2015年10月08日

屋久島

今回私は初めて屋久島を訪れましたが、行く前に縄文杉を見に行かないと聞いて、とても驚きました。縄文杉以外、屋久島に何があるかわからなかったので、何をしに行くのかわからなくなったからです。
この考えは決して私だけではないでしょう。というのも、私が「屋久島に行ってきた、でも縄文杉は見なかったよ」というと、友達に「じゃあ、何しに行ってきたの?」と聞かれました。これだけの事例で世間一般を語るのは根拠が薄いと思いますが、多くの人は「屋久島=縄文杉」という認識が根底にあるように思います。下手をすると「屋久杉=縄文杉」と思っている人もいるようでした。もちろん、縄文杉は屋久杉の一つであり、間違っていないかのようにも見える式ですが、縄文杉だけが屋久杉だと思っている人もいる、ということです。このように強く根付いた屋久島のイメージのために、屋久島を訪れる目的は縄文杉のみになってしまうのでしょう。
その認識が、屋久島での観光客の分散を妨げているように思います。
屋久島にほかの選択肢があることを知ったら、観光客もほかの選択肢に目を向け、そちらを選び取る可能性が出てくると思います。
しかし、あくまで可能性が出てくるだけであり、実際に分散に目の見えるほどの効果をもたらせる魅力のある観光資源があるかは、疑問に思います。
私たちが屋久島に着いたその日に参加した集落を巡る里巡りツアー、私は吉田集落を巡りました。元小学校という現公民館のようなところで、地元特有のお茶と揚げ餅のようなお菓子をごちそうしてくださったあと、おじいちゃん3人がガイドとして、それぞれの担当箇所へ一緒に行き、その場で説明してくださいました。地域の話だけではなく、小さな豆知識なども教えて下さり、大変興味深く、訪れたサバ節工場では試食も用意してくださり、いい経験が出来たツアーでした。個人的に満足はしましたが、これだけのために屋久島にくるかと考えたとき、私の答えは「いいえ」になってしまいます。
「里巡りツアー」という言葉を聞いたとき、「地域の方と交流する機会」だと捉えました。実際、ガイドしてくださった方々、お茶を出してくださった方々は地元の方で、そこには確かに交流がありました。しかし、何より私が残念だったのが、コミュニケーションをとった人の少なさでした。ある地点から地点へ、例えば神社から花崗岩へ歩いて移動しているとき、人とすれ違うことがありませんでした。私の予想していたおじいちゃんやおばあちゃんにあいさつをするという機会は結局、最後までありませんでした。さらに寂しかったのは、サバ節工場でのコミュニケーションが圧倒的に少なかったことでした。私たちが時間に迫られていたからか、そもそも始めた時間が遅かったからか、などと私たちのほうに原因があるのかもしれないですが、サバ節工場での私たちは燻す装置を見て、食べて、終わりました。せっかくそこで働いている方がいらっしゃるので、もうちょっとお話が聞ければよかったのにな、と思いました。
総じて、このツアーにはもっと多くの人と、多くの交流ができる、そんな状況が加わればいいのになと思います。
コミュニケーションを遠ざける人が増えている時代ですが、あえて、それを目玉にしたツアーにするのもいいのではないでしょうか。


日下部彩月


posted by masutanis at 22:45| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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