2015年09月13日

2年 延辺合宿

8月16日〜23日の8日間、夏合宿で中国の吉林省、延吉市へ行った。

初日は昼過ぎに羽田空港を出発する便で経由地である北京へ行き、空港近くのホテルで一泊した。
北京といったら大都会のイメージがあったが、空港近くではそのような雰囲気は全く無かった。ホテルの向かいの空き地のような場所には大量のゴミが捨てられており、とても強いにおいを放っていた。夜にそこで高齢の女性がその場所で何かをしているのを目撃したが、ゴミを片づけようとしているのか、その中から何かを探そうとしているのかは分からなかった。

翌日早朝に北京空港へ行き、保安検査をしている際、日本の空港とは違うと強く感じた。係員の対応がとても雑に感じ、検査で引っかかると大きな溜め息をつかれる。まわりのスタッフを見ていても、浮かない顔をしている女性スタッフが多い。ストレスの溜まる仕事であるから仕方ないとは思うが、誰も見ていて良い印象は持たないだろう。
このあたりは想定内であったので驚きはしなかったが、これが中国なのだなと感じた。
そこから延吉市へ向かい、23日朝まで滞在をしたのだが、その中で印象に残ったことを2つ挙げる。

1つ目、私は初めての中国で車の走行を目にして、とても驚いた。横断歩道の信号が青でも、車が減速せずに突入してくる。
「いつ渡ればいいの。」
横断しようとした際、純粋にそう思ってしまった。
日本と違い、青信号でも安全ということは決してないのだ。のろのろと渡っていたらクラクションを鳴らされるどころか、ひかれる危険すらある。歩行者よりも車優先の社会なのである。

また、中国のドライバーはクラクションをかなり多く鳴らす。交通量の多い道路だと、常にクラクションがどこかで鳴っているような印象を受けた。その場では、「中国人はどこまで気が荒いんだ」と思ったが、日本に帰ってこれを調べてみると、日本とはクラクションの使い方が違うということが分かった。
日本では、相手に対して「邪魔だからどけ」というような意味で使われ、ドライバーが怒っているような印象を受けるが、中国では「ここに車がいるから気をつけろ」という意味で使われるそうだ。怒っているのではなく、クラクションによって周りの人や車に注意を呼びかけている。
中国では「後ろに車がいますよ」くらいの軽い気持ちでクラクションをならすのである。そのため、道路のあちこちで音が鳴っている。走行中のドライバーの手を観察してみると、クラクションをいつでも鳴らせるような位置でハンドルを握っていた。

また、タクシーに乗っていて気づいたのだが、走行中の車が車線変更、右左折でウインカーを出さなかったり、むやみにスピードを出して車の間を抜けて行ったりと、運転自体もとても雑であった。
そのような乱暴な運転でも事故を起こさないのは、それなりに運転技術があるとも言えるのだろうが。

とは言っても、歩行者にとって危険なのは変わりない。日本と違って車と歩行者の事故は必ず車に責任がある、とはならない。自分の身は自分で守るといった考え方が主流なのだ。価値観の違いだと考えれば、納得した。
だが、これらを実際に感じて、どのように自動車教習が行われているかという純粋な疑問をもったと同時に、ルールだらけの日本の道路に慣れてしまった自分が、この国で車の運転をするのは厳しいなと思った。

2つ目は、マナーについてだ。日本では、何かを待っている際、列になって並ぶのが普通である。中国においては、それが全く無いという訳ではないが、日本とは違った。スーパーのレジ待ちなど、列自体は存在するが、少しでも隙あれば間に人が入ってくる。現に、長白山へのバス待ちで並んでいる際、列の間に少し隙間ができると、後ろから体を入れて割り込まれるようなケースもあった。列が進行しているときも、後ろから女性が間をくぐりながら、強く体を入れてきて、割り込まれるようなケースもあった。日本ではマナーとして当たり前のことが、ここでは違った。

このように、日本と違うことがいくつもあり、これらのことから中国に対して悪い印象を抱く人も多いかもしれない。ただ、中国人全体に対して悪い印象を持つのは間違っていると思う。
中国に限った話ではないが、異国にいって日本との違いを感じることは当然である。日本で当たり前のことでも、他国では当たり前ではない。環境、教育、その他様々な要因で、日本人とは育ち方、価値観が違うのだから、批判的になっていても仕方ない話だ。外国に行ったら、現地の文化、風習、その他に対してカルチャーショックを感じるかもしれない。だが、それを受け入れていくのが大切だと思う。
例えば、海外から日本に観光に来た人たちのマナーが悪かったとしても、それについて「〜人のマナーは最悪だ」と批判的になっても仕方ない。日本で育ってきた訳ではないのだから。

今回訪れた延吉市はあまり観光客が来るような場所ではないので、現地の人々も観光客慣れはしていない感じであったし、英語が話せる人も少なく、意思が伝わらず困った場面もあった。だが、私たちが外国人だと分かり、親切にしてくれる人は少なからずともいた。
自分が外国人という立場で実際に困ったり助かったりした経験を活かして、日本でも行動していきたいと強く思った。

日本で育ってきたから当たり前かもしれないが、外国を訪れ帰ってくる度に、日本は素晴らしい国だと感じる。そこで、「外国と日本とは何が違うのか」を考えることで、日本の良いところを再認識し、質をあげようとすることで、日本を訪れる外国人観光客へのおもてなしにつなげることも出来るのではないか。

中国は日本と比べれば不便な点も多く、大変さを感じる場面も多かったが、今回訪れることができ、自分の考え方の幅も広がり、とても良い経験になった。

中塩 大地


posted by masutanis at 22:43| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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