2006年05月21日

ソウル市立大の学生との交流

まず、5月8日に、歓迎会、そして5月10日水曜のゼミの時間に、ディスカッション。香港やマレーシアの時は、会ってすぐにディスカッションだったが、今回は1度会って話をしていたので、スムーズに議論に入れたのではないかと思った。
南保君と同じグループで、ソウル市立大の学生4人とディスカッション。彼らは「東京の特徴的な街」として、歌舞伎町、神保町、秋葉原を特に研究しているとのことだったので、それらの街についての質問に、南保君と2人で答えるという形で、議論を進めた。
歌舞伎町に関しては、あまり詳しく知らなく、東京都の条例などについてはぼくらが逆にいろいろ教えてもらった。
彼らはホストなどの特有の文化に興味があるらしく、歌舞伎町についての議論が多くを占めた。
ソウルにも、同じとまではいかないが、歌舞伎町−Cheang-Nyang-Ri 588 神保町−Jong-Roと東大門
秋葉原−Yong San I'park と、似た街があるということであった。

その後の、ソウル市立大のジャン先生の話では、ソウル市内に大きな公園ができたり、(ニューヨークでいうセントラルパークのようなもの。名前は失念してしまった。)とかなり変化してきているようだ。

ゼミ後の交流会(飲み会)では、学生をさまざまな話をすることができたと思う。男子学生はほとんどが兵役を終えているので、26,7歳くらいと、自分たちよりかなり年上であった。韓国の習慣からすると、全部ぼくは全部敬語で話さなければならないのだなと言ったら、「ここは日本だからそうする必要はない」みたいなことを言われた。兵役に関しては、日本と決定的に違う点なので、興味があったが、話をきいても、なかなか想像しづらいトピックであった。

現在、韓国と日本は、政治的な関係は良好とはいえない。しかしこうして、同じくらいの世代の人間が交流して、互いに分かり合うことは可能であると考える。そこで、4月上旬にゼミの時間にやった、「文明の衝突」に関するグループディスカッションを思い出し、個人間と集団間では性質が決定的に違うのかなと思った。やはりお互いの顔が見えるのと見えないのでは違ってくると思った。

浅野隆史


posted by masutanis at 14:33| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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