2011年08月12日

日アジ 浅草戦跡FW

今年も8月がやってきました。
この季節、戦争についてテレビで取り上げる機会が多くなりますね。

便乗して。
遅ればせながら、7月31日に行った日アジ浅草戦跡FWについて書かせて頂きますm(_
_)m

参加人数は4人。2・3年の日アジメンバーのみ。笑

午前は台東9条の会の方にガイドしてもらいながら、言問橋やら浅草寺の戦跡を回りました。
浅草戦跡マップを下調べして行ったものの、ガイドさんから聞く説明はやっぱり印象深く心に残るものがありますね。
特に印象的なのは墨田公園内にある戦災慰霊碑の話でした。
この慰霊碑は“あ、東京大空襲 朋よ安らかに”と書いてあるだけなんですが、戦後には多くの戦災孤児や子供を見失った親が訪れたそうです。
というのも、大空襲の中、大勢の人が逃げ惑い、中には戦災孤児・子供を見失った人がたくさんいたそうなんですが、親・子と離れた人がここでなら会いつかえるかもという期待で毎年3月10日になると、この記念碑を訪れていたとか。
戦争を知らない私たちには慰霊碑にしか見えなくても、ただの記念碑ではないんですね。考え深いものでした。

また、わざわざガイドさんが東京大空襲の爆撃方法のしおりを作ってきてくださったんです。感謝。
その中には、日本も中国に空襲を行っていたことや、観光学部には好きな人が多い飛行機の登場によって空からの攻撃(一番人に恐怖を与える攻撃らしい)ができるようになってしまったという事実が載っていて。
今では国際交流に欠かせない飛行機が、国際的な凶器に変わっていたなんて、複雑です。


そういえば、アインシュタインがアメリカに原爆を作るように推奨したらしく、日本に原爆が落とされたときはすごく責任を感じたそうです。
この事実に驚きました。

午後は東京大空襲資料センターへ。

戦争の写真を見るには気力がいります。本当に。汗
子供が描いた絵とか見てると、なんで子供がこんな絵を描かなきゃいけないんだろうって切なくなります。

戦争って怖いから、出来れば知らずに、写真も映像も見ずに終わりたい。
だけど、そうじゃないと思うんです。
私のひぃおじいちゃんも東京大空襲でなくなっているんですが、自分って先祖が一人でも違うと生まれてこないじゃないですか。
つまり、変な話、ひぃおじいちゃんがそのとき亡くなってなかったら、自分はうまれてなかったかもしれない。
逆にもっと親戚がいっぱいいたかもしれない。笑
そう考えると過去のこと、空襲って、自分と無関係じゃないなって思うんです。
自分の今の環境は、戦争で亡くなった人がいたからこそあるもので。
だからやっぱり戦争は現実としてちゃんと受け止めるべきで、目を背けてはいけないと改めて思いました。
戦争のない日本を残してくれた方々のためにも、私たちは平和に対して真剣に考えなきゃいけないんですね。

悲劇を忘れないために戦跡は必要なものなんだと思います。

また熱く深く(笑)、日アジメンバーで考えていきたいです♪

長文、乱文、失礼しました。 塩脇


posted by masutanis at 10:34| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本とアジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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