2010年05月23日

一番楽しかった旅行

私が今までに行った旅行の中でも、春休みを使って行ったウィーンと台湾の海外旅行は、自主的に企画し行ってきたこともあり印象に残っています。
 しかし、この2つの旅行には、決定的に違うところがあります。それは、
@ 現地の航空券のみ事前に購入したこと
A 両親に嘘の行き先を告げて出かけたこと
B パックツアーを利用していないこと
 
私が所属している学生団体は、海外の企業やNGOに、学生をインターンシップ生として送り出す事業を行っています。私は研修をする学生のマネージャーをやっていて、その方のインターン先が台湾南部、高雄県になることが決まっていました。

春休み当時、たび重なる旅行を経て私は勢いに乗っていました。個人行動においてもどんどん慣れていくのが自分でもよくわかりました。
現地の学生会員を頼って、学部の先輩でもある研修生の方に会いに行こうと思ったのも、委員会のための海外活動というきれいな理由ではなく、ちょっと変わった旅をしたいという、好奇心以外の何物でもなかったように思います。
それでもそのための貯金が全くないので迷っていたところ、ゼミ主催のシンポジウムで『旅行に行かない理由を作るのはやめよう』と云われ、私は決心がつきました。その時はもう2月の終わり、台北への航空券は値段の高いものしか残っていませんでしたが、入ったばかりのお給料をつぎこみ、台北行きのチケットを買いました。
ホテルに泊まるお金はもうなかったので、ずうずうしくも、学生会員である現地の大学生に頼んで、1泊だけホームステイをさせてもらうことにしました。5日夜出発、8日朝帰国の一番安い航空券を買ったので、残りの夜は高速バスで寝て過ごすことにしました。台湾に開通したばかりの新幹線で帰るという選択肢もありましたが、航空券を買った時点で手段を選んでいられない状況にあったので、1泊4日の弾丸旅行になりました。 
渡航前日はその高雄でマグニチュード6.5の地震が発生し、恐怖と、誰にも話せないもどかしさで全く眠れませんでした。
 京成金町から成田空港に向かう途中、なんだか現実からどんどん離れていくような感覚がありました。というのも、まだ3月の上旬だったのにも関わらず、コートを持たずに外出していったからです。両親にあまり叱られたことのない自分にとって、この旅は一世一代の冒険でした。
 桃園国際空港から台北駅までバスで移動している間、やはり怖くて日本の友達と携帯でメールをしていました。情けないかもしれませんが、これがなければ一人旅に出る勇気は出なかったと思います。23:30台北駅に到着。ようやく高速バスに乗ることができたので、高雄に着くまでちょっとゆったりした椅子の上でぐっすり眠りました。
 バスが到着したのが朝五時。周りが真っ暗だったので、駅を探して歩き回るのが怖くて、とりあえず近くにあるセブンイレブンで中華麺を食べつつ、今日のプランニングをはじめました。現地の人との待ち合わせが夕方だったので、それまではメトロの1日パスを使って観光をすることに決めました。今思うと、一日目は日本のお店にばかり入っていました。モスバーガー、ファミリーマート、ミスタードーナツ、そごう…。台湾が親日の国だとはしっていましたが、ここまで日本人にとって快適な国だとは思いませんでした。夕方になり、約束の時間から10分遅れてお迎えがやってきました。日中の高雄は32℃、汗で服がぬれるくらい熱かったので、先にシャワーを借りて、今後のお話をしました。私を迎えに来てくれた英語名Emilyさんは中山大学委員会のOGで、ほかのOB,OGを読んで私を四川料理のお店に連れて行ってくれました。現地の人はバイクでの移動が一般的で、Emilyさんに『台湾はバイクがとっても多いでしょ?』と聞かれました。しかし私は以前ホーチミンで車間距離30センチほどのバイクの後ろに乗ったことがあったし、高雄はインフラが整っていたのでそれほど気になりませんでした。
初めての四川料理はとっても美味しくて、ほかの人が台湾語で楽しそうに会話しているのも全くきにならないくらい夢中で食べていました。しきりで白と赤に分かれている鍋と中国茶が特においしかったです。食事のあとは紅茶のスタンドで飲み物を買って、夜景のきれいな場所に連れてってくれました。高雄の学生たちは、いつも夜はバイクに乗って色々なところに遊びに行っているそうです。売っているものなどは日本とそんなに違わないのに、生活様式の違いにおどろきました。
研修生の人が2日目の夜まで用事があったため、次の日の午前中はEmilyさんに台湾様式の朝食のお店に連れて行ってもらい、そのあと市内の博物館でやっていたPIXERの展示を見に行きました。会場は午前中なのにものすごく混雑していて、うろ覚えの中国語表記の
キャラクター名くらいしか覚えていません。彼女曰く、台湾には娯楽が少ないので、展示会やお祭りはどれも混雑するのだそうです。
 お昼はEmilyさんの家族にまねかれて、ホテルの飲茶へ行きました。名前はわかりませんが、普段の生活では食べられないような中華料理をたくさん食べました。この時中華料理の奥深さに驚きました。夕方からはEmilyさんと別れて案内人がBillyさんに交替、フェリーを使って本島から少し離れた旗津(チーチン)という観光名所に夕日を見に行きました。高雄の都会的なところから一変、海辺は観光地開発のされていない沖縄のようなところでした。日本の統治時代に建てられた砲台などの史跡には比較的新しい説明の看板がありましたが、中国語しか表記していなかったので、なんとなく漢字で理解しようとしました。ここに来て、初めて地元の食べ物を食べたように思えます。都会の高級レストランが多い第二の都市という側面がある一方、涼しくなると海産物の市場で賑わう港町の顔ももっているのです。夜9時頃、ようやく研修生の方にあうことができました。というのも、待ち合わせ場所が当時開催されていたランタン祭の会場だったので、人が多くてなかなか見つけられなかったからです。その日がちょうど半月開かれていた祭の最終日だったため、花火が盛大に上がっていてとても綺麗でした。私たちはほんの1時間だけお話をして、私たちはそれぞれの学生会員のバイクの後ろに乗って別れました。 
 帰りのバスに乗るまで、Billyさんをはじめ現地の学生さん達は驚くほど親切で、バスに乗り込んだ後、感激の涙が止まりませんでした。最初の恐怖とは一変、携帯の電池は切れていましたが、全く気になりませんでした。
 実質二日間の冒険でしたが、英語で生活したこと、自分で考えて行動したこと等、数えきれない学びがあった旅でした。もし私が逆の立場に立ったら、彼らのようにバイクで色々な場所には連れて行けないけど、精一杯のおもてなしをしようと思います。
 
 


posted by 09みやうち at 17:15| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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