2015年10月12日

屋久島

今回、この屋久島エコツアーでは、『分散を妨げるもの』をテーマにフィールドワーク、ゲストスピーカーの方の講義、ディスカッション等を行いました。これらを通して、私は「分散を妨げるもの」は縄文杉であるが、初回観光客のゴールデンルートからの分散は難しいのではないかと結論づけました。「分散」の対象となるのは一度屋久島に来たことのあるリピーターが主であると感じます。

里めぐりも黒味岳の登山もとても魅力的でしたが、他の地域との差別化を図っているのはやはり縄文杉なのではないか、と今回ゴールデンルートを避けたことで逆に強く感じました。いわゆるゴールデンルートとされていない、屋久島の「新たな魅力」には同時にツアーのガイドの質の向上、自然環境を配慮した設備の充実など、観光に対応するための課題がまだまだあるように思います。

特定観光地への集中からの分散のソリューションとしての里山ツアーという考えは確かに現地の地域活性化にもつながる着地型観光、理論的には素晴らしいと感じました。今回は一種修学旅行という形だったからこそ初回で里めぐりツアーに参加しましたが、これを個人で、一観光客として初めての屋久島で経験するのは、その内容や情報量の少なさ等の面から難しいのではないかと感じました。

今回のメンバーにはいわゆるリピーターも数名いたため、初回来訪者の私と視点が違う意見もあり、とても面白かったです。彼女等は去年の、いわゆるゴールデンルートの合宿で「もう一度来たい」と感じたからこそ今年の参加を決めたのだと思います。私は今回のゴールデンルートを避けた合宿で、屋久島と他の観光地との差異をあまり感じませんでした。もちろん黒味岳で見られる植生のなかには屋久島の固有種や、花崗岩の上にある薄い土の層から生える木々などがあり、これらは、この島でしか見ることのできないものです。しかし、本土の他の山でも似たような植生を見ることができる、そういった場所に比べて観光地として整備があまりなされていないなどといった印象を受け、唯一性のようなものをあまり感じることができませんでした。

私は、やはり縄文杉は屋久島の唯一性を高める一装置であり、一種屋久島の記号とも言えるのではないかと思います。仮に縄文杉が無かったらそもそも屋久島に来ない観光客もいるのではないかと感じました。実際の縄文杉がいまはデッキからただ見るだけだとしても、「縄文杉に行った」ことがひとつの価値として成立し得る現状があるように感じます。たとえ縄文杉が数年後朽ちて倒れたとしても、その切り株や場所が縄文杉跡地のような形で意味を成すことも考えられます。
縄文杉をはじめとするゴールデンルートは初回観光客を呼び込むための一種の装置であると考え、ここで屋久島の魅力を知って再訪するリピーターに、里めぐり、黒味岳、海などの分散したルートを提供していくことがキャパオーバーな集中への対策として有効なのではないかと考えました。

3年 町田 恵
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2015年10月11日

屋久島エコツアー

去年に引き続きエコツアーに参加させていただき、今回が2度目の屋久島となりました。

去年は民宿に泊まり、トレッキングもそれぞれ別のガイドさんについてもらいましたが、今回は研究センターの方に一括してお世話になりました。

*1日目
一湊・吉田集落に分かれて里のエコツアー
YNAC松本さんより「ゴールデンルートからの分散」

長時間フェリーに乗った後、研究センターの方と合流し、すぐに里のエコツアーに参加させていただきました。半分で分かれてそれぞれ見学をさせていただきました。私は一湊集落でした。
まず公民館のような場所にいったん入り、エコツアーを担当してくださる方々と対面しました。公民館は田舎の公民館という感じで少し懐かしかったです。それから外に出てゆっくり歩きながら、ときにはとまりながらひとつひとつの景色や建物や植物について説明を加えてくれました。担当の方々はぱっと見40、50代くらいの方々で、私たちに説明をしてくれつつ、昔はこうだったよね、とか、こんなことしてたなぁ、とか思い出話に花を咲かせているのが印象的でした。(笑)私的には、ひとつの植物について説明をもらって、ここにはこんな植物があるんだ、と思うよりも、歩いているときに住民の方が通るとみんながみんな知り合いで挨拶をしていたり、店に入ったときにガイドさんと店員さんが「最近どう?」みたいな余談をしていたり、そういったオフの部分を見ているほうが、「あぁ、いいとこだな」と思って印象に残っています。
里のエコツアーは、今回1回1500円で申し込みましたが、実際に経験してみて少し高いのでないかなと思ったのが正直なところです。また、私たちはゼミ合宿の一環として訪れているから受け入れられるけど、個人的な旅行にいったとき、若者はあまり興味を示さないのではないかなとおもいました。内容が悪かったわけではありませんが、例えば何かのパックツアーとして屋久島に来たときに、そのツアーのひとつとして住民の方と触れ合う、というスタンスで里のエコツアーが組み込まれたりしているくらいがちょうどいいのではないかと感じました。

夜はYNAC松本さんの講演でした。去年白谷雲水峡を担当してくださり、またツーリズムEXPOでもお会いしたことから私にとっては屋久島といったらこの人!と思うくらいの存在です。(笑)
松本さんの目指すガイドのあり方というものが2回目にして理解できた気がします。そして私自身松本さんのやり方にとても納得しました。テーマ「分散を妨げるもの」に関して、はっきりとした答えは示していなかったものの、松本さんの「みんなに屋久島をこう楽しんでもらいたい」という思いはまさに分散を促進する第一歩になっていると思いました。


*2日目
屋久杉自然館
白谷雲水峡
中間集落の方より「里のエコツアー研究」

屋久杉自然館はよくある博物館という感じでした。当時木を切るために使っていた長すぎるチェーンソーが実際に持つ体験ができたり工夫がなされているところもありました。私的には床に屋久杉が使われていて、且つ、靴を脱いで裸足で歩けるところが気に入りました。

白谷雲水峡は去年も行ったので2回目になりました。比較するものがあると、どうしても感想が去年との比較になってしまうのですが、それは置いておいて、1番驚いたことが去年YNACの方から説明を受けたことを鮮明に覚えていたということです。この木はこういう特徴がある、とか、この苔は押すと水が出てくる、とか、ここらへんにもののけ姫に登場する○○に似てる木がある、とか。特別自然に興味があるわけでもなかったのですが、意外にも1年前に学んだことを覚えている自分がいて、それだけ吸収していたことに気付かされました。自分からガイドの方にこれはこうですよね?と声かける自分がいて、教えてもらうのではなく、共有する方向で楽しめた白谷雲水峡となりました。

夜は中間集落の方が足を運んでくださって、里のエコツアー研究についての講演を行ってくださいました。とてもユーモアのある方で、講演を聞いたというよりはひとつのテレビ番組を見ているような感覚になって引き込まれるような講演でした。
突然歌いだしたり、名産物のサトウキビやバナナを実際に持ってきてくれたりしました。エコツアーだったらどんなことをしてくれるんだろうと思うと中間集落にも足を運んでみたくなりました。

*3日目
黒味岳
今回テーマ自主研究

黒味岳は山登りという感じで、ここどうやって登ろうとか、前にいるガイドさんはこっちを歩いたけど私はこっちから行ってみようとか考えながら登っていくのが楽しかったです。山登りが好きで趣味にしている人はこういうところが楽しいのかな、と思ったりしました。

夜は部屋を借りて一湊、吉田集落の里のエコツアーについての共有と、今回のエコツアーのテーマである「分散を妨げるもの」から発展して、「分散を妨げるものとは」と「どのように分散させていくか」について4つの班を作って話し合いました。
私は、屋久島初心者をゴールデンルートから分散させることは難しいと考え、初心者ではなくリピーターとして訪れる人たちの分散に目を向けていけばいいのではないかと思いました。例を挙げるとまさに私のようなリピーターです。そもそも私は屋久島について、もののけ姫の舞台になった場所があるらしい、くらいしか頭にありませんでした。しかし、実際に白谷雲水峡に行ってみるともののけ姫の舞台に似た場所に行くまでの過程で、たくさんの自然に出会い、学ぶことができました。その長い過程を経て、忘れた頃にあの苔むす森の素晴らしい景色が広がり、とても感動したことを覚えています。
注目されがちな目的地もそれまでの過程もどちらも楽しむことができたからこそ、もっと違う魅力が屋久島にはあると気づくことができたのだと思います。
このように考える人は他にもいて、やはりはじめの一歩としてのゴールデンルートは避けなくてもいいのではないかと思いました。
自分になかった意見として面白かったのが、ツアーを作る側はいつも東京の旅行会社で、だからゴールデンルートを中心にしたツアーが組まれるのだと。屋久島の面白さを充分に理解している住民がツアーを組んでみるのも面白いのではないか、という意見がなるほど、と思いました。

4日目は、ヤクスギランドに行く予定でしたが天候が悪化してしまったため急遽予定を変更して、千尋の滝を見学したり、散歩したりしました。途中でガイドの方から大きなVの字の葉っぱを拾ってというアナウンスがありました。その葉っぱを橋の上から落とすと鳥が飛んでいるように見えました。とても面白く急遽お金のかからず楽しめるプログラムを用意してくれたことに感動しました。

今回のエコツアーは前回とまったく違うもので、違った視点から屋久島を見ることができたと思っています。

観光学部観光学科 千場明美
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2015年10月09日

屋久島エコツアー

「分散を妨げるもの」

今回このテーマの基に9月14日から17日にかけて屋久島を訪れました。そこで感じたこと、分散を妨げる要因はどのようなものか私の意見を述べたいと思います。

屋久島から帰ってきて、家族や友人に屋久島に行ってきたことを報告すると、まず始めに「縄文杉行った?」という質問を多くもらいました。そして「行ってない」と答えると「縄文杉を見ないのに何のために屋久島行ったの?」と聞かれます。やはり、世間一般的な屋久島のイメージは、「縄文杉」なのだということを帰ってきてからも改めて感じました。この「縄文杉」が、屋久島のシンボルであり、様々な旅行会社のパンフレットなどの表紙にもなっているのが現状で、屋久島について縄文杉があるということしか知らない人も多いのではないかと思います。屋久島は、現在局地的なマスツーリズムのために、観光開発と自然破壊の対立の最中にあり、観光客の増加により、し尿の処理の問題、入島税を取るか取らざるべきか、こういった問題も挙がっています。しかし、こうした問題が挙がるほど、屋久島を訪れる観光客は、「縄文杉」を見に来る観光客がほとんどであり、分散を妨げているものは、「屋久島=縄文杉」というイメージであると思います。

そして屋久島の分散の1つとして、今回私たちは、屋久島の「里めぐりツアー」に参加しました。屋久島の「里めぐりツアー」とは、屋久島を訪れる方々に地元の歴史、文化、自然、産業などの集落自慢を地元の語り部ガイドによって案内するというツアーであり、料金は2時間1500円。私は、一湊里という集落のツアーを訪れ、地域の方々との交流や、サバ節工場の見学など楽しむことが出来ました。(サバ節美味しかった!!!)地域活性化にも繋がる着地型観光として、「里めぐりツアー」は魅力的な観光であると思いますが、屋久島を訪れる主な目的として「里めぐりツアー」を挙げる人はいないのが現状ではないでしょうか。そして、これから先もそのことは変わることはないと思います。里めぐりツアーの集客を増やすためには、主な目的とそのプラスαとしてこのツアーを宣伝する必要があるのではないでしょうか。

今回のゼミ合宿、1日目 里巡りツアー、2日目 白谷雲水狭、3日目 黒味岳、4日目 雨のため観光を振り返ってみると、私の意見としては「やはり屋久島に来たのだから、縄文杉に行ってみたかったな(トレッキング死ぬほど辛かった。)」というのが率直な感想です。ゼミ合宿では、隔年で縄文杉を訪れているということで、2回目の学生にとっては、縄文杉と他の観光地の比較をすることが出来たと思います。しかし、屋久島に初めてきた学生が縄文杉に行かずに、「縄文杉より魅力的な観光地があるよ」と言われても、比較をすることは出来ないし、また正直、トレッキングなどで屋久島特有のコケや岩を見ることが出来ましたが、それ以外屋久島ならでは感を味わうことが出来なかったように感じます。屋久島に行くのだから屋久島にしかない価値として、やはり縄文杉があり、それがブランドなのだと思います。分散をさせたいのであれば、「屋久島=○○」というイメージを増やし、それを世間に定着させていくことが最も大事な課題であるのではないでしょうか。


窪田紗帆
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屋久島エコツアー

去年も参加した屋久島エコツアーですが、今年は引率者としての役割もあり、また2回目ということから、去年とは異なる感じ方でした。
今回は研修センターを利用し、1日目2日目にゲストスピーカーの方に講演していただくことで貴重なお話を伺うことができ、最終日の総括で今回の合宿テーマについての皆の意見を聞くことができたのが良かったと思います。

今年も参加しようと感じた1番の要因は、去年の白谷雲水峡のツアーがとにかく楽しかったからです。
去年は大体6~7時間ほどかけて白谷雲水峡のトレッキングを行いました。目に入る自然のひとつひとつを丁寧にガイドさんが説明してくれて、沢をわたる度にそこから見える景色と透き通った水に感動した記憶があります。
今年は天候が悪かったため時間も限られていて、沢を何度もわたることができず、これは残念でした。
去年の白谷雲水峡は視界に入る景色全体を見ている感じでしたが、今年はその景色の中から一部分を切り取って意識して見ていたような気がします。苔って近くで写真撮るとこんなにかわいいのか!!!と感動しました。1回目と2回目では、同じ自然でもそれに対する見方が変わっていて、また去年説明してもらったことを自分が覚えていることに驚きました。
しかし急ぎ足になってしまって、『苔むす森まで行くこと』が目標のトレッキングになってしまったように感じました。

この経験が講演していただいたYNACの松本さんのお話ですごく納得する部分にもなりました。
屋久島は『〜〜は絶対に見た方がいい!』や『〜〜には行くべき!』という観光の仕方ではなく、本来の自然が素晴らしいのだからその〜〜を見ることが目標の観光ではない、ということでした。
これが、苔むす森に行くことが目標になってしまった今回のツアーに当てはまるように感じました。苔むす森に行くこと、よりももっと白谷雲水峡の自然を感じて楽しみながらするエコツアーが最終的な満足度にも繋がるのではないかと思います。

松本さんは最近の屋久島の観光客数の減少について、ガイドの質の低下により屋久島本来の魅力をゲストが感じなくなったことでリピーターが減っていっているのではないかとおっしゃっていました。
屋久島のエコツアーを通して感じたことは、ガイドの重要性です。1人で行ったら見落としてしまうだろう植物も、解説されるとすごく面白いもので、見え方が変わります。
例えば縄文杉を見るためだけのツアーであれば、早く目的地の縄文杉まで行くことが重要になってしまってそういった自然をゆっくり楽しむ、というツアーができないと思います。そうなってしまっては、ゲストはこの屋久島自然の素晴らしさに気付けぬまま、見るべきものを見ることができたという満足だけで終わってしまい、もう一度行こう!ということにはならないのでは、と思いました。

松本さんのお話のYNACの理念の通り、去年のYNACさんのツアーは本当に屋久島の自然を楽しむことができて、また屋久島に行く機会があったらYNACさんにお願いしたいなと思いました。(値段は高くても。。笑)

去年は白谷雲水峡をもののけ姫の舞台となった、というコンテンツツーリズム的視点でしか見ていなかったのですが、1回目と2回目を比較することで屋久島観光に対する新たな視点が得られたと思います。

もうひとつ印象深いのは里めぐりツアーです。地元のおじいちゃんが案内してくれて、ここで暮らす人々にとって当たり前の存在となってるものが観光資源として里めぐりツアーを構成していることを感じました。
しかし、これが観光客の屋久島に求めるニーズと合うかと考えると難しいな、と思いました。
講演してくださった中間集落の区長さんが、体験型のプログラムを組込もうと考えている、とおっしゃっていましたが、そういった体験型の何かが加わるとより楽しいツアーになるのではないかと思います。屋久島観光に来る人の中には屋久杉でお箸を作れる体験工房に行く人もいるし、そういった体験ができるプログラムがあると里めぐりツアーもよりツアーらしくなるような気がします。
時間が限られた旅行のなかで、ゴールデンルートではないものを観光客はどうしたら選ぶようになるのだろうか、と思います。

もし縄文杉が枯れたり災害によって折れてしまって無くなってしまったとしても、屋久島には自然を楽しむことができるツアーが存在します。しかし、無くなったなら目的がないから行かないでいいや!とゲストの屋久島のイメージが無くなってしまうとしたらそれは悲しいことです。
現状では屋久島のイメージが縄文杉であることは間違いないと思いますが、そんな中で縄文杉以外にも魅力がたくさん詰まっている屋久島の魅力をどのように発信していくか、が今後の屋久島観光の鍵になるのではないかと思いました。

また行きたいです!次行く機会があれば、ウミガメが見たいですね。

参加した2年生、3年生、福島先生、ありがとうございました!


3年 竹中玲香
posted by masutanis at 00:22| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月08日

屋久島

9/14〜17の4日間「分散を妨げるもの」をテーマに掲げ、ゼミ合宿に参加私にとって、今回初めての屋久島訪問となりました。事前に、去年屋久島に行った人達からの話を聞いて、だいぶ期待値が上がっていました。ただ、行く前から縄文杉へ行かないというプランに不満を持ち、縄文杉に行かないなら、屋久島へ行かないと少々反発もしていました(笑)縄文杉へは、隔年で行っているようなので今回、行かないのは計画通りで仕方のないことですが、せっかく屋久島まで来て何故?と思ったほどです。
ゼミ外の友達にも、屋久島へ行くと言うと、「縄文杉を見に行くの?」と口を揃えて言うほど、それだけ、屋久島=縄文杉、屋久島の観光地と言えば、縄文杉というイメージが定着していることがよくわかります。
今回のテーマである、「分散を妨げるもの」として、縄文杉が一つの要因であることがここから考えられますが、ある意味、目玉となる商品(観光地)があることで、観光客を屋久島へ呼び込むことができるので、縄文杉への観光客の集中を頑なに批判することもどうかと思います。縄文杉へ焦点を当てるのではなくて、他に呼び込むための材料は無いのか?を考えること、縄文杉に匹敵するくらいの観光地を作り出すこと、盛り上げることが必要なのではないかと思います。屋久島の方も、縄文杉が分散を妨げる要因と、意識をしているため、縄文杉がどれだけ屋久島にとって重要な存在か嫌でも気がついているはずです。この屋久島=縄文杉の方程式を崩すことは難しいと思います。一気にこのイメージを打破し、新しいイメージを観光客に植え付けさせることは厳しいと思いますが、むしろ、縄文杉をメインにそれに付随する形でこれから売り出していきたい屋久島のイメージ(観光地や商品)を紹介することで、縄文杉以外にも屋久島には見所があることを観光客に伝えていけたら良いのではないかと思います。
その一つとして、私は里めぐりツアーを推奨したいと思います。今回の合宿で、まんてん・平家の里、吉田集落を訪れました。集落の遺跡を見て回りながら、地元の語り部のガイドの方々に地元の歴史、文化、自然、産業などの集落に関する情報を聞きました。吉田集落の成り立ちや背景などを知ることができ、また地元の人と触れ合う機会となったので良い思い出となりました。里めぐりツアーに参加する人は必ずしもその地元について詳しく知りたいからではなく、むしろ、旅による人との交流を求めて参加するのではないかと私は思います。そういう意味では、里めぐりツアーは旅行中に最も地元の人と接近することが可能な機会になるため、やはりネットなど様々な手段でこうしたツアーがあることを知ってもらう必要があると痛感しました。ツアー参加者の年齢層について、若い人から年配の方まで幅広いとのことなので、このツアーには多くのニーズがあることを知りました。旅先での出会い、現地の人との交流を求めることは、どの年齢層においても、同じ考えを持っており、語り部の方も話していましたが、細く長く里めぐりツアーが遂行され続けると良いな、と思いました。屋久島は従来自然寄りの観光が多いですが、人間寄りの里山観光を推進することで、観光客も人との交流の中で屋久島を感じ、縄文杉への一極集中を回避することができるのではないかと考えます。里山観光をすることで、こうした特定の場所からの分散以外にも、今までスポットの当たらなかった地域が注目され、地域振興、再生、活性化に繋がると思います。しかし、里めぐりツアーはまだ定着していないようで、一般的な観光客はこうしたツアーがあることも知らないと考えられます。より全面にこうしたツアーを紹介していく必要があると思います。また、ツアーの申し込み〜当日の流れより、遂行される場合、現地集合、現地解散とあったので、屋久島における交通の便を考えると参加したいと考えても、自力で現地へ向かうことが難しく、申し込みに至らないのではないかと思いました。
今回の合宿で、屋久島には屋久杉以外にも様々な観光資源が存在することがわかりました。つまり、屋久島は特定の観光地からの分散を握る要素が多くあり、観光資源の宝庫であるということです。しかし、屋久島=屋久杉という先行イメージからなかなか抜け出せずにいます。原因の一つとして、その他の観光施設の設備、交通の便の整備に手が行き届いていないことや、アピール不足に問題があるのではないかと感じました。他の観光地に観光客を取り入れるためには、観光地として最低限の設備を整える必要があると感じました。

中村恵
posted by 13なかむら at 00:34| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月27日

ゼミ合宿2015 北マレーシア




2015.8.3〜8.8

今回のゼミ合宿ではマレーシア北部のペラ州を中心として活動を行いました。
私自身は1年生の時の早期体験プログラムでマレーシア ボルネオ島のサラワク州を訪れて以来のトランジット以外のマレーシア上陸で、マレー半島は初めて訪れました。

かつての盛んな錫工業で知られるペラ州は、錫の採掘できる土地というだけあって独特な景観を持っていました。切り立った山々が見られまるで中国の桂林を彷彿させるものです。
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またこの合宿でペラ州を訪れることがなければ私は「錫」について、基本的な用途や採掘方法なども全く知識はありませんでした。錫産業について展示がなされている博物館では、錫を最初に採掘するようになった経緯やデータ、鉱山資源をめぐる植民地化と海外諸国との関係などがうかがえました。日本がマレーシアを保護国化、事実上の植民地化をしていた1940年代の様子が写真で展示されており衝撃的なものでした。
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マレーシアに限らず昨年訪れた中国の延辺でもそうですがアジア諸国と日本の歴史的関係は複雑な気持ちにさせられます。正直なことを言ってしまえば私自身は占領期に起きたこととは無関係だし知識もあるとは言えませんが、「日本人」という立場に立つことを意識してみると当時の人はどのように感じているのか疑問が多々わいてくることがあります。今回はそんなことを思っていました。

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この合宿の主な活動拠点はUTAR(University Tunku Abdul Rahman)でした。
この大学に通う日本語クラス・クラブの学生の日本語サポート及び交流です。
まず感想ですが、この合宿に参加できて本当によかったと思います。実際はUTARの学生も日本語を学びはじめたばかりの人が多く、メインは英語になりました。UTARに通う学生は100%中華系マレー人ということで中国語はほぼ全員が喋れるということでしたが、私は英語を流暢に話せるわけでもなく、だからといって中国語は全くなので正直キツイところがありました。それも英語を使用するにしてもディスカッショントピックが自分のキャリアデザインや日本の文化などで自分のことについてもまだ迷うがある私には少々話題を持ちかけることが大変だっと感じました。毎回の合宿で少しずつ成長できていると感じるとともに反省点も見つかるので、おもしろみのある合宿になっています。
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*大学のキャンパスの風景

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イポーについては街並みと建造物についてです。この合宿の開催にあたり私が担当した事前学習はイポーのコロニアル建築についてでした。西欧風で真っ白な外観を持つイポー駅が代表的な建築物でクアラルンプール駅の設計者と同じイギリス人のA.B.ハボック氏によるものです。天気はあいにくの雨でしたがヨーロッパの建築物がそのまま運ばれてきているような印象をうけました。この周辺一帯が西欧風の建築物が多く建てられており街並み全体がマレーシア、アジアという感覚を忘れさせるものです。
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このイポーこそ映画「セカンドバージン」の舞台となった場所です。イポー駅がメインとなっています。
コロニアル建築といっても様々な様式があり骨組や窓枠の形によって異なります。

自分の目で見たものはそれぞれの建築物は多少の違いはあるもののはっきりとわかりませんでしたが、イポーに到着したときに見られる白い建物群には驚きました。

イポーは錫の輸送のためにクアラルンプールをつなぐ重要な都市であり、産業の影響を受けて都市開発がなされたといっても過言ではないと思います。
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*バーチ記念時計台の壁画のムハンマドが消されているんだそう…
 そもそもなぜ描いた…


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中華系マレー人が多いことから中国風の街並みも発見できました。どちらかというと中国とイギリス植民地時代のコロニアル建築が混ざっているようなそんな街並みです。

UTARの大学のあるカンパーという街は色遣いや建物の配置がかわいらしかったです。
エッグタルトおいしかったです!
滞在中には夜市が開かれ、思っていたよりも大きな敷地で行われていて、UTARの学生に聞いても夜市はおすすめだといわれたので楽しみにしていました。主に眺めているだけになってしまいましたが、先生が買ってくれた1sの龍眼を学生寮でお腹一杯になるまで食べました(笑)
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今回の合宿で最後に訪れたプトラジャヤ、サイバージャヤという都市がお気に入りです。
また行きたいと思いました。ここは日本でいう国際展示場や幕張といった開発都市ということで今後数年間でも大きく変化がみられる場所なのではないかと思います。
意外にもクアラルンプールの空港に車で行ける距離だったことで納得させられました。
この街の今後が楽しみです。
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ゼミブログでの振り返りは時間が経ってしまいましたが
この合宿で貴重な体験をさせていただいてありがとうございました。
参加して本当によかったです。

佐藤 彩那
posted by 13さとう at 23:43| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月24日

マレーシア合宿

8月3日〜8日、マレーシアのペラ州に行ってきました!
私は今までトランジットでKLに入国したことはありましたが、実際に滞在するのは今回が初めてでした。

正直に言うと、この合宿に行くまで私はマレーシアという国に対してこれといったイメージを持っていませんでした。これはマレーシアが多民族国家ということも一つの要因なのでしょうか…。
強いて言うならば、舛谷ゼミの合宿ではマレーシアに行くことが多いそうなので、サバイバル感の強い国なのだろうと勝手に思ってました(笑)

そしてこの合宿を終えて率直に思ったこと、それはペラ州は本当に良いところだったということです。騒がしくなく、のんびりした雰囲気、イポーの所々に点在するおしゃれなウォールアート、そしてなんと言っても美食の街、最高でした!個人的には事前学習で調べた時からずっと行きたかった巨大な洞窟寺院(極楽洞)に行けて嬉しかったです。
イポーには多くの洞窟寺院を初め、植民地時代の建築物(イポー駅校舎やケリーズキャッスル)、オランアスリビレッジなど、様々な観光資源があることを知りました。

しかしあまり多くの観光客は見受けられず、インバウンド層においては私たち以外にいなかったのではないかと思います。イポーはマレーシア第三の都市であり、豊富な観光資源があるわりには知名度が低いのではないのでしょうか。(実際に私もこの合宿にあたって初めてイポーという街を知った)
観光地としてすでに有名なクアラルンプールやペナン島から観光客を分散させるためにも、そうした有名どころに行くツアーの一部として積極的にイポーの街歩きを組み込むべきなのではないのだろうかと感じました。

そして私が一番衝撃的だったのは、マレーシアの人口は日本の4分の1であるにも関わらず、インバウンドは日本の約2倍であるということです。これはラーマン大学の授業を聞いて知ったことですが、日本は観光において、アジアの中でもかなり遅れを取っているということを実感すると同時に焦りを覚えました。さらに、マレーシアでは各州で必ず村にホームステイするというプログラム(カンポンホームステイ)を実施しているらしいです。ホームステイの体制においてもマレーシア政府が促進しているという点で、日本よりも観光促進において積極的な取り組みがなされているのだなと感じました。日本の観光はマレーシアに学ぶところが沢山あり、インバウンド層を多く取り入れるには幼いころからの教育制度(マレーシアの人たちは英語ペラペラ)だったり、政府を中心に観光促進を呼びかけることが重要なのではないでしょうか。
今回の合宿を通して、日本のインバウンドの現状についてもっと深く考えたいと思いました。とても楽しい合宿でした!

染谷 花歩
posted by masutanis at 00:41| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ペラ合宿 主にホテルについて

シャングリラホテルについて

Putrajaya Shangri-La はマレーシアの政治の中心、プトラジャヤに存在する。ここは元首相、Mahathir bin Mohamadの提唱によって、1990年代から開発を進める新行政都市であり、人口7万人のほとんどが政府関係者とその家族だ。Putra はマレーシア語で「王子」、Jayaは「勝利」を意味し、初代首相Tunku Abdul Rahman Putraにちなむ。

政府関係各省として、首相府や財務省などが存在する。この提唱の理由は、マレーシアが2020年に先進国の仲間入りを果たす目標を持つ「ワワサン2020」があるためだ。

シャングリラホテルはこの都市の中でも数少ない5つ星ホテルの一つだ。小高い丘の上に位置し、ホテルのフロントから窓越しにプトラジャヤ市内全体の眺望が見渡せる。ゲストルーム、スイートを含め118室存在し、部屋のプライベートテラスからも市内の景色を楽しむことができる。ホテル内にはヘルスクラブ、スパ、ジム、プールも完備されており、都市内ながらリゾートホテルのような施設完備だ。政府関係者が住む街ということもあり、ミーティング施設も充実、ウェディングも可能である。このように、一般的なホテルのファシリティーを持ち合わせたうえで、行政都市という立地、さらに5つ星ホテルという事前情報のもと、どんなものかと到着してホテルを見たところ、外観が古臭いというかコンクリートむき出し感があり、フロントデスクがとても小さい。プトラジャヤ市内には企業、政治関連の高層ビルが集積しているのにこの建物は地上、地下合わせて5階ほどしかない。

あれ?想像してたのと違うな…、5つ星ホテルだよね?という印象を受けた。部屋もとてもきれいだったが、5つ星に見合っているのかとも感じた。通常5万円のところを8千円で泊まれているのだから、ラッキーだったが、そもそも5万円で5つ星…って安くないかなとも考えた。過剰な期待をもちすぎたのか、確かに立地は一級品だからそれが料金に反映されてるのかとも思った。5つ星に疑問を持ちつつ、ホテルのマネージャーの話を聞くとどうやら高級ホテルというよりもプトラジャヤのシャングリラはブテッィクホテルだと聞かされ合点がいき始めた。

ブティックホテルは1980年代初頭より「標準化されたホテル」へのアンチテーゼとして出現し始めた。商品選択が限られていた時代から、消費経験の蓄積に伴い消費者の審美観は変容し、多種多様な評価基準をもつ時代となった。ホスピタリティ・マインドに対応しきれない大きなホテル(標準化)に対して、150室を超えない程度の客室数で区別し、建築面でも温かみのあるデザインを追求している。プトラジャヤのシャングリラもまたホテルの一階に緑を置き川を流している。ロビーラウンジを低い位置に設置し、ゲストよりも低い目線、もしくはゲストが座った時には同じ目線に置くのもブティックホテルとしての設計だとの説明を受けた。ラウンジが小さいなと思ったが客室数に対して、十分な大きさなのではないか。部屋のデザインもオレンジなどの明るい色を基調としていた。

最大の強みを聞くと小高い丘にホテルを構える立地だという。確かに眺めが良かった。そもそもプトラジャヤ開発の際、土地の4割を緑地として保存することになっていたため、副都心として首都機能、高層ビルを含んだ景色と豊富な自然がマッチしていて綺麗だった。空港が近いこともプトラジャヤ開発の条件だったらしい。

空港が近く、政府機能が集中することもあり、宿泊客にはmiceの形として25%,35%はビジネスパーソンだといった。全体の60%がビジネスに関するのはやはり立地の影響が強いようだ。

マネージャーが言っていた客室稼働率が50%といったのには少し疑問が残った。大きなターゲットがビジネスパーソンなだけに、通常レベルの稼働率なのかもしれないが少し低いのではないかとも感じた。


瀬戸健
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2015年09月23日

マレーシア合宿

3年の御所脇です。
9/3−8でマレーシアに行ってきました。3の夜にKLに到着し、その日はセントラルにあるホテルに宿泊し、翌日4にKL Express高速鉄道に乗りPerak州Ipohに向かいました。

恵まれたことに私たちが借りたシェアハウスはその辺一帯の中でも高級なところで、、、というのは置いておいて、有名なRotiとTeh Tarikを食した後は初日からUTARの生徒との交流をしたり、キャンパスツアーをしてもらいました。ちなみにUTARはIpohではないです。
5はKinta Tin Mining Musiumを訪れ、錫工業の歴史を学んだ後に、再びUTARを訪問し、ホームステイや日本食についてのプレゼンからひたすら日本語クラスのチューターまで、学生との交流を多くしました。夜はUTARの学生にナイトマーケットに連れて行ってもらい、マレーシア経験者の私でも初めて目にしたおもしろいものをたくさん食べることができました。
6は朝からIpohに向かい、街歩きをしました。駅周辺にはたくさんの歴史的な建築物が残っていました。Ipohは、日本も関わった戦争で多くのイギリス人が亡くなったためにその石碑があったり、日本人の売春婦やアヘン問題などのダークな一面もある場所でした。また、極楽洞やケリーズキャッスルを訪れるなど観光らしい観光もすることができました。
7は再びKLに戻り、プトラジャヤサイバージャヤに向かいました。そこではプトラジャヤのピンクモスクやレインボーに光るブリッジがあったりと綺麗な夜景を楽しんだり、かの高級ながあります。大変好運なことに、そこで比較的安価にホテルインスペクション(ホテル滞在)をさせていただくことができました。

現地で感じたこととしては、UTARで中華系、インド系以外(マレー人)の学生を一度も目にしなかったのが大変印象的でありました。服装にムスリム基準の規定があったり、教員にマレー人は存在するものの、私立であることから民族比(※ブミプトラ制度)の規定は特になく、ほとんどが華人で、一部インド人という感じでした。マラヤ大では華人とマレー人が一緒のグループになって仲良くしている姿を見ませんでしたが、UTARでは、華人とインド人で仲良くしている姿を見かけることがありました。マレーシアの学生で日本に興味がある学生は、日本語のレベルに差はあるものの、皆日本のアニメにすごく詳しくてネットなどで日本のアニメ文化に触れているようでした。いつも思うことなのですが、私自身がアニメについてほとんど無知なので、もっと知っていればよりスムーズに交流ができるのだと思います。

ついでですが、Ipohは美食の街と言われてるだけあって、もやしチキンやホーフェンがとっても美味でした。機会があれば(多分ないですが)、また訪れたいです。
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マレーシア合宿

北マレーシアのペラ州イポーにて8/3から8/8まで海外合宿を行いました。
私たちが訪れたイポーはマレーシア第3の都市と呼ばれる地であったため、クアラルンプールのような都会を想像していましたが、そのような大きい都市ではなく、のどかな雰囲気ももつ場所だと感じました。

マレーシアに訪れるのは1年生の早期体験プログラムでサラワク州を訪れてから2回目で、1年生のときに感じた『先住民族』の強いイメージとは違ったものでした。今回の合宿では、先住民族はイポーを訪れた際に駅前でバスに乗る先住民族の団体を見ただけで、実際に関わることはありませんでした。
今回の合宿では『多民族国家』であるというイメージが強く残っています。毎食口にした様々なタイプの料理によって、インド系、マレー系、中国系それぞれの民族によりマレーシアという国が構成されているということを感じました。
現在は華人が減少しているようで、マレーシアは国内に国際問題を抱えこんでいる国とも言うようです。
クアラルンプールで1泊したのですが、まず朝起きた時に外からコーランが大きい音量で聞こえてくることに驚きました。これに対して、華人はエキゾチックで良いと思う人もいればうるさいと思う人もいるようです。
朝食を食べるのにホテルの周りを軽く散策したのですが、ヒンドゥー教の寺院があったり、キリスト教の教会があったりと、様々な色を感じました。

あと道端に檻に入った猿がいたのが衝撃的でした。(笑)謎です。


合宿2日目からはペラ州カンパールへ移動し、UTARで日本語を学ぶ学生との交流がありました。
学生は基本的に真面目な印象で、何となく適当なイメージのある東南アジアと少し違っていました。(わたしにとって比較対象のフィリピンの学生が適当すぎたのかもしれないですが。)
日本語クラブの学生は、日本でいうオタクと同じテンションだったような印象です(笑)アニソンに合わせて真面目に踊ってる子とか、日本のオタクの人と盛り上がりそうだなと見てて思いました。アニメや漫画の力って凄いなと単純に感じました。
学生の中には日本に留学する予定のある子ももいて、お金持ちの学生が通う大学なのだろうと思いました。
UTARの学生は華人が多かったような気がします。


イポー市の観光はウォールアートやおしゃれなカフェなどがあるお店を見たり、植民地時代の建物を見たりしました。
植民地時代の建物をめぐる町歩きでは、日本の植民地時代に関わるお話もでてきて、ここで暮らす人々にとっての日本人のイメージはどういったものなのだろうと感じました。
また、イポー市が日本の福岡市と姉妹都市であったことも知らなかったので驚きました。

ペラ州イポーはマレーシア第3の都市とのことでしたが、のどかな雰囲気もあって、都会っぽくない印象が良かったです。
おしゃれな街、という印象です。

ペラ州は錫がよく取れたことで有名な地で、それに関する博物館がカンパールにもイポーにもありました。


最終日に宿泊したプトラジャヤのシャングリラホテルについては、外観が少し古くさくて不安に思いましたが中は綺麗でした。
スイートルームを見せていただくことができて、118部屋あるうちの5部屋がスイートルームとのことでした。
presidential sweetという部屋にはシラク大統領やシューマッハも泊まったことがあるそうです。
客室稼働率は50パーセントとのことでした。

プトラジャヤという都市は新しい都市で、1990年の新都心計画によって開発された都市のようです。シャングリラホテルの敷地内にあるパークにあったモニュメントに、2020年までに先進国入りを目指すという記載があり、たしかに綺麗な整った都市のプトラジャヤだけを見れば、先進国入りも近いのかなと感じました。
プトラジャヤは道路も整備されていて綺麗な建物が多く、首相官邸や国会?もあり、日本の国会議事堂のあるあたりのような印象でした。


今回の合宿はクアラルンプール、カンパール、イポー、プトラジャヤと違った顔を持つマレーシアの都市を見ることができ、マレーシアに対する印象が変わりました。
ルックイースト政策は現在も進行中のようですが、先進国入りは果たすのでしょうか。


3年 竹中玲香
posted by masutanis at 20:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月19日

マレーシアゼミ合宿

8月3日から8日にかけて、マレーシアの西海岸に位置するペラ州を訪れた。今回のゼミ合宿では、首都のクアラルンプールを始め、カンパーやプトラジャヤなどを訪れ、多民族国家ならではのマレーシアの食・文化・町並みを見ることができ、非常にいい経験となった。

また、前回早期体験プログラムでマレーシアに一週間滞在した時とは、全く異なるマレーシアの姿を見ることが出来た。私は、2
年前にマレーシアを訪れた際、クアラルンプールとタマンヌガラに滞在した。その時の印象では、あまりマレーシアに対してポジティブなイメージを持つことが出来なかった。(ごめんなさい)
KLのアロー通りや、ツインタワー以外栄えているという印象はなく、電車は何時間も停まる、街中何かしら臭い、虫が多いといったネガティブなイメージが私の中では強かったのである。

しかし、今回再度訪れてみて、そういったマレーシアに対するネガティブなイメージよりも、ポジティブなイメージが増える結果となった。行程を振り返りながら、前回感じたことと比較し、今回のゼミ合宿について述べたい。

まず1日目は、KLに滞在。前回訪れたセントラルマーケットやGEOホテルに行くことができ、とても懐かしい気持ちになった。この日食べた夕食は、マレー料理と中国料理がミックスして生まれたニョニャという料理であり、正直私の好みではなかった(ごめんなさい)。

2日目は、KLでわずか2リンギ、日本円にするとわずか60円ほどの朝食を食べ、マレー鉄道に乗り、ラーマン大学のあるペラ州カンパーへ。約2時間、マレー鉄道に乗っていたため、KLからカンパーまでの都会から田舎へ、プランテーションなど車窓の景色を楽しむことが出来た。そして3日間滞在するUTARの学生寮へ。中国に比べ、想像よりも綺麗で設備の整った寮にはとても驚いた。

そして3日目には、UTARの学生との交流会、日本語クラスサポートへ。UTARはとても広く、錫が盛んであったために出来た人口池が多いという印象を受けた。また、マレーシアは、マレー系が7割、中華系が2割、その他1割という構成の多民族国家であり、主にマレー系が一番多いため、イスラム国家として思われがちである。しかし、UTARの学生は、ほぼ100%が中華系の学生であり、マレー系やイスラム系とはあまり関わりたくないという印象を受けた。マレー系と中華系について調べてみると、マレーシア国家自体がマレー系を優遇するブミプトラ政策を行っているということが分かった。一例を挙げると、公務員や警察官、その他インフラ系の堅い仕事に就けるのはマレー系のみなどがある。今まで気にしたことはなかったが、確かにクアラルンプール空港を見ても、職員は皆マレー系の職員である。このような現状のため、今年に入ってからブキビンタンで、マレー系と中華系の民族が争う暴動が起こっている。このように、日本では感じることはあまりないが、国内に国際問題を抱えているのが多民族国家特有の問題なのである。また、今まで私は民族国家というと、多くの民族が共存しているため、平和的なイメージを持っていたが、お互い不干渉でバランスを保っているという現状にはただ驚き、また自分の無知さを痛感することになった。

そして交流会、日本語クラスサポートでは、皆日本語を勉強しているということもあり、やはり日本のサブカルチャーに強い関心を持っているという印象を受けた。アニメや漫画はもちろん、コスプレが好きということにはとても驚かされた。日本と同様、コスプレのイベントなどが開催されているなど、マレーシアの日本のサブカルチャーへの強い興味、関心を感じることが出来た。

そして4日目は、映画「セカンドバージン」のロケ地ともなった州都イポーへ。町並みやウォールアート、KELLIES CASTLE、錫の博物館、KEK LOOK TONGなどを見てまわった。余談ではあるが、ウォールアートの作者が行方不明になったマレーシア航空便に乗っていたらしい。

またイポーは、グルメタウンとしても有名であり、その理由としては周囲に広がるカルスト台地の山々から湧き出す水にアルカリ成分が多く含有されているからだと言われている。今回の合宿ではイポーの名物料理である、イポースプラウトチキン、ホワイトコーヒーなどを食べる機会があった。私は、前回マレーシアを訪れた際に、ご飯が凄く美味しい!という印象はあまりなかったが、今回のゼミ合宿では食べるものすべてが美味しいという印象を受けた。

そして最終日には、プトラジャヤでシャングリラホテルの体験宿泊。プトラジャヤは、開発中の連邦直轄領であり、KLとクアラルンプール国際空港との間に位置する行政新都市である。私は、クアラルンプール以外にもこのように、先進国に劣らない新都市があることを全く知らなかったので、とても衝撃的であった。発展途上国ならではの大規模開発を見ることができ、とても意味のある体験であったと感じる。

文章がめちゃくちゃになったが(ごめんなさい)、以上がマレーシアイポー合宿の行程、振り返りである。前回とは違った観点から、マレーシアを再度見ることができて非常に良い経験となり、マレーシアを再訪してよかったと改めて感じた。また、今後マレーシアのブミプトラ問題についてもう少し調べてみたいと思う。

一言で今回のゼミ合宿をまとめると、本当に楽しかった!!


窪田 紗帆
posted by masutanis at 13:16| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月18日

マレーシア合宿 2015.8.3-8

8/3〜8/8にかけてゼミ合宿でマレーシアのペラ州を訪れた。

マレーシアはトランジットで入国した経験があるが、滞在は今回が初めてだった。今回の合宿では目的地のペラ州のみならず、首都のKLやPuterajayaという行政都市にも滞在し、マレーシアの様々な文化・街並み・産業・食などを見て聞いて体験する非常に充実したゼミ合宿であった。そして、昨年の延辺合宿に引き続き今回のマレーシア合宿でも現地担当を務めることとなり、UTAR(University Tunku Abdul Rahman)という現地の大学で日本食についてのプレゼンを行った。このプレゼンが今回の合宿の中で、私にとって大きな意味をもつものとなった。

民族構成が極めて複雑で、典型的な多民族国家として知られるマレーシアだが、今回の合宿を通してマレーシアにおける「多民族」とは何かということについて考えさせられ、またそれを肌で体験した。

UTARで日本食についてプレゼンをした時「なぜ、日本でハラルフードなのか?」という質問を華人系の学生から投げかけられた。その質問の根底には、「日本人とムスリムに何のそこまで深い関係があるのか?」という疑問があったのだと後から気づかされた。ここにマレーシアの抱える多民族国家の実態を多少なりとも見て取ることができた。その華人系の学生は何もムスリムに対して敵意を抱いていたわけではなく、同じ国に住む華人系とムスリムでさえも、互いにほとんど干渉をしない(むしろ多少の緊張状態があるくらいの?)関係なのに、なぜ日本人がそこまでムスリムと関わるのかが疑問だったのだろう。
そして、このプレゼンに対する質問だけにとどまらず、民族間同士のちょっとしたいざこざが原因で禁酒令が出たことや過去には5月13日事件という民族衝突もあったという話を通して、多民族国家マレーシアにおける民族間の関わり方に私はとても興味を抱いた。これまで私はマレーシアに対して他の多民族国家と比べても民族が互いに共存しながら発展してきた国であり、相互の混血や交流も盛んなのだというイメージを抱いていたが、実際のところ思っていたほど平和的なものではないのかもしれないということ、自分がマレーシアに対してあまりに無知であったことを痛感した。しかし、これも新たな発見であり、多民族国家としてのマレーシアに興味を抱くきっかけとなったので非常に貴重な経験だったといえるだろう。

土佐嘉孝
posted by masutanis at 16:52| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月13日

ペラ合宿

8/3〜9でペラ合宿に行ってきました。

クアラルンプールの空港には何度も来ているのですが、マレーシア国内に入るのは初めてでした。
今回の合宿では、初日に大都会のクアラルンプール、2〜5日目で郊外?のペラ、最終日に行政新首都であるプトラジャヤを訪れました。
3都市それぞれで違う雰囲気のマレーシアを見ることができました。

イポーの観光案内所などで、よくホームステイのパンフレットを見かけました。
わたしはマレーシアではホームステイの経験がないのですが、マレーシアでホームステイをしたことのあるゼミ生も多く、マレーシアではホームステイが盛んだという話を舛谷先生から伺いました。
マレーシアのホームステイについて少し調べたので、簡単にまとめたいと思います。

マレーシアにおけるホームステイツーリズムは1970年代に誕生し、1990年代に本格化しました。
マレーシアでのホームステイツーリズムが他の国と違う点として、政府による促進が挙げられます。
農村や少数民族社会でのホームステイを促進することは、ホストファミリーへの経済的な貢献につながるだけではなく、ホストの属するコミュニティにも多大な影響を与えることからプロプアツーリズムやコミュニティ・べースド・ツーリズムとも捉えられます。
このことからホームステイは新しい農村観光開発政策として国家レベルの政策として、観光省を中心に進められてきました。
ホストファミリーによって構成されるホームステイ委員会が村の委員会や農業委員会と連携し、運営を行っており、ホームステイ・コーディネーターとして、受け入れの手助けをしています。
今日のホームステイプログラムに参加するホストファミリーは「主要道路から近いこと」
「個別の寝室と適切なトイレの存在」
「高い衛星状態」などの資格条件を満たした場合、観光省から認可証を与えられるとされており、認可証を与えられると、基本訓練に出席する必要があるそうです。
こうした資格条件を保証することがゲストに安心感を与え、マレーシアでのホームステイは人気が高いのかなと感じました。
マレーシアでのホームステイで多いのが「カンポンステイ」です。カンポンとはマレー語で"田舎"という意味で、カンポンステイとはマレーシアの田舎の村に滞在し、現地の人々との交流などをするプログラムのことです。
こうした受け入れ先を持つ村がマレーシア全土に200~300カ所もあり、場所も農村、漁村、島、あるいは都市近郊のカンポンとバリエーションもさまざまだそうです。
異文化交流や文化・伝統芸能体験(バティック、擬似結婚式、マレー舞踊など)、キャノピーウォークなどの自然体験などがマレーシアでのホームステイの魅力であると言えます。

前期で日本でのホームステイ促進について研究したりもしたので、ルックイースト政策の逆バージョンということで、マレーシアでのホームステイを参考にしていきたいと思いました。

今調べたのはここまでなのですが、もう少し詰めていきたいと思います。(笑)

わりと引用したのでいちおう参考文献つけます(笑)
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/no95_04.pdf
http://versys.uitm.edu.my/prisma/view/viewPdf.php?pid=36985


パスポートの残存期限が足りないなんてこともありましたが、笑顔と度胸でなんとか入国できて本当によかったです!(笑)

あとラーマン大学でのプレゼンは、思うようにいかなかったので、準備をしっかりして、気を引き締めて今後に活かしたいと思います。


中野瑞希
posted by 13なかの at 22:49| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015 北マレーシア合宿

8月3〜8日、今年の海外合宿はマレーシアのペラ州で行われた。マレーシアへはエアアジア利用の際のトランジットで数多く入国しているが、宿泊を伴い滞在するのは2年ぶりだった。その2年前は早期体験プログラムでクアラルンプールと国立公園のタマンヌガラを訪れた。今回の合宿では当時感じたこととはまた違ったマレーシアの姿を発見できた点で、大変収穫の大きいものとなった。

始めに簡単に今合宿の行程をあげる。主な活動内容はペラ州のKamparにあるUTAR(University Tunku Abudul Rahman)での交流プログラム、州都イポーの見学、新都市Putrajayaの5つ星ホテル体験宿泊といったものだった。1日目はKLに宿泊したが、早期体験の時に泊まったホテルや訪れたセントラルマーケットにも寄ったので、個人的に懐古に馳せる瞬間であった。2日目から3泊はUTARの学生寮一軒をゼミメンバー、舛谷先生でシェアするスタイルだった。KamparまではKLから約2時間、マレー鉄道のKTMで向かったがその車窓からは開発の範囲が進んでいるなという印象を受けた。以前はもっとすぐにKLから離れると熱帯雨林やプランテーションが広がっていた印象だったが、KLから離れてからも高層ビルが建てられている地区を何か所か確認できた。それでも40分ほど(?)走るともうプランテーションやその後背に高地や山が連なっており美しい景観だった。以下合宿での活動のうち特に印象深い2つの項目について、前回の滞在で感じたこととの比較も交え述べていく。

1つ目はUTARでの学生との交流や、学生へ向けて行ったプレゼンテーションなどの活動から得たことである。まずUTARについて簡単に紹介する。2002年設立の私立大学で、学生の9割が中華系マレーシア人である。近年はマレー系、インド系のマレーシア人学生も増加傾向にあるそうだが、実際に大学内で行動してみてほぼ中華系の学生が占めていたため、マレーシアにいるということを忘れ、中国に来ているかのような感覚であった。それこそKLに滞在している時とは全く違った感覚である。これは今回第一に受けたマレーシアの新たな印象である。KLでは三民族が共生しているという印象を強く受けたが、この地域では完全に華人のコミュニティで形成されており、「マレーシア」という国単位より独立した地域のように感じられた。これほど違和感のようなものを感じてしまった要因は、マレーシアは多民族共生の社会を持つという既存の認識に安心しきっていたからだ。このように地域ごとに人口を占める民族の比率は均等ではない。この地方に中華系が多い理由は、かつて展開された錫産業と深く関係している。広大な大学のキャンパスに存在する湖も錫鉱山の露天掘り跡にできた人口湖であり、市内にはTin Mining Museumもあるようにかつて錫の一大産地であったこの地方に労働力として中華系の移民が流入したため、比率が高くなっているのだ。多民族共生という言葉では互いの文化や風習を許容して共に生活しているかのように見えて、現実は単純ではなく距離を保ちつつ成り立っているということを知った。KLでもこのころ飲酒禁止となる地区が発生するなど民族関連の問題が発生していると聞き驚いた。

この多民族社会への認識は、今回マレーシアの大学で日本語を勉強する学生に向けたプレゼンテーションを行う我々にとって課題をもたらすことになった。このプレゼンは土佐君と共に担当したが、日本の文化について日本食をテーマとし、それに絡めて日本におけるハラルフード対応への動きについて紹介した。華人が多いという情報はありながらも、マレー系の多い「マレーシア」という国単位で捉えれば、ムスリムやハラルの話題について取り上げても通用するだろうという期待を持ち臨んだ。しかし、実際にはある1つの衝撃的な質問をぶつけられた。その質問は以下である。「なぜ、日本でハラルフードを提供するのか。」この理由については我々のプレゼンにおいて、日本食が世界の人にも人気がある為、日本を訪れるムスリムの観光客が増加している為という2点をもって説明していたのだが、それを踏まえた上でさらに投げかけられたものであった。その時我々が答え得る回答は上記の2点のように、日本食を食べたいというムスリムの人たちの需要があると考えるからといったものであった。しかし彼女の質問が意味したことはもっと根本的な部分であった。その根本的な部分とは、他民族に対する関わり方であり、つまり意図するものは中華系は他民族に対しあまり干渉しないような姿勢が取られているということである。そのため、中華系の彼女にとっては、同国に住む我々であっても他民族に距離を持つのに、何故日本人がムスリムに関心を寄せるのか、という解釈である。この質問は多民族社会の様相について捉え直し、民族の共生について改めて考える契機となった。また今回のやり取りで今までの自分自身の単純な認識の仕方を反省するのと同時に、複数民族が共存する社会への耐性を持ちにくい日本人の、世界に対する遅れのようなものを痛感する機会となった。

また、今回のプレゼンは日本語で行ったが受講者は日本語を習い始めて半年満たないということだったので、全編UTARの先生の通訳を介すことになり、英語で準備すべきだったと後悔した。しかし舛谷先生によれば学生にとって同年代の日本人の生の日本語を聞く機会は限られており何らかの影響にはなったはずだということであった。よって彼らにとって少しでも日本語を学ぶ上での活力または日本に対する関心を引くものとなったことを願ってやまない。プレゼンに加え2時間の日本語クラスを2コマ、みっちり学生同士のディスカッションを通すことで本当の意味でのinteractionになったと感じた。このようにUTARでの活動は、自分に対し多民族社会について新たな観点を与える経験になった。

二項目述べようとしていたが、長くなってしまったので2つ目は簡潔に…、新行政都市Putrajayaの開発について書きたい。プトラジャヤはKLIA国際空港とKLの間に位置し、もとはプランテーションだった土地を大規模に開発し造られた新しい都市である。KLの郊外に政府機関を移行し副都心として開発が進行しているこのような都市があるとは知らず学習不足であった。古い時代の建造物が残るイポーのように大規模開発が成されていない地方都市や、Kamparのような田舎街を見て非常に好ましく感じるが、プトラジャヤのように完璧な計画都市にも心奪われてしまい若干複雑な気持ちになった。体験宿泊させて頂いたシャングリラは、都市開発と同時に建設が計画されてできたホテルであり、ともに「自然との調和」をコンセプトとしていたことが印象的であった。開発するにあたって闇雲に高層ビルを建てるのではなく、確かに自然が多く空間に余裕を持った都市景観は魅力的であった。イギリスの植民地時代と日本占領時代を感じるペラ州都のイポーを訪れた後、合宿の最後にプトラジャヤを訪れたことは特別な意味を持ったと思う。まさに現在進行形のマレーシアの発展を目の当たりにした感覚だった。

終わりに、今回直面した多民族社会の様相と外国語教育の現場から、今後はマレーシアの教育制度と実体について民族の観点からより詳しく調べてみたい。この6日間、マレーシアについて前回考えが至らなかった点に至るなど新たに学ぶことが多く、再訪出来て本当に良かった。もちろん、また行きたい。ブログを書いてみるとイポーの歴史や食文化など記述したい項目は他にも出てきたが、ひとまずこの辺にしておく。

3年 眞鍋智佳
posted by 13まなべ at 17:18| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月16日

ホームステイFW

airbnbのイベントに参加してきました!
場所は表参道のCOMMUNE246という商業型コミュニティスペースを利用したCAFEで、全体の雰囲気もおしゃれでかわいくてすてきな空間でした!

カフェの横にはairbnbに掲載されているバンもありました!

airbnbの会社の人は2人で、ゲストとホスト合わせて100名程度が参加していて、立食パーティーみたいな感じでほんとにいろんな人のお話を聞くことができました。
初めに、airbnbを使って世界一周した女の人と、日本でホストとして受け入れをして、単なる空き部屋ではなく人との交流を大事にしてたくさんおもてなしをしてる人のお話があって、その後は自由に交流する感じでした。

airbnbを使って世界一周した方は、現在ホストとして日本で受け入れをしていて、ゲストに安心して利用してもらったり満足してもらえるような工夫をたくさんしていて、駅から家までの分かりやすい地図の詳細やどのバスを使うかとか近くのおすすめのお店などを日本語と英語両方で準備していてとても感心しました。
この方は今日本人しか知らないお店や人気スポット、一般の人が書いた観光に関するブログなどを英訳して訪日観光客に提供するサイト?を作っているそうです。

ホストとして登録している人はネームプレートのとこに家マークがついていたのですが、ホストの人の話もゲストの人の話もたくさん聞くことができました。
ホストの方も受け入れ方は人それぞれで、airbnbのために自分が住んでいる家とは別に家を借りて空き部屋として提供しているひとや、受け入れ期間だけ自分は彼女の家に行ったり実家に帰っているひと、部屋だけ別で一緒に住んで一緒にご飯食べたり呑んだりしてるひと、一緒に住むだけじゃなくてお寺でのヨガ体験や農業体験、観光案内とかもしてるひとがいました。

話したホストのひとほとんどに始めたきっかけを聞いたのですが、おもしろそうだったからとか海外で流行ってるからとかお金もらえるからとか結構軽い感じでした。
英語もばりばり話せるひとからそこそこのひと、まったく話せないひとまでいました。
海外から来るゲストはアジア圏のひとが多いという人もいましたがアメリカやヨーロッパからもきているそうです。意外だったのは日本人のゲストが予想以上に多く、地方から来たひとだけでなく、友達の家に遊びに行くくらいの感覚で使っているひともいるということが分かりました!
わたしももっと軽い気持ちで使ってみようかなという気になりました。

また見たこと無かったのですが、ホストのレビューだけでなく、ゲストにもレビューがあるらしくて、そのレビューを見たりして、人によってはかなり受け入れするひとを選ぶとゆーか結構断ってるというひともいました。

またairbnbの会社の人からもお話が聞けて、現在日本支店の社員は16人、もともとシンガポール支店に勤めていた日本人3人で日本支店を始めたらしいです。

こういったイベントではホスト同士のコミュニティを作ってホストの悩みを共有したり、ホストになるか迷っていたひとと話して実際のようすを知ってもらったりすることが目的だそうで、ミートアップイベントの他にも、よりホスト向けのワークショップも開催しているそうです。

旅館業法についても質問したのですが、現在本部の人たちが改善や新しい法律を作るために取り組んでいるそうで、どう安全を保証するかが一番の問題だそうです。

実際この問題は昔からホームステイという事業自体も引っかかっていて、今に始まったことではないということでした。またとまりーなのように農業体験などを目的としていれば合法だということを初めて知りました。

海外でairbnbを利用するひとが増えて、最近訪日観光客に人気が高まっているそうで、日本でairbnbを利用するひとがとても増えているそうです。ホストのひとに質問したときも登録した翌日からどんどん連絡が来たと言っていました。

「世界中にただいまと言える場所を」

というフレーズが心に残りました。

福島?かどっかでヨットに泊まれるところもあるそうです。

トラブルが起きた際には最大8000万円までの保証が出るということも知りました。

またairbnbにあやかって、クリーニングやランドリーサービスの売り込みをしてるひともいました。

airbnbに興味あるだけあって、交流が好きって感じのひとが多くて、話しかけてくれるひとも多くて、知らなかった話がたくさん聞けたり意外なつながりがあったりさっそくFacebookで友達になったり、初めて会ういろんな人と話ができたことが純粋に楽しかったです!

積極的にいろんな活動をしていきたいなと思いました。

2年生とも話せて充実したフィールドワークでした!

おつかれさまでしたヾ(@⌒ー⌒@)ノ


中野瑞希
posted by 13なかの at 21:33| 埼玉 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月20日

ブルネイホームステイ

今回私が訪れたブルネイダルサラームという国は、ボルネオ島北部に位置しており、面積は日本の三重県をほぼ同じという小さい国ではあるが、石油や天然ガスを多く埋蔵した国である。また外務省のデータによると、マレー系65.7%、中華系10.3%、その他が24%の民族が暮らしており、宗教では、イスラム教が67%、仏教が13%、キリスト教が10%、その他が10%であり、イスラム教が国教として定められている。今回私がブルネイを訪れる前に、ISISが問題になっており、イスラム教というと現在日本では、マイナスなイメージとして捉えられがちであるが、今回私はプログラムとして、イスラム教徒のファミリーの家にホームステイし、イスラム教を身近で感じ、イスラム教のよさを知ることができ、よい体験ができたと思います。



3月2日に、エアアジアを使い、クアラルンプールを経由しブルネイダルサラーム空港に到着。ブルネイの国営の航空会社はロイヤルブルネイであり、基本的にはブルネイ人はエアアジアなどのLCCではなく、ロイヤルブルネイを使うことが多く、また国教がイスラム教であるため、離陸する前に礼拝をするらしい。
(乗りたかった……. !!!)

ホームステイ中は、パレスやショッピングモール、結婚式、ロイヤルレガリア、国立公園、水上集落、クロコダイル園な様々な場所を訪れることができ、またテンブロンツアーに参加するなど、日本ではすることのできない多くの体験ができ、本当に充実した一週間を送ることができたと思います。その中でも特に印象的だった場所を紹介したいと思います。



≪テンブロンツアー≫

テンブロンツアーは、アジア最大の熱帯雨林のあるボルネオ島の自然を肌で感じることができるツアーでした。まず、スピードボートに乗り約45分かけて、テンブロン国立公園に行き、そこからまたボートに乗り、ジャングルクルーズをし、キャノピーウォークをしました。

その中でも印象的だったのが、スピードボートに乗っている最中に、携帯がマレーシアの電波になる地域があり、舛谷先生がマレーシアとの領土問題があるからとおっしゃっていたことで、やはりどの国にも領土問題は存在するのだなと思いました。

また、テンブロン国立公園に着いてから、イバン族という民族が暮らしており、ロングハウスを見ることができ、また狩猟をして生活をしているなど、とても衝撃を受けました。

他にもキャノピーウォークでは、前回マレーシアのタマンヌガラを訪れた際もする機会があったので今回テンブロンで2回目だったのですが、テンブロンのキャノピーはとても高く、階段や橋も揺れるため、前回より怖かったです。(笑)



≪水上集落 カンポンアイル≫

ブルネイの首都バンダルスリブガワンのブルネイ川の水上にあるカンポンアイルと呼ばれる水上集落は、世界最大の水上集落であり、私は、ホストファミリーと陸地のモスクの中を通って訪れたのですが、着いた瞬間言葉では現せないほど感動しました。カンポンアイルに住んでいる人々は、電線もあったので、電気や水道などインフラは完備されている様子で、不自由している印象は受けなかったのですが、家と家を繋ぐ通路は高く、またところどころ穴があいており、その上を子供たちが自転車を乗っているのを見て、とてもひやひやしました。(笑)



以上の2つが私の中で印象的な観光地でした。1週間という短い時間でしたが、本物の子供のように心配してくれたホストファミリーや、様々な場所に連れていってくれたヘリー、一緒の部屋で一緒のベッドで寝たあやなっぷる、ホームステイのリーダーで色々な手配をしてくれたみずき、本当に色んな人のおかげで充実した時間を送ることが出来ました。ブルネイホームステイに参加して本当に良かったと思います。ありがとうございました!!!



窪田紗帆
posted by masutanis at 23:51| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Brunei home stay

ホームステイのサブゼミで東京ジャーミィに行ったり、様々な国のハラル料理を食べたり、マラヤ大の生徒のホームステイの受け入れをしたりと、去年からイスラムについて学んできましたが、今回のブルネイホームステイで初めてイスラム教国家を訪れました。このブルネイホームステイに参加したい、関わりたいというのがホームステイのサブゼミに入った理由だったのでとても楽しみでした。

私がホームステイしたYusof Familyは他のメンバーの家とは違って、唯一ブルネイ郊外にあり、1つの家に4世帯が暮らしていて、子供が11人もいる、とても賑やかなお家でした。わたしは子供が苦手なので、事前に11人も子供がいると聞いたときは不安しかありませんでした。基本的に、家族の予定に一緒についていくという感じだったので、実際の現地の人々の生活に溶け込んでいるような、ホームステイらしいホームステイができ、なんだかんだ楽しむことができました。
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今回は印象に残っていることに絞っていくつか取り上げたいと思います。

・葬式・結婚式
まさか、イスラムの冠婚葬祭を制覇するとは思っていなかったので、とても貴重な経験でした。
ママのお父さんのお葬式に家族と一緒に参加しました。日本では、喪服は黒と決まっていますが、ブルネイでは細かいルールはないようでしたが、暗い色のバジュクロンを着ている人が多かったです。一つの部屋に男の人と、故人に近しい人が集まり、お祈りを開始→隣の部屋で女性と子供も軽いお祈り→コーランをよむ→客人みんな(300人くらいいた)で外に出てごはん、といったような流れでした。イスラム教徒でない私たちはモスクには入れないので、お祈りしている姿を間近で見る貴重な機会でした。お祈りの時は、バジュクロンの上にお祈り用の服(白が多い)を着て、ヒジャブの上にも被り物をしていました。イスラム教徒以外はコーランをはじめとする、イスラム教の書物には触ってはいけないらしく、コーランを触ったときは怒られました。あとひとつ、文化の違いだなと思った事で、人前で鼻をかんではいけないということがありました。途中でアレルギーになったのでかなりきつかったです…。
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対して、結婚式は、まず、みんな見た目がカラフルでした。ヒジャブの留め具やコサージュがキラキラしてたり、化粧も濃かったりで、全体的に派手でした。結婚式は、家に結婚式セットをレンタルして行うのが一般的らしいです。市場で見て気になっていた7色の粉がここで使われていました。新婦さんの手に、親族の人が塗っていくものらしく、色ごとに意味が込められているそうです。
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結婚式も、葬式同様、外で客人全員でご飯を食べました。レインボーライスという虹色のご飯(おいしくはなかった)などがあり、食事もお祝いムード満載な感じでした。

・テンブロンツアー
ブルネイ有数の観光地であるテンブロンに行きました。
一度マレーシアを通ってもう一度ブルネイに入る、さくっと国境をまたぐのは不思議な感じでした。
ロングハウスや闘鳥を見たり、ボートでリアルジャングルクルーズをしたり、熱帯雨林をトレッキング、野生のドクターフィッシュのいる滝壺で遊んだり、キャノピーウォークを体験したりと、ボルネオ島の自然を満喫しました。
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・食
食べ物は基本的にハラルでした。ブルネイはマレー系の料理だったので、ハラルフードでも、おいしくいただくことができました。以前受け入れたマラヤ大のムスリムの学生は、豚肉以外の肉も食べなかったり、食べ物にはかなり制限がある印象でしたが、ブルネイの人は「これ、本当に全部ハラルなのかな?」と思うくらいいろいろなものを食べていた印象があります。
ジョリビーにもハラルマーク!
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ママとママのお姉さんと朝ごはん!ナンより薄い不思議な食べ物
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体験したこと、考えたこと、感じたことなどまだまだたくさんありますが、書ききれないのでこのへんで終わります。大学に入ってこんなに毎日アクティブに活動するのも、こんなに疲れたのも久しぶりでした。
とても8日間とは思えない位毎日が充実していました。
来年、新2年生にもぜひ参加してほしいな、と思います。

町田 恵
posted by masutanis at 23:24| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブルネイホームステイ

ブルネイ「3/1~3/9   舛谷ゼミ 瀬戸健

 

今回、自分にとってこのホームステイは帰りの便のみだが、自分でチケットを取った。これは自分にとっては初めてのことで、さらにAir AsiaLCCが初めてなのか!という感じだった。Kuala Lumpurの乗り換えではドギマギしていた。ネットでの予約は果たしてできていたのか、webチェックインはできたのか、荷物の重量制限は超過してないだろうか、など終ってみると大したことのないことばかりだが、やはり初めてというのはドキドキするものだった。パソコンでのチケット予約はAir Asiaはやりにくい。和訳が直訳すぎるし(これはネット自動翻訳を利用したためだろう。)、エラーやミスが生じると英語表記の画面に飛ばされてしまう。むしろスマホの公式アプリを使ったほうがやりやすい(これもしばしば落ちやすいが…)。空港でのチェックインでは、紙媒体の予約表を見せたのだが、はたしてアプリを使いスマホ画面から見せるものでもよかったのかは気になる。今度乗るときは試してみたい。あと機内には新聞があることを早く知っておくべきだった…残念。

自分のホームステイ先は弁護士一家でいわゆる富裕層だった。お手伝いさんの数も多かったし車の数も最終的に何台かはよくわからなかった。特に自分が面白いと感じたのは毎日届く新聞だったのだが、これも種類が豊富で、毎日3部(BRUNEI TIMESBorneo BulletinBRUNEI TIMES SPORTS)さらに週末はBorneo Bulletin Sundayと計4部存在した。これは全て英語で記されており、公用語はマレー語と決まっているが、英語が広く適用されている証拠だと感じられる。しかし思い返してみれば、お手伝いさんに英語で話しかけても言葉が通じず、マレー語で話しかけると応対することができたことをすれば、英字新聞はすべてのブルネイの人々に伝わるものではないのだろう。(英字新聞を読みこなせない人々が多いのは日本も同じだが)マレー語で書かれた新聞はあったのか見てみたかった。

ブルネイはとりわけ敬虔なイスラム国家であり、アルコールが禁止されている。もちろん豚肉なども食べれないが、お酒を摂取できないことはツーリストにとっては痛手だと思われる少なからず食事にはアルコールが必要不可欠の存在であるからだ。だがどうやらSingaporeMalaysiaから密輸?ではないけど隠れて持ってくるものもいるらしく、敬虔の程度は人にもよるのだろう。自分のホームステイに協力してくれたmamaの友達(おばさん)は、自分の夫はイギリス人で私もお酒を飲むことができるともいっていた。 改宗したのかは知らない、ヒジャブはかぶっていたが。

最終日に結婚式に参加したのだが、自分は日本での結婚式すらほとんど参加したことないがそれも少し異様だったと思う。まず披露宴会場が近くの体育館、しかもその場は近親者しかおらず新郎新婦はいなかった。結局二人のどちらかの実家に向かい、そこで新郎新婦と対面したのだが、そこで受け取った引き出物もよくわからないもので、ピーナッツなどの乾燥した食べ物や、中身のよくわからない泥のようなもの(これは関税でひっかかると思い、ブルネイに置いてきてしまった)、さらに3ブルネイドル(約270円)と日本ではお金を渡すものなのに、こちらがもらうという体験は初めてだった(日本の結婚式も参加したことないけど)

さまざまな文化差を経験でき、楽しめたホームステイだった。美味しい料理を毎日食べれたのはうれしかったが、ブルネイに行ってまで韓国料理や、イタリアン、さらに日本料理も食べたことは少し複雑だった。

posted by 13せと at 23:18| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブルネイホームステイ

3/1~9でブルネイにホームステイしました。私のホストファミリーは中国系のAbudullahさんという80歳くらいのおじいちゃんと70代のおばあちゃんの家でした。私とともちゃんは一人に一部屋と一バスルームを与えていただきました。休みの日にはBJFAサポーターのヘリーが遊びに連れて行ってくれて、ヘリーは私たちのホストファミリーの家で寝泊まりすることがほとんどでした。
まずは、生活についてですが、朝は基本的に早起きして、ヘリーの車で出かけたり、車でちょっと行ったところの公園におじいちゃんおばあちゃんと行って体操をしたりしました。印象的なのは、Tutongまで稲刈りしに行ったり、クロコダイルやタートルを見に行ったり、エンパイアホテルにサンセットを見に行ったり、、、(サンセットは結局見えなかった)。興味深かったのは、近所の人の結婚式に連れて行ってもらった時、開始時刻過ぎて大遅刻したのにも関わらず、なかなか結婚式が始まらなくて、1時間ほど待ったあげくものすごい勢いでご飯をたべてそそくさと帰るというところが日本と違いすぎてとても面白いと思いました。また、おじいちゃんとおばあちゃんはムスリムだったのですが、その息子さんや娘さんたちはムスリムではないので、息子さん一家は犬を飼っていました。孫のマイケルは私とともちゃんを連れ回してくれたのですが、マレー人と自分たち中華人を比較してものを言う一面があり、それまた興味深かったです。ブルネイの人はみんな本当に優しい印象でした。UBDの学生も明るくて、もっといっぱい話せばよかったなと少し後悔しています。テンブロン国立公園に行ったのも貴重な経験でした。
本当に充実していた1週間で、期待していた何倍も楽しいホームステイ経験となりました。みなさん本当にありがとうございました。


御所脇
posted by masutanis at 23:16| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブルネイホームステイ

3月1日から9日にかけてブルネイにホームステイをしました。恥ずかしながら今回のブルネイホームステイの企画があるということを聞くまでブルネイという国すら知らず、海外でのホームステイ自体も初めての経験でした。それでも、このブルネイホームステイの期間を通して貴重な経験や出会いを数多くさせていただいて本当に素晴らしい思い出になりました。本稿では、その一部を簡単に紹介したいと思います。
今回ステイしたホストファミリーはなんと弁護士を営む大富豪・大豪邸の家でした。家にはお手伝いさんが多分5~6人くらいいて、滞在期間中の食事からベッドメイキング、洗濯、ホストファミリーが忙しいときは車の送迎まで、ありとあらゆる世話をしてもらいました。夕食は毎晩外食で、日本、韓国、マレー、イタリアなど様々な国の料理を、なぜかブルネイで満喫することができ、もはや毎日の生活そのものが非日常体験でした。生活をしていて一番印象的だったことは一日に5回それも毎日、イスラム教徒の礼拝の呼び掛けであるアザーンが大音量で放送されることでした。朝一のアザーンは早朝5時過ぎくらいで、毎朝これに起こされて少し寝不足になりました・・・。イスラム教徒でない自分たちは朝アザーンが聞こえてもそのまま寝てていいと言われましたが、ホストファミリーはしっかりその時間に起きて礼拝をしている様子でした。イスラム教が国教として国民の生活にも根付いているということをホームステイを通して知ることができました。
日中は基本的にどこかに連れていってもらい、博物館、モスク、水上集落、七つ星ホテル、映画館、ビリヤード場、遊園地、結婚式、採油場など、ブルネイで行ける限りの場所はだいたい行き尽くしたという感じでした。これだけ多くの観光スポットを巡ることができるのもホームステイならではだったと思います。そのなかでホストファミリーの親戚や友人などホストファミリー以外の人たちとの交流もあり、ブルネイの人たちのあたたかさやホスピタリティにも触れることができたことも良かったです。ブルネイで連れていってもらった場所のなかで特に印象に残っているのが世界に二つしかない七つ星ホテルの一つであるエンパイアホテルです。内装も庭もプールもとにかく全てが豪華で、そこのハイティーで食べたケーキやお菓子は最高でした。また、ホテルマンの人に頼んで客室を見せてもらったり、カートに乗って敷地内を見学することもできて、あとは泊まるだけって感じでした。値段もさほど高くないそうなので、次にブルネイを訪れたときは是非エンパイアホテルに泊まってみたいです。
その他にも全体ではテンブロンツアーとUBD学生との交流があり、テンブロンツアーではキャノピーウォークといって研究者がジャングルを上から観察するための施設を歩いたり、野生のドクターフィッシュに足の角質を食べてもっらったりと、本当に貴重な経験づくしでした。そしてブルネイホームステイの締めくくりはUBDの学生と交流で、ビーチでダンスやバレーなど、とにかく楽しくはしゃいで最後の最後までブルネイを満喫しました。
まだまだ書ききれないことが沢山ありますが、毎日が本当に盛りだくさんの内容でとにかく充実したブルネイホームステイでした。参加して本当に良かったと思います。また機会があればぜひ行きたいです。

土佐
posted by masutanis at 23:02| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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