2013年07月03日

日吉FW

遅くなりました。拓です(^^)/日吉FWについて報告です。
学徒出陣後の慶応義塾大学の地下に建設された本土決戦に備えた連合艦隊司令部の地下壕。今はただ空間があるのみで、どのように使われてたかなどはか壁にある、部屋名から想定するしかありませんでした。ではなぜその部屋名を判別することができたのか、それは戦後元々海軍将校だった人々からのオーラルヒストリーだったそう。近年、戦争経験者が次々となくなってゆく中、オーラルヒストリーとしての発見は下火なのかとおもいきや、秘密事項などが格上の元将校だった人々が亡くなることで当時格下の若い海兵だった人々から出てくることもあり、まだまだ太平洋戦争のオーラルヒストリーは終わらないそうです。また連合艦隊の司令部ということもあり沖縄戦や戦艦大和との通信など日本の太平洋戦争末期の各地の激戦とも関わっていました。特攻隊との通信もここで行っていたそうです。当時一番の技術が使われた、日本の太平洋戦争末期の海軍の中心の存在がこれからも多くの人にそれこそ口コミで広がっていってくれたらいいと思います。

3年 近藤 拓


posted by masutanis at 00:31| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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