2013年07月24日

えきぽを使ったFW @福生


3年の土田です。
初投稿します!

ものすごーく今更ですが、6月に行った福生でのFWのブログを書きます。


今回はJR東日本が提供しているアプリ、「えきぽ」を使ったFWを行いました。

「えきぽ」とは駅から歩くウォークラリーを合言葉に、
各駅ごとに用意されたコースマップがあり、そのコース上に決められたいくつかのポイントを全部通ると
『駅スタンプ』なるものが取得できます。
コースは各駅の名所を通り、距離も5、6キロ程度なので誰でも手軽に楽しめます。

今回のFWではJR青梅線の福生駅をチョイスして街歩きをしました。

なんで福生なのか!?
それはおいしいお酒とおいしいハムがあるからです!!
この日をどれだけ楽しみにしていたことか。


福生駅のえきぽコースは以下のコースでした。

JR福生駅⇒田村酒造場⇒新橋⇒青岩院⇒大多摩ハム⇒国道沿いの商店街⇒JR福生駅

自分はこの日は体調を崩して
大多摩ハムからの参加となってしまいました。

あー日頃の行いが悪いからこうなるんですね。。


大多摩ハムは1932年創業のハム工場で
ドイツ式ハムの作り方を日本に伝えたローマイヤーさん直伝の製法を今に受け継いでいます。

工場の前には直売所とレストランがあって
今回はおいしいハムとベーコンをいただきました。
この日はレストランが満席でしたが出来るリーダーが予約をしてくれていたのですんなり入れました。
いただいたものは1人1000円くらいでハムとベーコン、それにウインナーがたっぷりのっていました。

ここではえきぽ参加特典でドリンク一杯サービスしてもらいました。
みんなが美味しそうに食べていましたね。
自分はみんなが美味しそうに食べているのを眺めているだけでしたよ。あーあ。

悔しかったので直売所で700円もするベーコンを購入して後日おいしくいただきました。

大多摩ハムのハムやベーコンは都内の百貨店などでも購入できるそうです。
直売所で売っている商品はどれもスーパーで売っているものより値段が倍くらいしました。
でも値段に見合うくらい美味しいものになっていると思います。

大多摩ハムの直売所とレストランは
外観がドイツのローテンブルクにあるような茶色い三角屋根の趣ある建物になっています。
すぐ裏はコンクリート造りの工場なので三角屋根の建物はかなり浮いていました。

さらにローテンブルクはWW2の時にアメリカ軍に空襲されているので
大多摩ハムのすぐ近くに横田基地があるのはちょっと皮肉に見えました。

埋め込み画像 1




続いて国道沿いの商店街へ向かいました。

ここは先述のように横田基地が目の前にあり、
国道沿いにアメリカの街の一角に迷い込んだかのようなお店が並ぶストリートになっています。

横田基地は総面積が約700万uで
南北約4.5キロ、東西約2.9キロ、周囲約14キロの巨大な基地です。
(昭島市ホームページ「横田基地の概要」より引用


国道沿いの商店街も
端から端までゆっくり歩くと30分以上かかってしまうほど長くて
たくさんのアメリカンなお店が並んでいました。
売っているものだけでなく、店の外観から看板まで何もかもがアメリカンでした。
印象としてはアメリカ東海岸というより西海岸よりの雰囲気を感じました。
ニューヨークというよりサンフランシスコって感じです。

中には蕎麦屋など和食もありました。
和食店の外のメニュー表には英語の表記がなかったのですが
米兵には入ってもらえるのか気になりました。

途中にあったアイスクリームショップでは
メンバーの一人が米ドルで支払いをしていました。

ここでは米ドルが使えるんですね、さすが米軍基地のお膝元です。
この時の「お釣りは米ドルですか?日本円ですか?」というやりとりが印象的でした。

埋め込み画像 3








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実はメンバーと合流した大多摩ハムの前に
田村酒造場を通りました。
とても立派な蔵と塀が並んでいて裏には綺麗な玉川上水が流れていました。

酒造場の前には立派な寺があり、
日本らしい風景が広がっていました。

駅を降りたときは
どこにでもありそうな郊外都市といった印象でしたが
えきぽのコースを歩いてみると
福生には日本・ドイツ・アメリカを感じられる場所が
それぞれの特徴を妨害することなく共存していました。

福生は若い方も年配の方も楽しめる街ではないかと思います。

そういえば福生に自転車屋さんがたくさんあったのは
横田基地と関係があるのかな。


3年 土田大樹
posted by masutanis at 22:54| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

らきすたFW @ 鷲宮

6月30日、聖地巡礼のFWとして鷲宮へ行ってきました。

事前学習の時点で、鷲宮に抱いていたイメージは
「街全体がらき☆すた」
ですが、実際に行ってみると、ものすごく盛り上がっているわけでもなく、
こんなもんか、というのが第一の印象です。


鷲宮神社内外のらき☆すたに関連する場所にはQRコードが存在し、
きゃらなびAR@埼玉 というiPhone,Android 両端末に対応しているアプリを使うと
泉こなたや柊姉妹など、らき☆すたの主要キャラクターが出てくる仕組みになっていました。

事前にアニメをみて、僕は個人的にらき☆すたが好きになったので
ARはなかなか楽しめました。

アニメのオープニングに登場する大酉茶屋にも行きました。
ランチメニューは登場人物にちなんだものでした。
お味は普通です。
聖地巡礼ノートがおいてあったことに驚き、立教大学観光学部としてFWをした痕跡を、ノートに残しておきました。

その後、鷲宮神社の駐車場にあるイタ車見学兼インタビューを行いました。

この聖地に来るのは、らき☆すたへの愛ではなく、
(もちろん多少なりとも持ち合わせているはずですが)
共通の趣味を持った友人に会いに来るという目的が主だそうです。
また、イタ車自慢という側面も持っています。彼らは、イタ車専門誌を持ち出し、
私たちにコンテスト入賞時の写真などを見せてくれました。

続々と来るイタ車に、私たちは驚くばかりですが、彼等は
「あの車、久しぶりだなあ」
「あれは新顔だなあ」
など、人、というより車の装いに注目し、
改装具合などを楽しそうに話していました。

聖地巡礼を、らき☆すたのファンのひとりとして行ってみて
やはり好きなキャラクターがここにいた(実際には2次元ですが)と
考えると、嬉しいという気持ちになりました。
しかし、聖地巡礼者には、我々のような形で1度きりの巡礼になる場合と、
その聖地で新たなコミュニティを創り出し、拠点とする場合といったように
様々なタイプが存在することを身をもって実感しました。

2年 平井
posted by 12平井 at 15:30| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月14日

らき☆すた聖地巡礼FW

image.jpegimage.jpegもう大分経ってしまいましたが、
6/30にメディアツーリズムで鷲宮にFWに行って来ました。
鷲宮がアニメでまちおこしを行っている地域の代表例であることから今回のFWは決まりましたが、まず書いておかなければならないのは、鷲宮がらき☆すたの聖地になってから(アニメが放送開始されてから)6年経過していることです。ドラマにしろ、アニメにしろ、一時的に人気が出てもある程度の期間が経つとその人気が風化していくのが普通だと思います。私たちはFWに行く前に鷲宮とらきすたについての文献をいくつか読んでから行きましたが、そのほとんどはまだアニメ放送から数年しか経っていないものでした。なので現場とのギャップはかなり感じましたが、アニメ放送から6年経過していることを考えると、鷲宮がらき☆すたというコンテンツでまちおこしを続けていること自体、まず一つすごいことなのではないかと思います。

実際訪れてみて、率直な感想を述べると、やはり時間が経っているということもあり、多少人気の衰えは感じました。しかし、鷲宮神社の痛絵馬や、巡礼ノートを見る限り、ファンの巡礼も続いているようでした。
街中や鷲宮神社の周辺を回ってみましたが、聖地と呼ばれる割に、らきすた関連のスポットがたくさんあるわけでもなく、これではすぐに飽きられてしまうのではないか、と疑問に思いましたが、昼食をとった鷲宮神社前の大酉茶屋で、らき☆すたのファンの方にお話を聞いた際に、「らきすたを通して知り合った地元の人たちに会いに来ている。友達に会いにくる感覚と似ている」とおっしゃっていました。鷲宮神社周辺に集まるファンの人たちも、らきすたがすきな人たちというよりは、様々なジャンルのオタクが集まっている場所という感じでした。アニメ放送開始から6年経った今、鷲宮を訪れる人は、純粋にらきすたの聖地巡礼という目的で訪れる人よりも、趣味の合う友人、仲間に会うという目的で訪れている方が多いのでは、と感じました。鷲宮が長い間ファンが絶えない聖地として存在する理由の一つは、ファンが鷲宮に求めるものが、らきすたというコンテンツから、人との関わりに移ってきたからではないかと思います。

全体として、コンテンツツーリズムとは言っても、その対象はアニメファンに限定されており、内向きな印象を受けました。ARアプリなど県と連携して新しい取り組みをしていましたが、その内容もファンの人向けであり、新たな観光客を取り入れようという感じは見受けられず、今いるファンを飽きさせない、繋ぎとめるための策のように思いました。
正直最盛期との比較ができないことが残念ですが、他の聖地と比べてみたりしたら、またそれぞれ違って面白いのではないかと思います。

マイナスの感想が多かったですが、ファンの方の熱意はかなりのものを感じました。あの熱意があれば、そらまちおこしできちゃうわ、って感じです。


3年リーダー すがぬま はるか
posted by masutanis at 21:06| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月07日

メディアツーリズムFW

6月30日に鷲宮にフィールドワークに行ってきました。今回は「きゃらナビ埼玉AR」というアプリを使って、らき☆すたの聖地を実際にまわりました。鷲宮駅から神社までよ周辺のお店にはARのバーコードが設置されていてARアプリをかざすとらき☆すたのキャラクターが携帯上に現れます。マップ上にはARコードが設置されている場所が登録されていて、どこにバーコードがあるかわかるようになっています。町中いたるところにらき☆すたのポスターが貼られていたり、らき☆すたグッズが売られている店もたくさんあり、らき☆すたで観光地活性化をしようとしてることが伺えました。
鷲宮の聖地として一番有名になっているのが鷲宮神社です。中でも痛絵馬は有名です。痛絵馬とはアニメのキャラクターの絵が織り込まれた絵馬のことです。絵馬というのは本来神社や寺院に祈願するために奉納するものですが、痛絵馬は本来の目的と少し違っているように感じました。もちろん願い事が書いてある痛絵馬もたくさんありましたが、中にはアニメの有名なセリフが書いてあったり、キャラの誕生日を祝ったりしているような痛絵馬もありました。痛絵馬には聖地巡礼にきた人々の聖地巡礼の証よような意味も含まれているのかなと思いました。また今回の私たちのようにその痛絵馬をみにくる人がいるように痛絵馬自体が観光資源になっているようにも感じました。
また私たちは鷲宮神社にいたアニメ好きな人達に鷲宮の話を聞くことができました。驚いたことに、そこにいた人々はみんながらき☆すたのファンということではなく他のアニメやAKBのファンの方もいました。これはらき☆すたの祭り以外にも痛車の大会などが鷲宮で行われている影響で、いろいろなアニメ好きな人々が鷲宮を訪れるからです。そこで知り合った人々は週末などに鷲宮に集まって話をしたりしてるそうです。鷲宮という場所は聖地として観光客を呼び寄せるだけではなく、オタクと呼ばれる人々の集まりの場としての働きもあるのだと知りました。その他にもたくさんの貴重な話を聞くことができました。
しかし個人的には鷲宮は観光地とし
て全ての観光客を対象にできていないように感じました。ARのアプリも説明が少し足りなくアニメをみていない人にとっては本当に聖地巡礼を楽しめるものかどうかは少し疑問でした。これから、らき☆すたを使った鷲宮の町づくりはどのように行われていくのか興味が湧きました。

iPhoneから送信
posted by masutanis at 19:21| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月05日

屋形船FW

私は、屋形船に今まで乗ったことが無かった。
今回は舛谷ゼミ恒例行事ということで非常に楽しみにしていた。

粋をテーマに考えてみるということなので、私が思う粋について記述しようと思う。
粋というコトバを聞くと、私は和を連想する。

実際に今回の屋形船は畳のお座敷で、円卓、座布団と[the japanese style]を感じる内装で、久しぶりに和を感じた。


日常生活のなかで、ところどころで和のテイストを感じても、様々な雑事に流され、記憶には残らない。

屋形船にいく ということで、私たちのこころには和を受け入れる
心構えができていたのかもしれない。
粋を味わうには、事前の用意が必要なのかもしれない、と感じた。


今回の屋形船では、先輩方はほとんどはじめてだったけど
、この2時間で舛谷ゼミの雰囲気を知れてよかったと思う。
posted by 12平井 at 22:51| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月04日

日吉台地下壕FW(6/22)

6月22日に神奈川県横浜市は日吉駅付近の地下壕見学を行った。

慶応大学日吉キャンパスには連合艦隊司令部が置かれ地下には防空壕や非常時の作戦室などが置かれた。内部はコンクリートの壁が続き、沖縄のガマといったいわゆる自然型の防空壕とは異なり、当時最新だった蛍光灯や大量の食糧が保存されていたという。通路もしっかりしていて、旧日本軍の総力を結集したのがうかがえる。

さて、今回のFW
はダークツーリズムをテーマに進めてきた学習の現地研修という形で行った。ダークツーリズムとはなんだろうかということから始まり、学ぶ観光、戦争観の形成を学んでから行ったわけだが皆はどう感じただろうか。

私の関心は日吉地下壕解体の話が進んでいる中、戦争遺跡の保存をどう考えるかということだった。地下壕は国が文化遺産として指定していないため、市としては宅地開発を止めることができない。一方国は地元から何の訴えもないから動けないというものだ。

しかし、かつて工事が地元住民の強い反対で中止されたことから(少なくともその時点では)保存に関する強い要望があったと言える。なお、国は数年前に調査を実施しているがその結果を発表していないという。私はこの点が最も疑問である。保存の会は何度も役所に足を運んでいるが、やはり調査結果が出ないと保存に向けた法的取り決めをできないと突き返されるのだという。そのため保存のために会が動いていることは署名運動や出版物により市民の声を集めて何とかしようということである。なぜ国が調査結果を公表しないのか、それは責任問題からではないだろうか。調査結果が公表されると戦争犯罪が明らかにされ、それに対する賠償や処罰、または外交に関しても何らかの影響が生じるのではないだろうか。戦争遺跡はそのようなダークな面も含んでいるのではないかと考える。

保存に関して。ガイドの方はこうおっしゃっていた。この防空壕見学を通して戦争のことだけでなく自分の人生についても何か感じてほしい、と。見学者の一人は地元に住んでいて地元にこんなものがあるのだから死ぬ前に見ておきたくてグループで来た。また別の見学者は教育関係者でその勉強のために訪れた。そもそもなぜ戦争遺跡を保存しなければならなのだろうか。悲惨な戦争をまた起こさないために?これが最も多い回答だと思う。そして日本においてこれは正しいだろう。しかしあくまで伝えるという作業を行うのは人であって物ではない。今回はガイドの方が日吉と戦争について伝えてくれ、人生について考えて欲しいとおっしゃっていた。戦争を繰り返さないといった我々にとって当たり前の世界観は人が作っていくものなのだ。日本にとっての戦争を語り伝える人がいなくなったらそんな戦争観は消えてなくなるかもしれない。

今回のFW
では戦争を忘れないため、というよりは歴史について、市民の見聞を深めるために地下壕は保存されなければならないと感じ、戦争遺跡は戦争観の維持の一つの道具だと考えた。



p.s. FWでは多くの人に聞き取り等を行うべきたった。





おのだ
posted by masutanis at 10:21| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月03日

日吉FW

遅くなりました。拓です(^^)/日吉FWについて報告です。
学徒出陣後の慶応義塾大学の地下に建設された本土決戦に備えた連合艦隊司令部の地下壕。今はただ空間があるのみで、どのように使われてたかなどはか壁にある、部屋名から想定するしかありませんでした。ではなぜその部屋名を判別することができたのか、それは戦後元々海軍将校だった人々からのオーラルヒストリーだったそう。近年、戦争経験者が次々となくなってゆく中、オーラルヒストリーとしての発見は下火なのかとおもいきや、秘密事項などが格上の元将校だった人々が亡くなることで当時格下の若い海兵だった人々から出てくることもあり、まだまだ太平洋戦争のオーラルヒストリーは終わらないそうです。また連合艦隊の司令部ということもあり沖縄戦や戦艦大和との通信など日本の太平洋戦争末期の各地の激戦とも関わっていました。特攻隊との通信もここで行っていたそうです。当時一番の技術が使われた、日本の太平洋戦争末期の海軍の中心の存在がこれからも多くの人にそれこそ口コミで広がっていってくれたらいいと思います。

3年 近藤 拓
posted by masutanis at 00:31| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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