2016年05月12日

2016 5/1 秋葉原FW

 私にとってこのゼミでの初めてのFWとなった秋葉原FWは、自分が想像していたよりも刺激的で、印象に残るものとなった。朝11時にJR秋葉原駅の改札でまず私は、秋葉原駅で降りてこれから街へ向かおうとしている人達に、何か目的をもっているような雰囲気を感じた。もちろんその時は休日の午前中であり、どのような場所でも皆買い物や観光など目的があって行動していると思うのだが、今まで秋葉原に個人的に訪れたことのなかった私は、秋葉原駅に降り立つ人達に何かエネルギーのような類のものを感じた。
 そんな感覚を抱きながら、私たちはまずラジオ会館に向かった。そこには今まで私が見たことのない世界が広がっていた。まず私たちが目にしたのはショーケースに入った多くの人形たちである。そのときの感情はうまく言葉に表せるようなものではないが、何か自分が異空間に入ってきたような若干の恐怖を感じた。それらはほとんど自分の好きなようにカスタマイズできるようになっており、何万通りものパターンが考えられるほど、それぞれのパーツが事細かに分類され、販売されていた。その他にも数多くのアニメをはじめとするフィギュアなどが売られており、どれも大量生産が不可能ではないのだろうかと思うほど、手のかかったものばかりであった。そこで私はそれらの商品を目的にここにくる人々がどのような人々なのだろうかと考えたとき、「個性」というワードが思い浮かんだ。ここに来る人に、自分だけのこだわりを持ったものがもほしいという概念が根底にはあるのではないかと考えたからである。秋葉原が今多くの観光客でにぎわっているのはこのような「個性」を求められる場所が多い、ということが一つの理由として挙げられるのではないかと思った。多くの製品が大量生産され、大量消費される現代において自分だけのものを求めたいという欲求が生まれるのは自然なことであると思う。また、彼らにたとえそのような欲求がないとしても、アニメ、という架空の世界はこの現実世界でどのようにも解釈することが出来るため、解釈の数だけストーリーが生まれる、という意味で自然と個性を求めることが出来るし、またラジオ会館でも販売されていた同人誌などは、その一面を支える存在となっているのではないか、と思った。ここではラジオ会館を取り上げたが、そのほかにも秋葉原で見た電気街、メイドカフェ、などは秋葉原という街の、他との差別要素だと思う。このような他とは違う街、というイメージが秋葉原に、そして来る人にも特別感を与えている要因になっているのだろうかと思い、朝秋葉原で見た人々の感覚を少し理解できたような気がしたのはこのFWが自分にとって意義のあるものとなった証拠ではないだろうか、と考えながら初めてのFWを終えることになった。
 今回のFWではICTメンバーの一員としてd-tabというdocomoのタブレットを貸与していただいた。私は電子機器に弱く、苦手意識がかなりあるが、克服し、使いこなせるようになりたいと思った。
2年 有賀
posted by 15ありが at 22:29| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko15 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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