2005年09月11日

マレーシア合宿レポート・9月3日

マラッカ日帰り。

クアラルンプールから車で2時間ほど?歴史の街マラッカにやってきた。

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14世紀末に歴史にその名を登場させたマラッカ王国は、ポルトガル、オランダ、イギリス、そして日本軍の支配下に置かれ、その間に多くの中国人が移民してきた。

マラッカは赤レンガの風情のある町並みである。
建物の赤と青空とのコントラストがとても美しい。

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まずはマラッカにある日本人墓地へ。

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午後に日系企業「KOA]さんにお話を伺った。
1911〜1942年に亡くなった戦前東南アジアに出稼ぎに来ていた日本人の墓なのだそうだ。
墓は34基。
いわゆる「からゆきさん」の墓が多い。なぜか犬の墓もあった。

1976年アジア経済研究所のハラフジオさんという方が、日系企業3社に呼びかけて管理を始めたのだそうだ。

まだ発見されてない墓地がたくさんあり、呼びかけをしているそうだ。

毎年3月と8月にマラッカの日本人150名ほどでお墓参りをするそうだ。


オランダ広場

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ニョニャ料理ニョニャ

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西洋人がマラッカに来るよりも鄭和の大遠征の方がずっと先だった

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1521年にポルトガル人によって建てられたセントポール教会。
英国の統治時代に破壊され、現在は壁と墓標が残るのみとなっている。
かのフランシスコザビエルの遺体が一時安置されていたと言われている。

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カンポン・クリン・モスクは仏教建築とイスラム建築が融合した貴重な建物。マラッカらしい。
イスラムのたまねぎと中国の「喜喜」の字が共存。

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青雲亭は1646年に建てられたマレーシアで最も古い中国寺院。建材などはすべて中国から運ばれた。
青雲亭

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夜はマレーシア立教OB会の方に客家料理をご馳走になった。
客家料理は火鍋。
OB会の方は皆さんとても良くしてくださった。
ますますマレーシアで働きたくなった。

アロー通りの屋台街でフルーツツアー。

恐るべしドリアン。

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夜のツインタワーは圧巻

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田中菜津子


posted by masutanis at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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