、歴史や生物など専門的な話になると内容がぼんやりしていた。一湊川にてヤクシマカワゴロモが国指定天然記念物であると共に一湊川の固有種であることまでは話してくれても、語り部にその姿を見た人がおらず話はそこで終わってしまった。参加者が里めぐりに期待するであろう地域住民との交流も少なかった。ここにツアー料金1500円を考慮すると決して満足出来る内容ではなかったのが実際だ。ツアー料金に関して財団の方は料金の90%を集落に落とすことを考えた結果だとおっしゃっていたが、これではまた訪れたいと思えない。リピーターを獲得する為にも参加者の満足度を上げるには里めぐりに対する地域住民の意識を高め、語り部の教育と交流活動の増幅が必要だ。また近隣の集落とセットにした里めぐりを打ち出すことや、ツアー料金を抑える代わりに地元産業と協力して参加者にお金を落としてもらう仕組みを作ることも考えられる。例えばサバ節工場の商品販売にもっと力を入れるのはどうだろうか。私はサバ節工場・丸勝水産でサバ節を試食した時その味に感動したと共にその場で商品購入出来ることを里めぐりの終わりに知ってとても悔しい思いをした。

一湊集落を訪問して気になったのは里めぐりの内容だけではない。集落にあまりにも人気がなかったのだ。若者はもちろん高齢者を見かけることも少なく、かつて商店が立ち並んでいたという通りは寂れていた。集落で人口減少が進んでいることが明らかだった。北陸新幹線で話題の石川県も金沢市や和倉温泉から離れた能登半島北部では人口減少による限界集落の存在が少なくない。
輪島市大釜では2006年5世帯10人の住民が土地を売却し集団移転する計画を立てたが買収に応じたのは産廃処理業者だった為、観光に悪影響であると2011年輪島市議会は計画反対の意見書を全会一致で可決した事案もある。輪島市と同様に豊富な自然環境が観光に繋がる屋久島もこのような形での集団移転は難しいだろう。よって島外の人に里のエコツアーなどを通して集落へ来てもらうことが重要だ。一湊集落にとって里めぐりを盛り上げていくことは地域づくりだけではなく厳しい現状を打破するきっかけにもなる。

地域住民の中には自分の日常に観光客が入ってくることを良く思わない人もいるかもしれないが、住民の団結そして財団、近隣の集落と協力を元にこれからも一湊集落の魅力を発信し続けて欲しい。



(注1)屋久島の豊かな自然とその自然の中で作り上げられてきた自然と人間の関わり(環境文化)を手掛かりに屋久島の自然の在り方や地域の生活、生産活動を学ぶ「環境学習」を通して自然と人間の共生を実現しようとする新しい地域づくりの試み




・ 公益財団法人 屋久島環境文化財団 http://www.yakushima.or.jp/ 参照

交流文化学科2年 橋本 あかり
posted by masutanis at 20:48| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月08日

屋久島

今回私は初めて屋久島を訪れましたが、行く前に縄文杉を見に行かないと聞いて、とても驚きました。縄文杉以外、屋久島に何があるかわからなかったので、何をしに行くのかわからなくなったからです。
この考えは決して私だけではないでしょう。というのも、私が「屋久島に行ってきた、でも縄文杉は見なかったよ」というと、友達に「じゃあ、何しに行ってきたの?」と聞かれました。これだけの事例で世間一般を語るのは根拠が薄いと思いますが、多くの人は「屋久島=縄文杉」という認識が根底にあるように思います。下手をすると「屋久杉=縄文杉」と思っている人もいるようでした。もちろん、縄文杉は屋久杉の一つであり、間違っていないかのようにも見える式ですが、縄文杉だけが屋久杉だと思っている人もいる、ということです。このように強く根付いた屋久島のイメージのために、屋久島を訪れる目的は縄文杉のみになってしまうのでしょう。
その認識が、屋久島での観光客の分散を妨げているように思います。
屋久島にほかの選択肢があることを知ったら、観光客もほかの選択肢に目を向け、そちらを選び取る可能性が出てくると思います。
しかし、あくまで可能性が出てくるだけであり、実際に分散に目の見えるほどの効果をもたらせる魅力のある観光資源があるかは、疑問に思います。
私たちが屋久島に着いたその日に参加した集落を巡る里巡りツアー、私は吉田集落を巡りました。元小学校という現公民館のようなところで、地元特有のお茶と揚げ餅のようなお菓子をごちそうしてくださったあと、おじいちゃん3人がガイドとして、それぞれの担当箇所へ一緒に行き、その場で説明してくださいました。地域の話だけではなく、小さな豆知識なども教えて下さり、大変興味深く、訪れたサバ節工場では試食も用意してくださり、いい経験が出来たツアーでした。個人的に満足はしましたが、これだけのために屋久島にくるかと考えたとき、私の答えは「いいえ」になってしまいます。
「里巡りツアー」という言葉を聞いたとき、「地域の方と交流する機会」だと捉えました。実際、ガイドしてくださった方々、お茶を出してくださった方々は地元の方で、そこには確かに交流がありました。しかし、何より私が残念だったのが、コミュニケーションをとった人の少なさでした。ある地点から地点へ、例えば神社から花崗岩へ歩いて移動しているとき、人とすれ違うことがありませんでした。私の予想していたおじいちゃんやおばあちゃんにあいさつをするという機会は結局、最後までありませんでした。さらに寂しかったのは、サバ節工場でのコミュニケーションが圧倒的に少なかったことでした。私たちが時間に迫られていたからか、そもそも始めた時間が遅かったからか、などと私たちのほうに原因があるのかもしれないですが、サバ節工場での私たちは燻す装置を見て、食べて、終わりました。せっかくそこで働いている方がいらっしゃるので、もうちょっとお話が聞ければよかったのにな、と思いました。
総じて、このツアーにはもっと多くの人と、多くの交流ができる、そんな状況が加わればいいのになと思います。
コミュニケーションを遠ざける人が増えている時代ですが、あえて、それを目玉にしたツアーにするのもいいのではないでしょうか。


日下部彩月
posted by masutanis at 22:45| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月01日

屋久島 縄文杉からの分散について考える

私はこの旅行の概要をきちんと把握しないまま出かけてしまっていたので、「今回の合宿では縄文杉に行かない」ということを現地で初めて知りました。それを初めて聞いたときは正直、せっかくこんな遠いとこまで来てメインを見ておかないなんて・・・と残念な気持ちになりました。そして今回のテーマが「分散を妨げるもの」であると聞いて、自分がいかに屋久島=縄文杉のイメージを持っていたのか気づかされました。そして、日ごろの観光において、自分がいかにメインの観光地ばかりに気を取られ、まるでガイドブックのモデルコースをたどるかのような観光をしているのかを痛感しました。観光を学んでいるものとして、本来であればより地域に目を向け、地元の人しか知らないようなところも巡りたいとは思いますが、なかなか自分だけではそのような場所を知ることができず、そううまくはいきません。そこで大切になってくるのがガイドさんだと思います。
YNACの松本さんのお話の中で、考えさせられることがたくさんありました。

まずは、ツアーの選び方についてです。最近は、自然体験さえできれば、メインの縄文杉さえ見られれば、ツアーは安いほうがいいと言って、大人数制の安価なツアーが増えています。また、ほかのところにも行きたいからなるべく短時間で縄文杉にたどり着きたいと言って、縄文杉までなるべく早く着けるようなプランになっていたりもします。そして、ガイドブックの充実から、ツアーガイドをつけない人も増えていたりして、どこか金銭的にも、時間的にも余裕のない観光になってしまっていると感じました。それは自分にも当てはまっていて、このような観光方法では、ただ行ったという事実だけで満足してしまい、現地を深く味わうことができていないのではないかとも思いました。そこで、現地の味わい方を教えてくれるガイドさんが重要です。里めぐりツアーでは、村のおじいちゃんおばあちゃんをはじめとして、集落の村長さんまでもが駆けつけてくれて、村のことをあれこれ教えてくださいました。それはとても暖かく、村らしい雰囲気を感じることができました。一方トレッキングでは、ガイドさんが説明してくれた垂直分布の葉の変化や、絞殺しの木、木の幹の部分が空洞になっているものの話などしっかり心に残っています。時間をかけて、実際に体験して、現地のひととコミュニケーションを楽しみながら巡ることの楽しさを実感することができました。そこには、縄文杉以外の屋久島の魅力がたくさん詰まっていました。ツアーガイドさんとしっかり回ることによって、メイン以外にも得られるものがたくさんあったのです。
このように考えていくと、縄文杉からの分散へのカギは、現地のガイドさんをはじめとする地元の方々が握っているのではないでしょうか。屋久島=縄文杉のイメージがこんなにも深く浸透してしまっているのは、都内の旅行会社や各メディアが縄文杉をPRのメインとして発信していることが原因であると考えられます。YNAC松本さんが言っていた、「屋久島リニューアルしました!」のキャッチフレーズのように、魚の種類がとても多くて、シュノーケルに適していることや、里めぐりに力を入れていること、ウミガメが有名なことなど、アピールできるものはたくさんあると思うので、ぜひそのあたりを地元の方々が中心になって発信していけたら現状の改善がみられるのではないでしょうか。また、分散を妨げているものとして考えられるのは、縄文杉以外のものがまだ弱いということです。里めぐりツアーなどをはじめとして、強化できることはまだまだあると思います。地元の頑張りが、屋久島全体としての魅力アップにつながるのではないでしょうか。


野原ほのか
posted by masutanis at 15:54| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月21日

屋久島ツアー YNAC松本毅さんのお話しを伺って

『分散を妨げるもの』をテーマとして9月14~17日までの屋久島ツアーに参加をしてきました。このツアーの直前に体調を崩してしまったため、正直行く前は乗り気ではなかったのですが、合宿を終えた今は「最高に充実していて楽しかった!」が率直な感想です。前記したテーマを掲げて島を回ったことで、この旅がただの「旅行」ではなくなり、自分の脳内でぐるぐると考えながら歩くことが出来たために満足感を感じることが出来たのではないかと思います。屋久島なんてどうせ歩き回って疲れるだけだろうという私の予想を見事に打ち砕いた出来事のうち、このブログでは、特に印象的で屋久島観光について考えさせられたYNAC代表取締役・松本毅さんのお話しを中心に書こうと思います。

1日目の夜、宿泊した研修センターの中にある大きな視聴覚室にて松本さんをお招きして「ゴールデンルートからの分散」というタイトルの元、講義をしていただきました。
YNACはYakushima Nature Activity Center(屋久島野外活動総合センター)の略で、代表取締役である松本さんが1993年に創設した会社です。彼は屋久島出身ではないにも関わらず、YNACと同時に屋久島海洋生物研究会を発足させているほど、屋久島を知り尽くしていらっしゃる方でした。屋久島の魅力に惹き込まれ、その「本当の」魅力を世に広めたいと考えて活動をなさっている方であるのだということが話全体を通して受けた印象です。

世界遺産に登録されたのは縄文杉が評価されたからだと勝手に考えてしまいがちですが、実はそれだけではないことも詳しく教えていただきました。屋久島は一つの島でありながら様々な顔を持つ島です。海岸部は亜熱帯気候で九州や沖縄と同じような気候であるのに対し、中心部は標高が2000mほどで高いため亜高山帯地帯となり気温は北海道とほぼ同じなのだそうです。そのため、「屋久島には日本列島すべての自然が凝縮されている。」というような言葉を島のあちこちでよく耳にしました。1993年に屋久島が世界遺産に登録された後、意外にも観光客は増加せず、むしろ噴火などの災害により減少したということも驚きでした。観光客が急増したのはジブリ映画「もののけ姫」公開後だったそうです。

屋久島への観光はどうしても縄文杉を見に行くという事とイコールに結びついてしまいがちですが、縄文杉は島の住民からすれば、初めて東京に来た人が東京タワーに行かなくては!と思うのと同じように見えるそうです。東京タワーに行けば東京らしさは確かに味わえるけれど、もっと他に行く価値のある東京らしい場所がある。「そんな風にイメージしたらわかりやすいでしょ?」と松本さんは笑いながらおっしゃっていました。その例えは非常に想像しやすく、観光客が縄文杉ばかりに行ってしまうために他の場所の魅力に気が付けない島の方々のもどかしさが少し自分に引き寄せて感じる事が出来ました。

松本さんのお話の中で興味深かったのは観光客の「観光の仕方」に対する指摘でした。YNACはツアーガイドをする際、仕組み、体験、癒し、の3つのことをお客様に大切にしてもらいたいと考えているそうです。

まず、【仕組み】とは、前述したような屋久島の気候や植物の仕組み、「なぜここにこのような植物が生えるのか?」と考え、学びながらトレッキングをすることを指します。例えば、屋久島でしばしばみられる着生(木の上から別種の植物が生えること)は栄養豊富な苔があるおかげだということや、屋久島は植物にとっては根をはりづらい過酷な場所で、だからこそ樹木の年輪は密度が濃く、また長生きするのだということを私たちは教えていただきました。

第二に、【体験】とはそのままの意味で、実際に体で植物に触ったり、生き物を見たり、雨を浴びたりすることを指します。実際、私も黒味岳登山の際に葉の後ろに毛が生えた面白い植物に出会いました。標高が高くなるにつれてその毛は長くなりふさふさとしていてまるでフェルトのようでした。ガイドさん(屋久島のやっくんというニックネームの方でした)によると、この葉は冬になると毛を内側として丸くなり、寒さや雪によって葉が死なないようにするのだそうです。そのために標高に比例して裏側の毛がより長くなるのだと教えていただきました。

最後は、松本さんが最も大切だと言っていた部分で、【癒し】です。これは屋久島を歩くことでここでしか味わうことのできない神秘的な自然を感じることを指します。屋久島に行く際、観光客の多くは「欲張り」になってしまうのだと松本さんはおっしゃっていました。あれもやりたいし、これもやりたいし、となると予定を詰め込みすぎてしまい、結果的に屋久島に行ったという事実だけに満足してしまうのだそうです。そうではなくて、登山を例に挙げるならば、山頂や縄文杉などのゴールへ向かうまでのプロセスが一番大切なことであるということです。途中で出会った不思議な形をした杉や多様な種類の苔、休憩時間に飲んだ川の水の味や柔らかさなどが本当の意味での「癒し」を与え、もう一度屋久島に行きたいという気持ちを起こさせるのだとおっしゃっていました。また、癒しを充分に求めない結果として、ガイド離れが起こったともおっしゃっていました。現在、屋久島に関する詳しいガイドブックが多く出版されています。そのことによって、人々は1万円ものお金を払ってガイドを付けるより、
1000円のガイドブックで済ませてしまうのだそうです。結果として、島の人ならではの情報や、森の楽しみ方を知ることなく、ただガイドブックに載っている情報の確認で終わってしまいます。そうではなく、島の事に詳しい専門家であるガイドさんについていただくことで、より屋久島の魅力を肌で感じることが出来ます。

話を聞いていて、それは、美術館で音声ガイドを借りる行為に似ているなと思いました。自分の目で見たままに絵を鑑賞するのも一つの楽しみですが、音声ガイドは、作品そのものの解説のみならず、画家の生い立ちや時代背景、またその作品に合った音楽を流してくれる場合もあります。その付加的情報はただ絵を見て通り過ぎるよりも多くの満足感を得られると思うのです。ガイドしばしば、松本さんはお客様から、「見ておくべきところはありますか?」と聞かれるそうです。彼は、その質問に対して、「それはあなたの行きたいと思うところです。」と答えるそうです。加えて「たまには一日なにも予定を入れないで海辺でのんびりと過ごすのもいいですよ。」とアドバイスなさるとおっしゃっていました。なぜなら、屋久島に来て本当に良かったなと満足感を得られる時間を過ごしてもらいたいからだそうです。本当に、島の魅力を知り、それに対して誇りを持ち、また愛しているからこそこのような答えになるのだろうと思いました。初日に、松本さんからお話を伺うことが出来たおかげで、2日目から最終日まで山や森を思う存分に楽しむことが出来ました。もう一度行ったからいいや、ではなく季節や場所を違えてまた訪れたいと思うことが出来ました。

以上のように、松本さんは主にガイドに焦点を当てて、「分散を妨げるもの」をテーマにお話してくださいました。松本さんの言葉で印象的だったものがあります。「エコツアーは“情報産業”であり、ガイドではない。タクシーではなくて映画のようなものだ。」ただ目的地にまでガイドさんに連れて行ってもらい、写真を取るだけで終わってしまうのではなく、オープニングから地質や気候、植物とのふれあいや、生物の理論を学習するプロセスを踏むことで、クライマックスである目的地ではより多くの感動を得ることが出来るのです。結果としてこれは屋久島リピーターの増加につながり、それはさらに「分散」へとつながっていくと考えられます。「ガイドさんを付けない」という実態、またその原因となる詳しいガイドブックの普及や、観光客の自然を十分に感じる余裕のなさは分散を妨げる一つの要因であるかもしれません。


kanko14

中島 加奈恵
posted by masutanis at 18:02| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月17日

延辺ゼミ合宿

北朝鮮とロシアの近く、朝鮮自治区である中国の延吉に行ってきた。僕にとって日本以外のアジア、及び20人くらいでの海外は初めてのことで貴重な体験だった。毎観光で考えることは勿論色々あるが共通して興味出るのは現地、そこにいる人たちどんな人たちなのかということと音楽をメインにする娯楽についてだ。旅行先にいる人々はそれが現地の人でなくても何かそこにいる理由がありそれは自分とは違うポイントで面白い。延辺ではゼミのスケジュールもありそこまで多くの時間がなかったがそれでも色んな人達との出会いがあった。一番に思い出すのは国際シンポジウムにプレゼンターとして来ていた中田という氏の親子だ。父の方が特に面白くて、格好、髪型がお坊さんなのだがピアスを開けて酒タバコを呑みまくるという男だった。言動も格好には似つかわしくないもので「シンポジウム前に女を抱いてきた」など言っていた。しかしこの男、ただ快楽にだけ走っている不良坊主ではない。天安門事件を生で体験し足にはその傷が残り、そしてあと余命一年という人だった。彼から言われた「君は〜したいが多いよ、黙って〜すれば良いんだよ」は何だか凄く重くて貰った偽ドラエモンのイヤホン(音質悪い)と共に忘れないと思う。
二人目には僕はギターを探していたのだが(結局借りることはできなかった。それだけ浸透してないという発見が出来たから良い)、音楽関連ということでクラシックの先生を延辺大学でしているチューバ奏者のマンさんを思い出す。彼は僕の二つ隣の部屋に住んでいて、「コーヒーは好きかい」と自分の部屋に招待してくれた。その部屋は凄く整頓されていて家具もかなりの数があった、思えば延吉で唯一のリアルライフを送っている人の部屋かもしれない。またそのコーヒーはインスタントではなく豆を挽いてくれた。そのコーヒーを飲みながらクラシックの話をしたり聴いたりした。コーヒーは美味しかったが都にかもかくにもクラシックの楽譜を見た時になんだか凄く安心した。ちゃんとあるんだ、ということが嬉しかったし、うん良い人だった。
遅れちゃってすいません。
kanko14 菅家正礼
posted by masutanis at 16:06| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月14日

延辺ゼミ合宿

私は中国の東北に位置する延辺に行ってきた。16日北京を訪れたときは、あふれかえるごみや色々な食べ物が混ざったにおいがし、さらには買ったアイスもドロドロに溶けていて少し驚いたが中国に来たのだなと実感するきっかけにもなった。
そして、翌日延辺に着いてみると空港の建物の掲示板やお店の看板には漢字とハングルの二か国語表記だった。実際にピザとかを食べたお店では接客をしてくる青年は英語がまったくできず、メニューを指さしたり、手振り身振りで大きさなどを聞いたりした。お店にはお客さんの寄せ書きが多くあり、ほぼ漢字と朝鮮語であった。また、超市(スーパー)でも英語ができる店員さんは少なかった気がする。朝市で欲しいものがあって値段を聞いても中国語で返ってきて理解できなかったので、紙に「多少銭」と書いて渡すと何元か書いて教えてくれたので筆談が役に立つとも分かった。他のメンバーが「こっちでは英語をやるなら朝鮮語を優先する。」と言っていたのを聞き、朝鮮族が多いから納得した。私は英語がどこの国でも使えると思い込んでいたが、国やその地域によって使用し重視する言語はそれぞれであるということを再認識した。他の国においても、その地域と使用言語の関係性、歴史、文化について興味を持った。日本の学校のカリキュラムでは見ることがないようなことがあった。軍事訓練である。大学内を歩いていると校内を隊列行進を行い、朝早くに起きて散歩をしていても、延辺大学のの学生は早朝から行進をしっかとやっていた。この軍事訓練の目的は学生の政治意識や愛国心の向上であると聞いた。延辺大学の一年生は入学して一か月は訓練するそうだ。運動場での訓練を少しのぞいたが、整列などの集団行動に重きを置いているようだった。あと私が個人的に面白いなと感じたのは朝市だ。衝撃的な食材が多かったということもあるが、中国料理が売っていたエリアなんかは目の前で料理を作り、朝早いのに多くの人が訪れていてとても、活気づいていた。舛谷先生が「あの人なんかお店の人だろうな、沢山買ってる。」とおっしゃっていたのを聞いたのと、日本人が私たちぐらいしかいなかったので、中国の人々の生活を支えている場を見れた気がしてなんだか嬉しくなった。揚げたての饅頭と野生のブルーベリーがとても美味だった。
今回私は中国語も朝鮮語も全くしゃべれなかったので延辺大学の学生さんの存在は大きかった。防川国境観光や龍井・市内見学の際は中国語、朝鮮語を日本語にして説明してくれてただ、観光に来ただけじゃわからないようなことも知れた。ただ聞いているだけじゃなく質問なんかもできればよかった。
日本に帰って、多くの人に中国はどうだったかと聞かれ、学会や長白山、防川国境観光、龍井・市内見学のことと中国の人が日本人の私たちを快く歓迎してくれたことを話すと驚かれる場面が多かった。日本人の大半は中国に対して良いイメージを持っていないなと感じた。その分私たちは中国に行き現地の人々と交流をし、いい経験ができたと思う。
岩見健
posted by masutanis at 12:34| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

延辺合宿

今回のゼミ合宿で私は初めて中国を訪れた。
正直、この合宿に参加する前まで私は中国に対してあまりいい印象を持っていなかったし、この合宿がなければ訪れようと思ったこともない国であった。中国人はきっとみんなマナーもよくないし愛想もよくないだろう。中国の街中はゴミが溢れているんだろう。北京、上海、香港以外は田舎だろう。そんなほぼ確信ような先入観を持ってこの合宿に臨んだため、滞在中はショックを受けることが多々あった。
初日乗り継ぎのために降り立った北京では郊外だったため、ホテルの前の通りが生ゴミ臭く、道端で野菜を売ったり服を売ったりと、想像していた北京の街並みとは大きく異なっていた。一方延辺では、きっと田舎で何もないだろうと思っていたが、北京空港の周りとは比べ物にならないくらい都会で、人も車も多く夜でも明るい街であった。
中国人はみんな日本に嫌悪感を抱いているだろうと思っていたが、延辺大学の学生と交流をして、そのような人たちばかりではないということがわかった。延辺大学の学生たちは積極的に話しかけてきてくれたり、日本語を使っていたりと、むしろ日本にプラスのイメージを持っているように感じた。また、2日目の昼食時に訪れた冷麺屋の店員で10年日本に留学していたという人がいたり、帽子山に登った際、娘が日本で暮らしているという人に出会ったり、日本に関係がある人たちが結構多いことがわかった。
悪い面で想像を越えている部分もあった。例えば、レストランやコンビニなど店の店員の態度が、日本では考えられないほど無愛想であった。おそらく中国ではそれが"普通"とされているのだろうが、普段日本のおもてなしの精神のサービスを受け、それに慣れてしまっていた私はどうしても違和感を感じ、また、嫌な態度だと感じてしまった。他にも、英語の通じなさにとても驚かされた。もちろん、日本は世界の中でも英語が通じない国として評価されているが、中国はそれ以上なのではないか、と思った。北京空港で英語を使って質問をしても中国語で返され、わからない様子を伝えても、こちらにわかるよう身振り手振りを加えて説明するというようなことはなく、ひたすら早い中国語で返事をされ、まくしたてられているように感じた。日本では空港など外国人の客が多いところ以外ではあまり英語が通じるとは言えないが、どうにかして理解しよう、伝えようという態度が伺える。しかし中国では街中の店で中国語がわからないと伝えても、理解し合おうという気持ちがあまり見えなかった。
もちろん、笑顔で対応しサービスもよく、素敵な店員のいる店もあった。しかし、そのようなお店は中国というよりは韓国寄りのお店が多いように感じた。このようなことから、やはり、サービスの面で国によって文化が異なり大きく違いが出るんだなと実感した。
この合宿を通して、私はいかに今まで自分が勝手なイメージで物事を判断していたかがはっきりとわかり、それと同時に実際に行って、見て、肌で感じてみないわからないことも多いんだなと思った。また、文化の違いも感じることができ、今まではマナーがなってないなどという私の価値観を押し付けた評価で様々なものを見てきてしまっていたが、それが文化であると受け入れられるようになった。この合宿は私にとって自分の考えを大きく変えた、貴重な機会となった。

中川有紗
posted by masutanis at 05:05| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

延辺合宿

今回の延辺合宿では、長白山でのマスツーリズム、マナーや交通ルールの違い、使用言語の多様性など、あらゆることに気付き、体感したが、中でも特に私は「ICT」、「食」の2つが私の延辺合宿の大きな関心になったと感じる。

まずは「ICT」についてだが、「Wi-fi」と「VPN」の二つについて日本と比較しながら述べたい。まずこの合宿を通して私は、中国のWi-fi環境は日本よりも制限が少ないように感じた。例えば合宿中、様々な飲食店へと足を運んだが、基本的にどの飲食店にもWi-fi環境が整備されていた。しかし、日本では中々Wi-fiが広く普及せず、例えば全国的チェーン店である「マクドナルド」では、Wi-fiの使用に対してキャリアの制限がかかっているなど不便さが残る。また、たった数十分の使用のために会員登録等を要求することが多く、手軽とは言えない。公共交通機関のWi-fi環境に関してだが、今回使用した公共交通機関の内、空港等の国際的に人口が流入する施設内では日本とのWi-fi環境の違いは特に見られなかったが、5日目に使用した高速道路において違いが見られた。日本ではNEXCOが管理するSA・PA等ではWi-fi環境が整備されているが、中国の高速道路では道路を通行している際にもWi-fiを使用することができた。高速道路を使用する際、通行中でもWi-fiが使用できるというのは、車内での暇つぶしに有効であるなど、サービス面で優れていると言えそうだ。ところが「VPN」に関する話となると、中国は制限の多い国であると感じた。Twitter, LINE, Facebook等の世界的にシェアが拡大しているサービスを中国ではVPNを介さないと使用できず、延辺大学のとある学生さんはこれらのメディアから情報を得られないことに不満を感じていた。また中にはWi-fiが使用できても、VPNは使用できないネット環境も見られた。この制限を知り、私は中国が社会主義国であることを再認識し、携帯のキャリアもネットワークが国営で徹底的に管理されていることに、人々の情報公開・知る権利が阻害されているように感じた。「Wi-fi」と「VPN」という二つの切り口では、中国のICT環境について肯定的か否定的かと意見が分かれた。情報通信技術は今後も発展し続け、国際的に非常に絡み合う事物だと考えられるので、日本・中国双方の動向を追いたいと感じた。
次に「食」についてだ。海外という異文化に飛び込むと必ずと言っていいほど食文化の違いに圧倒される。今回は、延辺が朝鮮民族自治州の一部であるため、円卓に大皿が並べられていくような典型的な中華料理の他に、ビビンバや冷麺などの韓国料理も楽しむことができた。このように文化が混在しているという延吉らしい点を、食を通して知ることができたのは面白い。また、「熊博士」という「HARIBO」にそっくりなグミのお菓子を見つけ、模造品があるというステレオタイプな中国の一面も見ることができた。加えて他のアジア諸国と同様にここでも夜になると屋台が並び、ご当地料理を手軽に食すことができた。屋台は地元を表す、アジアといえば屋台、と単純に私は考えてしまいがちなので、日本の博多、ベトナムのホーチミンなどの他の屋台文化についても更に深く知りたいと思えた。そして何より興味深かったのは珍味である。2日目のバイキングにて米の腸詰、4日目の晩には養蚕を食べたり、7日目の水上市場では人差し指大の芋虫や犬が丸ごと販売されているのを見たりと、日本にはない新鮮な体験をすることができた。食は人々の生活から切り離せない重要な要素であり、珍味はその地の人々の文化を特徴的に示す。例えば、なぜ腸に米をわざわざ詰めたのだろう…などと素朴な疑問から珍味を見ることで、さらに異文化に対して深い理解を示せるのではと考えた。珍味を珍しいものと足らしめる理由は尽きず、珍味という「食」から文化の違いについて再考するのも面白そうであると感じた。

 最後におまけとして、滞在中、延辺大学の院生さんから中国の漫才である「相声」について教えてもらった。外国人の方とおしゃべりすると得るものばかりで本当に楽しい。これからも自分の好奇心のままに、様々なことを体感し、思考したいと思った。

斉藤朱里
posted by masutanis at 03:32| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

延辺合宿

シンポジウムの最中、延辺大学の学生と話す機会があった。彼らのなかには、中国国内ではfacebookやLINEが使えない(We chat"というSNSが主)ことに不便さを感じる人もいて、「世界との距離を感じる」という研究生の台詞が印象的であった。
日本語学科の学生だから尚更かもしれないが、日本のドラマやバラエティ番組に対してとても敏感だった。大学で教授から教わる日本語は古いらしく、現在放映されているドラマを見ていた方がより新しい日本語に触れられるそうだ。中国のテレビ番組は見ないのかと訊ねると、どこかで見たような真似っこばかりであまり面白くないようだ。
また、彼らは漢族と朝鮮自治州族をはっきりと区別していた。同じ中国国内でも、やはり漢語とハングルとでは文化が結構変わってきてしまうものなのだと思った。
延吉はまだまだこれからの都市である。空港から街中への道からは建設中の建物が多く見えた。今後再び延吉を訪れた際にはまた印象が変わるかもしれない。
中国、北朝鮮、ロシアの国境の防川。もっと物々しい雰囲気かと思っていたがすっかり観光地化していた。観光客は若い人が少なく、ご年配の方々の方が多かった。

田口暖菜
posted by masutanis at 02:24| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。