2010年09月30日

グアム合宿

9月14日〜19日にグアム合宿に行きました。ゼミでまさかビーチリゾートに行くとは思ってませんでしたが、初英語圏だったし楽しみにして日本を出発しました。




私が今回の合宿の中で一番印象に残っているのは良かれ悪かれやっぱりトレッキングツアーです。とりあえず過酷でした。
スコールかと思った雨は結局ずっと止まず、びしょびしょで泥だらけになりながら丘を下りました。もはや滝つぼジャンプどころか濁流で溺れかけました(笑)デジカメ故障者も続出しましたね。あと、みんなで雨の中おにぎりを食べたことは忘れられません。




そんな過酷なトレッキングでしたが、案内してくれた芳賀さんの話から学ぶことはたくさんありました。事前に購読で戦争におけるグアムについてある程度の知識は知っていましたが、現場で芳賀さんの話を聞いて実際にその戦場を歩くというのは本で読んで得た知識をはるかに超えて感慨深いものでした。実際の戦場を前に「ここから日本軍の兵隊が上がってきて・・・」「爆撃であっちの島の空が真っ赤に染まっていた」などの話を聞いているとそれがとても生々しく感じる一方で、「本当にこんなにきれいな島が戦場だったのか?」とその事実を信じきれない気持ちもありました。しかし歩いている途中で爆弾の破片を見つけた時はやはり事実なのだということを改めて実感させられました。グアムでの戦跡巡
りとトレッキングを通じて、人が見るために解説などが用意されてガイドブックに載っているような整備された戦跡よりも、戦後人の手つかずでそのまま道端に放置されたような戦跡の方が戦争というものをより強く意識させるなと私は思いました。現在グアムはビーチリゾートやショッピングのイメージが先行していて、戦跡についてはあまり知られていません。芳賀さんが後日送ってくださったメールにもありましたが、私たちは戦争というとどうしても暗く重いものと捉えがちになってしまいます。私も実際そうだし、出来れば避けたいと思ってしまうテーマです。でも戦争については日本人なら知っておかなければならないことだと思うし、観光などを通じて実際に戦跡を見てそのことを多くの人に知っても
らうことで、自分たちが生きていく社会にとって少しでもプラスになるのではないかと思います。なので日本人にとって身近なグアムは今後戦跡についてももっとPRしていくべきではないかと感じました。




またグアムをリピートするかということについてですが、私はリピートはしません。まず実際グアムを訪れてみて個人的にそこまで魅力を感じるものがなかったというが理由の一つです。チャモロビレッジなど民族文化の施設もあったけれど観光地としては独自性が少し薄いように感じました。実際観光施設より道で偶然出会った水牛と原住民ぽいおじさんのがインパクトが強かったです。あと町なかに日本語の看板が多数あったりお店の人に日本語が通じたりと、日本人としては安心できる反面、外国であるのに日本化されすぎている気がしたからです。旅行はやはり普段の環境とは異なるものというのも魅力だと思うのですが、グアムでは海外旅行にしては「外国に来た」という気持ちがあまりなかったように思
います。




しかし戦跡を含め、ビーチリゾートだけではない今後のグアムの観光がどのようになっていくのか注目したいです。




3年 天野

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*〜グアム合宿〜*

14日から19日までグアム合宿を行った。先生も初めて、ゼミ生もほとんど行ったことがないという中始まった今合宿は、期待していたよりも内容の濃いものになったと思う。

5日間の日程の中で考えさせられたのは大きく2点ある。一つ目は私達が知らなすぎる歴史と国というものについて、二つ目がグアム観光についてである。
一つ目はやはり芳賀さんのお話の影響がとても大きい。私達がトレッキングを行ったあの場所も、日本軍との陸上戦があったという事実を知らなければ、単なるグアムの新しい観光の要素に加えられてしまうだけである。ガイドブックに綺麗なビーチと並べられて載せられてしまうだけである。あるいはその事実が知らされなければ、その事実を伝えていく人がいなくなってしまえば、ゲスト側はアクティビティーの一つとして壮大な自然に触れるだけで、いまだに残っている銃弾には気づかないのである。例えばタモン湾周辺でグアム観光をする日本人がここを訪れたとして、昔同じ日本人が、今私達が生きる日本という「国」を必死で守ろうと戦って亡くなっていった場所であるという事実を知らないということになったら、それは本当に悲しいことであると思う。私は正直、「国を守る」だとか「国を想う」という感覚は分からない。けれども、当時戦争の中で生きていた人々は、自分の命を失うことよりも日本という国が無くなるということを恐れたと芳賀さんは言っていた。もう一度言うが、私にはその祖国愛のようなものは分からない。しかしそこまでして彼らが守ろうとした日本という国への想い、大切に思うものへの想いは少し分かるような気がした。そして私達が日本で生きているということは、彼らの、国に対する大きな大きな想いの上で成り立っているのだというようにも感じた。
戦争は誰が、どちらが悪いということは重要ではない。戦争それ自体が悪いのだと私は考える。だからこそ、語り継いでいかなければならない。戦争という事実、どのような事が起こったのかを知らない人がいてはいけないと思う。まして私達は戦争の本当の怖さや悲惨さを体験している訳ではないし、戦った彼らの気持ちや想い、考え方も分からない。特に、私を含め日本人は自国の歴史や、国そのものについても知らなさすぎる。そうであるならば戦争体験者や語り継ぐ人がいなくなっていくとともに、伝えていかなければならない事実も風化していき、また同じようなことを起こしてしまうかもしれない。次の話にもつながっていくが、そういう意味で芳賀さんが担っている役目というのは、非常に重く大きいものだと思った。
二つ目はグアム観光についてである。私はグアムに対してやはり、誰もが持っているリゾート地というイメージしか持っていなかった。しかし今回回ったところが既存の観光コースでない所ばかりであったせいか、私が持っていたイメージとはグアムの表面的な部分だけであったのだという事を実感した。逆に言えば、グアムには戦跡やチャモロ文化などとても興味深いものがあるにも関わらず、訪れる前に私達が描くイメージはとても薄いものであるということが非常に残念に感じた。グアムを訪れる多くの日本人(観光客)は、ガイドブックに載っている整備されたビーチや宿泊施設、免税店などを目当てにやってきて、それらだけを満喫して帰っていく。つまりどこのリゾート地でも出来るような観光をして帰っていくのである。グアムにはグアムでしか出来ない、グアムにしかない観光があるのに、それらの魅力を発見出来ないために、ガイドブックに取り上げられないために、つまり知られていないがために、グアムの観光は小さなものに収まってしまっているのだと思う。私達日本人が海とショッピングを期待するから、現地でもそれらを用意するのか、あるいは現地がまずそのような観光地にしたから、私達がそれを期待するようになったかは、はっきり言えないと思うが、まだまだ伸びしろがあるグアムをこのままにしてしまうのは、本当にもったいないと思う。
私はグアムにリピートしたいとは思わない。現状のグアム観光だと、もう見終えてしまったような感覚になったからである。(もちろんそんなことはないが。)既に用意されたマーケットの中に行くような観光ではなくて、私達の合宿で回ったような、グアムの歴史に触れることが出来たり、グアムで生活する人々の文化を体験出来たりなど、もっと深いところでの観光が可能になれば、もう一度行きたいと思う。付け足すと、今回の戦争の話のような、語りなどを聞くことが出来たら、さらに興味深いものになると思った。


最後に。
舛谷ゼミではグアムとか珍しい気がするけど…みんなで海入ったり、買い物したり、ハンバーガーいっぱい食べたり、そんな合宿も新鮮でした!もちろんゼミらしいトレッキングもあったけど。濁流だったけど。笑(確実に至上最も過酷。)サンセット見たり、ウェスティンでヘヴンリーしたり…(飛行機のせいでゆっくり出来なくてごめんねー。)とにかく無事に終えることが出来て良かった☆みんなのおかげです、ありがとう!!そして、ちーちゃん、あいりお疲れ。はまちゃんもありがとねー。

今回の合宿を、個人テーマに生かせたらなと思います。

3年 佐藤 絵梨香
posted by masutanis at 19:45| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

ゼミ合宿 in 上海

9月7日から12日まで、2年生のゼミ合宿がありました。

簡単に行程を説明すると

9/7 移動、百貨店の四川料理屋で食事

9/8 華東師範大学日本語学科の学生さんたちと討論会,図書館見学、豫園

9/9 上海万博見学、夜景クルージング

9/10 鮫島さんと郊外の朱家角へバスツアー、上海雑技団

9/11 華東師範大学の学生さんたちと豫園観光、上海経済中心(94階の展望台)

9/12 帰国(出発が悪天候のため80分遅延)




中国への渡航は初めてだったのですが、
日本語の製品(偽物を含め)が沢山おいてあることに驚きました。 
意味がよくわからなくても「の」が製品名に使われるのは台湾だけではないんですね。

日本ではおなじみのコンビニも、中国へ行くと包子の種類が豊富で、つい美味しそうなのをいくつか買ってしまいました。しかし、意味がわかっても発音ができないと、注文が大変ですね。

もうひとつ決定的な違いは、以上に多い検閲です。地下鉄の改札や、バス停留所、フィナンシャルタワー等を通る前に、飛行機の手荷物監査のような機会にカバンを通さなければいけません。何をチェックしているのかいまいちわかりませんでしたが、朝のラッシュ時にこれをやられたら絶対電車に乗り遅れます。



滞在場所は、大学内にあるホテルでした。
学生がたくさん住んでいる集団合宿所のような所を想像していたので、部屋に着いた時びっくりしました。 シャワーの出が悪かったり、トイレの水が流れないなど細かいトラブルはあったものの、アメニティもドライヤーもあったので、結果的には満足しています。あとバスローブ!








今回1番印象に残ったのは、なんといっても万博でした。

ニュースで見ていたよりもずっと広く、そして周辺ビジネスの巧みさにも驚きました。
すべてパビリオンのスタンプが押されたパスポートは誰が買うのでしょうか?

並ぶ時に座る折りたたみ椅子は、幸い壊れなかったので、お土産として持って帰りました。
プラスチックの椅子で、座る面がドット柄になっています。入口付近にて10元で売っていました。



午前中はひたすら日本館に並び、3時間待ちだったでしょうか、ようやく入ることができました。
私はスタンプが大好きなのですが、まだパスポートを買っていなかったので、この時入口にあったスタンプを押すことができなくて非常に残念です。





昼食としてみんなで中華パキスタン料理を食べた後は、パスポート(切手付、35元)を買い、近くにある空いているパビリオンを回りました。イラン館でお茶を飲んだ以外、休まず歩いてました。




アジア区域で回ったパビリオンは

トゥルクメ二スタン(1元払ってシール付スタンプ)

カタール(無料でマグネットピンをもらいました)

モロッコ(3階建て)

レバノン

イラン(音楽のライブがありました。 2階はペルシャ絨毯の販売コーナー)

北朝鮮(壁面に Paradise of people と 書いてありました。2元払ってシール付スタンプ)

ウズベキスタン

ネパール(10元払って切手シール2枚とスタンプ)




個人的には、アラブ首長国連邦のパビリオンが豪華そうに見えたので気になりました。
誰か行った方いませんか?

全体的に展示の解説が少ないように思えました。特にモロッコ館は、雰囲気作りは上手なのに、説明書きが殆ど無かったのを覚えています。




ネパール館の時点から、足はヨーロッパ区域に向かっていました。
バスの使い方が分からず、到着が遅れてしまったことをお許しください。


ヨーロッパは、パビリオンを見定める時間すらなかったため、とにかくすぐ入れる所に駆け込みました。結果




セルビア
エストニア
フィンランド



この3つを回ることができました。
セルビアは入ってから1分くらい経ってようやく国名がわかりました。

ヨーロッパ区域のパビリオンはどれも個性的な形をしていてどれも入ってみたかったです。


特にエストニア館は印象に残っています。
詳しい説明は読めませんでしたが、豚の貯金箱が館内にぽつぽつと置いてあるだけでした。





万博について今までゼミで学んできましたが、ここまで興味をそそられるとは思いませんでした。
これがディズニーランドより安いのが驚きです。

これが情報の少ない昔ならもっと輝いて見えたのでしょう。でもただ通り過ぎるだけで終わってしまうのは嫌だったので、思ったより人が少なくてよかったです。
個人的にはもう2日、万博を見る日が欲しかったです。


全部で12のパビリオンを回ったわけですが、パスポート(スタンプ帳)のページ通りにスタンプが押せたのは、フィンランドとネパールだけでした。マイナーなところばかり回りすぎました。。
次に行く機会があれば、手当たりしだいに入らず、もう少し考えて動こうと思います。


2年 宮内 香奈恵
posted by 09みやうち at 10:07| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3年☆グアム合宿

 グアムでの合宿は想像以上に濃いものであった。私が今回印象を受けたのは、2日間ガイドを担当してくれた、チャモロ人のレナードさんの話と、トレッキングを意義深いものにしてくれた芳賀さんの話である。

レナードさんはとても気さくな方で、家族のことや自らの研究状況など様々なことを語ってくれた。レナードさんとの話の中で見えてきたのは、必ずしもグアムに住んでいる人たちはアメリカという枠の中に収まっていないということだ。チャモロ文化とアメリカ文化はやはり様々な点において違いが存在し、そしてまた、アメリカが好きだというチャモロ人と、国籍はアメリカでも心の中では自分はチャモロ人だというアイデンティティーを持っている人々がいることを実感した。また戦跡の説明では生々しい話を聞かせていただいた。自らの親族を日本人との戦いで亡くし、苦しみ、戦後も日本人狩りに出かけていたという話には衝撃をうけ、心から合掌した。チャモロ文化においては、母系社会構造の話が新鮮なものでとても面白く、また羨ましくもあった。

芳賀さんの言葉では“愛国心”という言葉が印象的であった。戦後から暫く経った現在、日本人にはこの言葉は戦争の反動であまり良い印象では無かったように思われる。“愛国心を国家から植えつけられていたため、「日本万歳」と叫んで崖から飛び降り、また、集団自決で命を落とす日本人が多くいた”と私自身、小学校からの授業でも教えられてきて育ってきた。しかし大学生になってから、様々な国籍の方と関わることによって、また、今回の芳賀さんの話を通して、“愛国心”を持つことは自然なことであると思うようになった。自国の文化に誇りを持たない人や説明できない人はやはりどこか欠けている人のように思われる。現在の日本は“愛国心”に欠けているがために、逆に衰退していっているのではないかと感じる。先進国と言われながらも、自分を含め、これだけ歴史や政治など、自国のことを伝えられない国民は日本人以外にいないのではないかと思われる。平和は維持していきたいが、対立を覚悟で意見を発信しなければならない場面もある。その解決策が一貫性をもった意見を述べることだとしたら、まずは一つ一つの出来事において、自分の考えをしっかり持つことが重要である。そのためにも現在の日本は過去の積み重ねでできていることを忘れずに、歴史・文化・政治を学ぶと共に、国内の、そして海外の動きに目を向けていけるようになっていかなければと感じた。

 私はグアムにリピートしたいとは思わない。観光は見聞を高めるためにするものと考えたとき、表面的なグアムの観光は意義を満たしていないように思われるからだ。観光の楽しみはそこでしか見ることのできないものや感じられないものに触れることと、現地の人々と交流をもつことにあると思う。グアムでこの二点を体験するのは個人の旅行では難しいのではないかと感じる。研究者として行くなら、こんなに興味深い島は他にないかもしれないが、友達と表面的な観光に行くなどというときには、また訪れたいとは思わない。

 

〜思い出日記〜

1日目★ Grand Plaza Hotel到着。ゆかと同じ部屋ではしゃぐ。シャワーが出なくて焦る。コップを駆使して頭を洗う。

2日目★ Museumで戦争中に使用されたものや当時の状況について説明を受ける。現地の人にガイドしてもらい戦跡を巡る。車の振動があまりにも激しく、インディジョーンズを歌う。

トレッキングの説明を受けた後、チャモロビレッジの屋台で夕食。ヤシの実はまずかった。

3日目★ 初日の出を見ようと5時半に出発しビーチへ。真っ暗の中、不思議なトンネルを先生に連れられて抜けると目の前にはビーチ。日の出は反対側だが楽しんだ。ヒトデに出会う。ゆか・いっちゃん・てっしー・先生とジャンプ写真を試みる。先生が一番よく飛んだ。HYATTを通り抜ける。ゆかとSubwayへ。再び戦跡ツアー。警察署にも行く。あいり・さとえり・ちーちゃんと共に運転手さんとの交流を試み成功。チャモロ文化やグアムの歴史、そして現代にいたるまでの幅広い知識を教えてもらった。やはり現地の方から説明をうけた後は、何を見ても見る目が変わる。その後恋人岬に寄り、Micronesia Mallでお土産購入。夕食は中華のバイキング。みなは逆バンジージャンプをやっていたが、あたしとゆかとちーちゃんは叫びながらの写真係。その後DFSでIKKOさんが来たというソファーで写真撮影。怒られるかと思っていると店員さんが優しく、まさかの全員で撮影。入り口入ってすぐ場所での浮いた集団の撮影は注目を浴びる。

4日目★ バンに乗ってトレッキングへ。熱の入ったガイドさんの話はやはり説得力がある。高台から下を見下ろし、当時の戦争の情景がまじまじと浮かんだ後、高台からその道を下る。悪天候で川は増水。泥水を泳ぎながらも進むがストップがかかる。ルートを外れ、イレギュラーな道へ。銃弾が普通に落ちていた。傷だらけになりながらも帰宅。ホテルでグアム観光についてのディスカッションをする。夕陽をビーチに見に行く。夕食は安くて美味しい麺屋さんで食べる。スーパーと大阪屋に行きお土産を買う。

5日目★ 朝市で朝食。初めて地元の人が半分くらいいる環境をみつけた気がした。Westinに移動し、部長の方とのディスカッション。プロジェクトのグローバルスタンダードにあまりにも関係する話だったので驚く。美味しいビュッフェを堪能し、やっと待ちに待った水中アクティビティー!と思いきや受付時間終了。ホテル前のビーチで遊ぶ。ビーチアクティビティーのために貯めていたお金をJPDFS等の免税店に行き、必死で使う。へヴンリーベッドを体験し、寝過ごしそうになる。2時頃バタバタとホテルを出て、空港へ。

 

今回の合宿を手配してくれたさとえり・あいり・ちーちゃん・はまちゃん本当にありがとう★(*^_^*

村井 智美

posted by masutanis at 08:33| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

上海合宿


私の今年の夏の2大イベントの一つであった5泊6日の上海合宿について書こうと思います。上海では、毎日が充実しすぎていて全てのことをひとつずつ書いていたらきりがなさそうなので、いくつかピックアップしたいと思います。

まずは華東師範大学の学生との交流です。事前に先生から現地の学生とディスカッションをすると聞いていたので、英語で話す心構えをしていたのですが、彼らは本当に日本語が堪能で驚きました。また彼らが大学に入学してから日本語の勉強を始めたことを知り、私も大学で習い始めた中国語の勉強をもっと頑張ろうと刺激を受けました。ディスカッションを通して、彼らも私たちと同じようにこれから先、日本と中国が更に友好な関係になっていってほしいと思っていることを聞き、私たちの世代がそれぞれの国を引っ張っていく時なれば、戦争時代を生き抜いてきた日本人と中国人の間にできてしまった壁を壊していけるのではないかなと思いました。休日にも関わらず、私たちのために天候も悪い中、上海の名所である豫園を案内してくれて彼らにはたくさんお世話になりました。日本に彼らが訪れた時はぜひ恩返ししたい思います!
次に万博についてです。正直な感想は、少し期待はずれでした。万博はそれぞれの国の技術や文化を展示する場だと思っていたので、2時間以上並んで入った日本パビリオンを見終えた時に、少し物足りなさを感じました。もっともっと日本の素晴らしい技術や文化を紹介しても良かったのに…。今回は1日で日本、韓国、カンボジア、マレーシアパビリオンの4つしか回れませんでしたが、今度どこかの国で開催される万博に行く機会があれば何日間かかけて、参加している全ての国のパビリオンをぜひ見てみたいと感じました。
最後に、カルチャーショックについてです。横断歩道があっても人を優先せずに車が平気で走っていくので、信号があっても信号を見ずに車を見て渡ることや万博では、列に並んでいる時に進んでいないにも関わらず、どんどん後ろから押してくる人がいたり、日本人からすればマナーが悪いと思ってしまう部分がいくつかありました。多分それは日本人のものさしで見てしまっていたからだと思うし、日本と違う部分を見て日本の良い部分を再発見することもできたので良かったです。海外観光の良いところのひとつはカルチャーショックを経験できることなのだと改めて思いました。
それともうひとつ!上海の夜景は本当本当に綺麗で、夜景にひとり酔いしれていました。あと雑技団の演技は圧巻でした!中国だからこそなせる技なのではないかと思いました!

今回の上海合宿はハードスケジュールだったので、夜みんなで話で盛り上がったりする余裕もなく、朝早くから夜遅くまで上海の街を歩きまわっていましたが、とても濃い6日間でした。ゼミ生のみんなともっと仲良くなれたと思うし、また来年の夏もゼミ生のみんなでカルチャーショックを経験できることを今から楽しみにしています!そして上海合宿係の方々、お疲れさまでした!とても充実したゼミ合宿でした♪

2年 柄沢 陽子
posted by masutanis at 12:50| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上海合宿

9月7日〜12日まで上海へ行きました。

1日目は空港から上海の学生達と合流して大学の寮に向かいました。上海の学生さん達は日本語がとても上手くて、その上荷物も率先して運んでくれて、なんて親切なんだろうと感動しました。でもこの旅行で出会った他の中国人たちは、コンビニで、お釣りがないから細かいお金で払うように言ってきたり、平気で信号を無視したり、人にぶつかっても謝らなかったり、正直良い印象は残りませんでした。なんで同じ中国人でこんなにも違うのかとても不思議に思いました。

2日目は華東師範大学の学生達と交流しました。私のグループは恋愛について討論したのですが、中国人はかなり経済的な面を重視するという事を知りました。それを聞いて中国では今、富裕層と貧困層の格差がすごいというのを思い出しました。あと中国人と日本人は東洋系で顔も似ているけど「誰がかっこいいか」という感覚は違うというのもわかってびっくりしました。

3日目は万博に行きました。日本館に入場するのに2時間位かかりました。日本館は、水や朱鷺、ロボット等の内容でした。他に見た国のパビリオンは、どれもその国らしさが出ていたけど、日本館は特別「和」を主張してるわけでもなく、そういう感じがあまりなかったかなと思います。

中国雑技はどの演目も凄くて二時間ずっと目が釘付けでした。あんなに体をはってるのに1800円は安いと思いました。終演後は出演者の近くに寄ることができて、舞台では大きく見えるけど、男の人も女の人もみんな小さくて、小さい時から苦労してるんだろうなぁとしみじみ思いました。

中華料理は、日本で食べていた中華と違うという印象でした。先生が「日本の中華は台湾料理だもん」と言っていて納得しました。いっぱい中華料理を食べて少し慣れたけど、やっぱり日本食が恋しくて最終日はみんなで味千ラーメンに行きました。

中国は高層ビルなどが立ち並ぶ一方、トイレとかは凄く汚かったり、使う人のマナーが伴っていなかったり、いろいろと『発展途中』なんだなというのをすごく感じました。香港には行ったことがあったけど、今回は観光地化されてない中国を少し知れて良い体験ができたなと思います。

2年 深野

posted by 09ふかの at 12:43| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゼミ上海合宿

一日目 @上海到着
    A大学およびホテル到着
    B一日目の夕飯
    C上海に初めて来ての感想
    
二日目 @もう一つのキャンパスに到着
    A学生との交流
      ↳会話の中で知ったこと・思ったこと
    B大学についての感想
    C新天地について
    D二日目の夕食

三日目 @上海万博について!
      ↳日本館
      ↳万博博物館
      ↳アフリカ館
      ↳カナダ館
      ↳フランス館
    A上海の景色?夜景?街並みについて(クルーズとか)

四日目 @水郷について
    A上海雑技団について

五日目 @よえんについて
    Aマッサージ
    B自由時間について

自分が思ったことのまとめ
    @上海の食事について
    A上海のマナーについて
    Bその他
                      とりあえず下書き!あとで追記します!!
                                      阿部
posted by 09あべ at 10:23| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上海ゼミ合宿


舛谷ゼミでの初の海外合宿、上海合宿は本当に、いろんなものを吸収しようと毎日精一杯目を見開いていた、そして結果得るもののとても多かった合宿であったと思います。毎日が刺激的でとても充実していました。

私が上海へ行く前のイメージとしては、とても近代化された、東京とほとんど変わらないような街なのだろうと考えていたのですが、空港から大学へ向かうバスでの景色はそのイメージとは大きく異なっていました。実はずっと遅れている、というか…日本のレトロ、工業地帯のようなイメージで、私は最貧国の1つと言われるバングラデシュを訪れた経験があるのですが、その街並みとすごく似通ったところがあることに驚きました。屋台のような、露店が沢山あったり、車やバイク、自転車が、大量に秩序なく、クラクションを鳴らしながら行き交っていたり。なんだかすごく“アジア”だなぁという感じがしました。日本も確かにアジアだけれど、でもその街並みとは全然違っていて、つまり日本という国は本当に、アジアの中でも欧米化された一国なのだなぁということを感じました。

上海万博。本当にこの世界は広いし、沢山の国々があって、その一つ一つに確かに独自の魅力がある、万博を訪れてそれをすごく実感しました。漠然としていますが、私は万博というのは本当に、すごく、いいなと思います。何かそれぞれの良さを披露し合って、理解し合って認め合って、というものだし、全体をちゃんと歩いてみると、あぁ本当にそれぞれ違う国がこんなにもあるんだな、ということを実感できて、訪れたパビリオンのところには実際に行ってみたいと本当に思うし、大げさかもしれないけど、とても難しいことである“世界平和”の実現に、一歩近付けることのできる、数少ない手段の中の1つかな、と私は感じました。

朱家角観光もとてもおもしろかったです。最後一人で回ってみたのですが、とても有意義な時間でした。
みんなで回っているとやはり自分は日本人、という感覚が強く、どちらかというと上から下に行く感覚です。そこではとにかく、日本人としての自分の生活とは異なる点ばかりが、不満を伴い目につきます。何か臭い、トイレが汚い、人の態度が悪い、マナーが悪い…
ですが1人になると、途端に全てが個性に変わり、魅力に思えます。郷に入ったら郷に従え的な気持ちで、自分はこの国を訪れさせてもらっている、この国独自の個性、雰囲気を、味わわさせてもらっている、そういう気持ちになるのです。すると自然に尊重する気持ちが強くなるし、匂いも汚れも人の態度も、悪いものではなくておもしろいなぁと思えました。

私は中国が発展していく上で、独特なこの繁雑さ、むきだしな感じが薄れていくであろうことは、とても寂しくもったいないように思います。
匂いが無ければいい、全てが小綺麗になればいい、人々の態度が良くなればいい、そうすれば中国はもっと良くなる、ということではないのだと思います。
自分の国の当たり前をものさしにして、それに全てを当てはめるのが正しいという考え方は、違うような気がします。
もっと違いを尊厳の気持ちを持って受け止めて、魅力として理解して、その異国情緒を味わうような旅の仕方をしていきたいなと私は思いました。


今回の合宿を通して、私は上海という街が好きになりました。エネルギッシュでむきだしで、そのカオスっぷりは魅力的でした。
鮫島さんも言っていましたが、上海は、えっ?と思うくらいに発展していないような場所もあれば、新天地のように洗練された、表参道みたいな場所もあり、田子坊のように個性的で、人種のるつぼのような場所もあれば、豫園のようにTHE中国!みたいな場所もあって、
さらに浦東周辺のアホみたいにド派手な夜景と、その向かいには外灘の、租界時代からのヨーロッパの建物郡の重厚な夜景との時代のコラボレーションのようなものも見れたり、
その振り幅は本当に大きくておもしろすぎます。
また、上海という都市は今、目に見えてどんどん発展していっている都市で、その“都市の成長”という過程を見て、実際にその変化を感じることができるのは中々ないし、そこは正に上海ならではだと。
鮫島さんや鳥本さんのように、上海という街に惚れ込んで生活までしている方たちから伺うその魅力は、なるほどという感じでとてもおもしろいものでした。

“好き”や“憧れ”をつきつめて自分のものにしていくことは、どんなにか素晴らしいことだろう、とあたしもそうありたいと、
沢山の人や街や物事の、そのものなりの輝きを見せつけられて、その輝きに触れて、自分をもっともっと輝き出したい!そんな風に思わせてくれた、上海合宿でした!!
ゼミメンバーのみんなの輝きもたくさん見れました!そしてみんなをもっともっと知りたいなぁと思いました!

本当に合宿ではありがとうございました(T_T)*゜


寺田来未
posted by masutanis at 10:18| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上海合宿

7日〜12日にかけて上海へ行ってきました


*上海の観光名所について


今回かなりのハードスケジュールだったのですが
よくこの人数でこれだけのスケジュールを無事こなせたなあと思います。
訪れた順に振り返ってみると
・新天地
・豫園(夜景)
・外灘(黄浦でクルーズも)
・朱家角
・上海雑技団
・豫園(昼間)
・田子坊
・ワールドフィナンシャルセンター
などです。
 新天地はおいしそうなマンゴーかき氷を食べたくて鈴木さんと鮫島さんに連れて行っていただいたのに結局そのメニューは期間が終わっていて食べれませんでした、残念。でもお土産も買えたし雰囲気のある場所で行った価値はありました。
 夜の豫園は本当にド派手でした。先に行った新天地は中国らしいイメージとは異なっていたので、この豫園の中国らしい夜景をみて中国にやってきたのだなぁと実感できました。
 外灘は、万博のあとだったのでもうついた頃にはみんなへとへとな状態だったと思います。でも確かに夜景はすごくきれいだったし、やっぱり派手で圧倒されました。近未来な印象を受ける夜景と、欧風な印象を受ける夜景が黄浦をはさんで対照的に広がっていてちょっと変わった風景でもありました。
 朱家角はちょっと郊外までバスに乗って移動しました。水郷の村でしたが、確かに観光地化されていて驚きました。お土産をうっているお店や食べ物のお店は数え切れないほどあるし、ちょっとおしゃれなカフェもたくさん。カフェはかわいいしくつろげたから、こういうお店があって嬉しい、と思う反面この村に不似合いなのでは?と疑問に思ってしまいました。この朱家角では既に先生は帰国していたので鮫島さんがサポートしてくださいました!
 上海雑技団は本当に面白かったです!中国語の教科書についてるDVDで見ると、本当に大したことないように思えるので正直期待していなかったのですが、想像していたものの5倍は楽しかったです。確かにDVDでみるとおりシュールだし、サーカスのような豪華さは無いですが、本当に、とにかくすごいの一言でした。行ってよかったと思えました。
 昼間の豫園はまたかなり違った顔を見せてくれました。昔からある中国の名園、といった印象で、個人的には夜よりも好きだなと思います。
 田子坊はガイドブックで見るよりもずっと魅力的な場所でした。新天地と似てると聞いていましたが、私はこっちのほうがずっと好きです。おしゃれなオープンカフェや雑貨屋がたくさんあったり、きれいな絵や写真が置いてあるお店が立ち並んでいて、どのお店に入っても本当にたのしかったです。
 ワールドフィナンシャルセンターは世界一高い展望台らしいです。上海の夜景が一望できて幸せでした。




*上海の文化や環境
 上海ではとにかくトイレが辛かったです。
紙は備え付けてないのがほとんどだし
基本的に便器に紙を流すと詰まってしまうし
鍵を閉めない人もいるし
そもそも鍵が閉まらないところもあるし
トイレに入るたび、やっぱり日本はいいなと思わずに入られませんでした。
 あとは水が臭いことにもうんざりしました。
シャワーが臭いから髪も臭くなるし、飲み込んだりしないように必死になってました。
 他にも、中国の人はやっぱり人としてのマナーにかける部分があるなと思うときが多々ありました。例えば列に並ばなかったり、交通ルールも全く守らなかったり。
 でもその反面すごくいいなと思ったところももちろんあります。まずタクシーを含め交通費が格安なこと。これは観光客としてきている私たちにとってすごくありがたいことでした。また、中国の方々は一旦知り合いになるとものすごく親切でした。




*上海の食べ物について
 私は正直言って中華料理が嫌いです!でも今回の合宿でいろんなものに挑戦してみました。小龍包がちょっと日本で食べる味とは違う気がしましたが、それでもすごくおいしかったです。食べたことのないものにまでチャレンジしてみましたがやっぱり全体的に苦手でした。小龍包以外でおいしいと思ったものを思い出そうとしましたがあまりよく覚えてません。苦手を克服できたらいいと思いましたが無理みたいです…。




*上海万博について
 私は日本館と、代表者として中国館にも入らせていただきました。
 ・日本館について
 日本館は2時間半〜3時間ぐらい並んだと思いますが、日本のことよりも、日中関係のことが中心で、イメージしていたのとは大分違うものでした。しかも中は撮影禁止なのにもかかわらず、フラッシュの量がすごかったのでそのマナーの悪さも改めて実感しました。朱鷺の衣装を着た鮫島さんに会えたことはうれしかったです!
 ・中国館について
 日本館を見た後だと中国館は大迫力でした。まず建物の大きさも近寄ってみると遠くで見たときのイメージよりも遥かに大きいし、中の施設も断然日本館よりも凝った物でした。中国の近現代の歴史を振り返る映像があったり国宝が置いてあったり、アトラクションのような小さな乗り物までありました。展望台のようにガラス張りになっているところもあって、パビリオンや上海市内が一望できました。本当にすごい。






上海はめまぐるしく成長してるようだけど、もう少し人々のモラルも成長してほしいかな、という気がしました。
もっともっと街全体が成長してから、また訪れて変化の結果を見てみたいとも思いました。
そのために中国語頑張ります。




今回の合宿は集団行動がいかに大変かを思い知りました。それと同時にわざわざ忙しい中サポートしてくださった鮫島さん、鈴木さんに感謝したいです。ありがとうございました。
あと初日に会いに来てくださった立教OGの鳥本さんや市内の案内をしたり一緒にディスカッションをしていろいろ教えてくださった上海の学生の方たち、イン先生もありがとうございます。


ゼミ生のみなさんと先生もありがとうございました。
先生がいなくなって誰もサポートについてくれなくなってからも大きな問題は起こらず無事合宿を終えられたのは1人1人が頑張ったおかげかなと思います。このメンバーで本当によかったです。
おつかれさまでした!






2年 小島亜由美
posted by masutanis at 01:46| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上海合宿

9月7日から5泊6日で上海まで海外合宿に行ってきました。
バスの都合で10時過ぎにはもう成田空港に着いてました。

みんな揃っていざ上海へ。まず上海に着いていきなり驚かされたのは、車の運転の荒さ。ものすごいスピードでは走るし、車間距離もすれすれ。合宿中に何度もひかれそうになったし、赤信号なのに右折してOKだし、とりあえず中国は交通に対する危険意識がめっちゃ薄いように感じました。

次に印象に残っているのは、現地での中国語の聞こえ方。
きっと普通に話しているんだろうけど、私たちには怒っているように聞こえる。バスの添乗員さんがいい例でした。英語や他の言語ではそんなことない気がするのになぜでしょう?

万国博覧会にも参加してきました。日本館で主に印象に残ったのは僕としては電気自動車のところだけ。日本館よりも私としては中国館の方がより伝えたいことが明確な気がしました。とりあえず中国の歴史、中国の経済成長、それに伴う二酸化炭素の問題などをテーマにしていました。中国の経済成長については先生の解説が無かったら理解できなかった気がします。

華東師範大学の学生さんたちとの交流はとても興味深いものでした。私は恋愛をテーマにディスカッションのですが、やはり経済を意識した時代であるのか、男性を選ぶ要素として経済力というのを強く強調してました。他にもお見合いや付き合う長さなどの話をしました。

万博でならんでいるときもそうでしたが、中国の人たちのマナーの無さには驚きました。平気で人の足を踏んでいくし、しまいには無理やり手で押してくるし、怒鳴るし。先生いわく、まだ中国が経済的に発展途上だったころの、「物がなくなってしまう」という精神から人々がとにかく焦るのではないかとのことでした。それなら経済発展して物にあふれ、ナンシャルセンターなどのモダンな建築物が立ち並ぶ、そんな時代の上海に生まれ育った華東師範大学の学生さんたちのような人たちが作り上げる中国に期待したいです。

いろんな意味で充実した合宿になりました。料理もおいしいのもあれば、泥臭い魚やかたつむりみたいな殻に入った肉詰めなど、ちょっと奇妙で田中くんが食べれないような料理もたくさん経験できました。

先生、鮫島さん、鈴木先輩、そしてゼミの皆さんありがとうございました。
楽しかったです。


演習2年 関口諒佑
posted by 09せきぐち at 00:24| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

上海合宿




 2010年9月7日から12日まで上海へ行きました。私は、アジアを含め何カ国か旅をしましたが、下調べを十分にしなくても特別に困った経験がなかったので、今回も中国語や文化など知らなくてもなんとかなるだろうと思い、旅立ちました。

 しかし、上海に着いてからは驚きの連続でした。店員やタクシーの運転手、ましてや飛行機のCAでさえも英語をなかなかしゃべろうとしない。人にぶつかったり、順番を抜かしたり、足を踏んでもそれは普通で謝らない。信号はあってないようなもの。ヘルメットなしでバイクにのることも普通。トイレも普通のものから原始的なものまでありました。上海の街並や夜景、地下鉄のシステムなどを見るとすごく発展しているなと感じるのに、そこに住んでいる人々はその発展にまだおいついていないような感じがしたのが正直な感想です。

 華東師範大学の学生との交流は有意義なものでした。交流係として、事前に連絡をとっていた時は、お互いの意図をきちんと把握できているのか不安でしたが、実際に会うと、彼らの日本語の能力の高さに驚き、討論も楽しくできました。私は”万博”がテーマでしたが、日中間で考え方にズレがあったのがおもしろかったです。1つの例として、万博の土地に住んでいた人は政府により強制的に退去させらたという話を聞き、私はひどいなと思ったけれど、中国人学生たちは新しい家を与えられたからいいんだ、という話をしました。

自由行動の際も、私たちの観光を手伝ってくれ親切に接してくれました。文の冒頭に書いたような”中国人”の典型的なイメージとは別に、中国人学生たちにはとてもいい印象をもてたので、それはやはりこのような合宿で交流の場を持てたからだと思うのでよかったです。

 万博では、中国館を見学させていただきました。日本館を見た後だったというのもありましたが、すごく力が入っているように思いました。仕方のないことなのかもしれないけれど、中国を紹介する映像では明るい部分しか見せていなかった気がしました。CO2削減を謳うコーナーもありましたが、どれほど削減に力を今後入れていくのか、中国だけでなく日本を含め気になります。他の国のパビリオンをじっくり見学はできなかったけれど、やはり中国館ほど力を入れているパビリオンはなかったと思います。

 雑技団は素晴らしかったです。すべての芸に感動しました。ただ、終了後に子どもの団員たちがCDを売りつけてきたのは、さすがだと思いました。。。

 そして、英語が通じない、ということがどんなにつらいことか経験できました。マッサージを予約する際とスターバックスに行った際は英語がかなり通じ、特にスタバではわがまま(ホットチョコレートをアイスで作って、でも氷はいれないでというもの)も聞いてくれたので、その時は純粋に感動しました(笑)。ただ他の場所では全く英語が通じなかったので、欧米人など旅行していてどうしているのかと思いました。また、逆に、外国人が日本を訪ねるときも英語を通じないときがあると思うので、そこは日本が観光立国を目指すには改善していく点なんだろうなと、上海を訪れて思いました。

 とにかく、今回の合宿はとても楽しかったです。ゼミ生との仲も深まったと思うし、個人で行く海外旅行では経験できないことがたくさんありました。先生を始め、みなさんありがとうございました。



2年 宮本江梨子
posted by masutanis at 23:50| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上海合宿

9月7日から12日にかけて中国は上海へ。
はじめに正直なことを言っておくと、海外合宿の係りの人たちにまかせっきりにしていたこともあり、自分で中国やとくに万博の予備知識がほとんどない状態で臨んでしまいました。なので自主的に動くことができなかったのは今回の合宿の反省点です。
個人的には、毎日がとても濃い旅だったと思います。このブログではとりわけ印象にのこっていることについて書きます。


まずは、中国人について。僕は今まで海外に何度か行きましたが、英語圏ばかりでアジアへの旅行は初めてでした。自分の中での中国人のイメージは持っているつもりでしたが、そのイメージを遥かにうわまわる結果となりました。日本人と比べると常軌をいっするほどの不親切さ、わがままさには度肝をぬかれました。信号なんてあってないに等しいし、一番驚いたのは万博でのマナーの悪さでした。順番を抜かしたり、前の人を押したり。まあ、日本とは文化も違うわけですから向こうではそれがあたりまえなんでしょう。あれだけたくさんの人がいるので、我先に、という強い気持ちがなければやっていけないと思います。ただ、うれしかったことは、今回お世話になった華東師範大学の生徒さんたちがほんとうに親切だったことです。今回はこちらがゲストだったというのもありますが、細かいところまで面倒を見ていただきほんとうに助かりました。


次にメインイベントでもあった万博についてです。全部を見ていないのでデカイことは言えませんし、開催国だからということもあると思いますが中国館にはかなりの力が入っているのに対して他の国のパビリオンには首をかしげることが多かったです。正直日本館も、他の国のパビリオンにはいってしまいます。ぼくは日本で開催された愛知万博にも行きましたが、その時は日本の企業(トヨタや日立など)のパビリオンにかなり力が入っておりかなり楽しめました。当時、日本人として楽しめたからというのもあるかもしれないですが。ただ万博のような大規模な国際イベントに参加できたことはいい経験になりました。

今回の合宿で感じたのは、舛谷ゼミ2年は本当に仲が良い!それにもっと仲良くなれたと思います。このメンバーで行けたからという意味で付加価値も高まりました。みんなこれからもよろしくね。

最後に、舛谷先生をはじめとして鮫島さんや鈴木くん、ほかにも多くの方にたいへんお世話になりました。ありがとうございました。



演習2年  佐々木太一
posted by masutanis at 22:22| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゼミ合宿in上海

私は小学生の頃に北京、中学生の時に香港を訪れたことがあり、今回の上海でのゼミ合宿は私にとって3回目の中国だった。しかし、今までは旅行代理店のパッケージツアーを利用していたため、日本人向けの場所と日本人向けのサービス・食事ばかりで本当の中国の文化に全く触れずに擬似的な観光体験を積んでいたのだということに改めて気付かされた。
私にとって上海での旅は正にカルチャーショックの連続だった。訪れるレストランの食器は必ずどこかしら欠けているし、店員の態度は横柄だし、閉店時間ぎりぎりまで居たら店の電気消されかけたり・・・。まずこのようなサービスに関する日中間の差を大きく感じた。『お客様は神様』という考え方は日中国にはないのか?、と途中苛立つこともあった。しかし、自由行動の時に訪れたスターバックスでは世界共通のあの上質なサービスがあった。さすがはサービス界のグローバルスタンダード!と非常に感心させられた。今後グローバルスタンダードは中国から創出されるのでは…という見方が最近注目されているが、サービスに関してはチャイニーズスタンダードが世界の主流になることはまだまだなさそう
だなと感じた。

2日目の華東師範大学の学生の交流会の時に私は日中の教育制度について話し合った。そこで中国では幼稚園の頃から英語教育が始まるという話に非常に驚かされた。日本の大学生、特に推薦で入学したような私とは比べ物にならないほどの努力を積んで大学生になった彼らの日本語力の高さにも本当に驚いた。彼らの英語のレベルが日本人学生にそれとは遥かに高い次元にあり、更に次世代の世界語である中国語を生まれながらに身につける中国の学生のレベルは世界でも高水準にあると感じた。加えて彼らは本当に優しくて友好的だった。

中国は経済的な成長に対し文化がまだ追いついていない、という話を出国前に聞いた。BMWのような高級車が日本の何倍もあったり、ワールドフィナンシャルセンターのような超近代的な建築物が沢山立ち並ぶ一方で、サービスが不十分だったり、ゴミのポイ捨てが物凄かったり、タンを道に吐き捨てるする人が沢山いたり、トイレが尋常じゃなく汚かったり、殴り合いの喧嘩がいきなり始ったり・・・。技術的、経済的進化に対し文化やモラルが追いついていないのは明らかだった。
今思い出すと中年くらいの人たちにはほとんど英語が通じなかった。やはり世代によって教育制度に大きな差が生じていたようだ。その世代の狭間が一人っ子政策にあるのではないかと私は感じた。中国の一人っ子政策以降に誕生した人たちはやはり一人に費やせる教育費が格段に上がるから、おのずと教育レベルが向上したのではないだろうか。きっと今後の中国はより教育水準が上がり、人々のモラルや文化間にも大きな変化が出るのではないだろうか。今回交流した中国人学生がいい証拠だ。今から20年ほどの時が経ち、彼らが中国社会の中心を担うようになれば、文化が経済に匹敵し今の中国とは全く違う国に生まれ変わると私は確信している。

日本のパビリオンを見て、日中関係で穏やかな交流というと本当に朱鷺についてしかないんだろうな・・・ということに気付いてしまった。今の日中関係はお世辞にも良好とは言えないだろう。戦争、領地問題・・・日中間には様々な問題の種が存在する。滞在中にも問題が起きて、母がそっちは大丈夫かと心配して電話をかけてきたほどだ。学生同士ならこんなに穏やかに・・・と思わずにはいられない。中国の文化が今後良い方向に変化していくとするなら、日中関係もより良い方向にシフトしていくことを願いたい。


今の中国は私には決して暮らしやすい環境とは言えなかった。しかしきっと中国は近い未来に大きな良い変化が起きるはずである。そうなった時に是非もう一度上海を訪れたい。その頃には皆がちゃんと信号を守る世の中になっていますように・・・

2年 上島
posted by masutanis at 21:36| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モンゴル合宿(2010.0816〜0823)

初めての場所、特に海外へ行く時は未知への遭遇に胸が高鳴る。モンゴルはこれまで行ったどの国よりも想像がつかない国だったから、期待も不安も大きかった。飛行機が地上に近づき始めると、私はあるものに気がついた。まるで肉まんのような白くて丸い物体がポツン、ポツンと点在している。ゲルだー!!モンゴル人がゲルに
暮らしていることは社会科の授業で習ったけれど、自分の目を通して見ると感動した。これが観光の追体験というものなのだろう(笑)チンギスハン国際空港では、モンゴル国立大学の学生が出迎えてくれた。外は日本で言う秋晴れのような気候で空気は澄んでとても気持ちがよく、モンゴルの雄大さを少しだけ感じられた気がした
。市街地へ向かうバスの中ではナラちゃんが隣りに座ってくれた。彼女はとても日本語が堪能で大人っぽかったので年下だと聞いた時は驚いた。車窓に見える建物や簡単なモンゴル語を教えてくれた。夕食をとるため、街に着いた。街並みからはあまりアジアらしさは感じられない。看板がロシア文字だからなのか、建物の色使いも
カラフルで日本とはかなり異なる印象だった。夕食後、1週間滞在する大学寮へ向かう。部屋やシャワールームは清潔とはとても言い難いもので少々うろたえそうになったが、こんな経験もこれが最後かなと思い楽しむことにした。翌日からはモンゴル国立大学の学生との交流が始まった。2日目の夕食は私たち日本人がモンゴルの学
生たちにカレーをご馳走した。しかし、調理道具が不足しており、モンゴルの学生や留学生の韓国人(ヨン様)にかなりお世話になった。みんなで協力して作ったカレーはおいしかった(具が多すぎてちょっと面白かった)。さて、今回の合宿で一番楽しみだったのは草原でゲルに泊まるテレルジキャンプと乗馬だった。ゲルと言っ
てもホームステイではなく、観光用のキャンプ場のようなものだったが、大自然の中にありツーリストがモンゴルの生活を“体験”し楽しむには十分な施設だったと思う。私たちの他に来ていた観光客は欧米人が多かったようだ。私はこれまで馬よりかなり小さいポニーにしか乗ったことがなかったから乗馬には不安も感じていたが
、馬はとっても可愛かったし、乗ってみると非常に楽しかった。帰国後、日本の乗馬クラブの料金を調べると、モンゴルの4〜5倍はかかるようで、すぐにでもモンゴルに戻りたくなった。夜は羊の解体ショウを見学し、そのお肉をおいしく頂いた後、みんなで星を見たりお酒を飲んで楽しく過ごした(騒ぎ過ぎて他の観光客に怒られ
た)。モンゴルを訪れるにあたって楽しみにしていたことがもう一つあった。ホーミーだ。モンゴルについて事前に知っていることはごく僅かだったが、ホーミーは昔テレビ番組で見たことがあってその不思議な響きにとても興味を持っていた。初めて生で聴いたホーミーは和太鼓のように体中に響いてきて、とても人の声とは思え
なかった。あまりに違う複数の音が同時に発声されるので、ホーミーなのか他の楽器の音なのか混乱したほどだ。モンゴル人の学生によると、モンゴルではホーミー教室があって、ホーミーを習う人々も多いそうだ。興味深かったのは、ホーミーは現代音楽と並んで若者にも未だ人気が高いという話だ。これは日本とは少し違う傾向
だと思う。ちなみに、最終に訪れたレストランでは現代風にアレンジされたホーミーを聴いた。ホーミーのラップやドラムとのセッションはかなりカッコよかった。古いものと新しいものがうまくミックスされたこうした音楽の存在が、伝統音楽であるホーミーも廃れることなく若者にも愛され続けている要因に繋がっているように
感じる。今回の合宿で私が一番印象に残った場所は、「ザイサントルゴイ」という見晴らしの良い丘だ。この場所には戦後捕虜となりモンゴルへ抑留された日本兵の慰霊碑がある。ここへ来るまで、シベリアへ抑留された日本人捕虜については聞いたことがあったが、モンゴルへ渡った捕虜たちがいたことは知らなかった。合宿前、
モンゴルと日本はほとんど接点がない国だと思っていたが、多くの日本人がかつてこの地にいたという事実を初めて知った。大きなモニュメントの一角に記されていた、「諸士よ 祖国日本は 見事に復興しました モンゴルに安らかに 眠って下さい」と言葉にはなんともいえない想いが湧きあがった。私がここで亡くなった多く
の人々について全く無知のままこの地へやってきたこと、彼らが今の日本の姿を知らずに亡くなっていったこと、そして多くの日本人が彼らの存在について知らないであろうこと。色々な想いが頭を駆け巡り、胸がしめつけられた。モンゴルは日本にとって決して遠い国ではないし、遠い国にしてはダメだと思った。と、観光客とし
て感じた素直な感情と、こうした感情が湧きあがるからこそ、ガイドブックには決まって日本人慰霊碑、日本人墓地などの“ダークツーリズム”が取り上げられるのだろうなという2重の感情がよぎった。さて、今回の合宿はガイドのニーニさんやモンゴル国立大学のみんなが付きっきりで案内してれた。これまでの海外合宿も必ず
現地の学生との交流の場は設けられていたが、今回ほど長い間濃い時間を過ごせた合宿はなかっただろう。モンゴルの皆さんには本当に感謝しているし、モンゴルが大好きになった。改めて、人との交流は旅を何倍にも楽しくするものだなと実感した合宿だった。  
高橋理恵



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posted by masutanis at 16:18| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モンゴルとソフトテニス

遅ればせながら、モンゴル合宿の報告です。

みんながいいブログを書いているので、自分からは特に言うことはないのですが、あるスポーツとの出会いがあったのでそのこと書こうと思います。

6日目の学生交流の日のことです。
この日はモンゴル国立大の学生らとバスケやサッカーをして交流するという予定でした。
どちらもほぼ未経験だったので・・・まずい

歩いてすぐだというので、バスではなく歩いてモン大生とおしゃべりしながら大体30分くらいでつきました。遠いい。

そこはどうやらロシア語の専門学校(高校?)のキャンパスだったらしいのですが、まず目に入ってきたのは体育館ではなく、テニスコート!クレー(土のコート)4面でわりと状態が良かったです。そしてなによりプレーをしている人(ロシア人家族?)の手にはあの白いゴムボールが!(つまりソフトテニスのボール)
DSCN1779.JPG


うわあ、打ちてえ。

と、思いながら、ににさん(ガイドさん)にソフトテニスしたいといったら、いとも簡単にラケット(公式用だけど)とボールが手に入りました。

みんながバスケをやっているなかずっとソフトテニスやってましたすいません。

とそのとき一人のおじさんにモンゴル語で話しかけられました。
モン大学生に通訳を頼んだら、こっちに住んでいるなら一緒にやらないかとのこと。どうやらソフトテニス部の顧問の先生みたいでした。
あと2、3日で帰るからということで断ったのですが、これは国際交流のチャンス。人づてに自分の名刺を渡してもらうことにしました。(連絡は一向にないのですが)

まず、感じたのは日本発祥のソフトテニスがモンゴル国内において意外に認知度が高いということです。モン大学生もやったことあるよという人が多いし、知ってるけどやったことはないと知らないという人はほとんどいませんでした。

どうやって日本からモンゴルへソフトテニスが伝えられたのかはわかりませんが、現にモンゴルソフトテニス連盟というものがあり、「Friendship2010国際大会」という大会もウランバートルでひらかれたみたいです。(知らなかった)インターハイもあり、120チームも出場する規模のようです。
競技人口や競技環境などこれから調べてみたいと思います。

とにかく、スポーツという分野において日本とモンゴルつながりといえば一般的に「相撲」ですが、このゼミ合宿を通じて「ソフトテニス」においてもつながりが深いのだと実感させられました。

日蒙国際交流の可能性とともにソフトテニス界の国際交流の可能性を感じます。

お粗末ですが、以上です。

以下は参照URLです。
http://www.biwa.ne.jp/~maeda/04042401.htm
http://23034296.at.webry.info/201007/article_3.html


4年 鈴木裕之
posted by 07すずき at 15:31| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モンゴル合宿 2010

今年のゼミ合宿はモンゴルへ行きました。

モンゴルというと草原くらいしかイメージがわかず、また言語も全くわからないので、未知の世界にわくわくしました。今回は先生も初めてということで、特に新鮮でした。



到着してすぐに、モンゴル国立大学の学生たち、ニンニさん、運転手さんが温かく出迎えてくれました。8月のモンゴルの気候はすでに涼しく、肌寒さを感じました。空港からウランバートル市内に行く道のり、草原や家畜を目にして気持ちが高ぶりました。



以下、項目ごとにコメントします。



「自然」

やはり、モンゴルというと大自然!草原を見て、広大な自然ってこれだ!と思いました。ゲルや家畜以外何もないですが、ずっと見ていたいと思ったし、心が表れるような気がしました。

また、テレルジで見た亀石などの岩にも驚きました。映画で見るような世界の中で乗馬できたことは、一生の思い出です。本当に気持ちよかったなー!

あと、テレルジの夜に見た流れ星が忘れられません。



「食事」

舛谷ゼミの合宿では、毎回屋台などで現地のものを味わいますが、今回は全体的に落ち着いた食事でした。ちょっと残念な気もしますが。

遊牧民の夏の主食は肉ですが、一般的にみんな肉を食べているみたいです。実際わたしたちも、1週間でかなりの肉を消費しました。主に羊肉ですが、日本で口にするものよりもクセがなく、おいしくいただいました。なんといっても今回衝撃的だったのは、羊がさばかれる工程を見たことです。はじめは見ないつもりでしたが、もうこのような機会はないかもしれないと思い直し、見ることにしました。その工程を目にし、こうやって生きているんだと実感しました。先進国の子供たちって、パックにきれいに入っているお肉しか見てないから、命の重みを感じる機会って少ないのかも。今回このような機会を得てよかったです。



「交流」

今回は現地の学生たちと今までで最も深い交流ができました。1週間ずっと一緒に過ごしたことはもちろん、モンゴルの学生たちが日本語を習得しているということが大きかったです。やはり言語に壁がないとだいぶ距離が縮まります。モンゴルと日本の文化についてだけでなく、プライベートな話もできたので楽しかったです。

学生たちだけでなく、ガイドのニンニさんや運転手さんとも、だいぶ仲良くなれてうれしかったです。ニンニさんが一生懸命案内してくれ、わたしたちのわがままを聞いてくれたおかげで、とても充実した合宿になったと思います。あと、運転手さんが最後にプレゼントをくれたとき、泣きそうなくらい感動しました。あの癒し系の笑顔と雰囲気忘れません。

旅の醍醐味は、現地の人との交流だと改めて感じました。





ほかにも美術館や博物館を見学したり、伝統的な芸能を味わったりなど、目いっぱいモンゴルを満喫しました。自分で行くことはない国だと思っていましたが、今はいつかまた訪れてみたいです。


最後に...これがラストのゼミ合宿だと思うと本当にさみしいです。今回の合宿を通して、2年生のときよりだいぶみんなとの仲が深まったと実感しました。卒業までにまたどこか行けるといいなぁ。



以上です。





4年 吉岡なつみ
posted by masutanis at 14:42| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

mongolia

今回はゼミ合宿という形で、8/16-23の一週間、モンゴル国を訪れました。

合宿では、モンゴル国立大学外国語学部の学生と共に、ウランバートル市内とリゾート地であるテレルジを訪れました。

その中で、僕が関心を持っていた生活と社会主義について感じたことを、簡単ではありますが記していくことにします。



生活について

モンゴル人の生活といえば、近年では定住者が増えつつあるという情報をしりつつも、やはり大平原の中で遊牧民がゲルを建てて暮らすというイメージが自分の中には強く残っていました。しかし、ウランバートル市内を訪れ、また、テレルジへ向かうバスの車窓を眺めていて感じたのは、ゲルに住みながら遊牧生活を送っている人はほとんどいないだろうということでした。また、これは帰国してから調べたことですが、その定住者の多くがウランバートル市内に住んでおり(総人口の約半分!)、日本以上に一極集中が深刻であるということでした。以前ではモンゴルで当たり前とされていた生活スタイルが変容しつつあり、現地に住むモンゴル人にとっても、遊牧生活が「自分たちとは違う生活」であるにも関わらず、自国を代表するイメージだと感じていることに意外性を感じました。それと同時に、遊牧生活に対するイメージが外国人とモンゴル人の間で非常に近しいので、観光振興を行う際には、「当時の生活」というのは中心に添えやすいと感じました。



社会主義について

僕がモンゴルへ行く際に最も関心を置いていたのが、旧ソ連型の社会主義の影響でした。僕は、東欧を中心とした旧ソ連の衛星国家では社会主義に対して冷ややかな姿勢があるかなという印象を持っていましたが、同じようにソ連の影響を強く受けていたモンゴルでは、どのような評価をしているのかということを、特にウランバートル市内の街並みから感じてみたいと思っていました。

そして実際に街並みを訪ねて感じたのは、社会主義に非常に肯定的だということでした。市内にはレーニン像が依然として建っていたし、ザイサンの丘では社会主義の功績を認める強いメッセージ性を持ったモニュメントが展示されていました。

モンゴル建国の英雄であるスヘバートルが、ソ連の支援を受けたモンゴル人民革命党に所属していたことや、革命の背景にある反中国の感情からソ連に歩み寄りを見せていたことが、現在の社会主義(というよりはソ連)を肯定的に評価している要因なのかもしれません。



以上がモンゴルで感じたことです。その他にもモンゴル国立大学の学生の方との交流や、テレルジでのキャンプも非常に楽しいものとなり、僕にとって非常に印象的な一週間になりました。

拙い文章ですが、失礼いたしました。



4年 井上 弘貴
posted by masutanis at 14:13| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

mongolia


8月16〜23日は、モンゴル合宿。
自分としては去年内モンゴル自治区へ行っていたのでそこまで変わらないんだろうなと想像していましたがやはり結構な違いがあり、とても貴重な経験ができたと思います。内モンゴル自治区との比較しつつ、いろいろ見れた合宿でした。去年と違って、デジカメが常に手ぶれ強制で写真がなかなかとれなかったのが心残りですが。


空港に着いたときに、草原に降り立ったのかと思うくらい空港がひらけていたのに驚きつつ、現地の学生のお迎えを受けたわけですが、やはり、内モンゴル自治区の学生より、彼らの顔立ちは僕らに近いと思い親近感を覚えました。内モンゴルとはやはり違うなと。ちなみに内モンゴル自治区内のモンゴル族は400万人を超えているが、モンゴルの270万人(2004年)と比べるとあきらかに自治区内のモンゴル族の人口の方が多いらしい(wikiより)これは意外。内モンゴルとモンゴルの自然、生活環境の違いが顔立ちの違いも形作るのだろうか。


空港で最初に会話したのはべべだった。内モンゴルで教わったモンゴル語、ビーバラヤフンフン(私は日本人です)をついに使う時が来たか!!とおもいつつ駆使して話しかけてみるも、べべは??という反応…実際はモンゴル語の、「私は日本人」は、「ビーヤポンフン」。やはり内モンゴルとモンゴルで言語的な(方言?)違いがあるようだった。去年は内モンゴルで親がモンゴル族であるにもかかわらず、モンゴル語が話せない学生に出会って驚いたことを思い出した。
空港からの市街への街並みも想像とは違い工場やプラントのようなものが目立ち、近代化の影を感じつつ、イメージしていた風景とは違ったり、またウランバートルは想像したより整った、大きな町ではなかった。フフホトはあくまで自治区の中心地、ウランバートルは一国の中心地。当然一国の中心地であるウランバートルがフフホトより進んでいると思い込んでいたからなおさらそう感じたのかもしれない。


ツェベグマ・ツーリストキャンプ(テレルジ)は、去年のだだっ広い草原のキャンプとは違い、岩山が取り囲む中のキャンプは違った風景で感動したが、私の中のモンゴルのイメージにぴったりくるゲルがある風景は、地平線がのぞめる広い草原の中にあるものだったので、内モンゴルのキャンプのほうが合致していた。また、内モンゴルでは、到着時に、モンゴル衣装を着た5〜6人の人々が馬に乗って旗を掲げ、バスと並走し出迎えてくれたのが印象的でこれが草原で生きる人々のおもてなしかと感激したが、観光地化されたサービスなのだろう。また、バスを降りるときには当時馬乳酒と思い込んでいたパイナップル味の酒(結構強い)を伝統的な杯で、薬指に酒をつけ天に飛ばし、大地に飛ばし、ぐいっと飲ませてくれた。モンゴルのキャンプでもこういう観光地化されたサービスがあるのだろうが、観光客として行くならこういうサービスがあったほうが、本当のモンゴルのもてなしかどうかは別として、印象に残せ、楽しませる要素になると思った。ゲル内の設備も前回はベットではなく布団で雑魚寝で、とくにストーブなど他に設備はなかったので、今回のほうがストーブがある分雰囲気があった。


またキャンプでは去年体験できなかった、羊の屠殺を見ることができた。前回はその分、羊の丸焼き(姿焼)が目の前に運ばれてきたので違う衝撃はあったが。普段牛肉や、豚肉を当たり前のように食べているが、目の前でこれから頂く命が消えていくのを見るのは辛くも、この命を頂いてじぶんは生かされているのだと命の大切さを感じずにはいられなかった。そして、その最後はきれいという表現は変なのかもしれないが、きれいであった。だが、血は大地を汚さないために流さないと言っていたにもかかわらず、最終的には、ボールに入った羊の血は、20メートルほど運ばれた大地にどばどばと捨てられていたことにあれと思わざるを得なかった。結局大地をよごしとるやないかい!!と突っ込みたくなった。

自炊の時は設備がどれだけなのか把握しきれず、現地の人にも協力してもらう形になって申し訳なかったです。しかも日本のカレーはあちらのスーパーで調達ができたらしく、もっと日本でしか味わえないものを味あわせてあげれれば良かったですね。それでも、内モンゴルの時よりも、クラブに行ったり、カラオケに行ったり、学生らしい交流ができて絆が深まった良い合宿でした。


4年 金子泰士
posted by masutanis at 03:01| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

Mongolia

今年の4年舛谷ゼミ合宿の開催地は外モンゴルでした。
留学を終えて間もなく合宿の参加を決め、モンゴルのガイドを片手に何も分からずに始まった合宿でしたが、壮大なモンゴルの大自然に魅了され、また国立大学の学生との交流を通して貴重な体験ができ、最高に充実したものとなりました。

以下に簡単にスケジュールを記載します。
8月16日 現地入り 宿泊:国立大学の学生寮
17日   挨拶、ディスカッション、学生交流、食材買出し、自炊(カレーを作る)、生徒でカラオケ
18日   ザイサン丘(市内一望)、モンゴルラマ教の大本山ガンダン寺院、自然史博物館、美術館、ノミンデパート
19日〜20日 ツェベグマ・ツーリストキャンプ(テレルジ) 宿泊:ゲル
・途中、ツォンジンボルドグでチンギスハーンの像を見学
・現地で乗馬体験
・ゲルの解体組み立て見学
21日  モンゴルの伝統的な民族音楽のコンサート、学生でナイトアウト
22日  日本人慰霊墓地、夏の別荘地帯、カシミヤ工場、ノミンデパート
23日  早朝のフライトで帰国

上記のスケジュールにそって、気づいたこと、学んだこと等を書いていきます。

宿
私たちが宿泊した場所は大学の寮。2年前に泊まった中山大学の宿舎を想像していたので、正直トイレとシャワールームに衝撃を受けましたが、1日使えばなれるものです。
ガイドに書いてあったように水周りがきちんと整備されておらず、お湯がでない時間帯がしばしありました。
夏ならそのまま水シャワー、冬はお湯を沸かして使うようです。
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食事
今回の合宿では待ち歩きの時間がなかったため、先生のチョイスで屋台に入るということがありませんでした。
そのため、ツアーに組み込まれたレストランでモンゴルの一般市民が食べるようなエキゾチックな食事はテレルジでの食事以外では食べなかったと思います。やはりお肉は羊がほとんどでした。
それほど癖もなく食べにくい味ではありませんでした。ロシア、カザフスタン料理とほとんど変わらない様に思いました。

モンゴルラマ教
初めてラマ教の寺院に行きました。
寺院の中には大仏殿が立てられていてその周りには数百(以上?)ものマニ車があり、信仰者は左から3回づつまわしていくそうです。後で調べたところ、このマニ車の大きさは寺院によって異なり、1度回すとお経を千回唱えたことになるそう。人々は時間の許す限り真言を唱えながらまわすとのことです。
また面白かったのが、参拝の仕方です。まずは日本と同じようにお賽銭をいれ、一礼し手を合わせ、その後に供え物等がおいてある台にそっと額をつけます。そのあとは大仏殿に背を向けないように後ろ歩きをして寺院の外へでます。これは生徒が教えてくれたのですが、敬意を表すためだそうです。
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国立自然史博物館
今回の合宿は博物館、資料館、美術館と結構な数回りました。その中でもこの自然史博物館はモンゴルで有名(?)な恐竜の卵の化石が展示されています。ティラノザウルスの骨や恐竜の卵の展示は迫力がありましたが、どの種の恐竜の卵なのかなど詳細がわからず説明が不十分と感じました。恐竜以外にも展示の種類は予想以上に幅広かったので、興味のある方は楽しめると思いました。ただ、恐竜以外はユニークさにかけているので、観光資源になるかといったら難しいところだと思います。

国立ノミンデパート
典型的なデパートです。いわゆる高級なショッピングモールという感じではなく、洋服は種類も少なく見た目も10年前の日本といった感じです。衣類の値段は高めです。買い物をしたくなる空間かといえば、NOです。ただ、お土産売り場がフロア半分に展開しているので、まとめてお土産を買うにはとても便利だと思います。1回の食料品売り場は西洋人が目立ちました。デパートの周りには西洋に多く見られるテラスのあるレストランが何軒もありここでも西洋人を多く見ました。

モンゴル初のテーマパーク
今回テレルジにいく途中で寄ったツォンジンボルドグのチンギスハーン像はこのテーマパークのアトラクションの1つだそう。このテーマパークは2006年にオープンしたがまだまだ建築途中といったところだ。完成図を見る限りかなり大規模なものになるだろう。合計で13の集落を建設する予定だそう。そのほかに宿泊施設、またプールなどの娯楽施設も充実しているので、水周りなどが気になる旅行者にとっては快適さと’モンゴルらしさ’の両方を感じることができる理想的な空間になりそうだ。
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ツーリストキャンプ
今回利用したキャンプ場は高くもなく安くもなくといった中級レベルのものだ。ついて早々乗馬をすることになった、亀石まで往復し約2時間程乗馬したが料金も安く、感激だった。馬に乗りながらモンゴルの大自然をゆっくりと見て回れるため、コストパフォーマンスが非常に高く観光客の満足度は高いだろう。今回の合宿の中で1番モンゴルらしさを感じた瞬間でもあった。
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宿泊したゲルは、ベットが3つ、水を溜めて使う水道、鏡と生活するには不自由のない綺麗なものだった。夜には係りの人が薪を炊いてくれ寒さを感じることもなかった。また24時間警備員が外を見回りしていることにも感激した。
またシャワーもついているので長期間の滞在にも適していると思う。天気の良い日は、外に出て読書をしながら1日過ごすなど、大自然に囲まれて自由にゆっくり過ごしたい観光客には満足のいく場所だと思った。

ゲルの組み立て
思ってた以上に簡単に組み立てられるものだった。男性4人いれば可能だ。周りを覆う羊のマットは4年に一度取り替えるようだ。また、ゲルの中での決まりごともいくつかあり興味深かった。

伝統音楽 show pub
ここではモンゴルの伝統的なダンスと音楽を堪能した。
観光客が親しみやすい様に再度作り直したものなので、真の伝統芸能かといえば難しい。ただパフォーマンスとしては優れていて満足度も高いだろう。中でもホーミーという音楽は珍しく、喝采を浴びていた。


日本人慰霊墓地
労働力不足解消目的にモンゴル国政府の要請、1945年10月と12月2回シベリア抑留日本人計12,318人が移送され労働を課せられ、1,600人以上が死亡。日本人墓地は下記を含め16か所にある(wiki参照)
アルタンボラグ日本人墓地
スフバートル日本人墓地
ダンバルジャ日本人墓地
ホジルブラン日本人墓地
ナライハ墓地(日本人12人)
今回訪れたのは3つめのダンバルジャ日本人慰霊碑。広大な自然の中にぽつんとあり不思議な空間でした。1945年から1947年までに祖国への帰国を望みながらもモンゴルの地で亡くなった日本兵を偲んで10年程前に作られた石碑は新しく綺麗に整備されていました。小さいながらに資料館もあり、またご家族の方により石碑の周りを砂漠化から守ろうと、植林や花を植えるなどの計画が立てられている様子でした。1年間で約300人の方々が見えられるそう。
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モンゴル全体を通しての考察
インフラの整備が遅れている他、ゴミの処理もきちんと出来ていない様子で衛生面が気になりました。夜になると治安も悪く、観光客が安心して町を歩ける環境ではないと思います。アスファルトの道路はウランバートルの中心地以外ほとんどなく、バスを使う長距離の移動は、大変だと感じました。
ただ、この問題は早急に改善できるものではないので、今後のモンゴルの経済発展と共に着実に改善していくことを信じています。
このような状況に関して観光客からの不満は多いだろうと思いますが、旅行会社が事前に説明し、観光客からの理解を得てツアーを実施するなど、不便であることが必ずしも悪いことではないことを、実際に体験でき、リアルなモンゴルを感じることができるツアーにするなど努力が必要だと思いました。
また帰りの飛行機で隣に座っていた女性に今回のモンゴル旅行について尋ねたところ、満足度は高かったようです。彼女は遊牧民のゲルに1週間ホームステイをするというチャレンジングなツアーを利用していました。参加者は5人。中には3回も参加経験のある高校生もいたよう。もちろんトイレは青空の下。またウォッカのショットの跡に水の変わりに馬乳酒を飲ませられるという豪快な持て成しを受けたそう。現金収入の少ない遊牧民にとって、観光客をホストすることで入るお金は大きい。このホームステイのツアーを大々的にやることで放牧民の暮らしに影響を与えてしまう懸念があるので、中々難しいと思った。ただバックパッカーなどの冒険家たちはツーリストキャンプのゲルよりもホームステイスタイルの方が好きそうだ。

以上、モンゴル合宿報告でした。
posted by 07とがし at 23:13| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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