2012年03月23日

卒業旅行☆マレーシア

attachment00.jpgattachment01.jpgattachment02.jpgattachment03.jpgattachment04.jpg今回のマレーシアの旅はゼミ生と行く最後の旅であったと同時に、今までの観光学部で学んできたことを振り考えさせられる旅であった。
中でも最も印象深かったのは旅行会社のオプションツアーで参加した原住民の生活の見学である。
文化村と呼ばれる地にボートで行くと、そこには10件に満たないくらいの住居があり、人が住んでいる。
観光客はツアーコンダクターに指示された現地の人が伝統芸を披露するのを見学した後、カメラをもって住居の中を覗く。
中には無邪気に反応する子供もいるが、私達を見つめる母親の目は鋭い。新品の衣類を着ている人もいれば、何も身にまとっていない子供もいる。
そこらじゅうに新旧の混在したガラクタの山が存在する。
家の中には生活の様子が伺える食器などがあり、外に洗濯物も干してあるがその違和感は感じざるを得ない。
ゲストとホスト、本物と偽物の二項対立を改めて考えさせられる瞬間だった。
その晩、ゼミ生で話し、あれは時間制のアルバイトだったのではないかという結論に至ったが真実は分からない。
写真を撮る心境になれず、殆ど撮らなかったものの、マレーシア人の友人が写真を見て、「この人達は私の仲間!私と一緒の民俗!」と言ったときには何とも言えない後ろめたさを感じた。
おそらくあの形態はあの形態で観光業として経済的に成り立っているし、相互依存の関係にもあるだろう。しかしもやもやしたものが頭の隅に残るような形態であることは否定できない。
観光をしている際、純水に楽しもうという意識が働いていると、都合の悪いものには目を背けたくなることもある。
しかしそれだけではその地の社会構造は理解できず、楽しむことはできてもその深さに触れることはできない。
一歩足を踏み入れて、また一歩能動的に調べてみる。その重要性を改めて感じた旅であった。
それが観光を経済的観点からだけでなく社会的観点から考察する交流文化学科の姿なのではないかと今更ながら感じた。
話は変わるが、この旅を通し明確に言えることは、私達4年ゼミ生はたくましく育ったということである。歩く旅を重視する先生に引き連れられ、徒歩移動のゼミ合宿や数々のトレッキング、富士登山などを経験した私たちは、並大抵のトレッキングではへこたれないほど強くなった。
これらの経験が、今後社会の荒波にもまれても耐えていける忍耐力を養ってくれただろうことを願って止まない。
3年間、先生、ゼミのみんな、ありがとう!(*^^*)
M.T.
posted by masutanis at 23:33| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko10 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。