2015年09月27日

ゼミ合宿2015 北マレーシア




2015.8.3〜8.8

今回のゼミ合宿ではマレーシア北部のペラ州を中心として活動を行いました。
私自身は1年生の時の早期体験プログラムでマレーシア ボルネオ島のサラワク州を訪れて以来のトランジット以外のマレーシア上陸で、マレー半島は初めて訪れました。

かつての盛んな錫工業で知られるペラ州は、錫の採掘できる土地というだけあって独特な景観を持っていました。切り立った山々が見られまるで中国の桂林を彷彿させるものです。
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またこの合宿でペラ州を訪れることがなければ私は「錫」について、基本的な用途や採掘方法なども全く知識はありませんでした。錫産業について展示がなされている博物館では、錫を最初に採掘するようになった経緯やデータ、鉱山資源をめぐる植民地化と海外諸国との関係などがうかがえました。日本がマレーシアを保護国化、事実上の植民地化をしていた1940年代の様子が写真で展示されており衝撃的なものでした。
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マレーシアに限らず昨年訪れた中国の延辺でもそうですがアジア諸国と日本の歴史的関係は複雑な気持ちにさせられます。正直なことを言ってしまえば私自身は占領期に起きたこととは無関係だし知識もあるとは言えませんが、「日本人」という立場に立つことを意識してみると当時の人はどのように感じているのか疑問が多々わいてくることがあります。今回はそんなことを思っていました。

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この合宿の主な活動拠点はUTAR(University Tunku Abdul Rahman)でした。
この大学に通う日本語クラス・クラブの学生の日本語サポート及び交流です。
まず感想ですが、この合宿に参加できて本当によかったと思います。実際はUTARの学生も日本語を学びはじめたばかりの人が多く、メインは英語になりました。UTARに通う学生は100%中華系マレー人ということで中国語はほぼ全員が喋れるということでしたが、私は英語を流暢に話せるわけでもなく、だからといって中国語は全くなので正直キツイところがありました。それも英語を使用するにしてもディスカッショントピックが自分のキャリアデザインや日本の文化などで自分のことについてもまだ迷うがある私には少々話題を持ちかけることが大変だっと感じました。毎回の合宿で少しずつ成長できていると感じるとともに反省点も見つかるので、おもしろみのある合宿になっています。
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*大学のキャンパスの風景

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イポーについては街並みと建造物についてです。この合宿の開催にあたり私が担当した事前学習はイポーのコロニアル建築についてでした。西欧風で真っ白な外観を持つイポー駅が代表的な建築物でクアラルンプール駅の設計者と同じイギリス人のA.B.ハボック氏によるものです。天気はあいにくの雨でしたがヨーロッパの建築物がそのまま運ばれてきているような印象をうけました。この周辺一帯が西欧風の建築物が多く建てられており街並み全体がマレーシア、アジアという感覚を忘れさせるものです。
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このイポーこそ映画「セカンドバージン」の舞台となった場所です。イポー駅がメインとなっています。
コロニアル建築といっても様々な様式があり骨組や窓枠の形によって異なります。

自分の目で見たものはそれぞれの建築物は多少の違いはあるもののはっきりとわかりませんでしたが、イポーに到着したときに見られる白い建物群には驚きました。

イポーは錫の輸送のためにクアラルンプールをつなぐ重要な都市であり、産業の影響を受けて都市開発がなされたといっても過言ではないと思います。
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*バーチ記念時計台の壁画のムハンマドが消されているんだそう…
 そもそもなぜ描いた…


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中華系マレー人が多いことから中国風の街並みも発見できました。どちらかというと中国とイギリス植民地時代のコロニアル建築が混ざっているようなそんな街並みです。

UTARの大学のあるカンパーという街は色遣いや建物の配置がかわいらしかったです。
エッグタルトおいしかったです!
滞在中には夜市が開かれ、思っていたよりも大きな敷地で行われていて、UTARの学生に聞いても夜市はおすすめだといわれたので楽しみにしていました。主に眺めているだけになってしまいましたが、先生が買ってくれた1sの龍眼を学生寮でお腹一杯になるまで食べました(笑)
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今回の合宿で最後に訪れたプトラジャヤ、サイバージャヤという都市がお気に入りです。
また行きたいと思いました。ここは日本でいう国際展示場や幕張といった開発都市ということで今後数年間でも大きく変化がみられる場所なのではないかと思います。
意外にもクアラルンプールの空港に車で行ける距離だったことで納得させられました。
この街の今後が楽しみです。
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ゼミブログでの振り返りは時間が経ってしまいましたが
この合宿で貴重な体験をさせていただいてありがとうございました。
参加して本当によかったです。

佐藤 彩那
posted by 13さとう at 23:43| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月24日

マレーシア合宿

8月3日〜8日、マレーシアのペラ州に行ってきました!
私は今までトランジットでKLに入国したことはありましたが、実際に滞在するのは今回が初めてでした。

正直に言うと、この合宿に行くまで私はマレーシアという国に対してこれといったイメージを持っていませんでした。これはマレーシアが多民族国家ということも一つの要因なのでしょうか…。
強いて言うならば、舛谷ゼミの合宿ではマレーシアに行くことが多いそうなので、サバイバル感の強い国なのだろうと勝手に思ってました(笑)

そしてこの合宿を終えて率直に思ったこと、それはペラ州は本当に良いところだったということです。騒がしくなく、のんびりした雰囲気、イポーの所々に点在するおしゃれなウォールアート、そしてなんと言っても美食の街、最高でした!個人的には事前学習で調べた時からずっと行きたかった巨大な洞窟寺院(極楽洞)に行けて嬉しかったです。
イポーには多くの洞窟寺院を初め、植民地時代の建築物(イポー駅校舎やケリーズキャッスル)、オランアスリビレッジなど、様々な観光資源があることを知りました。

しかしあまり多くの観光客は見受けられず、インバウンド層においては私たち以外にいなかったのではないかと思います。イポーはマレーシア第三の都市であり、豊富な観光資源があるわりには知名度が低いのではないのでしょうか。(実際に私もこの合宿にあたって初めてイポーという街を知った)
観光地としてすでに有名なクアラルンプールやペナン島から観光客を分散させるためにも、そうした有名どころに行くツアーの一部として積極的にイポーの街歩きを組み込むべきなのではないのだろうかと感じました。

そして私が一番衝撃的だったのは、マレーシアの人口は日本の4分の1であるにも関わらず、インバウンドは日本の約2倍であるということです。これはラーマン大学の授業を聞いて知ったことですが、日本は観光において、アジアの中でもかなり遅れを取っているということを実感すると同時に焦りを覚えました。さらに、マレーシアでは各州で必ず村にホームステイするというプログラム(カンポンホームステイ)を実施しているらしいです。ホームステイの体制においてもマレーシア政府が促進しているという点で、日本よりも観光促進において積極的な取り組みがなされているのだなと感じました。日本の観光はマレーシアに学ぶところが沢山あり、インバウンド層を多く取り入れるには幼いころからの教育制度(マレーシアの人たちは英語ペラペラ)だったり、政府を中心に観光促進を呼びかけることが重要なのではないでしょうか。
今回の合宿を通して、日本のインバウンドの現状についてもっと深く考えたいと思いました。とても楽しい合宿でした!

染谷 花歩
posted by masutanis at 00:41| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ペラ合宿 主にホテルについて

シャングリラホテルについて

Putrajaya Shangri-La はマレーシアの政治の中心、プトラジャヤに存在する。ここは元首相、Mahathir bin Mohamadの提唱によって、1990年代から開発を進める新行政都市であり、人口7万人のほとんどが政府関係者とその家族だ。Putra はマレーシア語で「王子」、Jayaは「勝利」を意味し、初代首相Tunku Abdul Rahman Putraにちなむ。

政府関係各省として、首相府や財務省などが存在する。この提唱の理由は、マレーシアが2020年に先進国の仲間入りを果たす目標を持つ「ワワサン2020」があるためだ。

シャングリラホテルはこの都市の中でも数少ない5つ星ホテルの一つだ。小高い丘の上に位置し、ホテルのフロントから窓越しにプトラジャヤ市内全体の眺望が見渡せる。ゲストルーム、スイートを含め118室存在し、部屋のプライベートテラスからも市内の景色を楽しむことができる。ホテル内にはヘルスクラブ、スパ、ジム、プールも完備されており、都市内ながらリゾートホテルのような施設完備だ。政府関係者が住む街ということもあり、ミーティング施設も充実、ウェディングも可能である。このように、一般的なホテルのファシリティーを持ち合わせたうえで、行政都市という立地、さらに5つ星ホテルという事前情報のもと、どんなものかと到着してホテルを見たところ、外観が古臭いというかコンクリートむき出し感があり、フロントデスクがとても小さい。プトラジャヤ市内には企業、政治関連の高層ビルが集積しているのにこの建物は地上、地下合わせて5階ほどしかない。

あれ?想像してたのと違うな…、5つ星ホテルだよね?という印象を受けた。部屋もとてもきれいだったが、5つ星に見合っているのかとも感じた。通常5万円のところを8千円で泊まれているのだから、ラッキーだったが、そもそも5万円で5つ星…って安くないかなとも考えた。過剰な期待をもちすぎたのか、確かに立地は一級品だからそれが料金に反映されてるのかとも思った。5つ星に疑問を持ちつつ、ホテルのマネージャーの話を聞くとどうやら高級ホテルというよりもプトラジャヤのシャングリラはブテッィクホテルだと聞かされ合点がいき始めた。

ブティックホテルは1980年代初頭より「標準化されたホテル」へのアンチテーゼとして出現し始めた。商品選択が限られていた時代から、消費経験の蓄積に伴い消費者の審美観は変容し、多種多様な評価基準をもつ時代となった。ホスピタリティ・マインドに対応しきれない大きなホテル(標準化)に対して、150室を超えない程度の客室数で区別し、建築面でも温かみのあるデザインを追求している。プトラジャヤのシャングリラもまたホテルの一階に緑を置き川を流している。ロビーラウンジを低い位置に設置し、ゲストよりも低い目線、もしくはゲストが座った時には同じ目線に置くのもブティックホテルとしての設計だとの説明を受けた。ラウンジが小さいなと思ったが客室数に対して、十分な大きさなのではないか。部屋のデザインもオレンジなどの明るい色を基調としていた。

最大の強みを聞くと小高い丘にホテルを構える立地だという。確かに眺めが良かった。そもそもプトラジャヤ開発の際、土地の4割を緑地として保存することになっていたため、副都心として首都機能、高層ビルを含んだ景色と豊富な自然がマッチしていて綺麗だった。空港が近いこともプトラジャヤ開発の条件だったらしい。

空港が近く、政府機能が集中することもあり、宿泊客にはmiceの形として25%,35%はビジネスパーソンだといった。全体の60%がビジネスに関するのはやはり立地の影響が強いようだ。

マネージャーが言っていた客室稼働率が50%といったのには少し疑問が残った。大きなターゲットがビジネスパーソンなだけに、通常レベルの稼働率なのかもしれないが少し低いのではないかとも感じた。


瀬戸健
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2015年09月23日

マレーシア合宿

3年の御所脇です。
9/3−8でマレーシアに行ってきました。3の夜にKLに到着し、その日はセントラルにあるホテルに宿泊し、翌日4にKL Express高速鉄道に乗りPerak州Ipohに向かいました。

恵まれたことに私たちが借りたシェアハウスはその辺一帯の中でも高級なところで、、、というのは置いておいて、有名なRotiとTeh Tarikを食した後は初日からUTARの生徒との交流をしたり、キャンパスツアーをしてもらいました。ちなみにUTARはIpohではないです。
5はKinta Tin Mining Musiumを訪れ、錫工業の歴史を学んだ後に、再びUTARを訪問し、ホームステイや日本食についてのプレゼンからひたすら日本語クラスのチューターまで、学生との交流を多くしました。夜はUTARの学生にナイトマーケットに連れて行ってもらい、マレーシア経験者の私でも初めて目にしたおもしろいものをたくさん食べることができました。
6は朝からIpohに向かい、街歩きをしました。駅周辺にはたくさんの歴史的な建築物が残っていました。Ipohは、日本も関わった戦争で多くのイギリス人が亡くなったためにその石碑があったり、日本人の売春婦やアヘン問題などのダークな一面もある場所でした。また、極楽洞やケリーズキャッスルを訪れるなど観光らしい観光もすることができました。
7は再びKLに戻り、プトラジャヤサイバージャヤに向かいました。そこではプトラジャヤのピンクモスクやレインボーに光るブリッジがあったりと綺麗な夜景を楽しんだり、かの高級ながあります。大変好運なことに、そこで比較的安価にホテルインスペクション(ホテル滞在)をさせていただくことができました。

現地で感じたこととしては、UTARで中華系、インド系以外(マレー人)の学生を一度も目にしなかったのが大変印象的でありました。服装にムスリム基準の規定があったり、教員にマレー人は存在するものの、私立であることから民族比(※ブミプトラ制度)の規定は特になく、ほとんどが華人で、一部インド人という感じでした。マラヤ大では華人とマレー人が一緒のグループになって仲良くしている姿を見ませんでしたが、UTARでは、華人とインド人で仲良くしている姿を見かけることがありました。マレーシアの学生で日本に興味がある学生は、日本語のレベルに差はあるものの、皆日本のアニメにすごく詳しくてネットなどで日本のアニメ文化に触れているようでした。いつも思うことなのですが、私自身がアニメについてほとんど無知なので、もっと知っていればよりスムーズに交流ができるのだと思います。

ついでですが、Ipohは美食の街と言われてるだけあって、もやしチキンやホーフェンがとっても美味でした。機会があれば(多分ないですが)、また訪れたいです。
posted by masutanis at 23:34| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マレーシア合宿

北マレーシアのペラ州イポーにて8/3から8/8まで海外合宿を行いました。
私たちが訪れたイポーはマレーシア第3の都市と呼ばれる地であったため、クアラルンプールのような都会を想像していましたが、そのような大きい都市ではなく、のどかな雰囲気ももつ場所だと感じました。

マレーシアに訪れるのは1年生の早期体験プログラムでサラワク州を訪れてから2回目で、1年生のときに感じた『先住民族』の強いイメージとは違ったものでした。今回の合宿では、先住民族はイポーを訪れた際に駅前でバスに乗る先住民族の団体を見ただけで、実際に関わることはありませんでした。
今回の合宿では『多民族国家』であるというイメージが強く残っています。毎食口にした様々なタイプの料理によって、インド系、マレー系、中国系それぞれの民族によりマレーシアという国が構成されているということを感じました。
現在は華人が減少しているようで、マレーシアは国内に国際問題を抱えこんでいる国とも言うようです。
クアラルンプールで1泊したのですが、まず朝起きた時に外からコーランが大きい音量で聞こえてくることに驚きました。これに対して、華人はエキゾチックで良いと思う人もいればうるさいと思う人もいるようです。
朝食を食べるのにホテルの周りを軽く散策したのですが、ヒンドゥー教の寺院があったり、キリスト教の教会があったりと、様々な色を感じました。

あと道端に檻に入った猿がいたのが衝撃的でした。(笑)謎です。


合宿2日目からはペラ州カンパールへ移動し、UTARで日本語を学ぶ学生との交流がありました。
学生は基本的に真面目な印象で、何となく適当なイメージのある東南アジアと少し違っていました。(わたしにとって比較対象のフィリピンの学生が適当すぎたのかもしれないですが。)
日本語クラブの学生は、日本でいうオタクと同じテンションだったような印象です(笑)アニソンに合わせて真面目に踊ってる子とか、日本のオタクの人と盛り上がりそうだなと見てて思いました。アニメや漫画の力って凄いなと単純に感じました。
学生の中には日本に留学する予定のある子ももいて、お金持ちの学生が通う大学なのだろうと思いました。
UTARの学生は華人が多かったような気がします。


イポー市の観光はウォールアートやおしゃれなカフェなどがあるお店を見たり、植民地時代の建物を見たりしました。
植民地時代の建物をめぐる町歩きでは、日本の植民地時代に関わるお話もでてきて、ここで暮らす人々にとっての日本人のイメージはどういったものなのだろうと感じました。
また、イポー市が日本の福岡市と姉妹都市であったことも知らなかったので驚きました。

ペラ州イポーはマレーシア第3の都市とのことでしたが、のどかな雰囲気もあって、都会っぽくない印象が良かったです。
おしゃれな街、という印象です。

ペラ州は錫がよく取れたことで有名な地で、それに関する博物館がカンパールにもイポーにもありました。


最終日に宿泊したプトラジャヤのシャングリラホテルについては、外観が少し古くさくて不安に思いましたが中は綺麗でした。
スイートルームを見せていただくことができて、118部屋あるうちの5部屋がスイートルームとのことでした。
presidential sweetという部屋にはシラク大統領やシューマッハも泊まったことがあるそうです。
客室稼働率は50パーセントとのことでした。

プトラジャヤという都市は新しい都市で、1990年の新都心計画によって開発された都市のようです。シャングリラホテルの敷地内にあるパークにあったモニュメントに、2020年までに先進国入りを目指すという記載があり、たしかに綺麗な整った都市のプトラジャヤだけを見れば、先進国入りも近いのかなと感じました。
プトラジャヤは道路も整備されていて綺麗な建物が多く、首相官邸や国会?もあり、日本の国会議事堂のあるあたりのような印象でした。


今回の合宿はクアラルンプール、カンパール、イポー、プトラジャヤと違った顔を持つマレーシアの都市を見ることができ、マレーシアに対する印象が変わりました。
ルックイースト政策は現在も進行中のようですが、先進国入りは果たすのでしょうか。


3年 竹中玲香
posted by masutanis at 20:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月21日

屋久島ツアー YNAC松本毅さんのお話しを伺って

『分散を妨げるもの』をテーマとして9月14~17日までの屋久島ツアーに参加をしてきました。このツアーの直前に体調を崩してしまったため、正直行く前は乗り気ではなかったのですが、合宿を終えた今は「最高に充実していて楽しかった!」が率直な感想です。前記したテーマを掲げて島を回ったことで、この旅がただの「旅行」ではなくなり、自分の脳内でぐるぐると考えながら歩くことが出来たために満足感を感じることが出来たのではないかと思います。屋久島なんてどうせ歩き回って疲れるだけだろうという私の予想を見事に打ち砕いた出来事のうち、このブログでは、特に印象的で屋久島観光について考えさせられたYNAC代表取締役・松本毅さんのお話しを中心に書こうと思います。

1日目の夜、宿泊した研修センターの中にある大きな視聴覚室にて松本さんをお招きして「ゴールデンルートからの分散」というタイトルの元、講義をしていただきました。
YNACはYakushima Nature Activity Center(屋久島野外活動総合センター)の略で、代表取締役である松本さんが1993年に創設した会社です。彼は屋久島出身ではないにも関わらず、YNACと同時に屋久島海洋生物研究会を発足させているほど、屋久島を知り尽くしていらっしゃる方でした。屋久島の魅力に惹き込まれ、その「本当の」魅力を世に広めたいと考えて活動をなさっている方であるのだということが話全体を通して受けた印象です。

世界遺産に登録されたのは縄文杉が評価されたからだと勝手に考えてしまいがちですが、実はそれだけではないことも詳しく教えていただきました。屋久島は一つの島でありながら様々な顔を持つ島です。海岸部は亜熱帯気候で九州や沖縄と同じような気候であるのに対し、中心部は標高が2000mほどで高いため亜高山帯地帯となり気温は北海道とほぼ同じなのだそうです。そのため、「屋久島には日本列島すべての自然が凝縮されている。」というような言葉を島のあちこちでよく耳にしました。1993年に屋久島が世界遺産に登録された後、意外にも観光客は増加せず、むしろ噴火などの災害により減少したということも驚きでした。観光客が急増したのはジブリ映画「もののけ姫」公開後だったそうです。

屋久島への観光はどうしても縄文杉を見に行くという事とイコールに結びついてしまいがちですが、縄文杉は島の住民からすれば、初めて東京に来た人が東京タワーに行かなくては!と思うのと同じように見えるそうです。東京タワーに行けば東京らしさは確かに味わえるけれど、もっと他に行く価値のある東京らしい場所がある。「そんな風にイメージしたらわかりやすいでしょ?」と松本さんは笑いながらおっしゃっていました。その例えは非常に想像しやすく、観光客が縄文杉ばかりに行ってしまうために他の場所の魅力に気が付けない島の方々のもどかしさが少し自分に引き寄せて感じる事が出来ました。

松本さんのお話の中で興味深かったのは観光客の「観光の仕方」に対する指摘でした。YNACはツアーガイドをする際、仕組み、体験、癒し、の3つのことをお客様に大切にしてもらいたいと考えているそうです。

まず、【仕組み】とは、前述したような屋久島の気候や植物の仕組み、「なぜここにこのような植物が生えるのか?」と考え、学びながらトレッキングをすることを指します。例えば、屋久島でしばしばみられる着生(木の上から別種の植物が生えること)は栄養豊富な苔があるおかげだということや、屋久島は植物にとっては根をはりづらい過酷な場所で、だからこそ樹木の年輪は密度が濃く、また長生きするのだということを私たちは教えていただきました。

第二に、【体験】とはそのままの意味で、実際に体で植物に触ったり、生き物を見たり、雨を浴びたりすることを指します。実際、私も黒味岳登山の際に葉の後ろに毛が生えた面白い植物に出会いました。標高が高くなるにつれてその毛は長くなりふさふさとしていてまるでフェルトのようでした。ガイドさん(屋久島のやっくんというニックネームの方でした)によると、この葉は冬になると毛を内側として丸くなり、寒さや雪によって葉が死なないようにするのだそうです。そのために標高に比例して裏側の毛がより長くなるのだと教えていただきました。

最後は、松本さんが最も大切だと言っていた部分で、【癒し】です。これは屋久島を歩くことでここでしか味わうことのできない神秘的な自然を感じることを指します。屋久島に行く際、観光客の多くは「欲張り」になってしまうのだと松本さんはおっしゃっていました。あれもやりたいし、これもやりたいし、となると予定を詰め込みすぎてしまい、結果的に屋久島に行ったという事実だけに満足してしまうのだそうです。そうではなくて、登山を例に挙げるならば、山頂や縄文杉などのゴールへ向かうまでのプロセスが一番大切なことであるということです。途中で出会った不思議な形をした杉や多様な種類の苔、休憩時間に飲んだ川の水の味や柔らかさなどが本当の意味での「癒し」を与え、もう一度屋久島に行きたいという気持ちを起こさせるのだとおっしゃっていました。また、癒しを充分に求めない結果として、ガイド離れが起こったともおっしゃっていました。現在、屋久島に関する詳しいガイドブックが多く出版されています。そのことによって、人々は1万円ものお金を払ってガイドを付けるより、
1000円のガイドブックで済ませてしまうのだそうです。結果として、島の人ならではの情報や、森の楽しみ方を知ることなく、ただガイドブックに載っている情報の確認で終わってしまいます。そうではなく、島の事に詳しい専門家であるガイドさんについていただくことで、より屋久島の魅力を肌で感じることが出来ます。

話を聞いていて、それは、美術館で音声ガイドを借りる行為に似ているなと思いました。自分の目で見たままに絵を鑑賞するのも一つの楽しみですが、音声ガイドは、作品そのものの解説のみならず、画家の生い立ちや時代背景、またその作品に合った音楽を流してくれる場合もあります。その付加的情報はただ絵を見て通り過ぎるよりも多くの満足感を得られると思うのです。ガイドしばしば、松本さんはお客様から、「見ておくべきところはありますか?」と聞かれるそうです。彼は、その質問に対して、「それはあなたの行きたいと思うところです。」と答えるそうです。加えて「たまには一日なにも予定を入れないで海辺でのんびりと過ごすのもいいですよ。」とアドバイスなさるとおっしゃっていました。なぜなら、屋久島に来て本当に良かったなと満足感を得られる時間を過ごしてもらいたいからだそうです。本当に、島の魅力を知り、それに対して誇りを持ち、また愛しているからこそこのような答えになるのだろうと思いました。初日に、松本さんからお話を伺うことが出来たおかげで、2日目から最終日まで山や森を思う存分に楽しむことが出来ました。もう一度行ったからいいや、ではなく季節や場所を違えてまた訪れたいと思うことが出来ました。

以上のように、松本さんは主にガイドに焦点を当てて、「分散を妨げるもの」をテーマにお話してくださいました。松本さんの言葉で印象的だったものがあります。「エコツアーは“情報産業”であり、ガイドではない。タクシーではなくて映画のようなものだ。」ただ目的地にまでガイドさんに連れて行ってもらい、写真を取るだけで終わってしまうのではなく、オープニングから地質や気候、植物とのふれあいや、生物の理論を学習するプロセスを踏むことで、クライマックスである目的地ではより多くの感動を得ることが出来るのです。結果としてこれは屋久島リピーターの増加につながり、それはさらに「分散」へとつながっていくと考えられます。「ガイドさんを付けない」という実態、またその原因となる詳しいガイドブックの普及や、観光客の自然を十分に感じる余裕のなさは分散を妨げる一つの要因であるかもしれません。


kanko14

中島 加奈恵
posted by masutanis at 18:02| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月19日

マレーシアゼミ合宿

8月3日から8日にかけて、マレーシアの西海岸に位置するペラ州を訪れた。今回のゼミ合宿では、首都のクアラルンプールを始め、カンパーやプトラジャヤなどを訪れ、多民族国家ならではのマレーシアの食・文化・町並みを見ることができ、非常にいい経験となった。

また、前回早期体験プログラムでマレーシアに一週間滞在した時とは、全く異なるマレーシアの姿を見ることが出来た。私は、2
年前にマレーシアを訪れた際、クアラルンプールとタマンヌガラに滞在した。その時の印象では、あまりマレーシアに対してポジティブなイメージを持つことが出来なかった。(ごめんなさい)
KLのアロー通りや、ツインタワー以外栄えているという印象はなく、電車は何時間も停まる、街中何かしら臭い、虫が多いといったネガティブなイメージが私の中では強かったのである。

しかし、今回再度訪れてみて、そういったマレーシアに対するネガティブなイメージよりも、ポジティブなイメージが増える結果となった。行程を振り返りながら、前回感じたことと比較し、今回のゼミ合宿について述べたい。

まず1日目は、KLに滞在。前回訪れたセントラルマーケットやGEOホテルに行くことができ、とても懐かしい気持ちになった。この日食べた夕食は、マレー料理と中国料理がミックスして生まれたニョニャという料理であり、正直私の好みではなかった(ごめんなさい)。

2日目は、KLでわずか2リンギ、日本円にするとわずか60円ほどの朝食を食べ、マレー鉄道に乗り、ラーマン大学のあるペラ州カンパーへ。約2時間、マレー鉄道に乗っていたため、KLからカンパーまでの都会から田舎へ、プランテーションなど車窓の景色を楽しむことが出来た。そして3日間滞在するUTARの学生寮へ。中国に比べ、想像よりも綺麗で設備の整った寮にはとても驚いた。

そして3日目には、UTARの学生との交流会、日本語クラスサポートへ。UTARはとても広く、錫が盛んであったために出来た人口池が多いという印象を受けた。また、マレーシアは、マレー系が7割、中華系が2割、その他1割という構成の多民族国家であり、主にマレー系が一番多いため、イスラム国家として思われがちである。しかし、UTARの学生は、ほぼ100%が中華系の学生であり、マレー系やイスラム系とはあまり関わりたくないという印象を受けた。マレー系と中華系について調べてみると、マレーシア国家自体がマレー系を優遇するブミプトラ政策を行っているということが分かった。一例を挙げると、公務員や警察官、その他インフラ系の堅い仕事に就けるのはマレー系のみなどがある。今まで気にしたことはなかったが、確かにクアラルンプール空港を見ても、職員は皆マレー系の職員である。このような現状のため、今年に入ってからブキビンタンで、マレー系と中華系の民族が争う暴動が起こっている。このように、日本では感じることはあまりないが、国内に国際問題を抱えているのが多民族国家特有の問題なのである。また、今まで私は民族国家というと、多くの民族が共存しているため、平和的なイメージを持っていたが、お互い不干渉でバランスを保っているという現状にはただ驚き、また自分の無知さを痛感することになった。

そして交流会、日本語クラスサポートでは、皆日本語を勉強しているということもあり、やはり日本のサブカルチャーに強い関心を持っているという印象を受けた。アニメや漫画はもちろん、コスプレが好きということにはとても驚かされた。日本と同様、コスプレのイベントなどが開催されているなど、マレーシアの日本のサブカルチャーへの強い興味、関心を感じることが出来た。

そして4日目は、映画「セカンドバージン」のロケ地ともなった州都イポーへ。町並みやウォールアート、KELLIES CASTLE、錫の博物館、KEK LOOK TONGなどを見てまわった。余談ではあるが、ウォールアートの作者が行方不明になったマレーシア航空便に乗っていたらしい。

またイポーは、グルメタウンとしても有名であり、その理由としては周囲に広がるカルスト台地の山々から湧き出す水にアルカリ成分が多く含有されているからだと言われている。今回の合宿ではイポーの名物料理である、イポースプラウトチキン、ホワイトコーヒーなどを食べる機会があった。私は、前回マレーシアを訪れた際に、ご飯が凄く美味しい!という印象はあまりなかったが、今回のゼミ合宿では食べるものすべてが美味しいという印象を受けた。

そして最終日には、プトラジャヤでシャングリラホテルの体験宿泊。プトラジャヤは、開発中の連邦直轄領であり、KLとクアラルンプール国際空港との間に位置する行政新都市である。私は、クアラルンプール以外にもこのように、先進国に劣らない新都市があることを全く知らなかったので、とても衝撃的であった。発展途上国ならではの大規模開発を見ることができ、とても意味のある体験であったと感じる。

文章がめちゃくちゃになったが(ごめんなさい)、以上がマレーシアイポー合宿の行程、振り返りである。前回とは違った観点から、マレーシアを再度見ることができて非常に良い経験となり、マレーシアを再訪してよかったと改めて感じた。また、今後マレーシアのブミプトラ問題についてもう少し調べてみたいと思う。

一言で今回のゼミ合宿をまとめると、本当に楽しかった!!


窪田 紗帆
posted by masutanis at 13:16| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月18日

屋久島合宿

9/14~17で屋久島へ行ってきました。
わたしは去年も参加したので屋久島を訪れるのは2回目だったのですが、今回は人数も多く、研修センターでの滞在だったので、去年とは何かと違う点が多かったです。
そしてなにより今回の合宿のテーマが「分散を妨げるもの」ということで、縄文杉には登らないという、多くの旅行者とは少し違った日程で行い、縄文杉を訪れた去年の経験と比較することができたのでよかったです。
先生の「分散を妨げるもの」についての論文を読んで、"縄文杉を訪れない"ことでオーバーユースを防ぎ、さらに里のエコツアーなどの地域振興を促進することにもつながり、屋久島全体の活性化につながるということが分かりました。
しかし今回の合宿を終えて、"妨げるもの=縄文杉"という方程式に疑問を感じる結果となりました。
天候に恵まれた去年とは違い、ひどい雨に見舞われることが多かったということもありますが、屋久島の魅力は前回に比べるとあまり感じられませんでした。ただ単に"2回目だから"という訳ではなく、ガイドの違いが大きな要因だと感じました。
屋久島にとって、ガイドというのは本当に大きな存在だと去年訪れたときにも感じましたが、今回はよりいっそうガイドの重要さを感じる結果となりました。
去年は島津さんをはじめ、YNACの松本さん渡部さん、縄文杉のガイドさん...といかに恵まれていたのかを実感しました。
素晴らしいガイドさんに屋久島を案内していただいたからこそ、本当に屋久島のことが大好きになり、もう一度訪れたいと思うきっかけになりました。
彼らがいなければこんなにも屋久島のことを大好きにはなっていなかったと思います。
旅行先で会った人がその旅行先のイメージにつながる、というのは色々な所を旅行して自分自身感じていることでもありますが、地域と人と交流したりお店の人と仲良くなったりという交流以上に、ガイドが屋久島全体のイメージに与える力は本当に絶大だと思います。
私は普段個人で旅行する際にツアーガイドやパックツアーを利用することはほとんどありません。
観光の授業でも出てくることそのままのようですが、大衆観光に対する抵抗感というか、、、。
ですがもし友達が屋久島に行くと言ったら絶対にガイドさんに案内してもらうことを心からおすすめします。
ガイドさんに案内してもらうかしてもらわないかでは全く印象が変わるからです。


今回は縄文杉を訪れない代わりに、去年は訪れなかった屋久杉自然館や文化村センターを訪れました。
そこでのお話は非常に分かりやすく、自然館にあった縄文杉の枝や縄文杉の実物大の線は、縄文杉の壮大さを感じさせるものでした。
しかしここで一番印象的だったことは、ここで聞いた話のほとんどを去年聞いて覚えていたことでした。
これは屋久島の歴史や成り立ち、屋久杉だけに限らず、木や植物の種類や特性、二代杉や三代杉の存在、ほんとに小さなことまで覚えていました。
一年経っても忘れていなかったのは、ガイドさんに縄文杉や屋久杉ランドを案内してもらいながら、そのひとつひとつを実際に見て触れて感じたしてからだと思いました。
去年の経験なしにこのような話を聞いても小学校の修学旅行のように"勉強感"しかなく、印象も薄いまま終わってしまい、1年後どんな話を聞いたかは覚えていなかったのではないかと思います。
これはガイドブックも同様だと感じました。
ガイドブックにどれだけ詳細に木々や植物、苔、動物、歴史について書いてあったとしても、事実として捉えることしかできず、それを実際に見ながらガイドさんに言葉で説明してもらうのとでは、歴然の差があると感じました。

去年一緒に訪れたメンバーの中でも白谷雲水峽が一番好きな人、里のエコツアーが印象に残った人などそれぞれでしたが、私は縄文杉が一番印象に残っていたといっても過言ではありません。
しかしそれは縄文杉自体の素晴らしさではなく、到達するまでの道のりが一番印象に残っています。
夫婦杉やウィルソン株を見たり、トロッコ道を歩いたり、湧水を飲んだり、木々に囲まれて岩に座ってお弁当を食べたり、ガイドのおじさんがお味噌汁をくれたり、全ての過程が楽しかったです。
なので、オーバーユースなどの問題はあるかもしれませんが、ゲストスピーカーであった松本さんのお話にもあったように、現在屋久島に来る観光客の数が減りつつあるという現状からも、縄文杉の存在は屋久島の観光において欠かすことができず、屋久島を訪れる原動力になるだけではなく、多くのリピーターを作り出すことにもつながるのではないかと思いました。
このことから、"縄文杉が分散を妨げている"と考えるのではなく、縄文杉を含め屋久島を訪れた人に心から屋久島の魅力を理解してもらい、それによってリピーターを増やすことが分散につながるのではないかと感じました。
そしてもっと屋久島の良さを知ってもらうための案として里のエコツアーを提案し、地域の人とのつながりを増やすことでより屋久島の魅力を理解してもらえるのではないかと思います。
もう一つ、分散を妨げている理由として挙げられるのが、縄文杉や白谷雲水峽など目玉といえる観光地以外の観光設備があまり整っていないという点です。
今回縄文杉の代わりに初めて黒味岳を訪れましたが、その際初めて携帯用トイレを購入しました。
実際に使うことはありませんでしたが、黒味岳には入り口と入り口から1.5km(?)地点にしかトイレがなく、また1.5kmにあったトイレは悪臭がひどく、電気もつかないという状況でした。また入り口地点にはお店はおろか自動販売機すらなく、これらは黒味岳の観光の妨げの1つになっているのではないかと感じました。

里のエコツアーに関しても、今回は前回よりたくさんの方と交流ができ、見どころも多く、大変楽しい時間を過ごすことができました。さらに今回はゲストスピーカーの方にお話を聞くことができたことで、里のエコツアーでの報酬は9割が地域に配分されていることや、地域にお金がおちるシステム、外からのまなざしによる伝統文化の見直し、地域の人々の誇りの形成、生きがいなどたくさんのメリットがあることが分かりました。
それと同時に後継者不足や交通の便によって観光客数が左右される現状など課題もたくさんあることが分かりました。
前回訪れるまでは里のエコツアーの存在すら知らず、ゼミで来ていなければ知っていたとしても参加していたかどうかは微妙なところです。
現在里のエコツアーの事務局の方が集落ごとのリーフレット作りや、HPで掲載し紹介しているそうですが、まだ多くの人には浸透していないのが現状だと感じます。
里のエコツアーの魅力の1つとして地域の人との交流が挙げられますが、旅行者としてはお金を払う以上、ある程度の満足度が求められ、それを確実に提供できる保障が今のエコツアーにあるかということには疑問があります。
以上のことから、現段階では"縄文杉が分散を妨げている"ということに関しては反対です。
しかしリピーターの増勢、里のエコツアーの活性化など分散させるための方策は考えていくべきだと感じます。
YNACの松本さんがおっしゃっていた「屋久島リニューアルしました!」というフレーズには大変圧倒されました。

前回携帯の容量がいっぱいで思うように写真が撮れなかったので、今回いい写真(特に苔♡)がたくさん撮れたので、よかったです。
また前回より人数も多くにぎやかで楽しかったです!

次屋久島に来る時は、リバーカヤックと海ガメに会いに行きたいです!
それか冬!!


3年 中野瑞希

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マレーシア合宿 2015.8.3-8

8/3〜8/8にかけてゼミ合宿でマレーシアのペラ州を訪れた。

マレーシアはトランジットで入国した経験があるが、滞在は今回が初めてだった。今回の合宿では目的地のペラ州のみならず、首都のKLやPuterajayaという行政都市にも滞在し、マレーシアの様々な文化・街並み・産業・食などを見て聞いて体験する非常に充実したゼミ合宿であった。そして、昨年の延辺合宿に引き続き今回のマレーシア合宿でも現地担当を務めることとなり、UTAR(University Tunku Abdul Rahman)という現地の大学で日本食についてのプレゼンを行った。このプレゼンが今回の合宿の中で、私にとって大きな意味をもつものとなった。

民族構成が極めて複雑で、典型的な多民族国家として知られるマレーシアだが、今回の合宿を通してマレーシアにおける「多民族」とは何かということについて考えさせられ、またそれを肌で体験した。

UTARで日本食についてプレゼンをした時「なぜ、日本でハラルフードなのか?」という質問を華人系の学生から投げかけられた。その質問の根底には、「日本人とムスリムに何のそこまで深い関係があるのか?」という疑問があったのだと後から気づかされた。ここにマレーシアの抱える多民族国家の実態を多少なりとも見て取ることができた。その華人系の学生は何もムスリムに対して敵意を抱いていたわけではなく、同じ国に住む華人系とムスリムでさえも、互いにほとんど干渉をしない(むしろ多少の緊張状態があるくらいの?)関係なのに、なぜ日本人がそこまでムスリムと関わるのかが疑問だったのだろう。
そして、このプレゼンに対する質問だけにとどまらず、民族間同士のちょっとしたいざこざが原因で禁酒令が出たことや過去には5月13日事件という民族衝突もあったという話を通して、多民族国家マレーシアにおける民族間の関わり方に私はとても興味を抱いた。これまで私はマレーシアに対して他の多民族国家と比べても民族が互いに共存しながら発展してきた国であり、相互の混血や交流も盛んなのだというイメージを抱いていたが、実際のところ思っていたほど平和的なものではないのかもしれないということ、自分がマレーシアに対してあまりに無知であったことを痛感した。しかし、これも新たな発見であり、多民族国家としてのマレーシアに興味を抱くきっかけとなったので非常に貴重な経験だったといえるだろう。

土佐嘉孝
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2015年09月17日

延辺ゼミ合宿

北朝鮮とロシアの近く、朝鮮自治区である中国の延吉に行ってきた。僕にとって日本以外のアジア、及び20人くらいでの海外は初めてのことで貴重な体験だった。毎観光で考えることは勿論色々あるが共通して興味出るのは現地、そこにいる人たちどんな人たちなのかということと音楽をメインにする娯楽についてだ。旅行先にいる人々はそれが現地の人でなくても何かそこにいる理由がありそれは自分とは違うポイントで面白い。延辺ではゼミのスケジュールもありそこまで多くの時間がなかったがそれでも色んな人達との出会いがあった。一番に思い出すのは国際シンポジウムにプレゼンターとして来ていた中田という氏の親子だ。父の方が特に面白くて、格好、髪型がお坊さんなのだがピアスを開けて酒タバコを呑みまくるという男だった。言動も格好には似つかわしくないもので「シンポジウム前に女を抱いてきた」など言っていた。しかしこの男、ただ快楽にだけ走っている不良坊主ではない。天安門事件を生で体験し足にはその傷が残り、そしてあと余命一年という人だった。彼から言われた「君は〜したいが多いよ、黙って〜すれば良いんだよ」は何だか凄く重くて貰った偽ドラエモンのイヤホン(音質悪い)と共に忘れないと思う。
二人目には僕はギターを探していたのだが(結局借りることはできなかった。それだけ浸透してないという発見が出来たから良い)、音楽関連ということでクラシックの先生を延辺大学でしているチューバ奏者のマンさんを思い出す。彼は僕の二つ隣の部屋に住んでいて、「コーヒーは好きかい」と自分の部屋に招待してくれた。その部屋は凄く整頓されていて家具もかなりの数があった、思えば延吉で唯一のリアルライフを送っている人の部屋かもしれない。またそのコーヒーはインスタントではなく豆を挽いてくれた。そのコーヒーを飲みながらクラシックの話をしたり聴いたりした。コーヒーは美味しかったが都にかもかくにもクラシックの楽譜を見た時になんだか凄く安心した。ちゃんとあるんだ、ということが嬉しかったし、うん良い人だった。
遅れちゃってすいません。
kanko14 菅家正礼
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2015年09月14日

延辺ゼミ合宿

私は中国の東北に位置する延辺に行ってきた。16日北京を訪れたときは、あふれかえるごみや色々な食べ物が混ざったにおいがし、さらには買ったアイスもドロドロに溶けていて少し驚いたが中国に来たのだなと実感するきっかけにもなった。
そして、翌日延辺に着いてみると空港の建物の掲示板やお店の看板には漢字とハングルの二か国語表記だった。実際にピザとかを食べたお店では接客をしてくる青年は英語がまったくできず、メニューを指さしたり、手振り身振りで大きさなどを聞いたりした。お店にはお客さんの寄せ書きが多くあり、ほぼ漢字と朝鮮語であった。また、超市(スーパー)でも英語ができる店員さんは少なかった気がする。朝市で欲しいものがあって値段を聞いても中国語で返ってきて理解できなかったので、紙に「多少銭」と書いて渡すと何元か書いて教えてくれたので筆談が役に立つとも分かった。他のメンバーが「こっちでは英語をやるなら朝鮮語を優先する。」と言っていたのを聞き、朝鮮族が多いから納得した。私は英語がどこの国でも使えると思い込んでいたが、国やその地域によって使用し重視する言語はそれぞれであるということを再認識した。他の国においても、その地域と使用言語の関係性、歴史、文化について興味を持った。日本の学校のカリキュラムでは見ることがないようなことがあった。軍事訓練である。大学内を歩いていると校内を隊列行進を行い、朝早くに起きて散歩をしていても、延辺大学のの学生は早朝から行進をしっかとやっていた。この軍事訓練の目的は学生の政治意識や愛国心の向上であると聞いた。延辺大学の一年生は入学して一か月は訓練するそうだ。運動場での訓練を少しのぞいたが、整列などの集団行動に重きを置いているようだった。あと私が個人的に面白いなと感じたのは朝市だ。衝撃的な食材が多かったということもあるが、中国料理が売っていたエリアなんかは目の前で料理を作り、朝早いのに多くの人が訪れていてとても、活気づいていた。舛谷先生が「あの人なんかお店の人だろうな、沢山買ってる。」とおっしゃっていたのを聞いたのと、日本人が私たちぐらいしかいなかったので、中国の人々の生活を支えている場を見れた気がしてなんだか嬉しくなった。揚げたての饅頭と野生のブルーベリーがとても美味だった。
今回私は中国語も朝鮮語も全くしゃべれなかったので延辺大学の学生さんの存在は大きかった。防川国境観光や龍井・市内見学の際は中国語、朝鮮語を日本語にして説明してくれてただ、観光に来ただけじゃわからないようなことも知れた。ただ聞いているだけじゃなく質問なんかもできればよかった。
日本に帰って、多くの人に中国はどうだったかと聞かれ、学会や長白山、防川国境観光、龍井・市内見学のことと中国の人が日本人の私たちを快く歓迎してくれたことを話すと驚かれる場面が多かった。日本人の大半は中国に対して良いイメージを持っていないなと感じた。その分私たちは中国に行き現地の人々と交流をし、いい経験ができたと思う。
岩見健
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延辺合宿

今回のゼミ合宿で私は初めて中国を訪れた。
正直、この合宿に参加する前まで私は中国に対してあまりいい印象を持っていなかったし、この合宿がなければ訪れようと思ったこともない国であった。中国人はきっとみんなマナーもよくないし愛想もよくないだろう。中国の街中はゴミが溢れているんだろう。北京、上海、香港以外は田舎だろう。そんなほぼ確信ような先入観を持ってこの合宿に臨んだため、滞在中はショックを受けることが多々あった。
初日乗り継ぎのために降り立った北京では郊外だったため、ホテルの前の通りが生ゴミ臭く、道端で野菜を売ったり服を売ったりと、想像していた北京の街並みとは大きく異なっていた。一方延辺では、きっと田舎で何もないだろうと思っていたが、北京空港の周りとは比べ物にならないくらい都会で、人も車も多く夜でも明るい街であった。
中国人はみんな日本に嫌悪感を抱いているだろうと思っていたが、延辺大学の学生と交流をして、そのような人たちばかりではないということがわかった。延辺大学の学生たちは積極的に話しかけてきてくれたり、日本語を使っていたりと、むしろ日本にプラスのイメージを持っているように感じた。また、2日目の昼食時に訪れた冷麺屋の店員で10年日本に留学していたという人がいたり、帽子山に登った際、娘が日本で暮らしているという人に出会ったり、日本に関係がある人たちが結構多いことがわかった。
悪い面で想像を越えている部分もあった。例えば、レストランやコンビニなど店の店員の態度が、日本では考えられないほど無愛想であった。おそらく中国ではそれが"普通"とされているのだろうが、普段日本のおもてなしの精神のサービスを受け、それに慣れてしまっていた私はどうしても違和感を感じ、また、嫌な態度だと感じてしまった。他にも、英語の通じなさにとても驚かされた。もちろん、日本は世界の中でも英語が通じない国として評価されているが、中国はそれ以上なのではないか、と思った。北京空港で英語を使って質問をしても中国語で返され、わからない様子を伝えても、こちらにわかるよう身振り手振りを加えて説明するというようなことはなく、ひたすら早い中国語で返事をされ、まくしたてられているように感じた。日本では空港など外国人の客が多いところ以外ではあまり英語が通じるとは言えないが、どうにかして理解しよう、伝えようという態度が伺える。しかし中国では街中の店で中国語がわからないと伝えても、理解し合おうという気持ちがあまり見えなかった。
もちろん、笑顔で対応しサービスもよく、素敵な店員のいる店もあった。しかし、そのようなお店は中国というよりは韓国寄りのお店が多いように感じた。このようなことから、やはり、サービスの面で国によって文化が異なり大きく違いが出るんだなと実感した。
この合宿を通して、私はいかに今まで自分が勝手なイメージで物事を判断していたかがはっきりとわかり、それと同時に実際に行って、見て、肌で感じてみないわからないことも多いんだなと思った。また、文化の違いも感じることができ、今まではマナーがなってないなどという私の価値観を押し付けた評価で様々なものを見てきてしまっていたが、それが文化であると受け入れられるようになった。この合宿は私にとって自分の考えを大きく変えた、貴重な機会となった。

中川有紗
posted by masutanis at 05:05| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

延辺合宿

今回の延辺合宿では、長白山でのマスツーリズム、マナーや交通ルールの違い、使用言語の多様性など、あらゆることに気付き、体感したが、中でも特に私は「ICT」、「食」の2つが私の延辺合宿の大きな関心になったと感じる。

まずは「ICT」についてだが、「Wi-fi」と「VPN」の二つについて日本と比較しながら述べたい。まずこの合宿を通して私は、中国のWi-fi環境は日本よりも制限が少ないように感じた。例えば合宿中、様々な飲食店へと足を運んだが、基本的にどの飲食店にもWi-fi環境が整備されていた。しかし、日本では中々Wi-fiが広く普及せず、例えば全国的チェーン店である「マクドナルド」では、Wi-fiの使用に対してキャリアの制限がかかっているなど不便さが残る。また、たった数十分の使用のために会員登録等を要求することが多く、手軽とは言えない。公共交通機関のWi-fi環境に関してだが、今回使用した公共交通機関の内、空港等の国際的に人口が流入する施設内では日本とのWi-fi環境の違いは特に見られなかったが、5日目に使用した高速道路において違いが見られた。日本ではNEXCOが管理するSA・PA等ではWi-fi環境が整備されているが、中国の高速道路では道路を通行している際にもWi-fiを使用することができた。高速道路を使用する際、通行中でもWi-fiが使用できるというのは、車内での暇つぶしに有効であるなど、サービス面で優れていると言えそうだ。ところが「VPN」に関する話となると、中国は制限の多い国であると感じた。Twitter, LINE, Facebook等の世界的にシェアが拡大しているサービスを中国ではVPNを介さないと使用できず、延辺大学のとある学生さんはこれらのメディアから情報を得られないことに不満を感じていた。また中にはWi-fiが使用できても、VPNは使用できないネット環境も見られた。この制限を知り、私は中国が社会主義国であることを再認識し、携帯のキャリアもネットワークが国営で徹底的に管理されていることに、人々の情報公開・知る権利が阻害されているように感じた。「Wi-fi」と「VPN」という二つの切り口では、中国のICT環境について肯定的か否定的かと意見が分かれた。情報通信技術は今後も発展し続け、国際的に非常に絡み合う事物だと考えられるので、日本・中国双方の動向を追いたいと感じた。
次に「食」についてだ。海外という異文化に飛び込むと必ずと言っていいほど食文化の違いに圧倒される。今回は、延辺が朝鮮民族自治州の一部であるため、円卓に大皿が並べられていくような典型的な中華料理の他に、ビビンバや冷麺などの韓国料理も楽しむことができた。このように文化が混在しているという延吉らしい点を、食を通して知ることができたのは面白い。また、「熊博士」という「HARIBO」にそっくりなグミのお菓子を見つけ、模造品があるというステレオタイプな中国の一面も見ることができた。加えて他のアジア諸国と同様にここでも夜になると屋台が並び、ご当地料理を手軽に食すことができた。屋台は地元を表す、アジアといえば屋台、と単純に私は考えてしまいがちなので、日本の博多、ベトナムのホーチミンなどの他の屋台文化についても更に深く知りたいと思えた。そして何より興味深かったのは珍味である。2日目のバイキングにて米の腸詰、4日目の晩には養蚕を食べたり、7日目の水上市場では人差し指大の芋虫や犬が丸ごと販売されているのを見たりと、日本にはない新鮮な体験をすることができた。食は人々の生活から切り離せない重要な要素であり、珍味はその地の人々の文化を特徴的に示す。例えば、なぜ腸に米をわざわざ詰めたのだろう…などと素朴な疑問から珍味を見ることで、さらに異文化に対して深い理解を示せるのではと考えた。珍味を珍しいものと足らしめる理由は尽きず、珍味という「食」から文化の違いについて再考するのも面白そうであると感じた。

 最後におまけとして、滞在中、延辺大学の院生さんから中国の漫才である「相声」について教えてもらった。外国人の方とおしゃべりすると得るものばかりで本当に楽しい。これからも自分の好奇心のままに、様々なことを体感し、思考したいと思った。

斉藤朱里
posted by masutanis at 03:32| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

延辺合宿

シンポジウムの最中、延辺大学の学生と話す機会があった。彼らのなかには、中国国内ではfacebookやLINEが使えない(We chat"というSNSが主)ことに不便さを感じる人もいて、「世界との距離を感じる」という研究生の台詞が印象的であった。
日本語学科の学生だから尚更かもしれないが、日本のドラマやバラエティ番組に対してとても敏感だった。大学で教授から教わる日本語は古いらしく、現在放映されているドラマを見ていた方がより新しい日本語に触れられるそうだ。中国のテレビ番組は見ないのかと訊ねると、どこかで見たような真似っこばかりであまり面白くないようだ。
また、彼らは漢族と朝鮮自治州族をはっきりと区別していた。同じ中国国内でも、やはり漢語とハングルとでは文化が結構変わってきてしまうものなのだと思った。
延吉はまだまだこれからの都市である。空港から街中への道からは建設中の建物が多く見えた。今後再び延吉を訪れた際にはまた印象が変わるかもしれない。
中国、北朝鮮、ロシアの国境の防川。もっと物々しい雰囲気かと思っていたがすっかり観光地化していた。観光客は若い人が少なく、ご年配の方々の方が多かった。

田口暖菜
posted by masutanis at 02:24| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

延辺合宿についてただただ主観的な感想

出発する前のわたしはこの合宿に対して良い印象を持っていなかった。以下1〜7、合宿の日程と()内心の声。

1.羽田空港から北京空港まで移動し北京で1泊。(ここまではきっと快適な旅だ。)
2.北京空港から延吉朝陽川空港へ。(どんな僻地へ飛ばされるのか分かったものじゃない。)
3.学会参加。(響きが格好いい。しかし英語が聞き取れない上に話せないわたしがまともに参加出来るものなのか。)
4.長白山見学。(さすが登山ゼミの別名を持つ舛谷ゼミ。これが全日程の中で1番の山場だろう。)
5.防川国境観光。(貴重な体験だ。)
6.龍井・市内見学。(唯一遊ぶことや食べることを楽しむことが出来るオアシスの日。)
7.帰国。(行ってみれば1週間なんてすぐなのかもしれない、こともない。)
加えて、文明利器に溢れた現代を生きる若者の1人としてLINEやTwitterなどのSNSから切り離された生活は過酷極まりないものである。出発前夜はとても憂鬱だった。

しかし実際の合宿は想像と違って普通に楽しかった。

延吉市は僻地ではなくむしろ都会、お洒落なカフェが建ち並ぶ学生街であったし、学会が開かれた延辺大学はかなりの規模を誇り、1つの街かと思うほど広大なキャンパスを持つ。公共の乗り物や車の往来の激しさ、横断歩道での左折車に恐怖したこともあったが、慣れればそこまで気にならない。ご飯も美味しいものばかりで食事が楽しかった。学会は日本語が主に使われていて英語の心配はなかったし、長白山見学も辛い登山ではなく読んで字のごとく見学であった。そして人との出会いにも恵まれた。学会で知り合った延辺大学の学生さんを初めとして、学会最終日の午後から夜にかけて街を案内してくれたおじさん親子や合宿最終日前夜に入ったお店の店員さんで困っているところを何度も助けてくれたお兄さんなど、現地ではたくさんの親切を頂いた。反対に長白山見学では押しがとても強い人もいたが、それが中国人の当たり前なのかもしれないと思った。さすがに北京空港にいた女性スタッフ2人の携帯をいじったり頬杖をついたりする態度は国民性でまとめて良いのか分からないが、日本の接客がどれほど丁寧に行われているのかは再確認できた。またあれほど嘆いていたSNSは立教大学を通して使うことが出来たけれど、寮の部屋にWI-FIは通っていなかったのでほぼ外界とは繋がりを持てない状況にあった。しかし異国の地でゼミ生と過ごす毎日は楽しくて携帯が機能しなくても充実していた。

また行きたいかと言われると行きたくないが、行って良かったと心から思える合宿であった。

観光学部交流文化学科2年 橋本 あかり
posted by masutanis at 02:13| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

延辺合宿

わたしは、約1週間中国を訪れた。正直、中国にいく前は食事面、トイレやシャワーなどの衛生面、ネットの環境面、治安面など不安なことがたくさんあった。しかし、訪れてみると思ったより過ごしやすい環境であることを実感した。

延辺は、スーパーやレストランがたくさんあり、中でもカフェがたくさんあった。中国と韓国の文化が混ざり合ってるというのだけあって、韓国にいるかのような気分になるカフェがたくさんあった。内装も綺麗でBGMも韓国の曲だった。Wi-Fiの環境もすばらしくよく、毎日そういったカフェを利用していた。寮でWi-Fiが使えなかったことは不便であった。

トイレはトイレットペーパーを流してはだめで、ゴミ箱に捨てなくてはいけないため、臭かった。また、トイレットペーパーが設置されていないところがほとんどで持参しなければならなかった。だから、たまにトイレットペーパーが設置されているトイレにであうと、とても感動したのを覚えている。と、同時に日本のトイレはやはり素晴らしいとおもった。よく、ニュースで中国人がトイレの便座をお土産として買って帰ると聞いたことがあるが、その意味がよくわかった。

水上市場にも行ったが、日本の市場では売っていないものがたくさんあり驚いた。やはり、いちばん衝撃だったのは食用の犬が売られていて、その横を散歩しているペットの犬が堂々と歩いていたことだ。どんな気持ちで歩いているのだろうと思った。しかし、朝早くからこんなにもたくさんのものが売られていて現地の人にとったらとても便利だとも思った。

延辺合宿を通して、その土地にいったらその土地に染まらなければ生活していくのが大変ということと、日本の良さにさらに気がついた。

上原彩
posted by masutanis at 01:01| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015延辺

2015年夏。私はゼミ合宿で初めて中国に、しかも一度も耳にしたことのない延辺という土地へと訪れた。全くの知らない場所だったので私は現地のイメージすら湧くこともなく、先輩方から聞いた情報のみしか頭にない状態で当日を迎えた。率直な感想は、「思ったより全然平気!」だった。延辺大学及び宿泊した寮の周りは飲食店で溢れていたし、不安だったお風呂も、シャワーを使用中なぜか温度表示が26度になったり72度になったりしたこともあったが実際のお湯の温度は全く変わらなかったので、支障なく一週間過ごすことができた。お洒落なカフェもいくつもあり、そのほとんどに無料のWi-Fiが設置されていた。また、そういったカフェは若い従業員が多いためか、英語表示のメニューや、片言の日本語が話せる店員がいるところもあった。反対に若い従業員がいない店では日本語はもちろん英語でも数字すら通じないところがあったので、世代が変わるにつれグローバル化が進んでいることを実感した。
私が今回の滞在で一番面白いと感じたのは、現地の学生との交流によって、現地のリアルな生活を知れたことだ。例えば、私が仲良くなった延辺大学の学生はパソコンのビデオ通話で朝鮮語を教えるアルバイトをしているらしい。時給は600円で、日本の都心では考えられない時給である。しかも、アルバイトを休むと担当している生徒の教師がいなくなってしまうため、学校から帰ったら月曜から金曜までしっかりと働かなくてはいけない。600円の時給で週5のアルバイトと聞くととても厳しく、条件の悪いアルバイトのように私には感じられてしまうのだが、その子に聞いたところ、飲食店では4時間で1000円の給料、つまり時給が250円だという。私は心底驚いたが、中国は日本に比べて物価が安いから問題ないのだとその子は言っていた。また、延辺大学に通う生徒は寮に住む生徒も多いがアパートで友人とシェアルームをしている生徒も十分にいるらしく、そのためアルバイトをしているひとが多いらしい。いくら物価が日本より安いと言っても、日本よりもだいぶ低い時給で、さらに家賃まで払って生活していると考えるとその生活は随分厳しいものに思えた。日本は十分贅沢なんだな、と感じられた。
今回の合宿で、異文化に触れる機会がたくさんあったが、異文化を理解することと、そのひとそのものを理解するのはまた全然違うことだと思える合宿だった。
徳田晏佳
posted by masutanis at 00:02| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月13日

ペラ合宿

8/3〜9でペラ合宿に行ってきました。

クアラルンプールの空港には何度も来ているのですが、マレーシア国内に入るのは初めてでした。
今回の合宿では、初日に大都会のクアラルンプール、2〜5日目で郊外?のペラ、最終日に行政新首都であるプトラジャヤを訪れました。
3都市それぞれで違う雰囲気のマレーシアを見ることができました。

イポーの観光案内所などで、よくホームステイのパンフレットを見かけました。
わたしはマレーシアではホームステイの経験がないのですが、マレーシアでホームステイをしたことのあるゼミ生も多く、マレーシアではホームステイが盛んだという話を舛谷先生から伺いました。
マレーシアのホームステイについて少し調べたので、簡単にまとめたいと思います。

マレーシアにおけるホームステイツーリズムは1970年代に誕生し、1990年代に本格化しました。
マレーシアでのホームステイツーリズムが他の国と違う点として、政府による促進が挙げられます。
農村や少数民族社会でのホームステイを促進することは、ホストファミリーへの経済的な貢献につながるだけではなく、ホストの属するコミュニティにも多大な影響を与えることからプロプアツーリズムやコミュニティ・べースド・ツーリズムとも捉えられます。
このことからホームステイは新しい農村観光開発政策として国家レベルの政策として、観光省を中心に進められてきました。
ホストファミリーによって構成されるホームステイ委員会が村の委員会や農業委員会と連携し、運営を行っており、ホームステイ・コーディネーターとして、受け入れの手助けをしています。
今日のホームステイプログラムに参加するホストファミリーは「主要道路から近いこと」
「個別の寝室と適切なトイレの存在」
「高い衛星状態」などの資格条件を満たした場合、観光省から認可証を与えられるとされており、認可証を与えられると、基本訓練に出席する必要があるそうです。
こうした資格条件を保証することがゲストに安心感を与え、マレーシアでのホームステイは人気が高いのかなと感じました。
マレーシアでのホームステイで多いのが「カンポンステイ」です。カンポンとはマレー語で"田舎"という意味で、カンポンステイとはマレーシアの田舎の村に滞在し、現地の人々との交流などをするプログラムのことです。
こうした受け入れ先を持つ村がマレーシア全土に200~300カ所もあり、場所も農村、漁村、島、あるいは都市近郊のカンポンとバリエーションもさまざまだそうです。
異文化交流や文化・伝統芸能体験(バティック、擬似結婚式、マレー舞踊など)、キャノピーウォークなどの自然体験などがマレーシアでのホームステイの魅力であると言えます。

前期で日本でのホームステイ促進について研究したりもしたので、ルックイースト政策の逆バージョンということで、マレーシアでのホームステイを参考にしていきたいと思いました。

今調べたのはここまでなのですが、もう少し詰めていきたいと思います。(笑)

わりと引用したのでいちおう参考文献つけます(笑)
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/no95_04.pdf
http://versys.uitm.edu.my/prisma/view/viewPdf.php?pid=36985


パスポートの残存期限が足りないなんてこともありましたが、笑顔と度胸でなんとか入国できて本当によかったです!(笑)

あとラーマン大学でのプレゼンは、思うようにいかなかったので、準備をしっかりして、気を引き締めて今後に活かしたいと思います。


中野瑞希
posted by 13なかの at 22:49| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2年 延辺合宿

8月16日〜23日の8日間、夏合宿で中国の吉林省、延吉市へ行った。

初日は昼過ぎに羽田空港を出発する便で経由地である北京へ行き、空港近くのホテルで一泊した。
北京といったら大都会のイメージがあったが、空港近くではそのような雰囲気は全く無かった。ホテルの向かいの空き地のような場所には大量のゴミが捨てられており、とても強いにおいを放っていた。夜にそこで高齢の女性がその場所で何かをしているのを目撃したが、ゴミを片づけようとしているのか、その中から何かを探そうとしているのかは分からなかった。

翌日早朝に北京空港へ行き、保安検査をしている際、日本の空港とは違うと強く感じた。係員の対応がとても雑に感じ、検査で引っかかると大きな溜め息をつかれる。まわりのスタッフを見ていても、浮かない顔をしている女性スタッフが多い。ストレスの溜まる仕事であるから仕方ないとは思うが、誰も見ていて良い印象は持たないだろう。
このあたりは想定内であったので驚きはしなかったが、これが中国なのだなと感じた。
そこから延吉市へ向かい、23日朝まで滞在をしたのだが、その中で印象に残ったことを2つ挙げる。

1つ目、私は初めての中国で車の走行を目にして、とても驚いた。横断歩道の信号が青でも、車が減速せずに突入してくる。
「いつ渡ればいいの。」
横断しようとした際、純粋にそう思ってしまった。
日本と違い、青信号でも安全ということは決してないのだ。のろのろと渡っていたらクラクションを鳴らされるどころか、ひかれる危険すらある。歩行者よりも車優先の社会なのである。

また、中国のドライバーはクラクションをかなり多く鳴らす。交通量の多い道路だと、常にクラクションがどこかで鳴っているような印象を受けた。その場では、「中国人はどこまで気が荒いんだ」と思ったが、日本に帰ってこれを調べてみると、日本とはクラクションの使い方が違うということが分かった。
日本では、相手に対して「邪魔だからどけ」というような意味で使われ、ドライバーが怒っているような印象を受けるが、中国では「ここに車がいるから気をつけろ」という意味で使われるそうだ。怒っているのではなく、クラクションによって周りの人や車に注意を呼びかけている。
中国では「後ろに車がいますよ」くらいの軽い気持ちでクラクションをならすのである。そのため、道路のあちこちで音が鳴っている。走行中のドライバーの手を観察してみると、クラクションをいつでも鳴らせるような位置でハンドルを握っていた。

また、タクシーに乗っていて気づいたのだが、走行中の車が車線変更、右左折でウインカーを出さなかったり、むやみにスピードを出して車の間を抜けて行ったりと、運転自体もとても雑であった。
そのような乱暴な運転でも事故を起こさないのは、それなりに運転技術があるとも言えるのだろうが。

とは言っても、歩行者にとって危険なのは変わりない。日本と違って車と歩行者の事故は必ず車に責任がある、とはならない。自分の身は自分で守るといった考え方が主流なのだ。価値観の違いだと考えれば、納得した。
だが、これらを実際に感じて、どのように自動車教習が行われているかという純粋な疑問をもったと同時に、ルールだらけの日本の道路に慣れてしまった自分が、この国で車の運転をするのは厳しいなと思った。

2つ目は、マナーについてだ。日本では、何かを待っている際、列になって並ぶのが普通である。中国においては、それが全く無いという訳ではないが、日本とは違った。スーパーのレジ待ちなど、列自体は存在するが、少しでも隙あれば間に人が入ってくる。現に、長白山へのバス待ちで並んでいる際、列の間に少し隙間ができると、後ろから体を入れて割り込まれるようなケースもあった。列が進行しているときも、後ろから女性が間をくぐりながら、強く体を入れてきて、割り込まれるようなケースもあった。日本ではマナーとして当たり前のことが、ここでは違った。

このように、日本と違うことがいくつもあり、これらのことから中国に対して悪い印象を抱く人も多いかもしれない。ただ、中国人全体に対して悪い印象を持つのは間違っていると思う。
中国に限った話ではないが、異国にいって日本との違いを感じることは当然である。日本で当たり前のことでも、他国では当たり前ではない。環境、教育、その他様々な要因で、日本人とは育ち方、価値観が違うのだから、批判的になっていても仕方ない話だ。外国に行ったら、現地の文化、風習、その他に対してカルチャーショックを感じるかもしれない。だが、それを受け入れていくのが大切だと思う。
例えば、海外から日本に観光に来た人たちのマナーが悪かったとしても、それについて「〜人のマナーは最悪だ」と批判的になっても仕方ない。日本で育ってきた訳ではないのだから。

今回訪れた延吉市はあまり観光客が来るような場所ではないので、現地の人々も観光客慣れはしていない感じであったし、英語が話せる人も少なく、意思が伝わらず困った場面もあった。だが、私たちが外国人だと分かり、親切にしてくれる人は少なからずともいた。
自分が外国人という立場で実際に困ったり助かったりした経験を活かして、日本でも行動していきたいと強く思った。

日本で育ってきたから当たり前かもしれないが、外国を訪れ帰ってくる度に、日本は素晴らしい国だと感じる。そこで、「外国と日本とは何が違うのか」を考えることで、日本の良いところを再認識し、質をあげようとすることで、日本を訪れる外国人観光客へのおもてなしにつなげることも出来るのではないか。

中国は日本と比べれば不便な点も多く、大変さを感じる場面も多かったが、今回訪れることができ、自分の考え方の幅も広がり、とても良い経験になった。

中塩 大地
posted by masutanis at 22:43| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

延辺合宿

今回の延辺は想像とは大きく違うものだった。
それまでの自分の中国へのイメージと、去年行かれた先輩方の話から、滞在しかし、実際行ってみると、過ごしやすい環境だった。寮は、トイレとシャワーが同室にあるという、日本とは異なる形式のものだったが、私の部屋は大きな欠陥もなく、求める最低限の機能は果たされているように思われた。街も、延辺大学のお膝元ということもあり、学生には過ごしやすい街だったように感じる。寮にWiFiは通っていなかったが、結構な割合の店でWiFiが無料で通っていたため、不自由に感じるほど使えないわけではなかった。帰国後に日本で無料WiFiを意識して探してみたところ、全然整っていないように思えた。1000万人を超える訪日外国人がいるというのに、この環境ではリピーター獲得につながらないのでは、と日本の現状を省みる必要性を感じた。
不便に感じたのはトイレで、和式のような形ででトイレットペーパーが常備されていないところが多かった。また、使用済みペーパーをゴミ箱に捨てる習慣にも戸惑った。体に染み付いた習慣を変えるのはなかなか難しいのだと痛感した。トイレットペーパーのみならず、ゴミの処理に関しては日本と大きく違うように感じた。街のあらゆるところにゴミ箱が備え付けられており、そこからはゴミが溢れかえっていた。分別がされているところは少なく、生ゴミも資源ゴミも不燃ゴミも、さらにはペットボトルも同じゴミ箱に入れられているようだった。それが溢れているのだから、街の匂いはあまりいいものではなかった。それは特に1日目に宿泊した北京郊外に言えることだった。そこでは道端でスイカも売っており、その匂いも混じり、凄まじい匂いが充満していた。そこでの体験もあってか、延辺の空気は良かったように感じた。帽子山や長白山など、街を離れた自然の中では日本の都心よりもいい空気だった。
食事は、朝鮮族食事自治州であるだけあってか、韓国料理が多く、中華料理よりも美味しかった。一週間、毎日米を食べられたというのも精神的に支えになっていた。和洋中のビュッフェでは、中国にいることを忘れてしまうようなリラックスしたとともに、先生方やゼミのみんなと楽しい時間を過ごせた。
中国を初めて訪れたと同時に中国人とコミュニケーションをとったのもほぼ初めてだった。
日本語を勉強されている大学生の方と交流することもできた。学会の準備の時のみならず、一緒に街に出るとこができ、その時彼女らの暮らしが見れたように感じた。暴走気味のタクシーには彼女達も怒っていたし、虹が出ていた時は嬉しそうにしていた。語気が強い喋り方だったり、日本のニュースで取り上げられる中国は怖い印象だったが、そこに住む中国人は私たちと変わらぬ感性を持っているとわかり、嬉しくなった。
日本ととこなる点も多く、環境に慣れることが苦手な私には適応が難しかったが、総じて良い経験となり、楽しい時間を過ごせた。自分の今ある価値観を押し付けて考えがちだが、より柔軟な見方が必要だと感じた。

日下部彩月
posted by masutanis at 22:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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