2013年09月17日

2013インドネシア合宿☆

拓が全体のことを振り返ってくれているので、
私は「ジャカルタ日本祭り」と「ホームスティ」に絞って書きたいと思います。

忘れないうちに…

まず、9/8に参加した「ジャカルタ日本祭り」について☆
この祭りはインドネシアと日本の友好行事の一環で2008年から行われているそうです。
日本の屋台のように、かき氷・うどん・たこ焼きなどを売っているブースがあるかと思えば、メインステージではソーラン節を踊っていたり、のど自慢をやっていたり…インドネシアからみた「日本」を客観的にみることができました。

なかでも皆の記憶に焼き付いているであろう、インドネシア人のコスプレ!
私も含め多くのゼミ生が「日本人全員がコスプレしてるわけじゃないぞ……」と感じたと思いますが、翌日のインドネシア大学での交流において私が頼ったのは、アイドルやアニメの話題。というか…ひな祭りとかお盆についても質問されたんですけど、あんまり答えられず…。今までいかにサブカルチャーに頼って交流してきたのかが浮き彫りになりました。これなら「日本=アニメ」と思われても仕方ないのかな〜。もっと日本のこと勉強しなきゃですね!

ちなみに本物の日本人だーかわいいーってことで大撮影会が行われ…
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(この人だかりの中にももちしおちかはるぴんがいます笑)

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(ももちにいたっては差し入れまでもらってました♪笑)

そして9/11-12にわたって行われたプンゲラゴアン村でのホームスティ☆

ペナン同様、町おこし型のホームスティでした。
ペナンと違うのは、各家庭一人ずつの派遣ということ……少し心細かったです。
ちなみに風呂はなく、桶です。ゼミ生なら幾度となく越えなければならない壁ですね。

英語が通じる家庭とそうでない家庭がありましたが、
高校では日本語と英語を必修でやるらしく、高校生のいた私のステイ先では比較的コミュニケーションがとれました。

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農家だったので、豚にえさをやったり牛の散歩をしたりしてました。

今回の滞在で考えたのは、
「町おこし型のステイでは、ゲストはどのように思われているか」ということです。

滞在中何度も「You have big money」と言われました。最初は否定していましたが、私の持ち物一つ一つを「Berapa?(いくら?)」「何ルピア?」と質問され、その都度「mahal(高い)」といわれるので、最終的に肯定せざるを得なかったです。もちろん交流の一環で質問してくれたのだと思いますが、もしかして彼らにとって私は「あんたはお金持ち、俺たちとは違う」という意図だったら思うと、なんだか複雑です。でもどういう意図だったんだろう、「言葉はなくても心は通じる」なんていうけど、やっぱり言葉はできた方がいいです。

また、ペナンの時は夜中12時を過ぎても外で遊びまわっていましたが、今回は9時就寝翌5時起床だったので、彼らの日常からあまり逸脱してはいなかったと思います。「もてなされた」という実感はありません。(悪い意味で無く!でもご飯は私だけ豪華でした)

そうしたことも含めて「町おこし型のステイとはどうあるべきか?」「ホストはどう振舞うべきか?」ということをもう一度考えたら面白いかな〜と思いました。私はボランティア型のホームスティを経験してないのでホームスティ3連覇してるしもと甲大の意見が聞きたい(^◇^)

長くなりましたが、これで4年生にとっての海外合宿は最後です。
3度もこんなに素晴らしい経験をさせてくださった舛谷先生、本当にありがとうございました。
お金数えられない4年生でごめんなさい笑

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4年 山田晴子

posted by 10やまだ at 01:44| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko10 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月14日

インドネシア合宿報告

ゼミ合宿お疲れ様でした。3年拓です。
3、4年生の合同海外合宿を兼ねた、インドネシア大学プログラムについての報告です。
とにかくこの合宿はハードかつ多様でした。富士山7月に登りましたがあれよりいろいろな意味できつかった。ですがそれ以上に吸収しきれないほどの刺激でした。
初日スカルノハッタ空港降りてすぐインドネシア大学の日本学科の学生が迎えにきてくれました。大学の校内にある宿泊施設まですぐ向かいましたが名物である世界最大級の渋滞に暖かく迎え入れられ、車で3時間半以上かかりました。車線は守らないし、信号もない、バイクにはヘルメットなし4人乗り、トラックの荷台には10人近くの人、早くも先行きが不安になるくらいでした。
翌日は学食で朝食をとり、学内見学。学食は屋根があるのみでドアはなく、タバコもすい放題で若干不潔な感はありましたが、今この後の経験を踏まえて考えると大したことありませんでした。その後市内のショッピングセンターを訪問、みんなで両替をしたところ、ショップの金庫が空になり両替商の方々に銀行と何往復もしてもらいました。物価の違いはおそろしいです。
その後タマンミニというインドネシアの多民族多文化のすべてを見れるテーマパーク、タマンミニを見学。インドネシア民族衣装「バティク」や東ティモールtの関係、アスマットという民族のお話など、インドネシアを知るためには欠かせない観光スポットといえたと思います。初日に訪れることができてよかったです、ただ両替のせいで時間が少なくなってしまいましたのが残念でした。
3日目は日本祭りの見学、甲大さんやももちさんはインドネシア人に大人気で会場で写真を撮るために列ができていましたwww
東京外大の八木を始め、現地で暮らす日本人にも会えたのは、興味深かった。JKTの人気には驚きました。インドネシア人のコスプレもすごかった。
夜は先生の古くからの友人のご家族と夕食、この時に教授の娘さんと話せて一番国際交流できたなって感じでした。
4日目午前中日本学部で日本語のチューターをやらせてもらいました。教科書に載っている日本語がきれいすぎて、自分たちの日本語を見直す良い経験になりました。昼過ぎに大学を出て空港へ飛行機の遅れでバリにつくのは深夜、しかも翌日はボロブドゥール組は朝4時出発でした。(ここらへんからきつくなってきた)
しかしホテルの清潔感は日本のホテルを越えるレベルで、まさに「リゾート」でした。
ホテルのバーで飲むという経験を初めてしました。
5日目ボロブドゥールとプランバナンという2つの世界遺産、日本の皇室御用達の銀細工工場、バティク工場などこの日は一日ツーリストでした。バリで遊べなかったのは残念だけど特にプランバナンは夕日に染まる景色が圧巻で、いけてよかったです。
そしてバリに深夜に戻り、慶応の倉沢先生の経営するヴィラに深夜着。施設はきれいでシャワールームもリゾートチックでジャグジー付き、しかし給湯設備が弱かったり、トイレが壊れていたり、その外観とのギャップがかなり大きかったです。
倉沢先生から直接お話を伺う機会はありませんでしたが、宿におかれていた著書を一部読ませていただくことができ、カンポンについての知識を深めることができました。それまでの期間で自分が感じていたインドネシアの未熟さというととても失礼ですが、それに近いものを整理できたような気分でした。
6日午前中はゆっくりして午後ホストファミリーが迎えにきました(バイクに二人乗り)。お父さんは英語が通じたため、指さし会話帳なくてもいけるとおもいましたが他には通じる人間はおらず、本当に指さしなしでは会話が成立しない状況でした。しかしながら、サッカーしたり、トランプしたり(神経衰弱・ばばぬき)、コーヒー飲んだり、言葉を超えるツールのおかげで本当に楽しい時間を過ごせました。家には家族計画通り子供は2人しかいませんでしたが、近所のたくさんの子供たちが一緒に遊んでくれました。また村では多くの怖い顔をした犬が放し飼いにされていて、追いかけられたこともあり
ました。家はお寺のような立派な作りをしていて、しかしながら風呂は自分のところ以外は水浴び+自分で流すトイレだったようです。寝室にはイモリだかヤモリだかがたくさんwww夜は誕生日パーティー、翌日はお葬式の手伝いとホームステイではなければできない経験を数多くできました。ここで思い出さねばならないのは、ここがバリ島だということ。おとといのテンパザールとは異国のようでした。
7日目はウブドゥ見学などをしてケチャのダンスを見ました。空港につきましたが、飛行機が早朝便(しかも大幅遅れ)だったため、謎のトランプオールwww
ふらつきながら飛行機に乗り込みなんとか日本にかえってきました。

多様な宿泊施設、多様な人種、多様な経験、ほんとにこの合宿は盛りだくさん!!つっちーもいっていましたが、消化不良をおこしそうです。しかしながら旅行者としての視点は間違いなく拡張されました、もうツーリストとしてしかバリを見れないなんてことはないです。
次の合宿も楽しみです。

3年まちづくり、グロスタ
近藤 拓
posted by masutanis at 16:41| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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