2010年05月28日

一番楽しかった旅行

わたしの今までで一番楽しかった旅行は1年の春休みにフィリピンのセブ島に行ったことです。
フィリピンに行ったのは、ボランティアツアーに参加するためです。その活動は、さまざまな理由から親といっしょに暮せなくなった子どもたちが暮らす孤児院で子どもたちと遊んだり、家事を手伝ったりするものです。
 冬の訪問は、夏にお世話になった旅行会社の方に協力していただいて、違う日程で同じツアーに参加した人が計画してくれて実現することができました。
 初めてのときの訪問とちがって、出発前からいっしょに行くメンバーとメールやmixiを使って連絡を取り合い、孤児院でいろいろなプログラムをやろうと企画しました。夏行ったときは、孤児院で過ごす最後の夜に開かれるさよならパーティーでの簡単な出し物(みんなでソーラン節を踊りました。)だけでした。しかし冬の訪問では、ビンゴ大会とバレンタイン企画、動物園への遠足と企画を増やしみんなに楽しんでもらえるよう準備していきました。

 ビンゴの景品は各自の家で使わなくなった服やぬいぐるみなどのおもちゃを持ち寄ることになりました。わたしの家にはぬいぐるみが山のように眠っていて、親にも手伝ってもらってひっぱり出してもらったところ段ボールに二箱分ありました(笑) しかし、預けるには重量オーバーだし、かといって機内にも持ち込めない・・・そうしたら旅行会社の方がフィリピンの空港?政府?と連絡を取って特別に許可を取っていただいたのです!
 そこまではよかったのですが、いざフィリピンに到着し税関を通ろうとすると空港の人たちに止められる・・・許可は下りてるはずなのに・・・しかしガイドさんとも合流できていなかったので言葉が通じず抗議もできない;;
 けっきょく全部中身を調べ、後で孤児院まで送り届けてくれるとのこと。孤児院への支援物資って言ってるんだしいいじゃんね-とみんなで話しました。たしかにバカでかい段ボール箱三つはびっくりするかも・・・
 段ボールは無事に届き、孤児院一日目の夜にビンゴ大会をしました。そこで困ったのがルール説明。せっかくだし現地語でやろう!ということになり、ガイドさんに手伝ってもらいひとり一文ずつ覚えました。発音と独特の抑揚がむずかしく、始まるまでみんなで何度も練習しました。
 ビンゴが始まると子どもたちは大盛り上がりで、わたしたちの下手なビサヤ語の説明も喜んでくれたみたいでした。たくさんあって余るかな、と不安になった景品もあっという間になくなり楽しいスタートをきれました。

 滞在中にバレンタインがあったため、これも何かやろう!ということになりました。現地で調達できてチョコレートを使ったお菓子・・・チョコバナナを作りました。200本近いバナナの皮むき・串さしはちょっと大変だったけど、子どもたちの笑顔が見られてうれしくなりました。

 一番盛り上がったのは近くの動物園への遠足でした。子どもたちもいつもとはちがうおでかけ着を着ておしゃれしていて、そんな様子がかわいかったです。なかにはビンゴの景品だった服を着てくれている子もいて嬉しくなりました。動物園までは歩いてもすぐだったのですが、小さい子もいて引率が大変なのでみんなでバスに乗りました。わたしたちは何気なくバスに乗ったのですが、あとからガイドさんに聞いた話だと子どもたちにとって、クーラーのついた乗り物に乗るというだけで一大事なのだそうです。それを聞いて何とも言えない複雑な気持ちになりました。
 動物園ではみんなで動物を見たり、広場のようなところでいろいろなゲームをしたりして遊びました。そしてせっかくなので、日本からフリスビーを持っていって子どもたちと遊びました。子どもたちは午後プールに入りました。みんながすごく楽しそうだったのでわたしたちも嬉しくて楽しくなりました。

 一度目の訪問よりももっと楽しく、充実した旅になりました。また子どもたちに会えるという期待が大きかったのもあると思うし、日本からいっしょに行った友だちとも夏ぶりなので懐かしくそれも楽しみでした。すごく楽しいメンバーで帰ってきてからも時々遊んだりします。
それとやはり、自分たちでいろいろと計画し、運営したというのが大きかったと思います。自分たちなりに一生懸命考えてやったことで喜んでもらえたのが嬉しかったです。

 次は12月に再々訪問の予定です。早くみんなにあいたいなぁ・・・
posted by 09しみずみ at 21:38| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

今まで一番楽しかった旅行


 今までで一番楽しかった旅行について考えた時に、私の頭に浮かんできたのはニューヨークに行った時のことでした。私は高校二年生の夏からアメリカのオレゴン州で留学生活を送っていたのですが、私のホストブラザーが仕事のためにニューヨークに住んでいて、クリスマス休暇を使ってみんなで会いに行こうということになり、連れていってもらいました。年末のニューヨークは英語だけでなく、他の様々な言語が飛び交っていて、世界中から新年をニューヨークで過ごす人々が集まってきているのだと感じました。私はちょうどクリスマスから2日経った後に訪れたのですが、街はクリスマスのデコレーションがされたままで、とてもきれいでした。
私は1週間滞在したのですが、その間ホストブラザーがマンハッタンの色々な所を案内してくれました。初めに自由の女神のところへ案内してもらいました。自由の女神は小さい島に建てられていて、船に乗らないと行けないのですが、私たちが船のチケット売り場まで行ってみると、長蛇の列になっていてその日は海の向こうに小さく見える自由の女神を背景に写真を撮りました。あとで話しを聞いたところ、どうやら島まで行くには2つのルートがあるらしく、街の中からではなく街を少し外れたところからも船が出ていると聞き、また次の日にそっちの方に行ってみました。朝早くに行ったかいがあったのか、船にスムーズに乗れて、島に上陸できました!近くで見ると迫力があり、これが映画でよく出てくる自由の女神なのかあ…となんだか感動してしまいました。あとはこの島から見える様々な高さのビルが並んだマンハッタンの景色もとても素敵でした。                                      
そしてタイムズスクエアにも連れていってもらいました。いくつもの有名企業の看板がギラギラと光っていて、黄色のタクシーもたくさん走っていて、年末のためか人もたくさんいて、ただただ圧倒されてしまいました。歩いていると、ホストブラザーに面白いから入ってみるといいよ!と言われ、Charmin Bath Roomと看板に書かれた建物に入ってみました。アメリカではCharminという商品名のトイレットペーパーが売られているのですが、この商品のイメージキャラクターをモチーフとしたトイレがいくつも並び、そのトイレに入るために長い行列ができていました。一瞬ここは遊園地のアトラクションなのではないかと思った程です。またイベントスタッフの人がこの商品のCMソングに合わせて踊っていたり、商品の特徴を説明したコーナーがあったり、トイレットペーパーを宣伝するための斬新なアイディアに感心しました。再び歩き始め、ハプニングが起こりました。すごい人混みの中、ケータイも持っていなかったのでホストファミリーとはぐれないように、一生懸命彼らのあとについて歩いているうちに、手からぶら下げていたカメラをなくしてしまったのです。私はカメラ自体をなくしてしまったことよりも、ニューヨークに来てから撮っていた写真を全てなくしてしまったことの方がショックでした。このことは私にとって良い教訓となり、ホストファミリーには迷惑をかけてしまいましたが、タイムズスクエアで歩いてきた道をまた逆戻りして探し回ったことは今となっては良い思い出です。
またこの旅行での一番の思い出はタイムズスクエアでの年越しカウントダウンに行ったことです。今まで海外で新年を迎えたことがなく、日本で毎年テレビ越しにタイムズスクエアでのカウントダウンの様子を見ていた自分がその場にいるなんて夢にも思っていなかったのでワクワクしていました。カウントダウンの6時間前にタイムズスクエアの通りへ行ったのですが、すでにたくさんの人で溢れていて、警察の人が交通規制などをしていました。私たちは結局、カウントダウンが行われる場所から何ブロックか離れたところまでしか行くことができず、ニューヨークの寒い外で6時間待ち続けました。待っている間に、いつのまにか周りの人たちと仲良くなり、色々な話で盛り上がり、みんなでゲームをして過ごしました。今まで全く面識のなかった人たちとこんなに楽しく過ごせてしまうなんて、アメリカ人のフレンドリーさを肌で感じたように思います。なんだかんだしているうちに時は経ち、とうとうカウントダウンをする時がきました!5、4、3、2、1、ハッピーニューイヤー!と皆が叫ぶのと同時に中央の場所から花火がバーンと打ち上げられ、2008年を迎えました。この旅行で、新しいものを見たり、ハプニングが起きたり、色々とありましたが、何よりもテレビや映画を通して見てきた景色を実際に自分の目で見れたことに感動しました。いつになってしまうかはわからないけれど、またタイムズスクエアで年越しできればなあ…と思っています。
2年 柄沢陽子
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私が今までで一番楽しかった旅行

初のブログ投稿!緊張しています...さて私が今までで一番楽しかった旅行は去年の夏に友人と2人で行った3泊4日の香港とマカオへの旅です。私にとってこの旅行は初体験なことばかりでとても中身の濃い充実した4日間だったので今でもそのことを鮮明に覚えています。そもそも今回が初めての海外旅行だったので不安より楽しみの方が大きかったです。
 1日目は移動に当てて香港到着は22時頃だったので空港からホテルまで直行でした。移動だけで1日が終わるのはもったいないと考えた私たちは2人でホテル周辺を散策しました。日本と異なる点は深夜でも普通に人通りがあり、車の量も多かったことです。営業している店もあり、私たちは香港名物のタピオカジュースを買いました。これが記念すべき最初の買い物です。
1日目は周辺の散策で終わりましたが2日目は朝から行動しました。添乗員の方が朝食として飲茶を食べに中華料理屋へ連れてってくれました。海老焼売に肉まん、生春巻き、水餃子など本場の飲茶を堪能しました。そこで意外だったのが、おかゆも一緒に出てきたことです。添乗員の方の話によると、中国人は朝食におかゆを食べることが多いそうです。日本では風邪をひいたときに食べるのでここに文化の違いを見出しました。また、朝早いのに地元の家族連れがけっこういたので、朝からしっかりと朝食を摂る光景に驚きました。それから私たちは市内観光をしました。海に連れてってもらい7億円のマンションやジャッキー・チェーンの別荘を教えてもらいました。実はジャッキーは香港では全く人気がないことを聞いて、私は大人気だろうと思っていたので意外でした。再び市内に戻り、2階建てバスを体験したり、シルクの店や宝石店を訪れました。中でも印象的だったのは漢方の店です。椅子に座らされ、個々の薬の説明をされ、最終的には片言の日本語で買うことを勧められたがさすがに漢方に3000円は出せないので断ると、店員の態度が一変し、突き放すような応対をされてショックでした。帰り際に怪しい飴を戴いて店を後にしました。昼食をとるべくホテルのレストランに行ったがやはりここでも飲茶でした。先ほどのメニューに加え、ゴマ団子、チャーハン、マンゴープリンも出てきてとても満足しました。それからその日はフェリーでマカオに向かいました。到着してまたここでも食べ歩きをしました。マカオ名物のエッグタルトは日本でいう、プリンタルトのようなもので何個でもいけそうなくらいおいしかったです。そのほかの杏仁餅やエッグ・ロールは試食で楽しみました。通りからはずれた所に興味深い店を発見しました。それはマカオ版おでんの店でした。マカオのは串刺しで、注文してから熱湯で温め、カレーソースやオイスターソースを付けて食べるという点で日本とは異なっていました。元は同じものでも国によってわずかに異なるのでその違いを見るのは楽しかったです。
 3日目はマカオの世界遺産観光をしました。聖ポール天主堂跡やモンテの砦、聖ドミニコ教会、セナド広場など有名処は押えました。中でも一番セナド広場がマカオらしさを感じられた場所だと思います。マカオはポルトガルの植民地だったため黄色や緑、ピンクというコロニアル風な建物がセナド広場には多く見られた。これこそまさに日本では見ることのできない光景です。3日目は丸一日マカオを楽しんだ後、再び香港に戻りました。
 4日目は移動に当てたので実質3日間でしたが振り返ってみると毎日が発見の連続でどれも楽しかったです。また、自由行動が多いツアーにしたのが正解だったように思います。時間を気にすることなくいろいろ歩き回れ、ガイドブックを見ながら自分たちが行きたい所に自力で行き、路地裏にも行ったりとツアーでは体験できないことを私たちはしたのでとても思い出に残る旅行でした!
posted by 09かわた at 15:03| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1番楽しかった旅行

今回これを書くに当たって、どの旅が1番楽しかったかと考えたことが今までになかったので、選択に悩みました。毎回毎回、違った楽しさがあって、そのなかに1番も2番もないなあって思ったのですが、今日は私が11歳の時にカリフォルニア州のサンディエゴに祖父と祖母と両親と妹と私の6人で行った時の話をしたいと思います。祖父も今はいないので、私にとって、全員が揃った家族旅行は、これが最初で最後でした。

滞在中は、リンゼイさん夫妻の家にホームステイをしました。親子3代、それぞれ歳が近く、それぞれにホストがいるようで、なんだかおもしろかったです。
私が一番仲良くしていたのが、3歳年上のメラニーという女の子でした。

この家族間での交流の始まりは、祖父母たちの時代に遡ります。仕事柄で、外国人との関わりが多かった祖父が出会ったのがリンゼイさんでし
た。彼は後に日本人女性と結婚し、グアムに住み始めました。日本と近かったため、お互い家庭を持ち始めたあとも、行き来し合っていたそうです。私の母と、リンゼイ夫妻の娘も姉妹のように仲良くしていたようで、母が私くらいの歳になると、毎年1人で遊びにいったりするくらいだったそうです。
その後、彼らはサンディエゴへ渡り、距離が離れてしまったためになかなか会えずにいました。そしてこの後再会が実現したのがこの旅行でした。

サンディエゴは天候が穏やかで本当に過ごしやすかったです。家の目の前が海で、毎朝ビーチに散歩に行ったり、夕日を見にいったりしました。高台に登れば、夜はメキシコの夜景が綺麗に見えます。山にキャンプに行ったり、広大なブラックベリーの農園にトラックの荷台に乗って行ったり、レゴランドに行ったり、サンディエゴ動物園やシーワールドに行ったり、近所の人を招いてお庭でパーティーをしたり、毎日のできごとが日本ではできない経験でした。他には、大きなウォータースライダーやプールがたくさんあるソークシティに行ったり、ショッピングモールの駐車場で妹の誕生日会をしてくれて、着色料たくさん使われているんだろうなーって感じの大きなケーキをみんなで食べたり、とても楽しい時間を過ごすことができました。

きっとこれは全て、ホームステイだったから実現したこともあると思います。ホームパーティーなど、アメリカならではの文化を体験することができました。
もしこれがホテルに滞在した旅行だったら、このような経験はできなかったはずです。

また、みんなと話をする際、思うように英語も話せず、習ったばかりの単語を必死に並べて会話しようとしていたことを覚えています。
この経験が、語学を学びたいと思うと強く思うようになったきっかけでもあるのですが、今思えば、言葉が自由に通じなくてもこれだけ楽しかった!!と思えたということは、当時の私は本当にこの『旅』そのものを楽しんでいたのではないかと思います。
もう帰りたくない、ここに住みたい。ただここにいるだけで毎日がこんなに楽しいんだから、って思っていました。
日本に帰るのが本当に悲しくって、別れるときはみんなで泣きました。笑

おそらく、これからもずっとこれが家族での1番の思い出になっていくんだろうと思います。それくらい貴重な時間でした。


翌年も機会に恵まれ、その時は母と妹と3人で訪れたのですが、昨年は私1人で行ってきました。

6年振りに行ったサンディエゴは、どこか懐かしく、でもまた少し景色は変わっていました。 しかし、みんなの生活はあの時と全く変わらず、わたしを温かく迎えてくれました。

昔、あなたのママが遊びにきていた時のことを思い出すわ 。

と向こうのみんなに言われました。
私が産まれる前で知らないはずなのに、なぜか母の姿が浮かんできたりしました。母もこんな気持ちだったのかなあ、とか思いながら、見慣れた道を海辺に向かってメラニーと2人で歩きました。

水本
posted by masutanis at 10:31| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

一番楽しかった旅行

私が今までに行った旅行の中でも、春休みを使って行ったウィーンと台湾の海外旅行は、自主的に企画し行ってきたこともあり印象に残っています。
 しかし、この2つの旅行には、決定的に違うところがあります。それは、
@ 現地の航空券のみ事前に購入したこと
A 両親に嘘の行き先を告げて出かけたこと
B パックツアーを利用していないこと
 
私が所属している学生団体は、海外の企業やNGOに、学生をインターンシップ生として送り出す事業を行っています。私は研修をする学生のマネージャーをやっていて、その方のインターン先が台湾南部、高雄県になることが決まっていました。

春休み当時、たび重なる旅行を経て私は勢いに乗っていました。個人行動においてもどんどん慣れていくのが自分でもよくわかりました。
現地の学生会員を頼って、学部の先輩でもある研修生の方に会いに行こうと思ったのも、委員会のための海外活動というきれいな理由ではなく、ちょっと変わった旅をしたいという、好奇心以外の何物でもなかったように思います。
それでもそのための貯金が全くないので迷っていたところ、ゼミ主催のシンポジウムで『旅行に行かない理由を作るのはやめよう』と云われ、私は決心がつきました。その時はもう2月の終わり、台北への航空券は値段の高いものしか残っていませんでしたが、入ったばかりのお給料をつぎこみ、台北行きのチケットを買いました。
ホテルに泊まるお金はもうなかったので、ずうずうしくも、学生会員である現地の大学生に頼んで、1泊だけホームステイをさせてもらうことにしました。5日夜出発、8日朝帰国の一番安い航空券を買ったので、残りの夜は高速バスで寝て過ごすことにしました。台湾に開通したばかりの新幹線で帰るという選択肢もありましたが、航空券を買った時点で手段を選んでいられない状況にあったので、1泊4日の弾丸旅行になりました。 
渡航前日はその高雄でマグニチュード6.5の地震が発生し、恐怖と、誰にも話せないもどかしさで全く眠れませんでした。
 京成金町から成田空港に向かう途中、なんだか現実からどんどん離れていくような感覚がありました。というのも、まだ3月の上旬だったのにも関わらず、コートを持たずに外出していったからです。両親にあまり叱られたことのない自分にとって、この旅は一世一代の冒険でした。
 桃園国際空港から台北駅までバスで移動している間、やはり怖くて日本の友達と携帯でメールをしていました。情けないかもしれませんが、これがなければ一人旅に出る勇気は出なかったと思います。23:30台北駅に到着。ようやく高速バスに乗ることができたので、高雄に着くまでちょっとゆったりした椅子の上でぐっすり眠りました。
 バスが到着したのが朝五時。周りが真っ暗だったので、駅を探して歩き回るのが怖くて、とりあえず近くにあるセブンイレブンで中華麺を食べつつ、今日のプランニングをはじめました。現地の人との待ち合わせが夕方だったので、それまではメトロの1日パスを使って観光をすることに決めました。今思うと、一日目は日本のお店にばかり入っていました。モスバーガー、ファミリーマート、ミスタードーナツ、そごう…。台湾が親日の国だとはしっていましたが、ここまで日本人にとって快適な国だとは思いませんでした。夕方になり、約束の時間から10分遅れてお迎えがやってきました。日中の高雄は32℃、汗で服がぬれるくらい熱かったので、先にシャワーを借りて、今後のお話をしました。私を迎えに来てくれた英語名Emilyさんは中山大学委員会のOGで、ほかのOB,OGを読んで私を四川料理のお店に連れて行ってくれました。現地の人はバイクでの移動が一般的で、Emilyさんに『台湾はバイクがとっても多いでしょ?』と聞かれました。しかし私は以前ホーチミンで車間距離30センチほどのバイクの後ろに乗ったことがあったし、高雄はインフラが整っていたのでそれほど気になりませんでした。
初めての四川料理はとっても美味しくて、ほかの人が台湾語で楽しそうに会話しているのも全くきにならないくらい夢中で食べていました。しきりで白と赤に分かれている鍋と中国茶が特においしかったです。食事のあとは紅茶のスタンドで飲み物を買って、夜景のきれいな場所に連れてってくれました。高雄の学生たちは、いつも夜はバイクに乗って色々なところに遊びに行っているそうです。売っているものなどは日本とそんなに違わないのに、生活様式の違いにおどろきました。
研修生の人が2日目の夜まで用事があったため、次の日の午前中はEmilyさんに台湾様式の朝食のお店に連れて行ってもらい、そのあと市内の博物館でやっていたPIXERの展示を見に行きました。会場は午前中なのにものすごく混雑していて、うろ覚えの中国語表記の
キャラクター名くらいしか覚えていません。彼女曰く、台湾には娯楽が少ないので、展示会やお祭りはどれも混雑するのだそうです。
 お昼はEmilyさんの家族にまねかれて、ホテルの飲茶へ行きました。名前はわかりませんが、普段の生活では食べられないような中華料理をたくさん食べました。この時中華料理の奥深さに驚きました。夕方からはEmilyさんと別れて案内人がBillyさんに交替、フェリーを使って本島から少し離れた旗津(チーチン)という観光名所に夕日を見に行きました。高雄の都会的なところから一変、海辺は観光地開発のされていない沖縄のようなところでした。日本の統治時代に建てられた砲台などの史跡には比較的新しい説明の看板がありましたが、中国語しか表記していなかったので、なんとなく漢字で理解しようとしました。ここに来て、初めて地元の食べ物を食べたように思えます。都会の高級レストランが多い第二の都市という側面がある一方、涼しくなると海産物の市場で賑わう港町の顔ももっているのです。夜9時頃、ようやく研修生の方にあうことができました。というのも、待ち合わせ場所が当時開催されていたランタン祭の会場だったので、人が多くてなかなか見つけられなかったからです。その日がちょうど半月開かれていた祭の最終日だったため、花火が盛大に上がっていてとても綺麗でした。私たちはほんの1時間だけお話をして、私たちはそれぞれの学生会員のバイクの後ろに乗って別れました。 
 帰りのバスに乗るまで、Billyさんをはじめ現地の学生さん達は驚くほど親切で、バスに乗り込んだ後、感激の涙が止まりませんでした。最初の恐怖とは一変、携帯の電池は切れていましたが、全く気になりませんでした。
 実質二日間の冒険でしたが、英語で生活したこと、自分で考えて行動したこと等、数えきれない学びがあった旅でした。もし私が逆の立場に立ったら、彼らのようにバイクで色々な場所には連れて行けないけど、精一杯のおもてなしをしようと思います。
 
 
posted by 09みやうち at 17:15| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今までで一番楽しかった旅行

僕が今までで一番楽しかった旅行は、高校1年生の時に行った韓国での旅行だ。学校の国際交流プログラムで、日本人と韓国人の高校生がペアになり、日本人がペアの韓国人の子の家で1週間ホームステイするというプログラムに学校代表で参加したのだ。そのため旅行といえるかどうかは少し際どい。しかしそこでの経験は本当に楽しく素晴らしいものだった。
 船で韓国まで行ったのだが、まず港まで家族が迎えに来てくれ、そこから車で家まで向かった。その途中、公園の寄ろうと言われたため、承諾し車を降りた。その公園は普通の公園ではなく、小石が敷き詰められたところの上を歩く、いわゆる足ツボ公園だった。そこにはたくさんの女性と、スーツを着た、たくさんのサラリーマンがみんな裸足になってその上を歩いていた。とても不思議な光景でいきなり度肝を抜かれた。僕も恐る恐る小石の上を歩いてみたのだが…激痛。とにかく痛い。笑いたくても笑えない。速攻でギブアップした。しかしみんなは楽しそうに足ツボの小石の上を歩いている。韓国人は何なんだと思った。韓国はマッサージも有名なため、本当に健康的な国なのかと思った。
 もうひとつ、この足ツボ以外に韓国が健康国と思わせられる出来事があった。それは3日目くらいの夜に9時頃、公園にサッカーをしに行こう言われ、一瞬「えっ!?」と思ったが、とりあえず行ってみた。するとその公園には夜の9時にも関わらず、100人を軽く超える大勢の人達がすごい列になって、ウォーキングまたはランニングをしていた。日本では見たこともない光景だったのでとにかく驚いた。こんなにも大勢の人が、健康に関心があって、気をつけている。なんて素晴らしい国なんだと思った。韓国料理が辛く健康によい料理ばかりであることもなんか納得できた。
 ホームステイをしてまず最初やったこと、それはDVD鑑賞。しかも日本の映画。スウィングガールズという映画を見た。レンタルビデオ屋さんにいってわかったが、意外と日本の映画が置いてあった。ペアの友達にも聞いてみたところ韓国では日本の映画は意外と人気があるようだ。しかし映画以上に人気があったものがあった。それは日本のアニメである。日本のアニメはかなり韓国で人気らしく、テレビでもたくさんのアニメが放送されていた。そう聞いて家に帰ってテレビをつけてみると確かに日本のアニメがやっていた。インターネットでも見るみたいでその様子を見せてくれた。日本にいるとわからないが日本のアニメは世界中でかなりの広範囲で広まっているみたいだ。
 そして次にしたこと。それは韓国の温泉に入りにいった。これが一番楽しかったし、思い出になった。そしてなにより仲良くなった。韓国の温泉は面白く、受付で料金を払うと、デミリという垢すりの布を一枚もらえる。これでどうも体をこするらしい。そしておふろに入り、体を洗い、浴槽につかる。そして体が温まったところで、デミリ登場。垢すりタイムである。最初の感想。痛い。痛すぎて擦れない。なんでわざわざ韓国まで来て痛い思いばかりしなくちゃいけないんだ。そんな思いを我慢して再度擦ってみるも、やはり痛い。ぱっと横を見てみた。すごい勢いで擦っているではないか。またも度肝を抜かれた。そんなもじもじしている僕をみてペアの子が擦ってあげると言ってきた。いやいや待ってくれ。普通に拒否をした。顔を振っている。強制のようだ。ちょっと意地をみせようとチャレンジしてみた。が、失敗だった。泣きたくなるくらい痛かった。しかしぱっと自分の体を見てみるとすごい量の垢がとれている。安心した。これで垢が取れなかったどうしようかと思った。だけど本当に痛かった。
 僕はこの温泉で貴重な体験をした。それは一人の老人との出会いから始まった。どうもペアの子と面識があるようでその人に、僕を紹介してくれた。そこまではよかった、その子が老人に、この子は日本人ですと言うと、少しむっとした顔になった。しかも結構怖い顔。僕は何が何だかまったくわからなかった。なんで日本人といっただけなのに機嫌が悪くなったのだろうか。それは日本に帰ってからわかったことなのだが、どうも昔戦争中に日本が韓国に攻めて韓国が日本の支配下になった時期があったようで、その時期に韓国の人達は日本人にひどい仕打ちを受けていたらしい。だから今若者の間では日本は人気だが、お年寄りの世代の人はあまり日本にいいイメージをもっていないようだ。僕はそんなことも知らなかったのかと少し悔しい気持ちになった。日本は原爆を落とされ被害国というイメージが強いがまったくそんなことはないのだということを肌で感じることができた。本当に良い体験だったと思う。
 このように韓国で僕は素晴らしい経験をすることができた。日本と韓国は近くの国同士とても関係が深い、僕はもっと韓国のことが知りたくなって是非もう一度韓国にいってみたいと思った。

2年松沼豊人
posted by 09まつぬま at 07:31| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今までで一番楽しかった旅行について

私の今まで一番楽しかった旅行は友人5人と行った高校の一泊二日の卒業旅行です。
卒業式の次の日の早朝に舞浜駅に集合して、初日はディズニーランドに行きました。ちょうどその日は当時まだオープンしていないはずの《モンスターインク ハイド&シーク》という最新のアトラクションが初めて試運転をする日でした。予告のない突然のことだったので急に人が殺到して一時現場は騒然となりました。しかし、私達は果敢にもその列の中に飛び込んで無事にアトラクションを試乗することが出来ました。もみくちゃにされた上に、二時間半も待たされましたが不思議なことに少しも退屈はしませんでした。
その他のアトラクションも全て小一時間程度並びましたが、いつも嫌なはずの待ち時間は友人との中高6年間の思い出話でとても有意義に消化することが出来ました。
夕方になっていよいよホテルにチェックイン!私達の宿泊先はなんと憧れのホテルミラコスタ!ホテルの方が部屋に案内するまでの間に色々なミラコスタの豆知識を教えてくれました。ミラコスタはイタリアをモチーフにした作りで、ディズニーで唯一イタリア出身のキャラクターであるピノキオが全客室のテーマになっているそうです。よく見ると廊下は全てピノキオの物語になっていて、部屋のベッドカバーもピノキオ柄でした。
部屋に入って少し休憩してから、皆でお洒落にドレスアップしてディズニーランド内にある、会員制のレストラン『CLUB33』に行きました。内装はまさに一流フレンチレストラン。想像以上に豪華で、案の定値段も想像以上で…予算オーバーの為少ない料理を皆で分け合いました。今でも会えば必ず話題に上る面白いエピソードの1つです。
閉園ギリギリまで皆で騒いでヘトヘトになってホテルに戻り、それでも真夜中まで皆でワイワイ騒ぎました。
次の日案の定全員で寝坊。優雅にホテルのバイキングでブランチをしながらディズニーシーの昼のパレードを眺めました。その後チェックアウトをしてディズニーシーで夕方まで大騒ぎをしました。本当は閉園までいる予定でしたが、疲れのあまり7時ごろに解散。それでも大満足の最高の卒業旅行でした!
沢山待たされたり、お腹いっぱいご飯を食べられなかったり、寝坊したり1つ1つのことは最高の出来事とは言えないことも多かったけれど、そんなこと関係なく楽しむことが出来たのは最高の友人達が一緒にいたからだと思います。

2年 上島理恵子
posted by 09うえじま at 00:01| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月22日

今までで1番楽しかった旅行

私が今までで1番楽しかった旅行は、去年の冬に行ったグアム旅行
です。
正直、グアムは私自身これで4度目で、他にも様々な国に行きまし
た。けれども、「1番楽しかった」と言えば、この旅行です。
まず、日本が冬の時期で、出発時にはコートを着ていたのに、現地に着
き、「Tシャツ、短パン、ビーサン、サングラス」というラフな格
好をするのが、日本にいる人たちに優越感のような、そんな感覚があり、
楽しかったのだと思います。冬の時期に行くリゾート地での旅行が大好き
です。リゾート地ですので、空と海しかないのですが、その景色がとても
きれいで、ワクワクさせるものでした。
また、友達と(4人、私含め5人)初めて行った海外旅行
ということも、楽しかった一因だとおもいます。
グアムは、みんなそれぞれ何回も来ていたし、観光地もほとんどありませ
ん。なので、気合が入っていない、というのはおかしいけれど、旅行に必
要な気合(例えば朝早く起き、ガイドブック参考にプランをたて
る、治安に充分気をつける、など)を入れて過ごしたわけではあり
ません。朝はみんな起きたい時間に起き、海に行きビーチで遊び、ホテル
でシャワー浴びて、昼寝をし、夜は買い物しながらディナーを食べに出か
け、ホテルではゲームをみんなでやり、寝たい時間に勝手に寝る
(いわゆる雑魚寝状態)、そしてまた朝は昼ぐらいに起きる、という
過ごし方でした。友達と旅行の際は、観光地を巡る旅行よりも、このよう
なただひたすら遊ぶ旅行のが楽しいのではないかと思います。
グアムは日本語が通じるので、不便なことはありませんでした。私以外の
友達は英語が流暢に話せますが、全く必要がなかったです。現地の人も日
本語で話しかけ、説明や交渉も日本語でしたし、大体の場所には日本語で
の説明書きやメニューがありました。ほとんどが日本人観光客なので、グ
アムの中心地は日本人だらけでした。大げさですが、東京より、日本人の
比率が多いのではないかと思うくらいでした。
でもこんなに、「日本」で溢れているのに、やはりどこか「外国」なので
す。通貨が違う、日本語がきれいではない、車が右側を走っている、チッ
プ制度、テレビCMがおもしろい、道が広い、など、小さいことです
が、日本と違う点がたくさんあります。日本のようで、でもやはり海外に
いる、その感覚が不思議ですが、楽しかったんだと思います。
あとはグアムの近さも楽しい一因だと思います。近いので、気軽に行ける
し、帰りも近いのでそこまでフライトで疲れない。時差も1時間し
かないので、負担にならない。この点が、楽しい印象で旅行を終われたも
のだと思います。
今まで国内、国外問わず、様々な旅行を経験して、どれも楽しかったで
す。なので、どの旅行について書こうか悩みました。ただ、その他にも、
「勉強になった」とか「感動した」などの印象が、強いものばかりです。
このグアム旅行は、ただ単純に「とても楽しかった」旅行だったので、今
回このテーマで選びました。

2年 宮本江梨子
posted by masutanis at 13:24| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国内合宿

5月1日から2日にかけて、国内合宿が太刀川記念館で行われ
ました。
朝9時に集合し、10時くらいからプレゼンが始まりました。
プレゼンマラソンというものが、はじめての経験で最初は辛かったけれ
ど、午後には楽しくなりました。
夜は韓国料理屋に行き、コースで色々なものを食べました。先生が流暢に
韓国語を話していたのが、印象的でした。
それからもプレゼンをやり、10時くらいに部屋に各自行きました。
2日目の朝8時くらいに朝食を食べ、私用で早退しました。
行きたくなくて仕方なかったけれど、とても楽しかったし、いい経験に
なったのでよかったと思ってます。

2年宮本江梨子
posted by masutanis at 11:09| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今までで一番楽しかった旅行

私は小学校1年から3年まで父親の仕事の関係でスイスに住んでいました。父がスキー大好き人間だったので週末になると私たち家族は毎週のように山へスキーに出かけていました。私はその週末のイベントがいつも楽しみでしたが、姉は「頭が痛い、足が痛い」などといつも何かしら文句を言っていてすんなりと参加したことがありませんでした。姉は私の嫌いなインドア派の人間だったのです。
そういうわけで、私が今までで一番楽しかった旅行ももちろんスキー旅行なのですが、それは4家族合同で行った一週間のマッターホルンでのスキー旅行でした。当時、私はスイスの日本人学校に通っていたのですが現地の日本人学校は子どもの人数が少なかったので学年関係なく家族ぐるみで仲良しだったのです。マッターホルンでのスキー旅行は私にとって初めてな体験ばかりでした。例えば、マッターホルンがあるツェルマットの町には排気ガス規制があり、一切の排気ガス自動車の進入を禁止しているため、私たち一行はツェルマットに入る手前の町からツェルマットまで車ごと電車に乗ります(この時点で車のエンジンを止めているため、排気ガスで町が汚れる心配はありません)。ツェルマットに着くと自家用車を専用駐車場に停めて、私たちは電気自動車に乗り換えます。これらの体験に幼い私の好奇心を掻き立てられ、完全に心を奪われました。ホテルは私たち家族と他の3家族で分かれて宿泊したのですが、夜は3家族が泊っている方のホテルに集まって憩いのひとときを過ごしました。その時にスキーガイド(旅の最初から最後まで付き合ってくれる専属スキーガイド)の一人である谷さんが子どもたちにトランプマジックを披露してくれるのを見るのがとても好きでした。結局最後はちゃんと種も教えてくれるのでその後、私たちの猛特訓が始まりました。そこでものにした数々のトランプマジックをそれからしばらくの間学校で友達と披露し合いながら旅の思い出を噛みしめていたように思います。
スキーに関していうとマッターホルンの上の方からイタリア側へ行きスキーで国境を越えたことや、越えた後にいつも見ているマッターホルンを裏側から見ることの出来るスポットに行き景色を楽しみながら滑ったこと、10センチ先も見えない悪天候の中私たちグループしかおらず泣きべそをかきながら滑ったこと、誰も足を踏み入れていない新雪を滑り降りたこと、ガリガリに凍った斜面を自分の恐怖心と闘いながら滑り降りたことなど、その全てが今もなお私の心の中に鮮明に焼き付いています。赤いスキーウェアにペンギンの帽子が私のトレードマークだったのですが、リフトを待っている時にスイス人に「ペンギン帽似合うわね、可愛いわ」と褒められてうれしかったことなどもこのレポートを書きながら懐かしく思い出されました。両親もゲレンデでは、ペンギン帽で私の存在確認をしていたようです。
スキーガイドには谷さんの他に河野さん、柿沼さんがおりこの旅以外でもその後何度かお世話になりました。その時は年の離れた河野さんと柿沼さんがまさか結婚するなんて誰ひとりとして予想していなかったでしょう。私たちが日本に帰国し何年か経ったある日、届いた一通のハガキには「結婚しました」の文字があり、それを見た時に私は子どもながらに心の中に広がる温かいものを一人で噛みしめたような気がしました。最終日の夜、皆で夕食を食べたのですが、そこで私たち子どもはスキーガイドの皆さんから、名前入りの小さなサバイバルナイフを一人一人にプレゼントされました。今も大事に持っています。
こうして旅の思い出が文字にすることでより鮮明に蘇ってくると、河野さん夫婦は相変わらずらぶらぶなのか、あの時若かった谷さんももう結婚したのだろうか、スイス日本人学校にいた皆は元気だろうかなどとすごく懐かしい気持ちと皆に会いたい気持ちでいっぱいになります。この旅での経験、そして思い出はこれから先も私の中にとどまり続け私の人生を豊かにする肥やしとなってくれることでしょう。
                            2年 文室
posted by 09ふむろ at 11:02| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゼミ合宿5/1〜5/2

一日目
8:45に太刀川記念館前集合。10時くらいからプレゼンが開始された。このプレゼンというのは、自分がこれから研究テーマとしていく内容を皆に分かりやすく伝えることが目的とされる。それぞれのテーマはとてもユニークな内容のものが多く、興味深かった。お昼休憩をT時間ほどはさみ、またプレゼンが再開された。私は14時〜17時まで池袋で旅行業講座を受講しているため途中で抜けたがその後もプレゼンは続いていった。帰ってくると丁度夕食の時間だったため、一端プレゼンを切り上げ、皆で志木のShimachuの近くにある韓国料理屋さんに入った。2500円のコースで次から次へと運ばれてくる韓国料理。私は、皆が座っている座敷の隣のテーブル席に他の女子と5人で座った。なんとまぁ女子5人組の食べ物に対する執着心はすさまじかった;わいわいおしゃべりをしながらおもしろい程にお箸が進みあっという間に食べ物がなくなっているというがっつきっぷり。舛谷先生からも「食いしん坊キャラ」の称号をいただきました♪お腹もいっぱいになったところでまさかのデザートターイムっっ!皆でいなげやに行き、アイスを買った!舛谷先生ご馳走様です(>_<)それから太刀川記念館に戻り、残りの3人のプレゼンをやり、本日の活動終了。手際の良さにより、一日で全員分のプレゼンを終えることが出来た。

二日目
8時に朝食。宿泊費+500円で朝食を食べることが出来る。この日のメニューは煮物、焼き鮭、マカロニサラダ、ご飯、味噌汁という和食。朝から気持ちがほっこりし、良い目覚めであった。朝食を済ませ、10時にチェックアウト。その後、立教大学5号館6階の広い会議室に移動。そこでICTのプロジェクトに参加している人は自分のパソコンに"UBUNTU"や変換ソフトの"kasumi"をダウンロードした。USBが2つしかなかったり、ダウンロードに時間がかかったりで、なかなか全員に回らなかったのだが、先に終わった人がまだ終わっていない人にダウンロードの仕方を教えたりと協力することで何とか全員のマイ パソコンにそれらのソフトを入れることが出来た。そんなこんなでゼミ合宿、終了ー。
                           2年 文室
posted by 09ふむろ at 10:58| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分が今までで1番楽しかった旅行!

これ初ブログです!
今日はわたしが今までで1番楽しかった旅行について書きます。わたしが今までで1番楽しかった旅行は中学3年生の時に行ったカナダ旅行です。個人的にとかではなく、市町村の派遣事業でいってきました。わたしの行った年が、ちょうど市町村の合併の年で参加人数が大幅に増えた年だったので、一緒に行った同年代の友達も多く、その友達との思い出もたくさんあったから、おそらく単純に海外旅行だから、という理由だけでなく他のどの旅行よりも印象に残った旅行になったのだと思います。
まず初めに飛行機に乗ったのも初めてだったので、離陸の時の浮遊感を想像してわくわくしたり、飛行機の中は暇だろうから何か暇つぶしの道具を持っていこうと考えて、考え抜いた結果爪磨きのシートを持っていきました。実際、友達としゃべっていたというのもあるけれど、飛行機の中って実際映画や音楽やらいろいろあって逆に爪磨きはあんまりしないで済みました。おにぎり、カップヌードル、飲み物が無料で無限に飲めるのにはとても感動しました。
そして、ついに人生初の海外の地に降り立ちました。空港がめちゃくちゃ大きくて驚いたのをすごくよく覚えています。カナダの町をホテルまでバスで走っていると、バスガイドさんがカナダについての豆知識みたいなものをいくつか教えてもらいました。カナダの都市であるトロントは人種のモザイクと呼ばれているとか、トロントの人口の50%はカナダ外で生まれた人だとか。ホテルに戻っても日本と違うところがいっぱいあって写真を撮ったり、添乗員さんに話を聞いたりして過ごしました。
次の日からはホームステイでした。2人くらいづつに分けられて一般の家庭に3日間お世話になりました。わたしのお世話になった家族は、お父さんとお母さん、高校生のお姉ちゃんと中学生の妹の家庭でした。1日目の夜にボーリング場にみんなで遊びに行ったら、ホームステイ先の家族同志が相談し合って決めたらしいのですが、一緒に日本から来た友達がたくさんいてなんか照れくさいような変な感覚でした。二日目はスーパーやショッピングモールにいきました。ここでもやはり日本と違うところがたくさんあって、そんなところを見つけるたびに感動していたのをよく覚えています。3日目はホームステー先の子供たちの通っている学校にいって1日過ごして、ホームステイを終わる、というプログラムでした。学校も日本より自由な感じがしてすごく新鮮でした。別れる時はやっぱりぼろぼろに泣きまくったけど、外国の家族に交じって普通の生活を数日間過ごして、学校みたいな日常を体験できたのはすごく貴重な体験でした。普通に旅行に行っても体験できないような、外国での「普通」の日常はわたしたちにとっては普通ではないので、もしかしたら普通に観光地を巡る旅行よりも海外を満喫できたのかもしれません。
次の日からは、主に観光地巡りだったのですが、CNタワーに上ったりナイアガラの滝を見たり、いわゆる観光地ってものをいっぱい巡りました。やっぱり有名でみんなが行きたがる観光地だけに、見ごたえはあったし感動もしました。これがあの有名な○○かあ〜って感じで、そういう意味での感動がありました。
最終日、1週間であったことをいろいろ思い出して、短かったけれどすごくいろいろ凝縮された1週間だったと思いました。たくさんの人との出会いもあって、ひとつひとつがとても濃い思い出です。
人との出会いでよく覚えているのは、わたしがホテルのカードキーをもっている友達とたまたま別々に行動していてエレベーターに乗れないで困っている時のことでした。(そのホテルはカードキーがないとエレベーターに乗れない)ホテルの職員さんたちがわたしを助けてくれようとして英語のあまり分からないわたしに親切に簡単な英語でしゃべりかけてくれました。それでもテンぱりまくっていたわたしはあまり四苦八苦してようやく友達と合流できたのですが、その時の切なかった気持ちをくみ取ってくれて助けてくれたホテルの人たちのことは今でもよく覚えています。
それとあとひとつ、食べ物に関してわたしがすごく印象に残っている、というのがあります。日本で食べるハンバーガーとカナダでたべるハンバーガーはやっぱり種類も違ったし、味も全体的に濃く、日本で食べる外国食はやはり日本人の舌に合うように改良されていたんだとその時改めて感じました。これは日本にいたらたぶん気付かないし分からないことだと思いました。
数年経った今、その旅行について客観的に考えると日本との違いを発見するような旅でした。自分のいままでの価値観を一気に覆された旅だったから印象に残ったとも言えるんだと思いました。


                         2年 阿部
posted by 09あべ at 02:15| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月13日

ゼミ国内合宿

5月1日〜2日ゼミの国内合宿を行いました。
基本的にはパワポで個人テーマの発表を行いました。

9時にはみんな集合していましたが、実際に始まったのは10時くらいでした。
僕は「フリーメイソンとアジア諸国の関係」について発表しました。
みんなの発表も面白かったです。

一番面白いと感じたのは、水本さんと宮本さんの航空系の発表でした。

発表は6時半くらいで中断し、夕飯を韓国料理屋のチャングムに食べにいきました。とっても汗をかいた気がします。

再開して夜は11時までプレゼンを行い、全員終えることができました。

次の日はnetbookにLinuxをインストールしました。これもなかなか手こずりましたがなんとかみんな終えることができてよかったです。

2年 関口諒佑
posted by 09せきぐち at 18:02| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秋葉原フィールドワーク

4月30日に秋葉原へ行ってきました。
自分は秋葉原に行くのは初めてだったのでとても楽しみにしてました。

集合は秋葉原クロスフィールドでした。
文室さんと一緒に行ったのですが全く場所が分からずフラフラしましたが、無事につくことができました。

集合時間まで時間があったのでヨドバシでイヤホンを新調しました。
オーディオテクニカのを買いました。

先生と合流してまずはラジオ会館にて噂のレンタルショーケースと対面しました。そこにはフィギュアやコミック、ピアスまでいろいろ売られていました。
ショーケースひとつのレンタル代も意外とリーズナブルで驚きました。
スーパードールにも本当に驚かされました。

その後からは中古ロード、DOS/V通りを行きながら、netbook探しに入りました。
そこでも路上にマウスやキーボードが売られていたり、あきばぉーがあったり、おでん缶があったり、先生がケバブで昼食を済ませていたり、がちゃぽん屋あったり、秋葉原にしかあり得ない光景を目にすることができました。

途中に竹むらというお店で休憩しましたが、その竹むらを含めその辺りは歴史的建造物多くみられました。有名な下足番のおじさんがいる所もありました。今は使われていない駅などもありましたが、それは東京駅を作った人と同じ人が作ったそうです。

その後は池袋に移動して全員分のnetbookを買うことができました。

とても楽しい一日を過ごせました。
netbookいじり倒したいと思います。

2年 関口諒佑
posted by 09せきぐち at 17:39| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国内合宿in太刀川記念館

 5/1、2に太刀川記念館にて国内合宿を行いました。
 主な活動内容としては、パワーポイントを使っての個人テーマのプレゼンでした。1日の朝8時30分に新座キャンパス横の太刀川記念館に集合し、9時過ぎからプレゼンが始まりました。私は今までにプレゼントいっても短時間のものしかやったことがなく、長い時間ずっと他人のプレゼンを聞き続けるという経験もなかったので今回のようなプレゼンマラソンは大変でした。
 一日目で全員のプレゼンは終わり、夜はみんなでチャングムという韓国料理を食べにいきました。少し高かったですが本格韓国料理をいただくことができました。
 ゼミ生での活動は秋葉原フィールドワークについで2つ目でしたが、みんな徐々に仲良くなってきたように思います。

佐々木太一
posted by 09ささきた at 17:24| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国内合宿 二年 田中諒

月一日から二日のお昼にかけて、国内合宿を行いました。
今回の目的は、それぞれの研究内容のプレゼンテーションと先日の秋葉原フィールドワークで購入したノートブックのリナックス作業でした。

朝の九時頃に新座の立川記念館に集合し、早速プレゼンを開始しました。持ち時間は一人15分ほどなのですが、初めてのプレゼンということもありとても緊張しました。お昼と3時ごろに30分ほどの休憩をはさみ、その休憩時間にパソコンのリナックスを進めるという形で進行していきました。夕食の時間になると、志木の「チャングムと」いう韓国料理店でコース料理を食べました。帰りにいなげやで先生にアイスを買ってもらいました。ありがとうございます。その後も何人かプレゼンをし、リナックスヲしていたのもあり、終わったのは24時ぐらいだったと思います。
一日目で全員のプレゼンが終了していたので、二日目はICTのリナック作業のみになりました。私は一番最後に作業を完成させることができました。

プレゼンの準備が大変でしたが、大変充実した二日間を過ごせたと思います。
posted by 09たなかり at 17:05| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秋葉原フィールドワーク

秋葉原フィールドワーク
 4/30金曜日に秋葉原へフィールドワークに行ってきました。
秋葉原にはまだ行ったことがなく、どんなものがあり、どんな雰囲気の町なのか、当日がとても楽しみでした。
集合場所が「秋葉原クロスフィールド」という場所だったのですが、何所かわからず、到着するのにとても苦労しました。
 先生と合流し、まずラジオセンターというところへ入りました。そこには私はみたことがないようなたくさんの電子機器があり、普段とは全く違った世界を感じました。
続いてラジオ会館に入りました。そこには私がイメージしていたような、フィギア、カード、コミックなどの秋葉原っぽいものがたくさんありました。レンタルショーケース、スーパードール、パソコン発祥プレートもそこで見ることができました。
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<パソコン発祥プレート>

ラジオ会館の後に、2万円以下のパソコン探しが始まりました。しかし良い条件のパソコンはあまり多くなく、DOS/V通り、中古ロードなどで購入できたパソコンは少なかったですが、いろいろと面白いものがたくさん売っており、メイドさんと話せたり、充実した時間を過ごせました。そこでおでん缶を買うことはできなかったのですが、がちゃぽん会館のレンタルショーケースで、佐々木君とピアスを買うことができました。

ある程度ネットブックを探し終えた後、万世橋に行き、空襲から免れることができた建物などをみにいき、途中で「竹むら」という甘味処へ行き、和スイーツを味わうことができました。
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<佐々木君、関口君、竹むらにて>

竹むらで休憩した後、池袋にあるビックカメラアウトレットへ向かいました。そこで8台のネットブックを手に入れることができ、今回の目的を果たすことができました。

秋葉原を満喫し、パソコンも手に入れることができてほくほくで家に帰ることができました。

田中諒
posted by 09たなかり at 16:58| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秋葉原フィールドワーク

 4月30日(金)にゼミでの初めてのフィールドワークに参加しました。場所はオタクの聖地秋葉原。今回のフィールドワークのメインの目的は、ICTプロジェクトのネットブックを購入することでした。
 13時に秋葉原クロスフィールドUDX2階AKIBA_INFO.に集合。秋葉原なんてめったに行かないので迷子になりそうでした。舛谷先生は会議が長引き遅れるとのことだったので、まず生徒だけでヨドバシカメラに向かいました。
 先生合流後まずラジオセンターに行き、見たこともない細かい電気部品たちにバッグをぶつけないようあくせく。先生談によると、立教大学もPC関係のコードとかをここで特注で作ってもらっているそうです。
 次に向かったのは今や世界的に有名なアキバの代表的観光スポットであるラジオ会館。7階にはパソコン発祥プレート、レンタルショーケースなどがありました。
image/2010-05-06T17:13:305image/2010-05-06T17:13:304

写真はパソコン発祥プレートと、関口くんとショーケース

 その後は中古ロード、DOS/V通りの行き、格安のネットブックを探しました。通りにはおもしろいものがたくさん売られていて飽きることがありませんでした。商品に見入っていると舛谷先生はすぐに次の店に行ってしまい何度も見失いました。先生は完全にアキバの一部でした。僕を含め男子生徒たちはメイドさんたちに手を振ることに勢いっぱいせした。
 自由時間にはがちゃぽん館で、田中諒くんとおそろいのピアスを買いました。ちなみにレンタルショーケースで購入したのですが、専用の紙に棚番号、商品番号を書いてレジに持っていくという購入方法でした。
 だいぶ歩き疲れたところで、竹むらという甘味処でお雑煮をごちそうになりました。竹むら周辺の建物は奇跡的に空襲を免れた建築物でもあり、昔ながらの建物や景観が残っていました。
 秋葉原ではあまりよいネットブックがなく、池袋ビックカメラアウトレットでの購入となりました。
 ゼミで初めてのフィールドワークでしたが、2年同士親睦も深まりとても楽しかったです。

佐々木太一
posted by 09ささきた at 16:54| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | kanko09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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