2013年06月27日

6/22 日吉防空壕FW


慶應義塾大学、日吉キャンパスに隣接する防空壕でFWを行った。
僕は、防空壕というものに対し、間に合わせで造られた雑なもの、ただ一瞬の避難のために造られた穴蔵というようなイメージを持っていた。たとえば小学校の国語で習った「ちいちゃんのかげおくり」に登場するようなものである。
しかし、この日吉防空壕は、僕のイメージとまるで正反対のようなものであった。
入口を下るとすぐ、構造を教えてくれる壁があった。意図的なのかはわからないそうだが、壁が一部破壊されていて、レンガをむき出しにしている。レンガの厚さは40センチほどあり、「地下」の防空壕という存在を実感させられた。
また、防空壕は風がひんやりとしていて、とても快適であった。むしろ、終盤は寒ささえ感じた。
防空壕には暗号室、地上との連絡階段、食料室、通信室などがあった。
当時はこの場所で戦争の指令がだされていたそうだ。
いま僕が立っている場所で、当時たくさんの人の命を動かしていたのだと思うと、なんともやりきれない想いになった。
いま僕は大学で興味関心のある分野を勉強させていただいている。
戦争当時、日吉にも僕たちと同じ学生が勉学に励んでいた。
日本の戦況が悪化し学徒出陣となり、志半ばに亡くなった方々もたくさんいるのだろう。
経験したことのない戦争というものを、知ることをきっかけに様々な思考をめぐらすことができた。
先生経験者が減っていくなか、リアリティをもって戦争を伝えるのは、場所やものであると強く感じた。
「負の遺産」をどのように理解することが正しいのか考える良い機会となった。
posted by 12平井 at 14:44| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本とアジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月26日

屋形船FW

こんにちは(^o^)
3年の平山です。
久しぶりのゼミブログ更新。。。。
メールの下書きフォルダに、ブログの下書きが溜まっております。
が、今回はちゃちゃっと更新してしまいます。


さて、6月といえば、、、
舛谷ゼミ恒例行事、屋形船FW!!!!
今年も行って参りました。
今年はOBOGさんや先生方も来てくださり、60人で貸し切り*

課題として、「粋」はどこで演出されているのか、というものがあったので、その視点から書きます。


―「粋」とは。

"もともとは「意気」と書き【心ばえ、気合い】などをいいましたが、様々な意味を持つようになり、精神だけでなく衣装風俗にも使われるようになります。最初は男性に対して多く使いましたが、江戸後期になると主に女性に対して使われ、一種の美的理念を表すことばとして定着したのです。 "
「トクする日本語 − NHK アナウンスルーム」より
http://www.nhk.or.jp/kininaru-blog/125350.html


簡単に言ってしまうと、「粋」というのは、江戸時代に生まれた一種の美意識のことです。


私がまず、「粋」を感じたのが、提灯。
提灯は船に乗るまでの小道と船自体にもあったのですが、提灯がゆらゆらと揺れているのをみると「粋」だなあと思います。

調べてみると、提灯は江戸時代以前は、上流階級において宗教的な祭礼や儀式に使われていて、江戸時代以降に蝋燭が普及したため、庶民も照明器具として使うようになったようですね。今は、電球が使われていますが、LEDや蛍光灯より温かみを感じます。



次が、船の構造です。
私は、納涼船にも乗ったことがあるのですが、そのときは浴衣を着ていたのにも関わらず全く粋というものを感じませんでした。

納涼船と屋形船の何が違うか考えたときに、船の構造なのかなあと。
小さく、水面が近いことであったり。木が使われているところ、畳みに座れる構造になっているところ、靴を脱ぐところ、提灯などなど。(船の色には風情が感じられなかったけど)

屋形船の構造への配慮が「粋」を演出しているのではないかと。

そんな船の上でお酒とご飯と景色を味わって楽しむということが江戸時代の屋形船の遊びとリンクして、粋を感じることができたかなと思います。



また、今回はもんじゃが料理として出てきましたが(本来ならば豪華な料理を楽しむ)、そのもんじゃというのも安いながらに粋を感じることのできる工夫のひとつかなと思いました。


―これが例えば、焼肉だったら。

粋は感じられないと思います。


もんじゃが生まれたのは昭和ですが、その原型は安土桃山時代からあります。現代では東京下町の伝統的な食べ物として認知されているもんじゃだからこそ粋が感じられるのではないかと思いました。



この感覚って、外国人はどう感じるんだろうとふと疑問が。日本人は日本で過ごしてきたからこそ感じられる「粋」があるわけで。
外国人からしたら、「粋」って感覚がわからないのか、侍だ!って思うのか(侍はなんか違いますね、笑)

留学生とかといっしょに乗って、「粋」をどこに感じたのか聞いてみるのも面白いかもしれないです。(5000円は高いかな。あと、宗教によっては食べ物の問題もあったり。)



舛谷ゼミでは毎年5000円の屋形船に乗っていますが、本来ならば10000円ぐらいしたりして。
でもその分、料理がお刺身だったり、天ぷらだったりと豪華です。
はぜ釣りができる屋形船もあってびっくりしました!(いつかはそんな屋形船にも乗ってみたい)



少し話は変わりますが、同じ船の観光でいうと、日本橋から神田川や隅田川のクルーズというのもあります。

このあいだ神田川クルーズに行ってきたのですが、江戸城のお堀のあとがそのまま残ってたり、いつもとは違う角度から東京を見ることができて、すごく面白かったです(^〇^)


調べてみたら、ものによっては40人で貸しきりとかもできるみたいなので、こちらもFWでいけたらいいなと思います。値段も2500円とか。食べ物はでないけど。



まあ何はともあれ、楽しかったです今年も。こうやって学年関係なく仲がよくなっていけるのは、舛谷ゼミならではですね。(^_^)

これからもみんなで楽しみながら、ゼミの活動をしていけたらいいなと思います。



観光まちづくり3年
平山楓
posted by masutanis at 22:04| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月24日

日本とアジアFW

6月22日に日本とアジアのFWで日吉の防空壕に行ってきました。日吉の防空壕は太平洋戦争中につくられたもので現在慶應大学日吉キャンパスの地下に残されています。この防空壕は海軍の連合艦隊司令部によって作られたもので、「軍港に近い」「受信状態がいい」などいくつもの好条件が重なり慶應大学が選ばれました。
当日、私たちは「日吉地下防空壕保存の会」のガイドさんに案内してもらいました。おもに見学した場所は「第一校舎」「地下壕」「寄宿舎」です。まづ、第一校舎では当時、情報部を担当する軍令部三部が外国の情報を得るため資料の収集や翻訳をしていました。現在でも慶應高校の校舎として使われています。次に地下壕に行きました。以前は泥が膝近くまでありなかなか中には入らなかったそうですが今は整備されててとても歩きやすくなっていました。中にはたくさんの部屋があり、特に指令長の部屋は壁などもとても綺麗にされていて、当時は畳もひいてあったそうです。現在は何も残ってませんが、蛍光灯や水洗トイレなどもあり当時では最先端の設備が整っていました。最後に寄宿舎です。今は学生寮なのではいることはできませんでしたが、中にはローマ風呂なども備わっていて「東洋一」とも言われていたそうです。その他にもチャペルや耐弾式竪穴坑も見学したりと今回のFWはとても貴重な経験となりました。
戦争という大きな過ちを繰り返さないためにはこの事実を後世に語り継いでいく必要があります。今では戦争を語れる人は少なくいずれはいなくなってしまいます。そのなかで当時の建物、文書、映像などは歴史を語り継ぐうえでとてもなかで大事な遺産です。新幹線開通や一部取り壊しが問題になっていますが、当時のままで残っている日吉地下防空壕はダークリズムの観光地として今後も大切にしていかなきゃいけないと思います。今回のツアーをみると年輩の人が多く若い人は少なかったです。後世に伝えていくには若い人が戦争の歴史を理解していくことが必要です。日吉地下防空壕はあまりしられていなく、いつでも入れるわけではないので来づらいかもしれません。しかし学校の近くということをいかし学祭やオープンキャンバスなどでもツアーをしてみるのは、若者の興味をひく手段の一つかもしれないと思いました。
大橋衛
posted by masutanis at 12:49| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日吉地下壕見学

今回のFW以前に、私は修学旅行で沖縄へ行った際、戦時中に実際に防空壕として使用されていたというガマの中に入る機会があった。足場が悪く、懐中電灯がなければ前に進めないような暗さで、どこか重い空気の漂う雰囲気であったと記憶している。そのため今回の日吉防空壕を訪れるときにも、そのガマのイメージが強く残っていた。しかしながら日吉でのそれはというと、中がきちんと整備されていて、多少滑りやすい程度だが、足場が悪いということもなく、むしろ、予想を遥かにしのぐ頑丈さと広さがあったことに驚いた。中に進むに連れて少しう酸素が薄くなったような感じがしたのだが、重い空気が漂っていたという感じはなく、むしろその頑丈な造りゆえの絶対的な安心感があった。今回私たちを案内してくれたのは日吉台地下壕の保存をすすめる会のみなさんである。ご年配の方が多くいらっしゃる中、その中で“宣伝部長“と呼ばれていた男性の方は私の父、母とあまり変わらない年代の方であったように思え、過去の歴史的な記録が伝統としてしっかりと受け継がれているさまを感じた。今回配布された資料にはお話で聞いた部分と同様に詳しく記載がなされていて、今回のFWを思い返すのに最適であり、また今回のFWでは偶然にも戦時中の寄宿舎で実際にガードマンとして勤めていた方の生の感想を聞く機会があり、総合的にとても貴重な体験をできたといえる。しかしながら今回のFWにおいては受け身になりがちな部分があったと思うので、自分から質問を積極的に投げかけ、現場に立つ人々ともっと会話をできたならと思う。貴重な体験のできるFWにてよりたくさんのことを吸収し、より見聞を広めていけるよう、次回も取り組んでいきたい。

小松崎欽一
posted by masutanis at 10:53| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月16日

えきぽFW@福生

拓です!!
観光まちづくりFWについて報告します(^^)
今回はJR東日本のキャンペーン「えきぽ〜駅から歩くウォークラリー」を東京都福生市で行いました。
福生駅に集合しえきぽアプリをダウンロードしていざ出発。
まずは福生市の観光案内所「くるみる福生」を訪れ、立教大学観光学部の名前を振りかざし、強引にもお話を聞くことに成功。
福生市の観光スポットだけでなく街の歴史、観光案内所の仕事について、福生市の観光事業の今後の展望など興味深い話をたくさん聞くことができ興味深かったです。観光地化があまり進んでいない街の観光案内所だからこそ聞けたお話でした。

次に清岩院を訪れましたがここでも住職さんに説明を聞くことができました。お寺に眠る秘宝のお話と玉川上水の歴史のお話が印象的でした。
続いて訪れたのが田村酒造場、ここは清岩院の住職さんが教えてくれた通り本当に玉川上水から水を引いていたようで、用水路がありました。さすがこの町の大地主の家だけあり、見事な庭園でした。
玉川上水を横切り、福生駅を北へ。大多摩ハムのレストランで昼食、どうやら人気のお店のようで満席。予約しておいてよかったです。ハムとドイツビールが最高でした。
ここではえきぽアプリを使うことでワンドリンクサービスしてもらいました。
さらに北へ進み国道16号線へ。
ここは先ほどの玉川上水のイメージからは程遠く、アメリカがありました。異国情緒漂う街並みで福生市もこの風景を福生10景としてPR。観光資源として友好的な関係を保てているのかと思いきや、通り沿いの公園では横田基地反対の集会のようなものが行われていて、なかなかうまくはいかないものだと感じました。この16号線沿いは訪れるには良いですが、騒音問題などがあり、住むには向かないのかもしれませんね。
ブルーシールアイスを食べました。支払いは米ドルですww

福生の街には玉川上水と米軍基地という二面性があり、街歩きとしては一石二鳥です。地域の人達のお話も聞けて勉強になりました。えきぽのアプリに関してはARよりも実用性はある気がします。観光地ではないところを観光するには使えると思います。他のコースも今後いけたらいいですね。

観光まちづくり3年
近藤 拓
posted by masutanis at 17:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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