2010年10月12日

グアム合宿

私は今回、リゾート地といわれる、いわゆる「王道の観光地」に初めて行くこととなった。
ゼミ合宿や語学研修などでしか海外に行ったことがない私にとって、多くの観光客が遊びに行く観光地とはどのような魅力があり、研究や学習を目的としない観光客が何を求めてグアムを訪れるのか大変興味があった。

結論から述べると、研究、学習などの知的好奇心を刺激するようなものがグアムにはたくさんあったが、遊ぶことだけを目的とするならばグアムに観光地としての魅力をあまり感じられなかった。
そこではイメージだけが商品として存在していた。観光客はイメージしていたものが提供されることに満足し、自ら新しい観光資源を探したり、「グアムでないとできないこと」を求める姿勢はないように思えた。リゾート地にきてそんなことを考えるような日本人は少ないのだろうが、今回グアム観光について学習し芳賀さんのお話を伺ったあとでは、そのようなイメージ通りの観光だけしている日本人観光客をとてももったいないと感じた。

はじめは私も他の観光客と同じように「リゾート地グアム」しか思い描いていなかったが、今回の合宿の中で学んだ「海岸以外の自然、戦跡などのリゾート地以外の側面」は自分たちで積極的に調べない限り見えない、気づかない、いわば隠された側面だということに気付いた。提供されている作られたイメージを超越する「本物」を見つけるのは、一般の観光客にとっては難しいだろう。

グアム観光の今後を考察し、観光地としての可能性や観光客側のあり方についての見解を述べたいと思う。

<グアム観光の現状>
現在グアムに訪れる観光客の約6割は同じ行動をとるといわれている。パッケージツアーが7割を占め、観光形態はマンネリ化してきているといえる。ホールセラーではなくFITの割合を増やすことが重要だと考えるが、そのためには多様な観光資源が必要である。イベントや他の観光地を真似た一時的な資源ではなく、コンスタントに顧客を誘致することのできる資源、システムが必要である。
また観光が第一産業であるグアムは他国の経済状況に大きく左右される。その顧客の最も多くを占めるのが日本人観光客であり、よってグアム観光は日本人に特化しものとなっている。しかし一国に頼った経済状況というのは極めて不安定であり、グアムは日本以外の顧客を獲得する必要がある。westinの土肥さんによると、次のターゲットは韓国人であるという。しかし韓国人観光客の人数は多くとも日本人の方がお金を持っており、日本人向けの質の高いツアーやホテルに韓国人は満足するが、韓国人向けに安価に設定したツアーでは日本人は満足できず、結果として利益が多くあるのは日本人向けのツアーであることからもグアム観光やホテルは日本以外の国の観光客に特化したシステムを発展させることがなかなかできないでいる。
幅広い顧客を確保していくためにも、現在の「青い海、ショッピング観光」の形態から抜け出し、新しい観光資源を開発することが求められている。

<新しい観光形態>
新しい観光を考えるとき、それは持続可能かつ、グアムならではのものでなくてはならない。グアムはその歴史から独自の文化を精力的に発展させていくということがなかった。宗主国が幾度も変わったこともあり、順応性はあるが変わりに独自性は欠落しているといえる。そこで今考えられる新しい観光資源の創造には2つの方法があると考える。1つ目は時間はかかるかもしれないが、有名施設などの建設を行い、グアム独自のものとして売り出すことである。しかしこれには「ニセモノ観光」となる恐れが伴う。グアムならではの本物を求めてやってくる観光客に、後から人工的に作られた観光資源が受け入れられるかは疑問であるが、現在のグアム観光自体が人工的に作られた観光形態であることを考えると(それを知る日本人観光客は少ないが)、ニセモノが時間を経て本物となることも可能であろう。
そして2つ目はグアムの「歴史、文化」を観光資源とするものである。その一例として今回私たちが行ったような「戦跡観光」が挙げられるだろう。現在のグアム観光には「made
in
Guam」が非常に少なく、その点にグアム観光のポテンシャルを発掘する可能性があるのではないかと考えられる。チャモロ文化の見直し、植民地ならではの偏った、特殊な文化的発展、戦争の歴史、青だけでない緑の観光。掘り下げて整備すれば十分に観光資源となる要素がたくさんある。これらをいかにして売り出すかが重要になってくるだろう。芳賀さんがおっしゃていたように、観光ビジネスを持つ者がローカルの誇りとなるような開発を行うことが求められている。そういった観光を考えた時、今回私たちが体験したような戦跡観光やトレッキングは日本人がグアムの歴史を考える観光の一部としてもとても大きな役割を担うだろう。

日本人は芳賀さんがおっしゃるように戦争を悪とし、その内側にある真実を知ろうとしない傾向にある。私たちは戦争を体験してはいないが、幼いころから戦争についての教育、平和学習を受けてきた。私の受けてきた戦争教育では兵隊さんの心境や家族の想いといったことよりも、いかに戦争が悲惨であったか、恐ろしいものであったかということが強調されていたように思う。戦争に対するイメージは恐怖であって、平和学習はいつも「二度とこんな恐ろしい戦争を起こしてはならない。多くの亡くなった方たちのためにも平和を守り続けましょう」という内容で締めくくられた。「戦争はいけないこと、怖いこと」といイメージだけが植えつけられ、なぜ戦争が起こったのか、どうしてあそこまで大きな戦争になったのかといった歴史の背景や当時の風潮に関しての知識はとても乏しいのが実情である。今回の合宿ほど「戦争」をリアルに感じたことはなかった。自国の歴史のことなのに知識もなく、調べようとする姿勢すらなかった。知らないうちに戦争を重いテーマだと考えて戦争関係の番組や映画は「気が重くなる」と、むしろ避けていたようにも思う。芳賀さんがお話の中で何度もおっしゃる「英霊のために語る」、「兵隊さんがかわいそう、浮かばれない」、「彼らのおかげで今がる、兵隊さんありがとう。彼らの情熱を伝えたい」という言葉や発想は自分にないものであった。戦う兵隊さんの心情、軍の判断、家族の気持ち、戦争はそういった多くの人間の心情が交錯した出来事であり、決して簡単に善悪で語られるものではない。戦争を体験していないからこそ、戦跡観光は心の中に入り、自分とリンクさせられるようなものでなければならないと思う。ダークツーリズムは得てしてネガティブなイメージを持たれがちだが、大切な歴史の一部として紹介することが大切だろう。

これからのグアム観光を考えた時、グアム側はダークツーリズムのポジション、誘致方法を考える必要が出てくるが、同時に日本側も戦跡観光に対する意識改革が必要となるだろう。観光においては芳賀さんがおっしゃるように、感情の行き来があること、能動性が求められる。新しいグアム観光を形作っていくためには、観光客側の積極的な行動が必要不可欠となる。今の「リゾート観光」から「戦跡観光」へと観光客の目を向けさせるには時間がかかるだろう。新たに芳賀さんのように非戦争体験者の語り手が現れるのは難しいかもしれないが、芳賀さんのお話を聞いた人たちがそれぞれにまた語りを広げていくことでグアムと日本を繋ぐことはできるのではないだろうか。

今回の合宿を通して、グアムという観光地の歴史、日本とのつながり、これまでの観光、これからの観光のあり方などを学習することができたし、実際に見たり聞いたりすることで「観光」というもの自体を考える機会にもなった。
今後リゾート地グアムがどのような発展を遂げるのか注目したい。「リピートするかどうか」は今のところ「リゾート地グアム」にもう一度行きたいと思わないが、トレッキングの滝つぼダイブをしには行くかもしれない。

最後に合宿係りの愛梨、さとえり、ちーちゃん、たくさん調べて貴重な体験をさせてくれた浜ちゃん、お話してくださった芳賀さん、ありがとうございました。

手島智美


posted by masutanis at 17:03| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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