2014年06月27日

6/22 清瀬fw

3年の小松崎です

6月22日の日曜日、日本とアジアpでは9時半に清瀬駅に集い、国立ハンセン病資料館と国立多摩全生園
と向かいました。
行程
9:30 清瀬駅集合
10:10 国立ハンセン病資料館
12:40 国立多摩全生園
13:15 WOWサリサリストア(フィリピン料理屋)にて昼食
15:00 解散
以下参加者です。(敬称略)
小松崎、近藤、小野田、伊東、大橋ま、田中、眞鍋、町田、土佐


舛谷先生がおらず少し不安でした。しかし、参加者がそれほど多くなかったこと、また下見の甲斐もあってか
うまく終えることができてひとまずホッとしています。みなさま、お疲れ様でした。
富岡製糸場がようやく世界遺産に登録されるという話題で盛り上がりつつある頃、全国に点在する国立のハンセン病療所も同様に世界遺産への登録の機運が高まっていることを知りました。身近にもその内の一つである多摩全生園があること、また清瀬駅から多摩全生園までの道中に病院街、加えて廃墟の雰囲気を漂わせる建物が存在することなどが今回のfw地選定のきっかけとなりました。清瀬駅は過去にハンセン病施設だけでなく、結核患者のための療養所も多かったことから、線路沿いを少し外れて歩いた至るところで病院が確認できます。更に興味深いのはそれら病院施設の運営団体が仏教やキリスト教派であるという点にあります。
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この背景には過去においてハンセン病や結核が忌み嫌われる病として流行していたころに、そうした患者の救済に積極的であったのがキリスト教や仏教徒であったという事実があります。尚、宗教によってハンセン病の捉え方も変わってくるそうでイスラム教にまつわる施設がないのは、その教えにおいてハンセン病は治ることがないという特質があったからです。一度歩くと分かりますが、一帯から「社会的に立場の弱い人々を救う」というメッセージ性を感じ取ることができることでしょう。人によっては異様な雰囲気のあまり、そこから逃げ出したくなることもあるかもしれませんが。特に夜はなかなか一人で歩けないなと感じます。
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雨脚が強くなる中、私たちはようやく国立ハンセン病資料館に到着しました。
6月22日という日は政府が正式に「名誉回復の日」と称し、今でも式典が催される日でもあります。多く人がいるに違いないという期待とは裏腹に、館内は閑散としていました。一方で課題のためでしょうか、少数ながらメモを取る同年代の若者の姿も見えました。
国立ハンセン病資料館は入場無料です。館内では図書館が利用できるほか、展示・映像資料が充実しており、1日かけてじっくり観察ができるような造りになっています。過去から現代に至るまで様々な文脈において「ハンセン病」の扱われ方を学ぶことができます。今回、いわゆる展示解説員の同行はありませんでしたが、細部に至って詳しい説明があったため、自分のペースで廻ってみてもコンテンツの充実具合が十二分に確認できます。
国立ハンセン病資料館のちょうど隣接しているのが国立多摩全生園です。納骨堂をはじめ、今でも元患者の居住地としての役割を担っていることなどが観察できます。通り掛けに、幾人の人々とすれ違いました。彼らこそが元患者だったのかもしれません。
世界遺産登録の機運が高まっていると冒頭でお話ししましたが、果たしてここは「観光地」と呼べるのか甚だ疑問に思うところでもあります。結論としては程遠いようにも思えてしまいますが、世界遺産への登録と「観光地」は直結しないのかもしれません。話題作り、風化を遅らせるため、様々な要因があるものだとも考えました。事前学習の段階から知っていたように今の元ハンセン病患者はご高齢の方ばかりです。10年後、20年後の日本に語り部を継承する人々は未だに存在するのでしょうか。現在のこうした機運は日本における「負の歴史」を伝承するための一つの手段であるのかもしれません、
かつては「らい病」と呼ばれ、社会的にそれらの患者を窮地へと追いやったのは同じ日本人でした。
日本にも差別の歴史は確実に存在しています。長い差別史の中で被害者とも呼ぶべき人々の声に触れることは、世界規模で数多く存在する人権問題へと視野を広げるきっかけにもなりうるでしょう。
軽い気持ちで訪問することをお勧めはできませんが、館内を去る頃には確実に当初よりそれらの声が心に響いていることと思います。
KIMG0092.JPG(国立多摩全生園内での一枚、カメラに向かって右に仏教施設、左の高い建物がキリスト教施設。)
posted by 12こまつざき at 12:27| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

富岡製糸場FW

  6月8日(日)グローバルスタンダードのFWとして富岡製糸場に見学に行ってきました。
  富岡製糸場は、世界遺産登録を目前に今話題の観光地となっており、最近ではメディアでよく取り上げられています。そのせいか、雨にもかかわらず、多くの人がいました。やはり、世界遺産の影響は大きいみたいですね…。
  近代化産業遺産としては日本初ということで、明治維新後の日本の近代化の象徴を見ることができます。
  明治期、日本は近代化された諸外国に追いつき追い越せといった形で近代化を進めていきました。富岡製糸場は日本初の官営模範機械製糸場であり見学に行って改めて感じたのは、主要な施設がほとんど現存していることに驚きました。
 19世紀後半の工場がこれほど完全な形で残っているのは世界的にも例がないようで、希少価値がある建物としても、日本の近代化への歴史を知るためにもぜひ世界遺産に登録して欲しいと思いました。
  富岡製糸場は外観はレンガ積みでいかにも欧米化を感じさせますが、内部は木材で骨組みを造っていて、屋根は瓦を使用している、和洋折衷の建物となっています。東繭倉庫、操糸場は内部を見学することができました。特に操糸場はフランス式の操糸器300釜が設置された世界最大規模の工場とのことで、広い空間に大量の操糸器が陳列されている光景に驚きました。建物内部に柱をもたない建築で、当時日本にない建築工法である、「トラス構造」を用いていると説明を受けました。
  富岡製糸場見学が終わり、時間ができたため高山社跡にも行ってきました。閉館時間になっていたため外観のみの見学でしたが、広い裕福な昔の家という印象で、特に養蚕をおこなっていたようには見えませんでした。こちらも富岡製糸場と同様に世界遺産候補となっている国指定校史跡です。
  世界遺産に登録されると、ますます観光客も増えて地域活性化というプラスの反面、様々な問題もでてくると思います。ガイドの人数もそうですし環境問題なども課題となってくると思います。世界遺産登録後も建物の保護や、マナー向上、トイレなどの施設の見直しをして、よりよい観光地となって欲しいです!

今回のフィールドワークで、日本の近代化の歴史や明治期の労働環境について多くのことを学ぶことができました。富岡は自然豊かですてきな町でした。世界遺産登録が楽しみです!

                               2年 中村恵

posted by 13なかむら at 16:23| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月12日

グローバルスタンダードFW

image.jpegimage.jpegimage.jpeg6月8日日曜日に世界遺産登録目前の富岡製糸場にフィールドワークしに行きました!

今回場所が遠いということで初めて貸切バスを利用しました。ありきたりですが、計画性を持って取り組むことは大事だなと身を以て感じました!笑 バス会社の予約が埋まってしまったり、昼食を予定していたお店に連絡が取れなかったり、自分だめだなーと落ち込むこともありました(´・ω・`)次のFWは余裕を持って取り組みたいと思います。笑

さて、FW当日は遅刻者0で!9時に池袋を出発し、錦山荘という自然に囲まれた温泉旅館で昼食を食べました!群馬名物のおきりこみという太いうどんを食べました( ´ ▽ ` )うどんもあってご飯もあって、お腹いっぱい満足でした!


そして、13時過ぎに富岡製糸場に到着しました。バスを停める駐車場には雨ということもあり、観光バスも乗用車もちらほらという程しか停まっていませんでした。

駐車場から少し歩いて受付でチケットとガイドブックを貰ってガイドツアー!20名以上の団体にはボランティアのガイドさんが専任で約40分のガイドツアーをしてくれますヾ(@⌒ー⌒@)ノ

上の写真がツアー最中の様子!
ガイドさんの傘には“富岡製糸場を世界遺産に!”という文字があり、世界遺産への意気込みが感じられました!

ツアーでは一つ一つの建物の歴史的背景、どんな価値があるのか、どんな使い方をしていたのか、事細かく教えてくださいました。とても分かり易く、説明されないと正直よく分からない建物や器械ばかりだったので、勉強になりました。

ガイドさんのお話しによると世界遺産勧告を受けてから、やはり物凄く観光客が増えたそうです。私たちが行った8日もあの大雨にも関わらず、約3千人の観光客が来場してたらしく、連休明けには約8千人も来たらしいです ..。少し前までは3千人というと非常に多い来客数という認識だったみたいですが、今では通常か通常より少し少ないくらいに認識が変わったそうで。その急増した観光客に対して、ガイドさんは現在60人しか居なくて、人手が全然足りてないみたいです。世界遺産の影響ってこんなにも大きいのかと実感しました。

また現在富岡製糸場内にはお手洗いが一箇所しかなく、ガイドさんの人手不足も併せて、今後より増加するだろう観光客を受け入れる体制が万全とはいえない状態だと感じました。来週には正式に世界遺産登録される予定です。今後の動向にも注目して、引き続き情報集めをしていきたいと思います!

富岡製糸場を見学したあと時間があったので、今回登録予定の「富岡製糸場と絹産業遺産群」の4資産のうちの高山社跡に行きました!

見学時間が16時までで既に門は閉まっていましたが、横から入れちゃったので外見だけ見学しました(笑)

正温育という養蚕方法の開発とその普及教育を行った高山社の跡で、一般的な昔の家という印象を受けました ..。

富岡製糸場、高山社跡含め4資産は決して近い場所にある訳でなく、点在しています。また見学時間が大体16時までだったり、交通の便があまり良くなかったりと、4資産すべてを1日でまわるのは厳しいと感じました。4資産をまわるツアーとか今度探してみます\(^o^)/

長くなりましたが、報告は以上です!次のFWは7月13日の航空科学博物館です。トラライと一緒に行きますよ!たのしみです( ^ω^ )

3年グロスタリーダー 榎本絢子
posted by masutanis at 12:13| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月11日

ホームステイFW


6月4日、東京ジャーミーに行ってきたのでそのことについて書きます。

住宅街の中にひっそりと建つ東京ジャーミー。実は多くのムスリムが礼拝するためにここを訪れていると聞き驚きました。その訪問者の数は最近急増しているという話を聞いて、宗教が観光のひとつの‘目的’になりつつあるんだと改めて感じました。

礼拝の場はただ単に祈るための場所ではなく、民族集団の集まる場所でもあります。それぞれ自国の言語があるため、人々がコミュニケーションをとるのは簡単ではないと考えるのが普通だと思います。でもイスラム教には、たとえ国が異なっていてもイスラム教を信仰している人になら通じるユニバーサルメッセージがあり、それでコミュニケーションをとることが可能だと 下山さんが教えてくれました。信仰していれば見知らぬ人と繋がることができる というのは 無宗教と言われる日本にはないことなので羨ましいと思うのと同時に、無宗教ってなんだか寂しいなって思いました。

宗教が観光において注目されつつあるのはハラール産業の登場などから感じてはいましたが、有名なホテルでも礼拝用絨毯の注文がきていると聞いたときは驚きました。ホテル側がムスリムに向けたサービスをするために 既に動きだしていたんですね。
ここでひとつ疑問に思ったのは礼拝用絨毯は普通の絨毯と何が違うのかってことです。小さめの絨毯なら何処でも売ってそうなのに、わざわざ注文するのは何故でしょう。(先生ともお話してたのですが)コーランを読みながら編んだから、とか何か特別な理由があるのでしょうか。もしそうだとしたら面白いですよね!

最後に断食について。
断食は食のありがたさを知るため、貧しい人達の気持ちを知るために行われています。
私は毎日当たり前のように母の作った料理を1日3回お腹いっぱいになるまで食べています。でも母に毎日お礼を言うわけではありません。
日々、自分の身の回りのものや人に感謝するというのは簡単そうにみえて意外と難しいことだと思います。そうであるからこそ、このようにヒトやモノに感謝する機会があるというのは素晴らしいことだと思いました。

イスラム教はイマイチよくわかんなくて とりあえず沢山お祈りする宗教 という漠然でてきとうなイメージを持っていましたが、大学に入って色々知るようになってからそのイメージは良い方に変わっています。
何事も知ることが大事ですね。笑


宗教って面白い !!



3年 岡田茜衣
posted by masutanis at 13:49| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月08日

富岡製糸場見学


世界遺産登録に向けて様々な取り組みを行っている富岡製糸場を訪れました。

*富岡製糸場

日本の鎖国政策が終わった当時、品質においても評判の良かった日本の生糸は海外からの需要も高く最大の輸出品となっていました。しかし需要が高まれば高まるほど輸出の増加になり、それに伴って大量生産で粗悪な生糸が出回るようになってしまい日本の生糸の評判を落とすことになってしまいます。そこで維新後、外国との対等な貿易をしていくため産業や技術の革新を行い政府による近代化が進められていきます。その資金源としてはやはり生糸輸出が欠かせないということで品質改善・生産向上と、技術指導者を育成する洋式の繰糸器械を備そなえた模範工場として明治5年(1872年)、最初に設置した模範器械製糸場ということです。

(富岡製糸場ホームページ参照しました:http://www.tomioka-silk.jp/hp/outline/index.htm


確か木骨レンガ造りといわれる様式でつくられており、明治初期に建てられた工場としては修復やメンテナンスがされていても保存状態も良く、個人的な意見としては綺麗すぎると思いました。

富岡製糸場のレンガの組み合わせ方はフランス様式で、ドイツやイギリスのものとはまた違った組み方になっているそうです。フランス様式は{長 短 長 短 長…}という風に一列に交互に長さの異なるレンガを並べていき、上下のレンガも長短交互になるように組み合わせていくものだそうです。

このブログは池袋キャンパスの図書館で作成していたのですが、ふと前の図書館の壁のレンガを見るとフランス様式と全く同じ並びになっていることに気が付きました!こちらはデザインとしてなのでしょうか…。

実際の繰糸工場内は機会がそのままの状態で残されており、繭を運んでいたというバケットを見たときは作業をしていた時のようすが思い浮かびました。
あ、繭が落ちていました!


官営工場なので月給が現在でいう4万円程度だったそうですが当時としては工女さんにとっても比較的良い働き口だったのではないかと思いました。
少なくとも労働条件的にも先生が言っていた通りブラック企業ではないと思います。



当日は雨天で傘を持ちながらだったので見学しづらいと感じることもあったのですが、その日だけでも4000人ほどの来場者があったらしく、世界遺産登録への期待が高まっている最近では8000人も訪れているそうです。
いままで3000人ほどで多く来ていたくらいだ、とガイドの方がおっしゃっていたので世界遺産強いなと感じました。

他にも敷地内にある診療所や、地下にワインの蔵がある建物の外観を見学しました。

*世界遺産×富岡製糸場
富岡製糸場の世界遺産としての価値は、やはり「産業遺産」という点にあります。
★官営模範工場で、日本の蚕糸業の発展に大きな影響を与え、民間へ払い下げられた後も一貫して製糸工場として機能し続けたこと。
★日本の近代化、経済・産業発展の歴史を物語る証拠であり、設立当初の敷地と主な建造物が良好な状態で保存されていること。
がポイントになっています。


私は保存状態が良すぎることで建物自体に大きく感動することができなかったのですが、世界遺産登録のポイントで保存状態の良さがあげられているので、自分の世界遺産を見る経験値がまだまだ足りないと思いました…。


*高山社跡
明治時代、高山長五郎さんのお宅で、通風と温度管理を調和させた「清温育」という蚕の飼育法を確立させたようです。のちに養蚕教育機関となった高山社はその技術を広め、清温育は全国標準の養蚕法となり、明治24年に建てられた主屋兼蚕室は「清温育」に最適な構造で、多くの実習生が学んだということです。
(世界遺産候補 富岡製糸場と絹産業遺産群:http://worldheritage.pref.gunma.jp/ja/ks003-005.html

見学時間を過ぎてしまいましたがざっと外観を眺める程度に見学してきました。
現在も建物としては使われているみたいで住宅感がありました。

立地環境としてはマイナスイオンに溢れていそうで、蚕もよく育ったのではないかと思います。
森林と川が近くに流れており空気も綺麗で、森のいい香りがしました。


13佐藤
posted by 13さとう at 00:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月06日

ホームステイFW

6/4 ホームステイのフィールドワークに行ってきました。
代々木上原にある東京ジャーミイへモスクを見に行きました。日本最大級?と聞いていたのでもっと大々的にあるのかと思ったら、普通の道路沿いにあって、こんなところに!?という感じでした。また木で隠れてしまっていて、普通に道歩いてたら気がつかないだろうなと思いました。
東京ジャーミイにつくと、係りの人が出てきてくれていろいろ説明をしてくれました。
入り口の隣にある水場は、遊牧をするときに人間だけでなく羊や馬たちも給水できるように設置されたもので、壁の上部に設置された鳥の巣は、設計の段階から作られたそうで、「イスラム教は人間だけのためのものではない」ので動物も思いやっていると言っていました。
中に入ると本やCD、絨毯や置き物などのお土産が売っていて、明るい雰囲気でした。わたしたちが観光学部ということで観光や旅行に関連づけて色々な話をしてくれました。聖地メッカはイスラム教徒なら一生に一度は必ず行きたいところで、世界中からイスラム教徒が訪れるそうです。しかし、一度にあまり多くのひとが集まってしまうと事件や事故が起きてしまうため、国ごとに訪れることができる人数が決まっていて、そのために予約が10年程先までいっぱいだそうです。またメッカのモスク近辺のホテルは高く、距離が離れるにつれて安くなるそうです。あとは壁の美しいタイルや、各国のイスラム事情、東京ジャーミイのモスクについて聞きました。このモスクはトルコのもので、再建されて今のものになったそうです。近年増加している海外からのイスラム教徒の旅行客がわざわざこのモスクを訪れるのは、現地の材料(床のタイルはトルコ製など)にこだわった設計になっており非常に美しいからであり、彼らは観光ではなく礼拝しに来ているそうです。特に金曜モスクの日は来訪者が多く、今月末のラマダーンの日はイスタンブールからプロのコックを招いてみんなで集まってハラール料理を食べるそうです。これはイスラム教徒限定ではないのでわたしたちも行って良いそうです。来訪者の数の増加は寄付金が前年比の倍くらいになっていることからもあきらかだそうです。また、お土産品の絨毯に関しては、最近日本のホテルや会社からの問い合わせが増えていて、イスラム教徒に配慮して絨毯などを準備しておく会社が増えているそうです。
また、このモスクはトルコのモスクなので、トルコの花、チューリップがいたるところに描かれているそうです。チューリップといえばオランダのイメージがありますが原産地はトルコであり、日本にあるチューリップはオランダで品種改良されたものだそうです。またダンスを踊っている人形の置き物があり、片手を上にあげもう片方の手を下にさげたこの人形のポーズは、上にあげたほうの手から神からの恩恵を受け取り、下にさげた方ので大地に返すことを意味していて、くるくる回るダンスは誰にでもできるダンスではなく修行してできるようになるそうです。
次にお手洗いを見学しました。イスラム教徒はここで手や腕などを水で洗いお清めするそうです。ウォシュレットと書いてあるトイレにはじょうろみたいな容器が置いてあり、トイレットペーパーではなく手に水をかけてふくそうです。結構狭かったので、金曜モスクの日などは混雑するだろうなと思いました。
次に2階にある礼拝所に向かいました。階段の途中の壁にくぼみがあり、そこは賽銭箱みたいになっていて、日本のお賽銭とは違って、そこに置かれたお金は貧困で困っている人々が持って行っていいことになっているそうです。また、モスクには幾何学模様が描かれていて、まっすぐな線を組み合わせて描かれた美しいものでした。
礼拝所の中へは靴を脱いでスカーフを頭に巻いてから入りました。中はとても美しくて、落ち着いた雰囲気でした。
わたしはモスクの方の話を聞いてイスラム教のイメージが変わりました。モスクの方の話にもありましたが、日本は欧米から影響を受けたことで先進国となりましたが、その分他の国やイスラム教については関心が薄れていき、勝手なイメージをもっていたり誤解していることがあったと思いました。例えば断食については、短い期間ではあるが少しでも貧困で困っている人々の気持ちを理解するために行っていて、断食するからこそ食べれること飲めること生きていることのありがたみが改めて実感できるし、寄付金はすべて貧困で困っている国へ食料や衣服を提供するために行っていて、最初の水場の説明にもあったように動物にも思いやりを持っていて、助け合いの精神をすごく感じました。

モスク見学のあとは新大久保に移動してハラール料理のお店へ向かいました。東新宿から歩いていったのですが、わたしは新大久保に来るのも初めてだったので、通りに韓国のお店がたくさんあって、韓国に来たみたいな感覚になりました。新大久保の駅から少し歩いた裏通りにお店はあり、看板がアラビア語で書かれていたりアラブの服装をしているひとがいたりして一気に違う世界に入り込んだみたいでした。お店のとなりには小さいスーパーがあってアラビア語で書かれた食べ物や調味料が売ってました。ハラール料理のお店のメニューは大きく分けて二種類あり、クスクスかビリヤニという料理でした。わたしは野菜クスクスを食べましたが、なんともいえない味と食感であまり食べられませんでした。ビリヤニは見た目はフライドライスって感じでスパイシーな味でした。断食したらこれもおいしく感じるのかなと思いました。
帰りにけいちゃんと口直しにソフトクリーム食べて帰りました。

楽しかったしとても勉強になったフィールドワークでした。

中野瑞希



posted by 13なかの at 15:13| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月05日

ホームステイFW

最近ゼミブログを投稿すると文字化けしかしないけど諦めずに書きます。笑


今月末にはマラヤ大生が来日することもあり、ホームステイFWとしてイスラーム関連のFWを昨日行いました。

まず最初に代々木上原にあるモスク、東京ジャーミイに1時間半程モスクの方に説明をしてもらいながら見学しました。

まずモスク中に入る前に外観の特徴から説明をしてもらいました。
モスクの外側に設置されていた水場は人間用ではなく、遊牧するときに連れている馬など動物達が給水できるようにつくられていること、またモスクの上ら辺には鳥箱ではなく鳥の巣がいくつかつくられていて、モスクを建設する際に鳥の巣も考慮されてつくられるなどモスクは人間だけでなく他の動物達のことも思いやったつくりになっていることにとても感心しました。

また、モスクの中に入って階段を登っている途中で日本でいうお賽銭箱みたいなものがありました。
日本のお賽銭箱と違ってまずお金を入れるところがオープンになっていて誰でもお金が取れるようになっていました。お賽銭箱と違って蓋や仕切りがなく誰でも取れるようなオープンなつくりになっているのは、そのお金を貧しい人が貰えるようにしている為だからだそうです。比較的わかりにくい場所に設置されているのも貧しい人がなるべく人目を気にしないでお金をとれるようにする為だということでした。神社に奉納する日本のお賽銭箱と違って、イスラームにおけるお賽銭箱のようなものは貧しい人々の為に設置されているところにもイスラーム教の思いやりの精神が見受けられました。


モスクの方にはイスラーム教について、また誤解されやすいところなど本当にたくさん話して頂いて、その中でも心に残っているのがイスラーム教の中心的な考えの一つに“格差をなくす”ことがあげられるということです。

前述したモスクの様々なつくりも然り、弱い立場にいる者や貧しい人を助けるのは当然だというような考えがイスラーム教にはあるように思いました。
断食に関しても、断食することによって改めて食べ物や神の恵みに感謝出来るし貧しい人々が感じている飢えの感覚を知ることが出来ること、また断食期間の一ヶ月間は貧しい人の為にモスクなど公共の場に無料で食事が提供される場が設けられるなどイスラームの慣行一つをとってもいろんな意味が込められているのだと思いました。


モスクを見学した後は新大久保にあるイスラム横丁に行ってハラール料理を食べました。

コリアタウンとしてのイメージしかなかった新大久保にイスラム横丁があるということにまず驚いたし、イスラム横丁に入ると今まで通ってきた新大久保で見てきた人達と人種が一気に変わってムスリムが多く、異国情緒あふれる雰囲気で中東のオマーンで見た光景に似ていて驚きました。
ハラール料理を食べている頃にはもう日本にいる感じがしなかったほど、そこは本当にイスラム街になっていました。


今回のFWを通して、机上の勉強も大切だけどやっぱり自分で実際に見て聞くことが大切だと思いました。
特にイスラーム教は文献など机上の勉強から得た知識と、実際のムスリムやイスラーム文化から得たイスラーム教のイメージのギャップは大きいのではないかと思いました。


ランチミーティングでの文献講読だけではイスラーム教についての理解には限界があったので、今回実際にこういうFWを行えて良かったです。


大隈小夜
posted by masutanis at 12:23| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月02日

トラライフィールドワーク

2014年5月28日(水)東京駅にある旅の図書館に2014年度トラライメンバーでFWしました。
この日の主な流れは、

10:00 東京駅八重洲中央口待ち合わせ
10:40 迷った末みんなのおかげで図書館到着、2014年listの住所・2013年の分の雑誌の有無・日本語の有無のチェック
→研究室の在庫にないもので、2013年・日本語のものをピックアップ
→その中からアワードの対象条件を満たしていて、魅力的だと思ったものをコピー
13:30 たいめいけんで遅めのランチ(この時間でも並んだ!)、先生が名物メニューを奢ってくれた!
14:20 日本橋街歩き!日本橋の上に首都高かぶってて変な感じ。川でクルーズのようなものもあるらしい。下からの日本橋も興味深い!
14:45
デザートとして山本山でお茶。私たちの座った席は次の日から改装でなくなってしまうとのこと。どらやきはもちろんだが、煎茶の美味さにカンドー!ここでおがたく合流!
15:00
重要文化財、日本橋高島屋見学。建設の歴史(五回にわたる増築・改築、戦争・震災乗り越えて築かれたお客様との絆、など)、細部のこだわり(和洋折衷のデザインなど)、名物象のたか子についてなど、貴重すぎるお話を伺えました。

ここで日本橋高島屋ツアーで心に残ったことを紹介したいと思います。なのですが…私の説明では足りないところも上手く説明できていないところもあると思われるので、ぜひ実際にツアーに参加してもらいたいです。もしくはトラライメンバーに言ってもらえれば資料お貸しします。

平成21年、百貨店建築として初の重要文化財に指定された日本橋高島屋ですが、昭和8年竣工されました。何回もの増築・改築がなされたものの、そんなことが感じられないほど美しいっていうとちゃっちくなってしまうくらい、説明を一つ一つ伺い、じっくり見れば見るほど趣深いデザインでした。当初の姿を保っていられるのは、スタッフひとりひとりの受け継がれる日本橋(東京)店への、また昔からのお客様の、そして戦争・震災を通して残したいという思いからであると、代々トラライの日本橋高島屋ツアーで案内してくださる立教OB小谷さんは教えてくださいました。火災が起きた時はなんと常連お客さんたちと従業員の方々のバケツリレーで難を逃れたとのこと。素敵ですよね。
そのほか日本橋店限定のショップバックにも描かれている日本橋高島屋の絵ですが、初め改築する際にこの景観を残しておきたいということからデザイナーさん(名前忘れてしまいましたが)にお願いして描き残してもらったのだそう。時は流れ現代になっても、建物を直す際建物をカバーするときにこのイラストの描かれたカバーで覆い、遠くから見ても高島屋がそこにあるってわかるようにしたというユーモアあふれるエピソードも話してくださいました!
まだまだありますが、この続きはぜひ訪れて聞いてみてください(*^_^*)

三年トラライリーダー田村優依
posted by masutanis at 16:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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