2005年09月20日

マレーシア〜日本人墓地〜

肉骨茶。
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9月3日(土)、マラッカに行った。まず日本人墓地を見て、その話をKOA電工の目黒秀敏氏からお聞きすることができた。どうやら、1911年〜1942年の間に亡くなった人々のお墓であるという。1976年に墓地を発見しようとする動きがあり、当時マレーシアにあった3つの日本の会社が中心となって点在していた墓地を集結させてできたものだそうだ。34碑あり、男性11、女性22、犬1、の内訳である。九州地方出身の方が多く、女性が多い。毎年150人くらいがお参りに来るそうだ。いまだに発見されていない日本人の墓地がマレーシアにはたくさんあるのではないか、ということであるから、戦争の爪痕をつくづく感じた。マレーシアはとても親日的ではあるが、中には日本へ対する歴史的な恨みもあることは事実で、政府に謝罪を求める動きもあるのが現状である。
戦後60周年という年に、日本人としてこの墓地を訪れることができたことを大切に思う。戦争があったという事実を真摯に受けとめ、異国の地で最期を迎えた日本人に、御冥福をお祈りしたい。
今野善徳
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2005年09月17日

マレーシア1

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 マレーシアスタディツアー2日目、舛谷先生の迎えでバスでマラヤ大に向かう。印象はとりあえず大きいといった感じ。マラヤ大の学生とのディスカッションでは主にマレーシアと日本の年中行事だとか宗教について話す。おおざっぱに考えても大きい民族集団がマレー人、華人、インド人(インド系?)といるので、かなり日本とは様相が異なってくる。それがとても面白いと思った。
 
 昼食は学内のカフェテリア?でマラヤ大生と。自分はソーメンみたいな辛い麺を食べた。写真は学内で撮ったものだが、自分たちが到着した日(この日の前日)が独立記念日ということもあり、国旗で建物が飾ってあった。そして日本でこれはありえないなぁとも思った。ナショナリズムを表に出さないというような教育をされてきたからだろうか、日本はアジアを侵略して、戦争に負けたからだろうか。自国の国旗を大事にして前面に出していくほかの国々を見て、当たり前の行為だと思うが自分の国のはどうもそういう気になれない。

 午後はKL中心部。モスクやヒンドゥー教寺院へ。それで廟もあるのだから宗教の寛容さがすごくある。イスラムもヒンドゥーも初めて触れたものだったので、基本的なルールなどがわからず少し困った。写真はとっていいのか?など。

浅野隆史
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2005年09月11日

マレーシア合宿レポート・9月3日

マラッカ日帰り。

クアラルンプールから車で2時間ほど?歴史の街マラッカにやってきた。

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14世紀末に歴史にその名を登場させたマラッカ王国は、ポルトガル、オランダ、イギリス、そして日本軍の支配下に置かれ、その間に多くの中国人が移民してきた。

マラッカは赤レンガの風情のある町並みである。
建物の赤と青空とのコントラストがとても美しい。

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まずはマラッカにある日本人墓地へ。

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午後に日系企業「KOA]さんにお話を伺った。
1911〜1942年に亡くなった戦前東南アジアに出稼ぎに来ていた日本人の墓なのだそうだ。
墓は34基。
いわゆる「からゆきさん」の墓が多い。なぜか犬の墓もあった。

1976年アジア経済研究所のハラフジオさんという方が、日系企業3社に呼びかけて管理を始めたのだそうだ。

まだ発見されてない墓地がたくさんあり、呼びかけをしているそうだ。

毎年3月と8月にマラッカの日本人150名ほどでお墓参りをするそうだ。


オランダ広場

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ニョニャ料理ニョニャ

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西洋人がマラッカに来るよりも鄭和の大遠征の方がずっと先だった

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1521年にポルトガル人によって建てられたセントポール教会。
英国の統治時代に破壊され、現在は壁と墓標が残るのみとなっている。
かのフランシスコザビエルの遺体が一時安置されていたと言われている。

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カンポン・クリン・モスクは仏教建築とイスラム建築が融合した貴重な建物。マラッカらしい。
イスラムのたまねぎと中国の「喜喜」の字が共存。

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青雲亭は1646年に建てられたマレーシアで最も古い中国寺院。建材などはすべて中国から運ばれた。
青雲亭

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夜はマレーシア立教OB会の方に客家料理をご馳走になった。
客家料理は火鍋。
OB会の方は皆さんとても良くしてくださった。
ますますマレーシアで働きたくなった。

アロー通りの屋台街でフルーツツアー。

恐るべしドリアン。

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夜のツインタワーは圧巻

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田中菜津子
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2005年09月10日

マレーシア合宿レポート・9月2日

マレーシア3日目。

新行政都市プトラジャヤを見学に行った。
プトラジャヤとは首都機能を移転した都市のことで、まだ出来たばかりでどこも新しい。
政府の機関ということでマレー人ばかり。

建物もイスラム教のたまねぎ型ばかり。
写真は首相官邸

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この日は金曜だったため全国からイスラム教徒がお祈りのためにモスクに集まる。
そのためマレーシアでは金曜の午後はお休みになる企業が多いのだそうだ。

通称ピンクモスクと呼ばれるプトラモスクの前にも大型バスが止まり、マレー人がぞくぞくと集まっていた。

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15時までは観光客は中に入れないといわれたが、15時過ぎに再び訪れ中に入ることが出来た。やはり肌を見せないようにマントを着させられた。

ピンクモスクだけにピンクのマント。

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健康診断の患者みたいであまりかわいくはない。

モスクの周りは湖に囲まれて中には椰子の木が立ち、エキゾチックで素敵であった。

首相の家も中には入れなかったが、門から覗くことが出来た。
広すぎてよく分からなかったが、こんなところに一度住んでみたいものだ。

どこもかしもも立派な建物ばかりだが、観光開発をもっとしてもいいと思う。
KLからの交通が不便なのが難点だ。

昼はタイスキを食べた。美味しすぎて感動した。残りの汁まで美味しかった。
マレー人のドライバーさんはタイスキが初めてだったようで戸惑っていた。


サイバージャヤを訪ねた。
ここに情報系外資系企業を誘致しようという考えでつくられた街だ。
ここの企業は優遇措置がとられる。
日系企業だと富士通やNTTがあるようだ。

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土地はだいぶ余っている。

建物の中に入ってお話を聞いた。
3D映像を見せていただいたり、サーバーを見せていただいた。


KLタワーに寄った。

KLタワーは1996年に完成した世界で4番目に高い通信タワーである。
ここからツインタワーがよく見えた。

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念願の小龍包。

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田中菜津子
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2005年09月09日

マレーシア合宿レポート・9月1日

マレーシア2日目である9月1日。
午前はマラヤ大の学生と交流し、午後は市内観光をした。

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写真はチャイナタウンにあるクアラルンプール市内最大のヒンドゥー教寺院スリ・マハマリアマン寺院である。

マラヤ大の教室は高校の視聴覚室のようで狭めである。
生徒は華人がほとんどだったが、マレー系の学生もやはりいる。
マレー系の女子生徒はイスラム教なので、肌を出さないようにベール(?)をまとい、民族衣装のバジュクロンを着ている。
バジュクロンは鮮やかで発色のよいものが好まれているようだ。
皆実に様々な色の衣装を身にまとっていた。
顔にまいているスカーフも様々で、おしゃれを楽しんでいるようだった。
クラスメイトにいろいろな人種が居るという状況は、日本では絶対にないので、興味深い。
立教生2人、マラヤ大生4〜5人で班を作り、ディスカッション。
私たちの班のテーマは民族、伝統、風習などの文化について。
主に祭のことなどについて話した。
多民族のマレーシアではたくさんの行事があるようだ。
まずマレー系のハリラヤという断食明けの祭り。
年に1回1ヶ月間断食をして厄を祓う。
断食は幼いころから訓練しているので辛いと感じることはないそうだ。
今年は10月?にあるそうで、1ヶ月の断食が終わると、盛大に祭がもりあがるのだそうだ。
華人系の祭は基本的に佛教に基づいて行われる。
日本と同じように七夕もあるし、
もちろん旧正月や春節も祝われる。
夏はランタン(灯篭)の祭(中秋節?)があるそうだ。
大きな月餅(日本で買ったらすごく高いと思う)と、とてもキレイなランタンを頂いた。
非常感謝。
日本は神教に基づいて祭が行われるのか?と聞かれたが、
正月は神社にお参りに行くし、死んだときは仏になるし、クリスマスは盛大に祝うし・・・そう考えると改めて日本というのは変な国だと思う。
マレーシアでの成人は21歳だが、成人式というようなものはないそうだ。
でも一応チャイニーズはチーパオ(チャイナドレス)は持っているようだ。
日本人は成人式では着物を着て皆で集まる。
17歳から車に乗れて、18歳からお酒が飲めるそうだが、これは誰も守っていないので関係ないらしい。
マレー系の結婚式は民族衣装、チャイニーズはチーパオか洋装だが、最近では洋装が多いそう。日本も着物かドレスなので同じだ。
お昼はマラヤ大の学食で食べた。マラヤ大の学生は皆本当によくしてくれる。
豆乳に挑戦してみたが、日本の豆乳とはちょっと違って甘い豆腐の味がした。
料理はちょっと辛かったが美味しかった。料理は自分で食べたいだけ取る方式だったが、目分量で料金を決めていたので、どういう基準なのか気になった。
この日はスコールが降った。
バスが壊れたりしてたくさん歩いた。

ユニバーシティの駅から無人の高架電車LRTに乗って移動。
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国立歴史博物館でマレーシアの歴史をたどる。日本軍の占領時代が工事中で見られなかったのが残念だった。

マレーシアの歴史は様々な国からの侵略の歴史でもある。
独立広場で世界一といわれる高さの掲揚塔に掲げられた国旗が印象的だった。
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マスメッド・ジャメ(モスク)では
肌を見せてはいけないので、カラスのような服とスカーフを借りて入った。
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チャイナタウンで肉骨茶(バクテー)を夕食に。
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バクテーは骨付き豚肉を漢方薬などで煮込んだスープ。
見た目は怪しいが、すっごく美味だった。
華人の料理で、中華料理にはないものだ。イスラム教は豚肉を食べてはいけないので、バクテーがある場所は限られている。

チャイナタウンは夜から賑わいはじめる。
時間がなくてあまり見られなかったが「ニセモノニセモノ」と声をかけてくる中国人。
怪しい雰囲気が何ともいえなくワクワクした。

振り返ってみると1日すごく濃いスケジュールだった。

田中菜津子
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